「見かけは細いが内に秘める意志は強く、その統率力で牽引役を担って欲しい」。2002年12月に香港芸能人協会の会長に梅艶芳が就任した際に、名誉会長である許冠文が贈った激励の言葉だ。彼女がそのような人物であれば、いやそういう歌手・女優であったからこそ、余りに早すぎる死は本人が一番無念だったのではなかったろうか。 古くは李小龍、最近では張国栄の突然の死はファンに大きな衝撃をもたらした。確かにショッキングな出来事ではあったが、一面自分で死期を呼び寄せていた、そんな印象を受けたのは筆者だけであろうか。それに対して自分の病を公表して対決姿勢を見せ、命尽きてしまった梅艶芳のほうがより一層悲劇的な死を迎えたのではないだろうか。 ![]() ホイ兄弟との接点で、一番分かりやすいのは映画での共演だろう。許冠文とは「新Mr.Boo! お熱いのがお好き」のチョイ役、そして「新Mr.Boo! チョココップ」でのゲスト女優として共演を果たしている。いずれも三枚目的な役柄を小気味よく演じているが、強がってもデリケートな内面を持つ女性を感じさせる演技だったのではないだろうか。そしてそれはやはり実際の彼女の中にもあったものではないか。だからこそ、決して特別な美人ではないにも関わらず、愛される女性であり続けられたのだろう。 筆者の彼女に対する印象は、日本で言えば和田アキ子と中森明菜を足して2で割ったような存在だ。折れてしまいそうな細い体だが姉御肌、そしてハスキーで大人の雰囲気のある歌声。決して暗くはないが、憂いを秘めた表情を見せる彼女は、アイドル美少女とは全く異なる大人の女性を感じさせる魅力がある。皆さんはどう思われるだろうか。それぞれにそれぞれの印象があることだろう。歌手としての印象と女優としての印象が異なる、という指摘もあるかも知れない。 |
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「お熱いのがお好き」ではワンシーンのみの登場だ。許冠文がバックバンドの一員となっているナイトクラブで「ケアレス・ウィスパー」を歌っている。なかなか雰囲気があるのだが、途中でマイクを放り出し許冠文を引っぱたいて出て行ってしまう。どうしてそうなったかは、未見の人のために触れないでおこう。 |
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ではホイ兄弟との接点はそれだけなのだろうか。許冠傑とは恐らくミュージシャンとしての交流はあったのではないだろうか。デュエットこそしていないかも知れないが、同じステージに立ったことはあるだろう。そして冒頭の香港芸能人協会。会長に就任した頃の彼女は自分の病を知っていたのだろうか。まだまだ芸能活動を精力的に続けるつもりだったのではないだろうか。 これから更に円熟味を見せてくれるであろうと楽しみにしていたのに、つくづく惜しまれる。しかしきっと病気と精一杯闘ったのだろう。彼女のように懐の深い女性芸能人の登場が望まれる。 2003年12月30日逝去、享年40歳。合掌。 |
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