周磨 要の 映画三昧日記 2011

●周磨 要プロフィル
映画ファン歴は、小学生の頃の東映時代劇に端を発し、現在は「無声映画からピンク映画まで古今東西邦洋を問わず、すべての映画を愛する男」になって、約50年の映画好きである。

そんなことから24時間映画三昧の日々を過ごしたいと常に念じつつ、結局お固い東京電力社員として2002年まで勤め上げ、叩き上げの下級管理職として55歳の定年退職を迎えるに至った。まあ、母子家庭の貧しさから、義務教育を終えたら自立せねばならず、中学卒業して教習手当を戴きながら学べる東電学園に入学した男の、必然の帰結と言えるだろう。

その後、関連会社に再就職して、その第二の人生を2007年の60歳で再度定年。同会社に月10日勤務の嘱託で残留、この時点ではとりあえず1日の半分の12時間映画三昧の生活になったと言えようか。そして、2年間の嘱託契約期間満了!2009年6月、ついに念願の、24時間映画三昧の日々が訪れた。

1年通しての映画三昧の2010年を終え、新たな2011年を迎える。映画好きが嵩じ、10年程前から話術研究会「蛙の会」で活弁の勉強を始め、ついに映画に手を出し口を出すことになり、年に一度の公演は私の人生の柱の一つである。また、「無声映画鑑賞会」での配布を中心に発行している「蛙の会」の機関誌「話芸あれこれ」の編集発行は、A4で4頁を基本としたささやかなものだが、これも私の活動としてはかなりの比重を占める。

そして、昨年「人妻教師 レイプ揉みしごく」「奴隷船」の二本で、出演者としてクレジットされ、ついに映画に顔を出すまでに至ってしまった。今年も、清水大敬組の私の出演作「愛人OL えぐり折檻」(大敬監督は「周磨ッ波」という粋な芸名を命名してくれました)、そしてSPECIAL THANKSのクレジットが予定されている池島ゆたか監督作品「その男エロにつき アデュー〜!久保新二物語」(DVD発売がベースだが、ユーロスペースにて劇場公開もあり)の昨年撮影済みの二本が、今年の公開を控えている。

その他、この「ぼくら新聞・13号倉庫」HPの各種コーナー、映画検定1級合格者対象「映画検定外伝〜映検1級合格者による映画のススメ〜」の活動もしていきたいと思います。
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映画三昧日記2011年−5 (この稿はぼくら新聞+13号倉庫の判断で、ピン映画カタログより移動掲載しました)

2011年10月7日(金)に、私にいろいろ縁のある関係で、初号試写を観せていただいた2作品が公開される。「女真剣師 色仕掛け乱れ指」と「女囚701号さそり 外伝」だ。初号試写鑑賞直後の感想を以下に紹介いたします。

2011年7月11日(月) 東映ラボ・テック
「女真剣師 色仕掛け乱れ指」 2011年公開
監督・脚本・田中康文  主演・管野しずか,佐々木基子

私がエキストラ参加した一編で、一応は関係者ということで初号試写を観せていただいた。

将棋の真剣士の話である。真剣師というのは裏社会の賭将棋専門の棋士のことだ。棋士として真に強いのはこの真剣士であり、表社会の将棋名人などは到底及ばないとの、都市伝説もある。真偽の程は定かでないが、真剣士の映画では「王手」という阪本順治監督の快作もあった。

エキストラの参加場所は阿佐ヶ谷のロフトA、そこを賭将棋のカジノに見立て、エキストラの面々はその観戦者(もちろん賭の参加者)である。この日のロケの特徴は、録音部隊のスタッフが繰り込んできたことだ。通常のピンク映画は、同録はせずアフレコであるが、この日のエキストラ連は、声の出演もしたのである。もちろん、カメラが回っている時は、回転音が大きいので録音はできない。音は別録りという形をとった。

声はガヤが中心で、賭将棋の行く末に一喜一憂して、ガヤガヤするのである。通常は、この手のモブシーンのアフレコは、アフレコにまでエキストラ参加を頼むのは困難なので、出演者に加えて助監督以下のスタッフを総動員して、実施することが多い。しかし、今回のように20名になんなんとするエキストラ群では、その手法に限界を感じたのだろう。私はそこに田中康文監督のこだわりを感じた。

エキストラの声録りも、単にガヤだけではない。「これは危ないかな」「彼はこれからだよ」とか言った意味の、対局観戦しながらのつぶやきも、何人かに与えられた。それに合わせて、アップも撮る。エキストラといっても、いつもの軽い
乗りとは、かなり趣きがちがう。

役割人選の時に、監督と二言三言を交わしたら、監督から「芝居の経験とかありますか」と聞かれ、「活弁の勉強してます」と答えたら、「カジノの司会の声をお願いします」となった。活弁で鍛えた活舌に注目してくれたようだ。嬉しき限りではある。もっとも、この司会者はスクリーンには出ない。スクリーン上の私は、あくまでも賭けに参加している観戦者である。

司会者の声といっても、そんな大袈裟なものではない。一言である。ヒロインの女真剣士・管野しずかが勝利を納めた時の、「勝者 真希」というコールだけだ。「リングアナ調にやって下さい」との監督の要請で、まずは「勝〜者〜、真〜希〜」とやった。その後はもう一つのバージョンで、メリハリを効かせた形で「勝者!真希!」とやった。「念のため組み合わせても録りましょう」との、さらなる監督の要請で、「勝〜者〜、真希!」「勝者!真〜希〜」の4バージョンを再録した。しかし、私のコールに続いて、エキストラの歓喜や失望のガヤが続くのは、ちょっと主役の気分でいい気持だった。

初号試写で確認したら、「勝〜者〜、真希!」のバージョンが採用されていた。ロフトAのシーンはまず冒頭に登場し、管野しずか勝利の直後に、私のコールが響く。それに合わせて「女真剣師 色仕掛け乱れ指」のメインタイトルが、バーンと出る。要はメインタイトルのジャー〜ンというバック音楽に匹敵する重要な位置付けである。これには我ながらちょっといい気分だった。監督のセンスに、感謝!感謝!!である。

そして、このコールは中盤にも再度使われていた。後で詳述するが、この映画は女真剣士の百人斬りの話であり、98人目から100人までを描いたものだが、その98人目撃破の場が、やはりロフトAで、そこにも使われたわけである。

カジノの客としても、しっかり映っておりました。あらかじめそれぞれが賭けている真剣士を決めておき、それに合わせてリアクションするのだが、私は管野しずかの相手方に賭けておりガックリする役回り。一応自分ととしては、百万円突っ込んでパーになったとの役創りで、対局が白熱してくると興奮のあまり立ちあがったりとかの芝居を熱演(?)した。

ほとんど後ろ向きなので、つむじの薄さあたりで見る人が見れば私と判る程度ではあるが、ワンカットだけアップもあった。こんなアングルから撮られているとは意識していなかったのでちょっと驚いたが、結構百万円が懸っている緊張感は出ていたと思う。ホントに真面目に演っていてよかった。

さてエキストラ談義はこのへんにして、内容に入っていこう。この映画の成功因は、何といっても女流真剣士という題材を、ピンク映画的に取り上げたところだろう。基本的に男世界の中の紅一点、こういうものは女の色気を際立たせる。藤純子の「緋牡丹博徒」然り、江波杏子の「女賭博師」然りである。男社会の中に封印した女の世界は、男にとり女の色気を妄想の域にまで拡大する。そして、今回はピンク映画である。ヌードも濡れ場もしっかりある。

そして、作品の成功を決定的にしたのは、主人公のヒロイン管野しずかの起用だろう。和服が決まったキリリとした佇まいは絶品である。藤純子や江波杏子に通底するストイックな美しさがある。これが、いつでも平気で脱ぐようなふしだらムードの女優では、全く成立しなくなる。管野しずかは、今年の有力な新人賞候補の一人だろう。

管野しずかは孤児で施設にいたが、幼い頃に真剣士名人の牧村耕次に、祖父と孫ともいってよい年齢差だが、養女として引き取られる。彼は幼い頃から彼女に、真剣士の技を教え込む。長考に入ると隣に座り、スキンシップで励ます。しかし、成長するにつれて管野しずかは、それはセクハラ行為に近いものだと気付き始める。

長考に入った管野しずかに対し、牧村耕次は彼女のブラカップを引き下げ乳房や乳首を愛撫し、スカートの中に手を入れてスキャンティー越しに股間に刺激を加える。それは、次の一手を指すまで、果てしなく続けられる。彼女は、性的刺激に耐えながら、次の手を考え悶え苦しむ。これは、我々のSMチックな加虐心を大いにそそり、エロチックな見せ場となっている。

彼女は、そうした拷問のような責めを通じて、次の一手が閃く術を身につけていく。それは、定石を越えた悪手の数々なのだが、その意表をついた指し手で、次第に真剣士として腕をあげていく。

しかし、裏社会の真剣士である。負ければ対局した男に体を奪われるというのが定石の世界だ。管野しずかは、その中の性的刺激の中で、局面を反芻し、負けに至った指し手を深く頭に(いや体に)刻み込む。将棋者のファンの目にはどう映るかは定かでないが、何とも巧みに将棋と濡れ場をドッキングさせた仕掛けに感嘆する。

田中康文監督は、デビュー作「裸の三姉妹 淫交」に続いての自作脚本作品だ。カッチリと構成されたドラマを書く人だ。ただ、難点はドラマがきちんと出来ているだけに、濡れ場はピンクだから無理に押し込んでいる感が強く、濡れ場がドラマの流れを寸断するのである。その意味からは、今回は将棋と濡れ場を巧みにドッキングさせた仕掛けが見事だった。

こうして管野しずかは、真剣士としてトップに近い地位にまで腕を上げていく。そんな中で、養父の牧村耕次が他界する。その時、牧村耕次のライバルで、東の真剣士のトップに立った池島ゆたかから、牧村耕次が多額の借金を残したことを、管野しずかに告げられる。

真剣士を演じた池島ゆたかは、ヤクザの親分でもあり、目に隈取りメークをして、大いに凄んでみせる。昔懐かし日活アクション映画の悪徳ボスの安部徹を思い出させる熱演であり、ややユーモラスな感じのあるところは金子信雄も彷彿させて好演だ。ご本人もさり気なく、ピンク大賞の男優賞獲得を、mixiの日記で宣言していた。可能性は大いにありだろう。このような形で、男優賞の「なかみつせいじ」王国に、楔を打つことも意義のあることだ。

逐一これから紹介していくが、この映画はワキのキャラも悉く立っているのが素晴しい。ここでは、まず池島親分の妻の姐さんの佐々木基子を紹介しておこう。彼女は表の棋界では女流名人間違いなしのポジションにいたのだが、池島ゆたかと結婚したために裏社会の真剣士になった。いまでも既存将棋界への未練はある。匿名でネット対局を申し入れた女流棋士を撃破し、その指し手から相手が女流名人であることを悟って、悦に入ったりもする深みのある役だ。

ピンク映画だから、そこから濡れ場に連動する。いい気持ちのまま、夫の池島ゆたかに迫り、その延長で激しく早くイッてしまう。「オイオイ、俺まだイッてないよ」「大丈夫よ」、そんな夫婦のやりとりの後に、第二ラウンドに臨む。ベテラン二人の達者な掛け合いが、何ともかんとも楽しい。

話をメインストーリーにもどす。生前、牧村耕次についに勝てなかった池島ゆたかは、養女で弟子の管野しずかに、借金棒引きの条件で対局を申し出る。そして、管野しずかは敗れる。裏社会のしきたりなら、管野しずかは池島ゆたかに身をまかせても仕方のないところだ。しかし、池島ゆたかは、楽しみは先にとっておくつもりか、再び条件を提示する。裏社会の真剣士99人を撃破したならば、再び100人目として自分が対局に立とうともちかけるのである。かくして、管野しずかは100人斬りに挑戦する。

冒頭のタイトル前の対局は、管野しずかの100人斬りへのプロローグであったのだ。そして、勝ち星を着々と重ねて、98人目に「なかみつせいじ」を迎え討つ。彼は、かつての表社会の名人であり、裏社会の真剣士に転向してきた強者だ。何をやっても上手い「なかみつせいじ」だが、今回は端正なマスクが、表社会から流れてきた真剣士として、ドンピシャの適役だった。

管野しずかの対局は、相手とのSEXをイメージし、その性的興奮の中で奇手を閃かせ、指していく。当然、妄想シーンとして、対局相手との激しい濡れ場がインサートされる。勝負の行く末の興味と、濡れ場のビジュアルが激しくカットバックされる。田中康文脚本、ホントにピンク的な上手い手を考えたものだ。

98人目の「なかみつせいじ」を撃破。99人目は池島ゆたか夫人で、表社会の女流名人の上をいく佐々木基子だ。しかし、ここでもう一つの閑話休題を入れるのが、この映画の妙である。

98人目の「なかみつせいじ」を退け、勝者として対局の場から去る管野しずかに(ここで、私の「勝〜者〜、真希!」の2度目のコールの登場である)、山口真里が突如斬りつける。寸前で管野しずかを救ったのは、那波隆史だった。山口真里は、ボディガードのやくざ達に引き据えられ、連れ去られる。

私も、この撮影シーンにエキストラとして参加していたが、この時の那波隆史は、本当にさっそうとカッコいいダンディーだった。撮影もこのシーン撮影直前に現れ、このシーンが終了したら「お疲れ!」となり、みんなににこやかに挨拶して、颯爽として去って行った。

カッコいいのも当然で、この男は、裏社会の真剣士、東の池島ゆたか名人と覇を競っている西の真剣士名人だったのだ。那波隆史は、菅野しずかを救った後、「隙がある!」との言葉を残して去っていく。ホントにカッコイイ。管野しずかが彼の下を訪れると、「遊びで一局やりませんか」と誘われ、完膚なきまでの敗戦になる。那波隆史の西の名人は、100人目の池島ゆたかとの対局の前に、再び効果的な登場をする。本当にこの映画のドラマ構築は巧みだ。

99人目の対局は、池島ゆたか夫人の佐々木基子である。表社会の女流名人にもネット対局で勝利した猛者だ。この対局の演出も、実にきめ細かい配慮がされている。対局に臨んで佐々木基子は和服だが、菅野しずかは洋装だ。これはかなり演出で計算したところだろう。大ベテランで荒木太郎監督に「ピンク界の杉村春子」と形容された佐々木基子(本人は大照れだったが)だけに、貫録十分・和服の着こなしもビシっと決まっている。これに並んだら、若いわりには和服が決まっている管野しずかといっても、いかにも分が悪い。このあたりの演出の気配りも見事である。

99人目の対局は女同士である。例によって管野しずかは、対局者への性的イメージで興奮し、奇手・名手を思い浮かべていく。かくして画面は緊迫した将棋対局と、管野しずかと佐々木基子のレズシーンのカットバックとなる。エロチックエンタテインメントとして、実に巧みな創りだ。

とうとう100人目の池島ゆたかとの再戦に、管野しずかは到達した。しかし、ここで一気にクライマックスに行かず、二つのサブエピソードを挟んで、最終決戦の興味を持続させていく田中康文監督自身の脚本によるドラマ構成は、本当に見事だ。

一つは98人目の対局勝利の後、管野しずかに斬りつけヤクザ組織に拉致された山口真里のエピソードである。彼女は池島ゆたか親分の下に監禁され、罰として凌辱の限りを受けていた。

山口真里の愛人も真剣士であった。しかし、管野しずかに敗れて男は没落する。それを恨んでの管野しずかへの狼藉だったのだ。管野しずかは、彼女を解放するように懇願する。解放すればまた襲われるかもしれないが、それでもよいとする女っぷりの良さがここで際立つ。

続いて、なすすべなく敗れた西の真剣士名人の那波隆史の下を、管野しずかは再度訪れ、自分を抱いてくれと申し出る。そこには、「遊びで一局」との誘いに乗り、完敗したことへのケジメがあった。あっけにとられる那波隆史の胸に飛び込み、激しいSEXを展開する。那波隆史が目覚めたら、管野しずかはもう部屋を後にしており、前回の対局の敗因の手が、メモとして残されていた。ベッドを共にすることで、初めて解ったのだ。「東の人も恐いわ」とポツリと呟く那波隆史のダイアローグも洒落ている。

このように、この映画はメインストーリー意外のサブエピソードも、十分にキャラが立っているのが素晴しい。管野しずかは、アルバイトで町の将棋教室で指導講師をしているのだが、その美貌が目当ての中年常連客を荒木太郎監督が俳優としてカメオ出演し、飄々としたいい味を出す。

それ以上に驚いたのはエキストラのS女史の活躍ぶりだった。S女史は、ボランティア・エキストラ団体に登録しているとかで、私もこれまでの撮影で何度がいっしょになっている。今回の私のエキストラの口も、彼女からの紹介である。ピンクに限らず、多彩に映画やTVでエキストラとして活躍しているそうだ。今回はエキストラを大きく越えて、何と荒木太郎の奥さん役で、将棋教室で油を売っている夫に、「また、こんな所でさぼって!」と、箒を振り上げ夫を追い回す熱演ぶりだった。もちろんアフレコにも参加しているとのことだ。

大車輪のS女史だったが、今回のクレジットはspecial thanksで一括して、「将棋観戦の方々」だった。出演時間は短いが、S女史は単独クレジットされてもよかったんじゃないのかなあ。まあ、そう言いたいくらい、今回はワキのキャラも、みんな立っていたということである。

いよいよ、100人目の対局に向け、静かに川岸を歩む管野しずか、殴り込みに臨む藤純子の趣きである。和服姿がキリリと決まっている。…が、そのカットを思い入れタップリにせず、短時間でサッと切りあげたのも演出の妙であろう。やはり若い菅野しずかでは、長時間の和服の歩きのフルショットは、厳しいところがあると思う。

ここまで盛り上げてきた果ての、100人目の対局であるから、盛り上がるだけ盛り上がる。しかも、管野しずかの相手役は、俳優としても大ベテランの池島ゆたか監督である。対局の緊迫感にカットバックされる管野しずかが妄想する幻想の肉弾戦は、圧倒的な迫力である。クライマックスとして申し分ない仕上がりになっていた。

将棋好きの将棋者にとっては、この映画はやり過ぎだと思うかもしれない。しかし、私は将棋を題材にしたエロチックエンタテインメントとして、十分に堪能した。


2011年9月16日(金) 東映ラボ・テック
「女囚701号さそり 外伝」 2011年公開
監督・脚本・藤原健一  主演・明日花キララ,里見瑤子


この映画に俳優として出演した清水大敬監督のご好意で、初号試写を観せていただいた。清水監督からは、藤原健一監督には話を通してあると伺ったが、私は面識もないせいもあり、挨拶をする機会を失った。改めて、ここで監督にも感謝を述べたいと思います。(といって、これからの評は辛口になってしまうのですが…)

まず、これを「ピンク映画」といっていいのだろうか、との疑問が出る。昨今の新東宝作品は「ピンク映画」というよりは、作品の良し悪しは別にしても、「Vシネ大作」といった感じが強い。最近の「阿部定〜最後の七日間」もそうだが、PGのリストに載っていて、ピンク映画館で封切られるからピンク映画扱いされているが、これはどうみてもVシネ発売前のショーウインドウとしての、映画館お披露目に近いような感じがする。

「女囚701号さそり」の「外伝」となっている。原作は堂々と篠原とおるの名が掲げられている。内容は「外伝」も何も、かつて梶芽衣子主演の東映ヒットシリーズ「さそり」の、まんまリメークである。エッチシーンもないではないが、それは題材的に必然的に付随してくるもので、エロをはっきりと前面に押し出してのエンタテインメント志向には乏しい。ピンク映画界ベテランの域に達した里見瑤子が出演していながら、脱ぎも濡れ場もないのである。

そして、まんま「さそり」をリメークしたならば、すでに梶芽衣子版という堂々たる先達があるのだから、これは端から負け戦にしかならないのも確実だ。

最近の悪しき映画の傾向だが、製作費の乏しいせいもあろうが、とにかくストーリーはあるが「描写」の無い映画が多すぎる。例えば2年程前に「TAJOMARU」という映画があった。権勢を意のままにするお館様を萩原健一が演じるのだが、それをすべて眼をひん剥いたショーケンの演技で「説明」するだけなのである。往年の東映映画ならば、お館様が屋敷に登場するに先立って、道路を埋め尽くす大行列を見せ、その権威の程を「描写」で感じさせたものである。今回の「女囚701号さそり 外伝」は、ことごとくそんな悪しき例に溢れていた。

平成の「さそり」として藤原健一監督(脚本も)は、多くの工夫を凝らしているのは認める。例えばさそりを女囚に落し込む悪役の存在である。一人は小泉新次郎を思わせる二世議員、もう一人は堀江貴文を彷彿させる若きIT社長だ。こういう現代の寵児を悪役に仕立てる仕掛けは、大いに結構である。

ところが、ここでもストーリーがあって「描写」がない。だから、悪党二人が時代の寵児であることは、台詞で説明されるだけで、どうみったってチンピラ二人組のしけた陰謀にしか見えてこないのだ。例えば、二世代議士が支持者に囲まれて愛想よくしているシーンの後に、一転、近い身内だけになったら突然傲慢になるとかの「描写」を、ちょっと挿入するだけで、画面の厚みは全く変わってくるのと思うのにである。

この二世代議士に全く頭があがらず、スキャンダルを握っている女囚さそりこと松島ナミを、闇から闇に葬ろうと片棒をかつぐ刑務所長が清水大敬だ。根は小心者で、普通のお父さんでもあろうが、脅しに屈して狡猾になり、かなり悪どいことにも手を染める。でも、そのあたりは俳優としてのベテラン清水大敬の演技力に頼っているだけで、脅されているネタは何なのか、職場を離れれば小心なお父さんに過ぎないんじゃないかと感じさせる映画としての「描写」は全くないのだ。

ナミをいたぶる定番の同房の女囚、これが里見瑤子・倖田李梨というピンク映画界のゴールデンコンビだ。でも、これも「描写」がないから全く活きてこない。里見瑤子は本人と判らぬ程の凝ったメークで兇暴に荒れ狂ってみせる。女版の戸塚ヨットスクール校長だったようで、生徒を死なせて刑に服しているとのことだ。その世間に対する逆恨みが、松島ナミに対する暴力へと炸裂する。これはこれでなかなかの見物なのだが、肝心の入所前の傷ついた思いの「描写」がないから、里見瑤子の熱演だけが「説明的」に空転する。

このあたりが、東映「女囚さそり 第41雑居房」と水を空けられてしまうところなのである。「第41雑居房」の映画の白石加代子の兇暴さは、我が子を心ならずも失った入所前の怨念が、はっきり「描写」されていたからこそ強烈なのだ。熱演ということに関しては、里見瑤子は白石加代子に決して引けをとっているとも思えないが、それをフォローする「描写」のあるなしで、決定的な差が出てしまうのだ。

今、最も乗っている倖田李梨なんて、実にもったいない使い方をされている。何が何でも早く出所したいと、清水大敬所長におべっかを使い、性の奉仕までするピンク女優ならではの役どころなのだが、その「早く出所したい」という気持が台詞の中の説明に過ぎず、「描写」がゼロだから、ここでも倖田李梨の演技は単なる「説明」で空転する。

冒頭、画面が暗いこと、それは作者の意図であることが、タイトルで紹介される。確かに全体的に画面が暗い。陰影の濃い画面の効果を狙ってのことであろうし、Vシネ(多分フィルムではないと思う)としてはかなり頑張って味わいのある画面を創っている。しかし、それが面白いかといえば、そうでもない。凝ったメークのせいもあるが、登場後にしばらく里見瑤子と判別できなかったあたり、かえって逆効果ではなかったか。

二世議員や野心家のIT社長といった現代の寵児を悪役としたことは、平成版「さそり」としての工夫だと思うし、全体的に藤原健一監督(脚本も)が、多くの工夫を凝らしていることは認める。しかし、すべては「ストーリーあって描写なし」の、最近の悪しき映画の風潮の中に流されてしまった。別に「描写」なんてなくても「ストーリー」の進展には関係ない。しかし、その有無が、映画の「厚み」に通じるものだと思う。別にこれは「女囚701号さそり 外伝」だけの問題点ではない。最近の映画にこの手のものが多すぎる。やはり、撮影所システム健在なりし頃は製作費が潤沢で、「描写」にも力を注げたということなのだろうか。

「阿部定〜最後の七日間」の時もそうだったが、今回も自分で読み返してみると、とても「ピンク映画カタログ」的一文とは思われない。「ピンク映画カタログ」的になりえない映画って、やっぱり「ピンク映画」とちがうんじゃないんだろうか。
映画三昧日記2011年−4

前回の「映画三昧日記2011年−3」の最後に、『「映画三昧日記」を再開する気力はいつ出てくるのだろうか』と記した。本格的なものは、まだ気力が湧いてこない。1000年に1回の大震災の前にあって、私の技術文明に対する考え方、私の仕事に携わってきた人生そのものの価値観を、根底的に覆されたのだから、簡単に立ち直れるものではない。

3・11以降も、大きく触発される映画に、何本も出会った。ほとんどはドキュメンタリーである。こんな事が起こると、いかにフィクションというものが無力になるのかを、痛感させられた。しかし、精神がまだ不安定の今、語るのは差し控えたいと思う。無用に自虐的になったり、逆に世間に対して必要以上に攻撃的・多罰的な方向に、暴走しそうな気がするからである。

ということで、再開は些細な小ネタの羅列ということで、幕を開けたいと思います。

平成23年7月9日(土) 国立劇場の「義経千本桜」
「映画友の会」の実行委員の一人のMさんは、高校の社会科の教師である。7月に国立劇場で「歌舞伎鑑賞教室」が開催されたが、その関係のチケットが入手しやすいとのことであった。その呼び掛けに応じて、7月9日(土)にMさん夫妻を含め10名になんなんとする多数の「映画友の会」会員が、国立劇場に参集した。演し物は「義経千本桜」の内の「渡海屋(とかいや)の場」「大物浦(だいもつのうら)の場」である。平知盛を演じるのは尾上松録というなかなか魅力的な演目だ。

それにしても二桁の人数の参集というのは多かった。私が若き日の、淀川長治さん健在だった頃の「映画友の会」で、淀川さんは「映画だけ観ていては駄目です。優れた芸術をどんどん観ましょう」と、歌舞伎や文楽の観劇を推奨した。会員の方でも歌舞伎観賞会を自発的に計画し、私も参加したこともあった。「映画友の会」の伝統、いまだ衰えずといったところである。

私は歌舞伎にはあまり造詣が深くない。でも、何となく碇をかついで大見得を切る平知盛の図、いわゆる「碇知盛」については、どこかで眼にしたことがある程度である。だからこの日に「大物浦の場」を見るまでは、てっきり壇ノ浦合戦の話だと、勝手に思っていた。恥ずかしき無知の限りである。そんな中で、今回の歌舞伎の舞台に接してみて、初めて「碇知盛」とは、こんなユニークな物語だったのかと得心した。それだけで、この番外「映画友の会」は、大いなる価値が私としてはあった。

「義経千本桜」においては、平知盛は壇ノ浦の合戦で、戦死しなかったことになっている。あろうことか、入水したはずの安徳帝まで生きている。知盛は安徳亭をかくまいながら、虎視眈々と挙兵の機を狙い、宿敵の義経に対するリベンジを画策している。オイオイ、本当かよ、といったお話だ。SF作家も真っ青の、パラレルワールドか疑似イベントものか、といった感じである。

平知盛は、ご存じの場面のとおり、大見得を切った後で碇と共に、海中に身を投じ結局は果てるので、歴史は変わることはない。しかし、生き残った安徳帝を、知盛は義経に託すのである。ちょっと〜、これじゃ歴史が変わっちゃうんじゃないの、とSF者としてはやや心配になってくる。それにしても歌舞伎の舞台で、知盛の大見得を演ずるは尾上松録、私はこういう大仰なリズム感は好きだ。

歴史改変の取り越し苦労については、鑑賞後に国立劇場伝統芸能情報館に入って解消した。この情報館は入場無料という結構な施設である。(税金を払ってるから当然だ、との嫌味は言うまい)そこの企画展示として「義経千本桜の世界」が開催されていたのだ。

「義経千本桜」は全12段、今回鑑賞した「渡海屋の場」「大物浦の場」は、3〜4段ということである。安徳帝については、最終段の「河連法眼館(かわつらほうげんやかた)奥庭の場」で、義経は吉野山において安徳帝を出家させ、義経は奥州へ、安徳帝は大原へと、別離の旅に出立することになっているそうだ。そりゃそうだよねえ。この後、奥州で義経一行は、兄の頼朝に討たれることになるのだから、一行の中に安徳帝がいたならば、豊田有恒のSFに登場するタイムパトロールのヴィンス・エベレットもびっくりの状態になってしまう。

でも、歌舞伎というのは、このように自由奔放に観客の反応を見ながら、展開させていったものかもしれない。比較対照にしたら歌舞伎ファンは怒るかもしれないが、案外、子供の反応を取り入れて、継ぎ足し継ぎ足しで話を強引に展開していく街頭紙芝居に近い世界なのかもしれないと思った。

「義経千本桜」というと、よく「狐忠信」という名を聞くのだが、実は私も名が浮かぶ程度で、実際どんなものかはサッパリ知らない。今回の情報館の展示で、そのストーリーの概要を知った。狐の化身が義経とからむ何とも凄いファンタジーである。そして、これを縫いぐるみを活用して舞台上に展開するということは、SFXの元祖というべきところだ。ああ、こんな風に奇想天外の世界を知るにつけ、だんだんと歌舞伎にハマっていく人が多いのかなあと、ふと私は感じた。

今回、歌舞伎鑑賞教室という名目の公演で鑑賞したのも、実に良かったと思う。館内の多くを高校生が占め、演目の開演に先立って尾上松也が「歌舞伎のみかた」をレクチャーした。高校生に視点を下げているので、説明は懇切丁寧でありがたかった。いや、「視点を下げて」なんて表現はふさわしくない。我々のようなほとんど歌舞伎ビギナーは、ここまで噛み砕いてもらわなければ、なかなか理解は難しいだろう。また、今回だけの特別な試みかどうかは定かでないが、ステージ脇のプロジェクタに、長唄の文言が謳いと同時に表示されるのも、実に有難かった。長唄の言葉は、なかなか聞き取れるものではない。

開演は10時30分、終演は13時前なので、そのまま解散する「映画友の会」の面々ではない。中華料理屋でランチを摂りながら、暑い季節柄で生ビールもグイグイ開けて歓談する。意外だったのは私以外の者は、「碇知盛」というのを小耳にはさんだこともないそうだ。年代的には、私より10〜20歳程下の人達である。こういう「御存じ」の言葉などを耳にしているのは、我々団塊の世代あたりが、最後なのかもしれない。

歓談で話題になったが、源義経というのは意外と映画化されていない。全員が映画化作品を思い浮かべられなかった。TVドラマでは結構盛んで、特に有名なのは尾上菊之助(現・菊五郎)と藤純子(現・富司純子)の縁結びの神となったNHK大河ドラマ「源義経」が著名である。映画化が少ないあたりも、映画ファン仲間では、義経が「御存じ」にならないことと関係するのかもしれない。

「義経千本桜」の話題は続く。「渡海屋の場」は、平知盛と典侍の局と安徳帝の三人が父母と娘を装い、船問屋の渡海屋を開いているところから始まる。そこに、頼朝に追われて落ちのびて来た義経一行が宿をとる。知盛は、天候がよいからと出航の誘いをかけ、義経一行を送り出す。そして軍勢を立て直し軍船を組織して、大物浦にて義経軍を迎え討つ。こうして舞台は「大物浦の場」へと続いていく。

これは、現代の感覚ではひどくおかしい。義経が自分の宿に泊まっており、義経は宿の主人が知盛であることを知らないのだから、いつでも寝首を掻くことができたはずだ。歓談の中で、B氏からそんな疑義が呈される。しかし、この時代の価値観では、闇討ちは多分リベンジにはならないのだろう。正々堂々と名乗りを挙げて、戦って勝つというのでなければ、リベンジに値しないということだ。ま、歓談の中では、そんな落とし所になった。

●うれしや、「コクリコ坂から」試写状のプレゼント
歌舞伎鑑賞会の開幕に先立って、「映画友の会」のS女史から嬉しいプレゼントが呈示される。本日9日(土)、東商ホールにて6時30分開映の「コクリコ坂から」の試写状である。S女史は都合が悪いので、二人まで行けるとのことだ。毎日が夏休みの定年退職・年金生活者の私としては、即座に立候補する。ところが、映画ファン集団の「映画友の会」が10人も集まっているのに、もう一人がいない。

皆さん大変ご多用中のようで、「行きたいけど、行くと今日一日つぶれちゃうのはキツい」とか、「明日は朝早く出なければならないから、今日遅くなるのは厳しい」とかで、結局私一人となった。口の悪い奴には、「単に周磨とそんなに何度も、つきあいたくないだけだよ」と言われそうだが、この後の展開で、決してそうでないことは立証!いたします。

生ビール付きのランチをゆっくり摂っても時刻は14時過ぎ、「映画友の会」のW氏と連れだって、前述の「伝統情報芸能館」をゆっくり観る。それでも15時前には観終わって、W氏とは第三土曜日の「映画友の会」での再会を約して別れる。

さて、どうするか。映画ファンたる者、折角もう一人観られるのにキャンセルするのは、何とも勿体なく慙愧の念に駆られる。そこで、今日の今日だからダメ元かもしれないが、本日来なかった「映画友の会」の友人F女史に電話を入れてみる。「行きます!行きます!」という嬉しいご返事である。試写状の相方が見つかって無駄にならずに済む。映画ファンの私としては、もっともホッとする瞬間である。

●平成23年7月10日(日)を中心に公園談義
国立劇場の半蔵門から、東商ホールの銀座まで移動する。開場時間の6時まではまだ2時間以上ある。ただし、最近の私はこうした空き時間を読書にあてているので、全く困ることはない。通勤電車の時間を読書時間に当てていた私にとって、通勤時間の無い年金生活者になった今は、とにかくどんどん読みたいものが溜まっていく。こういう空き時間は、これはこれで貴重なのだ。

以前は、こうした読書の場は、比較的安いセルフサービスのコーヒーショップにしていたのだが、最近は別に飲みたくもないコーヒーに出費する必要もないような気がしてきた。適当な公園などの涼しい木陰で、読書をすることにしている。東商ホールの近くには日比谷公園がある。日本庭園が見晴らせるベンチで、ゆっくり読書を楽しんだのであった。この季節、日暮れが遅いのも、大いによろしい。

ついでに、翌日10日(日)のこともちょっと紹介したい。この日は14時から梅が丘プチルピリエの「SATOMIトークショー」を予約した。例によっての都区内に出る時の交通費有効活用ということでで、それに先立ち新宿バルト9のモーニングショー「東京公園」を見てから、回ることにする。しかし、これだとやはり2時間程度の空白は生じる。

梅が丘に降りて、しばし周辺を散策する。こういう空き時間の散策は、意外な場所を発見することが多い。今回は近くにかなり広い梅林公園を発見する。夏のこの時期ではどうってことないが、梅の開花季節なら、さぞ壮観だろうと思われる。なるほど、これが「梅が丘」の所以なのか。

プチルピリエは「オカシネマの怪人」こと「かわさきひろゆき」さんの活動拠点であり、SATOMI(里見瑤子)さんのイベントも、ここが多い。近いところでは8月末〜9月始めに「聖霊夜曲」の公演がある。今後、何度も梅が丘に通う機会は多いと思う。梅の季節には、是非時間を作って梅林も堪能することにしよう。

10日(日)の残った空き時間は、やはり梅が丘の近くの、遊歩道公園の休憩所で読書して過ごした。木陰はまずまずだが、かなりの炎天であったので、近くのスーパーで発泡酒缶と100円程度のスナック菓子を調達してのくつろぎである。トータルしても、下手なコーヒーショップよりも出費にならない。春から秋の陽気のよい日の読書時間は、今後最寄の適当な公園で潰すことにしよう。

こんな日に先立って観た映画が、「東京公園」というのは、グッドタイミングだった。青山真治の映画は、「EUREKA」での、人の生きてきた過去に対するあまりにも構え過ぎた思いが、どうにも私には馴染めなかったのだが、その続編である「サッド ヴァケイション」では、肩の力が抜けて、淡々たる日常と時間の流れに愛おしさを感じさせる創りになり、好感を持った。「サッド ヴァケイション」は、「Helpless」「EUREKA」に続く三部作の最終章だが、私は残念ながら「Helpless」は未見である。今年の湯布院映画祭では「Helpless」上映が予定されているので、これは楽しみの一つだ。

「東京公園」では、都内の大きめの公園が、転々とロケされる。名所旧跡のような景観ではないが、それなりに風情もある。非日常と日常の狭間にあるくつろぎの場所と言えようか。そんな公園描写が、淡々たる日常と時間の流れに愛おしさを感じるこの映画に、よくマッチしていたと思う。

●再び平成23年7月9日(土)にもどって 「コクリコ坂から」試写
「コクリコ坂から」からは、そんなにひどくない。いや、だからといって、積極的に良いと持ち上げる気もない。可もなく不可もなし、といったところである。こんな言い方をしてしまうのは、何といっても宮崎吾朗監督のデビュー作「ゲド戦記」の印象があるからだ。これはいただけなかった。ファンタジーのはずが、イマジネーションの拡がりに全く乏しい。こんな人を監督に起用したスタジオジブリ総帥の宮崎駿は、親馬鹿としか思えなかった。

「ゲド戦記」の不出来は、単にそれだけに止まるだけのものではないと思う。原作はファンタジー小説の偉才、アーシュラ・K・ル=グウィンで、世界中からの映画化のオファーを断り続けてきた。そして、やっとスタジオジブリ製作のアニメならばと快諾したのである。ル=グウィンとしてみたら、映画に大いなる期待を抱いたと思う。しかも、監督はあのミスター宮崎である。ところが宮崎は宮崎でも、宮崎違い。しかも出来栄えは見てのとおりの惨憺たるもの。ル=グウィンは何もコメントしていないが、これは国際的大ペテンという事態ではないだろうか。

東京スポーツでは、「コクリコ坂から」の初号試写において、父の宮崎駿が息子の吾朗に徹底的にダメ出しを出して、激怒したと報じられた。あまりの剣幕に声の出演の長澤まさみまで、自分も怒られるのではないかと、すくみあがったそうだ。まあ、根は温厚な宮崎駿であり、激怒は息子相手の故であろうし、他の者まで怒られるということはなかったそうだ。しかし外野としては、怒る前に自分の親馬鹿を何とかしたらと、突っ込みも入れたくなるところである。

そんな事前情報であるから、「コクリコ坂から」に期待しようという方が無理だ。この項の冒頭で「そんなにひどくない」と、奥歯に物のはさまったような言い方をしたのは、そういうことなのだ。

才能の質が遺伝すると勝手に思い込んだのは、まちがいだった。宮崎吾朗は、徹底的にファンタジーの人ではないようだ。「コクリコ坂から」は、昭和38年の湘南の高校生の青春を、あたかも当時の日活青春映画のように、写実的に綴っていく。なかなかどうして、その範疇では悪くない。これは、宮崎駿世界というよりは、ジブリのもう一人の総帥、高畑勲ワールドや、近藤喜文作品「耳をすませば」に近い。「ゲド戦記」を創ったのは、最初からミスマッチだったようだ。

いや、高畑作品がいかに写実的とはいっても、アニメ的飛躍はある。それが「火垂るの墓」の幻想的なまでの蛍の乱舞であり、「おもひでぽろぽろ」のヒロインのタエ子の、夢の中の空中遊泳である。「耳をすませば」にしてもバロンのエピソードは、完全に飛翔のイメージで、リアリズムを大きく越えている。(これは製作プロデューサー・絵コンテの宮崎駿の影響があると思うが)これらに比しても「コクリコ坂から」は、さらに徹底した写実描写を貫き通している。強いてスタジオジブリ作品から近いものを探すならば、最初はTV放映で、後に好評につき劇場公開に至った望月智充監督作品「海がきこえる」だろう。

いずれにしても、この手のリアリズム写実アニメは、「高畑勲がすでに全てやってるよね」結局は括られてしまうのがつらい。家族を描いたドラマが、ある程度優れていても、「小津がすでに全てやってるよね」と、結局のところ切られてしまうのと同じである。世評の高い細田守「時をかける少女」「サマーウォーズ」や原恵一「カラフル」を、私があまり評価できないのも、そこに行きつくからだ。私が「コクリコ坂から」を、この項の冒頭で「積極的に良いと持ち上げる気もない。可もなく不可もなし、といったところである」と記したのは、そんな気持からだ。

この全くアニメ的な飛翔感のない「コクリコ坂から」が頑張っているのは認めるが、果たしてアニメでやるべきだったのだろうか。話の中心は、古い建物で生徒達の部活の溜まり場になっていたカルチェラタンの取り壊し騒動で、確かにこの映画のカルチェラタンのビジュアルは、埃だらけの古臭さも含めて素晴しい。しかし、美術が気合いを入れれば実写でも十分可能だろう。

当時の湘南の山や海、横浜の光景などは、アニメだからここまで雄大かつ細緻に描けたとは言える。実写にしたら「三丁目の夕日」クラスのビッグプロジェクトになってしまうだろう。でも、それだけでアニメにする必然性を、アニメにどこか現実のデフォルメを求める私は、どうしても感じることはできないのだ。

●平成23年7月24日(土)シネロマン池袋から西武ギャラリーへ
「コクリコ坂から」試写会入口で、チラシといっしょに「コクリコ坂から 原画展」の招待券が配られた。入場料は500円(高校生以下無料)で、場所は西武池袋本店の西武ギャラリー、7月23日(土)〜28日(木)である。500円の値段から鑑みて、またデパート内のギャラリーということからみても、そんなに規模の大きいものではないであろうにせよ、とにかくこの権利は、一応試写状提供者のS女史にあるな、とは思う。

7月16日(土)、月例の「映画友の会」でS女史にこのことを話したら、彼女もすでに招待券を入手しているという。この招待券、けっこうバラまかれているらしく、行きたいと思う人間は持っている人がほとんどだった。そこで、私がありがたく頂戴することにした。

後でよく見たら、この招待券は2名様有効とある。こうなると、私としては無駄にしたくなくなる。だが、「映画友の会」の人間の行きたい人は、当然みんな持っている。試写会の良き相方F女史にしても、試写を一緒に観たのだから、当然この券は持っている。

「映画友の会」の友人・知人を別にすると、私の知る映画に関心のある人は、「PKの会」を中心にした面々しかいない。しかし、あまりアニメに興味のある人はいなさそうだ。そうした中で交通費の有効活用として、池袋方面の「原画展」とセットで行ける所を物色していたら、シネロマン池袋が目についた。新東宝の新作「阿部定〜最後の七日間〜」が7月22日(金)〜28日(木)で公開中ではないか。これとのセットなら「お竜さん」あたりなら乗るかなと、一応は誘ってみた。

「お竜さん」は、アニメにはあまり関心がないが、ジブリならやや興味ありとのことだが、この週は仕事多用で残念ながら時間が取れないとのことだった。そこで、私は24日(土)に一人で、シネロマン池袋→西武ギャラリーと足を運ぶことにした。

シネロマン池袋の「映画外」で、とんでもない光景に直面した。スピーカーと異なる位置から女性の喘ぎ声が聞こえてくるのである。客席で激しく愛撫されて悶えているのだ。2〜3人の男が囲んで凝視している。風俗嬢のアルバイトなのか、プライベートな行為なのか。いずれにしても、これじゃ新手の3Dだ。この時の上映作品は、濡れ場のおとなしさでは定評が高い坂元礼監督の「や・り・ま・ん」で、むしろ画面の喘ぎの方が静かという奇妙な体験であった。

シネロマン池袋のロビーで番組表を手にしたら、注目すべき映画が目についた。7月29日(金)〜8月4日(木)に、昭和61年の日活ロマンポルノで荒井晴彦脚本(監督は小沼勝で、素晴しいコンビ作だ)の「ベッド・イン」がラインナップされているのだ。昭和60年代の頃の私は、働き盛り・子育て盛りの真っ最中で、とてもカルト的なロマンポルノにまでは手が回らず、全く詳しくないから、当然未見である。この機会に鑑賞予定に組み込むことにした。

シネロマン池袋を後にして、西武ギャラリーに足を運ぶ。会場近くになると、案内の人間がかなりいて、PRと共にその場で「コクリコ坂から 原画展」の招待券を配りまくっている。何だ、そういうことか、これじゃ完全に、宣伝を兼ねた無料イベントである。てなことで、招待券2名枠の1名を無駄にしたことには、何の慙愧の念も感じずに済んだのである。

初日の土曜日ということか、根強いジブリブランド人気ということか、あるいは招待券を配りまくったせいもあろうか、場内は押すな押すなの大盛況だった。会場は意外と広く、原画100点以上というキャッチフレーズに偽りはなく、見る人が見れば壮観な見物ではあろう。ただ、私は、映画というのは出来あがったものがすべてで、バックステージには全く興味を持たない人間なので、あまり感じるものもなかった。

●平成23年8月2日(火)シネロマン池袋からフィルムセンターへ
7月19日(火)〜9月4日(火)の長期に亘り、東京国立近代美術館フィルムセンターにて、「逝ける映画人を偲んで 二〇〇九−二〇一〇」が開催中だ。その中で私が注目した一本に、西河克己監督を偲んでの「俺の故郷は大西部」(「大西部」と書いて「ウエスタン」と読みます)がある。無国籍アクションの珍品として名高いが私は未見だ。これは当時かなりの本数が作られた「みそ汁ウエスタン」の一編である。マカロニウエスタンに先立つこと数年、こんなジャンルがあったことを、皆さん知ってます?「みそ汁ウエスタン」に関しては、この後もタップリ蘊蓄を傾けさせていただきます。

「俺の故郷は大西部」の上映は、8月の2日(火)と25日(木)、25日は湯布院映画祭の初日だから、私は行けないので2日の日にに足を運ぶことにする。となると交通費有効活用で、この日に都区内で目ぼしいものがあるかと物色する。そこで前に記したシネロマン池袋の7月29日(金)〜8月4日(木)上映中の、昭和61年の日活ロマンポルノで荒井晴彦脚本の「ベッド・イン」が目についた。

「ベッド・イン」の併映は、ピンク映画「盛りの女・義母 息子でもいい!」「ザ・不倫ホテル 中出し熟妻」の2本。この機会にこれも観ておくことにする。しかし、調べたら「ザ・不倫ホテル 中出し熟妻」は新版改題作品で、旧題は「寝乱れ義母 夫の帰る前に…」だった。

「盛りの女・義母 息子でもいい!」は、2003年の工藤雅典監督のXces映画だ。映画に余談を持ってはいけないが、これはどうみても私が名付けるところの「金太郎飴映画」である。要するに、濡れ場の繋ぎに必然性に関係なくストーリーが転がるというヤツで、ドラマ性はゼロ。どっから見てもどこで止めても不都合なし。いつも同じ濡れ場の顔が出る「金太郎飴」なのである。これは、フラリと来て濡れ場の二つ三つも見て帰る、すなわち、上野の出張サラリーマン時間調整や新橋の外勤勤務のサボリには適切な映画だ。

しかし、1時間通しで観て、ドラマとして映画を楽しもうと思う私のような人間には、「金太郎飴映画」は退屈である。「盛りの女・義母 息子でもいい!」は「金太郎飴映画」が予測できる。そして、すでに観た「ザ・不倫ホテル 中出し熟妻」(旧題「寝乱れ義母 夫の帰る前に…」)は、新田栄監督Xcesのガチガチな「金太郎飴映画」だ。これは再見をパスしたいところである。

さて上映スケジュールを、シネロマン池袋のHPでチェックする。フィルムセンター「俺の故郷は大西部」の上映開始は15時である。これに間に合うためには、「ベッド・イン」12時38分〜14時1分の回を観なければならない。さて、「ベッド・イン」を観て未見の「盛りの女・義母 息子でもいい!」も観るためには、10時30分〜11時32分の回を観るしかない。ワーッ!じゃあそれにサンドイッチされた「金太郎飴映画」の「ザ・不倫ホテル 中出し熟妻」を再見せざるをえないではないか。私は渋々と、10時30分に間に会うように、池袋に足を運ぶ。

私は(交通トラブルなども想定して)早目に行動するタイプなので、シネロマンには20分以上前に着いた。一般的にこういう時は、私は劇場窓口近くで本を読みながら待つ。しかし、ピンク映画館の窓口前ではどうもねェ〜。仕方が無いので近くの地下街などを散策して時間を潰す。地下街の本屋で、団鬼六追悼の関連か、「花と蛇」の幻灯舎アウトロー文庫版が並んでいる。そこで完結篇の存在を見つけた。

「花と蛇」は、未完のまま終わった角川文庫版1〜8卷を、私は所蔵している。さらに富士見書房版「花と蛇9 完結篇」と称しているのも所蔵している。ところがここに陳列されていた幻灯舎アウトロー文庫「花と蛇10 完結篇」は、富士見書房版に無い97章〜100章が収録されているのである。解説は何と!最近「マイ・バック・ページ」が映画化された話題の人、川本三郎が味のある原稿を寄せている。これはいい機会だと、早速購入した。こういう所在ない時間潰しでの収穫は、何とも儲けたような気分がある。

「盛りの女・義母 息子でもいい!」は、予想どおりの「金太郎飴映画」だった。さらにその後に再見「金太郎飴映画」の「ザ・不倫ホテル 中出し熟妻」が控えている。この2時間はもう地獄だった。フラリと濡れ場の二、三も見て帰るような客向けに作った映画を、2時間も続けて見続けるのである。これはもはや拷問だ。

●やっぱりモノがちがう。ロマンポルノ「ベッド・イン」
拷問の2時間を越えて、やっと日活ロマンポルノ「ベッド・イン」に辿りつく。当然ながら、やっぱりXces・ピンク・金太郎飴映画とはモノがちがった。

雑誌編集部員の柳美希が別れた昔の恋人と、すでに彼が既婚者になったにも関わらず、不倫の関係を続けていく話である。さらに、町で行きずりの男を漁ったりもする。これだけを書くと、「金太郎飴映画」ピンクと何がちがうの?となる。しかし、これが全然ちがうのである。

軟体動物のような男と女の関係が、ヌラヌラと描かれる映像的魅力に、グイグイ引き込まれていく。男の電話番号を聞かない女、女の部屋の合鍵を求めない男。「不自由な方が関係が深まる」といった意味の、味わい深いダイアローグが連発され(メモをとっていないので、無数にあった優れたダイアローグの数々を、ここで思い浮かべられないのが残念)、パワー溢れる映像がさらにそれを引き立てる。小沼勝演出・荒井晴彦脚本の、絶妙なコラボレーションが見事だ。

もっとも、私の体質・嗜好からすると、趣味でないのも事実だ。よくまあ、ここまで男と女のヌラヌラ関係に、熱意を持って突っ込んでいけるよなあ。やっぱり荒井晴彦さんって、すべてが俺と全く違う人なんだなあと、感じ入るしかない。

男が別れを切り出され、「妻子があったら、女を愛しちゃいけないのか」と、悲痛に子供っぽく嘆く。「いけねェんだよ。大人になれよ!」と、私はイライラして言いたくなってしまう。それでも不満なら、家庭に波風立てない範囲で、風俗かなんかで処理すらいいでしょ。ま、淡白な私(笑うな!)としては、そんな程度にしか思えない。(でも、これって淡白って言うのかなあ?)

柳美希の勤務先は「話の特集」編集部である。協力として「話の特集」がクレジットされていたが、こういう風に実名でリアルタイムの雑誌名が出るのは珍しい。また、単なるエロ描写に過ぎないアナルセックスのバターで、ベルトルッチの「ラストタンゴ・イン・パリ」を引っ掛けてきたり、会話の中にゴダールの話題が出てきたり、前述の優れたダイアローグも含めて、荒井節はここでも前回である。

ただ、柳美希は奔放のように見えて、友人夫婦との交際の描写を通じて、平凡な結婚と家庭を、心の底では求めているように感じられるのが興味深い。兄から勧められた見合い話にも、微妙な反応を見せる。この映画が製作されたのは昭和61年、まだ昭和である。男女関係が何でもありになりつつあった時代にせよ、結婚適齢期の残滓もあった時代だ。イブと大晦日、すなわち女が24歳、そして男が31歳を迎える前に、身を固め一人前になる。その後は平均的ライフスタイルに則って、一女一男程度を設ける。そこに安住を求めるという価値観も、残っていた時代である。そのあたりの時代色は興味深かった。

ただ、これは昭和61年という時代背景よりも、作家・荒井晴彦の気質なような気もする。表面は奔放だが、意外と世間的・平均的価値観を持つのが女だという女性観があるのではないか。映芸シネマテークで、「国道20号線」上映後の打ち上げの歓談で、一瞬そう感じたことがあるからだ。「国道20号線」は、映像・内容共に21世紀の空気をキャッチした斬新な作品だった。だから私は、女主人公の奔放なくせにどこか平凡な家庭を求めている古めかしさだけが、ひどく気になった。荒井晴彦さんにそのあたりを聞いたら、「何、言ってんの」と怪訝な表情をされた記憶があるのだ。

その意味では「ベッド・イン」の柳美希が、奔放なSEXライフを繰り広げているのに、ルックスは身持ちの固い普通の娘という感じなのも、映画の内容とマッチしていたと思う。

あれやこれや、いろいろ触発させてくれて、この項の冒頭に記したがハッキリ言ってピンクの「金太郎飴映画」に比べれば、モノも桁も全然ちがうということだ。もっともこんなことを荒井晴彦さんに聞かれたら、「今さら言うなよ。そんなのあたりまえだろ」と、怒られそうではあるが…。

そういえば「ベッド・イン」で濡れ場を演じるのは、柳美希の1人のみであった。現在のピンクでは、女優が3人出たら、しっかり3人ともカラませなければいけないみたいである。その意味では、この頃のロマンポルノの表現は、かなり自由度があったようだ。

●楽しいお遊び映画「俺の故郷は大西部」
シネロマン池袋からフィルムセンターに向かう。ロビーでmixi仲間の高木高一郎さんと遭遇する。高木高一郎さんとは、フィルムセンター以外でも、銀座シネパトス、ラピュタ阿佐ヶ谷などでも実によく会う。こういう所で映画の友人・知人と会うと、ああ、みんな映画を愛しているんだなあと、何となく嬉しくなる。

「俺の故郷は大西部」は63分の、時間的には小品である。メインに対するB面の併映作品と思われるが、それにしてはモノクロでなく堂々たるカラーだ。帰宅して確かめたら、この映画の公開は昭和35年の年末、つまり昭和36年の正月映画だ。石原裕次郎の海外ロケ大作「闘牛に賭ける男」との2本立てである。

これで、「俺の故郷は大西部」の位置付けが納得できた。構えは63分の添え物だが、正月映画だから堂々たるカラーで行く。主演も末席とは言え、石原裕次郎・小林旭・赤木圭一郎に続いてダイヤモンドラインにも名を連ねている和田浩治だ。しかも裕次郎・旭・赤木と違って、若造だからスターとしてのイメージに対する縛りは少ない。かなりイジって遊んじゃっても問題にならない。ということで、やや大作映画でもありながら、B面としての奔放さもタッブリとやってやろうという珍作が誕生したようだ。

構えは結構な大作風である。オープニングはアメリカ西部の荒野(国内ロケだと思うが)に、バーンと「1880年 テキサス」と英語タイトルがかぶり、ご丁寧にも日本語字幕まで出る洋画スタイルだ。ワイアット・アープとクライトンが決闘する酒場のセットもなかなかに豪華である。しかも、そこを埋め尽くす大勢の酒場客や歌手・ダンサー、全員が外人である。

アープを演じているのは無名の外人タレントだがそれなりのハンサムガイ、対峙する悪役クライトンはプロレスラーのユセフ・トルコというのも、何とも楽しい。ワイアット・アープの宿敵は、クラントン一家じゃないかと思うのだが、クライトンと微妙に名を変えたのはご愛敬か?

大仰なプロローグから、話は現代に飛ぶ。和田浩治はワイアット・アープの子孫というのだから恐れ入る。そして、祖父から日本の恩人に10万$を届ける用事を頼まれる。

こうして来日した和田浩治は、富士の裾野で孤児を育てながら牧場経営している篤志家と、それを不法に乗っ取ろうとしている悪人との争いに巻き込まれる。悪人の会社が「OK商会」、牧場の名は「大川牧場」、ご丁寧にも悪役の中にはアープ家への復讐に燃えるクライトン(クラントン?)一家の末裔までいる。これを演ずるはE.H.エリックと、徹底して人を喰った展開だ。

クライマックスの「大川牧場の決闘」は、なかなかに凝って撮っている。牧場で待ち受ける悪党達の布陣は、小屋の屋根にも配置され、本家ジョン・スタージェス「OK牧場の決闘」を彷彿させる。馬を解き放って楯に用いるあたりは、ジョン・フォードの「荒野の決闘」でもある。小屋もバンバン炎上したり、とにかく正月映画らしい景気の良さであった。

孤児たちを励ますための歌謡ショーでは、守屋浩・平尾昌晃・森山加代子など、当時の人気歌手が勢揃いして歌を披露する。それやこれや、すべてが昔懐かし正月映画の味わいであった。

●懐かしの「みそ汁ウエスタン」への蘊蓄
日活無国籍アクションは、小林旭の「渡り鳥」シリーズあたりから始まった。しかし、昭和34年の第一作「ギターを持った渡り鳥」からそうだったわけではない。むしろ同年の「南国土佐を後にして」同様の、高知や函館といった地方都市情緒を全面に出した御当地映画であった。

「渡り鳥」シリーズの無国籍が顕著になってくるのが、翌年の昭和35年「口笛が流れる港町」あたりだ。この映画の舞台は阿蘇である。しかし、「ギターを持った渡り鳥」の函館の御当地映画とはかなり趣きが異なる。阿蘇の草原を完全に西部の荒野に見立てた創りになるのだ。

この後の「大草原の渡り鳥」に至っては、ロケ地は摩周湖なんだが、アイヌ人を西部劇のインディアンのように描き、完全に「みそ汁ウエスタン」の世界になるのである。今考えると、大変な差別問題になりかねないが、当時は「無国籍アクション」として簡単に許容されてしまっていた。渡り鳥シリーズ以外でも小林旭は、翌年の昭和36年に「高原児」なる完全な西部劇スタイルの作品をモノしている。

昭和35年には「幌馬車は行く」という赤木圭一郎主演の珍品もあった。養蜂家一族の話で、幌馬車で各地を転々としていくのだが、これがどうみたって日本ならぬ西部劇スタイルで、映画は展開するのである。

しかし、何といっても「みそ汁ウエスタン」の立役者は、宍戸錠であろう。宍戸錠、通称エースのジョー、ジョーさんの愛称でも親しまれた。ジョーさんは、「渡り鳥」シリーズでは小林旭の好敵手、ユーモラスで憎めない悪役で人気が爆発した。そして、赤木圭一郎の突然の不慮の交通事故死から、スター不足になった日活が、急遽主役に抜擢した。

とりわけ「みそ汁ウエスタン」として徹底したのは、昭和36年の「早射ち野郎」である。セットから衣装から、完全に西部劇スタイル。日本に何で保安官がいるの?なんて突っ込みは無視。一から十までウエスタン・スタイルを押し通したのだ。惹句で「0.65秒、世界第三位の早射ちエースのジョー!」なんて、大真面目にやっているのは何とも楽しかった。ちなみに一位は「平原児」ゲーリー・クーバーの0.4秒、二位は「シェーン」アラン・ラッドの0.6秒なんだそうだ。クーパーと並ぶ西部劇の重鎮ジョン・ウェインは、ライフルが主体なので、拳銃の早射ちについては圏外なのだそうである。宍戸錠主演作では、「紅の銃帯」(「銃帯」は「ガンベルト」と読みます)なんて、どうみてもランドルフ・スコットのB級西部劇としか思えないタイトルの一編もありましたっけ。

「みそ汁ウエスタン」のウェーブは半端でなく、影響は大東映にまで波及した。御大の片岡知恵蔵の昭和36年の二丁拳銃ものの一本「アマゾン無宿 世紀の大魔王」なんて、ソンブレロにポンチョのマカロニウエスタンもびっくりの二丁拳銃スタイルである。宍戸錠の「メキシコ無宿」あたりの影響もありそうだ。同年の東映では鶴田浩二も「荒原牧場の決闘」なる「みそ汁ウエスタン」に出演している。

「俺の故郷は大西部」は、そんな「みそ汁ウエスタン」ウェーブの時代に出てきた一本だ。ちなみに「マカロニウエスタン」第一作の「荒野の用心棒」日本公開は、はるか後の1965年(昭和40年)年末、要は1966年の正月映画である。「マカロニウエスタン」をもじって「みそ汁ウエスタン」があったわけではないのだ。いや、それ程メジャーにはならなかった「みそ汁ウエスタン」の呼称を誰かが覚えていて、「マカロニウエスタン」と命名したあたりがホントのところじゃないのだろうか。

あぁ〜、昔の映画は面白い。といって懐古趣味に陥ってはいけない。今もどんどん面白い映画は出続けている。そして、これから先の未来も…。だから私は、古今東西邦洋を度外視して、映画を見続ける。映画って本当に面白く楽しいものなのだ。

小ネタの羅列と言ったが、結構な長談義をしてしまった。それにしても、歌舞伎・里見瑤子さん・スタジオジブリ・ピンク映画・団鬼六・ロマンポルノ・フィルムセンターと、相変わらず私は、ミスマッチの映画(を中心としての)三昧を繰り返しているなあと、我ながら苦笑するのである。

映画三昧日記2011年−3

●書く気力が湧いてこない
「映画三昧日記」を書く気力が湧いてこない。4月12日に「特別掲載 ミスター・ピンク 池島ゆたか監督 海を渡る! boobs and BLOOD! International Film Festival レポート」が完結し、その末尾に『引き続き「映画三昧日記」(中略)でお会いしましょう!」と記した。一段落したら、書きたいことが無限にあるはずだった。しかし、未だにその気力が湧いてこない。

理由は、もう皆さんもお察し済みだろう。3月11日に発生した東日本大震災である。これを前にしては、すべてのものがチッポケにしか見えなくなってしまったのだ。

東電学園に入学した15歳から東京電力社員を経て、関連会社の嘱託満了までの62歳の47年、私が携わってきたエネルギー電力問題への努力は、すべて無なのだろうか。人によっては、「東京電力OBであることを隠した方がいいよ」との、親切な忠告までする人もいる。しかし、私は本HPのプロフィルでも明言しているように、逃げも隠れもする気はない。

核技術は「神の火」なのか?
これまでも私は映画に関連し、本「映画三昧日記」などでエネルギー電力問題に何度も触れてきた。核兵器は論外としても、人間が手にしてしまった核技術の平和利用は、進めていくべきだとのスタンスであった。勿論、事故・トラブルのあった時に、極めてリスクの高い技術であることは認める。しかし、リスクの存在しない技術は無い。そして人間の知恵は、いつかそのリスクをクリアしていく。それが、技術文明だと信じていた。

しかし、原子力は「神の火」であり「バベルの塔」だったのかもしれない。人間が弄んではいけなかったものかもしれない。例え1000年に1回の自然災害に遭遇したのが不運だったにせよ、結果として福島で起こった事象を目前にすると、そう思わざるをえない。

これは「菅内閣叩き」「東電叩き」のレベルで済む問題ではないのだ。(もちろん、叩かれる要素も十分にあるのは否定しない)福島で今起こっていることは、「技術文明と大自然との闘い」であり、「人類と神との闘い」なのだ。世界のエネルギー問題の最前線が、現在福島で進行中なのだ。そして、そんな最前線は日本以外のところで起こって欲しかったと思うのも、人間の自分勝手な心情である。

●二つの映画人の言葉
東日本大震災について、多くの映画人からも発言があった。その中で「キネマ旬報」5月上旬号に紹介された宮崎駿監督の言葉が印象的だった。宮崎監督は風の便りに反原発派だと聞いていたので(まちがいだったらゴメンナサイ)、さぞ激烈な批判が出ると思ったら、さにあらずだった。以下にそれを引用する。

「残念なことに、私たちの文明はこの試練に耐えられない。これからどういう形の文明を作っていくか、模索を始めなければならないと思います。誰のせいだとかを言う前に、敬虔な気持ちでその事態に向き合わなければならないと思います。(中略)今は文明論を軽々しく語る時ではない。(後略)」

もう一つ感銘を受けたのはは、ポレポレ東中野の特集上映「25年目のチェルノブイリ」初日における本橋成一監督の挨拶である。私は、本橋監督の「アレクセイと泉」が未見だったので、この機会に観ておこうと思って足を運んだ。時節柄、反原発派の総決起集会の様相を呈するのではないかと危惧したが、そんなことはなかった。補助椅子も満席で、立ち見まで出る超満員の盛況だったが、この機会に静かにエネルギー電力問題を見詰め直してみようという客層が、中心のようだった。

本橋成一監督は、超満員の客席を見て「これだけ大勢の人に観ていただけて、嬉しいですが、しかしその背景を考えると嬉しいなんて言えず…」と、一瞬声を詰まらせた。そして続けた。「震災直後の一週間は怒りに震えました」しかし、落ち着いてきたらチェルノブイリで出会った牛飼いの老人の言葉を思い出したそうだ。「どこへ行けというのか。『人間』が汚した土地だろう」そして、「人間」の一人として、その老人は「地図から消えた村」に留まり続けたという。

ここで本橋監督は思ったそうだ。今回の福島の事故も、「自分」の問題として捉えなければいけないと…。そして、引き算の生活を考えたそうだ。例えば、東京から大阪まで3時間で行けるが、これが3時間10分になったら、どんな不都合があるのかないのか。そのように引き算の生活を考え続けることが、「自分」の問題として今回の事故に対峙できる方法ではないのかと。

この日、私は「アレクセイと泉」「原子力発電の夜明け」「原発切抜帖」の3本を観た。溢れるような思いが湧きあがってきたが、今はそれを軽々しく表現すべきではないと思った。私も、エネルギー・電力・原子力問題は、頭を冷やし、時間をおいて考えることにした。そうなったら、「映画三昧日記」を書くことができなくなってしまった。この問題を抜きにすると、すべてのものがチッポケな事にしか見えないからだ。

先日、清水大敬監督の新作で、エキストラ出演のmixiネーム「キルゴア二等兵さん」と一緒になり、ピンク映画以外のテーマもどんどん書いてくださいと言われたが、目下はそんな心情である。

現在、かろうじて「ピンク映画カタログ」だけは、途切れることなく続けている。誤解のないように言っておくが、これはピンク映画を特殊なものと思っているからではない、2000年にスタートした「ピンク日記」に始まり、現在の「ピンク映画カタログ」まで、10余年に亘り、観たピンク映画全ての映画評を記すことを貫いてきた。今、私が「ピンク映画カタログ」を何とか中断しないで済んでいるのは、この「継続の意志」からくる「気力」だけが支えとなっているからだ。

●1月31日(月) 第二回 映画芸術評論賞選考討議
1月31日(月)、「映画芸術」2011年冬号が発行された。「第二回 映画芸術評論賞」の選考討議過程が掲載されている。当然ながら私は落選であり、ピント外れの酷評を浴びている。

いや、「ピント外れ」かどうかは、第三者が判断すべきことである。しかし、落選作については、要旨しか誌上に掲載されない。選考討議は言いたい放題である。だから、選考も終わったことでもあるので、没原稿についてこの「映画三昧日記」で公表し、皆さまに判断していいだきたい。(注:周磨要氏の応募原稿は、この項ラスト下にぶら下がります)。

この件に関しては、私も思うところが沢山あった。長文で思いをしたためようと考えていた。しかし、そんな時に3.11が来た。未曾有の東日本大震災の前には、チッポケな「映画芸術」のことなんてどうでもよくなった。ただ、私の没原稿を公表し、両方の意見をとにかく読んでもらいたいとの一点のみで、気力を振り絞ってこれを書いている。

この件については、もう気力が尽きた。映芸シネマテークの予約のついでに「映画芸術」編集部にメールした私信を、ここに貼り付けることで、とりあえず一区切りとしたい。

「映芸シネマテーク」予約 および 最近の「映画芸術」に思うこと(やや長文)

映画芸術 編集部 御中

6月3日(金)「映芸シネマテーク」を予約いたします。よろしくお願いいたします。

周磨要  пF00-000-0000  メール:000000@000.com

「映芸シネマテーク」の新装再開、おめでとうございます。今後を楽しみにしています。実はこの再開がなければ、私は「映画芸術」の定期購読をやめるつもりでした。

最近の「映画芸術」は、私の趣味でない記事が多くなっていたのですが、「第二回 映画芸術評論評」の選考討議の次元の低さが、止めになりました。

私は稲川方人さんが言うように「感情的」にもなっていなければ、荒井晴彦さんの言うように「ルサンチマン」は深くもありません。ましてや寺脇研さんの言うように(私を名指ししてはいませんが)「恨みつらみ」も書いておりません。(他の応募者の原稿要旨から、私に対する言と類推しただけで、間違っていたらごめんなさい)

そして選考討議は、言葉尻をとらえた揚げ足取りに終始しています。今回の応募原稿の最後に「映画芸術評論賞は、定年になった年金生活者の隠居の、素敵な遊び場の一つである」と記しました。しかし、こんな次元の低い選考討議では、もはや「遊び場」にすらなりません。

稲川さんからは「『男はつらいよ』を(中略)私的な文体でかけばいい」とアドバイスを受けましたが、書いたとしても、別のフィールドにおいてです。今後「映画芸術評論賞」に、私は応募するつもりはありません。「映画芸術」は私にとっては、ほとんど不要のフィールドになってきています。

今回の選考討議を通じて、上から目線で酷評し人を不快にさせる人は、逆に自分がちょっと言い返されると、「感情的」に「キレる」ということがよく分かりました。

「SFマガジン」6月号で「第6回 日本SF評論賞」の最終選考会再録が掲載されています。私はSF好きですが評論を書けるほど造詣が深くないので、応募したわけではありませんが、ずいぶん「映画芸術」との違いを感じました。「最終選考」ということがあるにしても、応募者をきちんとリスペクトし、しかし、言うべき厳しいことはちゃんと言っております。別に偉そうにそっくりかえった酷評で人を不快にさせなくても、優れた選考はできるのです。私は、ここに「大人の人格と品格」を感じました。

とにかく、「映画芸術」に定期購読代という「木戸銭」を払ってよいという気持は、「映芸シネマテーク」という存在で、首の皮1枚で繋がっているのみです。別にそれなら定期購読しなくても、立ち読みで記事を確認して予約すればいいと思う人もいるかもしれませんが、私はそういう「行儀と礼儀と仁義」にもとることはできません。

編集部の若い人が企画している「映芸マンスリー」から「映芸シネマテーク」へ、これは本当に素晴しい企画です。社交辞令でないことは、私は一度を除き全回参加という行動で示していることで、お分りだと思います。

昨年「川の底からこんにちは」の商業映画デビューで大ブレークした石井裕也監督を、「ガール・スパークス」上映会で早くも教えてくれたことは、特に印象に残っています。そこで石井監督と話せたことも、素晴しい経験でした。

今後とも、「映芸シネマデーク」に大いに期待します。「首の皮一枚」の木戸銭ですから…。なお、私は「SFマガジン」と「キネマ旬報」には、「十分」な「木戸銭」の価値を認めているということを、「感情的」に嫌みっぽく申し上げておきます。

暴言多謝、もちろん本誌面上の充実を期待しているのは、当然であります。

周磨 要

「映画三昧日記」を再開する気力は、いつ出てくるのだろうか。少なくとも「湯布院映画祭日記」スタートの頃には、復活できたらと思います。「ピンク映画カタログ」は、「継続の意志」からくる「気力」で、休まず行きたいと思います。

「第二回 映画芸術評論賞」 応募原稿

映画評論を考える(第一回 映画芸術評論賞 選考討議をきっかけとして)

周磨 要


第一回 映画芸術評論賞の選考討議において、私の拙文が手厳しく、全否定に近いくらい酷評された。しかし、私はこれをきっかけとして、あらためて「映画評論とは何か?」を考えることになった。そこで今回は、私の映画評論というものに対する考えをまとめてみたい。当然、選考委員の諸先生方への、反論に近いものも出てくる。また、他の映画評論家諸先輩の業績も、引き合いに出すこともある。いずれの方も、氏とか先生とか様とか付さなければならない立派な人ばかりである。しかし、そんな敬称にこだわっていたら、まわりくどいし評論の文体に馴染まない。よって、以後は、すべての人に対して敬称略とするが、他意は無いことを断わっておきたい。


私の応募原稿「想い出の裕次郎」について、赤地偉史は、「オマージュの一つなんだろうけど、裕次郎の関わった作品の分類と整理にしかなっていない。ファンとしてはこういう作業もしてみたかったのかな」、と言った。こういう言い方をされると、「そのとおりですよ。文句ありますか」としか、返せなくなってくる。これに続いて寺脇研の「人に見せるものではない」という全否定的発言に至るのだが、寺脇研については古くはキネマ旬報「読者の映画評」ライバルという昔馴染みでもあり、後でまとめてザックバランに論ずることにしたい。
 この映画芸術評論賞には、ピンク映画大賞投票者で私の知人の鎌田一利も「木下忠司小論〜永遠の人と音楽〜」でエントリーしている。彼は、私より二世代程下であるが、mixiの日記などで観ると、実にきめ細かくクラシックや旧作を追いかけて研鑽を重ねている。この若さで木下忠司をテーマに取り上げるあたり、その意気や壮である。この評論を私は読んでいないので何とも言えないが、これについても赤地偉史は、「これも評伝になってない、作品歴の整理という印象」、と似た論調でアッサリ切り捨てている。
 私の不明のせいか、赤地偉史がどういう人かを全く知らない。映画評論も、あまり目にしたことがない。まあ、我々の地道な作業を一言でバサバサ切れるだけの映画教養に溢れ、立派な映画史観を持たれている方とでも思うしかない。こういう言い方をするならば、自分なりの裕次郎観なり木下忠司観を示したうえで、どこが「分類と整理」にしかなっていないか、どこが「作品歴の整理」にしか過ぎないのかを指摘しなければ、選考討議になるまい。


「裕次郎がデビューした五六年前後の日活の話をしないと(中略)真の裕次郎像には迫れないですよ」。稲川方人の選評である。その後、「日活が五四年に再建される辺りのこと」「日活をキーにすれば松竹から来た監督、助監督たちのことや新東宝のことも語れる」、それが「非常に面白い仕事のはず」なのだそうだ。それなら、あなたがその観点で本格的に語ればいい。私は、そんなことで「真の裕次郎像に迫れ」るなんて、全然思わない。無いものねだりは、選考討議にすらならないと思う。
 この後、寺脇研の「評論は独断と偏見を述べることではない」、との私を全否定する発言が出る。寺脇研については、後でまとめて論じるが、ズバリここでは、私は「評論とは独断と偏見から始まり、普遍性に至るものである」と思っていることだけを言っておく。これを受けて稲川方人は、「実は、独断と偏見にもなっていないんですよ。この書き手と同じように、僕も裕次郎映画では五八年の中平康の『紅の翼』が最良だと思ってますが。」、と語る。率直でいい。私は素直に喜ぶ。独断と偏見を極めて、ある種の普遍性に至るのが、私は優れた評論の一つのあり方だと思っているからだ。


この三者に比べると、さすがに荒井晴彦の指摘は鋭く、私を触発するものが多い。「映画と映画のなかの俳優、裕次郎映画と裕次郎は別じゃない。それを一緒に論じることに無理があるんだよ。」
 私は、必ず荒井晴彦ならこう来るだろうと思っていた。荒井晴彦は、監督の作品として映画を語りがちなファンに対して、脚本原理主義者のポジションから、何でもかんでも監督のせいにするな、どこまでが脚本で、どこからが演出かを見極めて語れ、とよく口を酸っぱくして言っているからだ。
 実は、私が石原裕次郎を語るについて、ここは最も考えた肝だったのである。映画が監督だけのものでないのは、我々もよく知っている。大勢の人間の総合的努力でできているのは、当然の話だ。ただ、観客にとっては、その映画のそれぞれの良さは、それぞれスタッフ・キャストの中の誰の功績なのかは、どうでもいいことなのだ。映画総体として、どうなのかということだけである。ただ、映画の顔となる人物がいないと語りにくいので、それを監督に代表させて語っているに過ぎないのだ。
 世間一般の業績というものと対比させてみれば、それはハッキリするだろう。ある組織の功績は、課長なり部長なり、もっと大きい場合は社長なりの功績であり、組織のトップの名前で、それは称えられる。本当の功績者は、あの主任だったとか副長だったとか、常務の誰かだったなんて、表立って挙げられることはまずない。だから、映画の場合も作品の顔として、何でもかんでも監督の功績(失敗も)になるのは、至極当然のことなのだ。
 さて、石原裕次郎主演作である。世間的には裕次郎映画と呼ばれ、あまり監督が話題の俎上に上ることはない。むしろ、監督は裕次郎映画という枠の中での、読み人知らず的な存在ですらある。そこで、あえて裕次郎主演作の顔を石原裕次郎として、「映画と映画のなかの俳優、裕次郎映画と裕次郎(中略)それを一緒に論じ」(荒井発言からの抜粋引用)ようと試みたのである。ただ、文中で市川崑や熊井啓・蔵原惟繕などの映画作家性に触れてしまったのも事実だ。若干、自分自身の詰めの甘さを感じていたのもまちがいない。私が危惧していたその一貫性のやや乏しい詰めの甘さ、やっぱり荒井晴彦は、突いてきた。その脇の甘さを指摘されれば、致し方ないと引き下がるしかない。


私は、裕次郎を八面体と捉え、プロデューサーとしての石原裕次郎に、かなり力点を置いた。しかし、荒井晴彦の指摘するように、「裕次郎映画と裕次郎は別」と考えるならば、もっと別の視点が立てられるように思った。
 石原裕次郎の俳優人生は、実兄・石原慎太郎の太陽族小説の映画化のついでに、映画界に引っ張り込まれるところから始まった。初期の頃は朝からビールを飲み干す傍若無人さや、「俳優は男子一生の仕事にあらず」との暴言が、映画界の顰蹙を買った。しかし、その後、映画界のトップスターとしての自覚に目覚め、映画界の将来を憂い、さらに映画を映画以上の世界に発展させようと、「黒部の太陽」「富士山頂」「蘇える大地」へと、実業の世界に深くコミットしていき、「もう今までの裕次郎じゃない」とのまたまたの暴言も吐いたりして、日活スターとしてはスポイルされていく。
 この晩年の裕次郎について、渡辺武信の名著「日活アクションの華麗な世界」の第二十章「薄れゆく“タフ・ガイ”の影」では、否定的に捉えているのだが、むしろ私はそこを、結局不発に終わったとしても、石原裕次郎の肯定面として捉えなおしたいのである。それは、荒井晴彦の言う「出た映画の役柄=裕次郎という風に語るのはおかしいよ。本人が嫌な役もあっただろうし」との指摘に対するフォローにもなるだろう。
 今回の石原裕次郎論の結びに、私は以下のように記述している。「石原裕次郎、生涯で102本の映画に出演、平成21年8月現在、私の観た作品76本、重要作では遺作の『凍河』が未見だ。しかし、今は名画座復活・DVD時代、空白を埋める機会は無限だ。私にとっての石原裕次郎の総括、それは、始まったばかりかもしれない。」
 荒井晴彦の指摘は、私に新たな裕次郎論の再構築を触発させてくれる。選考討議というのは、そういうものだ。他の選考委員のように、インテリの「上から目線」で酷評し、人を不快にさせればいいというものではない。


寺脇研は言う。「私的な映画ノートなんですよ。私も昔はそうだったけれど、映画ファンは自分の映画ノートを作りたいんです。しかし、映画ノートは自分で見るもので人に見せるものではない。」
 私はそう思わない。人のこういう映画ノートは、どんどん見たいし、見せてほしい。現在キネマ旬報に連載中の石上三登志「『映画ノート』はドタバタ史」は、実に面白い。寺脇研がプロ以前の、東宝青春映画を論じた瑞々しいキネマ旬報「読者の映画評」は、「人に見せるものではない」ノートだったのだろうか。私は、そういうノートは、人に見せるものだと思っている。他にも、そういうノートを残している人のものを、もっともっと見たいと思う。
 今はプロの寺脇研は、人に見せるべきものを見せているということなのだろうか。そして、「評論は独断と偏見を述べることではないからね。」、と語るわけだ。でも、プロしての寺脇研のキネマ旬報のREVIEW(現在はリタイアしているが)の映画評、あれに「独断と偏見」との自覚がないということは、これは恐るべきことだ。別にハリウッド映画に関して、「REVIEW」の寺脇研の評価と、私の評価が正反対だから、こんなことを言うわけではない。それは、これから逐一順を追って述べる。


映画評論とは「独断と偏見」だと私は思うから、人によって映画の評価が大きく異なるのは当然である。ただその映画評が、研鑽を積み重ねた「映画教養」と、磨き上げられた「映画感性」というバックボーンに裏付けられている時、普遍性を有するし、自分と評価が正反対であっても、必ず触発されるものが出てくる。
 昔、私が若い頃、南部圭之助というガチガチの保守的映画評論家がいた。私は、ヌーベルバーグやパゾリーニやキューブリックを悉く否定する嫌な親父だなと思っていた。しかし、この人のクラシカルな映画教養、演劇教養をベースにした映画観に対しては、反発はしたが、そういう見方もあるのかと、勉強になることも多かった。
 私が若い頃に、「映画友の会」で身近に学ばせていだいた人に淀川長治がいる。淀川長治は、実に感性が鋭敏である。でも、感性の問題であるから、人それぞれで、私には付いて行きかねる部分もあったのは確かだ。ベルナルド・ベルトルッチの「ラスト・タンゴ・イン・パリ」や「シェルタリング・スカイ」について、「これが解らない人は阿呆です!」とまで言われても、「草食系男子」の私の琴線に届いてくるものは何もなかった。ただ、淀川長治の映画愛溢れる映画評や語る言葉には、こういう感覚もあるのかと、感じさせるものは多かった。


「評論は独断と偏見を述べることではない」と寺脇研本人が語り、私には「独断と偏見」にしか見えないキネ旬「REVIEW」に、何があるだろう。
 「映画教養」ということに関しては、「映画芸術」2008年春号で「ノーカントリー」について、「大したものではない。私が観に行ったのはアカデミー賞ってどういうレベルなのかと思ったからだけど、なにしろアカデミー賞映画を観るのは生まれて初めてなんです」と語っていることからして、多分外国映画の映画教養に関しては(韓国映画はいざしらず)、映画検定(これもそれがすべてだとは言わないが)4級にも合格しないレベルだろう。
 では、「感性」の方はどうかというと、かつての瑞々しい受験生の心情をストレートに反映した「映画ファン」の「見せるものではな」かった「私的な映画ノート」を越えて、寺脇研は「ゆとり教育」などで悪戦苦闘し、社会人として研鑽を積み重ね「映画批評をやってる立場」になったそうだが、私から見ればその感性については、「映画ファン」だった頃の「私的映画ノート」の方が、遥かに感じさせるものがある。
 映画教養の裏付けもなければ、鋭敏な感性による触発もない。こういうのは私にとっては、「木戸銭」の取れない仕事と言うしかない。(素人活弁の勉強をしている私は、「木戸銭」という言い方が気に入っているので、この後も使います)


はっきり言って、今回の選考委員は、全員がインテリの「上から目線」で「エラそう」なのである。私は、何の客観性も普遍性の裏付けもないのに、そんなにも「エラそう」にできる人の存在が、不思議で仕方がない。私は、「エラそう」にする人間は、思想や理論の如何に関わらず、それだけで、人格的に問題があると感じ、共感も信用もできなくなるのである。
 私は、「エラそう」にしても許されるのは、アスリートと技術屋だけだと思っている。昨年7月のK−1ファイター魔裟斗と総合格闘家の川尻達矢の試合前の舌戦において、魔裟斗の態度はデカかった。「あ、そう。あ、そう。真正面から足止めて打ち合う?悪いけど、今の俺、メチャメチャ強いよ。3分持つ?」てな調子である。さすがにムッときた川尻達矢も「何をそんなにエラそうに言うのかしらないが…」と切り返していたが、試合になったら魔裟斗は1Rから川尻をボコボコにして、2RでTKOに葬ったのである。これでは、どんなに「エラそう」にしても、文句を言う筋合いは出てこない。
 私が定年まで勤め上げた技術屋の世界も同様だ。電力系統のトラブル処理や保護装置の試験など、口先三寸の屁理屈を言ったってトラブルを収束できないし(まかり間違えれば拡大する)、試験回路の接続線一本が欠けても試験を完遂させることはできない。きっちりした技術理論に基づいた者だけが、できる世界である。理論どおりに電力系統が動けば「電気は正直だな」との感嘆の声が出るし、試験の時にロクに技術知識もないのに口を挟む生意気な若い奴には、「黙れ!保護装置は口では動かない!!」と叱責が飛ぶ。そういうことをリードする技術屋は、「エラそう」にして構わないのである。そして、電力供給というのは、確実に「木戸銭」が取れる仕事なのだ。ここにも、文句を言う筋合いは出てこない。(でも、勝れた技術者ほど腰が低かったというのも、私の実感である)
 映画検定4級以下の映画教養しかないプロとは、いかがなものかと私は思う。これは、オームの法則も交流理論も電気磁気学も知らない人間が、電力会社で働いているようなものだ。危なくってしょうがない。技術の世界なら人を殺しかねない。(寺脇研が、日本映画と韓国映画専科のプロとして働くなら、私は何も言わない)

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私が映画が好きなのは、時間芸術だからである。文学の場合は、速読術や熟読、あるいは読み返しという様々な読書法や読書テクニックがある。しかし、映画の場合は、例えば90分の映画なら、凡人の素人の私にとっても90分ならば、鋭敏な感性を有する淀川長治にとっても90分なのである。人生というものを背負った自分が、それにより構築された人間観・社会観を持って、人生の一定時間を映画と対峙する。これが、私にとっては魅惑的な行為なのだ。
 それがなぜ魅惑的なのか。なぜ、私は映画を観るのか。私は心を動かされたいからである。感動したいからだ。そして、私にとっての感動の究極は、「鳥肌」が立つという生理現象である。「鳥肌」が立つのは純感覚的問題で理屈ではない。そして、それは対峙していた私の人生によって構築された人間観・社会観による。当然、人間観・社会観は人により千差万別だ。
 多分一般的な観客も、感動するために映画を観るのだと思う。そして、多くは感動の記憶を胸に、「良かったね」ということで、終わりになるだろう。その感動の感覚(私にとっての究極は「鳥肌」という生理現象)のよってきたるところを、言語化までしようと試みる人は、そんなに多くない。そうした感覚を、言語化して再考する行為が、私は「映画評論」の「第一歩」であると思っている。当然その基本にあるのは、千差万別な人々の「独断と偏見」に過ぎない。

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人生は、すべての人が背負っている。それを元に人間観・社会観も、すべての人が有している。だから、人がそれをバックボーンに映画に対峙することは誰でもできるし、未分化な感動という感情を、言語化して再考することも誰にもできる。だから「映画評論」は誰にでも書ける。ただし、それが「映画評論」として普遍性を有するかどうかは、別である。
 人は、一本の映画を観て何かを感じる。次の一本を観てまた何かを感じる。一本の映画を観る度に、それは人生の一部となっていく。だから、それは人生観・社会観構築の一部を構成すると共に、その人の映画観も、次第に構築することになる。その、映画観はその人独自の映画感性も創りあげていくことになるのである。さらに鑑賞本数を重ねることによって、映画観はその人独自の映画史観へと進化していくはずである。

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その人なりの映画史観が構築されてくると、一本の映画への対峙が、その作品に何かを感じることと同時に、それだけに終わらずに自らの映画史観の1ピースとしてパーツに嵌めこまれる。もちろん、そのピースは、大なり小なり自らの映画史観を変質させる。それに伴って、映画感性も変容させる。一本の映画を観るということは、それのみに止まることなく、映画史の中の1ピースとしても観ることになり、自らの中の映画史を埋めていく行為にも通じていく。もちろん、その映画によって映画史そのものも再構築されていく。映画感性も、それに伴い変容していく。映画を観続けていくということは、そういうダイナミックな繰り返しの営為になってくるということなのである。
 これを私は「映画教養」の研鑽であり、「映画感性」を磨く行為であると思う。感動という「独断と偏見」が、こうした「映画教養」「映画感性」に裏付けられることが、「普遍性」を有する「映画評論」に至る「第二歩」である。
 映画史観という「映画教養」については、ある意味で知識であるから、誰でも有することができる。しかし、優れた映画感性というのは、これは天性の才能だと思う。淀川長治などを見ると、それを痛感する。だから、「独断と偏見」を普遍性のある「映画評論」に至らしめる必要条件は、誰しも研鑽により得ることはできるが、「映画感性」なるものを含めた十分条件は、選ばれた者しか得ることができないと思う。

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私が、鳥肌が立つ感動を覚え、私なりの「映画教養」「映画感性」に基づき考察した「パラノーマル・アクティビティ」について、具体例を記す。
 「パラノーマル・アクティビティ」は問題作である。製作費は1万5千ドル(約135万円 ピンク映画の半分以下)だが、全米興行収入で1億ドル(約900億円)を突破する。そして、スティーブン・スピルバーグ率いるドリームワークスがリメイク権を獲得するが、「これ以上の作品を作ることはできない」との結論に至り、リメイクを放棄したのである。私にとっては、今年の洋画で「鳥肌」が立った一本である。
 2月の「映画友の会」で、この作品はテーマに取り上げられた。意外にも(想像はできたが)、「良かった」「まあまあ」「駄目」の三択で、「良かった」は私一人、後は観た人全員が「駄目」であった。「駄目」派の急先鋒からは「スピルバーグに騙された。怖い、怖いと聞いたが全然怖くない。ちょっと怖くなったかなと思ったら、それで映画は終わってしまった」と散々だった。私の方は途中で何度も鳥肌が立ちかかる怖さ(だけではないのだが)を感じ、ラストの締めの鮮やかさには、完全に鳥肌が立った。
 それでは、私の「鳥肌」の原点を考えてみよう。これは、低予算で人を怖がらせることに徹底した見事な作品である。ただし、一つ一つは、それ程大したものではない。それこそ、日本の超低予算のピンク映画で使う手ばかりである。日本ピンクは、意外とホラーやファンタジーが少なくない。突然割れる写真立てのガラスとか、カメラがパンし元に戻ると誰もいないのに花瓶が棚から落ちていたりとかの怖がらせは、池島ゆたか監督作品「おんな35才 熟れた腰使い」で巧みだった。ピンク大賞各賞を総なめし私が名付けるところのピンク界の「タイタニック」、樫原辰郎監督作品「美女濡れ酒場」では(怖がらせとは違うが)、番傘をピアノ線で引きゆっくり回転させるだけで、壮大なファンタジー空間を創出した。「パラノーマル・アクティビティ」の凄さは、これらの低予算怖がらせなどの巧みなテクニックを繋ぎに使うのではなく、全篇あの手この手を駆使して、86分間を引っ張り尽くしたことだ。この押しの強さに、私は感嘆した。
 そして、ラストのショッキングな処理、これがこの作品の凄さを決定づけた。おおむねこの手の低予算映画は、途中のスケール感が拡がれば拡がる程、金が乏しいのでラストを締めることができず尻切れトンボになり、失望感が増大してしまうことである。2000年にやはり低予算で爆発的ヒットを叩き出した「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」がその典型例だった。(さすがに当時の「映画友の会」では、私も含め全員が「駄目」評価だった)ただ私が思うに、この映画も途中までは、そんなにひどくない。素人のホームビデオで記録したという設定の怪奇・オカルト現象らしきもの、それが荒れた粒子と揺れるカメラによって、奇妙なリアリティを醸し出し、大したこともない事物が、すべて不気味な装いに見えてくる。これは、巧みな映画マジックだと思った。ただしラストは、だから何なの?というあっけなさで終わる。この映画の失望感は、多分、このラストの締まりの無さから出てくるのだろう。
 一方「パラノーマル・アクティビティ」のラストシーンは、画面上は相変わらずの低予算による工夫ながら、人類存亡の危機まで想像させるスケールの膨らみがあった。それは1968年の佐藤肇監督の低予算作品「吸血鬼ゴケミドロ」のスケール感にも通じる。だから、私はその凄さに鳥肌が立ったのだ。(「ブレアウィッチ」も「パラノーマル」もネタバレ要素があるので、具体的にはこれ以上は触れない)

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さらに、ラストに至るまでの「パラノーマル・アクティビティ」の映像的魅惑は、低予算怖がらせテクニック乱打の押しまくり以外に、映画の原点を考えさせる部分もあったことだ。60年代にアンディ・ウォーホルというアングラ映画作家がいた。私は未見なのだが(というか奇特に観た人は皆無だと思うが)、「眠り」「エンパイア」という映画があった。「眠り」というのは、8時間だったか、眠っている男を延々と据えっぱなしの長廻しで撮っただけのもの、「エンパイア」の方も10時間だかをエンパイアステートピルと後ろの空を、やはり据えっぱなしで撮っただけの一編だったそうだ。
 一般に映画というものは、現実をフォトジェニーで切り取りモンタージュで繋ぎ、事物を飽きさせないように見せ続けるものである。懇切丁寧に「今、ここを見なさい。次はここを見るんですよ」と、至れり尽くせりで見せてくれる代物なのである。ウォーホルは、そうした映画に対して問題提起したのだ。変化しないフォトジェニーによる眠った男やビルの外景、こうなると、従来の映画を見慣れた観客は、何かが起きることを期待し、一生懸命眼を凝らして見極めようという体勢になるのである。眠っている男がピクリと動けば、それだけで次に何が起きるかと緊張し、ビルの窓の明かりが一つついたり消えたり、背後の空の雲が少し動いただけで、何かを期待して固唾を飲む。もちろん、ウォーホルの映画で、それ以上の何かが起こるわけではない。しかし、そういう経験をした者の一部の中には、映像のあり方を改めて問い返し、既存の映画への対峙の仕方にも、何らかの変化・影響を与えられる者が出てくると思う。(ただし現実には、途中退場者が続出し、「眠り」「エンパイア」を最後まで見通したものはゼロだったそうだ)。
 変化のない映像をポンと投げ出し、能動的にそれを凝視することによって得られる発見の楽しさ。「パラノーマル・アクティビティ」の怖さと映像魅惑はそこにある。低予算だから、映像の変化は殆どない。ないからこそ、何かを期待してさらに能動的に映像に対峙する。そこで、映像内の微かな動きに衝撃が走る。ただ、映像に能動的に対峙していない人にとっては、「何なんだよ〜この映画は」となってもおかしくないのである。この映画は、観客を選ぶ映画であろう。
 こうした能動的対峙の仕方を要求する映画の魅惑は、オーソン・ウェルズや溝口健二の数々のパンフォーカス作品や、小津の一見単調で動きのない構図の繰り返し、「男はつらいよ」シリーズのワイドスクリーンの隅で演じられるサブキャラのリアクションなどに、共通してくるのだ。「パラノーマル・アクティビティ」は、決して特殊な存在ではない。
 しかし、「映画友の会」の中だけとはいえ、このように支持者が私一人だけ孤立している「パラノーマル・アクティビティ」のような作品を褒める者は、かなり分が悪い。反対派はの方は、これを褒める奴はおかしい、という論調が強くなる。しかし、私がこの映画に「鳥肌」がたった事実は否定しようがない。そして、私のように感じたものは決して少なくないとは思っている。そうでなければいくら何でも1億ドルは稼げまい。その「木戸銭」を払った全員が、おかしかったりだまされたりしたわけではないと思う。

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誰しもが平均的に面白がるものを、面白いと感じるのは「映画感性」とは言わない。真に優れたものを優れていると感じられる「映画感性」を身に付けるのは、ある程度の訓練がいるのである。(ただし、「パラノーマル・アクティビティ」の私への思いが、私の「映画教養」…というか、単なる映画知識に過ぎないが…とか、「映画感性」の優れた部分とかなんて言いたい訳ではないし、この評論が普遍性を有しているかどうかも、自分では判らない)
 90年代半ばに、白井佳夫が率いる阿佐ヶ谷映画村で、サイレント映画特集がかなりの期間に連続開催された。ビデオ市販の版なので、伴奏がつくだけで弁士説明はない。結構コックリする人も少なくなかった。その時、白井佳夫はこんな意味のことを言った。「すべての優れた表現を理解するには訓練がいります。訓練なしで解るものだけを観ていては、真の優れたものは味わえません。サイレント映画も、一見単調な伴奏と映像のリズムに、睡魔に引き込まれるんですが、このリズムに嵌ってしまうと、これが素晴しいんですね。例えば能なんか、訓練なしに良さが解るとおもいますか?」感覚を磨き上げるとは、こういうことなのである。
 淀川長治の「映画感性」についても、「そこまで感じるの?」と思わせる部分はある。しかし、訓練し磨き抜かれた感性だから、我々の心を打つものがあるし、普遍性を有するのである。

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ただ、優れた「人間観・社会観」「映画教養」「映画感性」の必要十分条件を満たしていなくても、普遍性を有する映画評論というものは存在する。「映画芸術」誌に関係の深い人で例をあげるなら、荒井晴彦と、限定された中での寺脇研の映画評論が、それに該当する。
 荒井晴彦は、黒澤明作品を一本も観ていないと公言している。そこには、作家・荒井晴彦の、独自な映画観・映画史観を感じる。ただし、それは作家としての独自性であるから、普遍的な映画観・映画史観には乏しいと思う。でも、それでいいのである。作家として優れた作品を有しており、そこに基づいた映画評論であるから、普遍性を持つに至るのである。もちろん「映画評論家」としての「映画評論」ではなく、男と女のヌラヌラした関係に高い関心を持つ「映画作家資質」から発する「映画評論」なのは、言うまでもない。
 寺脇研のキネマ旬報「読者の映画評」常連だった頃の映画評論も、十分に普遍性を有していたと思う。受験生という個人から観た視点で、東宝青春映画を論じた映画評論は、十分な普遍性を有した。もちろん、そこには年齢から考えて「映画教養」も、磨かれた「映画感性」とも無縁である。ある瞬間の個人の視点だけで、映画評論が普遍性を有した好例であろう。
 もっとも、これらの映画評論についても、私の「独断と偏見」で、普遍性が有ると断じただけであり、本当に普遍性を有しているのかどうかは、定かではない。では、「独断と偏見」に端を発した映画評論が、普遍性を有しているかどうかの基準は、どこにあるのか?決定打はあるまい。普遍性を感じた人が多ければ、それが優れた映画評論であるとしか言いようがないのだ。とすると、身も蓋も無い言い方をしてしまえば、映画評論で金を稼げる人が、普遍性を有すると言うことになる。極めて「独断と偏見」から発した個的な映画評論の作業に対し、汗して稼いだ金の一部から、「木戸銭」を払ってあげるよと言う人が多いということの証明だからである。もちろんこれは比喩であり、私が本気でそう思っているわけではない。

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選考討議の結びの部分でも、私が触発されるものが多かった発言は、荒井晴彦だけだった。赤地偉史は、「勉強不足が出ちゃってるものが多かったな」、と言った。こういう言い方をされるとこっちも、この人は「まあ、相当に勉強して、かなりの映画教養がある方なんでしょう」とでも言って、冷たく返すしかない。
 寺脇研は、「自分も映画批評をやってる立場だから(中略)今現役の人たちがこれでいいのかという問題があるわけですよ」、と言った。他人事でなく、まずは、「ノーカントリー」で「アカデミー賞映画を観るのは生まれて初めて」なんて、プロとしての外国映画に対する映画教養レベルを何とかしてもらいたい(繰り返すが、日本映画・韓国映画専科としてのプロに徹するなら私は何も言わない。私個人としては、それでもかなり問題があると思うが…)。
 さらに加えて寺脇研は、「何が批評家と言ったら、自分が書いたものによって人からぶん殴られたりすることも覚悟のうえでやる商売だっていうことですね。」、と呆れかえるような発言をしている。言論の応酬の中で、「ぶん殴られたりする」のは、よっぽど理不尽で馬鹿なことを書かない限りはありえまい。いや、まっとうな人間ならば、理不尽なことを書かれたって、暴力に訴えることまではしないものである。これが教育界に身を置いた寺脇研の発言なのだから、呆然とするしかない。いずれにしても、赤地偉史と寺脇研の両者は論外である。

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荒井晴彦は、「これを書かなきゃ俺は生きていけないんだ、ぐらいの切迫したものが全然感じられない。俺は字を書くのが嫌いだから、お金を貰える当てもないのにこれだけ書くのは偉いな、書くのが好きな人たちなんだなとしか思えない。で、書くのが好きな人の文章はあまり人を打たないよね。ある役割として嫌々書くか、どうしても言わなきゃいけないから書くか、どっちかしかないと思う」
 これは、私にとって痛烈だった。私は、映画評論という個的な「独断と偏見」の行為に、「これを書かなきゃ俺は生きていけないんだ」なんて「切迫したもの」は、一度も感じたことはない。それを言うなら、「俺は生きていけない」までとは言わないが、電力マンとしてはかなり「切迫」した仕事を「嫌々」してきたと思う。何といっても、確実に皆さまが電気料金という「木戸銭」をお支払いして下さるのである。冗談めかして言えば、だから私はロクな映画評論もモノにできなかったこととの引き換えに、「嫌々」してきた電力マンとしては、良い仕事ができたということだろうか。
 その後に荒井晴彦は「まあでも、とりあえず二十本は集まって良かったよね。」と述べ、それを受けて稲川方人が「予想よりはかなり少なかったですが、かろうじて二十編書いてくれた。そのことにまず感謝したいですね。」と繋ぎ、最後に荒井晴彦が「それはありがとうございます」と締めくくる。
 これがまともな大人の感覚というものだろう。「上から目線」で「エラそう」にするんじゃなくて、まず最初に応募者に対して、そういう謙虚な「慈悲の心と恩義の心」が必要なのだ。それが「人格」というものである。

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映画芸術評論賞に第3回があるかどうかは知らない。もしあるならば私は、「石原裕次郎再論」「私説 東映ヤクザ映画史」「サーガとしての『男はつらいよ』」などをテーマとして、「切迫」もせず「嫌々」でもなく嬉々として、「作品の分類と整理にしかなっていない」「人に見せるものではない」「映画ノート」としてまとめ、応募することにしたい。映画芸術評論賞は、定年になった年金生活者の隠居の、素敵な遊び場の一つである。

周磨要  63歳  〒000−0000 東京都00市00町0−0−00
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映画三昧日記2011年−2

●平成23年2月18日(金)〜20日(日)  思いがけぬ地獄の3日間
2月18日(金)は、阿佐ヶ谷「ロフトA」にて『「その男、エロにつきアデュー!久保新二伝」DVD販売記念イベント』開催の日である。トークショーに参戦する池島ゆたか監督を囲む「PKの会」の面々を中心に、お馴染みのメンバーの参集が予想される日である。私の御贔屓の里見瑤子さんも出演の予定である。これは行かずばなるまい。例によっての、都区内に出張る時の交通費有効活用で、神保町シアター「文豪と女優が作るエロスの風景」の中の「武蔵野夫人」を観てから回ることにする。名匠・溝口健二の演出の下に名コンビの田中絹代が謳い上げる絢爛たる女の悲劇、凄!としか言いようがない。気分が高揚したのを受けて「ロフトA」に入場する。

「ロフトA」のDVD販売記念イベントは、主演・久保新二さんに池島ゆたか監督が加わったんだから、盛り上がらないわけがない。楽しかったのは、池島監督の「俺は自画自賛だから!」の言、うまい!そう御本人が名言しちゃえば、何を言ったって嫌味に聞こえなくなる。さすが千両役者!といったところである。

舞台には数え切れない女優陣のゲスト、客席は私にはお馴染みの面子のオールスター、イベントはアッという間に楽しく終わった。ただし、満員の多人数、打ち上げは関係者限定となってしまった。マイミク仲間の「YASさん」とは、当日のビデオ撮影記録の関係者ということで、生き別れである。

仕方が無く、はじき出されたマイミクを中心とした面々は、大挙して近所の焼き鳥屋に繰り込んで、私設打ち上げと相成る。よくよくみたら、みんな「その男、エロにつき アデュー!久保新二伝」のエキストラで、「special thanks」としてクレジットされたメンバーではないか。「何で、俺達が関係者じゃないんだ!」と気勢を上げる。解散間際に、誰かが打ち上げの席に電話を入れる。すると、まだこちらも盛り上がっているから合流しないとの、お誘いである。ここから、私の地獄の3日間がスタートした。

「アデュ〜!」正規軍打ち上げ部隊と合流する。女優さんも、ほとんどまだ勢揃いしていて華やかである。ワ〜!里見瑤子さんもいた〜!てなことで、3時の閉店まで、激しく盛り上がってしまった。こうなるともう電車はない。残った何人かで5時閉店の居酒屋に河岸を変え、ついに始発早々で帰宅する破目になったのである。

翌、19日(土)は第三土曜日、月例の「映画友の会」の日だ。これは私としては、絶対欠かせない場である。早朝帰宅、一寝入りもそこそこに、昼過ぎには目を覚まし午後2時開始の浜松町に向かう。午後5時までの例会での寝ぼけまなこ半分の歓談・激論、喫茶店で午後7時頃までの2次会、居酒屋での午後9時頃までの酒席の3次会、終電車近くまでの4次会と、この日もクタクタになって暮れた。

「映画友の会」の翌日の日曜日は、毎月グッタリとゴロゴロ過ごすのだが、2月はそうはいかないのである。翌20日は「キネマ旬報ベストテン 第1位映画鑑賞会と表彰式」の日だ。開始は10時15分。しかも、後述するがこの日は、さらに二つのイベントがあるのである。自分が招き寄せたとはいえ、地獄の三日間・3連チャンとなってしまったのである。

●平成23年2月20日(日)  まずは「キネマ旬報ベストテン 第1位映画鑑賞会」
「キネマ旬報ベストテン 第1位映画鑑賞会と表彰式」の最も良いことは、文化映画作品賞の映画が観られることである。文化映画については、ここを逃すとあまり観る機会がないから、貴重な場なのだ。ただ、今年の作品「ショージとタカオ」については、3月に新宿k’s cinemaで劇場公開が控えてはいるが、できればこの場で押さえておきたい。てなことで、連日の寝不足眼をこすって、早起きし、会場の銀座・ブロッサム・中央会館に足を運ぶこととする。

予想どおり、場内で次々と顔見知りと出会う。「映画友の会」のB女史、映画検定初回の第1級最高得点者・吉田康弘さんこと「YASさん」、はるばる九州から来た湯布院映画祭の友でもある「トムさん」の顔も見える。

「ショージとタカオ」は文化映画作品賞に十分値する大力作であった。堂々2時間38分、冤罪と闘う二人の男を、延々14年間も追い続けたドキュメンタリーならではの映画のパワーに圧倒される。今年は、日本映画作品賞「悪人」、外国映画作品賞「息もできない」と、いずれも2時間を越える長尺だが、その中でもこの「ショージとタカオ」が最長であった。

この後、「悪人」「息もできない」上映、表彰式と続いていく。例年、邦洋作品賞はすでに観ているケースがほとんどなので、私は表彰式までは中座して、1〜2本を稼ぐことにしている。キネ旬表彰式の良いのは、途中入退場自由ということである。これがなければ朝から晩までの長丁場、息苦しくなってしまうだろう。

●この日のその後の予定
さて、例年どおり今年もベストワン作品「悪人」「息もできない」は鑑賞済だ。とりあえずの退場だが、この日はすでに回るところを決めていた。上野オークラ劇場の「3週連続!!舞台挨拶&トークショー!!」の第1弾の日だ。小川欽也監督の新作「若妻と熟女妻 絶頂のあえき声」公開記念!!と銘打って、倖田李梨プロデュース!である。ベテラン小川欽也の新作は、王道過ぎる創りが私の趣味に合わないものが多いのだが、何といっても「我が娘」倖田李梨のプロデュースなのだから、エールを送りにいかざるえないのである。何で倖田李梨が「我が娘」かというと、私は「愛人OL えぐり折檻」で、「倖田李梨の父」を演じているのだ。このあたりの詳細については、「ピンク映画カタログ−4」に寄り道してください。

この後は、例年なら時間的にちょうどいいので、銀座・ブロッサムに引き返しキネマ旬報賞の表彰式を見るべくに再入場するところだが、この日はそうはいかない。18時30分からの梅ヶ丘のプチルビエリ、里見瑤子さんの芝居「小鳥の水浴」を予約しているのだ。「兇暴篇」とのサブタイトルも付き、かなり好評も耳にしている。1月30日(日)にも公演があったのだが、この日は「蛙の会」例会とバッティングして、無念の涙を飲んだ。ここは逃すわけにはいかない。

2月18日(金)『「その男、エロにつきアデュー!久保新二伝」DVD販売記念イベント』の後の酒席で、里見瑤子さん本人に「今度は行きます!寺島しのぶさん(キネマ旬報賞・主演女優賞)を振って行きます!」と、恩着せがましく言ったものだった。ただ「寺島さんとは湯布院でお話しできたし…」と、これは一言多かった。「そうですよね。去年の公演の時に、湯布院に行かれてたんですね」と、にこやかに切り返されてしまった。余計なこと言ったなあ。藪蛇である。

●「倖田李梨のプロデュース!舞台挨拶&トークショー!!」のあれこれ
「キネマ旬報賞上映会」会場の銀座・ブロッサムから、上野オークラ劇場に河岸を移す。「若妻と熟女妻 絶頂のあえき声」の私の感想については、「ピンク映画カタログ−6」に寄り道して下さい。ここでは、予想どおり「ユル〜い映画」だったとだけ申し上げておきます。(そこを楽しめばいいんだよという人を、私は否定しません)

映画終了後はロビーでのサイン会の予定だ。私は「我が娘」倖田李梨と立ち話程度はしたかったが、サイン会開始を待っていたら、次の上映作品を見損なってしまう。毎回サイン会は1時間を越える盛況なので、1本観た後でも間に合うかとも思い、館内に居座り続けることにする。

私が観ておきたかったのは、加藤義一監督・伝説の迷画、2007年作品「女医の裏側 覗かれた秘め事」である。この年、加藤義一作品「痴漢電車 びんかん指先案内人」はピンク映画大賞の作品賞に輝いた。そして、この「女医の裏側」は、堂々と最下位の栄誉に浴したのである。加藤義一監督は「これで新田栄に勝った!」と自嘲気味につぶやいていたとも小耳にはさんだ。ここは、チェックしておかねばならない。

「女医の裏側 覗かれた秘め事」は、これもやはりユル〜い映画だった。ワーストも必然だろう。ところが、帰宅して鑑賞作品リストを整理して驚いた。私はこの映画を、すでに観ているではないか。何でこんなことが起こったかというと、私はピンク映画について未見・既見を確認するのに私設の「ピンク映画カタログ(ピンク日記)総索引」を活用している。そこでのリストアップが欠落していたのだ。

早速、2007年当時の「ピンク映画カタログ」をチェックする。「濡れ場の方便だけでドラマが転がっていく才人加藤義一らしからぬある意味での王道ピンクの一編」「単なる濡れ場羅列ピンクだが、その設定は(映画中のDNA論議のこと)すべて加藤義一流ブッ飛び感覚であった」と、まあ一応好意的には書いていた。でも、私にとっては「王道ピンク」というのは、決してほめ言葉ではない。それよりも何よりも、帰宅して鑑賞リストを確認して、初めて観ていたことが判明したということは、それだけ私にとって存在感のない作品だったということだろう。

「女医の裏側」を観終わり、ロビーに出たらサイン会は終わっていた。この日は、新人女優の夏川亜咲さんが仕事の都合とかで来館できず、女優さんはプロデュースの倖田李梨さんと佐倉萌さんの二人のみ。そして、佐倉さんも所用があって、サイン会は不参加だったそうだ。女優さんが李梨さん一人の寂しさでは、サイン会が早目に撤収になっても当然だろう。

残念!「我が娘」倖田李梨と一言くらいは言葉を交わしたかった。せめて、「父」が応援に来たことをはっきり認識してもらいたかった。こんな事なら加藤義一監督の「迷作」を「再見」なんかしてるんじゃなかったなあ。小川作品・加藤作品のユル〜い2本連チャンはかなり脱力した。でも、「愛人OL えぐり折檻」も2月17日(木)で封切り最終日を迎え、撮影時の昨年秋から私の売りにしてきた「倖田李梨の父」も、もうそろそろ引っ込める潮時かもしれない。

●梅ヶ丘のプチルビエリ「小鳥の水浴・兇暴篇」 SATOMIさん入魂の熱演
上野オークラ劇場は、トークショーの日でもあり、マイミク仲間を中心としたいつものメンバーに溢れていた。その中で「東京JOEさん」と「だいちんさん」が、私と同様に上野→梅ヶ丘のプチルビエリのコースであった。類をもって友を呼ぶとはよく言ったものだ。

「かわさきひろゆき」さん演出・出演、競演の相手役が里見瑤子さん(舞台女優としての芸名はSATOMIさん)の二人芝居「小鳥の水浴」は、今回は「兇暴篇」と銘打っている。言葉どおりSATOMIさんのヴェルマが、「かわさき」さんのフランキーを刺傷させるシーンがある。鮮血がフランキーのシャツを染め、ヴェルマの顔にも血飛沫がはねる。これ、どうしたんだろう。ナイフに仕込んだんだろうか。

プチルビエリは、カラオケ・スナックでもあり、コンパクトな会場で、終演後は模様替えして懇親会に移行できるのが素晴しい。懇親の酒席で、私はSATOMIさんにこのことを聞いてみた。実は、全てSATOMIさんの「手作業」なのだそうだ。「かわさき」さんともみ合いながら、さりげなく血糊をシャツと自分の顔に、なすりつけたのだそうなのである。これは大変だなあ。芝居をしながら、血糊を観客に知られないように塗り付け、それを「かわさき」さんの巨体(失礼!)ともみ合いながら演るんだから、大変な集中力が必要である。

「小鳥の水浴」についてはこれで3度目の観劇だが、当初は「究極のミスキャスト」などと、辛口の言を里見瑤子さんに言ってしまった。でも、今や艶熟の境地の里見さん、グングン良くなってきた。目力の強い女優さんなので、どうしても「グズでブス」のヴェルマとは違和感があったのだが、それをオドオドした芝居の力で乗り切ってみせた。今回のオドオド芝居は、「かわさきひろゆき」さんのフランキーならずとも、完全に男をイライラさせるヤナ女になりきっていた。入魂の熱演である。このことは、里見瑤子さんにも、はっきりとお伝えした。

●平成23年2月26日(土)の上野オークラ劇場
平成23年2月26日(土)は、「3週連続!!舞台挨拶&トークショー!!」の「第2弾!!池島ゆたかプロデュース!」の日だ。池島ゆたか新作の「いんび快楽園 感じて!」公開記念!!である。作品評については「ピンク映画カタログ−6」に寄り道してください。

この日は池島監督プロデュースらしく実に華やか、「いんび快楽園」出演女優4人の揃い踏み(「special thanks」日高ゆりあさんまで来た!)。メインの3人は琥珀うたさん・酒井あずささん、望月梨央さん。これから公開予定の池島ゆたかプロデュースの監督・脚本・後藤大輔作品「隣の人妻 熟れた匂い」の主演・冨田じゅんさんも、作品PRを兼ねて参加。本日の上映作品に全く関係のない倖田李梨さんも、次週のトークショー第3弾のPRを兼ねて壇上に上がるなど、本当に華やかに終始した。

客席の方も「PKの会」やマイミク仲間の、またもやオールスターという感じである。はるばる九州から「るき乃」さんも参加、私としては「湯布院映画祭」の旧交を暖める場ともなった。当然ながら打ち上げはほとんどの女優さんも参加し30名になんなんとする規模に膨れ上がる。当然、1次会の時間制限の2時間はアッという間に過ぎて、2次会に雪崩れ込む。これも20名になんなんとする大規模だ。

こりゃ、延々と続くな。下手すりゃ徹夜だな、といつもなら覚悟するところなれど、この日は私はそうはいかなかった。翌日27日(日)〜28日(月)で清水大敬組のAV現場に(あくまでも普通の俳優として)参加することになっているのだ。この中のメンバーでは「だいちんさん」もエキストラ参加するのだが、彼の集合時間は午後2時、出演者の私は午前9時に集合である。飲んだくれて寝過ごすわけにも、二日酔いでグッタリするわけにもいかない。大盛り上がりの二次会に後ろ髪を引かながら、会場を後にしたのである。

●清水大敬監督と私の縁
清水大敬監督と私との縁の最初は、「キルゴア二等兵」さんからの話での、「人妻教師 レイプ揉みしごく」、2009年秋エキストラ出演だった。夜間高校の生徒役と聞いた。私は、熟年で口髭も蓄えてますが、いいんですか?と聞いたら、「そんな夜間高校の生徒も1人くらいいてもいいでしょう」との監督の言だったそうだ。

映画には、学園祭の後の教室のシーンがあるとのことで、蝶ネクタイがあったら持参してきて下さいとのことだった。私は「蛙の会」公演で使うものを全て持参していった。その中で、娘の手製の超特大・真っ赤でド派手なものが監督の目に止まり、それが映画初お披露目を飾ったのである。余談ながら、このネクタイは「蛙の回」発表会で毎年大きくなるということが、ごく一部の人の伝説になっているそうだが、そういうことはありません。毎年、同じです。あ、折角の伝説なのに、夢のないことをバラさない方がよかったかなあ。

この時に、なぜか清水大敬監督は、私のキャラが気になりだしたようなのである。そこから「愛人OL えぐり折檻」で端役ながら「倖田李梨の父」にキャスティングされるのに至るのだ。そして、今年に入りAVに(普通の俳優しての)出演依頼、3月にも出演1〜2日、アフレコ1日のピンク映画のオファーが来ている。

前述したように、27日(日)〜28日(月)の集合時間は朝9時、スーツにネクタイ着用の指示である。こんな時間に「仕事」に出るのは、一昨年6月末の嘱託契約期間満了以来である。ギャラはエキストラ程度でも、私が行かなければ迷惑がかかるのだから、「仕事」であることはまちがいない。私的予定と違って、面倒くさいからヤ〜メタというわけにはいかないのである。特に月曜日は、ラッシュの電車に揺られてのスーツにネクタイ姿、久し振りにサラリーマンの心境を追体験したのであった。

●AVは「ドキュメンタリー」だ。
AVの現場は、もちろん初めてである。2日間を通じて感じたのは、AVは「ドラマ」ではなく「ドキュメンタリー」であるということだ。行為はもちろん「本番」てある。精液をかけられた握り飯を頬張らせる折檻シーンでも、女優は男優の一物をしゃぶってシゴいて、本当に握り飯に射精させる。(さすがに口中に入れる握り飯は、作り物に差し替えられていたが)

スカトロシーンも台本にはある。フロアーが異なるので私は見ていないが、本当に脱糞・排便をしたそうだ。しかし放尿ならば、水分を余計にとったりして調整できるだろうが、便意となるとそう自由にはいくまい。浣腸でも施したのだろうか。いずれにしても、大変な話だ。

当然、「本番」だから、ピンク映画のようにカット割などできるわけもない。男優の勃起から挿入、行為の完遂(途中中断も含めて)ワンカットで押しまくるしかない。これまでに紹介したエッチシーンも含めて、これはある行為をカメラに納める「ドキュメンタリー」に近いものだと感じた。

だから、男優も女優もアッケラカンとしているように思えた。被写体としてやることはやるから、ドキュメントとしてカメラにしっかり納めて、っていう感じなのである。もちろん、本当に挿入しているのだから、中断してカットを割ったりもできるわけはない。行為が始まれば、完全な「ドキュメント」である。監督のヨーイ!スタート!で緊張が高まる「フィクション」の「ドラマ」の演技とは無縁である。もちろん、別の意味での「緊張」はあると思う。

ヒーヒーと喘いだ後に、ケロリとした感じで談笑しながらセットから出てくる女優さん。ガウンを羽織ってはいるが前が、はだけたりしても全く無頓着だ。男優も、半勃起状態を晒して、腰のタオルを巻きなおしたりしている。しかし、特に男優は大変だと思った。射精シーンを午後に控えていれば、中断である。勃起は、自然体で時間経過を待って鎮静化させるしかない。そして、午後また「本番」、これって男にとってはほとんど拷問だよなあ。少なくとも、役得なんて浮かれている状態ではない。

我々が待ちに入っている同じフロアーの反対側のファーストフード店のセットで、しゃぶってシゴいて発射するまでの撮影をしているが、特に衝立で仕切ることもない。同一フロアーの別室の撮影でも、仕切りはかなりオープンで、アヘアヘの喘ぎ声なんて、聞こえ放題である。

別のシーンでは、大宴会場のセットで大勢が待機していたら、その部屋の舞台の片隅を結婚式控室に見立てての、本番挿入撮影を始めることになった。さすがに「他の人を移動させますか」とスタッフが投げかけるが、女優さんの方は「構いません」と、ここでもアッケラカンとしたものだった。まあ、待機している者の中には、これから本番が控えている男優やら、集団でその女優に精液をブチかける十数人の男優陣やら(私の出番が終わり、帰ってからの撮影のようだが)も混じっているのだから、いちいち気にしていられないのかもしれない。待機している面々も、そんな本番撮影など全く気にしないで休んでいる。そう割り切らなきゃ、やってられないということだ。好奇心から、私はチラチラと横目を飛ばしちゃいましたけどね。

●ピンク映画との現場の差
これに比べると、「フィクション」として「ドラマ」を構築するピンク映画の現場はかなりちがう。裸を晒し男とからむという「演技」は、やはり女優さんにとってはかなりナーバスになるところだと思う。それは、寺島しのぶだろうが、ピンク映画の女優さんだろうが、全く同じである。だから、「濡れ場」の撮影は、関係者のみの密室で、それ以外の人間は慎重に遮断される。

ピンク映画でないが、新東宝一般映画エロス大作(ピンク館でも上映しているが)「奴隷船」に出演した時、ここでは「濡れ場」ではなくSMシーンであるが、私はその肌理の細かい女優さんへの気配りに感じ入った。2009年の「映画三昧日記−22」に詳述したのでここでは細かくは繰り返さないが、とにかく撮影されているSMの拷問とは真逆に、こんなに優しい雰囲気に包まれた現場はなかった。

3時間近くも仰向け緊縛状態の真咲南朋さんには、カットの声がかかると、すぐ女性スタッフがガウンをかける。縛師の人は、体が楽になるような姿勢の変化を、丁寧にアドバイスする。寒風に晒された立ち縛りの愛染恭子さんには、カットと同時に待ち時間はキルティングでくるまれ、吊られている足の下には台が添えられる。両者とも秘所は前貼りでガッチリとガードされ、愛染さんにはさらに股縄で慎重に前貼りも隠される。そのような形で、余分なことを気にせず、「フィクション」としての「ドラマ」構築のための「演技」に集中させるような、気配りが感じられるのである。被写体としてやることをやって、後はカメラに納めてもらうだけという「ドキュメント」の「AV」との大きな違いである。どっちがいいと言ってるんではない。「ピンク映画」と「AV」は、全く別物と私が感じただけのことである。

●はてさてそんな「AV」での私の役どころは…。
しかし、今回の「AV」は、かつて演劇青年で現在も演劇活動を続けていると共に、ピンク映画でも意欲的な挑戦(結果に賛否はあるにせよ)を続けている清水大敬監督作品である。私までキャスティングされている作品である。(この項は冗談です。お気になさらずに)単純な「本番ドキュメント」の「AV」だけで終わるはずがない。台本を拝見すると、確かにエッチシーンの繋ぎに、「ドラマ」的な仕掛けは存在する。

主人公は国粋主義者の映画監督「清水大敬」、もちろん大敬監督自身が演じる。起用した若い女優の軽薄さにイラつく。「太平洋戦争の犠牲の上に今の平和があるんだ!馬鹿女!!」と説教を垂れる。そして「天誅!」と絶叫して、女優の嫌がる演技を強要すると、なぜかガードマン服姿の男や、黒背広の集団が現れ、凌辱を開始するわけだ。

そんな事を繰り返して、ついに「清水大敬」監督は精神病院に入れられてしまう。しかし、そこでも本人は院長になりきったつまりで、担当女医に同様に説教し、「天誅!」とやる。すると、やはりガードマン服の集団が現れて凌辱が始まる。

「大敬」監督が大声の説教の後に、「国防挺身隊!」とわめくと、なぜかそれをサポートする形で老人の男女コンビが現れる。老人は「太平洋戦争を忘れるな!鬼畜米英だ!」てな意味のことをと絶叫すると、老女は「私たちは竹槍でB29と闘いました!」と呼応する。この老人が私である。頭に「必勝」の鉢巻き、上半身は「大日本帝国」と「日章旗」を染め抜いたTシャツ、下半身は袴、足には雪駄というスタイルで、三八式歩兵銃を携えているという何とも凄まじい格好だ。

老女はモンペに割烹着、「国防艇身隊」のタスキ、片手には竹槍といういでたちだ。この国防「艇」身隊という誤字が何ともユーモラスである。いや、監督自身の脚本がこうした誤植になっていたから、誤植だと理解できない若い小道具係が、そのとおり準備しただけのお粗末なことなのかもしれないが…。

「清水大敬」監督が精神病院に入院すると、なぜかこの老人男女も入院していて、白衣をはおり三人で監督を院長に見立てた「病院ごっこのディスカッション」を始める。「何してるんですか?」と、たしなめに来た女医を囲み三人で吊るし上げ、「天誅!」に至る展開も同じである。スーツとネクタイで撮影に参加という要請は、このシーンのためだったわけだ。

そんな具合に、私としては芝居を続けていると、面白いことに気がついた。相手の女優さんの感じが、「エッ、私、お芝居もしなきゃいけないの?」って雰囲気なのである。確かに「AV」の女優さんとしては、「ドキュメント」の被写体としての「行為」をやりにきたつもりだけなのかもしれない。「AV」女優をピンク映画に起用すると、使えないことが多いと言われるのも、分かるような気がした。

そういえば、待ち時間に男優さん二人のこんな会話も耳にした。最近この手の仕事を始めたらしき若者が「こんな現場、初めてですよ」と言ったのに対して、もう一人のやや経験が長そうな男優さんが、「あまりないけど、でもこういう現場も時にはあるよ」と応えていた。どうも清水大敬組の「AV」現場は、「ドラマ」としての「演技」もかなり要求しているようだ。

●次第に見える私のポジション
実は、この「エッチドキュメント」の繋ぎの部分の「ドラマ」には、もう一つの仕掛けがある。女優さんが監督に「天誅!」として理不尽な行為を要求され、「マネージャー〜そんなの聞いてないわよ〜」と悲鳴を上げて哀願する。マネージャーが駆けつけると、「清水大敬」監督に額を噛みつかれ、頭突きを喰らい、チョップを浴びせられ、机に頭を叩きつけられて昏倒する。女医の場合は、「ガードマン!」と、ガードマンを呼ぶ。(こちらのガードマンは、凌辱係でなく正義派)その後、「清水大敬」監督に昏倒させられる展開は同じである。

この殴られ役を演じたのが、清水大敬組常連の山科薫さんだ。当初は1日だけの撮影参加のはずが、出番がどんどん増え、急遽の呼び出しで2日連続の参加となった。早い話が、その分だけ額に噛みつかれ、頭突きを喰い、チョップを浴びせられ、机に叩きつけられる回数が、増えたということである。

待ち時間に山科薫さんは、「監督、本気になって噛みつくんだからかないませんよ」と苦笑していた。頭突きなんかも、結構マジに当てていて、ある時はゴツン!と激しい音がして、かました「大敬」監督自身まで頭をかかえていた。机に叩きつける時も、「力を抜け、踏ん張るとかえって危ない!」と指示し、思いっきり叩きつけ、机へのあたりが悪いと、もっと「手の平でバタン!と叩いて大きな音を出して!」と手厳しい。

「あそこまで厳しく要求するのも、監督の親しさの現れですね」と、待ち時間に山科薫さんを冷やかしたら、「親しいと思ってるのは監督だけですよ。片思いです」と苦笑いしていた。「自分がやられる役回りの時は、本当にやってないのに、やってるように見せるのが演技だ」なんて言うんですからねと、ボヤいてもいた。でも、このお二人の関係、なかなかいいものだなあと、私には見えた。

こうしてみてくると、筋立てとしては映画的リアリティ(映画じゃなく「AV」にせよ)も何もあったもんではないが、ただこれをファンタジー、そこまで言うのが大袈裟なら「清水大敬」監督の妄想の世界として観れば、それなりに面白いのではないのだろうか。

山科薫さんの「マネージャー」や「正義派ガードマン」にしても、「大敬」監督を応援する「国防艇身隊」にしても、脈絡なくどこからも出現し、いわば「お呼びでない」存在である。山科さんのマネージャーなんて、突如なぜか机の下から這い出てきたりもする。この延々たる反復が、ギャグと化してくるのだろう。だんだんと、私のこの「AV」でのポジションが見えてくる。

「エッチドキュメント」の繋ぎに出てくるこれらの「ドラマ」部分、これはストリップショーの「幕間コント」のようなものなのではないか。としたら、私は大変なポジションに立ったことになる。ストリップの「幕間コント」ほど、芸の力が必要なものはないという。それは当然だろう。女の裸を見に来たのに男が出てくりゃ誰も見やしない。そんな雰囲気の中で客を注目させていくのは、大変なことである。渥美清やビートたけしは、そんな場で芸が鍛えられたのだ。

ま、私の珍演程度では、とても視聴者を繋ぎとめることはできまい。早送りされてしまうのが関の山だろう。後は、「清水大敬」監督の猛演と、山科薫さんの怪演が、どこまで視聴者を注目させるかだ。

●再び「ドキュメント」としての「AV」について
私は「AV」なるものは、ほとんど観たこともないし関心もなかった。初めて関心を持ったのは、昨年の「湯布院映画祭」で「nude」を観てシンポジウムに参加したことだった。「AV」女優の「みひろ」の自伝を映画化したこの作品を、私は「ゴム一枚で仕分けられたフィクション」と評した。しかし、今では「AV」は限りなく「ドキュメント」に近いものと思っている。

年頭に公開されたドキュメンタリー「YOYOCHU SEXと代々木忠の世界」を私は興味深く観た。そして「AV」=「ドキュメンタリー」の考え方をさらに強めた。ただし、「nude」や「YOYOCHU」、そして今回の「AV」現場体験を経て、「AV」には少々関心を持ったが、私は「AV」そのものは今後ともあまり見たいとは思わない。

めったに観ることのできない被写体を、確実にカメラに納める。これは「ドキュメンタリー」としての「映画」の根源的な力である。今回の「映画三昧日記」の冒頭に記した「ショージとタカオ」がそれであった。14年間の二人の男の、心理的・肉体的・社会的変化を捉え続けたパワーがそこにあった。

例えば「地獄のローパー」における早乙女宏美の、全裸亀甲股縄縛り10メートルのクレーン宙吊りの凄みも、それに通じるといえるだろう。それに引き換え「AV」の被写体はどうだろう。本番を含めた性行為は、プライベートでは誰でもやっていることに過ぎない。そもそも、あれは私は見るものではないと思っている。「では、何するもんなの?」と言われると、それはそれで困るが…。いずれにしても、私にとって「AV」は「映画の魅惑」とは全く別物であり、今後も積極的に見ることはないであろう。

二日間の「AV」現場体験だったが、いろいろなことを感じさせてくれるものであった。
映画三昧日記2011年−1

●まずは年末落ち穂拾い
ご無沙汰いたしました。昨年8月9日(月)以来の「映画三昧日記」です。例年8月に入ると「湯布院映画祭日記」の幕開けが近付き、こちらの方は大きな空白となるのですが、それにしても、昨年から今年にかけての空白は長いと思われるかもしれません。でも、この日記の後、またしばらく空白が続くことになると思います。

もう、お気づきの方もいると思いますが、今年は「湯布院映画祭日記」完結後、「特別掲載 ミスター・ピンク 池島ゆたか監督 海を渡る !」と銘打たれ、「boobs and BLOOD! International Film Festival」レポートが開始になりました。こちらの方は話題満載で、まだ3回を数えているのに映画祭のオープニングナイトにも至っておりません。本年もかなり継続すると思います。ということで、この後も「映画三昧日記」はしばらく空白が続きます。そこで、年始のご挨拶だけは、このまま閉店と思われないためにも、きちんとしておくことにいたしました。

では、まず年末の落ち穂拾いですが、「蛙の会」公演の話題でございます。

●平成22年12月5日(日)「蛙の会」公演 何とか満員までに至る道筋
mixiネーム「活弁オジサン」こと周磨要の、年に1度の定期的活弁の晴れ舞台「蛙の会」発表会は、今年も無事に満員の盛況裡に終了し、打ち上げも20名を越える盛会だった。しかし、今年程そこに到達するのに苦労したことはなかった。

「蛙の会」の貴重なサポーターとして、社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」の座長にして社会人落語家のあっち亭こっち師匠がいる。私も一座の末席の一員であり、「蛙の会」会員とダブる座員も少なくない。あっち亭師匠は、その顔の広さから、多くのお客さんを呼び込んでくれる。また、打ち上げの司会・進行などでも、大活躍して盛り上げてくれるのである。

「あっち亭こっち一座」がプロデュースしている鎌ヶ谷市主催の寄席がある。今年は、それが見事に「蛙の会」公演とバッティングしてしまった。あっち亭こっち師匠はプロデューサーといっても、主催は市なのだから、日程についてはどうにもならない。しかし、そうなるとあっち亭師匠以下、その縁の方々のお客さんの目減りは否めない。それどころか、常連のお客さんの何人かは、そちらの芸人として抜かれる次第にもなった。いや、「抜かれる」などと少々不穏当な言い方になってしまった。「蛙の会」の会員を抜きに寄席の方をプロデュースするのは、それはそれで苦労がおありだったと思う。

追い打ちをかけるように、この日お江戸日本橋亭の寄席「五人の会」もバッティングしていた。こちらも常連の漫画家バトルロイヤル風間さんがメクリのイラストを担当しており、さらにあっち亭師匠ほどではないにせよ、風間さん関係でも縁の何人か期待できそうなお客さんがいるのである。

これは、かなりピンチだと思ったが、会員には意外と危機感がない。だから今年の私は、いろんなところにリーチを伸ばして、新たな販路としての「PKの会」「東電学園山岳部OB会」などを含め、チケットを売って売って売りまくった。のである。

思わぬ危機は、打ち上げの開催にも訪れた。ベテラン会員の一人の人が、「私はああいう席は嫌いなので、打ち上げには出ない」と言い出したのである。確かに、日頃から大勢の酒席は好きでない方だが、あっち亭こっち師匠に好感を持っているので、仕方なく列席しているという節はないでもない。(今回、欠席を言い出したのは他の理由もいくつかありそうなのだが…)

まあ、一人の人の欠席は本来ならば、どうと言うことはない。しかし、ベテラン会員であり、小沢チルドレンならぬ「○○チルドレン」といった感じの会員が数名いる。雪崩を打って「私も出ません」という事態になりかねない。さっそく私は「チルドレン」の人達にメールを入れた。二人の方が「今年は終わったら帰ります」との返事で、もう一人の人は「出ます」との返事で、残りの人は無回答だった。また、「チルドレン」以外の方も年末のせいか、「所要で欠席します」という人が多く、櫛の歯がかけるように、出席者が目減りしていったのである。

しかし、事態は私にとってさらに悪化していく。ベテラン会員の方は「気のあったものだけで、小さく打ち上げをやりたい」と直前になって宣言したのだ。こうなると「チルドレン」は、全員そちらに合流するのは必然である。チケット販売以外に、打ち上げの人数確保という新たな難題が発生したのだ。

私は、「蛙の会」の基盤の軟弱さを、改めて確認した。要はあっち亭こっち師匠が抜けたら皆コケたということではないだろうか。私が心配することではないといえばそれまでだが、私は大規模の会場を手配した責任がある。これとても、以前はあっち亭の師匠が公演がはねた後、大規模の会場探しに苦慮しているのを見て、ここ2年程は私が自主的に会場を確保していたのである。その責任が重くのしかかってきたのだ。しかし、ボヤいても仕方がない。あっち亭こっち師匠抜きでも、ここまでやれるという気概を持つしかないのである。

幸いにも私がチケットを売りまくったこともあり、また新会員も結構チケットを売り捌いたようで、客席は例年同様の満員にこぎつけることができた。

うれしかったのはバトルロイヤル風間さんが、お江戸日本橋亭に向かう前に来場してくれ、時間ギリギリまで見物してくれて、ブログでも『帰るに帰れぬ「蛙の会」』と粋なコメントを添えて、長文の楽しい見物記をアップしてくれたことだ。

平成22年12月5日(日)大盛況の「蛙の会」公演打ち上げ  でも、これじゃ「アニエスの浜辺」ならぬ「周磨の浜辺」
今年の演者は17人と、例年に比べてかなり多い。しかし「チルドレン」の大量脱北(?)や、年末で所用のある欠席者もあり、結局打ち上げに参加する演者はたったの7人となった。でも、打ち上げの成立に危機感を持っている人は全然いない。まあ、場所予約した私とは立場がちがうのだから、当然といえば当然だ。演者以外のお客さま側からの参加は、湯川博士さん・恵子さんご夫妻の知人の二人のみという現状だ。

私は、打ち上げの参加者確保に奔走する。夢月亭清麿師匠を中心とする方々は、いつもどおり参加を快諾してくれた。意外と人見知りで、こういう会には顔を出したがらない「東電OB」「映画友の会会員」にも積極的に呼び掛け、珍しく何人かが参加してくれた。嬉しかったのは、池島ゆたか監督を中心とした「PKの会」の面々の大量参加だ。特に池島監督は、来年デビューの新人女優さんまで連れてきてくれて、席に華を添えてくれた。感謝である。

かくして打ち上げは、20名を越える盛会になった。「年末で皆さま所用が多く、演者の参加が少なくてスミマセン」とお詫びする。誰かが「要するに周磨派ということね」と、ジョークを突っ込む。いえいえ、周磨派なんてとんでもない。私はそんな器ではありません。

しかし、私個人に限ってみれば、感無量となった打ち上げだった。あちらに人生の多くで苦楽を共にした「東電OB」軍団がいれば、こちらには現在の私にとって最も近しい「映画友の会」会員がいる。向こうには夢月亭清麿師匠を縁として親しくおつきあいさせていただいた方々、さらに最近ますます距離が接近している池島ゆたか監督を核にした「PKの会」etc…。

「2009年映画三昧日記−20」で、私は「蛙の会」の客席を「アニエスの浜辺」に例えた。「アニエスの浜辺」は、多くの友人・知人・かつての仕事仲間に囲まれたアニエス・ヴァルダ監督を追ったドキュメンタリーだ。とするならば、これは「周磨ワールド」ならぬ「周磨の浜辺」ではないか。災い転じて福、年末にこんな素晴らしい空間の真っただ中にいられるとは、何と素敵なことなのだろう。

ただ、私はこれをただ一度の至福として、今後繰り返したいとは思わない。私は、気のあった「チルドレン」に囲まれてご機嫌になる趣味は、全くない。こういうことは、一生の内にたった一度あればいい。私は、もっともっと様々なグループの人が和気あいあいと集い、そうした中で友達の友達の友達が、友達になっていくような場が好きなのである。

いろいろ紆余曲折はありましたが、年始からの年金生活者で、初めて24時間映画三昧だけで暮れた2010年は、「周磨の浜辺」という素敵な思い出を残して終わりました。

●年始のご挨拶代わり とりあえず2010年の私のベステトンをご紹介
日本映画
  @川の底からこんにちは  Aヘヴンズ ストーリー
  BBOX 袴田事件 命とは  Cアウトレイジ
  Dアメリカ−戦争をする国の人びと−  Eトイレット
  F鉄男 THE BULLET MAN  G今度は愛妻家
  HACACIA  I奴隷船
外国映画
  @トイ・ストーリー3  Aインビクタス 負けざる者たち
  Bアバター  C海の沈黙  D息もできない
  Eミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士  Fブロンド少女は過激に美しく
  Gグリーン・ゾーン  Hパラノーマル・アクティビティ
  Iデイブレイカー

(なお、これは前年の23日以降公開の正月作品を2011年扱いするとのキネ旬仕様ですので「アバター」も入っております)

コメントは付しません。何であいつが、こんなアホな映画褒めるの?と思う方もいると思いますが、そのあたりはご想像におまかせいたします。

冒頭に記したように。ロスのレポートが終わるまで、この「映画三昧日記」は新年の挨拶程度で、しばらくはお休みになります。しかし、また必ず帰ってまいります。

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