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しかし存在だの存在者だの言っていても、そればかりではやっぱり「で、それがどうしたんじゃワレ?」というツッコミは避けられない。そこで、誤解を恐れずいきなりショートカットして、ちょっと核心に迫ってみようと思う。ハイデッガーは1966年に行われ、その死後発表された『シュピーゲル』誌のインタビューで次のように言っている。
「技術とは、その本質において人間が自力で制する事ができない或るものなのです」
まあ早い話が、ハイデッガーは「存在=有るということ」を思惟せず、当の「有る」ものである人間がただただ「存在者=有るもの」ばかりに振り回されているがゆえに、現代、即ち科学技術が隆盛を誇る時代がどこまでも---人間さえ取り残して---無際限に突き進んでゆくということを危惧していた。或る事柄が「どのような有り方であるか」に目を配らず、ただ「有るもの」だけに没頭することと、科学技術が世界を覆いつくすこととはハイデッガーの中ではパラレルに進行していたのである。
一種の科学技術批判という側面があったわけである。小生などが興味を惹かれるのはこういう部分である。問題は、その科学技術批判にたどり着くのに、ハイデッガーの場合は非常にややこしい道筋を辿らされる、ということである。
やがて後期ハイデッガーの仕事は、科学技術中心主義ともいうべき世界の潮流に対して、異議を唱えることに収斂してゆくことになる。
2002年09月08日 00時30分57秒
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