ビールが好きである。
仮に好きでなくても、飲まないことにはその日が終わらない以上は飲むほかないのだけれど、実際には好きなので毎日飲んでいる。ただ、あいにくアルコールに弱い体質であるから、何杯も何杯も飲むわけにいかない。気持ちよく飲めるのはせいぜい1リットル程度までである。それ以上飲むと頭痛がしてねむれなくなるから、なんとか一晩に缶ビール3本までと目安を定めている。
本音をいえばもっともっと飲みたい。できれば毎晩浴びるように飲みたいのである。しかし体が受けつけないのだから仕方ない。たくさん飲める人が心の底から羨ましい。
そもそも我が家は下戸の家系であって、家族全員アルコールには弱かった。当然筆者もアルコールに弱く、少し飲むとすぐに顔が赤らんで酔っ払ってくる。学生時代にはずいぶん酒を飲まされたし、時には自分からも進んで飲んだけれど、それはあくまでも非日常であって、はんぶん自棄になって飲んでいたのである。うまいと思って飲んだことは一度もなかった。
しかしどうした物事のめぐり合わせかわからないけれど、今やビールがないとその日が終わらなくなってしまった。うまくて仕方がないのである。こうなると、もう非日常ではない。なんでこんなことになったのか思い出せないけれど、会社勤めということが関係しているような気はする。
ことの発端はアメリカ滞在中である。樹脂工場の立ち上げという任務で日々オツムリの足らない上司やボンクラ商社マンと格闘しているうちに精神が痛めつけられたのか、気がついたら毎晩ビールを飲むようになった。米国という国にはいろいろと問題があるけれど、いくつかある美点の一つはビールが安いということだろう。そこでまずコロナ・ビールを飲みはじめた。ライムを入れて飲むのが面白かったのである。やがてコロナに飽きて、サミュエル・アダムスなどを飲みだした。これは日本語的に「サミュエル・アダムス」と発音しても米人には通じない。「サムにゃむにゃ」とモゴモゴやると通じる。で、一時期はレストランに入るたびに「サムにゃむにゃ」とやっていたのだけれど、味に癖があってそれが鼻についてきてやめた。
その後、バドワイザーが水っぽくて飲みやすいと感じる時期があってバドワイザーばかり飲んでいた。大衆向けビールということでバカにされているけれど、今でもたまに飲むことがある。しかし、ちょっと水っぽすぎるのでバドワイザーを常飲するのもやめた。
結局米国にいてもキリンかアサヒということになって、所詮自分は日本人なのかなあなどと思ったけれど、その段階ではまだビールを心底うまいとは思っておらず、どちらかといえば憂さ晴らしのために飲んでいたにすぎないから、量もたいしたものではなかった。米国赴任を解かれ、帰国して狭苦しいアパートに住み、狭苦しいオフィスで、ある意味「プチ独裁国家」的会社で働くうちにビールの量が増えてきたのである。
不思議なことに、酒というものは一人で飲んでもぜんぜん美味くない。一人で飲むなら缶ビール一本が限界である。時おり家人の帰宅が遅いときなど、ふてくされて一人で飲んでみるがなんだか苦いだけで美味くない。しかもすぐに酩酊してしまう。そういうわけだから、我が家では夫婦で飲むことにしている。
で、その日の出来事だの世間の出来事だのについて独断的かつ個人的な愚見を述べ合いながら飲んでいると、知らぬ間にぐいぐいと飲んでしまっている。そして気分が高揚してくると「音楽でもかけて踊ろうか」という話になる。近所迷惑このうえない話だけれど、怒鳴り込まれない程度の音量で懐かしの70〜80年代ファンクなどをかけて踊りはじめる。冷静になって考えてみれば、ビールを飲むために生きている、ビールがあるから僕がいる、というような毎日になっている。そんなふうでないと一日が終わらないのだから仕方がない。毎月のビール代がかさんで家計を圧迫しているのは言うまでもない。
ある頃から発泡酒でもってその逼迫した家計をなんとかしようとしたけれど、「こんなまずいもん飲むために会社に行っとるわけやないぞ。なんでこんなもん飲まなあかんのじゃ?」ということになって、今度は飲んでいる自分の精神が逼迫してしまうので、家計が苦しくてもビールを飲むしかない。さらに去年からは日本酒の味わい方も学びつつあり、「夫婦で泥酔」という日々は終わりそうもない。
2004年9月15日(2003年12月22日初稿)