暗闇胸に手をおいて
農地解放時の村の寄り合いで、ある老人がこんな話をした。
「人間一人一人をとって見れば、正しい事ばかりはしておらん。人間三代の間には
必ずわるい事をしているものです。 だからお互いにゆずりあうところがなくて
はいけぬ」そして、「正しいことは勇気をもってやりなさい。」と云われた。
そして、「皆さん、とにかく誰もいないところで、たった一人暗闇に胸に手を
置いて、私は少しもわるいことはしておらん。私の親も正しかった。祖父も正し
かった。私の家の土地はすこしの不正もなしに手に入れたものだ、とはっきりい
いきれる人がありましたら申し出て下さい」と云った。 するといままで強く自
己主張をしていた人がみんな口をつぐんでしまった。 それから話しが行きづま
ると「暗闇胸に手をおいて.....」と切り出すとたいてい話の緒が見出されたそうだ。
宮本常一 著書参考