現代に蘇る許冠傑の魅力
---暗い世相を生き抜く知恵---


張晴
 人生は賭博みたいなものさ、勝ち負けなんて時の運。勝てば笑ってご馳走食べるし、負けても落ち込まないさ (鬼馬雙星)

 こんな不景気じゃうまい話はそうそう転がっていないよ、我慢我慢! (半斤八兩)

 助けが要るなら手を貸すよ。どんなに辛くても平気だよ (最高佳[木當])


 これら名歌詞はいずれも「歌神」と讃えられる許冠傑(サミュエル・ホイ)が1970年代にヒットさせた曲のものだ。当時香港は経済発展が始まった頃で、彼は庶民の目線でその心情を綴った曲を次々と軽快に発表していた。 あれから30年の月日が流れた今、香港は豊かになり絶頂を極めたが、やがて中国に返還され経済は徐々に衰退し財政赤字が膨らんだ。そこに追い討ちをかけるかのように新型肺炎(SARS)問題が出現し、庶民は苦境に立たされあえいでいる。

 功成り名を遂げた名士も今となっては歯軋りをして悔しがるしかない。そんな時、許冠傑の勇気を奮い立たせる歌詞が、もう一度困難に立ち向かう気力を取り戻させ、皆に勇気を与えるのだ。

 世の中は将棋のようなものさ、一手一手に驚くような展開が満ちている (世事如棋)

 無限に深い谷などはない、いつか光が見えてくるものだ。

 1974年に広東語初のアルバムとなる「鬼馬雙星」をリリースして以来、許冠傑は前人未到の広東語ポップスシーンを切り開いてきた。30年が経過した現在、広東語ポップスが全世界の中国人に与えた影響に輝かしい足跡を残している。レコード会社は彼の業績を記念し、今年18枚組の「許冠傑全集」を発売し、更にデビューから引退までに発表した200曲以上の作品の中から厳選した代表作品と、未発売作品である新バージョン歌詞の「半金八兩」(創業興家バージョン)、未発売であったテレビ出演シーンなどをDVDに納めた「難忘許冠傑30年」を送り出した。ファンにとってはまた一つコレクションアイテムが増えたことになろう。

 LMFのメンバーであるMC阿仁(アヤン)も許冠傑のファンの一人だ。彼の代表作である「大懶堂」にはこんな一節がある。「現実が思い通りに行かなくても腐るなよ、『半金八兩』なんてありゃしないのさ」。そのものズバリ、「半金八兩」をベースにした歌詞だ。「ヒップホップの創作手法の一つに、有名なフレーズを寄せ集めるというのがあります」と語る。何を寄せ集めるか、そこにリスペクトが存在するのかも知れない。口語で作詞するポリシーを持ち続ける彼は、ヒップホップの歌詞には全てのMCに自分に馴染んだフレーズを多用する、とも言う。「口語やスラングを使えば、より直接的に自分の考えを表現することができます。テクニック上では全ての歌詞で韻を踏むことでリズムにパターンが生まれるのです」。こうした創作スタイルは許冠傑のスタイルに通じるものがある。特に初期の作品は許冠傑自身や黎彼得(ピーター・ライ)が作詞を手掛けており、今から見ればヒップホップの手法と同じだ。もし今でも許冠傑が現役であれば、LMFも追従していたことだろう。「許冠傑はまさしく『歌神』ですよ。歌詞のレベルが高いだけでなく、ロックからレゲエまで様々なジャンルの音楽をやっていますよね」。阿仁にとって許冠傑は最大のリスペクトを払っている存在のようだ。

 最近3枚目のソロアルバム「Updated Software 2.0」を出したばかりのDJ Tommy(30)も親友である阿仁の見方に賛成だ。「庶民の言葉で、誰にでも通じる表現に努める。そういう面では許冠傑の作品はヒップホップととても共通性があると思います」。

 許冠傑の独特な音楽的ポジションは、笑いや通俗的な歌詞を通じて時勢を風刺し、世の中を生きていく道理を深く考えさせるところにある。そして耳にとても馴染みやすいこともその特徴であろう。初めての広東語アルバムである「鬼馬雙星」から一貫してこうした庶民的であると同時に深い意味のある作品というものが許冠傑の持ち味となっている。

 人生は賭博みたいなものさ、勝ち負けなんて時の運。勝てば笑ってご馳走食べるし、負けても落ち込まないさ (鬼馬雙星)

 この歌詞は香港人を実に啓発したものだ。つまり「チャンスがあるうちは負けたわけではない」というもの。何度挫折しても再度戦おうという勇気を与えてくれたのだ。翻って現在の香港はSARSに打ちのめされているかのようだが、今我々に最も必要なものこそ、こういった気概ではないだろうか。一度しくじったくらいで飛び降り自殺を考えたりするような悲観的な態度ではないだろう。

 雇われ労働者がこき使われて貧しかった頃、許冠傑は先頭に立ってこう歌ったものだ。

 ちょっとの苦労で儲けてやろうなんて、こんな不景気じゃうまい話はそうそう転がっていないよ、我慢我慢! (半斤八兩)

 さあ高く飛び上がれよ、ベンツに乗りたいなら自分の頭を使うことだよ (做)

 庶民の心情を表現する歌ばかりではなく、時勢を風刺するのも許冠傑の得意とするところだ。「難忘許冠傑30年」に収録されている「擦靴仔」「錢錢錢」「賣身契」などに特に顕著に現れていると言えよう。

 ハイハイハイと毎日言って、従順なふりしても無駄だよ (摩靴仔)

 金は出て行くばかり、金がなきゃ何もできない。借金棒引きしてもらうためにアニキの前に跪く (錢錢錢)

 一枚ピラの契約書にサインすりゃ、一生がんじがらめだよ (賣身契)


 改めて感心するのは、20年も30年も昔の曲にも関わらず、今日の大量失業や不動産バブルの崩壊、カードローン地獄などの状況に依然として当てはめることができる、ということだ。許冠傑に先見の明があった、ということか、それとも社会が全く進歩していない、ということなのだろうか。
付加価値で売る

 先ほども触れたように、許冠傑が所属するレコード会社は様々なベストアルバムを発売してきた。最近の「許冠傑全集」だけでなく、これまでも「打工仔心聲'98新曲+精選」「'90電影金曲精選」「許冠傑金装精選」「Sam Hui新曲與精選」などなど。他にもコンサートのライブ音源をアルバム化したものも多数ある。ではレコード会社はどのようにしてファンの財布の紐を緩めさせて「難忘許冠傑30年」を買わせようとしたのであろうか。その秘密は添付されたDVDにある。

 「歌神」のファンであれば、実のところ「半斤八兩」が入ったCDなど複数枚所有していることだろう。しかしオリジナル演奏の映像を所有しているファンは極めて少ない。ましてやそれが1976年のテレビ出演時のものであれば尚更だ。

 「難忘許冠傑30年」にはTVBで放送された名曲の映像が多数収録されている。1970年代から80年代にかけて放送された「財神到」做」「打雀英雄傳」などのオリジナル出演シーンの他にも、11年前の引退を記念して放映された番組である「許冠傑光栄引退匯群星」で、譚詠麟(アラン・タム)とデュエットした「天才白痴夢」や張國榮(レスリー・チャン)と「沈黙是金」を一緒に歌うシーンなどが収録されている。これだけでもCDそのもの以上の付加価値があるというものだ。
【明報 2003年4月20日】
武陵桃源