散華3


「宗政殿は、最明寺殿のご遺言を覚えておられるか?」
義宗の改まった口調に、宗政は一瞬身構えた。
だが、冷静に答える。
「ああ。父上は わしにこう申された。『宗政、そなた 時宗の弟として北条のために尽くせ』」
義宗は少し、目を細めた。
そのわずかな仕草が、宗政の心に懸かる。
義宗は、感情を隠す時に目を細める。
何を 隠したのだろう。
訝しげに見つめる宗政に向かって、義宗が続けた。
「時宗殿には、時輔殿を殺せ、と申された。」
「…」
「そしてそのご遺言は、時輔殿も知っておられたそうじゃ。」


宗政の酔いが、一気に冷めた。
父の遺言に、時宗が酷く苦しんでいたことは覚えている。
しかし宗政は、それを兄から打ち明けられたことも、自ら兄に問うたこともなかった。
舅の政村から、遠回しに諭されたことはある。
だが、その事実を、義宗から告げられるとは。

「それがしの父のことも、最明寺殿のご遺言じゃ。執権殿は自らの判断で行った、恨むなら
わしを恨んでくれと申された。だがそれがしは、 恨み申さぬ。執権殿とともに 鎌倉の因縁はらす所存、と申した。されど」
義宗は反芻する。
「されど。鎌倉の因縁はらすこと、如何に難しきことか。…宗政殿は、父・長時を殺めた者を知っておられるか?」
「…」
宗政は言葉に詰まった。
しばらく声が出そうにない。
「頼綱殿じゃ。」
義宗は自答し、更に続ける。
「そしてその手引きをしたのは、泰盛殿じゃ。叔母上がみな、話してくれた。」


宗政は思わず目を伏せる。
義宗の父・長時の妹であり、泰盛の妻である梨子。
長時暗殺の真相を知っていながら、安達家で泰盛の妻として生きるその女性は、あまりに痛ましい。
宗政は俯いて、梨子の心情を慮った。


「宗政殿、心配はいらぬ。
大きな役目に就けば、人に憎まれることに関わるのは当然じゃ。
哀しいことじゃが、叔母上にもそう申した。
それがしの父は、鎌倉武士として全うした。
最明寺殿も、そうであろう?それがしは執権殿を恨むことなどできぬ。
只、執権殿に…それがし
の判断は、やはり誤まりだったと申してほしいのじゃ。」
「誤まり…」
「そうじゃ。それがしは命に背いた。
 主の命令に背くことは、武士として恥ずべきことじゃ。
 執権殿はそれがしに、誤まりを正してほしいと申された。
 ならば、時輔殿の疑いをはらせなかった、執権殿の想いを伝えられなかった、
 それがしを咎めてほしい。幕府への恨み抱かせたまま時輔殿を生かしたこと、
 それがしは後悔しておる。」
「義宗殿…」
宗政は漸く顔を上げて、義宗を見た。
義宗は、誰も恨んでいない。
そればかりか、人に恨みを抱かせたこと、その人の心を案じている。
なんと 優しい男だろう。
「それに、それがしは不安なのじゃ。
 泰盛殿も頼綱殿も、何を考えているのかさっぱりわからぬ…」
急に語気が弱くなった義宗に、宗政は明るく微笑んで言う。
「大丈夫じゃ。あの二人は、兄上の前では何もできぬ。 
 謀があったとしても、今は蒙古との戦が先じゃ。気にするな。」
それから酒をとって、義宗の杯に注ぐ。
「それより、呑もうではないか。ようやく日も暮れたことだし、肴もできたところじゃ。」


いつのまに運ばれたのか、戸の側に膳が置かれ、岩魚が用意されている。
宗政はそれを串に刺すと、義宗の前の囲炉裏に焼べた。
呆っとしたままの義宗の肩を軽く叩き、笑いながら言う。
「さあ、呑んでくれ。これから幕府を支える者同士、強く生きようぞ。」
大声におされ、義宗の顔にも笑みができる。
「うむ。そうじゃな。よろしく頼む。…それにしても、宗政殿は、真面目な話が似合わぬのう」
「なぬ?一言余計じゃ」
むきになった宗政の手から酒をとり、今度は義宗が宗政の杯に注ぐ。
二人は杯を交わし、笑いあった。
囲炉裏の火が温かく顔を照らし、焼けた岩魚から香ばしい煙が立つ。
二人のいる厨の外では、闇が空を覆い、蒼白い月が昇っていた。


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しぐれ/2002.04.22

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