木蓮の白い花片が散り落ちて、庭の地面を覆っていく。 格子の傍らで貞時はその風情を眺めていた。 父が亡くなって、ニ年経つ。 先年、母の実家の安達一族を討った。 貞時が非難を覚悟して母のもとに参じると、母は静かに座して華厳経を書写していた。 声をかけると、 「私はこの書で時宗様を供養いたします」 とだけ答えた。 その姿は母というより、禅を通して夫との関わりを深めた一人の女性であった。 まもなく、覚山尼は華厳経八十一巻を写し終えた。 その書をもって無学祖元を請じ、今、三年忌に備えている。 貞時も、支度に追われていた。
彼が住まう山内亭は、幕府寄合の館であり、亡き父の私邸である。 庭の蝋梅や木蓮は、元々南宋に咲いていたもので、乳母人の館で育った貞時には、 未だ見慣れぬ花であった。
清らかで美しい、とは思う。 けれども、あまり好きにはなれない。 葉よりも先に枝に蕾をつけ、花片を開く様は、貞時には生き急いでいるように見える。 彼は、政事に非道を用いることには躊躇しない人だった。
しかし、目前で生身の命を見るのは苦手だった。
討ち取った叔父達の首を前にした時は、情けなくも吐いてしまった程である。
頼綱に、昔名越を討った時、お父上は首を納めた桶にそっと手を合わしておられた、 と諭されたが、彼にそれは出来なかった。
偽善に過ぎない、と思う。吐いた自分も、手を合わせた父も。
貞時は、格子を降ろした。
文机に向い、書をしたためる。
三年忌は周到に行わなければならなかった。
御家人による円覚寺への寄進は、御家人の得宗に対する意向を見るのに都合がいい。
円覚寺は元は得宗の私寺であった。
時宗が生前将軍家に奉進したことにより関東祈祷所になっているが、それは名目上のこと。
何人も平等である。
禅の教えを具現化し、父の禅への帰依を示す寺である。
しかし、貞時にとっては、それも政事の一部だった。
生まれてきたものに等しく与えられるもの、それは死だけであろう。
貞時は思った。
そんな浅はかな教えではないと知りつつも、そう思った自分に嫌気が差す。
いつか己の運命を、泰然と受けいれる日がくるのだろうか。
貞時は筆を置いて、目蓋を閉じた。
目の奥で白い花片が舞っている。
それを打ち消そうとすると、父の姿が想い浮かんだ。
座禅を組み、落髪した父の姿。
何故父はあれほど清清しく、臨終の瞬間を迎えることができたのか。
貞時にはわからなかった。
父は生前、貞時の後見を顕時に託した。
顕時は禅に精通し父と同じく白居易の詩を愛好していた。
だが、父の精神について語ってくれたことはなかった。
顕時は政事に必要な知識のみ、貞時に与えた。
そして、次のように言い残し、鎌倉から去っていった。
「頼綱が得宗に背いた時は、迷わず討て。」
得宗に背かずとも、いずれ頼綱は討たねばならないだろう。 貞時は、頼綱の謀り事に正当性を感じなかった。 だが、頼綱を討つのは、彼の術中から逃れ、政事の場で実権を握ってからである。 鎌倉が落ち着いてから。 父の法要は、良いきっかけになるやも知れぬ、と貞時は一人苦笑した。
風が格子戸を打つ音がして、彼はようやく、外で雨が降っていることに気付く。 酉刻を告げる鐘も聞こえる。 貞時は近習に灯りを持ってこさせて、そのまま書を続けた。 格子戸の外では雨が弛まなく降り、渡殿を湿らせていた。
続く→空華→2−1/2−2/2−3/3−1
3−2/
3−3/
続3−3/
しぐれ/2001.01.12.21
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