プロフィール L I N K 個 展 M A I L 埋草記 木 版 画 T O P

 

 

                 なしょままに

 

             

 

         なしょままよ なしょままならぬ  ままになる たせたい

        おまえとならば どこまでもよ 猿かけいばらの 中までも

        お前に貰うた てんてん手拭いを 柳の小枝に 引っ掛けた

        起きて沖見りゃ 沖ゃ白波の 殿御やらりょか あの中へ

        いつも月夜で 夜も八月で 殿も二十五で おればよい

 

    この唄は、和歌山県に伝わる大地麦叩き唄と云います。

   「なしょままよ なしょままならぬ ままになる身を 持たせたい」と詠まれている

    のは、気ままに暮らすのがいいとは思うけれども、なかなか気ままには暮らすこと

    は出来ない。気ままに暮らせる身分にしてあげたいけれども、思うようにならない。

   「お前とならば どこまでもよ 猿かけいばらの 中までも」 これは、惚れたお前

    と一緒であればいばらの中でも平気で入るよと云っています。

    どんなに貧しい暮らしでも、お前と一生を添い遂げるよ。 そんな唄だ。

     みなで麦を叩き、いったいどんな思いでこの唄を歌ったのか。 朝から晩まで働いて

    一向にままならぬ 身を恨んだであろうか。 いや、そうではない。

    「お前とならば...どこまでも....猿かけ...いばらの....中までも...こんど生まれて...来る時は...

    ままになる身を....持たせたい.....。」そう男達は願ったのではなかろうか。

    そして、女達も「たしかに一生ままならぬ 身かもしれない。 なしょままに....なしょまま......

    ならぬ...この身とも.....それでも...あたしはしあわせよ。」 そう聞こえてくるようだ。

 

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   宮内 仁著書 日本の仕事唄参考