散華2


文永九年二月。
後嵯峨上皇の見舞いの後、わしは六波羅南方の時輔殿を訪ねた。
「わしは弓矢の技のみが取り柄の未熟者でござる。
そのわしに執権殿が京へのぼる役目命じられたのは、時輔殿に疑念抱いておらぬと、
示すためにござる」
そう述べると、時輔殿は「わかっておる」と微笑まれた。
そして、二ヶ月公務を怠った理由を問うと、博多で蒙古の使節に会うたと申された。
「国を開くために動いたと 時宗にそう伝えてくれ。」
「詳しくは鎌倉に行ってじかに時宗に話す故、しばし待っていてくだされ。」
時輔殿は急いでおられた。
「やらねばならぬことがある」
そう言って一人で、朝廷に向かわれた。
わしには、時輔殿の行動がわからなかった。
執権殿は時輔殿を疑っておらぬ。
そのためにわしが北方に参った。
それを承知されているのならば、博多へ行かれたことを何故隠しておられたのか。
朝廷では、蒙古の使節に返書をするよう申し奉ったという。
それは、返書せぬことを決めた幕府を否定することではないか。
「国を開く」とは、どういう意味じゃ。
わしは判断しかねた。
そして時輔殿の行動を、そのまま書状にして鎌倉に送った。

まもなく、早馬が京に着いた。 時輔殿討伐の下知状。
それを読みながら、わしは心の中で執権殿に詫びた。
時輔殿の疑いを、はらすことができなかったからじゃ。
わしは執権殿から授かった弓を射て、兵を上げた。
「執権殿の命じゃ。時輔殿の首をあげよ」
南方の手勢は少なかった。祥子殿とお子の行方はすぐにわかった。
時輔殿は鎧もつけずに闘っておった。
正気の沙汰ではない。
わしが名を呼んでも、なかなか応えなかった。
わしは時輔殿の腕を射抜いた。
時輔殿の動きが止まった。
わしは近くに歩み寄って言った。
「何か言いたきことあらば聞こう。遠慮はいらぬ。申されよ」
時輔殿は無言だった。
「何ゆえ黙っておられる?武士の情けで最期の言葉を聞こうと申しておるのじゃ」
執権殿の思いを知っておられるのならば、何故疑われるような行動をとられたのか。
それとも、執権殿に討たれても構わないとお思いなのか。
わしは悔しかった。
何故わしが、時輔殿を討たねばならぬのだろう。
その瞬間、時輔殿の声が聞こえた。

「そなた 何もわかっておらぬ」

時輔殿は哀しい目で、わしを見ていた。
その黒い瞳に涙がにじみ、頬をつたって落ちる。
わしは混乱した。
「どういう意味じゃ。時輔殿。どういう意味じゃ」
わしは館に火を放ち、遺骸がわからぬようにした。
時輔殿が執権殿に討たれる運命を受けいれたのならば、二度と公の場に姿をさらすこと
はないだろう。
だが、それは誤まりだった。
あの時わしは、時輔殿を討ち果たしておくべきだった。
執権殿のためにも、時輔殿のためにも。

「もうやめよ、義宗殿」
突然、宗政が話を遮った。
「謀反の疑いがあろうとなかろうと、反得宗の動きは封じられるのじゃ。幕府内の意見
を統一するのに、血の粛清をためらわないのが北条のやり方。謀反人の所領を幕府
のものにするのも、一度粛清した氏を要職につけて得宗家に殉じさせるのも、将軍を
傀儡にするのも、すべて北条に権力を集中させるため」
宗政は唇を噛む。
「兄上はそんな政事を拒んでおられた。戦はしとうないと、いつも言っておられた。され
ど、兄上は北条のやり方に手を染めた。酷き戦をした。戦をせねば、鎌倉を守れぬか
らじゃ」
この先は義宗に語らせたくない。
自分から打ち明けようと、宗政は思った。
「兄上、いや執権殿は、得宗家によって暗殺された長時殿の嫡男義宗殿を六波羅北方に
任じ、朝廷と南方を監視させた。義宗殿の人柄ならば、朝廷にも南方にも警戒されることは
ない。戦になった場合は、北方が必ず勝利する。何故なら、南方は、 時輔兄上は反幕府の
疑いをもたれぬよう、武装を軽くしておったからじゃ」
義宗は驚いて、宗政を見る。
宗政は続けた。
「時輔兄上は、義宗殿に討たれるはずがないと思っておられた。疑念もたぬ証として
北方に参ったという義宗殿が、討伐の命に従うはずがない。討つということは、結局
疑っておったことになる。もし討伐の命が下れば、義宗殿は悩むだろう。討って得宗への
忠誠を見せるか、討たずにおくか。いずれにしろ、苦しむのは義宗殿。それが北条の
やり方。時輔兄上は、それを憂いておったのじゃ」
ああ、と義宗は目を伏せた。
やはり時輔殿は、得宗家の政事を、執権殿を否定しておったのか。
死を覚悟されているように見えたのは、深い絶望だったのかも知れぬ。
わしは執権殿のやり方に疑問をもたなかった。
時輔殿の洞察にも気付けなかった。
二人とも、わしのことを何もわかっておらぬと思っていたのではないか。
「…兄上を恨まんでくれ」
宗政が力なく呟いた。
義宗はゆっくり肯く。
そんな気持ちは毛頭ない。
それより、自分も打ち明けねばならぬことがある。
義宗は居ずまいを正して、宗政の方を向く。
空になった杯が、小さく回って音を立てた。

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しぐれ/2002.01.24

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