周磨 要の 映画三昧日記


●周磨 要プロフィル
 「周磨要でございます。私、映画が大好きでありまして、キャッチフレーズは<無声映画からピンク映画まで、古今東西邦洋を問わずすべての映画を愛する男>ということで、あの映画好きでは人後に落ちないと言われました淀川長治さんよりも、さらにリーチの広い映画好きということでございます。その映画好きが高じまして、とうとう活動弁士の方に手を出す、あ、いやいや、口を出すということに相成りました。
 これは、昨年の「蛙の会」公演で「雪の渡り鳥」の活弁の舞台に立った時の前説の冒頭であるが、正に私はそのとおりの存在。物心ついてからの東映チャンバラに夢中になったのを皮切りに、57歳の今日に至るまで、変わらず映画を愛し続けている。
 2002年に公益事業を定年退職し、関連企業に再就職。第一線を引くと、精神的にも時間的にも余裕が出来て、ますます映画三昧にのめり込んでいる毎日である。
●リニューアルの御挨拶
 昨年末に「周磨要のピンク日記」で記したが、従来のこの日記の中のピンク映画にからめての一般映画の話題を、別コーナーの「湯布院日記」とドッキングさせ、「周磨要の映画三昧日記」として独立させる旨の宣言をしたが、いよいよスタートである。
「ピンク日記」の方は、基本的なスタイルは変えないが、データ性を充実し「周磨要のピンク映画カタログ」という形で継続していくので、そちらの方もご愛顧いただければ幸いである。
「周磨 要のピンク映画カタログ」
● NEW 周磨要の掲示板 
「周磨 要の湯布院日記」
「周磨 要のピンク日記」
「おたべちゃんのシネマシネマ」
●今年の収穫 活弁の真髄の端に触れた!?
 11月16日(水)お江戸日本橋亭、11月23日(水)上野広小路亭と女流講釈師の講談を続けて聞いたことを通じ、「蛙の会」でいろいろ教えていただいている古い会員の飯田豊一氏が言われる「活弁は歌であり唄であり詩である」という言葉の真髄の端あたりに、触れることができたような気がする。
 芸術というのは、私はイメージの具現化だと思っている。その手段として映画なら現実の被写体(アニメは別だが)を用い、文学ならば言語を用い、音楽ならば旋律を用い、絵画ならばキャンバスを用い、話芸ならば語りを用いるのだと思う。基本精神の根は一つなのだ。
 11月16日(水)の講談について、私が編集して無声映画鑑賞会で配布している「話芸あれこれ」12月発行号で飯田豊一氏は、[「一人芝居」調になると、とたんに退屈になる]と厳しく批評している。12月23日(水)の講談と続けて聞くと、確かに16日の方は「話芸」ではなくて「芝居」だということがわかるような気がする。。
 芝居というものは、肉体を用いてイメージを表現するものだが、肉体表現の付随として衣装があり小道具があり、強いては背景の美術・装置がある。それら付随物が豊かであればあるほど引き立つのが芝居である。
 話芸は「語り」を用いてイメージを表現するものだ。勿論しぐさや表情などもあるが根本にあるのは「語り」である。落語などを見ればよくわかるが、扇子と手拭が「語り」の力によってあらゆる小道具に変貌して見えてくる。
 かつて柳家小さん師匠が映画出演した時、「湯呑みがないのにあるように見せるのが落語だけど、映画はほんとうに湯呑みが出てきちゃうんだね。やりにくくってしょうがねえ」という意味のことを語っていた。確かに話芸では無いものを「語り」であるように見せるのが芸の力である。
 前述した飯田豊一先生が女流浪曲師の玉川美穂子さんと組んで、講談と浪曲のコラボレーションで「一本刀土俵入り」を演じた。飯田豊一先生は茂兵衛を講談で語り、玉川美穂子さんが浪曲のお蔦で受ける。正座の講談、床几に掛けての三味線の浪曲という位置関係がそのまま路上と二階という茂兵衛とお蔦のやりとりの位置関係を、絶妙にイメージさせて見事だった。ただ、打ち上げの席で、「あそこまで工夫したならば小道具に茶碗を出すなど、もっと凝ってほしかった」と評する人がいて、私はちがうんじゃないかと思った。それでは「演劇」であってもはや「話芸」とは言えまい。
 「蛙の会」では、こんなことがあった。早乙女宏美さんが「沓掛時次郎」の活弁を演習した。いまわの際のお絹が「時さん、死ぬ前にせめて人目会いたい」という山場では、女優だけあって涙を流さんばかりの迫真の語り、つい私は「やっぱりこのへんは女性には敵わないよなあ」と呟いてしまったら、飯田豊一先生から「話芸は芝居とはちがう。泣く場面で本当に泣いても、それは話芸とは別物だ。男とか女とかいうことも関係ない」とピシャリと言われてしまった。
 冒頭の講談にもどるが、確かに飯田豊一先生が辛口に評した16日の演し物は、大熱演は認めるのだが、これに衣装・小道具が加わったらもっとよくなるな、背景に美術・装置があったらもっと引き立つな、と感じさせてしまうのである。「芝居」である。一方23日の方は、講談独特の口調でイメージを構築させる語りに徹しており、これこそ「話芸」ではないかと思えた。断っておくが私は講談をよく知っているわけではないから、あくまでも質の違いを感じたということで、講談としての良し悪しを言っているわけではない。
 世の中には陰険な奴がいる。映画の知人で、私が活動弁士の勉強をしているのを知っていながら、「無声映画とはそれだけで完成しているものであるから、弁士なんて不要だ。私は弁士のついた無声映画はいっさい見ない」と、私の目の前で言う輩がいる。それだけなら私も不機嫌に黙り込むだけだが、さらに陰険な奴になると「周磨さん、無声映画とはそれだけで完成品なんだから弁士不要って意見がありますよね。それどう思います。え、どう思います」と喧嘩売ってんじゃないかとしか思えないのもいる。そうなると私も、「うるせえな。好きだから俺はやってるだけだよ」と喧嘩越しに言い返すしかない。ただ、2つの講談の会を通じて話芸そして活弁の真髄の端に触れたと思えるようになった今では、もう少しましな反応を返せるような気がする。
 弁士という存在のない諸外国でも、無声映画には伴奏音楽がつく。音楽と映像が一体となって無声映画は完成されていると言える。弁士否定論者でも伴奏音楽を否定する者はいない。(稀に、いや無音の映像で見るのこそ無声映画の真髄だと言う奇特な人もいるが)
 無声映画の俳優の「芝居」は、それだけで完成している。昔、淀川長治さんは映画友の会で「サイレント映画は言葉がない演技なんですね。ですからしぐさですべて表現するわけですね。パントマイムですね。バレーですね。美しいですね」と言われた。「活弁」は「芝居」ではない。「芝居」にしてはならない。完成されたサイレント映画の俳優の「芝居」に、もしも「芝居」のような活弁をつけたら、それはもう屋上屋で邪魔で煩く鬱陶しいだけである。活弁の「話芸」とは、伴奏音楽のように映像を盛り上げるものでなければならないのだ。解ったぞ!これが「活弁は歌であり唄であり詩である」ということなのだ!歌うように、唄うように、詩うように、語らねばならない。
 と、言葉でいうのは簡単だが、それでは具体的にどう語るのか?それが来年の公演までの私の課題である。私の予定演目は、今年の「国定忠次」に続いて同じく沢田正二郎の「月形半平太」、
「春雨じゃ、濡れてゆこう」
「寄るな、寄るな!いたずらに人を斬りたくはないのだ、寄らば斬るぞ!」
 東山三十六峰静かに眠る丑三つ時、突如静寂(しじま)を破って鳴りひびく剣戟の音!といった具合に決まり文句がタップリ、さあ、どのように歌って唄って詩ってやろうか!
 てなことで、年末に近くなり、活弁の真髄の端に触れたと感じられたところで、今年の映画三昧日記の終幕としたい。

皆様、よいお年をお迎え下さい。来年も一人一人にとってよい年でありますように。
前回に記した三連チャンの顛末から始めたい。

●11月7日(月) 新作無法地帯
この日の夜、なかの芸能小劇場の若手落語家が中心のお笑いの会「新作無法地帯Vol.6」に行く。知人の雑誌編集者で脚本家のTさんのネットの日記で情報入手したものである。
 入場してしばらくしたらバトルロイヤル風間さんが来る。著名漫画家で、MISAKOさんとのコンビで東京モンキーズとして似顔絵コントなるものも演る多彩な人である。「やっぱり必ず知ってる人と会いますね」と話かけると「Tさんも来ますよ」とのこと。風間さんと私は活弁修行の関係から、話芸を通じて社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」との縁で知り合った。風間さんとTさんはプロレス物の縁での知り合いである。そして、Tさんと私は映画関係の縁と、何とも奇遇なトライアングルの知己であった。そして、私もプロレス者であるというおまけも付くのである。
 しばらくしてTさんも来場する。何と!13号倉庫さんがいっしょである。「あれ?今日は飲み会じゃなかったんですか?」と13号倉庫さん。今度は私が「?」となる。私は、こういうイベントがあれば、打ち上げがあるか、無ければ誰かしら知人の何人かと出会うから、どっちにしても飲み会のつもりである。3連チャンの1日目とは、そういうことだったのだが…。案の定、打ち上げはなかったが、風間さんと「折角だからやりますか」となってTさんと同伴の女性2名を加えての酒席である。13号倉庫さんは所用があるとかで帰られたが、Tさんの話ではお酒はあまり召し上がらないとか。確かに飲兵衛はずいぶん時間をロスしてるなあと思わないでもない。「蛙の会」で御指導を戴いている先輩会員の方も、酒は好きなのだが、「でも、後で何もできなくなるんだよね」と呟いていた。飲まなけりゃもっといろんなことできるよな、と思いつつ飲んじゃうんだから、飲兵衛とはいたしかたないものだ。
 「新作無法地帯」の演し物に関しては、演者は悪乗りと言いたいくらいの弾けっぷりだが、私は乗れないし笑えなかった。あえて場内をシラーッとさせるのが狙いなのかなと、うがった見方までしてしまった。終演後の酒席によれば、カルト的な支持客が集まる場所では無茶苦茶受けるそうで、今日は客層がちがってしまったそうだ。そういえば冒頭で「今日のお客さまは年齢層が高いみたいですが、落語といっても若手新作落語で古典ではありませんから」と強調していた。演者も勝手がちがったのかもしれない。
 こういう催しの後の酒席は演し物の批評で盛り上がる。よく見ればななかなかの評者5人ではないか。漫画家にしてコント演者、雑誌編集者にして脚本家、さらに修行中活動弁士(なんちゃって私のこと)の男3人に加えて、Tさんの連れの女性二人も、雑誌編集者、上方落語の見巧者といずれも論客。10の演し物に各自3票を入れてのコンクールとなる。すると、5人のうちから4票を集めて圧勝したのが坂本頼光さんの「日本唯一の自作アニメ活弁」だった。
 いやー、これは実に楽しかった。自作アニメのタイトルは「桃太郎」。ただ、おじいさんとおばあさんではなく、おじいさんとおじさん。おじいさんは大滝秀治の似顔で、おじさんは田中邦衛のそれ。桃太郎は何と小泉純一郎!それを声帯模写で活弁をつける。これまた絶品、坂本さん、声帯模写だけでも食ってけるんじゃなかろうか。桃太郎を愛しすぎたおじさんが、鬼ヶ島にいかせたくないときびだんごに下剤を混ぜ、腹を下して引き返してくることを目論んだら、薬の量を間違えて桃太郎は死んじゃったとの、意味もなければ教訓もない徹底した馬鹿馬鹿しさが、絶妙の声帯模写とあいまって、滅茶苦茶に笑わせてくれる。
 終演後に頼光さんと立ち話をする。アニメはパソコンからのプロジェクタ映写だったので、パワーポイントか何かを活用したのかと思ったら、純然たる手作りの力作なのだそうだ。公演回数はそう多くないとのことで勿体無い限りである。小泉さんという時事ネタだから期間限定商品にならざるをえないし、多くの公演の機会を願うのみだ。もっとも「こんなことやってるって無声映画鑑賞会やマツダ映画社で言わないでくださいね」と言っていた。そうかなあ。そんなことないと思うけど。

●11月8日(火) 阿佐ヶ谷 レストランCの集い
前に、阿佐ヶ谷のレストランCのママが映画ファンで、第2火曜日に阿佐ヶ谷映画村の残党を中心に映画者が集まっていることを紹介したが、この日は第2火曜日である。相も変らぬ映画談義で盛り上がっているところにママのH子さんから衝撃発言?が飛び出す。「来月は必ずベストテンを持ってきてね。1月までに集計が間に合わなくなるからね」そうか、もうそんな時期なんだ。来月の第2火曜日は13日、確かにこの会のベストテンは例年最も早いベストテンだった。
 ざっと今年を振り返る。洋画ベストワンは私の30年余の人生を込めて「スター・ウォーズ」で決まりでしょう。「エレニの旅」が続きます。邦画もメモってみたら、「花と蛇2」と「リンダ・リンダ・リンダ」が並んでる。これってどういう性格なのって言われそう。前もこの会で「モンスターズ・インク」と「ピアニスト」を同時にベストテンに入れるなんて信じ難いと 言われた。若い頃にも1位「サウンド・オブ・ミュージック」2位「8 1/2」として、ATGのサークルで顰蹙を買った。でも、何故なんだろう。どっちも映画として超一流でどっちも映画ならではの素晴らしさの真髄で、両方とも楽しまなかったら損じゃないだろうか。ただ、最近そんなところが私の最大の弱点のような感に打たれている。「キネマ旬報」12月上旬号の「読者の映画評」常連で私の「映画友の会」の友人の須田総一郎さんの「フォーガットン」評、相変わらず小川徹の再来といえる裏目読み批評が冴えに冴えている。あの愚作(?)からこれだけの評を引き出すのはさすがである。はっきり言って映画より批評の方が面白い。いや、これは誉めているのだ。つまらない映画からも面白い批評を引き出すのが小川徹の魅力であったし、裏目読み批評の真髄だからだ。
 須田さんも私も長い読者評の常連だが、このあたりが決定的にちがう。須田さんの掲載作品はすべて冴えわたる裏目読みで一貫している。私の方は並べて読み返せば分かるが、殆ど支離滅裂である。一貫した姿勢で書き続けてるんだけど、恣意的にセレクトされて掲載されるんだからしょうがないと、ボヤいてみても始まらない。これが私の決定的な弱味だろう。
 キネ旬の歴代編集長から、「あなたならではというものがない」と言われた。「映画芸術」ではピンク映画というアングルを仕掛けてもらえて、それなりにのめり込み書き続けたと思うが、それが私ならではの持ち味ではないし、持ち味にする気もない。映芸編集部の人も、別の私なりのアングルを探ってくれてはいるのだが、見つからないようだ。映芸への敗者復活もプロデビューも夢のまた夢みたいである。といって、すべの映画を楽しむ視点を崩して、無理に個性をでっちあげようとは思わない。でも、結局それが私の限界なのだという気がしてきた。(だけど、私よりもっと自分ならではのものなんて無いのにプロデビューさせてもらってる奴がいるよなって妬みと僻みも出てくるが、いかん、いかん、人と比べてどうとかじゃないでしょう。自分が自分に向き合ってどうかである。こういうさもしい根性も私の限界ということか)
 プロデビューするのは、須田さんのような強烈なインパクトと個性なのだろう。須田さんは、いずれプロデビューできるような気がする。いや、させるべきだと思う。
 阿佐ヶ谷から離れてしまったが、今年も終盤を迎えた私の大きな自覚の一つなので、延々と真情吐露をさせてもらった。

11月9日(水)同期の集い
3連チャンの最終日は、映画とは関係ない。公益事業時代の気の合った者数名の同期の集いである。この会合の主旨がちょっと傑作である。一人を除いて、まあ無難なサラリーマンの選択で定年後は同じ関連会社に再就職した。一人N氏だけが、そういう安易な道を選ばずにかねてから関心のあった介護の仕事に敢然と挑んだのである。ところが、やってみればこれは激務。奇麗事ではなく、肉体的な辛さもさることながら、介護される者というのは意外に我儘で、猛烈に精神的ストレスがたまるそうである。いきおい、勤務が終わると深酒に浸るようになり、ついに内臓を壊して一旦リタイアとあいなった。そのN氏がやっと体調を回復して復帰のメドがたったとのことで、快気祝をやろうということになった。でも、考えりゃずいぶんとんでもない話である。まあ、そんな飲兵衛集団だから気があっての40年近くのつきあいということになっているのであるが…。
 この集いの仕掛け人のH氏に、直前になって新たなエピソードが発生する。飲み会の帰宅途中に駅の階段で足をもつらせ、前の人との衝突を避けようとして不自然に足をひねったら、古傷もあったのだが半月板断裂という重傷に至った。でも、人に怪我をさせまいとの配慮からだから立派なもので、さすが我が同期である。と、仲間誉めをしてもいたしかたないが、かくしてH氏は杖を片手の参加となった。そして「今度はお前の快気祝だな」なんてはしゃいでるんだから、全く懲りない面々である。
 ここで、ひょんなことからピンク映画の話題になった。「結局エロが売りだろ」とY氏が言う。Y氏はジャズファンで色々な方面に造詣が深いだけに、その偏見にカチンときた。(普通の者の発言なら世間的には妥当な見方であり取り合わない)いきおい私は、国際的な著名監督に何人もピンク出身がいること、現実に見てもらえば水準の高い映画が少なからずあること、と力説し口角泡を飛ばす大激論になってしまった。次第に冷静になってくると、Y氏の主旨はエロが売りなのは確かで、ただそれが歌麿の春画のようにエロ以上のものは当然出てくる、けれども、最初からエロじゃないって言っちゃったら本質がズレてるんじゃないの、ということだった。しかし、そこに至るまで無用に険悪な論争になってしまった。コミュニケーションとは難しいものである。
 後日に別の酒席で、この会の仕掛け人のH氏ともこの話題が引っ張った。H氏は若い頃から写真が趣味で撮影会に出たり写真展に登場したりという才人で、今も山歩きを楽しみながら写真を撮っている。先日の「蛙の会」公演ではプロ級の腕でスナップを撮ってくれて、無声映画鑑賞会の会報の紙面にも使われることになった。(活弁のスクリーンと弁士を、フラッシュなしで焦点ピタリで同時に納めるあたり、素人から見ると神業である)着々と投稿欄の常連の座をゲットしていた私と若い頃に、「いずれお互い会社をやめて映画評論家と写真家になるか」なんて夢みたいなことも言っていたものだ。私が「ピンク映画史40年で、即物的なブルーフィルムに流れていかなかったというのは、世界でも奇跡的な希有な例だよな」と言うと、「春画の歌麿の例も出たけど、日本人って銭儲けのためのエロであっても、そこだけには納めない文化を持ってるのかもしれないね」との味のある答がかえってきた。
 以上、映画ファンの世界からは少し離れたけど、団塊の世代のおじさんって、みんなが思うほど企業戦士の無味乾燥な仕事人間ばかりじゃないよってことを、ここでは紹介したつもりである。

●映画の話題の小ネタ その1
「大停電の夜に」を、期待はしなかったが、電力マンOBとしては気になり、やっぱり見にいってしまった。ガチガチの因果ドラマをトレンディーにスマートにまとめていた。非常灯とキャンドルの明かりだけでロマンチックなムードが盛り上がったクリスマスイブの夜の東京で、思いがけない出会いがあり、予期せぬ告白がある。でも、大停電がこれだけで済んでしまうってのは、やっぱり私にはひっかかる。
 これは電力会社の供給区域がすべて停電してしまう「ブラックアウト」と称する事故である。でも、電気は光の速さと同じだから、あんな風にパタパタパタと停電はしない。一気にバタッと停まる。ま、映画としての視角効果を狙ったのはわかるが…。映画での停電の原因はネタバレになるので詳述しないが、一箇所の変電所の事故で「ブラックアウト」は発生しません。20年前程ならば、想定内ギリギリの過酷な事故を仮定すればありえたかもしれないという程度である。ニューヨークの大停電以降、私も電力指令マンとして「ブラックアウト」復旧の訓練に何度も携わった。今もそうした訓練は続けているだろうが、「ブラックアウト」発生のシミュレーション成立に苦慮しているとも聞いた。想定外の事故に対して訓練しても意味がないとの声もあるが、そういうわけにもいくまい。現実には電力系統に詳しい軍事戦略家が、数カ所の拠点の発変電所に同時多発的にピンポイント爆撃でも仕掛けない限り「ブラックアウト」は発生しないだろう。
 ただし、過去の訓練に参加した私の感覚では、「大停電の夜に」で一晩で復旧して電気が来たのはちと早過ぎる。(何ごとも壊すのは早いが修復は時間がかかるということです)先年のカリフォルニア大停電では完全復旧に2日かかったそうだが、そのへんが妥当なところだろう。(たまたま一番最初に電気が来たとこだったんだよと言っちゃえばそれまでだが)「ブラックアウト」とは発生したらそのくらい大変なものだし、現在の日本の電力系統ではかなり極端な想定外の事態が起こらない限り発生しないということも、併せて述べておきたい。

●映画の話題の小ネタ その2
11月15日(木)放映の「いぬのえいが」をビデオ録画して見る。封切当時に「映画友の会」でおかだえみこさんが、「映画を見る人みんなが犬好きなわけじゃないんだから」と評していたが、まさにそのとおりの映画であった。これは犬好きだけが集まって楽しめばいい映画である。
 特にマリモと飼い主の少女の話は泣けた。音楽とスポークンタイトルだけを重ねて犬の一生を、マリモと少女の視点から2回繰り返す。犬と人の出会いと別れってこういうもんである。私は犬を飼ったことがなく、兄の家の飼い犬を見ていたうえでの感慨ではあるが。
 かくいう私は、実は子供の頃からずっと長く犬嫌いだった。犬好きになったのは、娘が生まれて幼児になった頃からである。娘はなぜか犬好きで、犬と遊んでいると本当に嬉しそうに可愛い顔をする。それを、可愛いと思っているうちに犬まで可愛くみえてきたのだから、不思議なものだ。
 犬にはテレパシーがあると思う。犬嫌いの頃は、犬が近づくとこっちはビクッとするし、むこうはウーッ!という感じだった。ところが今は犬が来ると思わず笑みが出るし、むこうもクーンクンという感じですり寄ってくる。他愛のないことかもしれないが、「三つ子の魂、百まで」なんて言うけど、人間って変わるものなんだなあと思う。

●映画の話題の小ネタ その3
「ピンク映画カタログ」でも紹介したが、13号倉庫さんの御好意で新橋文化と新橋ロマンの共通招待券を2枚もいただいた。1枚は新橋ロマンのピンクで消化したが、もう1枚は新橋文化で「DMA 非武装地帯 追憶の三十八度線」を見た。券をいただかなければノーマークだった期間限定銀座シネパトスあたりで公開の小品である。と、思って見たらとんでもない。これは朴正煕暗殺直後の南北朝鮮の緊張を扱ったなかなかの大作。でも、「シュリ」「JSA」に出会った時のようなインパクトはもう感じなかった。韓流に慣れてしまったということだろう。でも慣れても韓流が定着したのは、物珍しさだけに留まらない内容充実があるからだ。それがパッと流行ってサッと消えてったインドのマサラムービーとの違いだと思う。いずれにしても色々感じさせてくれた。13号倉庫さん、有効に活かさせていただきました。ありがとうございました。

ベストテンの話題も出たように、今年もいよいよおしつまってきた。11月の「蛙の会」と二つの講談の会を通じて、活弁の神髄の片隅に触れたかなと思えたので、今年の収穫としてそのあたりの話題とベストテンあたりの話の、あと1回で今年の「映画三昧日記」は終幕かなと思う。「ピンク映画カタログ」でも記したが、ピンク大賞参加資格にあと一本と迫った鑑賞本数。これも年内にクリアしたい。それら二つセットで、年内にもう一度お会いしましょう。 
今回は小ネタ連発、飲み会5連チャンとプラスαの話題です。

平成17年10月28日(金)
 11月1日(火)着任ということで浜松町の本社勤務の辞令をいただいた。挨拶すると社内外を問わずほとんどの人が「おめでとうございます」と言う。別に私はめでたいとは思わない。本社勤務がめでたいのは、一般的に将来が有利になるからだが、公益事業定年後の関連会社再就職で第二の人生の定年も1年半後、いまさら将来も何もない。仕事を遊び場と心得る典型的な日本型サラリーマンにとっては、高所に立てる本社のポジションは楽しいだろうが、私の感覚とは無縁だ。私にとっては仕事の内容が、ややこしく面倒になるだけである。
 ただ、いいこともある。現在の蒲田から東急多摩川線でさらに一駅入る矢口渡の勤務地に比べると、不謹慎ではあるが浜松町は平日試写などの映画鑑賞条件は、通勤定期券の有効利用も含めて、圧倒的に改善される。
 11月1日(火)は、かつて同じ会社で私の映画の友人Sさんが、愛知万博「ワンダーサーカス電力館」副館長を務め上げ、電気事業連合会派遣から復帰して新橋の本店勤務となる日である。私とSさんともう一人UFEのFさんの3人は、映画友の会で「中年探偵団」を自称しているのだが、そのFさんは9月1日(木)にエンジニアリング振興協会に派遣され、勤務地を横浜から新橋に移している。「中年探偵団新橋近辺友の会の結成式でもやりますかね」とSさんに言ったら、「恐怖の惑星直列ですね」との答えが返ってきた。
 話は脱線したが、とにかくこの日は現職場における私の送別会、かくして恐怖の5連チャンはスタートした。

●平成17年10月29日(土)
 この日はかねてから湯布院映画祭同窓会を計画していた。滋賀の郵便局OBのOさんが東京国際映画祭で上京中なので、在京の人間と飲もうとのことである。八王子のTさん、コンピュータ関係の仕事のIさんに声をかける。「キューブリック」さんは小山でちょっと遠いし、東京近辺の人って意外と私は知らないんだなと思い、他の人にも伝手を訊ねたら、これ以上いなかった。我々湯布院参加者のフィールドでは、東京の知合いは案外少ないようだ。
 うれしかったのは、フリーライターのIさんに声をかけたら、心良く参加を承諾してくれたこと。ただ、前日に仕事ができて参加できなくなったとの連絡が入り、皆にもその旨を伝え「まあ、プロが週末にド素人と飲めるくらい暇じゃそれも困るよね」なんて話してたら、何と!仕事のケリがついたとのことで急遽参加してくれた。感謝である。ということで、プロのゲストも加えての同窓会5名で盛大に開催したのであった。残念なのは滋賀のOさんと映画祭でよく行動を共にされている名古屋のNHKのOBのIさんが、今回東京国際映画祭は不参加だったことである。とにかく同窓会は盛大に終了、私も第二夜をクリアした。

●平成17年10月30日(日)
 この日は「蛙の会」例会、公演終了後の最初の例会で反省を中心に開催されたが、詳細は「話芸あれこれ」第9号に掲載予定なので、ここでは繰り返さない。ただ、公演を見て「話芸あれこれ」を読んだ体験参加者が一人加わったのは嬉しいニュースである。私の来年の演目候補としては「月形半平太」が挙がってきた。今年に続き沢田正二郎作品。今年のお客さまの声でも沢正は注目の的で、それだけで5人や10人のお客さまは期待できるので、まあいいかもしれない。
 かくして終了後の本格的な反省会、いつもここで反省し過ぎちゃうのが問題なんだが、この日も盛大に反省して、フラフラになりつつ三連チャンめを乗り切ったのであった。

●平成17年10月31日(月)
 この日は、前述した新橋本店に復帰するSさん進呈の経団連試写会「イン・ハー・シューズ」である。経団連の試写状は何故か1枚で3名が入場できる。私とSさんと映画友の会の女性のFさんというメンバーである。
 Fさんは、精力的な応募でほとんど毎日試写会に行き、そこで見逃したのを映画館で押さえるというパワフルな人である。1995年以降の公開作品の8〜9割は見ているといっても過言ではない。その彼女が経団連試写会3名の見解を述べた。「経営者ってわがままでしょ。奥さんと二人と秘書かなんかのお付きをつれてきて、きみこっちの分はないのかねかなんか言われて、うるさいから3人にしたのよ」ウーム、当たらずとも遠からじかもしれない。
 「イン・ハー・シューズ」は、なかなかの出来のラブコメだが、うるさいことを語る映画ではない。キャメロン・ディアスがしょむないけど憎めない女性を好演、キャミーの代表作になるでしょう。
 当然、このメンツでそのまま散会するわけはない。居酒屋での映画談義に雪崩れ込む。二人に面識がある我が娘から携帯が入る。仕事が遅くなって一人で食事も寂しいから合流していいかとのことである。我が娘は、先日「蛙の会」公演に来場、有志打ち上げにも参加し、いろんな場でかぶってくる気配である。かくして、4人で盛大な第4夜となったのであった。

●平成17年11月1日(火)
 ということで、この日は新職場に着任、当然初日の懇親ということで5連チャンとなった。これで何とか一段落だが、この後まだまだ連チャンの後のネタはつきぬということに相成った。

●平成17年11月3日(木)文化の日
 渋谷シネパレスのメンズデイ、「ティム・バートンのコープス・ブライド」の初回に行く。そこで新橋本店復帰のSさんとまたバッタリ遭遇。いや、実はバッタリではなく布石はあった。31日(月)の試写会の後の酒席でFさんとの3人で次に最も見たい映画が話題になり「ティム・バートンのコープス・ブライド」で一致した。「木曜の渋谷シネパレスのメンズデイ最終回に行くかな」と私、「私は初回にいくつもりです」とSさん、「休めるの、いいわね」とFさん、「今度の木曜は祝日ですよ」とSさん、ウム、さすが先まで読んでる、そこまで意識がまわっていなかった。「コープス・ブライド」は最高だった。グロテスク一歩手前で踏み止まっているティム・バートンのファンタジーワールドがたまらない。ディズニーランドに「ティム・バートンの館」なるアトラクションを新設してもらえないだろうか。
 かくして「奇遇ですね」と、半分予感してたんだろうが、渋谷にある会社関係のレストランに向かう。食事を兼ねてビールからワインと、Sさんの奥さんも呼んでの宴となる。
 この奥さんが栗本薫ファンで「グイン・サーガ」愛読者と聞いてビックリ。「グイン・サーガ」は4半世紀書き続けられた大河ヒロイックファンタジー、現在104巻まで発行中。なかなかこの話題につきあえる人もなく、私も今は我が娘くらいしかいなかった。(最近、阿佐ヶ谷のレストランCの映画好きの仲間の集いで、珍しくも私と同年代の人がファンであることを知った)「女性ファンがほとんどだと思ったら珍しいですね」「いえいえ、男の目からも感じるところ多いですよ。御主人には薦めないんですか」「男の人には魅力がわからないと思いまして」そんなことありません。Sさん、是非読んで下さい。裏目読み映画批評の達人のSさんなら、きっと新たな「グイン・サーガ」の視点が出るはずです。我が娘も加えて、いずれ「グインの会」もやりたいななんて思ったのであった。

 これを認めているのは11月6日(日)、今週末は静かに過ごしたが、週明けは映画を中心に飲んで楽しむネタの三連チャンがもう予定が入って控えている。映画好きと飲兵衛のネタはつきないということだが、7日(月)から9日(水)までの顛末はまたお時間がありましたらということで、今回はこんなところにいたします。
●平成17年10月6日(木) 荒井晴彦全映画論集「争議あり」出版記念の集い

 銀座アスター新宿賓館にて開催された荒井晴彦さんの全映画論集「争議あり」出版記念の集いに参加する。広い会場に溢れんばかりの参加者、多分200名は大きく越えていただろう。いずれも映画祭パーティーならばゲストを張れるビッグネームがゾロゾロである。「多重映画脚本家・桂千穂」の刊行を祝う会の時にも述べたが、私にとってはこういう席はビミョーである。パーティーのゲストならば、立場上ド素人がアタックしてもそこそこに遊んでくれるだろうが、こういう場では周磨要なる存在を先方が認知してくれなければ、なかなか話を弾ませるわけにはいかない。さて、認知して下さる方々は今回どのくらい出席されているのか。スリルである。
 初っ端に出会ったのは坂本礼監督、「あっ!友達のいない人が寄って来た」と早くも先制パンチを浴びる。坂本監督はフリーライターの磯田勉さんと近しく、昨年の「映画芸術」忘年会で二人は延々と話し込んでいた。お二人に面識がある私は、他の人との会話の継ぎ穂が途絶えると、安全牌として二人の所に顔を出し間を持たしていたら、坂本監督に「友達のいない人」というキャッチフレーズをつけられてしまった。
 坂本監督とは、出会いからして頓珍漢な楽しいエピソードが多い。最初の出会いは現代映像研究会の飲み会だった。友人と田尻裕司監督の「未来H日記 いっぱいしようよ」を話題にしていたのだが、私は完全に坂本作品と勘違いして話していた。そうしたら側にいた別の友人の一人が「それ田尻作品じゃないですか。坂本監督さっきまで聞いてましたけど白けて行っちゃいましたよ」あ痛ッ!である。
 この仇は2002年の「映画芸術」忘年会で、タップリ取られてしまう。坂本監督に「田尻です」と挨拶される。田尻監督とは湯布院でお会いしているので分かりそうなものだったのだが、ついうっかりと田尻監督として話を合わせてしまい、「何言ってんですか、坂本ですよ」と一本取られてしまう。
 冷や汗かきながら「坂本監督ってファンタジー系でしょう。<未来H日記>はファンタジーなんで勘違いして」と言い訳をするも、「いいんです、ぼく田尻ですから」と突っ込まれ、男優の人を榎本敏郎監督と紹介さたれりと、楽しく騙されたのであった。
 昨年の忘年会以後も何故か顔を合わせる縁があり、年当初の渋谷アップリンク・ファクトリー「鎌田義孝監督セレクション」でもお会いし、そこで最後の監督作品が2003年の「豊満美女 したくて堪らない!」であることを確認する。助監督のクレジットで名前は見かけるが、監督作品はそんなに空白になっていたのか。ちょっと寂しそうではあった。
 それからいくらも経たず、渋谷シネパレスのメンズデイ割引の木曜日(ジョイシネマのレイト割引だったかな?)「オオカミの誘惑」の最終回でもバッタリと出会う。「こんなのも見るんですか?」と監督。「古今東西邦洋を問わず、すべての映画を愛する男ですから、何でも見ますよ」チラシあさりをしていたら「集めてどうするんですか」「映画好きなら当然でしょ。資料にもなりますし」そんな立ち話をしたのであった。
 その坂本監督の新作「悶絶ふたまた 流れ出る愛液」が完成したのをPGのHPで確認している。「ついに新作が出ましたね。観に行きます」「だって明日で終わっちゃいますよ」「えっ、これからの公開じゃなかったでしたっけ」「それって田尻作品ですよ」確かに後日再確認したら、これから公開されるのは田尻作品「SEXマシン 卑猥な季節」だった。出版記念の集いの場でも、またまたあ痛ッ!をやってしまった。「SEXマシン」なんてセクソロイドもののファンタジーを連想させる題だから坂本作品と勘違いしたなんて言い訳してもしょうがないので、そこは沈黙を護り、「いずれ他の劇場でもかかるでしょうから、その時に絶対観ます」と言うのが精一杯であった。
 てなことで、引き続き会場を見渡す。何と、遠く湯布院の地から、実行委員の横田茂美さんが見えている。湯布院映画祭のゲスト常連の映画評論家渡辺武信さんと歓談している。シメシメ、これで私と双方向で面識のある人が二人増えた。続いて、同じく遠く湯布院の地から亀の井別壮の中谷健太郎さんも見える。荒井晴彦さんは湯布院映画祭の常連ゲストで、中谷さんは荒井さんが編集長の「映画芸術」2005年冬号の特集「湯布院で起こった二、三の事柄」(不肖私もこの特集で執筆し名前を並べさせていただきました)にも執筆しているのだから出席しても当然ではあるのだが、遠く湯布院の地から二人も見えられるとは。いずれにしても湯布院映画祭参加7年目を数える私としてはホッとする。
 と、思ったら、湯布院映画祭で知己を得た「中世の里なみおか映画祭」実行委員の品川信道さんも、遠く青森の地から参加している。私に続いてのピンク映画の連載「バニシング・ピンク」を「映画芸術」に寄稿しているのだから、この人も参加していてもおかしくないにせよ、やはり遠路はるばるというのは想定外だった。
 続々と参加者は参集し、現代映像研究会や湯布院映画祭などで面識をいただいた国映の朝倉大介社長や澤井信一郎監督もお見えになる。映画芸術関係者や「争議あり」製作協力の関係で、福本明日香さんや脚本家西田直子さんも受付にいたし、小林俊道さんや同じく脚本家の河本晃さんもいる。もちろん、重鎮の荒井晴彦さんは中央に鎮座ましましている。これだけ面識のある人が揃ってれば2〜3時間は持つだろう。とどめは高橋伴明監督、何と、顔があったら目顔で挨拶していただいた。現代映像研究会や湯布院映画祭の酒席で何度か歓談させていただき、特に湯布院では私のベストワン作品として「光の雨」に熱っぽくエールを送ったりはしたけれど、名前まではどうかと思うが、少なくとも顔程度は覚えていただいてるみたいである。ワオ!映画に詳しくない奴にも「俺は高橋恵子の旦那に知られてるんだぞ」と巾が効く。(何だ、そりゃ)
 一人また一人と、面識のある人を発見すると坂本監督の所に御注進に及ぶ。「○○さんも来てました!」「今度は○○さんが来てるのを発見しました!監督に遊んでもらわなくてよさそうです」と半分ギャグのネタにしてウンザリさせる。何度めかの御注進で、坂本監督が話し込んでいたのは女池充監督。「あ、女池監督、久しぶりです。坂本監督、また一人増えました!」と落ちがついたのであった。
 とにかく錚々たるメンバーの200名余、「多重映画脚本家・桂千穂」の刊行を祝う会の時のような「出席者予定者」のリストが配布されないのが残念である。もっとも、サラリーマン定年感謝パーティーなどでは、やたら出席者名簿を手に入れたがり、それをキックに出世保身のネタに活用するやからがいるくらいで、名簿というのは結構いやらしいものだ。「名簿を配布しないのは、荒井さんが本能的にそうした嫌らしさを避けたのと、個人情報がやかましくなった時節柄ですかね」とうがった意見を河本晃さんに述べて、「考え過ぎでしょう」と苦笑されてしまった。
 湯布院映画祭以来(といっても一ヶ月程度しか経っていないのだが)の横田茂美さんと、まずは湯布院談義となる。横田さんは「来年はどうなるんでしょうねえ」と他人事のように恐ろしいことを言う。「パンフレットで湯布院映画祭支援寄金を募集してますし、特典として2006パンフレットに名前記載、2006パンフレット進呈、2006映画祭Tシャツ進呈となってますよ。私は寄金をしましたから。もう、逃げられませんよ」「いや、今後は私はゆふいん文化・記録映画祭の方に専念するつもりです」そういえば、映画祭の時も、今回のプログラムはノータッチだったとか言われていた。横田さんは、今回は鬚を蓄えての登場。「心境の変化ですか」「それもあるかもしれません。まあ、湯布院映画祭の方は、由布市になっても(湯布院町と狭間町と庄内町が合併して由布市になる)とにかく続くんじゃないですか」とのややホッした結論で終ったのであった。市町村合併の嵐の中で様々な悪影響が発生しているのは、前述した「映画芸術」の「湯布院で起こった二、三の事柄」特集にも詳しいが、その悪影響の直撃をもろに受けたのが「中世の里なみおか映画祭」であった。詳しくはキネマ旬報10月下旬号の山根貞男さんの「日本映画時評」にレポートされているが、浪岡町が青森市に合併したら「なみおか映画祭」の今年の企画「神代辰巳特集」のロマンポルノ上映がまかりならんとなったのである。実行委員会は妥協せず、それならばと筋を通して映画祭を中止した。実行委員の品川信道さんとは、もっぱらその話題である。キネ旬10月下旬号は前日5日に発売されたばかりなので、品川さんは記事をまだ目にしてはいなかったが、筋を曲げない実行委員会の毅然とした姿勢を感じることができた。内容的には妥協せず、形だけを変えて弘前市で継続を図ろうとしているところだそうだ。山根さんの記事にも紹介されているが、文化財として保存されている民家での座談会、それがなくなるのは残念ですね、と私は感想を述べた。
 2000年に参加した「なみおか映画祭」には、その文化財の民家で懐かしい思い出がある。例によってすでに見た映画の上映時間の間は会場を離れてのなみおか観光、浪岡城址を散策した後、その民家にも入場し展示物を観賞したのだが、何とそれがその日の夜に座談会場から懇親会場へと変貌していくとは、ムードは盛り上がり嬉しい驚きだった。私のキネ旬「読者の映画評」の「皆月」評が、「映画芸術」誌上で荒井晴彦さんにこっぴどく批判され、その縁かどうか映芸で「サラリーマンピンク体験記」の執筆の機会を与えられ始められた頃だった。私は「<皆月>評は舌足らずで、よく書けたと思っていません。でも、書いたものが活字化される補償のない投稿屋の悲しさ、何でもかんでも下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってくらいなもんで、ひどいもんもドンドン放り込みます。だからそんな評が活字化されても、それは書いた者の責任じゃなくて、採用して掲載した審査者の責任でしょ」と放言した。場所は懐かしき文化財の民家の囲炉裏端、隣には荒井晴彦さん、荒井さんが「ほら、これが投稿おじさんの周磨要」って山根貞男さんに紹介してくれたから、反対隣には山根さんという超ゴージャスな席。「いったん物を書いたらブロも投稿も関係ない。活字化されるかされないかも関係ない。物を書いて発表することへの意識がなってない」とタッグマッチで挟まれボコボコにされてしまった。後日、この話を映画の友人で、最近では愛知万博「電力館」副館長を勤め上げたSさんに話したら、「荒井晴彦さんと山根貞男さんのタッグでボコボコにされたって、それってスゴい名誉なことじゃないですか」と笑っていた。
 「争議あり」出版記念の集いの中心は荒井晴彦さんである。次々と人に囲まれて、なかなか言葉をかける機会がなかったが、やっと間隙を縫って「おめでとうございます」と挨拶する。「来てたのかい」「そりゃそうですよ。私にしてみれば番外の定年感謝パーティーが一件増えたようなもので」と相変わらず減らず口を叩く。「私の<皆月>評をこっぴどく批判された一文も収録されてますね。これで映画評論史の片隅に私も名を残しました」「うん、あれ面白かったな」と他愛のない話をする。「サイン下さい」「サイン?おまえは生意気だから<くん>だな」「だって、学年的には1年(荒井さんは私と同じ昭和22年生まれだが早生まれで、私は遅生まれ)先輩でしょ。これって大変なことで当然ですよ」減らず口のタネはつきず「周磨要くん」なる記載のあるサインを頂戴したのであった。
 あとがきで「これじゃ追悼っていうか、死んでから出す本みたいじゃない」の記載があり、パーティー最後の挨拶でもそのことに触れ「実は検査をしたら結果が最近出まして…なんてそんなことはないけれど」とブラックジョークを飛ばしていたが、荒井さん「遺稿集」はよしましょう、「定年感謝式」くらいにしときましょうよ。いつまでも健康に留意されてお元気で…ってホントに定年感謝式になっちゃった。
 閉会後、二次会の場所の案内が配布される。多分荒井さんに近しい人が集まって徹夜になるんだろう。明日も平日、定年後の再就職とはいえ、まだサラリーマンのカタギのおじさんとしては引き揚げるのが賢明であろうと思い、家路に着いたのであった。
7月16日(土) 無茶苦茶盛り上がった「映画友の会」
 
 7月の「映画友の会」のメインテーマは、話題作の「宇宙戦争」と「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」。映画が映画だけにいかにも「友の会」らしいハチャメチャぶりが楽しかったので以下にレポートする。

「宇宙戦争」
  スピルバーグ好きの私には、大いに楽しめたのだが、全般的にはえらく評判が悪い。「あの宇宙人、絶対に頭が良さそうに見えないよ」「地下室のところなんて<ジュラシック・パーク>の焼き直しじゃない」「ダコタ・ファニングがうるさいよ」と、散々な酷評が乱れ飛ぶ。
  名誉挽回、「スピルバーグのファンとして私は誉めます!」と宣言してちょっと真面目に語る。「大儀」のためには闘わない、「家族」のためなら闘う、といういかにも心優しきスピルバーグらしい内容が素晴らしい。トム・クルーズとティム・ロビンスの地下室での銃を挟んでもみあう無言の闘争。人類の「大儀」のために闘おうとするティム。ここで物音をたてダコタ・ファニングともども皆殺しになるのを恐れるトム。哀願するような眼差しが印象的だ。
 前に軍に志願して闘おうとする息子、後ろに親切心からなのだがダコタを連れていこうとする老夫婦、二人の間でオロオロするトム、ここも名場面だが、結局ダコタの方に駆け寄っていくあたりも、いかにもスピルバーグらしさが溢れていて好きだ。
 でも、スピルバーグは闘いを放棄しているわけではない。ダコタが宇宙人の手に落ちようとした時、手榴弾を用いて初めて一矢報いるのである。「大儀」では闘わぬが「家族」を守るためには捨て身になる。大儀と力だけでイラク戦争をおしまくるアメリカ政府への疑義と言ったら、考えすぎだろうか。
 ラストは思った以上にH.G.ウェルズの原作に忠実だったのには驚いた。クラシックとはいえ、これはいかにも古めかしい。ただ、「勝ったのは人類ではない。地球環境なのだ」という視点を導入したあたりは、いかにもスピルバーグらしいエコロジー精神だ。
 その後、宇宙人が最初に倒された報道が、テレビ朝日発の大阪だったことについて、あれは何だったんだろうと話題になる。「日本が出てくるのは今はよくあるけど、普通は東京だよね」「宇宙人って病原菌にやられたんでしょ。じゃ世界一汚い道頓堀の水にやられたんだよ。だから世界で最初に倒れたんだよ」「そうか、宇宙人って阪神ファンで、自ら道頓堀に飛び込んだりして」「それとタコ焼きにもやられたんだよ。どちらも<カヤク>が決め手ですとかって」「あのー、親父ギャグ飛ばさないで下さい」「そうすると、最後に粘液まみれで宇宙人が転がり出てくるけど、あれって下痢か」「汚いな、食事中じゃないからいいけど」「でも、さっきのエコロジー論に反するね。地球を守るためには環境汚染を促進しようってなるよね」いやはや、話はとんでもない方にどんどんエスカレートする。アニメ研究家・映画評論家のおかだえみこさんの、「こういう話って<映画友の会>でなければ、絶対に出ないですよね」っての笑いながらの総評であった。

「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」
 続いての「スター・ウォーズ」、これはもう「映画友の会」が全員フリークみたいなもんで、賛否両論などなく、すべて「賛」ばかり。実行委員の一人の人が、売店よろしく司会者の前の机にゾロゾロとグッズを並べ尽くす。当然、ライトセーバー持参のものもいる。私が「31歳で出会い、58歳を迎えた今完結する。感無量です」と口火を切る。司会の興行通信の渡辺正純さんから、「周磨さんにも31歳の時があったんですか」と茶々が入る。失礼な(笑)私も昔からおっさんだったわけじゃない。
 その渡辺正純さんだが、最近はペンネームを渡純(わたり・じゅん)とした。これにも他の会員から「辺正(なべ・ただし)の方がよくない?」渡辺さんが「あのね、なべやかんじゃないんだから」と苦笑する。「映画友の会」は楽しいところである。
 「映画友の会」では、6月25日(土)に<皆で「スター・ウォーズ」先々行ロードショーを見る会>を企画した。大いに盛り上がって楽しかったようだ。この日は私は話芸の「あっち亭こっち一座」の縁で「バトルロイヤル風間バカ祭り」に行く予定があり、参加できなかった。私は「スター・ウォーズ」は、初日の新宿プラザ劇場で見た。拍手が沸きライトセーバーが舞ったりしていたが、盛り上がりは天と地だったろう。6月25日(土)ばかりは、体が二つ欲しかった。
 体がいくつも欲しくなることが、最近はやけに多い。6月18日(土)の「映画友の会」の日は、あっち亭こっち師匠プロデュースの寄席と、玉川美穂子さんのライブとバッティングし、体が三つ欲しかった。これからの話であるが、8月27日(土)〜28日(日)の「全国紙芝居まつり」、私はエントリーしたかったのだが、見事に「湯布院映画祭」期間と重なっている。ここでも体が二つ欲しいところである。まあ、そういうことが続くのは、行く所・やることがなくて退屈してるよりは、遥かに良いことであろう。
 さて、7月16日(土)「映画友の会」の私の「スター・ウォーズ」の感想にもどる。「エピソード3は、アナキンがダース・ベイダーになるとの結末ははっきりしている。それを人生のパラドックスとして決着させたところが素晴らしい。愛するパドメと我が子を確実に護りたい時、ヨーダやオビ・ワンの悟りは何の救いにもならない。より確実な力を求めた時、人はダークサイドに落ちるしかない。だが、そのことを知ったパドメは生きる気力を失い、出産の後に生き絶える。何という人生のパラドックス。私の人生にこれ程ドラマチックなことはなかったにせよ、そんなパラドックスの果てに今の私がある。31歳から58歳の間にSWに出会えたのは、大袈裟に言えば神の配剤・これだけで私の一生に意味があったと言えます」ここで、ラストシーンに私なりにつけた活弁も披露した。ここに紹介しますが、ラストシーンをイメージし、語りが終わると「ルーカス・フィルム」のタイトルが出るタイミングとなると思って下さい。

  砂漠の惑星タトウィーンの夕陽を浴びて、里親ラーズに抱かれたパドメ・アミダラの一子、運命の子ルーク・スカイウォーカー。
  これがエピソード4「新たなる希望」につながる父ダース・ベイダーとの長い長い戦いの序曲になることを、スヤスヤ眠るこの赤子は
  未だ知るよしもなかった。
  映画「スター・ウォーズ」の完結であります。

  この活弁付けは、楽しんだ人もいるが、純正SWファンの顰蹙も買い発言停止の終鈴が鳴ったり、大変な騒ぎ。どこまでも「映画友の会」は楽しいところです。
  「スター・ウォーズ」の感想については、「映画友の会」の常連で愛・地球博「ワンダーサーカス電力館」のS副館長から、私に興味深いメールが入っていた。以下に紹介する。

 見事な収束です。SFアクションメロドラマ+政治サスペンス。ジェダイがシスとの派閥争いに敗れるのは、時の勢いでしょう。ヨーダの"勘"に頼っていては、衰退必然です。将来を嘱望される優秀な若者が派閥抗争の間に挟まれて、引くに引けなくなる。後輩に厳しく当たった報いを受けて、時代を停められなかったサミュエル・ジャクソン。それにしても、組織人としては身に沁みる話です。ガラスが割れるシーンとラストの逆光に泣けました。

 上級官理職の長い経験と、将来は大企業の経営陣になる可能性の高い人ならではの、興味深い捉え方で、これは私だけではもったいない、とSさんから直接に皆に紹介をするよう発言を促したのであった。
 もっとも、「映画友の会」はこんな真面目なことばかり言ってるわけじゃない。SW命の熱狂ファンから「良かったけど、想定内の良さだよね。意表をついた何かがあると、もっと良かった。例えばルークとレイアの父親が、実はアナキンでないことが解って、嫉妬からダークサイドに落ちたとかさ」「その可能性ありだね。あの美男美女からレイアが生まれるわけないよ」「いや、第一作の頃は、予算なかったからさ。あれはあれでしょうがないよ」
 若い女性会員から意見が出る。「パドメの出産に、これまでのレギュラー陣が揃って側で立ち会ってるでしょ。あれって女性として耐えられない。ルーカスって、そういうところが無神経だと思う」「そうか、映画友の会でいえば○○さんと××さんと△△さんが、あなたの出産に立ち会ってるようなもんか」「それって、パドメじゃなくても死んじゃうね」いやはや、言いたい放題である。

 延々と「映画友の会」の楽しい(?)風景を連ねてきたが訳がある。多様化の時代で映画のみに入れ込む者が少なくなった時代の反映か、とにかくここのところ新人の参加が少ないのである。(湯布院映画祭も同様の傾向にある)その結果、人は1年づつ歳をとるから、全体が高齢化していく。毎年1月の「映画友の会」のおかだえみこさんのトークは「今年に成人式を迎えた人はいますか」と声をかけてから、20年前のベストテンを中心に映画状況・社会状況を紹介するのが恒例なのだが、ここ何年かは「今年に成人式を迎えた人は」と会場を見渡し、「いるわけないわね」と落ちてしまう。若い者にはこだわらないが、せめて毎月1人か2人の新人は欲しいところだ。1年たてば12〜24人、そのうちの一割でも定着してくれれば、会としては十分だと思う。てなことで、ここにも紹介をします。興味を持った方、是非顔を出して下さいませ。

 日時  毎月第3土曜日 14時〜17時
 (お盆だろうが3連休の真ん中であろうが、絶対に変えません。淀川長治さん以来の伝統です)

 場所  機械振興会館(東京タワーのそば)
 地下3階会議室(稀に会議室の変更あり。入口の掲示板で確認を)

 会費  500円(会場費)

 以上です。お気持ちのある方、「映画友の会」でお会いしましょう。


「蛙の会」公演速報を掲示板にアップしましたが、ここに再掲します。

*平成17年「蛙の会」発表会 日程・発表演目の概要が固まる

  平成17年の「蛙の会」公演(発表会)が9月24日(土)に決定いたしました。
  会場は例年どおり門仲天井ホールです。多数の御来場をお願い申しあげます。現在までの決定
  演目は以下のとおりです。(順不同)

   民話紙芝居  狐の鳴き色    弁士 保科千恵美
   街頭紙芝居  ライオン児     弁士 湯川博士
            妖精ベラ      弁士 湯川恵子
   落語紙芝居  やかん       弁士 武田満佐子
   活動大写真  逆流         弁士 前編・飯田豊一 後編・早乙女宏美
            虚栄は地獄    弁士 坂元洋
            国定忠次      弁士 周磨要
            刺青判官      弁士 田家左和子

  この他に、全員参加の特別企画は、「丹下左膳」をプロジェクタ大型映写での上演を検討中。恒例の早乙女宏美の日本舞踊の艶姿は「侍ニッポン」を準備中。街頭紙芝居「妖精ベラ」に竹内尚志がスティックとテルミンで伴奏をつける構想もあり、さらに多彩なプログラムが加わる予定です。

 以上、私が編集している「話芸あれこれ」第5号からの抜粋です。公演情報は逐一この場を借りてお知らせいたしたいと思います。
●7月7日(火)「多重映画脚本家・桂千穂」の刊行を祝う会

 「多重映画脚本家・桂千穂」出版記念パーティーの「刊行を祝う会」に参加する。声をかけてくれたのは、湯布院映画祭で知己を得たフリーライターの磯田勉さんだ。税別2,800円の本が贈呈されての会費8,500円はかなりの割安である。会社の定年感謝パーティーなどもそうだが、お祝いの催しは記念品やらが何やらあったりしてだいたい10,000円が相場だろう。税別2,800円の本が贈呈されてのこの会費は相当得をした気分だ。と、私は思う。こちらの勝手な思い込みかもしれないが、磯田さんからの電話の最初は、妙に歯切れが悪かった。こちらで、「会費は10,000円でしょ」と切り出したら、ホッとしたような声になった気がした。世間ってのは、何だかやたら金を気にするみたいだけど、私は好きなものに関しては全く惜しまない。このような催しに、私のような者にまで声をかけてくれて感謝のみである。

 7月7日(火)定刻の10分ほど前の午後6時20分、会場の松本楼に着く。すでにかなりの人数が参集しており、大林宣彦監督以下、錚々たる顔ぶれが会場内を埋めている。入口で磯田勉さんに挨拶して「本日のご出席予定者」のペーパーをいただく。総数は約200名、発起人の監督・脚本家の新藤兼人さんを筆頭として、私を除きほとんどが映画祭のパーティーならそのままゲストになるような著名人ばかりである。これは映画祭のパーティーと勝手がちがうなと痛感する。映画祭のパーティーならば、向こうがこちらを知っていようがいまいが、こっちが知っていれば遠慮なく話しかけられるし、ゲストだから先方も応対してくれる。でも、この場は著名人同士の親睦会の雰囲気である。私の大企業サラリーマン体験になぞらえれば、経営層のパーティーにペーペーの若手社員が参加したようなものだ。こっちは向こうを知ってるが、向こうはこっちをさらさら御存知ないという状況である。前も、この手のパーティーに参加したことがあり、初体験ではない。渡部実さんの「鏡の国の少年たち」の出版記念パーティーである。ただ、渡部さんは「映画友の会」の出身で、当時は体調を崩される前で頻繁に「映画友の会」に顔を出されていたこともあり、友の会の会員も大挙して出席した。だから、いざとなったら会員同士で固まってれば何とかなった。今日はそうはいかない。

 そこで、もう一度出席予定者を確認する。私が知っているのはもちろん、先方も周磨要なる者を認識して下さる方のリストアップだ。何とか14名の名前を発見した。これだけいればパーティーの時間内は持ちそうで少々ホッとする。以下にそのリストを記す。(アイウエオ順 敬称略)

脚本家・映画監督・「映画芸術」編集長    荒井 晴彦
脚本家                       石森 史郎
フリーライター                   磯田  勉
「キネマ旬報」顧問                植草 信和
映画編集者                    鵜飼 邦彦
文化通信社 映画デスク            大高 宏雄
「映画芸術」編集部・脚本家          河本  晃(出席名は本名だが)
脚本家                      北里宇一朗
映画監督                     澤井信一郎
ヨコハマ映画祭主宰者             鈴村たけし
「キネマ旬報」編集長              関口 裕子
映画評論家・文化庁              寺脇  研
「キネマ旬報」副編集長            前野 裕一
映画評論家・建築家              渡辺 武信

 以上である。映画が単に好きなだけの一ファンに過ぎない私であるが、長年続けていればわずかながらフィールドが存在してくるのだなと、ちょっとうれしくなる。

 アイウエオ順のトップが荒井晴彦さんだからではないが、まずは荒井さんの話題から入る。といっても、話し込んでいるところに顔を出すのはちょっと気が引ける。まして話し相手が女性の時に割り込んだら、絶対に不機嫌になりそう(失礼!)だが、顔の広い荒井さんのこと、なかなか話しかけるきっかけをつかめない。お話しするのは湯布院の時にして、今日はよすかなとも思う。

 澤井信一郎監督がタイミングよく空いたので「<JUNKトークセッション>以来ですね」と御挨拶をする。その時に「神聖喜劇」の原作の売り場を教えられ、私が読破をを決意し、最終的に素晴らしい体験となったたきっかけをつくってくれた人である。「シナリオも原作も読破しました」と話すと、「そういうことは彼に話したら」と荒井さんに振る。やっぱり今日も荒井さんを捉まえるとするかと思いなおす。

 荒井さんが空いたタイミングを狙って近づく。例によって「またお前か」という半分ウンザリした表情でシッシッという手のポーズ、でも悪い印象を与えないちょっとシニカルな笑みとこれも相変わらずだ。「シナリオも原作も読みました」と言うと、「何で読んだの。あんた左翼は嫌いだろ」と早くもジャブが飛ぶ。「そういう問題じゃなくて。でも、アドバイスどおり荒井さんのシナリオ先に読んでよかったです。人物像のイメージがカッチリできて、枝分かれや余談の膨大な原作も、袋小路で挫折することなく読みきれました。もっともその手の大長編小説は<幻魔大戦>で慣れてますけどね」とカウンターを返して、荒井さんは「ちがうだろうが」という感じのウンザリした表情をまた見せる。
 「これはリアルにやったら駄目ですね。ゲラゲラ笑いながら見せるように創らないと。私が原作で一番笑えた<普通名詞>論議がシナリオになかったのが残念ですが」と口火を切り、私の「第二次大戦=時代劇論」をベースに話をする。「村上少尉なんて、ふっと役所広司の顔が浮かんだりしちゃうんですけど」「ちがうだろ。もっと若いんだよ」「だからカバー裏に書いてあった島田紳助とかダウンタウンの松ちゃんとかってのキャスティングの話題は正解だと思うんですよ。時代劇と割り切ってしまわないと成立しないということです」「まあ伸介も40過ぎてるし。確かに時代劇では20代の役を50過ぎの役者がやるよな」話は佳境に入ってきたと思われたが、荒井さんに挨拶をしてきた女性が現れ、長く引っ張ると嫌がられそうなので、これにてチョン。

 石森史郎さんは、無声映画鑑賞会での縁である。無声映画鑑賞会の忘年会で顔を合わせたのが最初であるが、近しくなったのは「映画三昧日記」でも記したように、昨年末の澤登翠さんのリサイタルで、映画友の会の古い友人でキューピーマヨネーズの役員のSさんの紹介があってからである。私はつい「石森先生」と呼んでしまう。石森さんと会うのは無声映画鑑賞会の場が殆どだが、勉強のために見なさいとのことで必ずシナリオ教室の受講生を連れている。そんなことからSさんも「先生」と呼ぶし、私も自然と「先生」と呼ぶようになった。荒井さんに聞かれたら「何でそっちが先生で、こっちは<さん>なんだよ」と言われそうだが、そんなわけで他意はない。

 「先生」論議をもう少し続ける。故淀川長治さんは、「先生」と呼ばれるのは嫌いだった。だから古い会員は「さん」付けだった。ところが知名度が上がり新会員がどんどん増えると、「先生」が定着してしまった。御本人も最初は「先生」を嫌っていたが、そのうち煩わしくなったのだろう。あえて言わないうちに「先生」が定着してしまった。いきおい古い会員も「先生」と呼ばざるをえなくなってしまった。故人となられた今は、そんな周りを気にすることもないので、私は「さん」で呼んでいる。まあ、「先生」呼称なんてそんなものである。アニメ研究家・映画評論家で「映画友の会」の常連のおかだえみこさんが、会で先生付けする人が来ると、キッパリ「先生はやめてください」と言われて、絶対に定着しないようにしているのも、その辺のことからかもしれない。

 さて、話を本筋にもどす。石森史郎さんは稲尾実(現・深町章)監督と旧知の間柄ということを、無声映画鑑賞会後の澤登翠さんを囲んでの食事会で知った。ただ、稲尾実と深町章が同一人物だということは知らなくて、今はどうしてるんだろうと思っていたそうだ。私がそのことを告げると、しきりに会いたがり、シナリオ教室の受講生に書く機会を与えてくれればいいな、ともおっしゃっていた。幸いに私の知人で深町章監督の脚本を何本も執筆した河本晃さんがいる。後日、河本さんに深町監督の住所と電話番号を教えてもらい石森さんに連絡した。河本さんが「深町監督はいい脚本を広くもとめていますし、受講生を紹介するのもいいんじゃないですか」と言っていたので、そのことも併せてお伝えした。その後、電話連絡をされたが、不在で奥様が出たそうで、今後も何とか連絡を取りたいとのことであった。このパーティーには、石森さんと河本さん二人が出席している。こういう話は直かに伝えてもらった方がいいと思い、「いや、いいですよ」と謙虚な河本さんをやや強引に石森さんの所まで引っ張って引き合わせる。二人がお話されているのを見て、何となく私なりに新しいフィールドが創れたような気がして、勝手に嬉しくなったのであった。

 脚本家の北里宇一郎さんは、「キネ旬友の会」を通じての知り合いである。今回は「多重映画脚本家・桂千穂」の編者の立場でもあり、主催者側に近い存在である。磯田勉さんと共に、何かお話しをしたというよりは、出席予定者のリストを見ながら、「○○さんは来てます?どこにいます?」なんて、もっぱらナビゲーター役に利用させてもらっちゃって、すみませんでした。

 植草信和さんと渡辺武信さんが歓談されてるので、割り込んで挨拶だけする。でも、湯布院で再会が確実の寺脇研さんともども、「湯布院でよろしく」との挨拶程度の言葉しか交わさなかった。寺脇さんについては別エピソードがあり、私の知人の雑誌編集者の人が席上でゲラを確認する用件があったのだが、その顛末を見ると「ああ、やっぱりこの方は2002年ベストテン講評で、<突入せよ!あさま山荘事件>を酷評するのは、当然の感覚だな」と痛感した。具体的に記すとかなりエグい話になるので、この話題はこんなところで。

 映画編集者の鵜飼邦彦さんとヨコハマ映画祭主宰者の鈴村たけしさんは、若い頃に「映画友の会」で知り合った中である。鵜飼さんは林由美香さんのお通夜に参列されたそうだが、そこで昔の「映画友の会」の友人も参列してたと、懐かしい名前も耳にする。3人でしばし「映画友の会」同窓会の趣きで歓談する。それにしても、これだけの錚錚たるメンバーの中に「映画友の会」関係が私を入れて3人もいるとは、「映画友の会」の厚さ・深さの広がりを見る思いだ。最近「蛙の会」の人達のフィールドを知るにつけ厚さ・深さの広がりを感じ入る昨今だが、とにかく私はいいフィールドに恵まれていることを実感する。

 キネマ旬報がらみでは関口裕子編集長とお話をしたかったので、見えてるかどうか確認したら「天敵はまだ見えてないようですね」って言う人がいた。天敵はないよね。第一、天敵になれるほど私は大物ではない。結局、お見えにならなかったようだ。前野裕一副編集長はその時点で見えていたそうなのだが、コンタクトを取れないまま、退席されてしまったそうだ。また、キネ旬誌上で縁ができた大高宏雄さんも、出席予定者に名を連ねていたが、おられなかったようである。かくして、私のキネ旬がらみのフィールドは何の進展もなく終わった。

 荒井晴彦さんが若手脚本家として紹介され、挨拶をしている。荒井さんが若手なら、同年齢の俺も若手ということか。よし、そのギャグを飛ばしてやろうと頭において、友人と歓談を続ける。「松本楼って全共斗時代に焼き討ちされたけど、荒井さんも焼き討ちに加わってたんじゃない」「松本楼に来たのは、その時以来だったりして」なんて他愛のない会話もする。よし、そのギャグも飛ばしてやろ。とは言っても顔の広い荒井さんのこと、こうした席では多くの人と次々と話し込んでおり、割り込む隙がない。ふと見ると熊井啓監督と話してる。チャンスは今だ!実は、20代の頃、キネ旬ニューウェーブで2頁にわたり「地の群れ」について私の評が掲載されたことがあり、後日、熊井監督自身からそのことでお手紙をいただき、私は家宝にしているのである。その話題をネタにお二人の間に割り込む。当然ながら監督にそんな昔のキネ旬一読者のことがご記憶にあるわけもなく、ギャグも全然受けなくて、荒井さんには「あのな、今は業界の人間どうしが話してるんだから」とやんわりと拒否され、ウム、やっぱり映画祭のパーティーとは勝手がちがうなあと、シュンとなったのであった。パーティーのゲストなら、監督も少しは調子を合わせてくれたかなという気がしないでもない。

 それやこれや、私にとってこれはまたまた新しいフィールドで、一味違った有意義で楽しい時間を与えていただいて、声をかけてくれた磯田勉さんに、ただただ感謝するのみである。さるHPで「私の名前を連呼しないで下さい」とお願いされてしまったが、こういうことで連呼する分にはよろしいですよね。

 それでは、湯布院でもよろしくお願いします。この映画三昧日記も湯布院日記の季節が近づいてきました。
●林由美香さんのこと
 林由美香さんが亡くなった。第一報は「映画芸術」の104さんだった。6月30日(木)発行の東京スポーツの一面は、由美香さん急死の報で埋め尽くされていた。
 由美香さんとお会いしたのは2度、最初は2004年ピンク大賞の打ち上げだった。すでに「たまもの」を見ていた私は、女優賞確実とのエールを送った。その時に役創りのお話などを伺った。再会は、2005年ピンク大賞の打ち上げ、「ご記憶かどうか、昨年の打ち上げで女優賞確実と断言した者です。おめでとうございます」ただ、ダブル受賞の佐々木ユメカさんもいたので、「たまもの」賛歌は控えて、ご挨拶
程度の話しかしなかった。
 私は業界外の者なので、女優さんと話すことができるのは、稀な体験だ。その稀な体験の中の一人の方が急逝するとは…しかも34歳の若さ!
 今は御冥福をお祈りするのみである。
6月7日(火)、「映画芸術」104さんを誘い、九段会館にて「オープン・ウォーター」の試写を見る。
 「映画三昧日記は小ネタみたいなものも、いいかもしれませんよ」とアドバイスを受ける。そういえば、掲示板もさっぱり盛り上がらない。「第二次大戦は時代劇たりうるか?」なんて大上段に構えれば盛り上がると思ったのが、大きなまちがいみたいだ。
  そこで、今回は小ネタの羅列で行ってみる。昔、キネ旬で南部圭之助の「ヴァラエティ」なる連載があった。洒落た短文を連続して構成したコラムだった。気分はそんな感じでいってみるか。

さて、「オープン・ウォーター」である。
 シンプルで低予算だが知恵で見せる映画、「激突!」みたいな大傑作を予感させたが、結末には唖然・呆然。「エーッ」「何、これ?」試写会場は大変などよめき。帰路につく人の波の中でも、そのザワザワ・ガヤガヤは納まらなかった。それはそれで大した映画だといえるかもしれない。
  翌日の同会場・同作品の試写状を、またもらってしまい、出先の仕事場のTEPCOの人に進呈する。翌日、「映画はともかく、終わったあとの観客の反応が一番面白かったですね」とのことだった。

「フォーガットン」にも似たような感想を持った。
 これ、予告編を見た時は、やはり大傑作の誕生を期待した。ところが、公開されたらやけに評判が悪い。先行して見た人に、ネタバレしない範囲で感想を聞くと、「全然よくない」とのこと。「ヒョッとしてシャマラン?」「シャマランよりもっとひどい」
 東亜興行では、誕生月の人が割引1000円になるとの情報を知る。私の誕生日は6月12日なので、18日(土)に「フォーガットン」を見に行く。1000円ならばひどくても憎くはなるまい。そして見た。確かにひどい。×××××出すのって反則だよね。それなら、何でもあ
りになっちゃうじゃん。「オープン・ウォーター」が「これは実話です」と言われちゃえばどうしようもないのと同じで、どうも知恵の乏しい映画ばかりに連続して遭遇してしまった。

私は力道山以来のプロレス者だが、「映画芸術」104さんもプロレス者である。
 それを知ったのはひょんな偶然のいきさつがあるのだが、それは次項の話題とする。その104さんから「プロレスリング・ノア」5月シリーズの開幕戦のチケットを譲ってもらい、5月13日(金)後楽園ホールに出かける。リングサイド2列目という極上の席である。カードのほうは、タッグマッチ中心の普段着の大会だ。開幕戦だし時節柄もあり、新日本プロレス藤波辰爾が来場して三沢光晴と遭遇、ビッグマッチ決定発表のサプライズを期待したが、残念ながらそれはなかった。
 私のプロレス生観戦は、東京ドームや国技館、横浜アリーナなどの大会場のビッグマッチが主体だった。普段着の大会も(ビッグマッチのリングサイドなんて買えるわけがないから)リングサイドも初体験だ。でも、こうした普段着の大会でもタップリ楽しめたのは、何といってもノアは選手一人一人のキャラが立っているからだろう。そう再認識させられたのも初体験だった。永源遥の唾攻撃を東スポを広げて避ける喜び(プロレス者以外は何のこっちゃと思うだろうが)も初めて体験した。それにしても、目の前で大男が体をぶつけあうのは凄まじい。多分、急所は外してると思うが、並の人間なら絶対に死にますね。そんな感じのリングサイド初体験であった。
  そして、15日(日)深夜の日本テレビの「ノア」中継、何と観客の私がしっかり映ってる。それもメインカメラのほぼ正面だから、30分間ほとんど映りっぱなしだ。娘には「このくらい楽しそうに見てれば安いもんだね」と冷やかされる。プロレス中継のカメラアングルは多彩だとこれまで思っていたが、メインカメラの合間に時折手持ちカメラや別アングルのカメラのカットを差し挟んで変化があるように見せているというカラクリもよくわかった。かくしてこの中継録画のテープは私の永久保存版となった。
 でも、メインカメラの正面というのは、映画でいえばスクリーンを裏側から見てる鈴木清順「野獣の青春」状態ということでもある。まあ、プロレスは映画とちがってどのアングルからも見られる、いやどのアングルからも見せるのが優れたプロレスラーなのであるから、あまり気にする必要はないのではあるが。

3年前の2002年秋、「蛙の会」で活動弁士の勉強を始めたばかりの私は、
 
飯田豊一先生に声をかけられて、社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」の公演に初めていく。(飯田先生は講談を語る)そこでバッタリ「映画芸術」の104さんと出会ってお互いにビックリ。「何であなたがいるの?」という感じである。私は活弁の縁だが、104さんはプロレス者の縁だった。「あっち亭こっち一座」のバトルロイヤル風間さんは、本業は漫画家なのだが、似顔絵コントというユニークな寄席芸の持ち主で、ペンネームにバトルロイヤルを冠する程だから、当然プロレス者である。かくして、104さんがプロレス者であることを知るとともに、私もプロレス者であることを確認しあったのであった。

6月4日(土)〜5日(日)の一泊二日、
 
「映画友の会」有志6名で「愛・地球博 ワンダーサーカス電力館副館長を激励する会」を名古屋で盛大に開催する。TEPCOから電気事業連合会に派遣されているS副館長は、掲示板のE.T.さんの話題にもあるように、キネ旬読者評の常連の論客で、湯布院映画祭参加暦もあり、当然ながら「映画友の会」の会員でもある。ということで、盛大に激励会を開催した次第だ。
 私は、Sさんを、小川徹以来の裏目読み批評の名手だと思っている。前述の「フォーガットン」にしても、「×××××にしても、現在の国際情勢の中の拉致や思想改造の象徴としてみたら、面白いんじゃないんですか」とのことだった。さすがである。
  話は2002年に戻る。そのSさんにバトルロイヤル風間さんのイラスト入りの「あっち亭こっち一座」公演のチラシを見せたら、今度はSさんがビックリ。風間さんは将棋雑誌にも漫画を寄稿している将棋者、かくいうSさんも夕刊フジでプロ棋士と紙上対局をした経歴がある程の将棋の腕前を持つ多彩な人。風間さんの漫画は昔から読んでいたとのことである。Sさんの落語好きもこの時初めて私は知った。以後、社会人芸能集団の公演に共に足を運び、打ち上げの酒席も共にすることが続いている。
 「あっち亭こっち一座」の人達は将棋者が多い。「蛙の会」会員で仏家シャベルの高座名を有する湯川博士さんは将棋ライター(作家・評論家)で、昨年末には中原誠名人を引っ張り出し、トークショーをメインに据えた将棋寄席なるものをプロデュースしてしまった。かくして映画=話芸=プロレス=将棋のカルテットを結ぶさまざまな人の輪が広がりつつある。

続いて固い話題のプロローグ。
 
大西巨人の「神聖喜劇」の原作を読了した。荒井晴彦さんの脚本化の話題がなければ、絶対に読破しようなんて思わなかったろう。いい経験をさせてもらった。50も半ばを過ぎて読み難い大長編をウンウンいって読み通した時、何だか自分の中の青春の残り香を感じた。感謝したい。けれども、昔の人って本当に「生きる」ということを真剣に考えつくしたんだと思う。数年前だが、見逃していたジェラール・フィリップの「赤と黒」をビデオ録画した。でも、スタンダールの原作も読まずに映画だけ見るのは安易と思い、その時も年甲斐もなく大長編に挑戦した。そして、同じように昔の人は「生きる」ということを真剣に考えつくしていると感じた。「神聖喜劇」を何とか読了できたのは、やはり荒井晴彦さんの秀逸な脚本を先に読んだからであろう。それによって一人一人の人物象が明確にイメージを結んでいたので、時制が輻輳し膨大な文献の引用などで時に本筋から外れ大きく枝道に入り込んでいく壮大な原作を、混乱したり力尽きたりしないで読みきることができた。今は原作を読んだ目で、もう一度、脚本を読み返したいと思っている。そして、この壮大な「神聖喜劇」評を私なりに完成させたい。いつになるか分からない。あるいは断片的に少しづつ進めることになりそうな気もする。ここでは「映画三昧日記」の今後の大きなテーマの一つになりそうなことを記しておきたい。

6月9日(木)よみうりホールの「ザ・リング2」試写会に行く。
 
前作「ザ・リング」は貞子をサマラに変えて、ゴア・ヴァービンスキーが本家の中田秀夫に負けない恐怖感を盛り上げてみせた。馬の狂乱の恐怖あたりは、さすが資金力のあるハリウッド、本家にない豊かな映像である。そして「ザ・リング2」、本家の中田秀夫の登板だ。今度は鹿の暴走の恐怖が大迫力だ。温厚なイメージの鹿を使ったあたりが、より不気味なムードを醸成する。日本映画監督の心意気である。「金さえありゃ、俺だってこのくらいはできるんだ。日本人を<馬鹿>にするな!」ってか。オチがついて、お後がよろしいようで、本日はこのへんで。
4月24日(日) ピンク映画大賞の打ち上げ番外編
 前日23日(土)から延々と続いた打ち上げの酒席も夜明けとともに解散し、私は名残を惜しんで「ぢーこ」さんと喫茶店でしばし映画談義を続ける。そこで素晴らしい手作り資料を見せてもらった。昨年のピンク映画全作品を縦軸に、監督名を横軸にして、マトリックスでまとめられた資料である。エクセルで作成したそうだ。それだけに止まらず、さらに女優版と男優版があるのだ。監督は基本的に1作品に1名だが、出演者となると主要キャストだけでも膨大な数になる。この資料、十分に売れるんじゃないかと思った次第だ。
 「ぢーこ」さんの資料に比べれば他愛の無いものだが、私は生涯の全鑑賞作品を公開年月別・アイウエオ順で整理している。だが、ピンク映画の10本強が公開年月の追跡が不可能なのである。その話をしたら、後日「ぢーこ」さんから日本映画データベースのULRが送信されてきた。これは非常に優れものであった。が、ピンク映画に関しては新版改題公開作品などは、やはり追跡が難しい。メールのやりとりで「ぢーこ」さんが調査協力してくれることになった。このようにファンの輪が広がるのは、本当に素晴らしいことである。

問題作「ローレライ」について 4月16日(土)「映画友の会」を中心に
 「ローレライ」が色々な意味で話題を集めている。私は面白く見たというと、「エッ?」と言う人が多い。
 「ローレライ」を私が面白く見たのは、一つは第二次世界大戦がついに「時代劇」になってしまった感慨である。そして、もう一つは「時代劇」として割り切った場合、これは実によくできた映画だということである。
 「時代劇」の魅力とは何か?それは、小指の先程度の史実から、目一杯の大風呂敷を広げて大ロマンをでっち上げてしまうことである。「水戸黄門」にしても「遠山の金さん」にしても、領地内を見回ったとか、秀でた弟が劣る兄に家督相続させようとグレてみせたとか、何か小さな元ネタはあったのだろう。それを「全国漫遊」や「刺青奉行」にまでブローアップさせてしまう楽しさである。
 勿論、江戸時代の原本を知る人間が、仮に現代のそうした映画を見たら「そんな馬鹿な、やり過ぎだよ」となろう。彼等にとっては「現代劇」なのだから。その意味でいけば、「日本はアメリカと戦争してたの?」と首を傾げる若者にとっては第二次大戦はもう「現代劇」ではない。「ローレライ」が若者達に比較的受け入れられているのも頷けるのである。
 第二次大戦末期に原爆を超える兵器の開発に各国が躍起になっていたのは史実である。ドイツの水爆実験基地を壊滅させる「テレマークの要塞」なんて映画もあったし、日本が殺人光線(今考えればレーザー技術だったんだろう)を開発していたという噂もある。また、大戦末期には各国が戦争の終結よりも、終戦後の世界支配の構図を視野に置いて動いていたのも史実である。さらに、日本の終戦のあり方を巡って軍内部に深刻な対立があったのも史実である。
 ただ、その史実を踏まえたとはいえ、バイオと超能力を用いた「ローレライ」システムはやり過ぎだと感じる人は少なくあるまい。また、終戦にあたっては既存勢力を根絶やしにすべく東京への原爆投下をアメリカとの取引で画策する堤真一の将校は、日本の旧支配勢力を温存し現在の自衛隊イラク派兵に至った戦後60年の日米関係の歴史から逆算した人物で、ひどくリアリティに欠けるのも間違いない。
 ただ、これを小指の先程度の史実から、目一杯の大風呂敷を広げて大ロマンをでっち上げてしまう「時代劇」として見たらどうだろうか。SFとも思える壮大な構想力は面白く新鮮でもある。潜水艦に若い女が乗り組んでレイプ事件の一つも起きないのはおかしいとか、堤真一の企てそのものが細かいところで辻褄が合わないとかのリアリティの欠如も、「時代劇」としてしまえばクリアされてしまうと思う。(お姫様をレイプしようなんて者は愛国者の集団にはいないのである)
 「ローレライ」時代劇説を、私は4月16日(土)の「映画友の会」で語った。当然論議の的になった。「第二次大戦を時代劇なんて言ったら、現在の中国の反日運動の火に油を注ぐようなものだ。時代劇ではありえないし、時代劇にしてはいけない」「私の祖父は、この映画にも出てきた人間魚雷回天に乗り組む予定だった。もし、乗っていれば、今の私はいないことになる。それを時代劇なんて、断じて言うことはできない」と厳しい反論もあった。
 実行委員長の「戦争映画としては最低。戦争ごっこ映画としては最高」という名言があったが、それが「ローレライ」の本質を的確に言い表していると思う。
 話の中で「ローレライって原子力潜水艦でしょ」という発言もあった。ソ連の原潜事故を扱った「K−19」あたりの描写からの錯覚ではあろう。原潜は原子炉がなければ不可能だ。原子炉には核分裂を制御する技術が必要だ。しかし、20世紀前半の第二次大戦中では、核爆発させる技術が精一杯で、爆弾以上のものは無理だった。「K−19」はソ連がまだ存在していた20世紀後半の話である。そこがもう混同されているというのは、もはや一面では第二次世界大戦はおろかソ連の存在すら「時代劇」になりかかっているのである。
 ただ、私も長髪のキムタクやデブの松村の特攻隊が登場する「君を忘れない」なんて映画が今出てきたら(あれは渡邊孝好の確信犯的描写と承知はしていても)、やっぱり「時代劇」だからとは見過ごせないような気がする。私だけでなく、私の娘あたりも「あれは許せない」と言っていた。「特攻隊」というのは、やはり日本人の心情に神聖不可侵と訴えるものがあるのだろうか。いずれにしても第二次世界大戦を時代劇として割り切って、どこまで映画的リアリティとしての想像力を許容するかは、興味深いテーマである。

「笊(ざる)レベル感覚」ということ
 ネットなどでは「ローレライ」は若い人に評判がいい。また、「SFマガジン」5月号でで61年生の鷲巣義明は「戦争映画であって戦記物ではない。第二次大戦末期を舞台にしつつ、常に視点は現代から過去を見つめ、今の混沌とした日本を浮き彫りにする」と、私が共感することを書いている。

 <「ローレライ」を楽しむのは、やっぱり「柔か頭」でないと駄目だな>と私が呟いたら、娘に言われた。<お父さん、それ間違っても人の前で言っちゃいけないよ。「柔か頭」の反対は頭が固いってことになるよ。喧嘩売ってるみたいなもんだよ。そういう時は「笊(ざる)レベルが高くないと」って言うんだよ><なるほど「笊(ざる)レベルが荒いと」「ローレライ」を楽しめるってわけか><ちがう、ちがう。「荒い」って言っちゃったら「細かい」方が優れてるってことになっちゃうでしょ。でも、「笊(ざる)レベル」が「高い」か「低い」かってことは、感性の問題でどっちが良いとかってことでなく個性の問題になるでしょ>

 そういう意味では、私の笊(ざる)レベルは高い。多少のことは笊をサッと潜りぬけるから、殆どの映画を楽しめてしまう。笊レベルの低い人は色々なものがひっかかって残ってしまう。笊の上に腐臭ふんぷんたる雑物が山積みになり、いきおい批判の舌鋒が鋭くなるのだろう。荒井晴彦さんなんて相当に笊レベルが低い人だと感じる。荒井さんに限らず、創作者や表現者の人は比較的に笊レベルが低いような気がする。確かに、何でも笊を通して「これもありだよ」なんて甘いことを言ってたら、ロクな創作も表現もできないだろう。となると、私は活弁修行中だが、こう笊レベルが高くてはロクな表現もできないのかなあとも危惧するのである。
 2001年の湯布院映画祭のパーティーで、私は荒井晴彦さんに「パール・ハーバー」はそんなにひどい映画ではないと話し、映画ならなんでもいいのかよとあきれられた。しかし、私の笊レベルでは十分に楽しめたのである。
 「パール・ハーバー」のコピーは「この戦争は女から愛を奪い、男達の友情を引き裂いていった」である。この映画は3時間をかけて驚くべきことにこれだけのことしか言っていない。でも、シンプルなことを大仰に語るのがスペクタクル超大作の王道である。その意味で「パール・ハーバー」は、そのシンプルなことを第1部「ロンドン空爆」第2部「パール・ハーバー」第3部「東京初空襲」の3部構成にして、メリハリつけて語って見せた。ぴあテンなど論外という人も多いが、そこで上位になったのも確かだ。うるさ型はさておき、一般観客の満足度が高かったのも、そんなところからではないだろうか。(二人のヒーローのベン・アフレックとジョシュ・ハートネットの区別が殆どつかないという大衆映画として少なからぬ瑕疵もないではないが)
 悪評が巷に溢れている日本側描写、参謀本部が鳥居のある屋外で、近くで子供が凧揚げをしているあたりも、私の笊からは見事に抜けた。ここまで抽象化・象徴化されてしまえば、これはもう内部が全く見えない神秘な敵国のイメージで統一したということで、鈴木清順美学みたいなものである。
 むしろ名作「戦場にかける橋」の日本軍描写の方が私の笊に引っ掛かった。(「戦場にかける橋」は「パール・ハーバー」とは比較にならない大傑作であると私も思っている。そこは誤解のなきよう)早川雪州以外の日本語は耳をふさぎたくなるひどさだった。(雪州の台詞もあまり感心したものではなかったが)ことは「パール・ハーバー」のような大衆スペクタクル大作ではない。
 「戦場にかける橋」はリアリズムの映画である。これでは私の笊に引っ掛かってこざるをえない。まあ、そういうことで「笊レベル」が「高い」とか「低い」とか言っても、個人の感覚の中でもバラツキがあるようなのだ。ただ、「高い」「低い」はあくまでも感覚の問題なので、映画に接した瞬間にそれぞれの人の笊に残るか抜けるかは決まってしまう。それをどちらが正当かと批判し合っても、出会った瞬間の感覚をリセットできるわけでもないから、全く不毛だ。その違いを認めたうえで意見を交わしお互いの感性を豊かにしていくのが大切だろう。自分の娘ばかり誉めてなんだが、この件に関しても明言を吐いていた。「他人を<批判>してもいいけど、<否定>してはいけない」

キネマ旬報「読者の映画」評 その後
 3年ぶりに「ハルウララ」状態を脱出したキネマ旬報「読者の映画」評、もう憎まれ口めいたことはやめて、謙虚に殊勝に黙々と自己研鑽を続けいくと前回に宣言したばかりなのだが、「黒い手袋」さん「E.T.」さんに掲示板でエールを送られたこともあり、言うことは言っておくことにした。
 「E.T.」さんのメールにあった現役T電:Sさん(現在は愛知万博「電力館」副館長にして読者評常連)が、毎回一つ程度は誤植がありますねと苦笑いしていたが、今回の私の原稿も2箇所の誤植があったので、ここに記録しておきます。8行目<日本青春映画>は<日活青春映画>です。2段目の6行目<「若草物語」乗り>は<「若草物語」の乗り>です。 
 「E.T.」さんの「本文(実際の本物)はもっと長く、激しい内容ではなかったのでしょうか?掲載分は、うまくまとめられておりませんか?」についてですが、そういうことはありません。最後に唐突に「僕の彼女を紹介します」の短評が付されたのでそう思われたのかもしれませんが、あれは字足らずになったための泥縄です。故に私としては、決してよく書けた評とは思っていませんが、他人の評価は色々ということですね。

5月14日(土)の小ネタ
 
新宿プラザ劇場で「キングダム・オブ・ヘブン」の初日・初回を見る。終映は11時40分、「ぴあ」の出口調査隊に声をかけられる。「スミマセン、11時50分から新宿トーアの<花と蛇>見るんで時間がないんで」とお断わりする。でも、オーランド・ブルームの後に杉本彩だなんて、どんな親父かいなと思われたかなあ。
掲示板の話題
 「映画三昧日記」「ピンク映画カタログ」の掲示板が開設になった。ある人からは「あまりムキにやりあわないように」と心配される向きもあった。荒井晴彦さんが「2チャンネル」の書き込みの悪口でかなり凹んだようだが、モンブランの万年筆でシナリオ執筆してるとかの荒井さんよりは、私はネットに対する免疫があると思うので、御礼かたがた、ご心配なくと返信した。
 私は基本的には掲示板上で直にやりあう気は持っていなかった。書き込まれた内容を本文に反映していくのが基本と考えていた。蓋を開けたら「荒らし」みたいのは全くなく、湯布院映画祭同窓会を中心とした面識のある人が殆どだった。それはそれで、ちょっと寂しい部分もあるが、まあこれからのフィールドの広がりを期待していきたい。今回は数もそう多くないので、少しづつ書き込みについて思ったことなどを記します。

 「良助」さん、「何で今さら(中略)ペラ1枚くらいなら」と素っ気ない素振りで11枚の力作を寄せた荒井晴彦さんのエピソード、いかにもといった感じでいいですね。言葉にすると荒いけど、話してみるとちょっとシニカルなニコニコ顔でソフトな感じの荒井さんを思い浮かべます。荒井さん嫌いからは「どうせ主催が女子大生だからだろ」と、突っ込みを入れられそうなのも、らしくて微笑ましい。「神聖喜劇」はシナリオ読了、原作は6割弱を読破中。巨大な作品です。シナリオの縁で出会えてよかった。読了の暁には「映画三昧日記」でジックリとと思っています。
 「黒い手袋」さん、謙遜なさらずに現在の映画ジャーナリズムについての思うところを聞かせて下さい。「ゴジラ FINAL WARS」を私が愛するのは、映画の出来と関係なく、スクリーンの背後に私の「ゴジラ」と共に生きた半世紀の走馬灯を見ていた感慨からです。
 「ぢーこ」さん、ピンク映画大賞の打ち上げ、楽しく過ごさせていただきました。来年を楽しみに、審査資格25本以上鑑賞のハードルにアタックします。
 「E.T.」さん、今年も湯布院の祭りを楽しみましょう。

平成17年4月23日(土)〜24日(日) ピンク映画大賞・受賞式と打ち上げ
 今年も新文芸座にてピンク映画大賞の季節がやってきた。表彰式の司会は現代映像研究会の松島政一会長。プレゼンターは池島ゆたか監督に俳優の神戸顕一さんと林由美香さん。今年で第17回だが、第1回は主催者で「PG」の林田義行編集長が17歳の高校生の時だったエピソードが紹介される。(どうやって18禁の映画を見てたんだろう。もっとも私も17歳の時に「見るのにふさわしいかどうかを決めるのは俺で、映倫じゃない」と勝手な理屈をつけて「にっぽん昆虫記」を見たんだから、映画好きってそんなもんなんだろう)
 表彰式は、プレゼンターの池島監督と神戸さんが掛け合い漫才調の乗り乗りで、司会の松島会長が「時間が押してますので」と何回も牽制球を投げる和気あいあいの雰囲気で進められる。以下に受賞者を紹介する。
 監督賞・いまおかしんじ 脚本賞・吉行由美 女優賞・林由美香,佐々木ユメカ 男優賞・牧村耕次,野上正義 新人監督賞・竹洞哲也 新人女優賞・華沢レモン,蒼井そら,北川絵美,北川明花 技術賞・飯岡聖英 特別賞・該当者なし なお作品賞は「熟女・発情 タマしゃぶり」
 その他のゲストとして、ベストテンゆかりの関係者も舞台に上がったが、細かい記録を取ってないので割愛せざるをえない。いずれにしても、この模様は「PG」誌上でレポートされると思うので、ここは受賞者記録程度に止めたい。
 22時30分からの受賞式は、松島会長のやきもきにも関わらず、何とか予定どおりの23時45分に終了。後は関係者打ち上げへと雪崩れ込む。(ロビーからワイワイ言いながら集団移動したので場所・店名などは記憶がない)

 では、打ち上げにおける関係者と私とのエピソードです。
 脚本家・樫原辰郎さん(というより監督か)に、ここのところ作品数が少なく、新作「欲情喪服妻 うずく」もブッ飛びぶり不足と不満を述べる。「まあ、これからを楽しみにして下さい」と頼もしい返事だった。
 野上正義さんに「次は監督賞ですね」と発破をかける。「いやいや、監督も脚本もやらされてもギャラが増えるわけじゃなし」そういえば、ピンクの仕組みは予算オーバーは監督持ちと以前に聞いている。あまり割りのよい話でないのは確かなようだ。
 池島ゆたか監督に「<人妻タクシー 巨乳に乗り込め>は池島版<ヴァイブレータ>ですね」と聞く。一泊二日で心の持ち方が変わるという筋立ては、やはり意識にあったそうだ。「沈鬱な感じの<ヴァイブレータ>より、明るさを感じさせるこちらの方が私は好きです」とヨイショする。
 林由美香さんと佐々木ユメカさんが並んで座っている。「覚えてないかもしれませんが、昨年の打ち上げで<タマしゃぶり>の女優賞まちがいなしと言ったんですが、そのとおりになって嬉しいです」と由美香さんに話す。ユメカさんには「<淫らな唇 痙攣>のユメカさんも良くて最後まで迷ったんですけど、去年の打ち上げで宣言しちゃったんで由美香さんに一票となりました」とエールを送る。(本人を前にして調子を合わせたんではなく本音である。少なくとも昨年のピンク日記で「佐々木ユメカは、<熟女・発情 タマしゃぶり>の林由美香と肩を並べてP大賞の主演女優賞候補でだろう」と記した証拠もある。」)
 番外で女流緊縛師で女優の狩野千秋さんと現代映像研究会の松島会長との特別ショー(?)もあったりして、打ち上げはますます盛り上がる。映画芸術の連載で取材した森山茂雄監督と久々の再会、「僕も助監督時代に、監督から<経験だ>と言われて縛られました」とのこと。その時の緊縛師は、よく聞いたら全然別のステージで私がよく知っている人だった。ウーム、世の中は狭い。
 エピソードはこんな程度で、徹夜で飲み明かした割りには乏しい。実はこの夜、半分以上はプロレス・格闘技の話題に終始していたからである。
 授賞式の時、ゲストの一人が「今日のプライドの桜庭の結果が気になって」とつぶやくと、もう一人が携帯で結果確かめましたよ」、「わー、帰ってからビデオ録画みるんだから、言うな、言うな!」との一幕があり、私としては微笑ましく見ていたのだが、客席はシラッとしてたように見えた。
 そのことから打ち上げで「ここにはプロレス・格闘技者ってあまりいないんですね」って言ったら、近くの若い人から「いや、私大好きです。帰ってビデオ録画見ます。結果、まだ知りませんから」「私もそのつもりで、ただ、日刊スポーツでトップ記事になってるといけないんでキヨスクから眼を逸らして帰ります」「清原が打ったりしてないとその可能性ありますね。いいこと聞きました」「午後に直前情報の1時間のドキュメントがありますね。録画してるのでそれから見るつもりです」「あ、私はそれは見てからここに来ました」なんて談義で盛り上がってると、我も我もとプロレス・格闘技者が集まって、プロレス・格闘技談義に大きな花が咲いたのであった。
 私の声が大きいせいもあるが、池島監督の耳にも入ったようで、「実は私もプロレスは好きで」ということになり、「力道山をリアルタイムで知ってる人は貴重ですね」と言われ、しばしこちらもプロレス談義になってしまった。
 こうして、映画にプロレス・格闘技に、盛り上がりまくっているうちに白々と世が明けていったのであった。

続・「キネマ旬報」の「読者の映画評」へのあるわだかまり
 前回のアップ以降、「想定の範囲内」のとおりキネ旬は「黙殺」であった。ただ、一つ私にとって大きな展開があった。2005年5月下旬号「読者の映画評」で私の「誰にでも秘密がある」評が掲載されたのである。2002年8月下旬号「マジェスティック」評以来の長い空白がここに中断された。「ハルウララ」から「元横綱の曙のK−1初勝利」の域にまで進展したのである。
 投稿屋とは哀れなものだ。こうなると、これまで考えていた一切の憎まれ口(?)を封印して、初心に還ってより一層の自己研鑽に黙々と励んでいこうという殊勝で謙虚な気持になってしまうから不思議である。
 「誰にでも秘密がある」の投稿は昨年12月、掲載は5月下旬号。以下に前回述べた投稿時期と誌上に名前が出た時期を再掲する。「白いカラス」(投稿昨年6月 一次審査通過昨年11月上旬号)「マスク・ド・フォーワン」(投稿昨年8月 一次審査通過今年2月上旬号)「イズ・エー[isA.]」(投稿昨年10月 一次審査通過今年4月上旬号)
 以上を鑑みると投稿から審査結果まで約半年弱、私が「ハルウララ」状態のうちにそう変わってしまったらしい。これでは前回述べた私なりの「活字文化とネット文化の融合の試み」のダイナミックな展開は到底不可能である。
 実は「誰にでも秘密がある」評の掲載以前は、どうせ俺の評は何らかの理由で未来永劫に掲載されることはないんだから、「審査中」とか何とか気にしないでバンバンアップしてしまえと思っていたのである。掲示板への返礼として、「黒い手袋」さんには「ゴジラ FINAL WARS」、 「E.T.」さんには「理由」の投稿原稿をお披露目するつもりだった。でも、どちらも投稿したのは1月で、「審査中」の可能性は十分高い。投稿屋って本当に哀れなもんで、今後も掲載の可能性があるならば、挑発的なことはやめ謙虚になろうとなってしまうのである。世の価値基準は多士済々なのだから、他ではどうあれキネ旬の評価基準をクリアすべく研鑚を重ねるのは決して無駄なことではないと気持を一新させた昨今だ。(でもホントに投稿屋って哀れだなあ)
2005年2月17日(木) 「JUNKトークセッション 映画をひらく、つむぐ言葉」
 ジュンク堂書店池袋本店で、荒井晴彦さんと澤井信一郎監督の、上記タイトルのトークショーが開催された。テーマは二つ、実作者でありながら、映画批評誌「映画芸術」の編集長である荒井さんを巡っての「批評とは何か?」、後半は最近出版された荒井さんの著書「シナリオ神聖喜劇」の話題である。

 大西巨人の大長編小説「神聖喜劇」のシナリオ化を私が荒井さんから聞いたのは、2003年の湯布院映画祭だった。荒井さんが「社会派宣言」をした年である。この年は特別試写で「ヴァイブレータ」が上映され好評だった。でも荒井さんは、「大したシナリオじゃないよ。原作そのまま写しただけって言われるしさ」と謙遜気味に斜めに構えていた。翌年、脚本賞を総なめにするのだから、自信の裏返しと照れでないかとも思う。(私の友人は「モノローグとスポークンタイトルと台詞の的確な使い分け、原作のものでも演出でもない、正に脚本の力ですよ」と言った。話は2005年に飛ぶが、トークショーの後、例によって荒井さんならではの酒席になり、そこで私がこのことを話すと、「脚本家ならその位を考えるのはあたりまえだろ」と軽くかわされてしまった。最後まで照れを通したようである。

 そんな中で出た「荒井晴彦社会派宣言」である。私は名著「昭和の劇 映画脚本家 笠原和夫」発行で笠原さんを取材した影響かな、「KT」なんかもその延長じゃないかな、と思ったのだが、女と男の関係を濃密に描いてきた荒井さんの「社会派」とは、どうもイメージに合わない。常連の荒井さんシンパ(と思うんだが)の倉敷のツタヤの店長Oさんなんかに、「荒井さんが女を描かなくてどうするんですか」と言われても、「黙れ!俺は社会派だ」と一蹴していた。

 2004年の湯布院での荒井さんとの再会で、その後の「神聖喜劇」シナリオ化の状況を伺った。映画化の目途はまだだが、シナリオ出版ができるようになったと、「嬉しさも中途くらいなり」という表情であった。そして年末の発刊に至る。今回のトークショーも、「シナリオ 神聖喜劇」の出版記念サイン会も兼ねての催しだ。堂々750枚の大作、映画化の目途は立たない中で、ここまで辿り着いたのは快挙である。白井佳夫さんが編集長の時代だったら、「キネマ旬報」で大々的に特集し、映画化へ向けての大ムーブメントを巻き起こしたのではないか。今は、「映画芸術」2005年冬号の編集後記で荒井さん自身が「本が出てからひと月、書評はない」とボヤいている程度の反響なのは残念だ。いずれにしても、3年前のちょっとした話題が、今こうして華々しい成果となって出現したのは、さすがに荒井晴彦さんである。ついでに、私の冴えないここ3年を振り返りがてら、キネ旬がらみのエグいボヤキも書いてみようと思うが、それは先の話題である。

 トークショーの前半の「映画批評とは何か?」について、荒井さんは「実作者もどんどんお互いに批評すべきだ」と「映画芸術」を継続している趣旨を語り、澤井監督は「批評には影響されない。読まない。存在価値はない」と否定的だった。二人のスタンスの差が興味深かった。でも、改めて考えると「映画芸術」は実作者内部からの批評がメインの雑誌だったのだ。私が長々と連載させてもらった「サラリーマンピンク体験記」、一映画好きが「ピンク映画」なるものに遭遇しどう感じていったかという連載は、主流ではありえない、ま、外様の記事、プロレスで言えば色物にしか過ぎまい。そして、私は今後も外様・色物にしかなれない。こうして振り返ると、よくも3年も付合わせていだけたものである。

 後半の「シナリオ 神聖喜劇」の話題。澤井監督(このシナリオの重要監督候補である)は、このまま映画化すれば10時間以上にもなり、さらなる改稿が必要とのことであった。監督と荒井さん両氏の、若い世代に対する批判は厳しく、参加者から「若い世代に全く良い所はないんでしょうか」との質問が出たくらいだった。特に「映画はお金がかかるから儲けなくてはいけない。昔は撮りたいものを撮るために、どう儲けようかと考えた。今のプロデューサーはどう儲けるかしか考えない。皆ライブドアの堀江だね」との澤井監督の発言が印象に残った。(このへんも、私の後段のエグい話題に繋がります)「シナリオ 神聖喜劇」の出版という快挙を映画ジャーナリズムが大きく話題にしないのも、これと関連するような気がする。映画化実現の前途は多難だが、頑張ってほしいと祈るのみだ。

 さっそく、「シナリオ 神聖喜劇」購入、荒井さんにサインを戴く。澤井監督からは、湯布院のパーティーや「映画芸術」忘年会で、私を記憶に留めてくれていたようで、「今日はおとなしかったね」と言われてしまう。「シナリオは750枚ですけど、原作はどのくらいなんですか」「4700枚だね」「<戦争と平和>か<風と共に去りぬ>くらいですか。読んでみようかな。図書館にありますよね」「そこで売ってるよ」シナリオ出版に合わせて原作のフェアも開催しているようだ。分厚い文庫で全5巻、よし!この際だから買うか。トークショーに参加していた104さんと13号倉庫さんの「本気ですか?」との顔を尻目に、早速原作全5巻も購入する。

 「神聖喜劇」という歴史的名作に関わるならば、やはりシナリオだけ読んで、あるいは映画が完成したとして、映画だけ見て事足れりで良しとするのは、私には抵抗がある。実は、私はハイティーンの頃、ATGの映画研究会で少々恥ずかしい思いをした。「復活」が上映されて、それがテーマとなった時のことだ。原作を読んでいない私は、汚れた生活をしていたカチューシャが、囚人としてシベリヤ送りになるが、精神的には清く「復活」したドラマだと、勝手に解釈した。映画だからカチューシャを中心にドラマを構成していたとはいえ、トルストイの分身ともいえる貴族ネフリュードフの、罪を通じての贖罪から「復活」するという話を、えらい取り違えをしたものだ。若さとは恐ろしいもので、それを滔々と語ったりしたんだから汗顔の至りだ。それ以降、私は歴史的名作くらいは原作を読んでおこうと肝に命じた。
 ところがこの後、ソ連は古典文芸映画のブームとなる。ATG上映で「復活」が大ヒットしたこともあって、現代の韓流ブームのようにソ連文芸映画に大手配給会社が殺到し、公開ラッシュとなる。「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」いずれも、大長編で決して読み易いとは言い難い作品の数々(例えばアメリカの「風と共に去りぬ」は同じ大長編でも一気に読める)、我が身にかけた枷を半分後悔しながら、ヒーヒー言って読破していった思い出もいまは懐かしい。勢いにまかせてシェークスピアもかなり読破した。シナリオ読破の機会に「神聖喜劇」も読破してやろうとの思い、若い頃の熱かった気持をちょっと思い出した。
 もっとも大長編にチャレンジするのは、元々嫌いじゃない。10年程前には平井和正の「幻魔大戦」「真・幻魔大戦」「新・幻魔大戦」さらにそれらのコミック版の約40巻を読みきった。栗本薫のギネスブックものの大長編「グイン・サーガ」は99巻(現在も続刊中)のうち98巻まで読み終わっている。(SF嫌いの荒井さんからは、変なものと一緒にするなと言われそうではあるが)いずれにしても、何かをきっかけに大長編の読破を決意するのは悪いことではない。

 だから、「シナリオ 神聖喜劇」がヒット商品になるのは嬉しいが、其の場合は複雑な気持にもなる。ヒットするということは、現代のダイジェスト文化・カタログ文化に通じるような気がするからだ。そんなことをトークショー後の飲み会で荒井さんへ語っていたら、何せ声のでかい私、少し離れた席の澤井監督の耳にも入り、「ダイジェストなんて失礼なことを言っちゃいけない」と言われ、「いや、そういう意味ではなくて」と、弁明する羽目になってしまった。荒井さんは、例によってソフトなそしてちょっとシニカルな笑顔で「買ってくれさえすれば、後は何でもいいよ」と素っ気ない。でも「原作とシナリオ、どちらを先に読むべきですか」との質問には、「基本的には原作が先だろ。シナリオを勉強する人には特にそう薦めるね。でも、一般の人は、シナリオを読んでから原作に入るのが、入り易いかもしれない」と、キチンとアドバイスを頂けた。アドバイスに則りシナリオ→原作の順序で、私は読むことにした。両方読了したところで、この「映画三昧日記」でジックリ語りたいと思う。(さて、いつになりますことやら)

●私のベストテン入選作品の映画評
 さて、ここで私のベストテン入選作品の映画評を、ベスト3を中心に紹介しよう。

日本映画第1位「東京原発」
 これはニ十一世紀の「黒部の太陽」であり「太陽を盗んだ男」だ。また、「チャイナ・シンドローム」に匹敵する日本発の大きな問題提起でもある。
 経済成長のため無限に必要な電力、だが、近代産業の底辺を支えるのはヤクザまがいの孫受け業者。そんな中で死者ゼロの必敗の挑戦をするのが、「黒部の太陽」だ。技術文明の享受は常にリスクを伴うのである。
 現代もそれは変わらない。いや、問題は拡大・複雑化している。現実論の都知事と理想論の東大教授の激しい対立。原子力産業の底辺を支えるのは、過労も厭わぬリストラ・サラリーマン、でも都への発電所誘致は、財政再建・リストラ社会改善の切り札でもある。二重三重に仕掛けられた矛盾、鋭い問題提起である。巨大技術産業の存在は、リスクを拡散する。「太陽を盗んだ男」の教師は原爆を製造し、「東京原発」のオタク少年は放射性廃棄物をジャックする。だが、それを元に社会を脅迫するも、何を要求したいかも見えない。不毛の現代の中に、リスクだけが巨大化していく。
 ただ、これは堅苦しい映画ではない。全編のコメディタッチが重苦しい内容を救っている。前半のディスカッションが放射性廃棄物の恐ろしさの伏線になり、それが効いているからこそ、単なるトレーラーの疾走が、息詰まるサスペンスを醸し出す。低予算ながら知恵で見せる映画的魅惑。十分に「映画」なのである。
 とうとうと理詰めに原子力の危険性を説く東大教授。一見、反原発派プロバガンダ映画にも見える。しかし、映画はクライマックスで、ユーモラスにさりげなく、この教授に鉄槌を下す。知事の現実論に共感した幹部達は、命を張り協力しあい爆弾処理に突き進む。そんな時、もっとも知恵を借りたい教授は真っ先に安全地帯に逃げ込むのだ。幹部の採決が誘致賛成になるのも、感覚的に教授の欺瞞性を感じとっていたからだろう。技術文明とリスクの問題は理屈だけではないのだ。
 コメディタッチの中で、エネルギー問題に関しては評論家的姿勢ではならないし、無関心であることは犯罪的であると、はっきり言い切った傑作である。電力マンOBの私は深い感銘を受けた。

 さて、私の2位は「理由」なのだが、これについては後述する「理由」があるのでここには記さない。また、3位の「油断大敵」については、「湯布院映画祭日記2003」で長々と述べたのでここでは割愛し、4位の「ワイルド・フラワーズ」評を記すことにする。

日本映画第4位「ワイルド・フラワーズ」
 プロレス者には3倍も5倍も楽しく、そうでない人にもプロレスの奥深さを伝える。昔、ベストテン入りも果たしたロバート・アルドリッチの「カリフォルニア・ドールス」に匹敵する傑作である。
 ある意味では、これはその上を行く。アルドリッチ作品は、あくまでも題材の女子プロレスの世界を越えてなかったが、本作は男子プロレスのエッセンスまで塗込めている。あれはUインター、こっちは新日プロ。多分彼女は前田日明で彼はビンス・マクマホンと、縦横無尽の類推が可能だ。ミスター高橋の暴露本「流血の魔術 最強の演技」以降の二十一世紀ならではのプロレス映画といえる。
 プロレスラーは強くなければならない。しかし、強いだけではいけない。観客を魅了しなければならない。魅了するのには力の裏付けも必要だ。シナリオがないなんて言わない。だが、ドラマとは違う。力でシナリオも覆すことも可能だ。要は客を魅了した者が勝者。これは人生そのものの奥深さと等価だ。単純に勝負だけを競う純粋スポーツを遥かに超えた世界なのである。
 だから、実力がそれ程開いていなければ、格下の者が不意打ちで寝首を掻く事も可能だ。ただ、次の報復は覚悟せねばならない。そこに自己規制が働く。人生と等価の奥深さとはそういうことである。
 「お前ら、本当にリングで潰しあいやる気か」ジャガー横田の警告で始まったクライマックスの試合は、だからサスペンスフルである。潰そうと思えば潰せる格上のレスラーが、相手の不意打ちのプレッシャーに堪えながらプロレスとして成立させようとする緊迫感。最後をプロレス的決着で締めくくった時の映画中人物の安堵感は、我々の安堵感でもあった。
 主人公チームはプロレス的に試合に負けた。しかし、それで団体解散というプロレス的シナリオにはならなかった。その奮戦ぶりにリベンジを要求する観客の熱狂。「勝ったのはあいつらかもしれない」格上チームが呟く。嘘つきと言われようが、二枚舌と言われようが、観客の圧倒的歓声の中で、引退宣言撤回・現役復帰を果たしてしまった大仁田厚と北斗晶、そんなプロレスの奥深さも彷彿させたのである。

 続いて外国映画1〜3位の映画評を記します。

外国映画第1位「オーシャン・オブ・ファイヤー」
 これは西部劇だ。映画は3部構成。第1部がアメリカ、第2部がアラブ、そして第3部が再びアメリカ。第2部のアラブのパーツがかなり長いので見間違うのだが、これは「ラスト・サムライ」がカスター伝説の裏面史としての西部劇であったように西部劇であり、ネイティブ・アメリカンの新たなる真実を描いた点においても、名作「ダンス・ウィズ・ウルブズ」と肩を並べる西部劇なのである。
 スー族に第7騎兵隊と共に全滅させられた悲劇の名将カスター。その虐殺へのリベンジ戦も「西部の王者」始め、多くの西部劇で伝説として描かれている。この映画は、それを騎兵隊側の一方的虐殺殲滅戦であることを暴露する。そして、そのきっかけとなった命令書を運んだカウボーイが、本映画の主人公である。しかも、彼は白人とネイティブ・アメリカンの混血だ。思いは二重に屈折する。
 騎兵隊とネイティブ・アメリカンの戦闘の根底にあるのは、先住民の完全抹殺である。その象徴が、ネイティブ・アメリカンが育てた野生馬ムスタング根絶だ。主人公には堪え難い事だが、阻止するには大金がいる。かくして、彼はレースの賞金を求めムスタングを駈ってアラブの荒野を馳せ、アラブ馬・英国馬と勝負する。
 アメリカには元々は野生馬はいなかった。スペイン人が持ち込んだものだ。しかし、長い時間でネイティブ・アメリカンと融合し、名馬として完成されていった。主人公のカウボーイもハーフ。この融合の心は期せずして、自国文化を一方的に押し付け軍隊を送る現代アメリカへ、タイムリーなメッセージとなった。
 だが、そんな理屈よりもなによりも、まずこれは見事なまでに「映画」であった。馬の躍動する疾駆の魅惑が全編を覆い、族長の娘を救出する銃撃戦は、近来稀に見る爽快なものだった。ヒーローに当たらない訳がない乱撃戦なのに、絶対当たらない。嘘を百も承知で楽しませてくれるのも西部劇の魅惑だ。
 族長の娘とカウボーイとの淡い慕情の交換。でも、彼はムスタングのためにアメリカに帰るしかないのだ。「やっぱりカウボーイは夕陽の彼方に去って行くのね」最後まで西部劇の魅惑で見せきった一編だった。

外国映画第2位「パッション」
 宗教心のある人には不謹慎と思われるが、私はドラマの宝庫は、日本なら大石内蔵助、外国はイエス・キリストだと思っている。どちらも泣かせ所がタップリあり、スペクタキュラーな見せ場に事欠かない。
 「罪無き者、石持て。この女を打て」この一言が娼婦マグダラのマリアを信仰心厚き女へと変える。「ペテロ、あなたは鶏が鳴く前に、三度私を知らぬというであろう」人の心の弱さを鋭く突くイエスの言葉。何故かイエスでなく盗賊バラバを救ってしまう煽動された群集心理の恐さ。無残な姿を晒す我が子を前に十字架の下で泣き崩れる聖母マリア。すべてがドラマチックだ。
 大群衆が集う山上の垂訓、その果てのイエスのエルサレム入場。十字架上でイエスが果てた時、突如起こる雷鳴と大地震。視覚的スペクタクルも十分である。
 ただ日本でも「忠臣蔵」が最近低調なように、外国でもめっきり「聖書物」が製作されなくなってしまった。やや、古めかしいということもあろうし、やり尽くされた面もある。二十一世紀に甦らせるには、一工夫が必要ということだろう。
 メル・ギブソンは、「ブレイブハート」で、古典的な英雄譚を、当時の残虐性を手を緩めず描くことで、世紀末に成立させた。その作家的視点が「パッション」を成功に導いた。イエス処刑までの壮絶さを聖書に忠実に、しかし情容赦なくリアルに追い詰めて見せた。露悪趣味ギリギリの所で踏み止まり、血みどろの地獄図に宗教画の崇高さが漂ってくる節度が見事だ。
 ユダヤの司祭を悪者視する見方があるが、むしろこれは権力のあり方を鋭く抉った視点とみた。イエスを支持するものは社会の底辺に着実に根を張っている。だが、それは声なき声の段階で、声を出せる者は権力に近い者というのが現実である。いや、その段階で潰さねば権力は危うくなる。なぜ、民衆はイエスでなくバラバを救ったのか、その構造が鮮やかに浮き彫りになった群集描写であった。
 描かれるのはイエスの最後の二日であるが、的確な回想の挿入で、私の言ういわゆる泣かせどころはすべて押さえられている。メル・ギブソンは鮮やかに新世紀ならではの聖書スペクタクルを完成させたと思う。

外国映画第3位「ブラザーフッド」
 「シュリ」を見る限りではカン・ジェギュ監督は、古色蒼然たる「国境を越えた愛」を臆面もなく展開しながら、朝鮮半島の現状から有無を言わせぬ説得力を持たせてしまう力技の人と見たが、今回も同様であった。
 朝鮮戦争に巻き込まれた兄弟の話であるが、この兄弟がずっと同じ部隊に所属し続けているあたり、随分と強引なのだが、半島の悲劇の大きさがその御都合主義も押し切ってしまう。
 突如発生する北鮮軍の怒涛の南進。南鮮軍は道行く若者を理不尽にも片っ端から徴用していく。兄弟もその犠牲になる。
 兄は勲章を得れば弟を除隊させられることから、北を憎悪する鬼神の軍人となり捕虜を虐待したりもする。その兄を前に、弟も捕虜虐待の鬼と化していく。正に心の地獄である。
 戦局も苛烈だ。怒涛の南進にとにかく闘うしかなく、米軍上陸で有利に押し戻し、平和が目前に見えたと思った時、中国人民解放軍の参戦、戦況は泥沼になる。人間、何がつらいといって、希望を与えられかけて取り上げられる以上につらいことはあるまい。
 翻弄される庶民も悲惨だ。南から北へ、そしてまた南へ。占領軍は次々に入れ替わる。長いものには巻かれるしかないが、それが北の協力者と断じられ、南に処刑される。兄の婚約者も混乱の中で命を落とし、彼は南を憎悪して寝返り、北の解放軍英雄へと変身する。
「同胞が命を賭けて争うだけの価値ある思想なんてあるのか」映画の中で疑問が呈される。思想なる権力者の高層な思惟で、犠牲になるのは常に下層の庶民だ。北のゲリラで死にたくないと言った金日成暗殺部隊が歌えるのは革命家しかなかった「シルミド」の切なさも思い出した。庶民の願いはささやかな幸福で、思想に殉じることなんかには断じて無いのだ。
 この半島の悲劇は、決して私に無縁ではない。47年生まれの私が、何故敗戦の惨めな風景を知らないのか。物心ついた3歳の50年には、この朝鮮戦争景気で日本は復興していたからだ。以後半世紀、冷戦の緊張で消耗する半島を尻目に日本は経済成長を続けた。現在の私のそれなりの安定は、この映画の悲劇と密接に関わっている。

●「キネマ旬報」の「読者の映画評」へのあるわだかまり
 前項で、私のベストテン上位作5本の映画評を紹介した。種を明かすと、これは「キネマ旬報」の「読者の映画評」に投稿した没原稿なのである。
 1970年10月秋の特別号「赤頭巾ちゃん気をつけて」評を皮切りに、2002年8月下旬号「マジェスティック」まで、私は30年余にわたりこの投稿欄の常連であった。しかし、これを最後にピタリと掲載されなくなる。「私の書くものの質が極端に低下した」「他の投稿者のレベルが急激に上昇した」「審査基準が大きく変更になった」まあ、色々考えられるのだが、実際のところは知りようがない。とにかく荒井晴彦さんが、シナリオ「神聖喜劇」という素晴らしい成果に挑んでいた約3年、私は情けなくも「読者の映画評」連戦連敗の「ハルウララ」状態で落ち込んでいたのである。
 私はここ数年、活動弁士の勉強をしている。こういう話芸は、聞いてくれた人から様々なご意見を戴き、それを通じてより自分を高めるべく努力をするのだが、投稿屋の「映画評」はそうはいかない。没原稿になってしまえば、何が良くて何が悪いのか、すべて藪の中である。
 ということで、ここで没原稿をご披露いたしました。皆さん、私の過去の掲載作と比べてそんなに質が低下していますか?あるいは、現在掲載されている他の人の読者評と比べてそんなにレベルが低いですか?こう問いかけたいのである。そして忌憚の無い意見を戴き、それを今後の映画評に活かしたいと思うのである。
 ただ、これは投稿者としては随分と傲慢不遜な態度である。審査者は投稿者に対してそんな情報開示する筋合いはない。それにキネ旬は、親切に一次審査通過者まで公表している。各自の評価は、その枠の中で認識するのが当然であろう。
 しかし、タイミング的に一つのわだかまりが私にはある。2002年9月下旬号の「ファイト・シネクラブ」で大高宏雄さんが「蘇るキネ旬“読者の映画評”」というタイトルで私のことを取り上げた。その関係で、(ある人との信義があるので具体的に紹介するのは憚るが)編集部のある役職者の人とやりとりがあり、その時、顧客(読者)を客とも思わないような非礼を受けた。さすがの私も「お客さま対応」のひどさを指摘し、社会人の先輩としても厳しく嗜めた。もし、@私の書くものの質が極端に低下したA他の投稿者のレベルが急激に上昇したB審査基準が大きく変更になったなどの理由が無いとすれば、それを「逆恨み」されたとしか思えない。3年も前のことを、何を執念深く言ってるのと言われそうだが、その時の非礼は未だにクリアされていない。私は業界外の人間である。有名税も時効も存在しないということをここで断言しておきたい。
 このあたりのいきさつを話していないにも関わらず、私の友人も「何かをきっかけにキネ旬が私を拒否している」と断言し、「こんなこと(どんなことだい)であなたの評が読めなくなるのは残念だ」と言った。どこか異常なものを感じ取っているということではあろう。私の評を読みたければネットの私の評を読んでくれればいいし、それよりも何よりも、そんな疑問は私より編集部にぶつけてくれと言ったものだが、とじ込みハガキの通信欄に書いたとかということは聞かない。他人のこととなると、いい加減なものである。(ネット文化と活字文化についてはこの後のテーマだが、それは項を改めてとしたい)

●一次審査通過評の怪(?)
 前項のように友人から刷り込みを与えられると、「俺はキネ旬に意識される程の大物かい!」と思っていても、やけに気になってくる。昨年11月上旬号で、私の活弁を含む「蛙の会公演」をシネガイド欄に、お願いして掲載していただいた。ただ、スペースの関係もあろうが、私の原稿にあった弁士名が、全員見事にカットされていた。そこで私は、その号のとじ込みハガキの通信欄で、ちょっと「牽制球」を投げてみた。以下にその内容を記す。

 「<蛙の会>公演の掲載、ありがとうございました。ダイジェストなのが残念ですが(憎まれ口を叩き続ける奴の名は意地でも載せないなんて子供っぽい考えはないですよね)限られた誌面では致し方ないと思います。<月太郎流れ雲>とならんでるのもいい感じ。死ぬまでにせめてもう一度誌上に名を残したいものです。読者評、めげずに頑張り続けます」

 その直後の11月下旬号に私の「白いカラス」評が一次審査通過作として名前が掲載された。前項の友人などはビックリしたような顔で、「名前、出ましたね!」と言ってきたが、まあ、評価をしてくれるのは結構なことである。だが、私が「白いカラス」を書いたのは6月のことだ。それが何で11月下旬号の一次審査通過になるのか。「牽制球」に対して、「名前くらいなら載せてあげますよ」というお情けと、見えないでもない。でも、応募総数168通と書いてあるが、いったいどんな期間の区切りになってるんだろうか?
 その後、一次審査通過程度の情けをかけてやろうと方針変更になったのか、私の書くものの質が若干は上がってきたのか、一次審査通過の常連になりつつあるようだ。2月上旬号の「マスク・ド・フォーワン」と4月上旬号の「イズ・エー[is A.]」が一次審査通過になった。ただ、前者は昨年8月、後者も昨年10月に書いたものだ。投稿原稿はかなりの時間を経過してから審査するのだろうか。私の3年間の「ハルウララ」状態の時にそんな風になったんだろうか。いずれにしても、投稿人生30年余で初めて遭遇する不透明・不明瞭さである。
 「あなたは何でキネ旬の評価基準にそこまでこだわるのか?」私の数少ない知り合いのプロの映画ライター二人の人から、同じことを言われた。確かにこだわり過ぎているのは事実だ。キネ旬の審査者の評価が絶対でないのも事実だろう。だから、この場において公表し、広く評価を求めたいのである。ただ、審査スパンがこんなに曖昧では困ってしまう。審査中の投稿原稿を公表してしまうのは、フェアでないと私は思っている。前述した私の日本映画第2位の「理由」の評を書いたのは今年の1月だ。これまでの数少ない一次審査通過作に鑑みて、これはまだ「審査中」であろう。
 「理由」の評をここでは紹介できない「理由」は、それである。本当にはっきりしてほしいと思う。投稿とネットをダイナミックに連動させていこうと考えている私にとって、ここは是非審査スパンを明確にしてほしいと思う。
 いずれにしても一次審査通過の「白いカラス」評を代表として紹介する。

「白いカラス」
 初のユダヤ人学部長は敵も多く、言葉尻を捉えられ黒人差別主義者のレッテルを貼られて、辞任に追い込まれる。だが、実は彼が黒人差別主義者であるわけはないのだ。彼は黒人で、それを隠すために家族と絶縁し、ユダヤ人と偽って現在の地位を手に入れたのだ。
 この黒人を演じるのがアンソニー・ホプキンスなのはちょっと驚きだが、ハーフやクォーターの混血家系には、一見白人にしか見えない黒人がおり、それがピンキーと呼ばれることは、我々はジョン・カサベテスの「アメリカの影」で知っている。
 外見が白人ならそれで押し通せばよいと、単純に考えがちだ。だが、遺伝子がある。黒い肌の子が生まれる可能性がある。ピンキーの苦悩は想像を絶する程に深いものだろう。
 彼は何故偽る対象に、もう一つの差別される人種のユダヤ人を選んだのだろう。そこに屈折した心を感じる。ラスト近く、彼の姉が、黒人も重要ポストにつけるようになった今の時代に、何故自らの人種を告白して弁明しなかったか疑問に思うが、そこにも家族を捨ててまで今の地位についた彼の屈折を感じる。そして、個人の不幸の彼岸には必ず時代の反映があることに胸打たれるのである。
 ホプキンスを筆頭に、この映画は名優が競演し、人の生の悲しさを切々と訴える。ニコール・キッドマンの人妻は、幼い頃に義父の陵辱を受け、愛する我が子を事故死させ、今は夫のDVに苦しむ。淫獣のように年の離れたホプキンスと関係を持ち続ける姿が切ない。そして、その夫エド・ハリスとてベトナム戦争の犠牲者。ここにも個人の不幸に重なる時代の歴史がある。すべてを傍観者として見詰める作家のゲイリー・シニーズにしても、家庭生活を破綻させ、深い孤独の底にある。
 これらの生の悲しさを名優が鮮烈に表現する。やりきれない映画ではあるが、孤独な魂が温もりを求めて人を寄り添っていこうとする真情が深く胸を打つ。
 それにしても、ピンキーの悲劇の深さがこれまであまりにも取り上げられていないのは何故だろうか。黒人の社会的地位が確立した二十一世紀になって、やっと描かれたところに新の悲劇性があるのかもしれない。

 皆さん、どうでしたか。現在掲載されている他の投稿者の原稿に比べて明らかにレベルが低いですか?私の過去の掲載作に比べて、著しく質が低下していますか。
 いずれにしても、読者(顧客)にこれだけの不透明・不明瞭なわだかまりを与えれば、普通の企業ならきちんとした顧客対応をするものだが、「黙殺体質」が顕著になったキネ旬には、まずそれは期待できない。これがアップされた後に、とじ込みハガキの通信欄でその旨を通知するが、多分「黙殺」であろう。私は、もう「黙殺」を前提に第2弾を準備中である。

●活字文化とネット文化 古きものと新しきもの
 1968年、「官報のような」と形容されていた「キネマ旬報」を、読者も巻き込んでのムーブメントを呼び起こす「開かれたキネ旬」にしたのは、白井佳夫新編集長だった。この良き伝統は、青木眞弥編集長の代まではキープされたが、1999年の掛尾良夫編集長の代から、急激に「黙殺体質」の「閉鎖的なキネ旬」へと変貌していく。おりしも、キネ旬がIT関連に事業拡張を開始した時期のようである。
 こう述べると、世のパソコン・ネット・メールなどのIT嫌いは、待ってましたとばかりに「そうだ、そうだ、ITは非人間化を促進するのだ」と居丈高になりそうだが、私の言いたいのはそんなことではない。結局は人間の問題であり、知恵の問題であると言いたいのである。

 ここで「東京原発」の、さらなる補足をしたい。技術文明の中で、原子力発電だけが何故魔女狩り的に糾弾されるのだろうか。リスクがあるのは事実だが、リスクの無い技術文明なんてありえない。飛行機を飛ばせば墜落するし、自動車事故でどれだけの人間が死んでいるのか。自動車や発電(水力そして何と!その点に関しては超クリーンな原子力の一部を除き)は地球を温暖化し、人類の基盤すら脅かしている。(原子力の放射性廃棄物のリスクは人の一生のスパンを越えているという特殊性はあり、人は自分の一生を越える責任感を有することが出来るか?という特殊テーマはあるが)だが、そのリスクを克服していくであろうというのも、人間の知恵である。原子力発電を云々する人は、何故それ以上に核兵器の廃絶を訴えないのだろうか。結局、現時点の人類の倫理では不可能であるのを潜在的に認知しているからだ。人類は、とにかく核という技術を有してしまった。これを廃絶するのは不可能である。しかし、それを兵器ではなく平和利用に転換し、リスクも克服していくのが人間の知恵というものであろうと思う。
 ITについても、同様だと思う。ネットやメール、パソコンあるいはRPGなど、人間の関係を希薄にする元凶として悪魔視する人も少なくないが、それを人間的なものにするか否かも、結局人間の知恵なのである。できてしまった技術は、もう廃絶するわけにはいかないのだ。
 気がつけば、私自身にも、本「映画三昧日記」、併設の「ピンク映画カタログ」と、随分とネットは大きな比重を占めてきた。キネ旬の「読者の映画評」が、選ばれし者の表現とすれば、こちらは自由にあまり字数なども気にせず、真情を吐露できるフィールドだ。(もっとも「選ばれし者」が質が高いかどうかは別問題。私の舌足らずな「皆月」評が「選ばれ」荒井晴彦さんにこっぴどく批判された前例もある。ま、それで「映画芸術」さんとの縁ができたのだから、色々な意味で怪我の功名か)
 思えば、ネットとの付き合いも「映画芸術」からであった。2001年の「サラリーマンピンク体験記」開始にあたって、ピンクは題名が同工異曲なので、ちょっと時間を経ると、どれがどれか判別できなくなってしまうので、個人的な殴り書きのメモみたいなものだが、見た直後にワープロ打ちしていたことから始まった。正原稿の参考にと、映芸の窓口の104さんについでに送付していたら、折角だから勿体無いと(それ程のものではなかったのだが)13号倉庫さんを紹介してくれて「ピンク日記」がスタートした。それが「湯布院日記」「活弁体験記」へと発展し、現在に至っているのである。
 おりしも、ライブドアのニッポン放送・フジテレビの経営参画が話題を集めている。これは、免許による選ばれし情報発信源と、自由奔放なインターネットの発信源の、融和に至るまでの摩擦と対立の始まりなのではないだろうか。「マスコミは不要になる」というホリエモン発言も行き過ぎだが(「マスコミの比重は変化する」との意味の発言の言葉尻を捕まえられただけと、堀江社長は語っているが)、免許の上に胡座をかいて公共性を声高に叫ぶ既存マスコミの特権意識に疑問があるのも事実だ。視聴者に対し「お客さま意識」を持たない高慢さが感じられる部分もある。キネ旬の読者(客)を客とも思わない姿勢も、それに通底していよう。
 そんな大きなスケールの話ではないが、私としても没が明確になった時点で「読者の映画評」原稿をネットに公表し、新たなフィールド上での価値判断を問うという融合は、是非やってみたいのである。「映画芸術」の「サラリーマンピンク体験記」とネット上の「周磨要のピンク日記」が無意識ではあったがさりげなく連動していた関係を、もっと有機的に結びつけたいと思うのだ。選ばれし映画評は誌上で、それ以下の一次審査通過や没は自由なフィールドのネット上で、というのは、活字文化とネット文化の融合としての新たなる試みではないだろうか。できれば、キネ旬が全投稿原稿を開示するHPを開設してもよいのではないか。それにはキネ旬さん、本当に「読者の映画評」の審査スパンを明確にして下さいよ。
 ただ、活字文化とネット文化の関係は、私にとってもまだまだ課題がある。早い話が、私の友人は活字文化系の人間が多いようで、私のネットはあまり読んでくれない。決してパソコン嫌いではなく、誰もがパソコンを駆使して私とメールもやりとりしている関係だ。読む気がないかというとそうでもなく、プリントアウトしたものを渡すと読んでくれる。
 もっとも、これは私の書いたものに問題があるみたいだ。娘からは「ネット向きの文章じゃないから読みにくくて、読む気がおきないね」とバッサリやられた。私のネットを読んでくれる数少ない友人の一人も、プリントアウトして読むと言っていた。やはり、私の書くものは活字文化寄りなのだろうか。確かに本コーナーとリンクが張ってある「おたべちゃんのシネマシネマ」は語りが軽やかで読みやすい。といって急に変われるものでもなく、私なりに試行錯誤を続けていこうと思う。
 大高宏雄さんは前述の「蘇るキネ旬“読者の映画評”」の中でこう激励してくれた。「かつて竹中労は、書くメディアがなくなってもガリ版刷りで書き続けると喝破した。今はガリ版の代わりに、インターネットがある。表現方法はいくらでも考えられるのではないか。周磨さんがライフワークと言われるヤクザ映画論を、じっくり単行本にまとめる作業を続けてみてもいい」
 少なくとも前段については、知らず知らずのうちに13号倉庫さんの御好意で、大高さんの言われた状況に近くなっているのである。
 荒井晴彦さんの「神聖喜劇」シナリオ完成という素晴らしい3年間に比して、「読者の映画評」万年没の3年間の私、かなり落ち込んだところから始まったのであるが、こう振り返ると、この3年間、私は私なりに確実に歩みを進めていることを確認できたのであった。
●ベストテン選出時期の踏ん切り
 ベストテン選出はどこかで切りをつけないとエンドレスになる。気になる見逃した映画のクリアを待っていたら、永久に選べなくなる。公開本数が圧倒的に増えたここ10年ほどは、特にその傾向が顕著だ。そこで、私は「キネマ旬報」ベストテン全作品鑑賞済を一つの目安にしている。(名画座の減少や2番館以下の消滅で、それもなかなかままならないのだが)
 正月早々のベストテン発表を目にすると、毎年1本程度の見逃しがある。それも、ミニシアター・限定公開みたいな今後も観られる可能性が薄い作品が多い。
 一昨年は「蕨野行」だった。昨年は「チルソクの夏」である。
 「蕨野行」はユナイテッドシネマ入間で、年が明けてから1回だけレイトショー上映されたので、何とかクリアした。主演の新人女優が入間市出身で、その凱旋興行である。当人の挨拶の他、恩師の思い出話があったりしたアットホームな上映会であった。この手の作品は、こんな機会でもなければ、封切時に逃せばスクリーンで目にするのは困難だ。

●平成17年2月6日(日) 小田原映画祭への旅 その1
 「チルソクの夏」はクリアを殆ど断念していたら、思いがけないところで上映があった。「第1回小田原映画祭 シネマトピア2005」の「フィルムコミッション」のコーナーで取り上げられたのである。小田原はフィルムコミッションを立ち上げたばかりなので、コーナーの1本として下関フィルムコミッション作品の「チルソクの夏」が取り上げられたのだ。何にしても見られるのはいいことだ。場所は国府津の「コロナワールド」とのことだ。
 でも、「蕨野行」のユナイテッドシネマ入間はともかく、片道2時間・1130円をかけて小田原近くまで出掛けるなんて、「バッカじゃなかろか」と思われるんじゃなかろうか(ちなみに入場料金は千円である)。家内が生きてたら絶対そう言うに決まってる。いや、「湯布院日記」でも記したように、気楽な一人身でなければ湯布院映画祭行きと同様、そんな発想は出なかったろう。
 昔、「キネマ旬報」の永六輔さんの連載で、今でも記憶に残っている言葉がある。当時、中学生だった千絵さんが、修学旅行に行かないと言い出したエピソードである。旅行中に「わが谷は緑なりき」のテレビ放映があるからである。(ビデオ録画もDVDもない時代だ)永さんは、きっぱりと修学旅行に行かせたそうだ、修学旅行は一生に一度。「またいつか会えると想うところに、映画との恋愛関係がある」
 映画との出会いは不思議である。私が中学生の時、受験日程が終了した次の日、学校で息抜きの趣旨からか「無法松の一生」(三船敏郎版)上映会があった。当時から映画好きだった私は、楽しみにしていたら受験疲れなのか熱を出して寝込んでしまった。その「無法松の一生」に、30年余の後にビデオでやっと出会った時、何か感無量になったものだ。「またいつか会えると想うところに、映画との恋愛関係がある」よい言葉である。
 ということで、私は一人身でなければ、あまり「チルソクの夏」に執着しなかったろうが、シングルの気安さ、いそいそと国府津まで出かけたのである。結論的に「チルソクの夏」は、佳作であったが私のベストテンを揺るがすほどではなかった。

●私のベストテンと10位の「お遊び」
 それでは私のベストテンを紹介しよう。

 日本映画 @東京原発 
        A理由 
        B油断大敵 
        Cワイルド・フラワーズ
        D花とアリス
        E誰も知らない 
        F血と骨 
        Gイズ・エー 
        H隠し剣 鬼の爪
        Iゴジラ ファイナルウォーズ (以上 鑑賞94本からの選出)

 外国映画 @オーシャン・オブ・ファイヤー 
        Aパッション
        Bブラザー・フッド
        Cビッグ・フィッシュ 
        Dモンスター
        Eらくだの涙
        Fペイチェック 消された記憶 
        Gドッグヴィル 
        Hオールドボーイ
        Iホーンテッド・マンション (以上 鑑賞94本からの選出)

 ピンク映画の第10位に、私のエキストラ参加の「痴漢電車 いい指濡れ気分」を入れたように、末席というのは私にとって、作品評価もさることながら、お遊び気分が強い。

 日本映画10位「ゴジラ ファイナルウォーズ」は、私はスクリーンの遙か向こうを見ていたような気がする。私が「ゴジラ」と共に生きた半世紀がスクリーンの背後に走馬灯のように巡るのである。この圧倒的感慨は例えようがない。このような経験は過去にも1度あった。「純子引退記念映画 関東緋桜一家」である。マキノ雅弘映画としては、会社の要請もあったりして随分ユルいオールスターお祭り映画なのだが、私はその遙か向こうに「数年間」の藤純子映画名場面が浮かんでは消え胸がいっぱいになった。しかし、今度の「ゴジラ」は「半世紀」、感慨はその比ではない。SF的設定やシリアス社会派路線を回避し、怪獣格闘技バトルに徹したのもよかった。人間の側も、地球防衛軍にドン・フライ、船木誠勝、角田信朗がいて、南極の基地には何故かゲーリー・グッドリッジとレイ・セフォーがいる格闘家オールスター、プロレス・格闘技者の北村龍平のお遊びが楽しい。

 外国映画10位「ホーンテッド・マンション」は、東京デイズニーランドのアトラクションとセットの魅力。私もこのアトラクションのファンの一人で20回近くも体験しているが、そんなファン心を巧みにくすぐる見事な美術と装置。ストーリーも古典的ディズニーのファミリー映画に先祖帰りで、ちょっと仕事中毒のパパがいて、お転婆ちゃん過ぎる娘がいて、臆病な困ったチャンの弟がいて、ママを亡霊から奪回する奮闘を通じて、パパは仕事人間をちょっぴり反省し、少々お姉ちゃんは女らしくなり、弟くんはちょっとだけ勇敢になる。ラストも、亡霊を家に背負って帰るというアトラクションの落ちを見事に換骨脱退。監督は「ライオン・キング」のロブ・ミンコフ、さすがのディズニーマインド。同じアトラクション「カリブの海賊」の映画化、「パイレーツ・オブ・カリビアン」とはえらい違いである。
 ただ、これをベストテン入りさせたことで、「Mr.インクレディブル」を割愛せざるをえなくなった。これも、私の大好きな映画で、主人公とインクレディブル夫人を筆頭に、ちょっと内気なお姉ちゃんヴァイオレット、走りはまかせろの弟くんダッシュ、皆はただの赤ちゃんと思ってるけど最も超能力があるかもしれないジャック・ジャック、このキャラ、これ1本じゃ惜しいなあ、「2」を創ってほしいなあと思う。ディズニーランドでも再会したい久々の魅力的キャラ一家だ。冒険を通して家族全員がチョッピリ前に進めたという、これも典型的ディズニーストーリーが良かった。「アイアン・ジャイアント」のブラッド・バード、これもさすがである。

●「チルソクの夏」と韓流
 昨年は、邦画・洋画ともに韓流の嵐である。キネ旬ベストテンを見ても、日本映画では「血と骨」「ニワトリは裸足だ」「チルソクの夏」の3本、外国映画に至っては「殺人の追憶」「オアシス」「オールドボーイ」「春夏秋冬そして春」の何と4本である。私もベストテン選出にあたって、韓国映画だけでもテンが選べそうな豊作であった。キリがないので、代表1本に絞ろうと思ったが、結局「ブラザー・フッド」「オールドボーイ」の2本を入れざるをえなかった。
 下関と釜山の高校生が純愛を交わす「チルソクの夏」、爽やかな感動作ではあるが、今年の公開の「パッチギ!」の強烈なパワーを見ると、やはり少々奇麗事すぎるかなと思わざるをえない。ベストテン入選は、韓流の勢いというものだろう。
 ただ、主人公の女子高生の父親が、あからさまに朝鮮人を蔑視するのは痛烈だった。「パッチギ!」では、それがさらにブローアップされている。確かに、現在50半ばの団塊世代は、親の世代の朝鮮人の差別意識を目の当たりにしてきた。「朝鮮人」という言葉自体が蔑称で、「朝鮮のくせに」とか「たかが朝鮮が」という言葉をよく耳にした。「チルソクの夏」も「パッチギ!」も、そんな時代の空気を実によく掴んでいた。ワールドカップの日韓共同開催で、現代日本の若者達が屈託なくコリアンコールを発しているのが嘘のようである。
 考えればひどい話だ。戦争で侵略し、戦後も在日を差別し続けた。戦後生まれの我々には、そんな差別意識はないが、親の世代から蔑視の空気を刷り込まれているのも事実である。いや、それだけではないかも知らない。「GO」で柴崎コウが窪塚洋介が在日だと知った時、「怖い、朝鮮人と交わると血が穢れる」と言った。柴崎コウは私の娘の世代である。我々の世代の親が、引き続いてそうした差別意識を刷り込んでいるという事実もあるようだ。
 韓流ともてはやし、ヨン様に浮かれるのもいい。ただ、半島の人間は一世紀にもわたるこうした「恨」を決して忘れているわけではない。以前「朝まで生テレビ」で「戦後生まれに戦争責任はあるか?」とかいう主旨のテーマが取り上げられたが、そこで「そんなもんあるわけない」と高市早苗議員が声高に叫んでいた。国会議員が軽々しくこんなこと言っちゃいけませんねえ。ま、それだから田原総一郎に「下品だ」と突っ込まれるんだろうけど。「戦争ってリングの上と同じなんですよ。何やられても仕方ないんですよ。でもリング下りれば人間と人間として、謝るべきところは謝るでしょ。そういうことじゃないんですか」と言った格闘家前田日明がひどく健全に感じられた。いずれにしても、彼我の認識の差はとてつもなく大きいような気がする。我々は心しなければならないと思う。

●平成17年2月6日(日) 小田原映画祭への旅 その2
 話は当日にもどる。西国分寺の自宅から2時間近くかけて、やっと着きました国府津駅、映画祭のチラシでは、駅のすぐ側が会場のコロナワールドみたいだが、閑散とした駅前でいっこうにそんなものがあるように見えない。しかたなく地元の人に聞いたら、かなり離れたところのようだ。結局タクシーに乗り込む。(実際は駅から2km程度、帰りは歩いてきたが)いずれにしても、こんな駅(失礼!)の近くでは大した会場ではあるまいと侮っていたら、どうしてどうしてシネコンにスーパー銭湯・大ゲームセンターが併設されたデラックスな所。前述した「蕨野行」鑑賞時のユナイテッドシネマ入間もそのゴージャスぶりに驚いたものだが、これだけ交通の便がよくない所で、どこもかなりの観客を集めているようで、やはり映画は復興傾向にあるのは確かなようだ。いずれにしても、何かをきっかけに新しい映画空間に触れるのはよいことだ。「チルソクの夏」上映終了後、佐々部清監督と出演者のトークショーがあった。前日の5日はキネ旬決算号の発売日、「チルソク」のベストテン入りに加え、さらに読者選出のテンでは、「チルソク」の他に「半落ち」も入選、本当に嬉しそうだった。その後「半落ち」は日本アカデミー賞の最優秀作品賞を受賞する。「日本アカデミー」の選考を冷笑する人も少なくないが、この時の佐々部監督の顔を思い浮かべると、きっと物凄く喜んだろうなと思い、暖かい気持になった。出演者のゲストはすべて男優で、華やかさに欠けたのは物足りなかったところ。ただ、小田原映画祭は第1回ということか、進行役の女性実行委員がひどく初々しい感じなのが好ましかった。この映画祭もどのように回を重ねていくのだろうか。

●「YUMENO」 鎌田義孝監督とのその後
 「映画芸術」忘年会でお会いして、アップリンク・ファクトリーの「鎌田義孝監督セレクション」にも行った鎌田監督新作「YUMENO」については、やはり触れておかなくてはいけないだろう。2月5日(土)にシネパレスにて鑑賞した。
 旧作における人間観の異様な暗さ(としか私には見えなかった)で予感できていたのだが、やっぱり私には駄目な映画だった。組織に追われたチンピラがチンケな強盗のはずみに夫妻を殺害、親に何の愛情も持てない娘との、人質とも逃避行ともつかない旅、これに父子家庭で父が自殺し、離婚した母に会いに行く将来に全く夢を持たぬ可愛げのない小学生が合流し、旅を通じて「ここじゃないどこかで……今じゃない自分になる。」と目覚めていく過程に感動もないわけじゃないが、登場人物いずれもが家族などの周囲に対する視線が何てネガティブなんだろう。だからラストの目覚めまでに、こんな回りくどい過程が必要になる。私は不毛を感じた。
 確かに、山田洋次映画の家族みたいなポジティブだけが現実じゃない。ネガティブとポジティブの中間あたりに位置しているのが実態だろう。河瀬直美の「萌の朱雀」は、家族の解体を通して「いっしょにいるのは鬱陶しい。でも一人でいるのは寂しすぎる」と語った映画だと思うが、どうせそういうものならポジティブに見たいというのが私のスタンスでだ。
 鎌田監督は、すごく誠実な人だと思った。アップリンクの上映会は期間が限られているからともかく、ロードショーのシネパレスにも来場していて、帰る観客に丁寧に挨拶していた。レイトショーの1日1回上映とはいえ大変なことである。
 誠実な人は、人や社会に対する眼が厳しくなり、物事のネガティブな面をしっかり見つめるのだろうか。何でもポジティブにしか見ない私は、脳天気の証明なのかもしれない。3本の作品はいずれも私には面白いものでなかったにせよ、鎌田監督=「YUMENO」体験は確実に私に何かを残したのである。

●次回予告
 今年からこの「映画三昧日記」と「ピンク映画カタログ」の二本立興行となったが、13号倉庫さんによると、どうもこの「映画三昧日記」のヒットがイマイチだそうだ。「ピンク映画カタログ」のヒットの方は、「ピンク日記」からの継続性・特殊ジャンルへの興味・ピンクを恒常的に語る最高齢者(多分)の珍しさetcと理由はあろうが、当人として「映画三昧日記」は真面目過ぎたかなと思わないでもない。次回は「湯布院日記」の一部記述のように、ちょっとエグいことも書いてやろうかなと思ってます。引き続きの御愛顧をお願いいたします。
平成17年1月29日(土)
 活弁修行の話芸の縁で、玉川美穂子さんの浪曲ライブに通い、その後のランチの場で、講談を勉強中の米谷四出夫さんと知り合う。今日はそのお江戸演芸スクール合同発表会にて、米谷さんの晴舞台である。場所は上野広小路亭。上野か、上野オークラは何をやってるかなとPGを調べたら、瀬々監督の昨年末に封切った新作をやっている。では、講談とピンクの梯子だなと、相変わらずとんでもないコラボレーションを予定する。
 演目は「真田幸村大阪出陣」。講談とはストーリーかと思ったら、これは真田十勇士出陣の状景を語るのみ、こういうイメージに徹した講談もあるのかと、私はひどくユニークに感じた。(単に私が不勉強なだけかもしれないが)
 社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」座長のあっち亭師匠こと長田衛さんと、一員のコント東京モンキーズのMISAKOさんも来場、鑑賞後に会食となる。日頃から、私の映画好きは両人共に御存知なので、誘導されて何か私の映画談義に終始してしまったようで、ちょっと恐縮。「これから映画行かれるんでしょ」「ええ、上野オークラでピンク3本見ます」と、解散する。これは2日後の話題に繋がるのだが、それは先の話。

●平成16年ピンク映画ベスト10
 てなことで行った上野オークラ、瀬々監督の新作は大傑作!私のベスト10を揺るがした。ベスト10については「13号倉庫」さんから、

★銀の仮面様
 「映画秘宝」のピンク映画ベスト10、ありがとうございます。いろいろとお話をお聞きすると、ピンク映画もかなり厳しくなってきているようですね。2位に森山監督が入っていて、ちょっと嬉しいです。
 周磨さんのベスト10はどうなっているのでしょうね。その辺は追々、リニューアルされる 「周磨要のピンク映画カタログ」に出てくるのでしょうか?。ご期待下さい。

というアップもあり、ここで紹介することにしたい。

1. 熟女・発情 玉しゃぶり(いまおか しんじ)
2. 団地の奥さん、同窓会に行く(サトウ トシキ)
3. 肌の隙間(瀬々 敬久)
4. 濃厚不倫 とられた女(女池 充)
5. 小説家の情事2 不倫旅行(深町 章)
6. 美肌家政婦 指責め濡らして(荒木 太郎)
7. 欲求不満な女たち〜すけべ三昧〜(池島ゆたか)
8. 義母の寝室 淫熟のよろめき(加藤 義一)
9. 人妻・OL・美少女系 悶絶アパート(深町 章)
10.痴漢電車 いい指・濡れ気分(渡邊 元嗣)

*31本からの選出。一般映画ベスト10に入れてもいいと思えるのは「熟女・発情 玉しゃぶり」。作品評については「ピンク日記」「ピンク映画カタログ」ですでにアップ済なのでそちらを見ていただくとして、補足を少々。

 末席の「いい指・濡れ気分」は、私のエキストラ出演お手盛り御祝儀もあり入選。ただ、エッチな話題を哲学的に生真面目に、あるいはあっけらかんと男言葉でポンポンと、絶妙な掛け合いを見せた「なかみつせいじ」「愛葉るび」の楽しさは、正月映画らしい明朗ピンクコメディとしてなかなかのもので、御祝儀だけではない。
 9位「人妻・OL・美少女系 悶絶アパート」は、「淫らな唇 痙攣」(田尻 裕司)と最後の最後まで迷った。私が「映画芸術」連載開始にあたって最初に見たのが、当時ベストテン入りして大好評だった田尻作品「OLの愛汁 ラブジュース」。でも、私はその直後に見たかわさきりぼん脚本デビュー作「痴漢家政婦 すけべなエプロン」(脚本タイトル 平成人魚伝説)が無ければピンクにこれ程はまらなかった。監督・深町章、脚本・かわさきりぼん、主演・御贔屓里見瑶子嬢(久し振りにこの連続7文字を出した)は、私をピンクにのめり込ませた原点である。(この黄金トリオは「淫ら姉妹 生肌いじり」「いんらん旅館 女将の濡れ姿」と続いていく)「悶絶アパート」に瑶子嬢は欠けるが、久々の深町=りぼんコンビの素敵なファンタジー、筋を通すことにした。

 一般映画のベスト10については、まだ気になる見落としがあるので確定し難く、その話題は次回ということにしたい。

●平成17年1月30日(日)
 こうして土曜日は講談とピンクで終わる。実は先週の週末も、22日(土)は家内の7回忌で、23日(日)は「蛙の会」、映画鑑賞と無縁だった。そこで、今日は買い溜めた特別鑑賞券消化に走る。シネマスクエア東急「またの日の知華」からミラノ座「オーシャンズ12」と梯子をする。そして、締めは下高井戸シネマ「月の光の下で」のレイトショー。多分私好みであろうと招待券を手に入れた人が誘ってくれた。笠原唯央監督、主演の大向恵子・高原知秀・宮下敬夫のトークショー付の豪華版。映画は原作・杉本彩が女の感性で創り上げた女性像を、監督がいみじくも「男の目でアレンジしました」と語るに落ちて、少々理屈っぽい。脚本かわさきりぼんの良さが殺されたかなという感じで残念。かわさきりぼんさんも来場していた。御主人の俳優かわさきひろゆきさんとは酒席を共にしたこともあるし、監督デビュー作「好色くノ一 愛液責め」を「映画芸術」誌に書いたことだし、一声御挨拶したらよかったかなと帰りの電車で思ったけども、後の祭りだった。

●平成17年1月31日(月)
 この日はあっち亭の師匠が席亭の、お江戸日本橋亭<むかし家今松の「柳田格之進」を聞く会>に行く。終了後は、例によっての打ち上げ。顔馴染の話芸修行中の知り合いが多数参加して、楽しく盛り上がる。当然、土曜日に会ったあっち亭の師匠は勿論、MISAKOさんもいる。「クイズ!あの別れた以降の2日間で私は何本映画を見たでしょう?」と私。(もっともピンク3本見に行ったヒントは出ちゃってるんだが)「5本!」とMISAKOさん。「6本!」とあっち亭の師匠、師匠の当たりとなった。
 あっち亭の師匠がHPを開設。「あっち亭こっち」で検索をかけたら、何と3番目に「周磨要の映画三昧日記」がリストされた。「ゴージャスな年末の3日間」の項で「あっち亭こっち一座」の名を出したからでしょうが、何だかこんな形でフィールドがラップしてくるのは嬉しいことだ。
●年始の映画初め
 今年の映画三昧は1月3日(月)の「レディ・ジョーカー」からスタートした。もっとも、これは年末に見ようと思っていたが、時間を取れなかったためのフォローであまり深い意味はない。(それにしても期待した平山秀幸の新作にしては、随分舌足らずの映画だった。未読だが、原作はきっと素晴らしいんだろうなと想像させる映画というのも珍しい)
 実質的に意識的な映画初めは1月9日(日)の「理由」、ピンク映画初めは旧作「あぶない情事獣のしたたり」「若妻 不倫の香り」の2本となった。そして、ここに至ったのは、年末の28日(火)〜30日(木)の思いがけないゴージャスな体験に端を発しているのである。

●ゴージャスな年末の3日間 その1
 話は昨年に遡る。12月28日(火)は当初の予定どおりお江戸日本橋亭の「将棋寄席」に行く。「蛙の会」で紙芝居を勉強中で、社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」では仏家シャベルの高座名を有する将棋作家・評論家の湯川博士さんが席亭である。話題の中心は中原誠名人をトークショーに引っ張り出したという快挙だ。
 満員の盛況の中、中原誠さんは名人の称号を鼻にかける偉ぶったところは微塵もなく、物凄く気さくな方だった。そして、何と!打ち上げにも参加されたのである。これだけの大物、普通は出番が終わればさっさと帰りますよね。公益事業在職中に社員研修の企画に携わっていた時、ある人から大山名人の90分の公演料は数十万とか耳にした。名人というのはその位大変なものだ。それが、3000円の会費で酒席を共にして親しく話しができるなんて、将棋者は大感激だったようだ。将棋者でない私も、凄いゴージャスな席にいるんだなあと実感した。残念ながら私は将棋者ではないので、この日の楽しさを深く堪能できたとは思えない。演し物はすべてどこかに将棋をからめているのだが、その中で出てくる棋士の名・指し手・用語に場内がビンビン反応するのである。よく解らないにしても、好きな者が一同に会しているという空間は、独特な心地良い空気がある。例えばプロレス者が集まっている会場で、レスラーのさりげない佇まい・一挙手一投足にドッと湧く心地良いムードに通じるものだろう。映画好きばかりが集まっている「映画友の会」に、一度映画評論家の木村奈保子さんが来た時、「すごくいい雰囲気ですね」と感じたのも同様だろう。何かを好きな者が一同に会している空間の雰囲気は、何とも言えずよいものだ。

●ゴージャスな年末の3日間 その2
 翌12月29日(火)は、毎年恒例「蛙の会」会員として、新宿紀伊国屋ホールでの澤登翠さんのリサイタルのお手伝いである。例年どおりマツダ映画社の半纏を羽織り、今年はプログラム売りを担当する。
 売り場で「映画友の会」の古い友人でキューピーマヨネーズ役員のSさんに声をかけられる。Sさんとは毎月の無声映画鑑賞会で顔を合わせ、終演後に酒席を共にする仲だったのだが、役員に昇格と共に広島に単身赴任となり、ここのところ縁が途切れていた。「久し振りに帰りに飲みましょう」ということになる。
 Sさんは日本を代表する脚本家の一人で無声映画鑑賞会の特別会員である石森史郎さんと知己があり、当日は石森さんも来場していた。そして、終演後のシナリオの教え子との忘年会に誘われ、私との予定を話したら、光栄にも石森さんは「蛙の会」の公演やキネ旬読者評などの私の名前を記憶に止めていただいていたようで、よかったら御一緒にとのことに相成った。いやー、本日も期せずしてゴージャスな夜になった。
 石森さんとは、最近作「理由」の話題になり、かつてない脚本の試みに力を入れたとのことであった。「理由」については、気になっていたが見ようか見まいか迷っていた映画だった。公開本数が多い最近はこの手の映画が多く、誰かが強く薦めるとかの「背中ポン」が見るきっかけになる。その旨を告げたら石森さんは、「それではここで背中ポンしましたよ」と仰り、私の必見作の1本に加わったのである。(年明けのキネ旬ベストテン発表では第6位、結果としてこれも背中ポンに繋がったではあろうが)

●ゴージャスな年末の3日間 その3
 12月30日(水)は、これも毎年恒例の「映画芸術」忘年会、荒井晴彦編集長以下、荒井さんの顔の広さを象徴するように続々とゴージャスな顔ぶれが参集する。
 そこで、鎌田義孝監督と言葉を交わす。新作「YUMENO」の公開が年明けに控えている。この映画も気になる1本だったのだが、話をしているうちに「背中ポン」に至る。さらに、公開に先立ち鎌田監督の旧作全作品(といっても98年公開のピンク2本だけだが)の上映企画があるという。私が「映画芸術」誌で「サラリーマンピンク体験記」を書かせてもらうようになり、ピンク映画を集中的に見るようになったのは2001年、当然ながら見ていない。この機会に浚うことにするかと思い立ち、かくして翌年の映画初めの目標の二つ目も定まったのであった。

●大傑作!「理由」
 1月9日(日)、実質的映画初め、新宿武蔵野館で「理由」鑑賞。これは大傑作だった。昨年の私の日本映画は、鉄壁のベスト3があった。1位「東京原発」2位「油断大敵」3位「ワイルド・フラワーズ」である。その一角が崩れた。いや、崩れたどころではなく「東京原発」とどちらをベストワンとするか、悩みに悩んだ。結局2位に落ち着いたのだが、いずれにしても鉄壁のベスト3が崩れたのは間違いない。
 誰もやろうとしなかった映画である。誰もがやろうとして、やることをあきらめた映画とも言える。映画は物事を整理して鳥瞰的に捉えるが、現実にはそんな風に捉えられる存在はいない。現実には主役も脇役もいない。生きている人間は、全員その人生の主役ともいえる。「理由」はそのことをそのとおりに描きつくした。結果として、日本の現実を鮮やかに掬い取った。いや、平面的な広がりだけではない。縦の時間軸、戦後日本の全体像まで掬い取ったのである。

●ユニークな空間 渋谷アップリンクファクトリー
 鎌田監督の旧作全作品上映会は、渋谷アップリンクファクトリーで1月10日(月)〜1月14日(金)<「YUMENO」公開記念〜鎌田義孝監督セレクション>として開催された。
 私は渋谷アップリンクファクトリーに行くのは初めてである。まずは初日の10日行くことにして、「ぴあ」で場所を確認する。「電力館」の近くらしい。とにかく「電力館」の前まで行って改めて探すかと出かける。ところが誤算だった。電力館の前で再び「ぴあ」をひろげたが、街はもう暗く老眼の眼には全く読み取り不能、通る人に聞いても殆ど存在を知らない。何人めかの若いカップルが、こっちじゃないかなとわざわざ後戻りして探してくれ、やっと辿り着くことができた。「デートのお邪魔してスミマセン」と平身低頭の私。「いえいえ、よかったですね」とにこやかに別れるカップル。最近の若い者云々とよく言うが、こんな親切な若者もいるのである。新年早々の感激だ。
 渋谷アップリンクファクトリーは、コンパクトでスクリーン横にカウンターがあり、ドリンクを出してくれるという洒落た会場。私は、10日(月)に「あぶない情事 獣のしたたり」、13日(木)に「若妻 不倫の香り」を見た。前者のゲストは主演の伊藤猛さんと撮影の小西泰正さん、後者はプロデューサーを務めたサトウトシキ監督に主演の佐々木ユメカさん・川瀬陽太さん。ドリンクは百円をプラスすればワイン・ビールなどのアルコールもOK、そしてトークショー付、千円の入場料は絶対格安である。(作品評は「周磨要のピンク映画カタログ」を参照下さい)坂本礼監督や現代映像研究会の松島政一会長も来場していて歓談をする。映芸忘年会で話させていただいた鎌田監督も私のことを覚えていてくれて声をかけられる。「毎回ありがとうございます」「いえ、若い頃フェリーニの<8 1/2>を見る前にその前の7 1/2全作品見てやろうと張り切ったのを思い出しましたよ」「私は2しかありませんけどね」そんな言葉を交わしたのであった。(フェリーニ作品は名画座やフィルムセンターを駆け回って結局「道」「カビリアの夜」「甘い生活」の3本しか見られなかった。40年前はデビュー作1/2「寄席の脚光」や未公開の「白い酋長」を見るなんて夢のまた夢だった。今はこうしたことはビデオやDVDでかなりフォローできる。いい時代になったものだ)
 いずれにしても渋谷にこんな洒落た空間があるのを鎌田監督の縁で知ったのは、素晴らしい体験である。昨年13号倉庫さんの縁で下北沢のトリウッドを知ることができたが、人の繋がりから新しい空間を知ることができるのは本当に嬉しいことだ。

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