波の花 1
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弘安四年七月。壱岐瀬戸浦にて、肥前国の御家人が元軍と交戦する。 江南軍と東路軍は平戸島で合流し、鷹島へ移動。 戦場は拡大する一方である。 この度の戦は、旧南宋の軍事力・高麗王朝の協力を背景にした元軍の侵略、と鎌倉幕府は判断した。 元軍は、使者抑留を侵攻の第一理由にあげている。 だが、占領地に兵士を送り、支配する目的があることは、明らかだった。 元軍の船には、武器の他、生活用具や鋤鍬も積まれていたのである。 人と土地の略取。 大陸統治をより強化するための施策。 元が得意とするその政治手段は、南宋の商人や僧侶によって、既に幕府に報告されていた。 南宋は、弘安二年二月に滅亡している。 その王朝は最後まで、元軍に抵抗した。 従って、南宋の者のもたらす情報に、元への偏見が全くなかったとはいえない。 だが幕府は、古くからゆかりある国の人々の言葉を信用した。 幕府は得宗被官を直接戦地に派遣し、地元御家人と共に実戦にあたらせた。 戦時体制は幕府の下におかれ、執権は指示系統の頂点にある。 評定は軍議を中心に開かれ、戦況把握、戦の影響による治安悪化・物資不足への対処、戦後処理など、 緊迫した問題が山積している。 宗政は、評定衆・一番引付頭人として、時宗を補佐していた。 戦の前線である筑後は、彼が守護をつとめる土地である。 元軍の脅威にさらされている筑後の御家人や民を思うと、宗政はいたたまれない気持ちになる。 自ら現地に赴き、敵兵と戦いたい。 焦燥が募る。 ただ鎌倉にいることが、身を切るように辛い。 彼は兄の苦しみを、より深く実感した。 戦場に身をおく方が、よほど気が楽かも知れぬ。 怒り、憎しみ、痛み、恐怖、感情の濁流にあって、論理的な思考など 意味をなさなくなる処。 評定の緊迫した空気の中、宗政は前線に思いを馳せる。 放たれる毒矢。てつはう。浜を埋める兵士の遺体。無念の表情を浮かべたまま、硬直する武将。 血の染みついた鎧。斬り落とされた肉片。 生々しい光景が意識の表層にのし上がり、彼は眩暈がした。 血の気がひく、音がする。 「宗政?」 異変に気付いた時宗が、そっと声をかける。 宗政は、応えようと顔を上げたが、口を開くことはできなかった。 彼は、目前の世界が色を失い、消えていくのを感じた。 >>2 しぐれ/2002.04.27
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