睡魔との果てしなき格闘

怖ひものはなんだと訊かれたら、自分は真つ先に眠気を挙げる。

眠気といふのはいつ、どこにでも現れてこちらを前後不覚にする。頭の毛髪量が部分的に不足した紳士たちが難しい顔をして並んでゐる品質会議などに出席してゐる時にも、事務所でパソコンに向かつて不毛な文書を書きな殴つてゐるときにも、眠気はなんら容赦なくこちらに襲いかかつてくる。抗おうにも眠気はその抗ふといふ気持ちの根元を攻撃してくるので抗ひやうがない。逆に云へば、抗へるくらいなら眠気は襲つてはこないのである。

つまり眠気とは、こちらが弱つてゐる時を狙つて責めてくるので、それはどこかの新興宗教団体による信者勧誘のやうな遣り口であつて卑劣極まりない。しかし、こちらがどれだけその卑劣さを指摘しやうとも、そんなことは歯牙にもかけず、今日も眠気はやつてくる。特に昼食後の一、二時間はもつとも危険な時間帯であつて、ほぼ毎日確実にやつてくる。来るとわかつてゐながら、なおかつ逃げることもできずに襲はれてしまふところに眠気の恐怖の真髄がある。

眠気の怖さはその素早さに存する。油断してゐると、つい一分前には判然してゐた意識が今や朦朧として目の焦点がまるで合はない。こちらが身構へる隙も何もあつたものではない。自分は今眠いのだと思ふよりも先に眠気はやつてくるので、こちらは眠いと云ふまでもなく既に眠つてしまつてゐる。しかし会社などでは、そのまま居眠りしてゐると差し障りがあるので、なんとかして眠気を追ひ払ふ努力をする。或ひは寝てゐるのがばれないような体勢を取らうとあれこれ試みる。ここにおいて自我と眠気との壮大かつ果てしなき抗争が勃発する。

凡そかかる内容の話を人にすると必ず、早く寝ればいいぢやないか、と見当違いな忠告を垂れらるることになる。早く眠れば寝すぎて眠く、遅ければ寝不足で眠く、中間なら半端なので眠いといふことになつてゐる事情がわかつてゐないのである。そもそも睡眠といふことを己が自由にできるのであれば、何も困ることがない。眠るといふことは自分の自由にならないので困つてゐるのである。

きまつて月曜日は寝不足である。前日が日曜であり、休日の最後であるから名残惜しく、少しでも休日を延したいといふ気持ちが働くのか、夜中の二時三時になつても眠気は訪れず、東の空が白々しはじめるころになつてやつと眠ることができるからである。そのやうなわけで月曜は一日中眠気と格闘してゐるうちに終了とあいなる。それなら火曜の晩は早く眠ることができるだらうと思はれるかもしれないが、事態はさう単純ではない。土曜と日曜にばかみたいに長く眠つてゐるので、まだ余力があるのである。また昼間に散々うとうとしたために、逆に夜になると目が冴えてくる。結局さうやつて火曜の晩も遅くまで起きてビールを飲むことになる。

かくして水曜こそは真に試練の一日となる。もう眠たくてねむたくてどうにもならない。半死半生の体でなんとか会社には到着するものの、とてもではないがきちんと仕事などできるわけもなく、日がな一日ぼんやりとしてゐる。受話器の向う側から顧客の苦情が聞こへてくるのだけれど、意識が朦朧としてゐるので何をそんなに慌ててゐるのかよくわからない。しかし習慣とは恐ろしいもので、さういふ時でも自動的に「申し訳ございません。ははあ、さうですか。かしこまりました。すぐに手配いたしますので」などと返答してゐるやうである。

さすがに先週末の寝溜めも水曜まではもたず、水曜の夜はひどい時には午後八時には失神したやうに眠りに落ちる。木曜の朝は前日の行いを反映して、週の内でいちばん楽に起床できる。会社でも比較的ましな状態でゐるやうである。ただ、云ふまでもないが、前日たくさん眠つてゐるので木曜の晩は夜更かしせざるをえない。

木曜の夜更かしが祟つて金曜も一日中ねむいままである。しかし社内には「週末」といふ雰囲気がそこはかとなく漂つており、特に定時前にはその週末といふ空気が、ある意味ピークに達する。さうすると生来のお祭り好きな気性も手伝つて目がらんらんとしてくる。かうなると一週間ねむいまま昼間を過ごしたことによつて蓄へられた体内の生命エネルギーが一挙に爆発しやうとする。そしてそれは定時の到来とともに爆発する。だから自ずと週末は街に出て飲もうといふ話になる。

金曜日は週末といふことで興奮してゐるからか、麦酒を飲んでもさう眠たくならない。それどころか深夜になればなるほど気分が盛り上がつてくる。「明日は何時まで寝てゐてもいいんだ」と考へると目が冴へてくるのである。70年代の言葉で云へば、脳が「フィーバァー」してゐるのであらう。

かくしてこの金曜日の夜更かしが土日の夜更かしを誘発し、その結果、あの地獄の月曜日を迎へることとなるのである。自分は死ぬまでこの眠気といふ魔物と格闘しながら生きていかなければならぬのだと思ふと、目の前が真つ暗になる。そんなことを書いてゐるうちに、またぞろ眠たくなつてきた。一体ぜんたい、だうしたものだらうか。



2004年6月21日




Shake Your Booty!!