現代マイム

武内勲 マイム芸術研究所




現代のマイムは誰がつくった。

2003/10/30

演劇からマイムを単離させたのは、エティエンヌ・ドクルーです。
エティエンヌ・ドクルーは言いました。「天才は衰えます。人々は 死にます。永遠なのは芸術です。」

わたしがパリ市立マルセル・マルソー国際マイム劇学校在学中の二年生の時にコリン・スームのコーポラルマイムのレッスンが突然休講になりました。

学校にエティエンヌ・ドクルーの家族から訃報が入ったのです。
わたしは、見ました。急いでマイム劇学校から出て行く、コリン・スームの姿を。

わたしは、思い出すことがあります。コリン・スームは言いました。「マイム劇学校にエティエンヌ・ドクルーを呼びましょうか。」マイム劇学校の地下の劇場でのレッスン後でした。

そのことはわたしに取って、あまりにも衝撃的なことだったので、言葉が出ませんでした。
わたしは、後悔しています。エティエンヌ・ドクルーに会えるように、コリン・スームに相談しなかったことを。

また、わたしは別のことを思い出します。コリン・スームに聞かれたことを。
マイム劇学校の地下の劇場でのレッスン後、「なぜイザオはこの学校にいるんだ。」

わたしは、コリン・スームに言いました。「わたしは7年ぶりぐらいの日本人です。わたしがマルソーの技術を持ちかえらないと、日本に持ちかえる人はいない。」

コリン・スームは考え込んでいました。 (わたしが渡仏するにあたり、マクシミリアン・ドクルー宛に托された紹介状を、渡仏直後初めに読んだのがコリン・スームでした。)

わたしは、ロスアンゼルスでトム・レバートの指導を受け、あることを言われて気づきました。






現代のマイムは、どこで生まれた。

2003/11/01

ヨーロッパ大陸にありますフランスは、パリのアトリエ座で生まれました。






現代のマイムは、どのように生まれた。

2003/11/06

シャルル・デュランやエチェンヌ・ドクルーなどが俳優修行をしたジャック・コポーのヴュー・コロンビエ座では、ジャン・ドルシーなどがリアリズム演劇ではなく、肉体を使った表現の練習をしていました。
その練習をエチェンヌ・ドクルーは、見ていました。

※リアリズム演劇に反する演技法としては、メイエルホリドのビオ・メハニカやゴードン・グレイグの超人形説などもあります。

その後シャルル・デュランは独立し、アトリエ座をつくります。そこでエチィエンヌ・ドクルーは、肉体の言葉の重要性に再び気づきます。のちに、ジャンルイ・バロオとパントマイムの練習を始めます。

マルセル・マルソーがアトリエ座に入った時、俳優の訓練としてエチィエンヌ・ドクルーのパントマイムのレッスンがありました。

マルセル・マルソーは、エチィエンヌ・ドクルーからパントマイムを学びます。そして、ジャンルイ・バロオ演出の舞台に参加して行くのです。

マルセル・マルソーはマイム劇学校のレッスン中、私たちに話しました。
無対象で、ジャンルイ・バロオが螺旋階段を登った。「その動きの雰囲気を、マイムだと感じた。」




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