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- 追憶 - 降るように。 鳴り響く虫の音の下、時宗は石段を上る。 夕刻を告げる風。 雲はゆるりと流れ、八幡宮の灯篭に火がともる。 山端の空は藍が深く、浜の空は まだ薄明るい。 時宗は、社殿の前で、足を止める。 ここは。 将軍・源実朝が、宮の別当・公曉に討たれた場所だ。 父・頼家の仇に報いると称して。 その後、公曉の暗殺によって、頼朝の血は絶えた。 いつか。必ず。 北条の血も絶えることだろう。 時宗は、天を仰ぐ。 己の死も、いつか、不意に降りてくる。 冷えた外気が、頬をかすめた。 夜が迫る。 東鳥居の森は闇に沈み、背後に黄を帯びた月が輝く。 日没。 池の辺に、鴨が身をひそめているのが 見える。 水面から、月に向かって葉を広げた 蓮。 奇妙な声を上げ、走り抜けていったのは、猫だろうか。 時宗は歩みを早めた。 玉砂利。池にかかる老松。空を覆う梢。 月光。 人が息絶えた後も、この世に存在する ものたち。 時宗は、どこか懐かしい気持ちでそれらを見つめた。 暗闇が、境内を包む。 灯篭の火が 細く、揺らめく。 虫の音は、更に高まり。 夜深くまで、鳴り続けた。 2002.10.14/しぐれ TOPヘ |