|
雲と硝煙の切れ間から、光が差している。
灰に染まった水面が、蒼く甦っていく。
打ち寄せる細波。
砦の跡で、彼は 遠く 海の果てを見つめていた。
文永十一年十月二十日。
元・高麗連合軍は、一夜にして博多湾を去った。
翌朝。
嵐を逃れ、志賀島に漂着した船は、九百艘の内、たった一艘。
乗員百二十人は、武器を捨て降伏したが、全て斬り殺された。
凶行に走ったのは、武士だけではない。
島民の悲しい怒りが、兵士たちの命を奪った。
対馬、壱岐、今津、百道原、赤原、そして博多。
連合軍の略奪・殺戮行為に対する、報いだった。
戦は、人を非道にする。
潮を含んだ冷気が、頬を刺す。
嘘のように明るい日差しが、鬱陶しい。
彼は海辺を離れ、博多の残骸の中を歩く。
黒い塊。人であったものの破片。
まだ腐臭は漂っていない。
この寒さでは、埋葬する前に凍ってしまうだろう。
彼は、不意に嘲笑を浮かべた。
何処か冷めた頭で、自分は現実を見ている。
ならば。
ならば、何故、連合軍に従ったのか。
海上戦の要である水軍を失えば、降伏は早いと、自分は進言した。
その通りに、松浦は攻められ、壊滅した。
…吐き気がする。
戦を早く終わらせる、最小限の犠牲。
そう、考えていた自分に。
多数の命と、少数の命を計りにかけるなど、間違っている。
命は、軽いものではない。
廃墟が続く。
人々は、瓦礫の下で、辛うじて生きている。
喘ぎ、もがく苦しみ。
彼は、目を逸らさずに歩いた。
焦土の匂いが、記憶を呼び起こす。
幼い頃に見た、鎌倉大地震の光景。
父は、為政者として、復興に邁進した。
だが。
この廃墟は、同じ為政者が生んだもの。
戦の責任は、民にはない。
連合軍の戦の目的は、威嚇だった。
この意味を、幕府は知っているだろうか。
戦は、まだ、終わりではない。
乾いた笑みが浮かぶ。
彼の目前に、古い寺が建っている。
灰も被らず、無傷な本堂。避難民で埋まった境内。
神仏とやらは、いるのだな。
彼は呟いて、その場所に留まった。
粥が振舞われていたが、彼は手を出さなかった。
腹は空いていなかった。
ただ、重力に引かれるように、腰を下ろす。
西日を避けて、目を伏せると。
過去の自分の声がした。
綺麗事は よせ、時宗。
綺麗、事?
戦を起こさぬなどと誓うは、綺麗事じゃ。
人は争うもの。
人は憎むもの。
人は…醜きものじゃ。
人は美しきものでござる!
愛しきもの。優しきもの。…兄上も昔、そう申されたではござらぬか。
父上に聞いてみるがよい!
人は憎きものか…それとも愛しきものか。
父は応えず、弟は、いつまでも甘いことを言っていた。
戦はしとうござらぬ。
彼は目を開け、地面に延びる影を見つめる。
あの弟が為政者となり、政治的な理由で自分を討ち果たした。
家族は…まだ生きている筈だ。
生きよ。
そう、自分は言ったのだから。
彼の、陰りを帯びた瞳が濡れる。
袖に顔を埋めようとして、彼は気付いた。
夕日を背に、一人の武士が立っている。
幕府重鎮の子息、金沢顕時だった。
>続く→空華→3−2/
3−3/
続3−3/
しぐれ/2002.05.08
|