模倣犯
MOHOUHAN
仲居正広 藤井隆 津田寛治 木村佳乃 山崎努
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『劇場型犯罪』『快楽殺人』『動機なき殺人』こんな言葉が日本でも聞かれるようになったのは、そんなに昔ではなかったように記憶しています。現在は、マスメディアの発達やネットワーク技術の進歩により、一昔前にはちょっと考えられなかったような犯罪が起きるようになっています。
最近判決のおりた「林マスミ(字がわからん・・・^^;)」の起こしたとされる『毒入りカレー事件』は犯行の理由がわからないまま死刑の判決が出たりしています。ちょっと昔の話になるかもしれませんが、『オウム心理教』の犯した犯罪も、常人では理解できないような動機と、「サリン」をはじめとするさまざまな化学兵器が使用されていました。
こんな時代にマスコミを利用してうまく立ち回れば、それまでまったく考えられなかった新しい犯罪が可能ではないだろうか?そんなことをつい考えてしまいますが、この『模倣犯』で描かれた犯罪は、まさに、現代社会の暗黒面を浮き彫りにした事件だったのではないかと思います。
まず、第一に動機。この犯罪の犯人の動機は、まったくはっきりしていません。原作を読んでみても、『なぜそんなことをしたのか?』という動機が明確になっていないように感じます。これは最近の少年犯罪などでも言えるのではないかと思いますが、、昔ほど明確な動機が見られなくなっている気がします。実はこれは、現代の警察にとってはかなり重要な問題のようです。そもそも警察は、殺された人物の周辺を探り、その人が『死んで得する人物』を探すのです。なので、明確な動機を持たない事件にたいしてはどうしても対応が遅れがちに思えます。
第二にマスコミの利用。現代のマスコミは、より刺激の強いニュース、いわゆる『スクープ』を咽から手が出るほどほしがっています。映画を見ながら思ったことは、「こんな事件が起こったら、マスコミは大喜びだろうな。毎日競って報道するだろうな。」ということです。関係者を追い回し、識者と呼ばれる人をゲストに招き、あぁでもない、こぉでもないと必死に事件の真相に近づこうとするでしょう。でも、どんなに真相に近づいても、けっして本当の真相には行き着かない。『できるだけ長く、この状態が続けばいい』とでも思っているのでしょうか。『かわいそうな被害者の遺族』を全国に紹介し、みんなでその死を『悼む』ことでしょう。
このようなことを加味してこの模倣犯を見てみると、面白いほどマスコミを利用し翻弄しています。『特番をやっている局に電話をしてくる』『殺人をライブ映像で流す』『遺体のある場所のヒントをマスコミに流す』など、その利用のしかたは徹底しています。そして犯人達はこの『日本という劇場』で自分達の考えた『犯罪ショウ』が大々的に報道され、ネコも杓子も『犯人は誰だ?』『なぜこんなことを?』と考えている状態に満足するのです。世の中が騒げば騒ぐほど、自分達は愉快な気持ちになる。ただ一つ犯人達を悩ませることといえば『この事件を起こしているのが自分達だと、声を大にして言えないこと』だけでしょう。
そんな現代の暗黒面を描いたこの映画は、実際に起こりうる事件だと思います。もしかしたら、隣に住んでいるあの人が、明日には『第二のピース』になっているかもしれないのです。
一つだけ不満があるとすれば、最後にピースが○○○すること。あのラストシーンだけが不満の種ですね。もっと、違った決着の付け方があったような気がするのですが。あれだけ長い原作を、うまく映像化していたと思うのですが、あのラストシーンだけがどうしても気になりました。もっと、ピースを、人間として終わらせて欲しかった。きちんとした形で終わらせて欲しかったです。
みなさんはどう感じたでしょうか?ぜひ聞いてみたいと思っています。
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