周磨 要の 2010 ピンク映画カタログ


●周磨 要プロフィル
映画ファン歴は、小学生の頃の東映時代劇に端を発し、現在は「無声映画からピンク映画まで古今東西邦洋を問わず、すべての映画を愛する男」になって、約50年弱の映画好きである。

東京電力社員のかたわら、何とか24時間映画三昧の身になりたくて、映画評論家になるべく研鑽を重ねるが、願い空しく映画評論界から全く相手にされず、東電を55歳まで勤め上げて定年に至る。その後は東電グループ会社に転籍となり、それも60歳で定年、さらに月10日勤務の嘱託として残留し、昨年6月末その嘱託契約期間も満了となり、現在は年金生活者で、やっと24時間映画三昧の身分になった。

昨年は、映画2本にエキストラ出演した。ところが、初号試写を観させていただいたら、何と!私の名前がクレジットされているのである。これが相次いで今年に公開される。1本目は1月22日(金)上野オークラ劇場にて封切の「人妻教師 レイプ揉みしごく」、2本目は3月6日(土)銀座シネパトスにてロードショーの「奴隷船」だ。

「奴隷船」は、新東宝の一般映画のエロス大作(ロードショー後にはピンク専門館にも流れるでしょうが)だが、これは傑作です!昨年の12月24日(木)に初号試写を観させていただきましたが、SMを興味本位に扇情的に煽ることなく、人の心の闇に迫っています。詳細は「映画三昧日記」に寄り道して下さい。

本年も「ピンク映画カタログ」と「映画三昧日記」をよろしくお願いいたします。
「周磨 要の映画三昧日記」
周磨 要のピンク映画カタログ 2005
周磨 要のピンク映画カタログ 2006
周磨 要のピンク映画カタログ 2007
●周磨 要のピンク映画カタログ 2008
周磨 要のピンク映画カタログ 2009
周磨要の掲示板 

「周磨 要の湯布院日記」

「周磨 要のピンク日記」
「おたべちゃんのシネマシネマ」
2010年ピンク映画カタログ−26

2010年12月8日(水) ●上野オークラ劇場
「ザ・痴漢教師3 制服の匂い」 1999年公開
監督・池島ゆたか  脚本・福俵満  主演・里見瑶子, 杉本まこと

主人公は、杉本まことの高校教師である。これも前世紀の作品だが、この頃は主人公を男にすることが、それ程タブーではなかったようである。彼の赴任している高校は荒れた教室であり、気弱で生徒に不人気の彼は、ビクビクして毎日を過ごしている。

そんな彼を慕うのは、家庭的な不幸な境遇の生徒の里見瑤子である。憧れの先生に声をかけ通学電車もいっしょだ。でも、杉本まことは、そんな彼女のスカートの中を盗撮する情けなさだ。そして、彼女が痴漢に襲われても助けることもできない。

杉本まことは、教室の中で里見瑤子の裸体を妄想する。10年以上前の、セーラー服が最も似合い、ピンク界で処女に見える貴重な女優の、里見瑤子の初々しいヘアヌードが素敵だ。

そんな状況の中で、近くで女子高生を狙って局部を抉る猟奇殺人事件が発生する。そして、硬派の体育会系教師が赴任し、不良生徒を片っ端から懲罰していく。ひょんなことから、杉本まことの盗撮カメラが明るみになってしまう。当然、猟奇殺人事件の嫌疑は彼にかかる。

真実は、正義感が行き過ぎた体育会系教師の犯行だった。この教師の、「天誅!」と絶叫して次々と凶行を重ねて行くシーンは、鮮烈である。この頃は、ピンクも血みどろに関して、まだ寛容だったのだろうか。池島ゆたか監督は、「極淫セックス 噛む!」(原題「月光の食卓」)同様に、溌剌と血みどろをぶちまけている。

杉本まことを最後まで、「カメラがあっても、先生が撮ったと決まったわけじゃない。先生が犯人のはずがない」とかばい続けるのが、生徒の里見瑤子である。そして、二人は体を重ねる。ここまでくると、すべてが杉本まこと教師の内宇宙(インナースペース)の妄想のようにも見えてくる。猟奇殺人の強烈さも含めて、めくるめくファンタステイックな映像が連続し、それが最高だった。しかし、この日も新東宝旧作の例にもれず、上野オークラのディジタル上映の映像が最悪だったのは残念だが、もうここではこれ以上は言うまい。

映画もさることながら、この頃の里見瑤子の、「金魚の妖精」「戦前の薄幸な美少女の精霊」「ドラ息子のなれの果てのニューハーフ」「連合赤軍の女斗士」「処女で逝ってしまい49日間、この世をさまよう幽霊」と、年齢不詳・いや性別すら不詳の宇宙人だった魅力を改めて堪能した。

池島ゆたか監督が「凄玉」と称している現在の里見瑤子もいいが、かつて「御贔屓里見瑤子嬢」!との連続7文字を、私が連発してハシャいでいた頃の里見瑤子はやっぱりいい。

「痴女の熟尻 やりたがり」(旧題「異常体位 大淫乱」) 2000年公開  
監督・勝利一  脚本・国見岳志  主演・麻宮淳子,里見瑶子

キャバクラのママの麻宮淳子は、品のよい店から、男からひたすら金をむしり取るエッチサービスの店に方針転換する。そんな時に、アルバイトとして20才の女子大生で、まだ処女だという里見瑤子が現れる。父が事業に失敗し、稼がねばならぬというのである。麻宮淳子は、そんな里見瑤子を叱咤激励し、稼げるキャバクラ嬢へと仕立てあげていく。

麻宮淳子自身も、会社社長の久須美欽一に貢がせるだけ貢がせて、経営が不如意となるとアッサリ捨て去る冷たさだ。かくして、金庫は札束の山に満たされる。給料日には、ホステス達にタップリ報酬を出せるとほくそ笑んでいたら、当日になったら「拝借します」と1枚の写真のみで、金庫はもぬけの空になっていた。写真は高校の卒業式の時の記念写真と思われる父娘の姿。それは、久須美欽一と里見瑤子の姿だった。

やや、意表をついた楽しい幕切れともいえるが、それよりも何よりも、ここでも処女に見える女優にしてセーラー服が似合う女優の、里見瑤子、いや「御贔屓里見瑤子嬢」の魅力満開の、懐かしい一編でした。

「肉体婚活 寝てみて味見」 2010年公開
監督・森山茂雄  脚本・佐野和宏  主演・みづなれい,上原優

ゼロ年代にデビューし、今や期待の中堅となっている森山茂雄監督の2年ぶりの新作だが、今回は意余って力足りずというか、好意的に言うならば面白いところはいくつもあるのだが、それが一つにまとまらず散漫に終わった惜しい一編と言える。

ルームメイトとして同居している対照的な「みづなれい」と上原優が主人公だ。「みづなれい」は、後腐れない男との関係が好みで、部屋では下半身はパンティ一つしか身につけない奔放な女。上原優はアラサーで婚活に夢中。玉の輿に乗ることに励む。婚活相手を自宅に手料理で迎えようとすると、留守中にそれを平らげてしまう「みづなれい」のチャッカリぶりが楽しい。

「みずなれい」の婚活相手の後藤佑二は早漏で、彼女をがっかりさせる。冷たい反応に落ち込んでいる後藤佑二に、「原因を調べてあげる」と迫っていただいちゃう「みずなれい」のチャッカリぶりが、ここでも楽しい。「みづなれい」と上原優の凸凹コンビぶりは、それなりに見所になっている。特に「みづなれい」のアッケラカンとした個性は、新人賞の有力候補である。

二人の入り浸るバーのマスターが佐野和宏。3人目の女優が、今や「どこでも顔出す」がキャッチフレーズになりそうな倖田李梨だ。これが恋愛と失恋を繰り返し、ヤケ酒をくらうという豪快な女。例によって相変わらず倖田李梨は弾けており、これも見所だ。

倖田李梨を慰めがてら、マスター佐野和宏は図々しくいただいてしまう。佐野和宏は、「みづなれい」と上原優とも、何だかんだと言い寄って、こちらもいただいてしまう。ベテラン佐野和宏の怪演は、やはり魅せる。これも見所の一つになっている。

このバーの常連にマスク姿の伊藤太郎がいる。常連といってもウイスキー一杯だけを、顔がみえないように少しマスクをずらして、一息で飲み干してすぐ帰るという奇妙な客だ。「みづなれい」と上原優のコンビは、彼が自殺するのじゃないかと思い接近する。

伊藤太郎のマスクは鼻下に大きな黒い痣があるのが原因だった。彼は童話を執筆中だという。まだら模様のカラスが主役の「みにくいあひるの子」風のお話で、これが静止画で紙芝居もどきに紹介される。ただし、凝っている割にはあまり効果的とも思えず、面白みは薄い。

以上、あれやこれや、見所が無いではないが、それらが一つに収斂することもなく、とっちらかった印象だけを残して映画は終わるのである。
2010年ピンク映画カタログ−25

2010年12月1日(水) ●上野オークラ劇場
「熟女7人 淫乱天国」 (旧題「七人の熟女 淫乱」) 1994年公開      
監督・深町章  脚本・瀬々敬久  主演・池島ゆたか,林由美香

私が集中的にピンク映画を観だしたのは、2000年の秋頃、「映画芸術」誌の連載がきっかけだったので、前世紀のピンクには詳しくない。1994年のこの作品を見ると、この頃は今に比して、潤沢で自由だったんだなと、感じざるをえない。

まず第一に、ズバリとタイトルにあるように、女優の7人出演というのが凄い。今は、3人が限度、女優が4人も出れば大作ということだそうだ。また、この映画の主演は、男優の池島ゆたかである。これも現在では、一部の例外を除いて考えられない話である。

映画は主人公の池島ゆたかが、父親の法事を主催することから始まる。彼の妻、義妹、妹二人に、妹の夫という総勢6人である。妹の夫というのが、奇天烈な人間で新興宗教の教祖様、法華太鼓をたたきまくっている。夜になると、その法華太鼓が、女性達をみんな色情狂にしてしまい、オナニーとファックのオンパレードである。このナンセンスの極みが、何ともかんともおかしい。

そんな中で、長男の池島ゆたかは急死してしまう。気が付いたら、どこか懐かしい田舎の庭で目覚める。昔、住んでいた家だった。死んだはずの父母がいる。これも死んだ弟夫婦がいる。私は前世紀ピンクの女優・男優には詳しくないが、この彼岸のパーツでは、父親が清水大敬、弟が荒木太郎、義妹が吉行由実と、私にとっては、なかなかのオールスター的顔触れである。

しかし、同年代の池島ゆたかと清水大敬が、いくら何でも親子はないよねえ、と思っていたら、「植木職人だった父は、まだ若くたくましい姿だった」と池島ゆたかのナレーションでフォローしていた。若き日の両親が眼前に現れる大林宣彦の「異人たちとの夏」の世界ということだ。

そこに、学生時代に池島ゆたかが憧れていたが、早世してしまった林由美香が現れる。回想の中の池島ゆたかと林由美香の、学生服とセーラー服姿が、何ともおかしい。スレンダーな林由美香の神秘的なオールヌードが眩しい。貧乳にして醸し出してしまうこの愛らしさ。ああ、由美香さん…、という気分がやはり高まってくる。

続々と現れる死した人の姿に、池島ゆたかは疑念を感じてくる。弟の荒木太郎から、ここは天国だと告げられる。そして目の前にあるのが三途の川だと教えられる。確かに、石積みの塔はあるし、風車も何本か立てられてクルクル回っている。もちろん低予算のピンクだから、物凄くチープだ。池島ゆたかの、「三途の川がこんなにショボいのかよ」という楽屋落ちの台詞が、何ともおかしい。

ここで、最近の新東宝作品ディジタル上映について、苦言を呈したい。8月に新装上野オークラ劇場はディジタル上映になったのだが、新東宝作品の画質は、本当にひどい。ゴーストは出ているは、ロングになると出演者の顔の表情はモザイクのようにつぶれてしまうは、とても木戸銭を取ってお客さまに観せられるしろものではない。前述した田園風景を三途の川に見立てたロングショットも、本当にひどかった。映画の中で「三途の川がこんなにショボいのかよ」というユーモラスな台詞があるからといって、映像がショボくていいということはない。

技術的な限界ならば何もいわない。しかし、前世紀のXces作品の新版改題再映作品は、悔しいくらい綺麗なのである。私としてはアヘアヘピストンワンパターン、どこから切っても同じ顔が出る好みでない「金太郎飴映画」(どこから観始めて、どこで出ていってもいいこの手の映画の需要があるのは知っているが)が鮮明な映像で、作品的に優れている新東宝作品が目を覆うような映像なのは、本当に悲しくなってくる。この日の上野オークラ劇場も、3社そろい踏みの3本立だったが、映像の質の良さはXces→OP→新東宝の順であった。

天国の林由美香は人妻だったが、現世の想い止み難く、池島ゆたかとの不倫に走ってしまう。これは天国では御法度だ。池島ゆたかは、お釈迦様に呼び出しをくらう。このお釈迦様れが、現世での妖しげな教祖役との二役というのが人を喰っている。その先は、さらに人を喰った展開となる。教祖は、お釈迦様の分身として現世に生まれ変わったのだが、あまりに出来が悪いので、お釈迦様はあの世に呼び戻そうと考えた。だが、まちがえて池島ゆたかをあの世に送ってしまったとのことなのである。池島ゆたかは、罰やお叱りを受けるために、お釈迦様に呼び出されたのではなかったのだ。

妖しげな教祖との交替で、池島ゆたかは前世に還されることになる。家族との別れの時、弟の荒木太郎から死別した妻のことを頼まれる。彼女は、亡父のことが忘れられず、未だに一人身だ。新しい人生を歩ませるようにしてくれということだ。

かくして、池島ゆたかは現世に蘇生する。当然、天国での記憶はない。しかし、弟の頼みは潜在意識に潜んでいたようで、義妹に弟のことはもう忘れ、新しい人生を生きてほしいと諭す。ここからまた意外な展開となる。義妹は、義兄の池島ゆたかに以前から想いを寄せていたのである。ただ一度だけ抱いてほしいと懇願されて体を重ね、そして義妹は新しい人生へと旅立っていく。義妹を抱くことで、亡き弟の望みをかなえてやるというパラドックスは、ピンク映画ならではの洒落た締めくくりといえる。

最後は、池島ゆたかの心の底に、なんだかとてつもなく懐かしい世界から帰ってきたような感慨が、湧きあがってくることで終わる。これは後の「トーキョー×エロティカ 痺れる快楽」「ヘヴンズ ストーリー」などに連なる脚本・瀬々敬久の、死生観・時空観の原点にもなっていると思う。このあたりは、練達の職人・深町章のパーツではなかろう。

「やりたいOL 純ナマで激しく」 2007年公開
監督・関根和美 脚本・関根和美・水上晃太 主演・瀬名ゆうり,坂井あいり

現在のピンク映画のスタンダードで、出演女優は瀬名ゆうり、坂井あいり、谷本舞子の3人。この3人全員とからむとんでもない男優が天川真澄である。

天川真澄は、恋人の瀬名ゆうりと同棲していてラブラブである。瀬名ゆうりの親友に坂井あいりがいる。瀬名ゆうりは化粧品販売の仕事が不調で落ち込んでいる。天川真澄は彼女を元気づけるために、瀬名ゆうりの親友の坂井あいりを、自宅に招いて3人の食事会を開く。そこで坂井あいりは泥酔してしまう。

天川真澄は、坂井あいりを自宅まで送ってゆくが、彼女に言い寄られて浮気をしてしまう。実は、恋人のいない坂井あいりは、瀬名ゆうりに嫉妬して天川真澄を奪ったのである。

さらに、天川真澄は谷本舞子と、すでに婚約中であったのだ。ということで、一人の男優に3人の女優をカラませる濡れ場の方便としてのストーリー展開であり、都合よく男が女と次々と寝ることができるという凡ピンクである。

この映画の魅力は、脇役の牧村耕次に尽きるだろう。しがない初老の新聞勧誘員兼配達員だ。瀬名ゆうりは配達に来た時、明るく挨拶の声をかける。勧誘にも応じた。そんな些細なことだが、孤独な牧村耕次は、陰ながら瀬名ゆうりを慕う。「幸せも配達します」との気持で、親友も恋人も失った彼女を幸せにしようと願う。

ここから先は、牧村耕次の幻想とも妄想ともつかないシーンが連続する。彼は神出鬼没に瀬名ゆうりの前に現れ、彼女も彼を向かい入れ、エロチックにからむ。と思ったら、単なるオナニーのシーンに転換したりする。親友であった瀬名ゆうりと坂井あいりのレズシーンなんかもあったりする。この脈絡のない場面の連続は、あまり効果的とも思えなかったが、少なくとも牧村耕次の初老男の哀愁だけは、見所にはなっていた。いや、それだけしか無かった映画と言えるだろう。

「お掃除女子 至れり、尽くせり」 2010年公開
監督・脚本・工藤雅典  主演・星野あかり,佐山愛

星野あかりは女優志望だが、今は個人の掃除会社を開設して生計を立てている。自殺死体で汚れた部屋の片づけのような、人の嫌がる清掃を積極的に引き受ける。お得意さまの一人にスター俳優の深澤和明のマネージャーがいる。スター俳優は、やはりスター女優の妻の酒井あずさに隠れて、他の女優の佐山愛と浮気をしている。マネージャーに頼まれて、浮気の痕跡を抹消する掃除の役割を、星野あかりは請け負っている。

ここまでくると、これが「サンシャイン・クリーニング」のピンク版であることが解ってくる。そして、星野あかりは、掃除会社でのスターの浮気痕跡抹消を通じて、マネージャーから芸能界有力者を紹介してもらい、デビューを目論んでいるという展開に連なってくる。

スター女優のマネージャーは、星野あかりにテレビ局のプロデューサー清水大敬を紹介する。そこには、犬の首輪をつけられて奉仕する若手女優もいた。そんなことまで付き合えず、星野あかりはプロデューサーの所からきっぱりと立ち去る。現在は監督としても活躍する俳優出身のベテラン清水大敬は、相変わらずの怪演ぶりである。

 星野あかりのアパートの隣人に、俳優出身と称する老人の野上正義がいる。彼は、いつも星野あかりを励ましているが、テレビ局のプロデューサーから屈辱を受けた彼女は彼に八つ当たりし、「あんたなんて、どこにも見たことがない!」と冷たい言葉を投げつける。程なく野上正義は息を引き取る。星野あかりは同居していた弟の園部貴一と共に、身寄りの無い野上正義の葬儀の面倒を観る。遺品からは彼の大部屋時代の整理された写真が大量に出て来た。彼の、無名だが誇りを持って生きていた俳優人生が、そこで浮き彫りになる。野上正義の初老男の哀愁が、ここでも際立つ。

星野あかりは、姑息な売り込みをやめて、弟と二人で地道に掃除会社を経営しながら、正攻法で女優の道を目指すという何とも平凡な展開で、映画は幕を閉じる。ここは例えば、媚びない毅然とした態度が、清水大敬プロデューサーの眼にとまって、女優としての道が開けるとかの、ヒネりが欲しかったところだ。

結局は、「サンシャイン・クリーニング」ビンク版という素材だけの面白さと、本筋ではない脇の清水大敬・野上正義の二大ベテラン俳優が良かったというだけの映画に終わってしまった。

メインの女優がパッとせず、脇のベテラン男優が目立つという映画が、2本続いてしまった。ピンク映画を観に来た身としては、やや寂しい限りだ。
2010年ピンク映画カタログ−24

2010年11月23日(火) ●上野オークラ劇場
「女将三十五才 染み出すシーツ」 (旧題「熟女温泉女将 うまのり」) 2001年公開
監督・新田栄  脚本・岡輝男  主演・仁科夕希,林由美香

仁科夕希、林由美香、佐倉萌の三人の女優が、三部構成よろしく濡れ場を連続する。例によってのXces=新田栄映画だが、スレンダーな仁科と由美香、豊満な萌というボディの対比と共に、濡れ場にもそれなりのバリエーションもついており、いつものアヘアヘピストン・ワンパターン金太郎飴映画よりは、まあ一応見ていられるものにはなっていた。

舞台は秩父の温泉旅館、女将が仁科夕希、仲居が林由美香、主人が「なかみつせいじ」という顔触れだ。仲居の林由美香は、主人の「なかみつせいじ」に想いを寄せており、あわゆくば女将の座を乗っ取ろうと、虎視眈々である。

そんな旅館に著名なガイドブックライター水島栄一が訪れる。彼にお墨付きをもらった旅館は必ず繁盛するとの定評のある男だ。女将は丁寧に観光地を案内するが、それだけでは不安で、混浴熱燗サービスから、ついに体まで与えて接待してしまう。ちょっと司葉子似のスレンダーな和服美人の仁科夕希は悪くない。この男の正体は、実は旅館荒らしの常習犯だったことでチョンとなる。ここまでが第一部といったところか。

林由美香は、このことで仁科夕希と「なかみつせいじ」の夫婦仲が悪くなることを期待する。そして、「なかみつせいじ」との情事を妄想し、自らの体を慰める。林由美香オナニーショーの趣きで、ここもキュートな由美香がなかなかいい。

次は、コンパニオンが大量入院して、林由美香の仲居が急場のコンパニオンにならざるをえなくなる。主人の「なかみつせいじ」のために、林由美香は人肌ぬいで、エロエロ接待に励む。由美香の奔放でユーモラスな個性がここでも輝く。ここまでが、第二部の林由美香篇といったところか。

そこに、林由美香のかつてのOL時代の同僚でライバルの佐倉萌が、エリート社員の入江浩治と婚約したので、それを見せつけに来る。林由美香は見栄を張って、リストラされた後は玉の輿で旅館の女将に納まっていると、嘘の便りを佐倉萌に出していたので、それを確認に来たのだ。豊満な佐倉萌と入江浩治のラブラブ濡れ場が、第三部の萌篇といったところだ。

三女優の見せるべきものは見せたのだから、そこから先のストーリー展開はどうでもいいものだが、一応簡単に紹介しておく。女将の仁科夕希は、林由美香の気持を理解して、俄か女将にとなりすますことに協力する。付け焼刃はすぐにバレてしまうのだが、女将の仁科夕希は「この人は旅館にいなくてはならない人です」と、佐倉萌にキッパリ告げる。自分の意地悪さを反省した佐倉萌は、自分もリストラされ、婚約者もエリート社員なんかではなくフリーターだと、真実を告げる。こうして、林由美香と佐倉萌は仲直りする。また、女将の自分を大切に思ってくれる心情を知った林由美香は、主人の「なかみつせいじ」を奪って女将に納まろうとした気持は、全くなくなる。

フィニッシュは、仁科夕希と「なかみつせいじ」の濃厚な夫婦の濡れ場だ。激しいカラミのストップモーションにエンドタイトルがかぶるのが、ピンク・エンタテインメントとしてはやや洒落た幕切れとなる。まあ、その程度を洒落たと形容するしかない程度の、ピンク・エンタテインメントの一篇であった。


この日の上野オークラ劇場で観た初見映画はこの一本のみ、もちろんこんな新田映画(失礼!)を観るためだけに、上野オークラ劇場に足を運んだわけではない。前回の「ピンク映画カタログ−23」で初号試写で観たことを紹介した「性愛夫人 淫夢にまみれて」が劇場公開になり、それに合わせた池島ゆたか監督と監督ゆかりの女優陣の舞台挨拶が、メインのお目当てである。

ということで、「性愛夫人 淫夢にまみれて」を三ヶ月ぶりに再見した。すでにストーリーの裏を知ったうえでの鑑賞だが、逆にそのことが描写のニュアンスを別の角度から味わうことができて面白かった。

意外だったのは、前回鑑賞時に強烈な印象を残した里見瑤子が、案外出番が少なく、改めて観たらたったの2シーンのみだったことを確認したことだ。これだけで強烈な印象を残した里見瑤子!確かに池島ゆたか監督が「凄玉」と形容しただけの存在といえる。また「なかみつせいじ」の、妻を喪いドラマの転換点を迎えるシーンの大熱演は、その素晴しさに改めて感じ入った。

この日、特筆すべきことが起こった。映画終映後、上野オークラ劇場内が拍手の嵐に包まれたのである。上野オークラ始まって以来、いや、ピンク映画専門館で初の快挙ではないだろうか。いずれにしても「性愛夫人 淫夢にまみれて」は、繰り返しの鑑賞に耐える力作である。
2010年ピンク映画カタログ−23

2010年11月22日(月) ●番外の2本
これから紹介する2本は、いずれもかなり前の8月の鑑賞作品である。1本は池島ゆたか監督のご好意で初号試写を観せていただいた。「性愛夫人 淫夢にまみれて」、もう1本は、湯布院映画祭で観た「歓びの喘ぎ 処女を襲う」だ。

「性愛夫人 淫夢にまみれて」は、サイコ・ミステリーである。とても映画封切前に映画評で詳細を公表できる作品ではない。(公開は11月19日)ということで、ルール違反を回避するために、映画評公表が今に至ったということである。

「歓びの喘ぎ 処女を襲う」については、すでに「湯布院映画祭日記2010−6」で紹介しているが、その抜粋の再掲である。

なぜわざわざ、鑑賞日と別の日付を付して「番外」と称したかというと、これは「ぼくら新聞+13号倉庫のHP」のトップページからログインする「ピンク映画カタログ(ピンク日記)総索引」と関係があるのだ。今年年頭に2009年末までの総索引を掲示したが、これは毎年年末に更新することで考えている。索引のキーは「映画評掲載日」だ。

通常は鑑賞日と映画評掲載日は、時系列が同じであり問題ないのだが、このように鑑賞後かなり後になってから映画評を掲載した場合は、時系列が乱れ、検索が難しくなってしまう。そこで、鑑賞日とは別に「番外」として映画評掲載日を付したわけである。

「歓びの喘ぎ 処女を襲う」について、あえて「湯布院映画祭日記」から抜粋転載した理由は、一応「ピンク映画カタログ」の方でも、記録として残しておこうと思ったからだ。

現在も、初号試写で観ているが、映画評は未公開の作品が2本ある。1本は、私がエキストラでなく初めてキャスティングされて出演(勿論ほんの端役、当然からみも濡れ場もありません)したので、初号試写を観た清水大敬監督作品の「愛人OL えぐり折檻」。もう一本は例によっての池島ゆたか監督のご好意で初号試写を観せていただいた「いんび快楽園 感じて」だ。

いずれも10月28日(木)、11月12日(金)に鑑賞済だが、公開は年明けになる。2本ともミステリーやネタバレを心配する作品ではないにせよ、やはり一般公開前に詳細を語ってしまうのは問題がありそうなので、公開直前になったら、前宣伝も兼ねて映画評の公表をしようと考えている。

清水大敬作品については、「撮影参加体験記」なども兼ねて、いろいろ裏話なども紹介したいとおもうので、期待してください。


2010年8月5日(木) ●東映ラボ・テック
「性愛婦人 淫夢にまみれて」 2010年公開
監督・池島ゆたか  脚本・後藤大輔  主演・竹下なな,里見瑶子

池島ゆたか監督のご好意で、初号試写を観せていただいた。かなり時間が経過してしまったが、公開前に具体的に語るのはいかがと思う要素の強いある種のサイコミステリーなので、あえてこの時期に紹介することにした。

まずは、これは後藤大輔ワールドである。虚実皮膜の世界が、ここでも奔放に展開される。2番目に、これは当初は新東宝の深町章作品の企画だったのがスライドしたとのことのようだが、確かに登場人物5人、場所は伊豆半島のペンションと病院の二ヶ所に限定というシンプルさは、典型的な練達の職人・深町監督の世界だ。けれども、それらをしっかり踏まえて、これを池島ゆたか流エンタテインメントに包括して魅せたあたりは、今や乗りに乗っている池島監督ならではと言えよう。

冒頭、世捨て人のように伊豆のペンションで暮らしている竹下ななと「なかみつせいじ」の夫婦の、朝食風景が描かれる。「あなたは誰?」と、妻の竹下ななは夫の「なかみつせいじ」に何度も問いかける。妻は若年性痴呆症になり、夫を認識できなくなっているようだ。自宅には何故かお骨が安置してあり、里見瑤子の写真が飾られている。「あなたは誰?」竹下ななは掃除の合間に、その写真にも語りかける。

元高校教師であった「なかみつせいじ」は、今は退職して伊豆半島の化石発掘に夢中になっている。ここで、後藤ワールドならではの壮大な虚実皮膜の蘊蓄が展開される。伊豆半島は、太古の昔の南の島が、フィリピン海溝プレートの地殻変動で、日本列島と合体したそうなのである。だから化石の中にも、本来日本には棲息しえない南洋の生物のものが発掘される。「なかみつせいじ」は、その生物の歯を首飾りにして、妻の竹下ななにブレゼントして、愛の力で記憶を回復させようとする。

伊豆半島に、「なかみつせいじ」の弟の野村貴浩が訪れる。軽薄な男で兄から金を引き出そうと目論んでいる。だが、交通事故に遭って、病院にかつぎこまれ、看護師の琥珀うたに看護されることになる。琥珀うたは、医師に振られたばかりで心が荒んでいる。患者の野村貴浩に、やさしい言葉をかけられると、「私、弱いんだなあ、また、男のやさしさに賭けてみるか!」と、スペシャルサービスを始めてしまう奔放さが、何ともおかしい。そして、野村貴浩の不用意な一言で、「やっぱりやめるか」とシゴくのを中断してしまい、ヒーヒー悶えさせるのが、これも何ともおかしい。琥珀うたの天然ぶりは、新人賞候補の一人となるだろう。

ここから先はネタバレです。

奔放看護師の琥珀うたは、医師に振られてヤケ酒を煽り、山道に紛れ込み、発掘中の「なかみつせいじ」に出会う。そこで、看護師として通院しなくなった「なかみつせいじ」を、心配していることを話す。「なかみつせいじ」は、妻の里見瑤子を病で失った時、そのショックで記憶を失い、義妹の竹下ななを妻と思いこむようになってしまったのだ。その治療のために病院通いをしていたのだ。義妹の竹下ななは、以前から義兄の「なかみつせいじ」に想いを寄せていたので、完全に妻に成り変わっていたということなのである。

真実を告げられた「なかみつせいじ」は半狂乱になり、発掘の金槌を激しく岩に叩きつけるが、その跳ね返りで頭を打ち、完全に記憶を取り戻す。打ち上げの席で、「心理的ショックによる記憶喪失は、外的ショックで蘇ることはない」と誰かが指摘したが、まあ、その辺は不問に付そう。

「なかみつせいじ」は義妹の竹下ななに、真正面から向き合う。「君は私の夢だった」「私はあなたの夢になるわ」こうした二人の粋なダイアローグの交歓でこの映画は、後藤大輔流の虚実皮膜ロマンチシズムにより、幕を閉じるのである。

竹下ななは、異常なまでに激しく潮を吹く。すごいデフォルメである。『池島版「赤い橋の下のぬるい水」ですか。最後に虹は出なかったけど…』と聞いたら、後藤大輔さんは未見で、池島監督は見ていたそうだ。『人の家を借りての撮影だからね。虹どころか、あれ以上に水捲いて、家を汚せないよ』との、ユーモラスなお答えだった。

弟の野村貴浩は、姉妹に共に愛された兄「なかみつせいじ」への嫉妬に狂い、義妹の竹下ななを犯す一幕もある。冒頭で「登場人物5人(中略)というシンプルさ」と記したが、打ち上げでの脚本の後藤大輔によれば、当初の登場人物は4人だったそうだ。要するに野村貴浩の役は、こんなに膨らんでなかったということなのだ。それやこれやを見ると、後藤ワールド+深町世界を、やはり池島ゆたかは自分流のエンタテインメントの世界に、巧みに引き込んだと言えるだろう。

2010年8月28日(土) ●由布市湯布院公民館
「歓びの喘ぎ 処女を襲う」 1981年公開
監督・脚本・高橋伴明  主演・下元史朗,山路美貴

かつての活動家で、今はしがないバーテンをしている下元史朗が主人公だ。革命の挫折を背負い続けているような彼は、そのうっ憤を愛人に対して徹底的にぶつける。SEXはサディスティックだ。部屋を明るくして、めいっばい股を開くように命じ、自らの指でさらに性器を押し広げることを強要し、オ××コを始めとした卑猥な言葉を女に吐かせ続ける。これはエロい。我々の加虐的な興奮を煽る。高橋伴明は、ピンク・エンターテイナーとしての実力も、十分なのだ。

しかも、そのエロさは、男の屈折した心情をブローアップしているのである。ピンクとして十分にピンクであり、尚且つそれでしかできない映画表現に到達している。優れたピンク映画とはこういうものだろう。ピンクに名を借りて、ゲージュツ(あくまでも芸術ではない)を気取るのは、ニセ物ということだ。

下元史朗は、突如バーテンに似つかわしくない丸刈りにしてしまう。商売に差し障ると言うマダムを、ここでも強引にサディスティックに犯して立ち去る。生活の糧を失い、愛人に妊娠を告げられると、逃げるように故郷にもどっていく。新宿の雑踏で、かつての左翼活動家の彼が、右翼の街宣車を何とも言えぬ表情で見つめる。丸刈りの下元史朗の佇まいが味わい深い。

彼の故郷は有明海、水俣病発症の血だ。そこには父と妹が暮らしている。海は汚染され、もはや漁はできなくなっているのだが、それでも漁師の父親は黙々と魚を獲り続け、食卓に乗せて、黙々と娘と二人で食べ続ける。二人は水銀に犯されていく。下元史朗の妹を演じるのは山路美貴、彼女は水銀で次第に脳を犯される。そんな彼女を、漁村の若者たちが集団レイプする。脳を犯された彼女には、もはやそれも快楽としてしか感じられないようになっていた。色情狂と化し、日夜たがわず、相手の男もたがわず、「してくれ〜してくれ〜」とせがみ続ける。父親はその不憫さに、涙と共に我が娘を抱く。

下元史朗が帰郷したのは、そんな地獄の真っ只中だった。やがて父は水俣病で衰弱死し、「してくれ〜してくれ〜」とせがみ続ける山路美貴だけが残される。もはや彼女は色情狂を大きく越えて、聖少女のような輝きさえ発してくる。この時代に数々の作品で描かれた高橋伴明作品の汚れた聖女の魅惑が、ここでも光彩を放つ。もはやここに至ると、父と娘の、そして兄と妹の濡れ場は、エロいよりも切なさしかない。前段のサディスティツクな濡れ場が激しかっただけに、その切なさが一層際立つ。ピンク映画ならではの優れた表現というものは、こういうのをいうのだろう。

下元史朗は、父と同じに漁を続け、父と同じに妹を慰め、そして二人は汚染された魚が乗せられた食卓を囲む。行きつく先は無限地獄だろう。革命の夢は挫折し、高度経済成長に吸収され、そして吹きだまりに寄せられた者たちは奈落に落ちていく。時代に取りこぼされた人々の怨念を、鮮烈に叩きつけた秀作であった。

原題「死に急ぐ海」、良いタイトルだ。ピンク映画は原題に関係なく営業が、目一杯エッチな言葉を羅列して、公開題名をデッチあげる。ただ、感心するのは、単にエッチな言葉の羅列だけでなく、作品内容と不可分に一致していることだ。この映画のタイトルも「歓びの喘ぎ 処女を襲う」、決して嘘は言っていないのである。しかし、こんな題名ばかり考え続ける営業さんも大変だなあ。頭おかしくなってこないだろうか。ご同情申しあげます。
2010年ピンク映画カタログ−22

2010年11月14日(日) ●上野オークラ劇場
「妻のいとこ 情炎に流されて」 2006年公開
監督・荒木太郎 脚本・荒木太郎・三上紗恵子 主演・平沢里菜子・里見瑤子

荒木太郎監督作品で、こんなに何にも内容の無い作品に、出っくわすとは思わなかった。主人公の男の支那海東は、かつては青年実業家として羽振りをきかせ、南洋の島で快楽の極みも過ごしたりした。でも、今は没落し、時にTV出演もするバリバリのキャリアウーマンの妻・里見瑤子に、全面的に世話を受けているしがない専業主夫である。唯一の趣味は料理とドブロク作りという情けなさだ。

妻の里見瑤子のいとこに奔放な平沢里菜子がいる。男を次々と渡り歩き、男が結婚願望を言い出すと、いやになって捨てるということを繰り返している。そんな彼女にとって、愛妻の里見瑤子がいる支那海東は、最も安全牌だ。里見瑤子の数日間の出張中に、彼を誘惑して深い関係になってしまう。

ということで、平沢里菜子と捨てられる男の濡れ場、支那海東と里見瑤子の夫婦の濡れ場、平沢里菜子と支那海東の浮気の濡れ場、さらに回想の南洋の島での島の女の愛川京香を交えた乱交と、濡れ場を並べる方便のストーリー展開は、Xces映画と大して変わるところはない。(南洋の島では、いとこのそっくりさんとして平沢里菜子がビキニスタイルで登場するサービスもある)昔だったら、私の御贔屓里見瑤子嬢は、奔放な平沢里菜子のポジションだったろうな、やや寂しいな、なんて枝葉のことに関心がいってしまうレベルの、凡なお話である。

ただ、画面創りの楽しさに関してはさすがに荒木太郎監督、Xces「金太郎飴映画」とは一味違う。まず、南洋の回想では、漫画チックな太陽のイラストなどを実写に重ね合わせて、ファンタスティックでエキゾチックなムードを盛り上げる。また、里見瑤子がTV出演している時に、TVの内側から覗いているような画面創りをして、支那海東と平沢里菜子の姿を捉えるお遊び感覚も楽しい。また、画面創りではないが、支那海東の役名が小実晶と、そんなあたりも遊んでいる。

さらに、例によって脚本・助監督の三上紗恵子は、女優・淡島小鞠としても参加する大車輪の活躍で、奇天烈な衣装と言動で、意味もなく画面の背後を飛びまわり、相変わらずいいところを浚っちゃうのも、見所の一つだろう。

支那海東は、平沢里菜子を南洋の島に行こうと誘い出し、二人でボートで漕ぎ出すが、台風に遭って見知らぬ島に流されてしまう。このあたりのチープな特撮も楽しい。台風一過の抜けるような青空の下、浜辺での全裸の青姦も、視覚的にはなかなかの見せ場になっている。最後は、台風を心配した妻の里見瑤子が出張を早目に切りあげて帰宅、支那海東との愛を確かめ合い、結婚願望の男を嫌う平沢里菜子にとっても都合のいい展開で、わけの判らぬまま、何となくハッピーエンドになる他愛のない顛末である。


この日11月14日(日)は、倖田李梨さんが企画した舞台挨拶とプチオフ会の日である。私は、「娘の晴れ姿」を見ることもあり、上野オークラ劇場に参上したのである。ということで、荒木太郎旧作も観て、挨拶後のプチオフ会にも参加するためには、この後上映される過去に鑑賞済みの「どすけべ夫婦 交換セックス」にも付き合わねばならない。私は、この的場ちせ流のアナーキーな性の奔流は、決して嫌いではないのだが、この荒木太郎らしからぬ濡れ場連続だけで抒情性皆無の「妻のいとこ 情炎に流されて」に続けて観たのは、いささか疲れた。

さて、倖田李梨さんが何で、「娘の晴れ姿」になるのか。実は私は、清水大敬監督の新作「愛人OL えぐり折檻」の社長役で、映画俳優デビュー!したのである。これまでも、エキストラとして参加して、結果してクレジットしてくれたことはあったが、今回は堂々たる(?)キャスティングされた上でのクレジットなのだ。この社長の娘役が倖田李梨さんなのである。

「愛人OL えぐり折檻」の公開は、年明け2011年の予定で、それまでは当分「倖田李梨の父」で売って行こうと愚考する次第である。「愛人OL えぐり折檻」の「ピンク映画カタログ」に寄せる原稿は、すでに書き上げてあるが、前宣伝も兼ねてアップをお願いするのは、公開直前にしようと思っている。

以前、やはり清水大敬組の作品にエキストラ出演した「人妻教師 レイプ揉みしごく」の時、初号試写直後に「ピンク映画カタログ」に寄稿したら、ある人から「監督が何か言ったわけではないけれど、公開前の映画について書き過ぎだと思う」と指摘された時があった。現在も、池島ゆたか監督のご好意で、初号試写を観せていただき、原稿も書き上げたのが「性愛婦人 淫夢にまみれて」「いんび快楽園 感じて」の二本あるが、特に前者はもろミステリーであり、やはり公開前の寄稿は控えている。そんなことで、「愛人OL えぐり折檻」の「ピンク映画カタログ」アップについては、撮影参加体験記も含めて、少々お待ちください。

その初号試写の一本、池島ゆたか監督の「いんび快楽園 感じて」の打ち上げの時に倖田李梨さんも来ていたので、「倖田李梨の父でございます。次は日高ゆりあの父になりたいものでございます」とやったら、池島監督に「そんなこと、誰が決めたの」とあっさりかわされてしまった。まあ、スクリーン・デビューといっても、次がいつあるかなんて全く不透明というそんなところでございます。


「淫乱Wナース パイズリ治療」 2010年公開
監督・加藤義一  脚本・蒼井ひろ  主演・稲見亜矢・葵うさぎ

稲見亜矢=津田篤、葵うさぎ=平川直大、倖田李梨=なかみつせいじ、この3組のカップルが紆余曲折の果てに、どう決着に辿りつくかという極めて古典的なドラマである。ただ、結末から逆算して、ドラマを始めているようなギクシャク感もある。加藤義一一流の、男女の機微をシットリ描いた良さもあるが、もう一つ落ちなかったというもどかしさも残る一編である。

撮影所システム全盛期の大衆映画には、あるセオリーがあった。スタート5分で、着地点が予想される。しかし、その着地点まで至る難関を、どうクリアして結末に到達させるか。その興味だけで、映画を牽引していくのである。

例えばマキノ雅弘の「やくざ囃子」である。やくざ者の鶴田浩二と武家娘の岡田茉莉子が冒頭に出会っただけで、最後はこの二人が結ばれることは判ってしまう。でも、この身分違いの二人がどうやって結びつくんだろう。その興味だけで、約90分を引っ張ってしまうのである。

増村保造の「最高殊勲夫人」もそうだった。開巻で、政略結婚で無理やり結びつけられそうになった若尾文子と川口浩が、「絶対に結婚しない!」と誓いを交わす。でも、この二人が最後には結婚するであろう着地点は、ここですでにもう見えている。後は、この誓いがどう破れらて結婚に至るかの興味だけで、やはり最後まで引っ張っていくのだ。

さて、加藤義一の新作「淫乱Wナース パイズリ治療」である。若き病院長の津田篤と看護師の稲見亜矢は、ラブラブの関係にある。稲見亜矢の悩みは、不埒なセクハラを仕掛けてくる患者の伊集院守である。

そんな病院に押し掛けてきたのが、稲見亜矢の友達の、やはり看護師の葵うさぎである。二人でアキバ系歌手を目指したのに、オーディションでいいところまでにいったにも関わらず、稲見亜矢がお固い看護師の仕事にもどってしまったので「裏切り者」と言って怨んでいる。

葵うさぎは、稲見亜矢と対照的な奔放な女で、患者の伊集院守のセクハラにも堂々と応じ、おっぱい触りOK、フェラしてやったりと、サービス満点である。

自殺願望のあるタクシー運転手の「なかみつせいじ」が、事故でかつぎこまれて来たのは、そんな時だった。「なかみつせいじ」は借金を抱え妻にも逃げられ、入院中も何度も自殺を試みる。彼への同情と、葵うさぎへの対抗意識もあってか、稲見亜矢は「なかみつせいじ」に性的サービスを含めた看護に努める。しかし、いつしか恋人の院長・津田篤の知るところとなってしまう。

津田篤との口論の勢いで、稲見亜矢はまだ松葉杖姿の「なかみつせいじ」を自宅に引き取り、病院を辞めてしまう。再就職活動中の彼女に近づいてきたのが、「なかみつせいじ」に金を貸している平川直大である。彼は稲見亜矢に、自分が経営しているクラブでイメクラ嬢になることを勧める。ナース・コスプレを中心に、彼女はイメクラ嬢になる。そこへ、葵うさぎが追っかけてきて、彼女もイメクラ嬢に変身する。加藤義一作品は、ブッ飛び系列としっとり系列の二種あり、ここまではブっ飛び系列かと思っていたが、ここからしっとり系列に転調してくる。

稲見亜矢は、イメクラ嬢仲間の倖田李梨と出会う。彼女は、愛する夫がいたが、今は別れてしまったと寂しげである。稲見亜矢は、倖田李梨を自宅に食事に誘う。そこで、「なかみつせいじ」と倖田李梨が、意味ありげな視線を交わし合う。そう、愛していたが別れた夫というのは、「なかみつせいじ」だったのである。

稲見亜矢の眼の届かないところで、二人は密談する。倖田李梨は、彼の借金返済のためにイメクラ嬢になったこと、「なかみつせいじ」はタクシー運転手になったのは、彼女を探すためだったことが明かされる。しかし、焼けぼっくいに火はつかない。倖田李梨は、今度こそ「なかみつせいじ」に愛想をつかして去っていく。

実は稲見亜矢は、幸田李梨が持っている「なかみつせいじ」との夫婦二人で映っていた写真を覗き見ていたのである。自宅に招待したのは、二人を引き離すための確信犯だったのだ。しかし、この経過から見ると、稲見亜矢は「なかみつせいじ」とは結婚に至らないだろうと予想させる。最後は津田篤と、元の鞘にもどるだろうと予感させる。でも、その着地点にどう到達させるのか。映画の興味は、そこに移ってくる。

ここから先、ややネタバレ的です!

倖田李梨の元妻に去られた「なかみつせいじ」は、自殺願望がますます強くなる。歩道橋から飛び降りようとする彼。それを止めようと車道に飛び出した稲見亜矢は、逆に交通事故に遭ってしまう。一命は取り留めるが、意識が回復した時、「なかみつせいじ」に出会った以降の記憶は完全に喪失していた。

葵うさぎと稲見亜矢との決着も興味を引くところだ。こちらは、イメクラ経営者の平川直大と結びつくことで、大団円となる。彼は、意外といい奴で、これまでのことを目にしたことから、「なかみつせいじ」の借金をチャラにする。そしてイメクラ経営を止めて。葵うさぎのマネージャーとなり、二人で彼女をアキバ系歌手として売り出していくことを決意する。やや、唐突で、もう少し前段で伏線が欲しかったところだが、この予定調和の仕掛けも、懐かしきかつての大衆映画のセオリーを彷彿させる。

稲見亜矢の記憶から存在が消えた「なかみつせいじ」は、失意のままタクシー運転手にもどる。そこで花嫁姿の稲見亜矢を客として拾うことになる。結婚式場をまちがえてしまったこと、病院長と結婚することなどが、世間話で語られる。「なかみつせいじ」は彼女が津田篤と結婚したことを理解するが、記憶喪失した稲見亜矢にとっては、ただの行きずりのタクシー運転手でしかない。哀愁に満ちた「なかみつせいじ」の味わい深い表情で、映画はエンドとなる。

往年の大衆映画のセオリーから行けば、最後に「なかみつせいじ」と倖田李梨との再会で、3組のカップルが納まるところに納まり、メデタシメデタシとなるところだと思ったが、それはなかった。この日は、倖田李梨さんが企画した舞台挨拶と、映画の関係者も交えたプチオフ会があったことは、前にも紹介したが、オフ会の中でもそれが話題になり、「なかみつ」さんと李梨さんの再会は、尺が無くて切ったんじゃないのとの意見もあった。

その辺のあたりを、プチオフ会で加藤義一監督に聞いてみた。加藤監督は、竹洞哲也監督と並んで寡黙な監督として双璧である。(その意味では、俳優出身でロスの映画祭のトークショーでは、アカペラでプレスリーの歌まで熱唱してしまったサービス満点の池島ゆたか監督と好対照)案の定、「さあ、そういうことは脚本家に聞いてください。と、あっさりスカされてしまった。

そこで、同じ話題を脚本の蒼井ひろさんにを振る。蒼井さんは、タクシードライバーでもある男性だ。私はこの日まで蒼井ひろさんを女性だと思っており、そう思っている人は他にも少なくないようだった。(その意味では、女性と思っていた人が多い桂千穂さんと同様である)蒼井さんの話では、「なかみつ」さんのタクシー・ドライバーには、自分を重ねたところがあり、中年男の哀愁で締めることは当初からの構想で、李梨さんとの再会は考えていなかったそうである。また、往年の大衆映画的予定調和の再現ということも、頭になかったそうだ。

かねてから、私が勝手に「ピンク映画界の松山ケンイチ」と名付けている津田篤さんにそのキャッチフレーズを告げたら、ある現場でやはり松山ケンイチに雰囲気が似ていると言われたことがあったそうだ。私と同じように思う者は、やっぱりいるものだ。津田さんは、演技というのは、その人の過去全体を背負って画面に登場しなければならない難しさを、最近感じ始めていると言っていた。

新人の葵うさぎさんは、舞台出身でピンク映画では新人。終映後の舞台挨拶で、「演技には自信があったのに、出来た映画を観たら、あまりにも下手なのでガッカリした」と語っていた。確かに倖田李梨さんの圧倒的な存在感と比較して、葵さんと稲見亜矢さんの新人二人は、やや弱かったと思う。

さすがに葵うさぎさん本人には言えないので、聞こえないように倖田李梨さんに、その感想を告げた。続いて津田さんの演技論を紹介し、李梨さんに「この温厚な私が父親と知っていたら、演技の質が上がったでしょう」(「愛人OL えぐり折檻」で、父親役が私であることを李梨さんが知ったのはアフレコの時で、「あら、活弁さんがお父さんだったんですか」と言われた)なんてショムないことを言ったりした。(ちなみに。私のmixiネームは「活弁オジサン」、敬称をつけると「活弁オジサン」さんとややこしくなるので、「活弁さん」と呼ぶ人が多い)この件については、李梨さん、ノーコメントで微笑んでおりました。(冷笑かな?)いずれにしても「娘」とも楽しく話せて、楽しいプチオフ会であった。
2010年ピンク映画カタログ−21

2010年10月20日(水) ●上野オークラ劇場
「セクハラ女上司 パンスト性感責め」 2010年公開
監督・浜野佐知  脚本・金澤理奈絵  主演・浅井千尋,淡島小鞠

主人公の浅井千尋は、大手人材派遣会社の新入社員だった頃に、専務の「なかみつせいじ」からパワハラ・セクハラを受けた。でも、それを逆手にとって、今は支部長にまでのしあがっている。そして、男社会に復讐を決意する。

最初に彼女のパワハラ・セクハラの毒牙にかかるのが部下の平川直大で、彼は浅井千尋の虜になってしまい、地方に飛ばされても、浅井千尋への思いが忘れ難く、エリートコースに乗って本社に凱旋してくる。その頃、浅井千尋は新入社員の津田篤を、やはりパワハラ・セクハラの毒牙にかけている。浅井千尋は、「ディスクロージャー」でマイケル・ダグラスをパワハラ・セクハラで犯しまくるデミ・ムーアもかくやと思わせる新人離れした大型ぶりを見せる。ただし、ピンク映画としては、濡れ場の方便でストーリーが転がるよくある展開でもある。

専務の「なかみつせいじ」は、次第に浅井千尋の暴走ぶりに、危惧を感じ始める。そこで、派遣社員の中年主婦の佐々木基子を、派遣会社先の横領犯にでっち上げ、その責任を支部長の浅井千尋に押し付けて、後任には愛人の淡島小鞠を据えようと画策する。

しかし、浅井千尋が機先を制する。佐々木基子の所蔵の派遣先会社秘密データを逆用し、告発して一気に専務の「なかみつせいじ」を社会的に葬る。真相を淡島小鞠に告げて抱き込み、二人で「なかみつ」に迫って、ついには奴隷の様に3Pで奉仕させる。ヌーボーとしているようで、底に女の魔性を覗かせる淡島小鞠の個性が、ここで輝く。

一方、危難を逃れた中年主婦の佐々木基子は、そのいきがけの駄賃で、若い新入社員の津田篤を誘惑する。パッとしない中年女の「性」が、ここで一気に転換して花開くあたりは、さすがに「ピンク界の杉村春子」の面目躍如である。

ということで、最後は浜野佐知流の激しいアナーキーな濡れ場のカットバックで締めくくる。一見、平凡な筋立てに見えて、やはりこれはXces=新田映画とは一味も二味もちがう浜野=アナーキー映画であった。

脚本の金澤理奈絵は助監督も兼任、字義どおりとらえれば、ピンク界の女流作家の新たな誕生と期待していいのだろうか。
2010年ピンク映画カタログ−20

2010年9月8日(水) ●上野オークラ劇場
「扇情教師 お義母さん、もっと」 (旧題「義母と教師 教え娘の部屋で…」) 2001年公開
監督・勝利一  脚本・国見岳志  主演・美麗,河村栞

例によってのXces新版改題作品、例によっての濡れ場の方便で映画が転がる私が名付けるところの「金太郎飴映画」だが、ややいくつかの工夫もあるので、まあまあ見ていられる。

ヒロインの美麗は中国人、中国訛りの日本語で、ネットリ語りかけるのは、一味ちがった色っぽさだ。彼女は歯科医師会の大物の後妻に入った主婦だが、官能小説を執筆中で、これがエッチな言葉を発しながらエッチな行為をしていないと、執筆が進まないという性癖を有している。このあたりのエッチ度にも工夫がある。とにもかくにも、深いスリットの美麗のチャイナドレスは、とりあえずそれだけで魅力だろう。

美麗の義理の娘が高校生の河村栞でマラソンに夢中である。ついでにコーチの先生の竹本泰史ともいい仲である。父親に望まれても医大に進学する気などサラサラなく、学力の成績もあまりよろしくない。美麗の夫は学会出席の出張から戻る前に、妻に家庭教師を探しておけと命じ出掛けてしまう。

家庭教師の伝手のあてもなく、困った美麗は娘の高校を訪れる。そこにいる前夫の教師を頼ろうというのだ。焼けボックイに火がついて、半分は官能小説のネタとしてエッチな中国訛りを乱発しての濡れ場となる。

前夫は竹本泰史に頼み込み、家庭教師として派遣する。ところが娘は医大受験を強要する父に反発していて、家出してしまう。義母の美麗とソリが合わないのも、もう一つの家出の理由だ。家の中は美麗と竹本泰史の二人だけになってしまう。〆切りに追われている美麗は、竹本泰史に原稿執筆の手伝いを頼み、当然ながら彼をエッチな行為にも引き込んでしまう。

ということで、現夫も含めて3人の男優と美麗がカラむというそれだけのための映画である。ただ、官能小説作家の彼女は体位の研究者でもあり、濡れ場の体位は千変万化だ。これに中国訛りのエッチな独白が合わさるのだから、それなりの見物になっているのはまちがいない。

高校生の河村栞とコーチの竹本泰史の濡れ場も当然ある。また、美麗の前夫は理事長の娘の風間今日子と婚約して逆玉を狙っており、当然こっちも濡れ場がある。Xces流のサービス満点とは言えるだろう。

娘の河村栞の家出を聞きつけて、美麗の夫は学会を放り出して帰宅するが、その時に美麗と家庭教師として来た竹本泰史は、エッチの真っ最中、あわててドタバタと、1階から2階へと果てしなき隠れん坊を繰り返すあたりは、褒め過ぎを承知で言うならば、チャップリンの「伯爵夫人」を思い出させるおかしさがあった。

最後に美麗の義母は、義理の娘と仲良くするためには共通の好きなものをもって話題を共有するのが良いと、教師の竹本泰史にアドバイスを受け、河村栞と共にマラソンに励みだすのがオチとなる。まあ、Xces流の金太郎飴映画としては、それなりの工夫はそこそこあった一編とは言えよう。

「変態夫婦の過激愛」 (旧題「過激!! 変態夫婦」) 1988年公開
監督・脚本・細山智明  主演・池島ゆたか,清水大敬

俳優・池島ゆたか(現在は監督としての活動がメイン)が、mixiの日記で自ら「500本超のオレの出演作の中で最もオレが愛してやまない天才・細山智明の最高傑作だ」と記している推薦・自信作だ。ピンク映画にしては珍しく、主演が男優二人の連記になってしまったが、確かに中年男の哀愁をしみじみ描いた異色の秀作である。

学生時代からの友人で、今は中年サラリーマンの池島ゆたかと清水大敬のコンビが主人公だ。中年とはいえ、22年前の池島ゆたかは壮年の男の魅力十分の、二枚目イケメンぶりだ。彼は、浮気をした結果、妻の橋本杏子に家を追い出される。浮気の相手が、学生時代の後輩の男というのが異色だ。ゲイの後輩に迫られて、そちらの気に目覚めてしまったのである。今はその後輩の店に居候となっているしがない身分だ。

池島ゆたかの夫を追い出した妻の橋本杏子の方は、潜在していたレズの魅力に目覚めたというのが、これまた異色だ。橋本杏子のレズ相手は清水大敬の妹というこれもピンクとしては異色のややこしい関係だ。

所在なげに町をさまよっていた池島ゆたかがソープランドに入ると、そこにいたのは何と!、親友の清水大敬の妻の三沢亜也だった。彼女は先物取引に失敗して貯金を使い果たしてしまい、それを補填すべく昼間だけソープで働いていたという顛末なのである。

「いくら何でもできないよね」「でも、お金は先にいただいてますから形だけ…」「では、形だけ…」なんとも頓珍漢なやり取りで二人は体を重ねるが、相性が極めて良く燃え上がってしまう。池島ゆたかは、彼女との逢瀬をいそいそと楽しみに通い続けるようになり、三沢亜矢は池島ゆたかが客として訪れるのを待ち望むようになる。

一方、清水大敬の方も、ややこしいことに巻き込まれる。彼の妹が橋本杏子の前から姿を消してしまい、捜索のために何かと家を訪れて、相談に乗るようになる。橋本杏子は手料理で彼をもてなすが、それが清水大敬の嗜好にピッタリで、次第に妹の失踪の相談で彼女の元を訪れているのか、料理のもてなしが楽しくて行くのか混乱してきて、だんだん妖しい気持ちにもなってくる。

池島ゆたかのゲイ相手の男は、別の人に彼の心が行っていることを敏感に察知して責める。このあたりのゲイ濡れ場は、ピンクにしてはかなりネチっこい。俳優・池島ゆたか、達者であるが、役者もここまでやるのは楽じゃないよなあと、ややご同情も申し上げる。しかし、池島ゆたかがその後にソープランドを訪れた時、ご指名(看護婦のコスチュームが指名ポイント)で出てきたのは、別の女だった。貯金の穴埋めも終わり、三沢亜矢は夫の清水大敬の下へと帰って行ったようだ。

結局、すべて世はこともなし、最後は元のおさまるべき鞘に戻り、中年二人の哀感だけが残るという味わい深い幕切れで終わる。

さて、ここで作品の出来栄えと関係なく、この時の映写状態について苦言を申したい。上野オークラ劇場は、8月1日(日)に新館リニューアルオープンしたが、これを境にディジタル上映となった。このため、作品によって映写状態のバラツキがひどい。特に新東宝の旧作公開のひどさは顕著だ。昔のソフトを引っ張り出したのならともかく、「変態夫婦の過激愛」は新版改題の再発売作品だ。それでこれは無いと思う。

夜のシーンでは、全体が均一でまっ黒けになってしまい、画面の陰影の深さはすべて消し飛んでしまっている。ロングの表情などは、ほとんど確認することができない。あげくの果てはゴーストみたいな影までちらつくのである。悔しいことに、私のあまり好みでない「金太郎飴映画」Xcesの新版公開の方は、それが前世紀の作品でも、実に映像が鮮明なのである。下手をすると新作のOP映画よりも映像がきれいなのだ。これは、映画製作年度の新旧とは関係なく、ソフトをディジタル化する時の経費のかけ方の問題だろう。

Xcesの新版公開の映像の鮮明さと、新東宝の新版公開のひどさは、上野オークラ劇場新館オープン以降、何度か経験している。9月1日(水)には、「極淫セックス 噛む!」と新版改題された「超いんらん 姉妹どんぶり」を観た。タランティーノが主催し所有する劇場での「おっぱいと血の国際映画祭」の招待作品、原題「月光の食卓」である。これもひどかった。「ピンク映画カタログ−16」で、「お竜さん」DVDコレクションお蔵出しということで私も紹介し、大型スクリーンで再見できることを楽しみにして、上野オークラの客席に座ったのだ。ところが、美術・撮影・照明の見事さが魅力の作品が、お粗末なディジタルソフト化で、ほとんど消されている。自宅のTV受像機の再生よりもお粗末だったなんて、これはもう「木戸銭」を取れるレベルの話ではない。

さらに、もっとひどかったのは上野オークラ劇場新館オープニングイベントで、8月14日(土)に観た「セックスガードマン すごい腰使い」(「桃色ガードマン カラダ張ります!」のこれも新版改題再映!)だった。もう、この映像のひどさは筆舌に尽くし難い。ちょっとロングになった川瀬陽太の顔が、モザイク状のサイボーグ状態になっているのだ。多分、VHSソフトからDVDにコピーしたのではないかと、その筋に詳しい人が語っていた。

女の裸を見りゃいいんでしょ、ゴチャゴチャ言うな!、なんて思ってるんだったら大きな間違いである。裸を観に来ている客こそ、女優さんの美しい肌の色艶を観たいのである。「御贔屓里見瑤子嬢」(久し振りにこの連続7文字を使ったなあ)の快演、怪盗ベルサイユの黒薔薇が「アンドレー〜」とヌードで迫るシーンが、こんな映像再生では、本当に泣きたくなってくるのだ。

「恋情乙女 ぐっしょりな薄毛」 2010年公開
監督・脚本・荒木太郎  主演・桜木凛,浅井舞香

桜木凛と津田篤の、幼馴染の若い男と女が、ある事情で3年間別れ別れになり、お互いに変わってしまった相手に戸惑うが、最後は愛を取り戻すというよくあるお話である。荒木太郎監督(脚本も)作品としては、いかにも平凡な筋立てだ。お話は凡でも語り口で魅せてくれればいいのだが、今回は若手の二人がやや力不足で、荒木タッチの抒情もイマイチだった。逆にそれ故に、芸達者の脇役陣のキャラばかりが立ってしまうチグハグな仕上がりになった。

桜木凛は歌手になる夢を見て、牧村耕次の弟子になって、全国回りの旅に出る。津田篤の父の野上正義は経営していた料理屋を潰してしまい、息子の津田篤は再建資金を貯めるべく、地方の建設現場に出稼ぎに出る。桜木凛と津田篤は、三年後に映画館の前での再会を約束し、それぞれの旅に出る。

桜木凛の先生である牧村耕次の歌手はペテン師まがいの男で、雑用係としてこき使うが、いっこうにレッスンなどしてくれない。生活に窮した桜木凛は、姉弟子の里見瑤子の斡旋で、社長の那波隆史との援助交際に応じてしまう。津田篤は、建設現場の親方の愛人・浅井舞香の火遊びの相手にされて、さんざん弄ばれる。

こうして、3年の間に汚れきってしまった二人は、お互い再会に躊躇する。それでも映画館の前で何時間も待ち続ける津田篤、待ち合わせ場所になかなか向かえない桜木凛。姉弟子の里見瑤子の励ましを受けて、深夜、やっと再会する二人。汚れてしまった過去を認め合い、再び愛を確かめ合う。荒木太郎一流の抒情が高まるところなれど、主演二人の力不足で、もう一つ盛り上がりに欠けた。

今やピンク界の松山ケンイチと言いたい新進気鋭・津田篤は、それなりの純朴な個性を発揮してはいる。歌手を夢見る高校生の桜木凛が、セーラー服で「ローレライ」を歌うあたり、彼女も頑張っているのはまちがいない。しかし、脇役陣に芸達者が揃い過ぎた。気の毒だったという感じもしないではない。

冒頭にチラリとしか出てこないが、津田篤の父親役の野上正義、経営する料理屋を潰してしまった初老男の哀感は、圧倒的な存在感だ。出稼ぎに出る津田篤を、奇天烈な衣装で「頑張れよ!」と歌い踊って送り出す近所の娘・淡島小鞠(助監督・三上紗恵子としても作品に参加)も、カメオ出演で、いつもどおりおいしい所をさらう。歌手の牧村耕次は、うさん臭いドサ回り歌手の河瀬順を、歌謡ショーのポスターでも表現して圧巻だ。その牧村耕次とくされ縁のような関係を続けながら、売春までしてかろうじて生計を立てている姉弟子の里見瑤子にも、盛りを過ぎた女の悲しさが漂う。(里見瑤子は、いつしか姉御役が定着してしまった。昔なら、絶対に桜木凛の役回りだったのに…とはもう言うまい)

男の付け人の一人として、荒木太郎監督自身も、ちょこっと顔を出して場をさらう。そして、売春相手のスケベ社長の那波隆史も印象を残し、止めはチラリと登場する桜木凛の病身の母親役で、5月のOP祭りで荒木監督に、ピンク界の杉村春子と形容された(シネキャビンの納涼会で、この件ではしきりと照れていたが)佐々木基子の出陣である。ここまで、芸達者の脇役包囲網にさらされた津田篤と桜木凛は、やっぱりお気の毒と言うしかないようだ。
2010年ピンク映画カタログ−19

2010年9月1日(火) ●上野オークラ劇場
「和服のコンパニオン 極上昇天」(旧題「和服コンパニオン 絶頂露天風呂」) 1999年公開
監督・新田栄  脚本・夏季忍  主演・柿沼ゆう子,林由美香

Xcesである。新田栄監督作品である。そう言えば全部見当がついてしまう映画である。

美容師の柿沼ゆう子は、仕事に空しさを感じ、自分探しの旅に出る。辿りついたのは萎びた温泉地、そこで旅館の番頭・久須美欽一と仲居の林由美香が、青姦にはげんでいるのを目にする。冒頭からXces=新田調全開である。

番頭の久須美欽一は、コンパニオンの注文を受ける。若いのをよこせという要望だ。ただ、過疎の温泉地、コンパニオンはみんな四十、五十の熟女ばかりだ。困った番頭は、よろしき仲の林由美香に、コンパニオンの代行を頼み、由美香もいやいやそれに応じる。

でも、そこはXcesピンク、由美香は即製コンパニオンなのに性器に徳利をはさんで大乗りのショーを展開し、あげくは客ともベッドイン、たっぷりHサービスを見せてくれる。でも、一夜明けたら、私にこんなことをさせて!とプリプリ怒って、愛人の番頭と別れて故郷に帰ってしまう。ドラマ的必然性も何もあったものではない。

困り果てている番頭の久須美欽一に、宿泊客の柿沼ゆう子が後釜を名乗り出る。こちらもノリノリで、女体盛りはやるは、ワカメ酒にも応じるは、いくら自分探しの旅に出たからってやり過ぎだろ!って、ここでもリアリティも何もあったものではない。

コンパニオンとして温泉地に定着した柿沼ゆう子は、かつての美容院の後輩の篠原さゆりが、河原で寂しそうにしゃがみ込んでいるのに遭遇する。東京で失恋して、故郷に帰ってきたという。元気を出させるために、コンパニオンになることを勧める。(これも随分と無茶な展開だ)実は彼女は、久須美欽一の番頭の娘だった。といって、父の久須美が娘の篠原さゆりを叱るでもなく、二人揃ってHコンパニオンにはげんでいると、さらに林由美香も久須美欽一を忘れ難く舞い戻ってきて、三人でのH大競演となる。

要するに、リアリティも必然性もなく、H並べの方便でドラマが転がっていくこれもXces=新田映画の典型であった。二十世紀の若き日の故林由美香さんが拝見できたのが、今観ると唯一の取り得ということか。仲居の時は眼鏡っ子、ここでも由美香さんは、キュートにスクリーンの中で生き続けていた。

「潮吹き花嫁の性白書」 2010年公開
監督・竹洞哲也  脚本・小松公典,山口大輔  主演・かすみ果穂,倖田李梨

ヒロインのかすみ果穂は佐藤玄樹の恋人がおり、結婚20年の父母の倖田李梨と毘舎利敬のような夫婦になりたいと思っている。倖田李梨=毘舎利敬の夫婦は、「ああ言えばこう言うのね」といった掛け合い漫才のようなやり取りで、実に微笑ましい夫婦関係の会話をしているのが楽しい。倖田李梨がかすみ果穂の実母というのは、いくら何でもとも思うが、倖田李梨は実に熟年母の良い味を出している。しかし、かすみ果穂にはレイプ被害に遭ったトラウマがあり、男性恐怖症から脱却できない。

倖田李梨と毘舎利敬の夫妻は、何故か自宅を引き払って、新婚時代の借家に住居を改める。昔馴染みの不動産屋の岩谷健司は、子供の頃から知っているかすみ果穂を、父親のように見守っている。かすみ果穂=佐藤玄樹、倖田李梨=毘舎利敬、かすみ果穂=岩谷健司の人間模様が、竹洞哲也=小松公典の監督=脚本コンビ(脚本は今回は山口大輔との共同)らしく、交情がシットリと描かれる。

ここから先、ネタバレ注意!

かすみ果穂は、親子3人、川の字になって倖田李梨と毘舎利敬の両親の間で寝て、レイプのトラウマを克服する。その時、倖田李梨と毘舎利敬の父母は、もう私達が見守る必要はなくなったわねと、去っていく。要は二人ともこの世の人ではなかったのだ。かすみ果穂が初めての給料で、両親に旅行をプレゼントしたのだが、その時に交通事故で亡くなっていたのである。父親代わりにかすみ果穂をみつめていた岩谷健司の思わせぶりな描写など、そこで納得がいくのである。

ただ、そのまわりくどい仕掛けが効果的だったか否かは疑問だ。この映画はピンクゲリラツァーの一環として10人近くで観たのだが、その後の打ち上げで、府に落ちない人が多かった。「そういうことだよね。俺、一瞬判らなかったから、頭が悪いのかと思ったよ」なんて声も出た。竹洞哲也=小松公典コンビとしては、もっとストレートに男と女の交情をシットリと描いた方が良いと、少なくとも私は思った。
2010年ピンク映画カタログ−18

2010年8月7日(土) ●上野オークラ劇場
「トレイの不倫 人妻援助交際」 1997年公開
監督・脚本・坂本太  主演・中条理佐,葉月蛍

「どんな映画?」って聞かれたら、「ウム、Xcesだよ」と、解る人には解るこの一言で表現し尽くされてしまう。そういう映画である。3人の女優の中条理佐・葉月蛍・吉行由美と、3人の男優の杉本まこと・久須美欽一・山本清彦が、順列組み合わせでキッチリカラんでみせる。(吉行由美には、ついでにオナニーサービスもある)ストーリーにはあまり必然性もなく、濡れ場の方便で転がるだけだから、アヘアヘピストン一本調子で、描写には情緒も何もない。

中条理佐は、大学助教授の杉本まことの妻で新婚1年目、夫はやや疲れ気味で夜の夫婦生活もイマイチ、そろそろ倦怠期にかかっている。中条理佐夫婦と同居の姉が吉行由美で、数多くの見合いを繰り返すが、玉の輿を狙いすぎて未だに独身、妹夫婦の夜の営みを覗いてはオナニーに耽っている。妹の中条理佐としては鬱陶しい限りだが、敷金や家賃を一部負担してもらっているので、経済的事情から追い出すこともままならない。

欲求不満気味の中条理佐に、大学の先輩の葉月蛍が、人妻援助交際をそそのかす。この援助交際場所が、近くの公園にある有料トイレで、何と!使用料5万円!その中での人妻援交サービスが展開されるわけだ。金持の経営者の久須美欽一が、金と趣味に飽かせて完成したしろものだ。このトイレ、ロケセットなんだろうか。3〜4の大小便器のある公衆トイレ風の床に絨毯を引き、奥の空いた空間には応接セットも完備している充実度だ。まあ、面白いのはこのユニーク空間だけで、それもお話の展開に活かされるわけではなく、援交の場もラブホに移ったり、全く一貫していない。当然、中条理佐と久須美欽一は、そこでバコバコ・アヘアヘのワンパターンだ。

中条理佐の姉の吉行由美は、妹の不自然な行状に気付く。こっそり妹の携帯にかかってきた通話を受け取り、自ら人妻援助交際の場に出向く。そこで出会ったのが久須美社長の二代目の山本清彦、即座にその玉の輿に乗ってしまう。

実は、葉月蛍と杉本まことは昔から深い仲で、だから葉月は中条理佐に人妻援交を勧め、夫婦の仲を裂こうとしたのだ。その頃、人妻援交で、中条理佐と山本清彦、吉行由美と久須美欽一は、バコバコの真っ最中、かくしてワンパターンのアヘアヘ3組の濡れ場カットバックで、お開きとなり、皆さん全員しっかりカラみの組み合わせができてお疲れさまでしたという一編である。意外性とか洒落っ気とか言うよりも、濡れ場方便の展開にウンザリするだけの幕切れでしかない。

これは新上野オークラ劇場「オープニング第一弾!」三本立の一本、後の二本は「奴隷船」と「多感な制服 むっちり潤い肌」。三本共に「なかみつせいじ」(杉本まこと名も含めて)が出演しており、ウム、やっぱり「なかみつ」はピンクの顔だ、なんて関係ないところで喜ぶしかないという「Xces映画」でした。

ただ、こういうピンク「映画」ではない「ピンク」映画を求めている人は、決して少なくない、いや、むしろ観客の主流としてかなりの数を占めており、それなりの存在価値があることだけは、Xcesの名誉のために言っておきたい。

「多感な制服 むっちり潤い肌」 2010年公開
監督・加藤義一  脚本・城定秀夫  主演・稲見亜矢,佐々木麻由子

デビュー当時はブッ飛び感覚の映画が多かった印象がある加藤義一監督だが、昨年のピンク大賞「壺姫ソープ ぬる肌で裏責め」に代表されるように、シットリと男と女の情感を描いた映画が多くなった。だが、この映画のプロローグは、久々のブッ飛び感覚で幕を開ける。

スタートは天国である。天使の「しじみ」(その役名もテンコ)は、命の蝋燭を番人として見守っている。熟年妻の佐々木麻由子の寿命がまだ40年もあるのに、稲見亜矢の女子高生は殆ど余命が無いのを知って、同情したりしている。でも、退屈な仕事なので、時々は地上の彼女達の性生活を覗いてオナニーをしたりして、紛らわせている。何とも人を喰った天使である。

オナニーに夢中になり、天使は大変なミスをする。一匹の蠅が鼻孔に潜り込み、大クシャミを発した途端、まだ40年も余命もある佐々木麻由子の蝋燭を吹き消してしまった。この描写も多分、割り箸の先かなんかに蠅の造り物を取りつけて、鼻に突っ込んだという感じで低予算のチープなブッ飛び感覚が、ここでも楽しい。天国の描写は、ハイキーの画面造形で、それなりの雰囲気を出して頑張っているのも良い。

天国の門番は岡田智宏(役名はペテロ!)で、予定外に現れた佐々木麻由子と押し問答が始まる。騒ぎに気付いた「しじみ」の天使は、ミスを報告する。対策として、門番のペテロは、ゼウス様のマッチで再点火する特別処理で、佐々木麻由子を地上に送り返すことにする。何とも人を喰った展開だ。

ここで第二のミス発生、点火の前に「テンコ」と「ペテロ」は気分が出て、エッチを始めてしまう。おまえたち天国の人間だろって、ここも人を喰ったブッ飛び展開だ。気が付いたら、佐々木麻由子は焼き場でお骨にされていて、還る肉体が消滅してしまった。「テンコ」と「ペテロ」の二人(?)は苦肉の策で、余命のない女子高生のいったん息を引き取った稲見亜矢の肉体に、佐々木麻由子の余命を引き継がせることにする。どこまでも人を喰った展開だ。しかし、ブっ飛び感覚はここまで、映画は一気に最近の加藤映画のタッチ、男と女の交情をシットリ描く作品へと転調する。

稲見亜矢として転生した佐々木麻由子は、馴れ馴れしくするボーイフレンドの貝瀬猛を突き放し、夫「なかみつせいじ」のいる我が家に押し掛ける。突然、「あなたの女房だ」と言ってきた女子高生に、「なかみつ」は当惑するしかない。「大人をからかうな!」と、つまみ出されてしまう。

こういう変化についていくのは、若者の方が柔軟だ。貝瀬猛は話しているうちに、ガールフレンドの稲見亜矢の肉体に宿っているのは、熟年人妻の佐々木麻由子に間違いないことを受け入れる。そうとなったら、何とか「なかみつせいじ」と復縁(?)させてやりたい。そこで、二人して彼を説得にかかるが、「なかみつ」は「大人をからかうな!」とますます怒り狂う。夫婦の間でしか解らないことをいくつか示しても、「そんなことは調べれば解る!お前たちの目的は何だ!」と拒絶し、ついに会うことすらもままならなくなる。

これが、単に頭の固さだけでなく、愛妻を失った心の空洞を、何とかして早く忘れたいとの切ない想いまでダブらせて表現しているのは、さすがベテラン「なかみつせいじ」だ。そうみれば、この高校生コンビの好意は、傷口に塩をすり込む行為でしかない。

稲見亜矢は、弁当を「なかみつせいじ」の自宅のドアのノブに、毎日手紙をつけて、届けることを始める。それを口にした「なかみつ」は、間違いなくそれが妻の味であることを理解してくる。これを、必ずしも妻が料理の達人ということにしていないところがいい。稲見亜矢は貝瀬猛に、同じ弁当を試食させ、「美味しい?」と尋ねると、貝瀬は「うまいけど薄味だね」と答える。「そう、彼、血圧が高めだったから」このやりとりは効いた。この後の公園で、二人で観た思い出の映画を語り合いながら、お互いの存在を確かめあうシーソーのシーンが圧倒的讃辞に包まれているが、実は私は、こちらの弁当のエピソードの方がウルウル来た。

愛妻より、美人はいくらでもいる。グラマーな女だっていくらもいる。どんなに性格が良いといったって、もっと良い人間もいくらもいるだろう。どんなに料理上手だって、プロにはもっと上手いのが沢山いる。大切なのは、世界の中で唯一人、最も自分の方を向いていてくれる女が、愛妻だということなのである。この弁当のエピソードは、端的にそのことを表している。世間一般よりも若干早く妻と死別した私には、このことが胸に浸みる。ここでウルウルしてしまった所以である。

そこから連なる前述した思い出の映画を語り合い、お互いを確認する名シーンは、mixiで私の何人もの友人が絶賛の嵐を寄せているので、ここでは細かく繰り返さない。ただ、夕陽のトーンで全体をファンタスティックな画調で魅せたこと、時に稲見亜矢の姿が幻想の佐々木麻由子の姿に変身すること、極めつきのダイアローグ「君は僕の夢だった」「私がこれからあなたの夢になるわ」、これらの素晴らしさだけは、ここで私も再確認しておきたい。

すべて目的は達した。しかし、その時は貝瀬猛が稲見亜矢(の肉体だけであるにせよ)との、訣別の時である。貝瀬猛の切ない心情もグッと来る。ここで、天国の「しじみ」(テンコ)と岡田智宏(ペテロ)が粋な計らいをする。「なかみつせいじ」との間にできた稲見亜矢の胎児に、稲見亜矢の精神を転生させたのだ。(ちょっとヤヤコシイですね)地上の二人はそれを予感し、誕生を楽しみに待つというエンディングである。ちょっと昔ならば、十数才も歳が離れててどうするの?となるが、今やその程度の歳の差カップルは当たり前の時代、そのあたりも踏まえた洒落たエンディングであった。

肉体に別人の心が宿るというお話は、広末涼子の「秘密」をはじめとして、ピンク映画も含めてよくある仕掛けである。ただ、そのウェルメイドな題材を、
前半ブッ飛び、後半シットリと、巧みにまとめて魅せている。監督・加藤義一、脚本・城定秀夫の「壺姫ソープ ぬる肌で裏責め」で昨年のピンク大賞をゲットした名コンビは、またまた良い仕事をした。
2010年ピンク映画カタログ−17

上野オークラ劇場が、7月末で閉館する。ピンク映画専門館の閉館は、概ね専門館がそのまま一館減少するというのがいままでのパターンなのだが、今回ばかりはちがう。すぐそばの不忍池畔で建替中の、旧上野傑作劇場の場所に、新上野オークラ劇場が、2スクリーンを得て復活するのだ。ここで紹介するのは、「クロージング!」イベントの4本だが、そういう意味では従来の閉館の暗さはない。懐かしの女優から新進気鋭の女優を中心に、小川欽也監督をメインゲストに迎えてのイベントは、満員の盛況だった。もちろん、今までの閉館イベントとは全く異なり、明るさと活気に溢れていた。

2010年7月31日(土) ●上野オークラ劇場
「新怪談色欲外道 お岩の怨霊四谷怪談」 1976年公開
監督・小川卓宏  脚本・津川京一  主演・乱孝寿,吉岡一郎

邦画六社時代の新東宝倒産→大蔵映画の流れを組むエロ・グロ・ナンセンスを基調にして、低予算で組み上げたピンク映画の源流である。ご丁寧にもタイトルに「怪談」の文字が2回も登場する。監督の小川卓宏は、この日の「クロージング!」イベントのゲスト、小川欽也の変名だ。

南ゆきは病弱の妻である。夫の宝石ブローカーの吉川一郎は、のし上がりの野望に燃えた男だ。有閑マダムの乱孝寿を愛人にして、貢いでもらい利用している。つい最近まで、超熟女で時たまピンクに顔を出していた乱孝寿の、懐かしき美貌とグラマラスな肢体が楽しめる。吉川一郎は、バーのマダムともよろしく浮名を流しており、その紹介で金持の医師と取引ができるようになる。ところが、その富豪の娘の城新子が、吉川に一目惚れしてしまう。吉川の野望と、医師の娘可愛さの心情が相乗し、共謀して南ゆきに毒を一服盛ることにする。

ここまでくれば、この映画のベースは明白だ。吉川一郎が田宮伊右衛門、南ゆきがお岩、城新子がお梅、要するに「四谷怪談」である。ご丁寧にも、毒を盛る前段で、按摩に南ゆきを誘惑させ、離婚のネタにしようという宅悦もどきのエピソードも、しっかり組み込んでいる。南ゆきの抱えている乳児は心臓に病を持っているが、冷たく治療費も出そうともしない夫の吉川一郎のために、彼女は我が子を失う。そして、自らも毒を盛られて顔まで崩し、この世を去る。しかし、「四谷怪談」をベースにしながら、吉川一郎と3人の女優の濡れ場の方便として転がしていくあたりは、ピンク映画の原点として興味深いアレンジだ。

ここから、映画は仰天の展開となる。吉川一郎は南ゆきの死後、次第に死人のような形相になって衰弱していく。思いあまって高名な僧侶の寺を訪ねる。その僧侶は「あなたお岩の怨霊に祟られている」と告げる。そして、舞台は江戸時代へとワープする。中川信夫の「亡霊怪猫屋敷」を彷彿させる壮大な幻想世界に拡大していく。といえば体裁はいいが、そこから先は若山冨三郎主演の旧新東宝映画「四谷怪談」のフィルムが延々と使い回しされる。多分、分量的には映画全体の4割弱は占めているだろう。その意味では、今観ると「使い回し」映画の珍品の一本とみると楽しい。ついでに言うと、タイトルバックは石井輝男の「地獄」の使い回しで、映像的ヴォリュームはそこでもタップリである。

使い回し映画というのは、大作主義が定着した最近ではあまり見なくなったが、昔の二本立用B級映画には結構沢山あった。ジョン・フォードの名作「駅馬車」のネイティブ・アメリカンとの追撃・銃撃戦は、数え切れない程に使い回されているそうである。あるB級西部劇では、「映画はつまらないが、最後の追跡は凄い」なんて、使い回しを知る者にとっては爆笑ものでしかない映評も出たと聞く。「太平洋の嵐」の円谷特撮の真珠湾シーンの使い回しも盛んで、ついには国境を越え、ハリウット70mmセンサラウンド超大作「ミッドウェイ」にまで使い回された。

私も1973年公開「空中大脱走」なる珍品に、リアルタイムで遭遇している。当時でもロードショーなどされず、いきなり二本立ての封切り公開だったB級戦争アクションである。私は亀戸の二番館で観た。これが、金のかかるスペクタクルシーンは、ほとんど70mm映画超大作「テレマークの要塞」の使い回しなのである。カーク・ダグラス、リチャード・ハリスの登場シーンは、慎重にそれが判らないように、絶妙の編集(?)をしているのが、何とも微笑ましかった。

いずれにしても、新東宝末期に大ブレークしたエロ・グロ・ナンセンス路線にちゃっかり悪乗りし、自前で撮影したのは5割強のみというのは、今観ると楽しい見ものの一篇であった。ピンク初期の珍品として、一見の価値はある。とはいってもこの上野オークラ「クロージング!」以降、上映の機会も無いそうで、DVD化の予定もないそうだ。まあ、確かに版権の問題は、そうとうややこしいだろう。

「怪談バラバラ幽霊」 1968年公開
監督・小川欽也  脚本・津川京一  主演・秋川玲子,清水瀬津
1968年、この時代はカラーは大作仕様だった。(総天然色なんて大時代な言葉もまだ残っていた)特別な映画以外はまだモノクロで、当然ながら低予算ピンクはモノクロで行くしかない。そこで生活の知恵、業界はウルトラCに出た。濡れ場の瞬間だけ、画面はモノクロからカラーに転調するのである。私は当時、数える程しかピンクは見ていないが、これにはオォーッ!というインパクトがあった。「怪談バラバラ幽霊」は、そんなパートカラーの一篇である。残念なのはプリントがかなり褪色していて、やや当時のインパクトが薄れたことだ。

前半はピカレスク、後半はスプラッタ風怪談ということで、これも低予算・エロ・グロ・ナンセンスという末期の旧新東宝映画の伝統を巧みに引き継いだピンク映画の一本だ。

資産家の外交官が、バーのホステスの清水瀬津と浮気をする。清水瀬津には私生児の林美樹がいる。正妻との間には娘の秋川玲子がいるが、妻は早世する。清水瀬津は、強引に外交官に迫り、押しかけ女房として入籍する。成長した娘の秋川玲子は、そんな父に嫌気がさして、アメリカへ渡る。しかし、父がこの世を去ったので、再び帰国してくる。アメリカへ渡る前から秋川玲子に想いを寄せていた二階堂浩は、帰国を機会に交際を復活させようとする。しかし、今の彼は、彼女の義理の姉の林美樹といい仲であり、もはや変節していて、秋川玲子に迫るのは遺産目当てでしかなかった。清水瀬津の方は家に情夫を引き込んで淫乱三昧だ。

秋川玲子の風情が、若い頃の三原葉子似でちょっとイイ。その清純な佇まいと対比的に、清水瀬津と情夫、林美樹と二階堂浩の悪辣ぶりがピカレスクとして際だつ。外交官の遺言では、現在住んでいる屋敷は清水瀬津と林美樹に残すが、残りはすべて秋川玲子に相続している。彼女は、その遺産を福祉施設に寄付してアメリカに帰ると、継母達に告げる。

ここまでがピカレスク、ここから先が怪談だ。情夫は秋川玲子を強姦虐殺する。これも含めて、秋川玲子=二階堂浩、林美樹=二階堂浩、清水瀬津と情夫と、しっかり順列組み合わせでちゃんと出演男女優がカラんでいるのも、ピンクの原点である。4人の悪党男女は、死体をバラバラにし分散して埋め、秋川玲子はアメリカに帰ったことにして、遺産を山分けしようと目論む。

後半の怪談は、なんせ死体がバラバラなんだから、手や足や首が空中を飛び交って祟りに祟り、悪党共はみんな自滅していくのは定番どおりだ。しかし、死体解体といい、その手・足・首が乱舞する怪奇描写といい、そのスプラッタ的描写は旧新東宝末期のエロ・グロ・ナンセンスの伝統を引いて、なかなかの見ものであった。

なお、このバラバラのゴム製手足は、大蔵70mm大作「太平洋戦争と姫ゆり部隊」の使い回しであったエピソードが、上野オークラ閉館を記念して発行された「PINK HOLIC」誌上で紹介されている。沖縄戦の悲劇を描いた映画の小道具を、こんなスプラッタ風怪談に使い回すとは、何とも微笑ましくも懐かしい。

「人妻発情期 不倫まみれ」 1999年公開
監督・脚本・工藤雅典  主演・小室友里, 川瀬陽太
小室友里は身勝手な夫のDVの下で、屈辱的に従っている。川瀬陽太は、借金の肩代わり会社で働いている。女の借金を肩代わりして、その返済のために風俗に売り飛ばすダーティーな仕事をしている。表向きは金融関係の仕事と言って繕っている。

小室友里は、夫のDVの抑圧から、買物依存症に陥っていた。そして、取り返しのつかないカードローン返済のため、ホテトル嬢を始めていた。そんなうっ屈した中で、熱帯魚店で川瀬陽太と出会う。川瀬陽太に高価な熱帯魚をねだり、今後もつきあいたいと、彼の携帯電話を確認して去る。

小室友里のなじみ客の飯島大介は、川瀬陽太の肩代わり会社を絞り取る親会社の阿漕な男であることを、川瀬はある日に知ることになる。当然、ホテトル嬢としての小室友里の存在を知ってしまう。それなのに、何故電話をくれなかったのかと迫る川瀬、初めて遭った時から川瀬に強い想いを抱いた小室は、だから何度もかけたけど、一度も話すことができなかったと告白する。そして、携帯に延々と残る発信履歴を示す。追憶の中で、水槽に思い出の熱帯魚が泳ぐ。この二人のロマンチックな情感の高まりが全ての一篇と言えよう。

「性感療法 白衣の愛撫」 (旧題「性感治療 白衣のわななき」) 1992年公開
監督・脚本・片岡修二  主演・しのざきさとみ, 下元史朗

ピンク映画監督の下元史朗は、勃起不全症に悩み病院通いをする。女医に、いやらしいことを考えても勃起しませんか?と問われると、女医の伊藤清美と看護婦(この時代はまだ看護師という表現ではありませんね)とのレズを妄想するが、やはり勃たない。

下元史朗は脚本家の池島ゆたかの脚本家の家を訪ね、次の企画の映画の打ち合わせをするが、はかばかしく進まない。人を愛する気持ちを持て!と、旧友の脚本家・池島ゆたかに叱咤激励される。そんなことから、池島ゆたかと愛妻・「しのざきさとみ」との濡れ場を妄想したりするが、やはり勃たない。下元史朗と池島ゆたかは、この頃片岡修二作品の早乙女宏美主演作で、調教師とSMの館の主人として名コンビぶりを発揮しているが、ここでもそのアンサンブルが活きている。約20年前ともなると、やっぱり池島ゆたか(現在は監督活動が主流)は若々しい。

女医の伊藤晴美が風邪に罹っての休診中に、病院で下元史朗は看護婦に誘惑される。「医者も病気になるんだ」「ポルノ監督だって勃たなくなるでしょ」こんなやりとりが楽しい。看護婦はかなり高まるが、下元史朗はやっぱり勃たない。だが、後日に伊藤晴美から連絡がある。看護婦はレイプがトラウマとなり、男に感じなくなっていたのを、とにかくあなたは治療したんだと告げられる。ここにはもう一つ落ちがあり、女医と看護婦はSMのパートナーであり、「男に感じるなんて悪い子だ!」と、看護婦は女医から緊縛・鞭打ちを受ける。片岡修二映画らしいサービスは満点だ。

「しのざきさとみ」と池島ゆたかの夫婦には、実は秋風が吹いていた。「しのざきさとみ」は夫と別れる決心をして、一人暮らしの下元史朗の部屋に押し掛ける。彼女は燃えに燃えるが、やっぱり下元史朗は勃たない。翌朝、「しのざきさとみ」は、「昨晩のことは忘れましょうね」と、夫の下に帰っていく。

主演男優が最後まで勃たないのだから、エッチも盛り上がりようがない。最後は日常にもどった「しのざきさとみ」と伊藤晴美と看護婦の、「あ〜あ」というトリプル溜息で締めくくられる。脱力ピンクとして独特の味わいがある一篇であった。
2010年ピンク映画カタログ−16

2010年7月22日(木) ●お蔵出し
「超いんらん 姉妹どんぶり」 1998年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・水原かなえ,吉行由美

「PKの会」の「お竜さん」DVDコレクションからの貸出しである。1998年ピンク大賞で、作品・監督・脚本・女優・新人女優の各賞を総なめした折り紙付きの一本だ。ちなみに9月のロサンゼルスの映画祭に招待を受けている一本でもある。シナリオ・タイトルは「月光の食卓」だ。

ここで9月の映画祭の概要について紹介しておこう。ロサンゼルスにクエンティン・タランティーノが所有している劇場で、9月24日(金)〜26日(日)で映画祭が開催され、そこに池島ゆたか監督が招待される。映画祭タイトルは、何と!「おっぱいと血の映画祭」、タラちゃんムード横溢である。4本が招待され、その中の一本がこの「超いんらん 姉妹どんぶり」(月光の食卓)だ。

「淫乱なる一族」二部作(「第一章」「第二章 絶倫の果てに」)も一挙公開される。私はこの「ピンク映画カタログ」で、「第二章」をパゾリーニの「テオレマ」になぞらえたが、アメリカの世評では、「第一章」が「テオレマ」、「第二章」は「ソドムの市」なんだそうである。

そして、最後の一本が池島ゆたか出演作として、「地獄のローパー」が選定された。この映画はアメリカでカルト的な人気を集め、DVDもロングセラーだそうだ。映画の原点の極限を行く命懸け10mクレーン全裸宙吊りを見れば当然とも思う。私の活弁修行仲間の若き日の早乙女宏美さんの主演作である。何という素晴しい招待作群であることか。しかも、どれを見てもタラちゃん好みにピッタリ。この線で、他の国からはどんな作品が集まるのだろう。楽しみの限りである。

ということで「超いんらん 姉妹どんぶり」(月光の食卓)である。冒頭から、バスルームの東麗菜の全裸血まみれ死体の登場だ。そして、逮捕された佐々木共輔の取り調べのシーンへと連なる。取り調べの刑事コンビは佐野和宏と神戸顕一という味のある顔触れが並んでいる。佐野和宏は俳優として多くの出演作で好演しているが、ピンク映画界の巨匠監督でもある。神戸顕一は、最近はあまり顔を見なくなったが、この当時は代表的ピンク映画男優で、一時期にピンク映画大賞では池島ゆたか監督と、漫才風なやりとりで進行を努めたこともあった。

信じられない話だけれど聞いてくれと、殺人犯の佐々木共輔の、取り調べ室での告白が始まる。最初に、近くに引っ越して来た吉行由美と水原かなえの姉妹と知り合った。姉の吉行由美は、精力的なワインのセールス・レディ。妹の水原かなえは陽の光に当たれない病を持ち、姉に養われている存在だ。佐々木共輔は、はかなげな美しさの水原かなえと恋に落ちる。その後、吉行由美にも誘惑され唇を噛まれた。男と久しぶりだったので、興奮してしまったと言い訳をするが、それ以後、佐々木共輔の体調に変化が訪れる。女でも男でも求める好色体質になり、人の血も求めるようになったのだ。姉妹は、いつしか引っ越して消えるが、家主に聞いても、そんな人はいなかったというミステリアスな顛末である。その果てに至った殺人だというのだ。

ここまでくれば、大方の人は予想できるだろうが、この二人はヴァンパイアである。90日毎に住居を変え、吸血により自らの種族を増やしては、街を転々としていく。吉行由美と水原かなえは姉妹ではなくレズ関係にあり、生活力のある吉行が虚弱な水原を従えて旅をしているという構図である。佐々木共輔との関係でも、ついに水原かなえは、彼の血を吸うことはできなかった。最初の濡れ場で、「唇だけは駄目」と拒否するのが、後の吉行由美と佐々木共輔との濡れ場の巧みな伏線となっている。二人のレズ関係も併せて、ピンク的ネタを巧みにヴァンパイアに連動させていく監督・池島ゆたか=脚本・五代暁子コンビは、ここでも達者だ。

佐々木共輔の告白による回想の延長で、ヴァンパイアとしての二人だけの世界が描かれるあたりは、やや構成に乱れがある。これは、佐々木共輔が認識していない世界のはずである。もう一つ苦言を言うと、この映画にヴァンパイアものとしての新たなオリジナリティは、ほとんどない。ヴァンパイヤになると、女でも男でも求め好色漢になるというのが、ピンク的にユニークなアイディアと思う人もいるかもしれないが、これは半村良の泉鏡花賞授賞の伝記SFの傑作「石の血脈」で、壮大に展開されている世界だ。

むしろ、この映画の素晴らしさは、ストーリーよりも描写の力にあるだろう。黒のマキシコートに身を包み街をさまよう吉行由美と水原かなえの佇まいは、異世界の住人ヴァンパイアの雰囲気を横溢させる。特にスレンダーな体型の吉行由美が良い。唐突な比喩を出せば、縞の合羽に三度笠がピッタリの、市川雷蔵の股旅物の佇まいに通ずる。水原かなえと佐々木共輔の濡れ場を、首の無いマネキンの陰からソッと覗き見る吉行由美の立ち姿は、鬼気迫る凄みがあった。

前述した首のないマネキンだが、なぜか二人の部屋のインテリアとして置いてある。これが奇妙に魅惑的なのである。そして、そのインテリアを捉える照明・撮影が、実に陰影に富んでいて素晴しい。「市民ケーン」や「第三の男」を観て、「映画とは光と影の交響楽だ」と評した人もいるが、そうした映画の原点に通じる魅惑が、この映画には溢れている。

水原かなえと佐々木共輔の最初の濡れ場は、部屋の全景を捉え、左に首の無いマネキン群、右にベッドで全裸でからむ二人という味わいの深い構図だ。その後の吉行由美と佐々木共輔の濡れ場は、彼がテーブルの上に外して置いたサングラスに映るという凝った映像で展開される。当然ながら同じ濡れ場が二つ並んで、サングラスの両眼に投影される。撮影には相当苦労したと思う。また、時々インサートされる夜景の空に浮かぶ赤い月も、この映画をファンタスティツクに盛り上げている。これらの美術・照明・撮影が、この映画の最大の魅力だろう。

回想の中で描かれる東麗菜が佐々木共輔に殺害されるシーンは凄惨だ。東麗菜はスナックのウエイトレスで、かねてから佐々木共輔に想いを寄せていた。ヴァンパイヤ姉妹に去られ、好色をもてあましていた佐々木共輔は、当然彼女とラブホでベッドインとなる。その後は浴室での戯れ、激しいクンニリングス、その時東麗菜に生理が来てしまう。ヴァンパイヤとしての佐々木共輔の血に火がつく。激しく女の下腹部を噛み破って、血を吸いつくしていく。この強烈さは、私が最近見たカルト的名作と言われている「暴行切り裂きジャック」の凄まじさにも、十分拮抗していた。(「映画三昧日記−10」の7月4日に、私が「暴行切り裂きジャック」を「日本映画史に聳える異形の傑作」と記しているので、よかったら寄り道してください)

男と男のゲイ描写がタップリとネチっこいのも、この映画の特色と言えるだろう。ゲイポルノかと錯覚させるくらいだ。佐々木共輔との濡れ場を激しく展開するのは清水大敬、ピンク映画界では監督でもあり、小劇団でも演出・俳優で活躍しているベテランである。場面に気合いが入って当然で、この映画の製作サイドも気合いを入れている部分ではないか。この傾向はラストの落ちにも繋がる。

 取調室ですべての告白を終えた佐々木共輔は、医師を呼んで診察してくれるよう懇願する。佐野和宏の刑事は、アッサリ承諾し、もう一人の刑事の神戸顕一に医師を呼びに行かせる。佐々木共輔は、診察されるのは体の方ではなく、精神科医が来て一生病院に幽閉されることを覚悟する。

 二人きりになった部屋で、佐野和宏は奇態な行動に出る。公務中の取り調べ室にもかかわらず、ポケットボトルでウィスキーを口にする。そして言う。「病院といっても、心配することはない。我々の種族が運営している。我々の種族も最近増えていてね」そう語りながら彼は佐々木共輔に、口移しをする。注ぎ込まれるのはウィスキーではなく血であった。男と男の下が血塗れになって激しくからみあう。ここもゲイポルノを思わせるネチっこさで、エンドとなる。

繰り返すが、ヴァンパイアものとしての新味は特にはない。しかし、全編にわたっての素晴らしい演技・美術・照明・撮影、クライマックスの狂気のエロスとバイオレンスの炸裂、さらにゲイポルノ的サービス(ノーマルにとっては気色悪いだけにしても)も含めて、これはやはりピンク大賞ほぼ全部門を総なめにした作品だけのことはあった。ロサンゼルスの地での「おっぱいと血の映画祭」で、クエンティン・タランティーノはどんな反応を示すだろうか。

2010年7月24日(金) ●お蔵出し
「萌え痴女 またがりハメ放題」 2008年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・若葉薫子,山口真里

これも「PKの会」の「お竜さん」DVDコレクションからの貸出しである。2008年の池島ゆたか作品だ。池島監督応援団を自認する「お竜さん」ならではの面目躍如のコレクションだ。

2008年というのは、池島ゆたか監督の100本記念作品が公開された年である。記念作品も含め、この年に池島監督は5本を連打し、充実した一年だった。その中で、この年最後の5本目で私が見逃していたのが、この「萌え痴女 またがりハメ放題」だったが、今回フォローすることができた。「お竜さん」に感謝である。

「萌え痴女 またがりハメ放題」に入る前に、ざっとこの年の池島ゆたかの充実ぶりを振り返ってみよう。まず、2月に100本記念映画パート1として「半熟売春 糸ひく愛汁」、3月に記念映画パート2「超いんらん やればやるほどいい気持ち」(シナリオタイトル「Next」)と連打される。「Next」は、翌年のピンク映画大賞で作品・監督・脚本・女優の各賞を総ナメにしたのは、周知のとおりだ。私としては映画通受けする池島版「8 1/2」の変化球の「Next」よりも、「小鳥の水浴」を原作とする「半熟売春」の真っ向ひた押しの正統派の映画演出の方に眼を見張った。(あくまでも比較の問題であり、私が「Next」を嫌いなわけではない)

もうこの2本で、今年の池島監督の仕事は十二分と思っていたところに、6月「未亡人民宿 美熟乳しっぽり」が公開された。しかし、これには唖然とした。出演男女優が順列組合わせでからむ方便だけで、すべてストーリーが転がる典型的凡ピンクだった。当事の「ピンク映画カタログ」では、「池島=五代コンビといえば、名画のパロディ=オマージュ映画の達人だが(中略)まさかXces=新田映画のパロディ=オマージュだったなんて言うんじゃないでしょうね」と、皮肉っぽく記した。でも、この年のピンク大賞の授賞式で池島監督は「カラミをしっかり撮れないピンク監督は駄目」と、キッパリ明言していた。また、この翌年、「PKの会」で知己を得た時にも、「俺はああいうの嫌いじゃないよ」とも言っていた。まず、王道をキチンと押さえた上で、様々な変化球を投げるということなのだろう。映画作家としては、正統なあり方だと思う。

池島ゆたか監督は、さらに8月に「親友の妻 密会の黒下着」を製作公開する。これは成瀬巳喜男の異色の名作ミステリー「女の中にいる他人」のリメークである。これは、盛大なる負け戦にしかならないだろうと思わせる無謀な挑戦だったが、見事にピンク流の改変を施して、新珠美千代と一味異なる「女の中にいる他人」の怖さを、友田真希で見事に表現してみせた。

そして、5本目が10月公開の「萌え痴女 またがりハメ放題」である。これは、遊び心に溢れた楽しいファンタジーであった。しかし、1年間でこの5本の充実ぶり。撮影所システム全盛時代では、岡本喜八・沢島忠・三隅研次・鈴木清順などの面々が、このくらいのペースで良作を乱打していたが、今や、そうしたことが期待できるのはピンク映画界だけだということだ。良作の中に凡作も時たま混じるあたりも、共通している。量作は良作を生み続けるということだろう。ただ、ピンクも量作が難しくなってきた今、果たしてこの手の期待は、いつまで持てるのだろう。

前段が長くなり過ぎた。「萌え痴女 またがりハメ放題」に入る。主演の若葉薫子は、天国株式会社・天使課のOL天使という何とも浮世離れの存在だ。ファーストシーンは、なぜか彼女がオナニーに狂っている。そこに人事課長の叱責が飛ぶ。修行のため、死神課へ移動させられる。そして、地上に送り込まれる。課長を池島ゆたか監督自らが、奇天烈な衣装で、楽しそうに快演しているのが見ものだ。

「死神」若葉薫子の、映画での中心を為すターゲットは野村貴宏であり、これが親子二役で、二つの時代にまたがる洒落た構成である。最初は現代、野村貴宏は振込め詐欺の手先で、シケた暮らしをしている。別に死神として「実行」するのに躊躇するほどの人間ではない。ただ、内縁の妻・山口真里を心から愛しているのは間違いない。そこで死神・若葉薫子は一瞬ひるむ。野村貴宏は、詐欺師の内輪モメで胸に銃弾を受けるが、かすかに心臓から外れる。しかし、命が助かるわけでもない。いまわの際に山口真里から、子供を身ごもっていることを告げられて息絶える。若葉薫子は死神仲間から、「ひと思いに死なせないで、苦しませただけだ」と忠告を受ける。

こんなお粗末な「死神」では、若葉薫子が待望する天使課への復帰は無理である。そして野村貴宏の子供が成長した未来(野村貴宏の二役)に、再び死神として送り込まれる。ここでの野村貴宏は、セクソロイドの倖田李梨に夢中である。現在ノリノリの倖田李梨、今回は無機質なセクソロイドの魅力を、巧みに表現してふりまき好演だ。最後は、セクソロイドとの間に真の愛が芽生え、倖田李梨の目に涙が流れる。これを見ては、やはり若葉薫子は「死神」としての職務を果たせない。ここでも「死神」失格である。ところが、その心根の優しさが評価されて、天使課への復帰がかなうというスマートな幕切れで、映画は終わるのである。

池島ゆたか・五代暁子の監督・脚本コンビだからといって、無理に名画のパロディ・オマージュと決めることは無いが、強いていえばこれは「Sweet Rain 死神の精度」だろう。もっとも、こんな凡作を引き合いに出すのは、池島・五代コンビに失礼かもしれない。富司純子の好演はあるにせよ(これだって、小西真奈美が歳取ると何で富司になるの?という突っ込みどころがある)、海外からわざわざ金城武を呼んでこれかよ!という愚作だった。「萌え痴女 またがりハメ放題」の方が、数段良かったことを、ここでは明言しておきたい。
2010年ピンク映画カタログ−15

2010年7月15日(木) ●上野オークラ劇場
「実録・夫婦の下半身」 (旧題「本番夫婦 新婚VS熟年」) 1993年公開   
監督・脚本・鈴木敬晴  主演・小川真実,桃川麻里子

冒頭に実際の夫婦に取材した上での再現であると明言し、3話構成で展開される。再現といっても、メインは夫婦生活の部分であるから、要するに濡れ場を連続させる方便の、いわゆる私が名付けたところの「金太郎飴映画」の典型である。ただ、濡れ場の方便で、一生懸命ストーリーを転がす手間がないだけ、むしろ潔い正統ピンクと言えるだろう。最後に、今後もあなたがた達の夫婦生活の実態を教えて下さい、ともっともらしいタイトルの呼び掛けが出たりするのが、むしろ微笑ましい。

第一話の夫婦は結婚13年、倦怠期である。妻役の女優は桃川麻里子。そこで、エッチな衣装を着けて夫婦生活に刺激を与え、卑猥なポーズを撮影し、その場所を人目を避けて街頭にまで拡大し、回春するという他愛ない一篇である。

第二話の夫婦は一ヶ月の新婚、新妻は藤沢美奈子。夫は妻にラブラブで、その気持が嵩じて出勤前に妻に鍵付きの貞操帯を装着し、また妻の体の胸や局部を中心に、毎日のように身体測定して、その変化に興奮する。これも他愛がない。

第三話は結婚7年、妻役は小川真実、指圧マッサージ師の義母と同居で、エクスタシーへの到達と妊娠することのみに、情熱を注いでいる。義母の指圧と、先代から伝わった秘伝の薬でその両方を獲得し、これもメデタシメデタシと他愛がないお話だ。

最後はお腹の大きい小川真実一家が散歩する同じ公園に、桃川麻里子夫妻、藤沢美奈子夫妻が寛いでいる。まあ、この手のオムニバスによくあるエピローグで、洒落っ気というほどのものでもない。夫婦というものを本当に描くならば、子供の存在というのも不可欠なのだが、ここではそれ以前に終わっている。でも、「金太郎飴映画」的ピンクに対して、そんな夫婦の機微の描写を求めても無理な話だ。

最後に女優について、簡単に触れる。第一話の桃川麻里子は、わたくし的には、フェースもボディも熟女としての魅力がもう一つだった。第二話の藤沢美奈子の初々しい新妻ぶりはなかなかいい。第三話の小川真実は、ベテラン(この頃はそれ程でなかったかもしれないが)らしい達者さで、浮世離れの軽妙な役をサラリと演じて見せた。

「寝乱れ人妻の妹」 2010年公開
監督・渡邊元嗣  脚本・山崎浩治  主演・西野翔,藍山みなみ

藍山みなみと真田幹也の夫婦に、藍山みなみの妹の西野翔が、上京してからんでくるお話だ。藍山みなみと真田幹也の夫婦は結婚6年目、高校時代からの大恋愛の末の結婚であるが、さすがに倦怠期を迎えている。真田幹也はリストラに遭ってしがないバイト生活の身、不動産会社のバリバリのキャリャウーマン藍山みなみが家計を支え、そんな力関係の変化も倦怠に拍車をかけている。でも、体を重ねればそこそこに燃え上がる関係だ。つい覗き見てしまった藍山みなみの妹の西野翔が、「何だかんだいっても、まだラブラブじゃない」と呟かせる程度ではある。

でも、夫婦の倦怠期はいかんともしがたい。妻の藍山みなみは会社の部下の沖田敬司と不倫中で、夫の真田幹也の方もリストラ前に会社にいた時から、これも部下の山口真里と不倫していて、リストラされた後もそちらの方は継続中である。そんなところに女として成熟してきた義妹の西野翔が、なぜか上京し転がり込んできたのだから、真田幹也は義妹との関係を妄想したりもする。

こう紹介していくと一見は、藍山みなみ=真田幹也、藍山みなみ=沖田敬司、真田幹也=山口真里、真田幹也=西野翔と、出演男女優が順列組合せで濡れ場の方便のためにからむストーリーのように見える。しかし、そこは異才の渡邊元嗣=山崎浩治の監督・脚本コンビ、シットリと夫婦と男女の機微を描いた映画にまとめあげてみせた。

不倫の二組は、相次いで破局を迎える。藍山みなみは、真田幹也から結婚するので別れたいと告げられる。このまま、上司との関係を続けていても、不倫である限り結婚できるわけもなく、知れれば会社の中で不利な立場になり左遷されるだけだと、冷静に告げられる。同様に真田幹也も山口真里から、結婚するので先のないこんな関係を清算したいと告げられる。結局、いくらお互いに求めあっても、不倫は不倫、社会的立場も考えれば、別れざるをえない現実が冷徹に示される。

ここから先、ネタバレという程オーバーではないにせよ、そんな要素もありです。

西野翔は、藍山みなみの不倫を突き止め、義兄の真田幹也に報告する。そして、彼女の突然の上京の真意が明らかになる。姉の恋人だった時から、西野翔は真田幹也に憧れていたのだ。そこで、姉の不倫をきっかけに、義兄の西野翔を奪うことを画策したのである。しかし、共に不倫を清算され、傷心の藍山みなみと真田幹也は、身近にいた愛しい存在に気付き、向き合い直すようになる。そして、子供を持つことを決意する。その夫婦の絆に西野翔は全く入れる余地はない。

冒頭で西野翔が姉の藍山みなみに、「倦怠期なら別れちゃえば」とそそのかすシーンがある。その時、藍山みなみは親知らずの痛みに苦しんでいるが、仕事の忙しさから、なかなか抜く決心がつかず、「夫婦だって親知らずみたいなもので、別れる決心はなかなかつかないのよ」と返す。そして、ラスト近く、親知らずを抜いてスッキリした時、「夫婦は親知らずとはちがうのよね」という感慨深い台詞を発するのも良い。

実は、彼女のもう一つの上京のきっかけは、田舎でのプロポーズを受けるかどうか逡巡した結果なのである。相手は人のいいだけが取り柄の、パッとしない男だった。でも、姉夫婦の地道な愛の復活を見て、プロポーズを受ける決心をし、帰郷することになる。愛情と社会的立場、身近な人の大切さ、夫婦と男女の愛情の機微を、出演男女優を順列組合せでからませるピンクの王道を行きながら、見事に描ききっていた。どちらかと言えばブっ飛び感覚に冴えを見せる渡邊元嗣=山崎浩治だが、こういう正攻法もできるということである。藍山みなみと西野翔は、なかなかいい雰囲気を出した姉妹ぶりであった。
2010年ピンク映画カタログ−14

2010年7月7日(水) ●上野オークラ劇場
 この日は「お竜さん」が仕掛けた「七夕ピンクゲリラツァー」の日で、女性2人、男性6人参加の盛会だった。3本立のうちの2本に俳優として池島ゆたか監督が出演していて、期せずして池島週間のプログラムとなったが、池島監督自身もツァー参加というサプライズまであった。多作を誇る「なかみつせいじ」(旧名「杉本まこと」も含めて)が、3本立全部に登場というのはよくあることだが、この日の登場は1本のみだった。盛り上がりに盛り上がった打ち上げで「ウム、今日はなかちゃんに勝った」と池島監督はご機嫌であった。

「熟母の本能 一滴残らず欲しい」(旧題「股がる義母 息子の快感」) 2001年公開
監督・脚本・北沢幸雄  主演・美波輝海,山咲小春

高名な経済エコノミストの「なかみつせいじ」は、女に貪欲で、しかもモノにしてしまうとすぐに飽きるという性癖の持ち主である。今も若い美波輝海を3度目の妻に迎えている。

高校生の息子は内気で、パソコン通信によりガールフレンドと交信する程度しかできないが、料理は上手いというオタクっぽい男である。家事はあまり得意でない若い義母の美波輝海に褒められて、親しさは増すが、妄想の中で義母を愛撫する以上にはいかない。

彼には悪友がいて、悪友は小遣いの節約のために、彼の勉強部屋をラブホテル代わりに使っている。彼は、その時間だけ図書館を勉強場とし、スゴスゴと外出していく。義母はあきれかえるが、「いいんだよ。あいつら貧しくて金がないんだから」と言うほどのお人好しぶりだ。

「なかみつせいじ」の悪い性癖の虫がまた疼きだす。妻になった美波輝海の体には早くも飽きて、浮気を開始する。それに気付いた妻の方は、かねてから憎からず思っていた義理の高校生の息子を誘惑する。それに気付いた夫の「なかみつせいじ」に、再び妻の肉体への関心が燃え上がる。最初は拒んだ妻の美波輝海ではあるが、熟女の欲望に火がついて、悶えていく。こんな親子丼関係になっては、もうこの家に止まることはできない。彼女は義理の息子の熱い視線を背に感じながら、この家を去っていく。

以上のストーリー紹介で判るように、濡れ場の方便だけでストーリーが転がり、新田栄作品が象徴するような典型的Xces映画の一篇だ。濡れ場も一本調子、激しいピストンのアヘアヘ連続で、どこから見てもどこでやめても同工異曲の濡れ場が拝見できる私の名付けたところの「金太郎飴映画」である。強いて言えば、義母と童貞の高校生の息子が、静かにやがて激しく燃えて行く過程で、情感が籠っていたあたりにバリエーションの魅力があったという程度か。

もちろん、上野の出張時間調整のサラリーマンや、新橋の外勤息抜きの営業マンなど、こういう映画を求めている人がいることは認める。いや、こういう観客の方がむしろピンク映画観客の王道で、ピンクを一本の映画として、通しで観ることによって魅力を発見する私の周辺の観客の方が、少数派であるのかもしれない。

「なかみつせいじ」の役名は、竹中渉蔵。もちろん、竹中平蔵のパロディである。表札で「竹中」が強調されるあたり、かなり意識的だ。そのジュニアの「竹中」を翻弄する悪友の名が「小泉」で、このあたりも風刺をこめているのかもしれないが、それ程のものでもない。

そういえば、悪友が金髪に染めているが、何となく小泉進次郎に風貌が似ている。でもこの映画の公開当時の2001年には、まだ政界に乗り出していなかったのだから、こちらは偶然で、考え過ぎというものだろう。勉強部屋を悪友に貸すあたりは、「アパートの鍵貸します」かなと思うが、そこまでの洒落っ気を感じるのも、読み過ぎだと思う。

「熟女淫行マニア」(旧題「変態熟女 裏わざ表わざ」) 1997年公開   
監督・脚本・深町章  主演・しのざきさとみ,林由美香

20年ぶりに帰郷した憔悴の表情の池島ゆたかの姿で、映画は幕を開ける。彼は教師で、昔生徒の「しのざきさとみ」と男と女の関係にあったが、転任で東京に去り、別れることになった。東京での結婚生活は不幸で、子供もいないことから妻との離婚も考え、心機一転を考えての帰郷であった。

教え子の「しのざきさとみ」は、昔の家に同じように独身のままで住んでいた。今は家族もすべて死んでしまい、身よりのない相沢知美と二人暮らしをしている。かつての憧れの先生の帰郷で、当然焼けボックイに火がつく。池島ゆたかは、これもかつての教え子が経営する工場の顧問に迎えられ、いよいよ妻と離婚し、東京の生活を清算して、この「しのざきさとみ」と再婚し、この地に骨を埋める決意を固める。

ただ、奇妙なことがいくつかある。「しのざきさとみ」の家は、必ず彼女か相沢知美のどちらかが在宅しているはずなのに、昼間急に訪ねると、鍵がかかって入れないことがある。また、「しのざきさとみ」は絶頂の時に、「太郎!」と叫ぶ。教え子の工場経営者から、情報がもたらされる。この村に売春宿があり、そこに入る暗号が「太郎」なんだそうだ。この経営者の愛人が林由美香で、当然濡れ場サービスがある。この情報は林由美香を経由してのものである。

売春宿は、「しのざきさとみ」の家だった。太郎というのは彼女の愛犬の名前で、すごく可愛がっていたから、絶頂の時に名前を叫んでしまうという他愛の無い謎解きとも言えぬ謎解きだった。「しのざきさとみ」は、同居の相沢知美とレズ関係にもあった。女は寂しくなると淫乱になるというのが理屈付けだが、そんなことはどうでもよく、これは新東宝作品ではあるが、濡れ場の方便だけでストーリーが転がるXces的一篇に過ぎなかった。私は、前世紀のピンクに詳しくないが、練達の職人・深町章も、この頃はこの程度だったということなのだろうか。あるいは、これは例外だったのだろうか。

失意の心を胸に池島ゆたかは、再び故郷を後に、東京へと去っていく。「しのざきさとみ」・池島ゆたか・林由美香と役者は揃っているのに、その魅力を生かせなかった凡ピンクであった。

「美尻エクスタシー 白昼の穴快楽」 2010年公開
監督・脚本・山崎邦紀  主演・国見奈々, 淡島小鞠

女優は国見奈々・淡島小鞠・里見瑤子、男優は池島ゆたか・荒木太郎・牧村耕次の各3人。ベテランの5人はブっ飛んだキャラを怪演・猛演・珍演で競い合い、唯一普通人キャラの新人・国見奈々は、その狭間にあってやりどころが無くお気の毒だが、一人位こういうまともな可愛い子チャンが入ることで、他のブっ飛びキャラが引き立ったのだから、結果オーライだったかもしれない。

例によっての山崎邦紀ならではの、破天荒な魅力の一篇である。この人は、SFマインドに溢れているのか、単なる悪ふざけに過ぎないのか、判然としないところがある。しかし、池島ゆたか監督の言によると、「真面目で悪ふざけなんかできる人ではない」そうだ。とすれば、かなりのSFマインドのある人と見た。いや、悪ふざけでないからこそ、これだけ怪体な魅力の映画を創れるのだろう。筒井康隆に通底する魅力である。今回も監督としても高名な池島ゆたか・荒木太郎
両名をも役者として捌いて、鮮やかなお手並みを魅せてくれた。

怪しげなキャラが複雑に絡み合って呼応していくこの映画を紹介するのは、極めて難しい。まずは、主人公の唯一のまともキャラ国見奈々を中心に、この映画を観ていくことにしたい。もっとも、まともといっても役名は尻子玉姫、彼女以外も、すべてこの映画の役名は人を喰っている。

国見奈々は、淡島小鞠教授(この役名が目玉嬢)が所長の、玉子料理研究所に勤めている。そこのスポンサーが荒木太郎(こちらの役名は金袋と、こちらも人を喰っている)で、彼は立場を利用して国見奈々に迫る。別に好きなわけではないのだが、国見奈々は彼を自宅に誘い込む。実は、彼女には寝たきり老人の祖父・牧村耕次(この役名は何と!竿男)がいて、エッチを観るとやや症状が回復するのである。隠しカメラを通しての映像を、眼鏡式のモニターで覗き、ヒーヒー興奮する牧村老人、例によっての怪演である。荒木太郎の細見の裸体を鶏ガラと評し、「ワシの孫は、どうして男の趣味が悪いんだろう」と嘆く。この後の終盤で、国見奈々は池島ゆたかも自宅に引き込むことになるのだが、牧村老人は「鶏ガラの次は蒸し豚か」と、続いて嘆く。細身の荒木太郎、太目の池島ゆたかと、両監督の肉体的特質を巧みに活用したキャスティングは絶妙だ。

国見奈々は、いつも眼帯をしている。祖父のために意に添わない情事を繰り返していることから、世の中を半分しか見ないようにしようとの、決意の表れである。そんな彼女を、街頭で「玉子ドクター」の里見瑤子が呼び止める。ドクターと称しており、確かに「国境なき医師団」の幟を背後に立てたりしていても、見台に座った姿といい、預言者風の派手派手の衣装といい、どうみても妖しげな易者だ。里見瑤子久々のブッ飛びキャラで(2003年、同じ山崎邦紀作品「変態未亡人 喪服を乱して」で全編を巫女姿で通した時以来の)快演である。

里見瑤子は、国見奈々の眼帯を、世の中の半分しか見たくないなどと考えるのは意味がないと、ポイッと放り捨てる。そして、「そなたには素晴しい尻子玉がある」と励ます。この浮世離れした存在の里見演技は、近来になく白眉だ。でも、その狂信性に気味が悪くなった国見奈々は、そこから逃げ出す。

玉子料理研究所に戻った国見奈々は、所長の淡島小鞠にそのことを話す。後に詳述するが、この淡島小鞠も、眼鏡をかけた無表情で、マッドサイエンストぶりが圧巻だ。そんな浮世離れした話を大真面目に聞いて思索し、「尻子玉」を反転して「玉子尻」というキーワードを導き出す。早速、実験だとばかりに、卵の黄身を乗せた皿にまたがり、性器を繰り返し浸すことを、所員の国見奈々に命じる。意外や意外、国見奈々は激しく感じてしまう。

国見奈々は、ヒントを提供した里見瑤子ドクター(易者?)が気になり、再び彼女の下を訪れる。今度は彼女の背後に、実験を通じ同志となったと称される池島ゆたかが、自転車のスタンドを立てて漕いでいる。これも後に詳述するが、彼は疑似尻子玉によって、廃人寸前から精力絶倫に立ち直った男なのである。

国見奈々から話を聞いた里見ドクターは、玉子は尻子玉の代用として効果的かもしれぬと閃き、早速実験することを勧める。待ってました即実行とばかりに、見台一式の易者道具を、自転車の荷台にバタバタと詰め込む池島ゆたかのスピーディーな動きが楽しい。

ラブホテルで、国見奈々のVと、池島ゆたかのAに、ゆで玉子を収納してのSEXが開始される。「二人の肉体を挟んで、玉子が合体する!」と、頓珍漢な興奮をしてみせる里見瑤子の怪演は絶品だ。何と、合体箇所から黄金の光が発してくる。絶倫男の池島ゆたかは、ますます高揚し、里見ドクターまで引き込んでの3Pに及ぼうとするが、もはや「実験は大成功だ!」という里見ドクターに、国見奈々との合体も引き剥がされ、女二人は引き揚げてしまう。

怒り狂った池島ゆたかは国見奈々のストーカーと化し、自宅に押し入ってレイプに至る。祖父の牧村耕次は、これもレイプ・プレーだと思いこみ、眼鏡式モニターで、最初は楽しんでいる。しかし、様子が変なのに段々と気付き、孫のピンチとなったら、急に股間は勃起し、寝たきりだったはずが、車椅子ではあるが日本刀携え、文字どおりのおっとり刀でレイプ現場の部屋に飛び込んでいく。精力絶倫の池島ゆたか相手に苦戦するが、生来のロシア嫌いから「ロシアの糞!」と罵声をあびせると、池島ゆたかは急にシュンとなって退散する。牧村耕次は猛演だ。池島ゆたかの意気消沈のいきさつは、これも後で詳述する。

玉子料理研究所のスポンサーの荒木太郎は、所長の淡島小鞠とも関係を持っていたが、彼女から別れを告げられる。このあたりのいきさつも人を喰った展開なのだが、それも後に詳述する。すでに国見奈々をモノにした荒木太郎は、淡島小鞠と切れるいい潮時と思い、あっさりそれを承諾する。ところがその直後に、国見奈々からも別れを告げられる。祖父が元気を取り戻した今、無理にイヤな男でも自宅に引き込んでエッチする必要がなくなったからだ。

荒木太郎は、二人が示し合わせて自分を捨てたと思い、研究所に怒鳴りこむが、これが、二人に二股をかけていたことがバレて藪蛇になる。そして、これも後に詳述するが、淡島小鞠の偏執狂的な行為に恐怖を感じ、「二人とも魔女だ!」と捨て台詞を浴びせて遁走する。研究所はスポンサーを失ったが、国見奈々の祖父・牧村耕次が新たなスポンサーとなり、玉子料理研究所は神聖玉子研究所として新たな発足を迎えメデタシメデタシで、大団円となる。

以上、このメインストリートだけでも、十分な山崎邦紀流のブッ飛び世界なのだが、これだけではサブでも満開になっているブッ飛び魅力はお伝えできない。そこで、ここからはサブの部分の面白さを、もう少し紹介することにしたい。

まず、里見瑤子=池島ゆたかのサブ・エピソードである。トップシーンは、何事か訳の判らぬことを叫びながら、「国境なき医師団」の幟を立てた自転車を飛ばして街に入ってくる里見=玉子ドクターである。ドクターと言いながらも、衣装は易者か巫女風の奇矯なスタイルだ。久々の浮世離れのブッ飛び里見瑤子が、スクリーンに大きく弾ける。

続いてはホテルで消沈している池島ゆたかの登場だ。養鶏所を経営していたが、ロシア産の鶏インフルエンザで全滅し倒産して、残ったのは一羽のヒヨコと、片目に残った鶏インフルエンザ性の物もらいのみで、眼帯装着という悲惨さだ。生きる気力を失くしている。前述したが、そのトラウマで、ラスト近くの牧村耕次の「ロシアの糞!」の罵倒が、致命傷となるのである。この前段から、早くもブッ飛びぶり健在だ。

トボトボとヒヨコの檻を片手に提げ、街を彷徨う池島ゆたかを、易者風ドクターの里見瑤子が呼び止める。「そこの不景気な人!」「は?私ですか?」とのズッコケたやり取りは、両者の好演もあって大爆笑ものだ。里見ドクターの診たては、気力が出ないのは物もらいと関係なく、鶏インフルエンザに尻子玉を抜かれたためということになる。眼帯など不要!と、国見奈々の時と同様に、ポイッと眼帯を投げ捨てる。「近頃は、世の中をちゃんと見ようとしない人間が多いようだ」ともっともらしく呟く。前述の尻子玉講釈といい、ナンセンスな内容をものものしく大真面目に語るあたり、里見瑤子の浮世離れ個性は全開だ。

ホテルに入っての里見瑤子の診断で、尻を眺められ触診されて、ヒーヒー言う池島ゆたかの珍演が楽しい。診立てはやはり尻子玉を抜かれたことで、治療と称して義眼を尻子玉の代用として肛門に挿入される。「人間には尻子玉以外にも、大事な玉がいくつもある。目の玉、そして金玉!」と、妙齢の熟女の里見瑤子が臆面もなく糞真面目に、そんな台詞を乱発するのも楽しい。池島ゆたかは、最初は義眼を挿入されて身悶えるが、効果てきめん精力絶倫となり、里見ドクターと強烈な実験ファック!理論が検証できた里見ドクターは喜び、同志として池島ゆたかを迎えることになる。ということで、この後に、前述した国見奈々との遭遇に至るのだ。

「ロシアの糞!」の一言で、またまた意気消沈してしまった池島ゆたかは、何とか回復しようと、ゆで玉子を尻の穴に埋め込もうとするが、崩れてしまってうまくゆかない。ゆで方にコツがあるのかなあと、首を傾げながら悪戦苦闘するのが、締めくくりである。実験が大成功を納めた里見ドクターは、再び冒頭と同じように自転車を絶叫しながら飛ばしつつ、別の街に去っていくところでエンドマークとなる。この幕切れのブッ飛びぶりも痛快だ。

目玉嬢の淡島小鞠の枝エピソードにも、一括して触れておこう。もともと、荒木太郎と関係していたのも、スポンサーへの義理に過ぎず、好きなわけではない。玉子料理に異常な関心を抱き、玉子を用いた各種オナニーには激しく感じるが、荒木太郎との情事にはほとんど感じない。ヌーボーとした無表情は、淡島小鞠の個性と相まって、こちらも浮世離れのマッドサイエンティストとして好演である。ついに、男の荒木太郎は不要との結論に達し、別れを切り出すのは、前述のとおりだ。

国見奈々と淡島小鞠の二人に同時に別れを切り出された荒木太郎が、怒り狂って研究所に乱入するのは前述のとおりである。国見奈々をバックからレイプする姿を目にした淡島小鞠は、ブラブラする二つの睾丸を見て、これを切り取り義眼と並べれば、究極の目玉焼きが出来ると閃き、鋏で切り取ろうと迫る。そんなこともあって、「二人とも魔女だ!」と怯えて、荒木太郎は遁走するわけである。よく考えると、尻子玉の代用品としての義眼の件は、淡島教授は知らなかったわけで辻褄があわないのだが、睾丸と義眼の各2個が、フライパンの中でジュウジュウいう究極の目玉焼きの、ナンセンスな図柄は何とも人を喰っていて素晴しい。

以上、変な人間ばかり(ヒロイン国見奈々は例外だが)が、複雑に入り組んで絡み合う奇妙奇天烈な一篇を、少し整理して魅力を伝えたつもりですが、皆さま、伝わりましたでしょうか。
2010年ピンク映画カタログ−13

2010年6月16日(水) ●新橋ロマン
「女囚房 獣のように激しく!」 1999年公開
監督・勝利一  脚本・国見岳志  主演・かとうみゆき,里見瑤子

女囚は男の所長や看守の目の前で、女刑務官から全裸開脚身体検査を受ける人権無視、女囚へのレイプ・セクハラやり放題、檻の中では女囚同志のレズや私刑も治外法権で横行する。映画的リアリティはゼロというか、だがピンク的(もっと言うならXese流か)女囚モノのリアリティなら十分という例によっての一篇だ。

主人公の「かとうみゆき」は銀行の職員、男に入れあげ三億円を横領して二人で逃避行に出るが、誰かから密告があったようで、刑事達に追いつめられる。「かとうみゆき」は三億円を隠し、刑事の一人を刺して自分が犠牲になり逮捕されることで、男を逃走させる。以下は、ピンク的(Xese流)女囚モノのエロ満載パターンとなるわけである。

ネタバレありです。

実は、密告者は「かとうみゆき」の妹の里見瑤子だった。姉がラブラブなのに嫉妬して、姉を陥れ愛人を寝取ったというわけである。10年以上前の里見瑤子は、若さキラキラ、自由奔放に平成自己チューギャルを、ド派手な衣装で溌剌と演じて見せる。当然、ここでは「妹」役、何か感無量な気分になる。

親族の面会権を行使して、三億円の隠し場所を姉の「かとうみゆき」から聞き出そうとする阿漕な妹の里見瑤子。しかし、逮捕された刑事の親切にうたれ改心した「かとうみゆき」は、隠し場所へ手引きするとみせかけて、横領教唆した男も一網打尽で逮捕させる。三億円の隠し場所にあったのは、今や横領事件で倒産した銀行の紙くず同然の、三億円相当の株券に過ぎなかった。

ここから先、もう一つネタバレです。

ところが株権の存在もフェイクで、実は現金は別に隠し持っていて、「かとうみゆき」とラブラブになった刑事との間で山分けとなる。これは、鮮やかなピカレスクであったのだ!…と、好意的に見ればそうなるが、あくまでもピンク的(Xese流)女囚モノのエッチ満載の一本に過ぎないだろう。

若き日の里見瑤子との思いがけない出会いは、グーであった。実は、この日の新橋ロマンに足を運んだお目当ては、友松直之の新作「最後のラブドール 私、大人のオモチャ止めました。」であって、併映作品は、全くノーマークだったのだ。さらに加えて言うならば、この日に都区内に出張ったのは、ピンクが本命ではない。渋谷アップリンクX「関西ゼロ年代映画祭」の、「怨念 黒髪の復讐」がメインで、新橋ロマンは、交通費有効活用のついでだったのだ。そして、「怨念 黒髪の復讐」鑑賞の真の目的は、主演の里見瑤子さんのトークショであったというわけである。そんな時、おもいがけない里見さんの若き姿をそれに先だって眼にして、またまた奇しき縁を感じた。

この後の「関西ゼロ年代映画祭」における里見瑤子さんとの交歓については、「映画三昧日記−9」に寄り道して下さい。

そういえば「女囚房 獣のように激しく!」では、今やベテラン演技派でピンク界の杉村春子とまで形容される佐々木基子が、「かとうみゆき」のイビり役の女囚で若き日の姿を見せているのも楽しかった。排便後にトイレットペーパーが切れたのに気が付いて、女刑務官にしゃがんだポーズで補充を訴えるが、「かとうみゆき」が懲罰中とのことで連帯責任でそれは許されず、怒り狂って他の女囚の顔に便をこすりつけるというスカトロ的見せ場(?…グロでしかないが)もあり、まあそれやこれやで、繰り返すが、この映画は洒落たピカレスクというよりは、エッチ何でもありXese流の映画的リアリティに詰まるというところの一篇でした。

「絶倫義父 初七日の喪服新妻」 2005年公開
監督・脚本・山内大輔  主演・さくらださくら,水沢リョウ

嫁の「さくらださくら」が義父の野上正義へ、胸の底に秘めた想い…。てなことで、これはピンク的(というかやはりXces流)の「山の音」といったところである。野上正義の息子で「さくらださくら」の夫は、怪優サーモン鮭山ということで、役者はそろった。

野上正義は初老の品のいい病院長、「さくらださくら」はそこに勤務する看護師だった。野上はバツイチで、出来の悪い息子のサーモン鮭山ではあるが、彼に母親の味を与えてやれなかったことを不憫に思っている。サーモンは医師になれず、現在はロリコン・コスプレ好みの程度の低い高校教師である。野上は、愛しく思っている「さくらださくら」と息子サーモンとの結婚を勧め、「さくらだ」は嫁ぐことになる。この展開も、いかにもという感じである。

夫婦の寝室は、サーモン鮭山が収集したコスプレの山で、妻の「さくらださくら」にとっかえひっかえそれらを着せて、プレイに励む。それだけでは飽き足らずサーモン鮭山は、教え子の水沢リョウがデートクラブに出入りしているのをつきとめ、脅迫して犯す。怪優サーモン鮭山のキモい個性が満開だ。妻の「さくらださくら」はウンザリし、ますます義父の野上正義への思慕が強くなる。

息子の夫婦仲がよくないのを薄々感じており、嫁の「さくらださくら」への思慕がつのる義父の野上正義ではあるが、それ以上どうなるわけでもない。彼は会員制クラブに加入し、そこで出会った小川真美とベッドを共にした時、嫁の名を思わず口走ってしまうことで、切ない思いを吐露するのみだ。ある日、「さくらださくら」は、義父が会員制クラブに入会していることに気付き、自らも会員となって、いろいろな男に抱かれながら、義父が自分を指名してくれるのを待つ。いよいよもって「山の音」の世界が、ピンク的(Xces流)に展開されてくる。

サーモン鮭山は、教え子の水沢リョウとのSEXに興奮し過ぎて頓死する。葬儀の後、彼の遺影の前で、いつまでもいっしょだと激しく体を重ねる「さくらださくら」と野上正義でエンドとなる。サーモンの頓死も、それ以前に父の健康診断で要注意が出ているのも構わず、「好きな物を喰えなきゃ生きててもしょうがない」と、妻の「さくらださくら」の止めるのも無視して、マヨネーズを食事にタップリまぶすシーンがあり、伏線もキチンとしている。それやこれやで、何でもかんでもエッチに結び付けてしまうピンク的(Xces流)映画としては、まずまずまとまっている一編と言えるだろう。

「最後のラブドール 私、大人のオモチャ止めました。」 2010年公開
監督・友松直之  脚本・友松直之,石川二郎  主演・吉沢明歩,しじみ

2009年ピンク大賞監督賞・友松直之の、ベストテン第2位作品「老人とラブドール 私が初潮になった時…」に続く姉妹編である。硬質なクールビューティーの吉沢明歩のラブドール・ロボットぶりが、ここでも魅惑的だ。ただ、前作が老人とラブドールの純愛、「禁断の惑星」をベースにした生身の人間にスムーズに関われなくなった未来の男女の荒廃というシリアスSF路線だったのに対し、今回はロボットが人間的愛に目覚めるという通俗的メインストーリーに、マッドサイエンティストが生んだホストロイドとメイドロイドとの、人類の危機を背負った戦闘という俗流ブっ飛びエンタテインメントだった。

全編にわたってCG映像が乱舞する。チープといえばチープなのだが、それなりに本格的な構えも感じる。いまや、大金をかけなくてもCG処理で、まずまずのスケールの画面を構築できるということだろう。「手造りのCG映像」との矛盾した表現ではあるが、そんな魅力が横溢していた。2003年の女池充監督の意欲作「発情家庭教師 先生の愛汁」の特撮に比較すると、大変な進歩である。パソコン技術の進歩で、低予算でもそれなりの画面が創れるようになったいうことだ。そういえば、4月の「おかしな監督映画祭」において、「映画友の会」の会員・SF作家の松田直紀さんが遊山直奇の監督名で、「シルビウス」を引っ提げ参戦し、CG映像を駆使して、それなりのスケールのホラー・ファンタジーを造形していた。

モテないサエないイケテナイ三重苦のオタク大学生・原口大輔(その役名も秋葉章太郎)のアパートに、先日謎の死を遂げた彼の恩師・野上正義から宅配便で、吉沢明歩のメイドロイドが届く。彼は女子大生(吉沢明歩二役)に秘めた思いを寄せていたのだが、イケメンの畠山寛が彼女に迫っている。ただ問題なのは、原口大輔も眼鏡をかけてキモいオタクを造形しているが、そんなにブサメンでもキモメンでもないことだ。ここらあたりは「電車男」で山田孝之がタイトルロールを演じた時と同様の無理があった。

実は畠山寛は、マッド・サイエンティストの「ホリケン。」が開発した人間ならぬホストロイドだったのである。ホストロイドは主婦の「しじみ」やOLの若林美保を誘惑して貢がせている。ホストロイドは大量生産され、次々と女性を毒牙にかけているようだ。もちろんホストロイドは畠山寛の一人三役で、人を喰った面白さと同時に、ピンクならではの濡れ場サービスもフォローしているあたりが、さすが才人・友松直之である。

マッド・サイエンティストの「ホリケン。」はブサメンのため、未だに童貞で独身だった。そこで女性へねじ曲がった憎悪を向け、ホステロイドを用いて女をもてあそび、仕上げは人間の美意識を逆転させる電波を、東京タワーの通信網をジャックして全世界に発信し、ブサメンを美しく感じる世界を現出させようというのである。何とも壮大な大法螺話だ。実はライバル野上正義博士を殺害したのも彼だったのだ。怪優「ホリケン。」適役である!

吉沢明歩(もちろん女子大生の方の)をホストロイドの毒牙から守るため、原口大輔は立ち上がる。彼を起動直後に認識し、ご主人さまとして使える吉沢明歩(こちらはメイドロイドの方)も、当然ながら味方につく。メイドロイドとホストロイドが、光線を射照しあいながら大乱闘を繰り広げる激烈な戦闘が展開する。CGを駆使してそれなりに破天荒な画面が創られている。しかし、ホストロイドは何人もいる。多勢に無勢、危機一髪の時に、未完成だったメイドロイドの原口大輔への「恋愛回路」が起動し、百人力を得てホストロイド軍団を殲滅する。この「恋愛回路」は、野上正義博士が未完成のまま殺され、原口大輔に起動を託したものだったのだ。このあたりの顛末を語るのが、「スター・ウォーズ」のレイア姫のようなホログラムの中の野上正義というのも、何とも洒落ていて楽しい。

メイドロイドに心が芽生え、原口大輔は女子大生の吉沢明歩よりも、メイドロイドの方の吉沢明歩を愛してしまった。「童貞を捨てるのに、こんなロボットの私でいいの?」とメイドロイド、そして体を重ねた時に一筋の嬉し涙が目尻を流れる。最後は人とロボットの恋というロマンチックな形で締めくくられるのである。

2010年6月18日(金) ●上野オークラ劇場
「異常体験 いじくり変態汁」 2010年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・真咲南朋,倖田李梨

名画のオマージュ&パロディとなるのが、池島ゆたか=五代暁子の監督=脚本コンビの定番であり、それを探るのも池島=五代映画を観る楽しみの一つである。そして、必ずピンクならではのアレンジとヒネリを加え、「絶対に負け戦はしない」(監督本人の弁)で、それなりに面白い作品に仕上げるのも大したものだ。

だが、たまに公開前からその原本を表明することもある。2001年「女ざかり SEX満開」の時は「PG」誌上(この頃は雑誌媒体だった)で、池島版「オール・アバウト・マイ・マザー」を宣言した。(ちなみに、草食系の私は原本のアルマドバルのラテン系の濃〜いタッチが苦手で、和風の池島版の方がシックリきた)そして今回、「異常体験 いじくり変態汁」も、池島=五代版「それでも恋するバルセロナ」をmixi上で謳いあげている。しかし、いくら何でも、今回ばかりは「負け戦」にしかならないような気がした。

「それでも恋するバルセロナ」は、ウディ・アレンの秀作である。芸達者のハビエル・バルデムを中心に、スカーレット・ヨハンソン、レベッカ・ホール、ペネロペ・クルスの華やかな女優陣が瞼を競い、ペネロペに至ってはアカデミー賞をゲットしてしまった。このスター陣を従えて、ウディ・アレンの洒落たコメディタッチが冴えに冴えわたる。これと、どう勝負しようというのか。

ところが、蓋を開けたら、今回も見事なまでに「負け戦」にしなかった。原本の「それでも恋するバルセロナ」が、俳優陣のアンサンブルの妙で魅せたのに対し、池島版の「異常体験 いじくり変態汁」は、ペネロペが演じた激情的な天才肌の芸術家のキャラ一本に絞って、倖田李梨に大ブレークさせたのである。60分のピンクならば、キャラクターを重点的に一人に絞り込んだのは、大正解だ。

とにかく、この映画の倖田李梨の弾けっぷりは凄い!ストリップまがいのポールダンスに始まり、元夫の竹本泰志に野獣のように迫るは、グーパンチは振るうは(上野オークラ劇場で痴漢撃退武勇伝を連発している彼女の実像もWってきて楽しい)、竹本泰志の今の愛人の真咲南朋にレズを仕掛けるは、あげくの果ては彼女を巻き込んでの3Pに至るは、義父「なかみつせいじ」の一物までしゃぶりつくすは(こんなのは当然「バルセロナ」の方にはない)、といった調子である。最後は男根のオモチャを腰に装着し、竹本泰志も真咲南朋も後ろを犯され放題。竹本泰志に至っては、後ろと同時に前もシゴかれ目を白黒して果てる。この倖田李梨のブっ飛びぶりは、十分にペネロペ・クルスに匹敵する。いや、倖田李梨の方はペネロペに無いオールヌードとFUCKという武器があるのだから、完全に上を行っている。かくして今回も「負け戦」にはならなかったのである。(倖田李梨のポールダンスは、「NINE」のペネロペも意識していたのだろう。いかにも池島監督なりの映画愛を感じる)

倖田李梨は、ピンク版「愛を読むひと」の「色情痴女 密室の手ほどき」の浜野佐知世界でも、アナーキーな熱演をしたが、この「異常体験 いじくり変態汁」で、とどめだろう。文句なしの女優賞最有力候補だ。とすると二人枠のもう一人は、「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」の佐々木麻由子が鉄板だから、アララ…私の御贔屓里見瑤子嬢(久しぶりにこの連続7文字を使った)、今年はこれから余っ程踏ん張らないと、いくら贔屓でも一票が難しくなってきた。里見瑤子の下半期の奮起(といっても女優は作品に恵まれなければ致し方ないのだが)を期待するとしよう。

倖田李梨に焦点を絞った結果、スカーレット・ヨハンソン、レベッカ・ホールに相当する真咲南朋と澪の影が薄くなったのはお気の毒である。役回りも「それでも恋するバルセロナ」とは、かなり変更されている。冒頭で澪と竹本泰志の担当編集者・野村貴浩との濡れ場があり、見掛けよりSEX下手なのに失望した澪が、竹本泰志を捨てるエピソードが綴られる。その後、骨董屋でアルバイトをしている真咲南朋が、収集家の「なかみつせいじ」と知り合い、さらにその息子の竹本泰志の愛人となっていくエピソードに繋がる。その後、元妻の倖田李梨が竹本泰志のもとに戻ってきて闖入し、前述した狂態に至るというわけである。

耐えられなくなった真咲南朋は、竹本泰志の家を出る。そして、彼の担当編集者とは知らずに、野村貴浩といい仲になっていく。ここらあたりは「バルセロナ」というよりは、池島版「輪舞」といった方がよいかもしれない。いずれにしても、倖田李梨のド迫力に吹っ飛ばされてしまった真咲南朋と澪、共にお疲れさまでした。真咲南朋のともだちで、平凡な女の幸福を体現するヌードも濡れ場もないカメオ出演の日高ゆりあが、意外と印象を残すもうけ役であった。
2010年ピンク映画カタログ−12

2010年6月4日(金) ●上野オークラ劇場
「痴漢バス バックが大好き」 (旧題「痴漢バス バックもオーライ」) 1987年公開
監督・石川欣 脚本・アーサー・シモン  主演・長谷川かおり,朝川れい子

「痴漢バス」というタイトルから、バス内での痴漢の話かと思ったら、サロンバスに風俗嬢二人を乗り込ませ、3000円の乗車賃で痴漢自由という文字通りの「痴漢バス」の風俗産業のお話だった。でも一番面白いのはその設定のみだった。風俗嬢は源氏名がナンシーとキャシーの二人、キャシーが惨殺されるが、ミステリー的な面白さの工夫も乏しく、あっさり犯人は割れて、刑事に射殺されて幕となる。

ナンシーが、男遍歴をドキュメンタリー調にカメラに向かって独白するあたり、また犯人の偏執的な変質者の凄みあたりが、見せどころといったらいいだろうか。刑事がナンシーに純情を捧げ犯人逮捕に執念を燃やして、痴漢バスの中での痴態を横目に、いかにも張り込み風に同乗して浮いてしまうあたりも面白い。ナンシーがキャシーの殺害を刑事に聞かされ、失神した時に抱きとめられ、危機一髪状況で犯人が射殺された直後も、ナンシーは刑事に抱きしめられる。この2度の抱擁以外には、二人の関係は無い。刑事は本部解散後も自力で捜査を続けていたことが判明する。夜明けの盛り場で、お互いに好意を胸に秘めつつ、別れていく余韻も悪くはない。

惨殺されたキャシーの後に、二代目キャシーが入ってくる。ナンシーも含め二代のキャシーと3人との関係がある映画製作に夢を抱くホストのサブエピソードがあり、二代目キャシーが情熱に打たれ、映画製作費捻出のために「痴漢バス」の売上を盗み出したりもする。そこに、製作者の映画愛も感じられないこともないではないし、いろいろ工夫は凝らしているが、いずれも今一歩という一編であった。

「性交エロ天使 たっぷりご奉仕」 2010年公開
監督・竹洞哲也 脚本・小松公典・山口大輔 主演・藤崎クロエ,かすみ果穂

「ドラえもん」がピンク映画になるとは思わなかった。さらに、若干のブっ飛び映画があるにせよ、基本はシットリした持ち味の竹洞哲也監督=小松公典脚本(今回は山口大輔助監督と共同)コンビが、ピンク版「ドラえもん」を創るとは思わなかった。怪作にして快作である。

 キャストは、オリジナルに則って記すと、次のとおりだ。ドラえもんは期待の大型新人・藤崎クロエ、今回の映画用の主題歌まで歌ってみせる。のび太は最近心境著しい若手の津田篤だ。しずかちゃんがかすみ果穂、ジャイアンが怪優サーモン鮭山で、ジャイ子まで二役で演じてみせ、これがドラマのキーワードともなる。スネオが吉岡睦雄、できすぎくんが岡田智宏と、ここにも芸達者が顔を並べる。

さて、そんなキャスティングを得て、どんなピンク版「ドラえもん」ができたか。これが、見事なまでにオリジナルの味を活かした快作になったのである。津田篤の不幸は、あこがれのかすみ果穂と結婚できず、いじめっ子のサーモン鮭山に彼女を取られ、彼の妹(前述したようにサーモン鮭山の二役)と結婚する破目になったことだった。この歴史を改変するべく、晩年になった津田篤は、未来からロボットの藤崎クロエを過去に送り込む。かすみ果穂と結婚できた過去になるように、造りかえようというのだ。ロボット藤崎クロエのエキゾチックなフェースとボディはグー!である。今年の新人賞の有力候補だろう。

藤崎クロエが、現代に姿を現すのは、ドラえもんのようにのび太の机の引き出しからではなく、津田篤の大包茎の皮の中からというのも、何とも人を喰っている。白い粒だらけになって出現し、「未来は雪だったの」「あなたのチン滓よ」「うっ!臭ッ!」と、どこまでも人を喰った展開だ。

当然、藤崎クロエが未来の道具を出してくるのは、ドラえもんのような胸のポケットからではない。性器に津田篤の精子を受け入れ、その願望を分析してアイテムを造り、性器からそれを取り出してみせる。いかにもピンク的アレンジだ。しかも出てくるのは、かけると願望を視覚化する眼鏡だけというセコさも、低予算ピンク風で楽しい。眼鏡をかけた津田篤の眼に入るのは、女の衣服が無くてヌードに見える光景だ。この願望のセコさも、何とも楽しい。

藤崎クロエは、津田篤の頭も体も鍛えて、サーモン鮭山よりも心身共に強くさせ、かすみ果穂の関心を向けさせようとする。勉強を教えるために、できすぎくんの役回りの秀才・岡田智宏を拉致してくる。しかし、津田篤の馬鹿は伝染性があり、岡田智宏に感染してしまう。感染(?)した岡田智宏の悪乗りおバカ演技が、とてつもなくおかしい。

「願望眼鏡」が、サーモン鮭山の腰巾着、いわゆるスネオ役の吉岡睦雄の手に、ひょんなことから渡ってしまう。吉岡睦雄は、若い義母の若林美保に欲望を抱いている。彼が「眼鏡」をかけると、義母の誘惑する姿が見える。この眼鏡がカラミの中で義母の若林美保に渡ると、こんどは彼女の眼に映るのは、吉岡睦雄の股間にそそり立つ願望の巨根である。かくして二人は、アヘアヘに至る。

エネルギーが切れつつある藤崎クロエは、なかなか津田篤を救いきれず、その悲しさから泣きたくなる。でも、ロボットだから涙は流れない。最後の力を振り絞って、本気が見える眼鏡を造り出す。彼女の眼鏡の向こうに、津田篤の本気でサーモン鮭山に立ち向かう姿が映る。こうして津田篤はサーモン鮭山を叩きのめし、かすみ果穂の心を掴むことになり、かくして歴史は改変された。

歴史改変の目的を果たした時、未来から送られたロボットは、過去に痕跡を残してはならないので消失することになる。津田篤は、ロボットという存在を越えて、藤崎クロエを愛してしまった。永遠の別れを直前に、二人(一人と一台?)は最後の体を重ねる。その時、ロボットであるはずの藤崎クロエの目尻から、一筋の涙が流れる。ブッ飛びドラえもんパロディが展開されてきたが、この終盤は竹洞=小松コンビならではの情感溢るる世界であった。

ロボットが過去に送り込まれる時、一つの鈴が託された。藤崎クロエのロボットは、それを過去に落としたまま消失してしまう。いつかまた藤崎クロエと会えると信じ続ける津田篤は、落ちているその鈴を拾い上げ握りしめる。これが、未来へと受け継がれていき、また過去へと託されるということだ。かくして、SFクラシックの原点「存在の環」に通底する壮大なタイムパラドックスで、この快作は幕を閉じるのである。

5月15日(土)〜16日(日)にかけてのピンク大賞レポートは、「映画三昧日記−8」に寄り道して下さい。
2010年ピンク映画カタログ−11

2010年5月10日(月) ●東映ラボ・テック
「未亡人銭湯 おっぱいの時間ですよ!」 2010年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・晶エリ,竹下なな

池島ゆたか監督の御好意で、初号試写を見せていただいた。封切は8月、リニューアルされた上野オークラ劇場の、コケラ落し作品だそうである。いかにも、それにふさわしい明朗下町コメディが誕生した。「未亡人銭湯 おっぱいの時間ですよ!」のタイトルから判るように、これは往年の人気TVドラマ「時間ですよ」のオマージュ&パロディだ。

当初、池島ゆたか監督は「極楽銭湯」のタイトルで、mixiの日記を通じエキストラを大募集していた。男性は裸で風呂に入ること、女性は水着可となっていた。ところが、ピンク関係者が続々と入浴客のカメオ出演に名乗りを上げ、結局人数が集まり過ぎて、一般参加者は不要となった。女性陣は里見瑤子や倖田李梨etc、男性陣は久保新二から竹本泰志、国沢実監督まで加わったetcである。これがまた、映画に厚みを加えた。(池島監督自身も試写前の挨拶で、役者の層の厚さのパワーを感じたと、謝辞を述べていた)たしかに、素人の入浴客なら単なるエキストラの動きしかできないが、こうしたピンク映画人が集まると、隅の方でも何かお芝居をしているのである。久保新二なんかは、ついに台詞のある役にまで乗り出してしまった。(後述するが、これがまたポイントを押さえた好演だった)期せずして、オールスターキャストの雰囲気も醸し出し、この面からもニュー上野オークラのオープニングにふさわしいゴージャスな作品に仕上がったのである。

これは池島ゆたか111本目の作品であり、監督本人としては新たなもう一つの節目を自任していた。でもそれは、こんなのあり?という楽しさに溢れた珍品であった。とにかく前々作の109本目「欲望の酒場 濡れ匂う色女」(原題「STAGE」)を、私はウィリアム・ワイラーの世界と絶賛しちゃったのである。その直後に、こんなブっ飛び映画をモノしちゃうなんて、ホントにこんなのあり?だ。ワイラーがジェリー・ルイスに変貌しちゃったようなものだ。

 以前に私は、ある雑誌関係者の御好意で佐藤吏組や深町章組など、また、エキストラ出演で清水大敬組や金田敬組など、の初号試写を見せていただいたことがあるが、今回の初号試写の人数の多さには驚いた。ほぼ試写室が満員の盛況である。カメオ出演者の一群もいれば、監督の御好意で私など「PKの会」の面々にも声をかけていただいているのだから、それは人数は膨らむわけだ。この池島流盛大さの初号試写は、後の打ち上げまで、これまでの試写よりも破天荒な展開であった。

冒頭から、いきなり銭湯内部の風景だ。男湯・女湯と、別にエロを狙うわけでもなく、TVドラマ「時間ですよ」のタッチで、自然体に下町の入浴風景が展開される。ただし、TVドラマとちがうのは女湯のシーンで、全員があっけらかんとおっぱいだけでなくヘアー丸出しで闊歩し、歓談していることである。(さすがに男湯の方はブランブランを映していなかったが…)こういう和気藹々とした下町風景の中で、3組のカップルが誕生する若干他愛の無い人情明朗篇なのだ。

ヒロインの晶エリ(大沢佑香の改名)は未亡人である。夫役が池島ゆたか監督自身の出馬で、遺影の写真だけの登場なのだが、これが「歌う!ピンク御殿」の熱唱姿なのだから、正にこんなのあり?である。(楽屋落ちではあるのだが…)第一、晶エリと池島ゆたかが夫婦役はないだろう。どう考えたって親子だ。ここは試写室で大いに受けたが、特に関係者でなく映画を観て初めてそのキャスティングに出会った我々には、大爆笑ものであった。

歳の離れた夫婦だから、晶エリの義理の出戻り娘は5歳年上の「竹下なな」だ。ここも、そんなのあり?の世界である。晶エリは亡父の遺志を守り、時代に流され何かと不振の銭湯「松の湯」を、必死に維持していこうとする。その結果で出てきたアイデアがポイント制である。ポイントが溜まると、混浴デーに参加できるのである。さらに、女性にはイケメン三助サービスという特典も追加される。出戻り娘「竹下なな」は、そんな無理なやり方に批判的だ。

でもこれも、こんなのあり?だ。男はともかく、女は混浴デーのためにポイントなんて貯めるわけがない。しかし、この映画では、男も女も裸のつきあいを待望する和気藹々の下町ユートピア混浴世界であるから、そういうことまでも見事に成立させてしまったのだ。

冒頭は、銭湯前での久保新二と、ニューハーフ色華昇子の楽しいやりとりだ。久しぶりのピンク登場の色華昇子は、相変わらず長身でグラマラス、手術によって圧倒される豊乳を有しているが、下半身は男のままだそうである。(別に確認したわけではない)「おい、いっしょに入ろう」「や〜ね、私、女よ」そんな微笑ましいやりとりの後、浴場の看板絵にメインタイトル「未亡人銭湯 おっぱいの時間ですよ!」が出る。もうここで、下町の男も女も混浴で和気藹々と生きられるユートピアが、説得力をもって現出されている。カメオ出演の久保新二、実質的にキーポイントのメインキャストに踊り出たのである。

混浴デー・イケメン三助サービスのポイントを最初にゲットしたのは、スナックの若きママ「日高ゆりあ」だ。彼女は楽しみに待つが、銭湯の未亡人女将の晶エリには、新たな悩みが出る。イケメン三助を売りにしてポイント・システムを始めたが、三助の当ては全く無かったのだ。窮した女将は、窯焚きの野村貴浩が、かつてナンバーワンホストだったことを突き止め、臨時のイケメン三助を努めてくれるようにお願いする。

スナックのママ「日高ゆりあ」は、かねてから無口で黙々と飲んで帰るだけの客の野村貴浩に想いを寄せていた。野村貴浩との思いがけぬ出会いに高揚する「日高ゆりあ」。野村貴浩は高倉健ばりの着流し番傘スタイルで、まず登場する。そして、ホストテクニックを駆使し、ボディーソープから、アンダーヘアー処理サービスに至る。剃毛はハッキリ映されるし、「日高ゆりあ」の喘ぎは、性器愛撫シーンに近い。入浴とか着替えとかの、性的意味を含まないものは、ピンクでもボカシ無しでヘアーOKだが、これって許されるんだろうか。池島ゆたか監督の言によれば、映倫もあまり問題にしなかったようだ。明朗コメディのタッチが救いになったのかもしれない。

このイケメン三助サービスは、当然ポイントを集めた混浴デーの催しだ。「日高ゆりあ」と野村貴浩のカップル誕生は、混浴中の下町男女のエールを盛大に浴びる。混浴デーとはいいながら、さすがに女は向かって右の浴槽、男は左の浴槽に固まっている。ポツンと真ん中の浴槽にただ一人放置されるのが、ニューハーフの色華昇子ただ一人というのも愉快だ。「何で〜みんな来てよ〜」との彼女(?)の呼び掛けに久保新二がまず呼応し、彼の音頭により次第に同じ浴槽内での混浴状態になってくる。久保新二は、近くの女にコナをかけ、フェラに引き込むなど、ここでも達者である。そんなのあり?という設定だが、とにかく日高ゆりあ=野村貴浩カップルを祝福し、ヘアーヌードの乱舞で、男女が楽しくハシャぐ下町銭湯乱交ユートピアに、説得力を持たせた池島演出は見事だ。

このユートピア空間に、カメオ出演の達者なピンク界の男女優(監督も)が、工夫をこらし、映ろうが映るまいがそんなことに頓着なく、演技合戦を展開しているのが何ともかんとも楽しい。この日にも、里見瑤子さんがいるところには、どこでも出没する里見さんのmixiコミュニティ主催者「chimyさん」こと宮野真一さんが、当然いた。打ち上げでこの話題を向けたら、「さあ、そうでしたか。私、里見さんしか見ていませんでした」と、冷たい御返事だった。まあ、私もそのきらいは無きにしもあらずだったが…。ある人は「倖田李梨さんは、この業界が新しいせいか、控えめでしたよね」なんて言っていた。そんな観点で、この映画の混浴シーンは、注目の役者に毎回焦点を変えて、何度も見返しても楽しく見られる映画なのかもしれない。

この銭湯に、盗撮を仕掛けている男の影が漂う。かねてから銭湯の娘の晶エリに想いを寄せ、かつてはいい仲でもあった年下の若者の津田篤だ。しかし、父親のような年配の池島ゆたかに、彼女を浚われてしまった。未亡人になった今、再び取り戻そうと執念を燃やす。盗撮写真をネタに風営法違反で告発すると、晶エリを脅しヨリを戻そうとする。「松の湯」存亡の危機だ!ご近所の底力、下町ユートピアの常連客は団結し、津田篤を緊縛する。この後、どんなおっかないヤクザが現れるのかと思いきや、責め手のメインは、ニューハーフの色華昇子、巨体・巨乳(巨根?)の圧倒的迫力で、カマを掘るぞと脅されれば、津田篤は屈伏するしかない。肉体そのものが拷問具の、色華昇子の存在感は圧倒的だ。(この後の打ち上げで、私はかなり話し込みました。女優とはあまり話のネタが続かない私なのに、やはり色華昇子は魅力的な「人」ということでしょう)結局、晶エリは、前夫の池島ゆたかに後を託された教授の甲斐太郎と再婚し、中年好みは変化しなかったということで、津田篤はまた振られ、このカップルもチョンとなる。

晶エリの5歳年上の義理の出戻り娘「竹下なな」は、地元で憧れの先輩と慕ってきた年下の若者と再婚となり、義母の晶エリと共に銭湯を盛りたてていくことにする。ここで初めて「竹下なな」は、5歳年下の義母の晶エリを「おかあさん」と呼んで、メデタシメデタシとなる。

こうして、映画は大団円となると、煌めくような星空、「スター・ウォーズ」と相似の字体で、エンド・クレジットが走る。最後に「SPECIAL THANKS」の名の下に、里見瑤子をトップにカメオ出演者名が延々と続く。そのヴォリュームは圧巻だ。そんなことから終映後に池島監督に、それでは「スター・ウォーズ」のパロディとして、今回の映画をエピソードVかUにして、Tとして晶エリと池島ゆたかの出会いと死別とかをやったらどうですか、と水を向けた。「そうですねえ。昔みたいに何本も撮れたら、そんな遊びもやりたいけれど、今はそんな余裕は無いですね」とのことだった。確かに、今や多作をもってする池島監督にしても、意欲作に焦点を絞らざるをえないピンク状況だと思うが、そういうゆとりが無くなってきたのはちょっと寂しいものがある。映画を痩せさせるということは、こういうことなのかとも感じる。「量は質を確保する」というのは一定の真里だ。

初号試写終了後は打ち上げだ。ここでの呼び掛けが、「打ち上げに行けない人は挙手して下さい」というのは、池島ゆたか組ならではと思った。基本的に打ち上げは、行くのが当然という前提なのだろう。よって、打ち上げは大人数の大宴会になった。2時間程度が経過したところで、これも池島組恒例だそうでで、全員一言ずつ感想を述べるコーナーとなる。白井佳夫さんがかつて阿佐ヶ谷映画村などで行っていたゲシュタポ方式の再来である。

脚本の五代暁子さんから、実は野村貴浩さんの役は、竹本泰志さんの当て書きだった秘話が明かされる。結局、竹本さんはスケジュールの都合がつかなかったそうだ。確かに、高倉健さんのパロディなら、竹本さんの方がピッタリだったろう。野村さんなら頑張っても渡哲也さんである。

私の発言の番が来る。「楽しかったです。でも一つ欠点を申し上げます。この映画はどう観ても、観客よりもやってる奴が楽しく見えてます」と、率直な意見を言った。そう、冒頭にこの映画はジェリー・ルイスと言ったが、むしろスティーブン・ソダーバーグの「オーシャンズ」シリーズに近いのである。早速、「日高ゆりあ」さんが呼応する。「ホント!現場、楽しかったです!」池島ゆたか監督が(冗談半分だが)渋面を作る。「ゆりあ!楽しかったのはお前らだけだよ、俺は完成させるのに一生懸命だったよ!」。その後で、池島監督と歓談したが、監督にとって「オーシャンズ」シリーズは不快な映画で、引き合いに出されたのは不本意だったようだ。「そうか、判った。あの映画は監督まで楽しんじゃってるから駄目なんだ」とも言っていた。私のような心優しい映画ファンは、ソダーバーグみたいに監督も含めて楽しんじゃう映画もありかなと許容してしまうが、実作者の池島監督としては許し難いのもしれない。

全員の感想が一巡し、そろそろ中締めかなと思っていたが、新たにどんどん料理が運びこまれて来て、その様子は全くない。自宅をロケ地に提供している池島組サポーター常連の鎌田一利さんに、「中締めはいつなんですか?」と聞いたら、そういうものは池島組の打ち上げにはないそうだ。適当に各自が時間をみはからって、帰ることを宴会幹事の助監督に告げれば、適当な会費が徴収されるそうだ。助監督は、注文の集約やらウーロン割なども作るなど、管理が大変である。この日は若い女性だった。好きな道ということであろうが、助監督修行も楽ではない。

 私は、場所が土地勘の乏しい京王線沿線の国領ということもあり、余裕をもって11時半過ぎに腰をあげることにする。ふと見ると、はるか前に帰ると言っていた鎌田さんが、まだ鎮座している。この時間では帰れまい。本人も腹をくくったようだ。逆に、池島組では、終電車がなくなっても、放り出されることは無いということのようである。

帰宅して睡眠、目覚めた朝、パソコンでメールを開く。「ミスター・ピンクさん」こと池島ゆたか監督の、11日(火)mixi日記の8時58分書き込みで「今まで飲んでた」とあった。お疲れさまでした。


2010年5月14日(金) ●DVD鑑賞
「人妻痴情 しとやかな性交」 2009年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・大貫希,日高ゆりあ

昨年の「ピンク映画カタログ−26」で、「PKの会」のちょっと早目の忘年会を紹介したが、そこの福引大会で、私は池島ゆたか監督提供の最新作(当時)「人妻痴情 しとやかな性交」(原題「パーティ・ジャック」)が当たった。それが、今年の「映画三昧日記−7」で記したように、我が家の地デジ対応で、やっと再生可能になった。その鑑賞記である。そのあたりの顛末の詳細については、昨年の「ピンク映画カタログ−26」に寄り道して下さい。

冒頭に「疑心暗鬼」のタイトルと共に、その説明が字幕表示される。そのとおりに、亡き両親の残した広大な邸宅に住み、一流企業に勤め、愛妻の大貫希と実家で新婚生活を始めた野村貴浩が、突然の心臓病発症で、疑心暗鬼の妄想に陥るお話である。

自宅療養で、休職して静養に努める彼の家に、愛妻の大貫希の妹の「日高ゆりあ」が、中年男の愛人「なかみつせいじ」と一緒に転がりこんでくる。傍若無人の妹で、奔放な「日高ゆりあ」の個性が輝く。図々しいようでいて、リストラされ妻にも子にも見捨てられ、「ゆりあ」に救われなければ自殺していたかもしれないと、シミジミ語る「なかみつ」に、中年男の哀愁が漂う。

野村貴浩は、義妹の「日高ゆりあ」に、時効だけれどとの注釈付きで、姉の大貫希にかつて恋人を奪われたことを告げられる。「ゆりあ」の言によれば、私なんて到底かなわない程、姉の大貫希は男に愛想が良く、くまなく愛されるとのことである。仕事人間の野村貴浩は、女を見る目はあまりない。現在の妻に愛され、その愛を信じて結婚したとの過去しかないのだ。こうして、かつて、妹の恋人を奪った妻の大貫希が、その再現で現在の妹の恋人「なかみつせいじ」とも関係していく妄想に囚われてくる。逆に報復のため、妹の「日高ゆりあ」が、自分に迫ってくる妄想にも囚われる。

自宅療養中で時間も十分にある野村貴浩は、改めて妻の大貫希ジックリ見つめると、確かに保健勧誘員や新聞販売員に、ひどく愛敬を振りまいている。近所の不動産屋の甲斐太郎にも親切にされ、病気で彼が会社をやめた時の対策として、自分の親からの遺産の大邸宅の庭をアパートにすることに、損得抜きで全面的に協力するということになるがだが、夫の野村貴浩としては、素直に受け止められない。妻の大貫希は、彼の弱味を見ちゃったからのこともあっての協力だから、心配が無いと夫に告げる。甲斐太郎は、パン屋の人妻の望月梨央の駅前出店を成功させたが、W不倫に堕ち込んでいたのである。それを掴まれた大貫希に、頭が上がらないとのことだが、それでも妻と甲斐太郎との不倫疑惑も、夫の野村貴浩の頭を去らない。そんな甲斐太郎と望月梨央の濡れ場サービスを、ちゃんとドラマに連動させているあたりは、さすがに練達の池島ゆたか作品だ。

妄想は果てしなく拡がり、見舞にきた会社後輩の足下に麦茶をこぼした妻の大貫希が、床掃除をしているのまで、フェラしているように見えてくる。さらに、義妹の「日高ゆりあ」が愛用しているサプリメントの錠剤が、妻が自分に与える心臓の薬に酷似していることから、妻が薬をすり変えているのではないかとの悪意も感じてくる。

野村貴浩は、薬の服用だけでは済まず、手術をすることになる。でも、執刀医はいい先生で良かったと喜ぶ妻の大貫希に対しても、主治医と妻との不倫の匂いを感じて嫉妬する。この執刀医が池島ゆたか監督自らの出馬で、しっかり妄想の中の濡れ場で熱演して見せるのも、楽しき限りである。こうして、男の疑心暗鬼の大妄想劇として、映画は終盤を迎える。

池島ゆたか監督=五代暁子脚本コンビ作品を、無理に名画のオマージュ&パロディにこじつける必要もないのだが、強いて言えば、これはスタンリー・キューブリックの遺作「アイズ ワイド シャット」だろう。ただし、キューブリックがニコール・キッドマンの「ファック!」の連発でハッピーエンドに至ったのとは異なり、アンハッピーに終わるのが一味ちがう。会社からは首を切られ、親の遺産の庭はアパートに改築され、義妹と結婚した「なかみつせいじ」は大家として腕を奮い、妻の大貫希は完全に彼を信頼している。親の遺産の大邸宅の中で、孤独にスポイルされ、虚ろな瞳でベッドに横たわる野村貴浩の哀愁で、映画は幕を閉じるのである。
2010年ピンク映画カタログ−10

2010年5月1日(土) ●上野オークラ劇場
「痴漢電車 極秘本番」 1984年公開
監督・滝田洋二郎  脚本・高木功  主演・竹村祐香,真堂ありさ

アカデミー監督の滝田洋二郎ピンク時代のブっ飛び映画だ。キネ旬2009年4月上旬号緊急特集「『おくりびと』の奇跡」の監督論で、秋本鉄次が公開当時「ヒイヒイ笑った」と記している。確かにリアルタイムで観たら、そのインパクトは半端じゃなかったと思う。納得である。

映画はいきなり真田城のロングショットから幕を開け、麗々しく「慶長20年」というタイトルが出るのだから、そこでまずピンクならざる破天荒ぶりに驚く。同じ滝田作品「痴漢電車 下着検札」が、昭和3年、張作霖爆殺事件直後の満州の荒野から始まるのと並んで双璧である。大阪夏の陣での敗北を予感した真田幸村が、猿飛佐助に密書を託す。霧隠才蔵と協力して、埋蔵金を発掘し、豊臣再興に備えよとの密命である。本当にこれピンクなの?と思わせる壮大なプロローグだ。猿飛佐助を演じるは芸達者の螢雪次郎、役者も十分だ。

山道の雑木林を疾駆する猿飛佐助、そこに「くノ一」が斬りかかる。服部半蔵配下の「かげろう」だ。演じるは滝田映画おなじみの竹村祐佳。激しく切り結ぶ背後にはチープな合成でそびえる真田城。殺陣も、駒落しの活用で樹上に飛んだりして、結構工夫がある。そして、大地震で突如二人は現代日本にタイムスリップする。そこに、SF的必然性も何もないのだが、「戦国自衛隊」あたりの大作だと気になる杜撰さも、特撮も含めて低予算ピンクのチープさは、それもありかなと許せてしまう。ピンクの特質をうまく活かしている。

螢雪次郎がスリップしたのは、現代の電車内の網棚の上というのも、おかしい。これが堂々たるロケーションなのである。この後に出てくる車内痴漢シーンも、ほとんどがロケだった。(さすがに股間や尻のアップはスタジオ撮影であろうが)車両を借り切ってしまったということだろうか。いずれにしても、特撮や一部時代劇仕立ても含めて、低予算ではあっても、今のピンクよりもはるかに潤沢であったのを想像させる画面の豊かさがあった。

新宿西口広場をうろつく螢雪次郎は竹村祐佳に遭遇、再び斬り合いが始まる。俯瞰撮影だから、カメラは通行人の視覚外の隠し撮りのようだが、その割に公道で始まった時代劇衣装で展開されているチャンバラに、驚いている人は少なかった。しかし、西口広場での大剣戟は抱腹絶倒、竹村祐佳が突きあたった通行人を、「無礼者!」と叩き斬きっちゃうんだから大変である。このあたりまで(以後も)、この日の上野オークラ劇場は爆笑に次ぐ大爆笑であった。

竹村祐佳はトルコ風呂(現代のソープランド、トルコに対する国辱になるとのことで呼称が変わった。そこで以後は私もソープランドと言い換えたい)に紛れ込む。怪訝な顔で「ここは大奥でござるか?」と首を傾げるのがおかしい。よく考えると戦国時代に大奥は無く、時代考証に問題ありなのだが、そんなことはどうでもよくなるビンクの軽妙さが、ここでも活きている。

この後、トップのソープ嬢を「淀君殿」と呼んでつかえ、「この大奥は、ソソをいたすと金子がいただけるのか」と、「かげろう」はみるみる腕を発揮しトップにのし上がってしまうんだから、ブッ飛びぶりも半端じゃない。「忍法仏壇返し!」と唱えて男をイカせる早送りのシーンも傑作だ。そして「淀君殿」に無礼を働いたヤクザを成敗してしまい、ソープランドにいられなくなって、再び放浪の旅に出る。

一方、螢雪次郎の方は、電車内で東大の国文の女子大生を痴漢し、それをきっかけに親しくなる。リアリティも何もすっ飛ばして、とにかくこの映画は痴漢がドラマの転換点になる。だから題名は「痴漢電車」であり、ソープランドをひっかけて「極秘本番」なのだが、この題では中身の奇想天外ぶりを全く伺うことができないのが、残念なところだ。

螢雪次郎は密書を開くが、それは暗号だった。女子大生はその暗号に興味を示し、解読に成功するが意味不明である。この暗号のキーワードが将棋対局記録が鍵になるというなかなかの本格ミステリー調なのもよい。結論として、猿飛佐助の協力相手の霧隠才蔵の密書と併せて、完全な解読が可能になる二重暗号だろうとの結論となる。この女子大生は、表札でさりげなく服部という苗字であることが示され、実は服部半蔵の子孫だったということなのが、後段の伏線として効いてくる。

いっぽう竹村祐佳は、電車の中で痴漢にあう。痴漢したのは霧隠芸能事務所社長で、俳優時代の若き日の池島ゆたか監督が演じる。痴漢でタレントをスカウトしているという何とも乱暴な設定で、おねェ言葉を乱発しての怪演である。ひたすら痴漢をドラマ転調のキックにしてしまう創りが凄い。ついでにここで言っておくと、痴漢シーンや濡れ場は結構ネチっこく、滝田洋二郎はそちら方の才能も豊かであることに感心する。

俳優時代の若き日の荒木太郎監督は、終盤の徳川家康に愛される茶坊主で登場する。カマを掘られてヒーヒー言うのが、何ともユーモラスだ。この日は荒木太郎監督の挨拶を中心にした「OP祭り」の日なので、「痴漢電車 極秘本番」がセレクトされたようだが、とにかく池島監督も併せて、現在のトップ監督の若き日の怪演が楽しめるのは愉快である。

池島ゆたか芸能事務所社長は、竹村祐佳に相方をみつけてのデビューを考える。再び痴漢でスカウトしたのは、螢雪次郎と同棲中の女子大生。かくして二人は歌手デビューするが、これがピンクレディーの大パロディー、「わ〜たし、忍者のサウスポ〜魔球は〜魔球〜は手裏剣〜」って歌っちゃうんだから、もう爆笑のネタは尽きることがない。

セルフパロディもある。ピンク映画館に入って螢雪次郎が観るのが、滝田洋二郎の自作「痴漢電車 百恵のお尻」で、スクリーンでは山内百恵(山口百恵のソックリさん)と藤竜也のソックリさんがからんでいる。見とれてマスをかいていると、螢雪次郎自身がスクリーンにも登場し、「こんな所でマスかいてんじゃねえ!」と客席の本人に喝を入れる。

霧隠芸能事務所社長の池島ゆたかは、苗字で明白のように霧隠才蔵の子孫である。密書は掛け軸として床の間に飾ってあった。歌手コンビの縁でつながった豊臣方=徳川方は、とりあえず呉越同舟で、二重暗号の解読にかかる。霧隠才蔵の暗号は黒白が混在した升目となり、猿飛佐助の暗号と重ねると、小判の埋蔵場所が判明する。結構、本格的なミステリーなのだ。

ここで、池島ゆたか社長が豹変する。霧隠家は、代々佐助の密書の出現を待ち続け、最後は埋蔵金を独占することを目論んでいたのだ。「死んでもらいます」と高倉健のパロディを演じ、十字手裏剣2本を頭に突き立てられて、ギャーッと悶絶して殺されてみせる池島ゆたかは、ここでも怪演だ。

ついに掘り出された小判の山、その時またまた大地震によるタイムスリップ、小判の山は大阪夏の陣出陣直前の徳川家康の前に現出する。かくしてこの埋蔵金は、徳川300年の支配を支えることになったとの、何とも壮大なタイムパラドックスとして幕を閉じる。ミステリーとしてもSFとしても骨格がしっかりしている高木功脚本も、ここで称えておきたい。高木功は早逝して、もう故人だそうだ。残念である。

長々と「痴漢電車 極秘本番」を語ってきたが、何だか映画評というよりも、映画の再現説明だけをしていたような気がしないでもない。でも、それだけの魅力があった快作ということで、お許しいただきたいと思う。

「させちゃう秘書 生好き肉体残業」 2010年公開
監督・脚本・荒木太郎  主演・早乙女ルイ,佐々木基子

主人公の早乙女ルイは清純な処女、岡田智宏の恋人がいるが、彼も積極性の乏しい男なのでまだ関係はない。二人は同族の建設会社の社員だ。会長は先代の娘の佐々木基子で、社長の婿の牧村耕次は尻に敷かれている。佐々木基子は、社員の岡田智宏を若いツバメとして目をつけ誘惑する。牧村耕次は妻が冷たい寂しさから、やはり秘書の早乙女ルイを愛人にしようとする。

典型的な、俳優の順列組み合わせで濡れ場が展開する凡ピンク仕立てだ。荒木作品特有の演出の遊びも全くない。才人の荒木太郎監督(今回は脚本も)にしてこの凡庸さはどうしたことか、と思っていたら後半はやや転調してくる。早乙女ルイは自堕落な失業中の父親と、やる気のない派遣社員の兄を抱え、妹の大学の学費の面倒も見ている。金のために、処女を武器に大金を要求し、牧村耕次の愛人になる。

ここから、序々に早乙女ルイが大胆になってくる。佐々木基子=牧村耕次の同族会社は放漫経営の末に、牧村の友人の那波隆史に乗っ取られてしまう。金の切れ目は縁の切れ目、早乙女ルイはあっさりと那波隆史に乗り替える。冒頭の早乙女ルイの十分に処女に見える清純さから、男を喰い殺す悪女への変貌には凄みがあった。捨てられる牧村耕次もさすがベテラン、金も女も失っていく初老男の哀しさをよく表現した。

しかし、このパターンは、増村保造=若尾文子の映画で、タップリと表現されつくした名作群がある。早乙女ルイがいくら頑張っても、荒木太郎監督がいつもながらの演出の遊びを封印して真っ向勝負で挑んだのでは、全くの負け戦になるのは必然だ。たが、終映後の舞台挨拶で、この映画で早乙女ルイに女優として一歩前進してもらいたかったとの意図を聞き、この真っ向勝負への挑戦も納得がいったのである。

2010年5月3日(木) ●上野オークラ劇場
「夫婦夜話 さかり妻たちの欲求」 2009年公開
監督・渡邊元嗣  脚本・山崎浩治  主演・夏川亜咲,山口真里

新居に転居した新婚夫婦の夏川亜咲と西岡秀紀だが、夫はすぐ長期出張に行ってしまう。夫は出張先から、定期的に派手な下着や、扇情的な衣装のプレゼントを送り、これをつけて待っていてほしいとの手紙を同封する。そして夏川亜咲の方はというと、隣家の倦怠期夫婦の山口真里と「なかみつせいじ」の夫妻に対し、「なかみつ」を誘惑した素振りを見せて、夫婦仲を回復したりと、何かチグハグな感じで、夫が出張不在中の人妻の奔放行状記が展開される。ブッ飛び感覚に優れる渡邊元嗣作品としては、何だか人妻凡ピンク風の展開だなと思っていたら、最後に大逆転のブッ飛びぶりを見せてくれる。

ここから先ネタバレです!注意!!

実は、転居を目前にして夫は早逝していたのである。それを忘れる儀式として、49日の間、夫がプレゼントを送ることにしたのだ。この通過儀礼で夏川亜咲は、、新たな人生に一歩を進めていく。これは「P.S.アイラブユー」だったのである。いや、本家の方は1年間も亡夫が妻を縛るみたいで、私は無神経で不快に感じたが、こちらの方は、日本的な49日という期間なので、シミジミとした情愛を感じる。そして、これは「今度は愛妻家」の裏返しヴァージョンでもあった。

「牝猫フェロモン 淫猥な唇」 2010年公開
監督・渡邊元嗣  脚本・山崎浩治  主演・早川瀬里奈,鮎川なお

早川瀬里奈は、隣人の津田篤のストーカーだ。ゴミ箱をあさり、飲み物・食べ物などの好みから、その他全般を知りつくしている。津田篤が合コンで知り合ったクリス小澤と隣室で結ばれるのを、壁越しに耳をあてて知る。早川瀬里奈は、クリス小澤が会社の上司の横須賀正一と不倫関係にあるのをつきとめる。その二股に怒った彼女は、妊婦を装って「これは彼との子だ」と、クリス小澤に迫り、津田篤と別れさせる。

津田篤の高校時代の憧れは鮎川なおだった。そして、売れっ子キャバクラ嬢に変身している彼女に再会する。彼は、ラブレターを書くが、結局投函せずにゴミ箱に捨てる。ストーカー早川瀬里奈は、その手紙をゴミ箱から拾い上げ、アイロンでピンとさせ、津田篤の名で鮎川なおに送る。愛する彼の思いを遂げさせてやろうというわけだ。

これも、ここから先ネタバレです!注意!!

何とも不気味なストーカーぶりだが、真相が明らかになる。津田篤はある時、アルバムを見ていて気付く。早川瀬里奈は、高校時代も同級生だったのだ。ただ、みんなから空気のように思われていた存在感の薄い生徒だったので、記憶に残っていなかったのである。アルバムを見ると、自分の写真の遠くの背後に、必ずポーズを取った彼女の姿があった。徹底したストーカーぶりだったのだ。

早川瀬里奈の思いを知った津田篤は、初めて彼女のことを愛しく思い、隣室の彼女にその想いを告白する。しかし、幾日もしないうちに、隣室を訪れると引っ越していた。後に残るのは、壁に張られた無数のゴミ箱漁りの集積品の、メモや手紙の書き損じや、破られて棄てられた写真etcの数々だった。空気の様な存在として、ストーカーに徹し続けていた彼女にとって、実体の女として愛されることは耐えられなかったのである。こうして、存在感薄く生きてきた女の哀愁を漂わせて、映画は終わる。

2010年5月5日(水) ●上野オークラ劇場
「壷姫ソープ ぬる肌で裏責め」 2009年公開
監督・加藤義一  脚本・城定秀夫  主演・持田茜,藍山みなみ

女と男のつかの間の2度の出会い、一度は高校生時代、二度目は女はソープランド嬢として、男は大学中退の売れないエロ漫画家としての出会いだ。女は持田茜、男は津田篤。それをシットリと描いた一篇である。

これは2009年ピンク大賞のベストワン作品である。加藤義一作品としては2007年「痴漢電車 びんかん指先案内人」に次ぐ快挙であるが、前作のように、痴漢で結びついたカップルが、最後まで顔を合わさないという凝った仕掛けはなく、正攻法の作品だ。佳作ではあるけれど、正直、これがベストワン?と言いたくなる気分もないではない。「ピンク映画カタログ−4」の池島ゆたか監督の舞台挨拶後の打ち上げにおける下馬評で、今年は本命なき混戦状態との声を紹介したが、結局は消去法でこの映画が浮上したということだろうか。

持田茜は政治家の娘で、教師との援交が発覚し、親の面子のために転校する破目になる。同級生の津田篤は、教師のバイクを盗み出し、持田茜を後ろに乗せて海浜まで飛ばし、初々しい体験をする。そして、彼女とは転校して別れた。

時が経つ。大学を中退して頑張っても、津田篤の漫画は売れず、意に染まぬエロ漫画を書くことを強要され凹む。甲斐性がないため、同棲相手の藍山みなみからは、追い出されてしまう。そんなドン底でソープ嬢となった持田茜と再会する。昔と同様、津田篤は今度は乗用車を盗み、持田茜と海浜までドライブする。1度目と2度目の出会いの濡れ場が、カットバックされ、情感を高める。特に、高校生時代の津田篤の「海は好き」との問い掛けに、「嫌い」と答えた持田茜が、2度目の現在では「好き」と答える対比が、何とも言えぬ興趣を高める。そして、ロングショットで捉えられる現在の渚の濡れ場は、情感に溢れ美しい。その後、二人は今回も一度だけの出会いとして別れていく。津田篤は藍山みなみの所に帰り、元のサヤに納まる。

筋立てはどうということはない。繰り返すが、女と男のつかの間のたった2度の出会いをシットリと見せる描写力のみが命の一篇である。

「移り気若妻の熱い舌技」 2010年公開
監督・脚本・友松直之  主演・横山美雪,しじみ

横山美雪と畠山寛は一応仲のいい夫婦だった。ある日、畠山寛を兄のように慕っている従弟の原口大輔が泊りにくる。畠山寛は出張だったのだが、遠慮なく泊って行けということになる。実は畠山寛は出張と偽って人妻風俗嬢の若林美保と浮気していたのである。原口大輔は、結婚式の時から従兄の花嫁の横山美雪に憧れており、夫の留守中に二人は結ばれてしまう。それを知った原口大輔のガールフレンドの「しじみ」が、原口大輔と畠山寛に怒りをぶつける。

このようにストーリーの骨子を記していると、才人・友松直之らしからぬ凡ピンクの筋立てであると感じられる。ただ、ディティールには友松らしさが溢れていた。

原口大輔が従兄の花嫁に心惹かれたのは、たまたま控え室にまぎれこんでしまったら、彼女が涙ぐんでいるのを見た時からだった。これは、後で横山美雪自身から、単なるマリッジブルーに過ぎず、昔から涙もろかったと、あっさりコロコロ告げられる。このあっけなさと、原口大輔の気持の空回りが楽しい。

横山美雪は妊娠する。畠山寛は喜ぶが、行きがかりで彼女はゴム無しで原口大輔とも関係している。どっちの子かはあやしい。また、畠山寛は人妻風俗嬢の若林美保に「ゴムをつけて」と言われたにも関わらず、「俺は無精子性だ」と言って生出しもしている。こっちにも子供が出来かねないという含みも持たせる。このへんのヒネリも友松らしい。また、時に挿入される風景の静止ショットは、小津映画的雰囲気を醸し出し、友松直之の才気を感じた。

だが、何といっても凄いのは「しじみ」の男に対する嫉妬の、荒れ狂いぶりだろう。パンチをふるい、頭突きをかませ、男の溢れた鼻血を舐めまわし、血みどろの唇を相手に重ねる。結局、この映画の魅力は、「しじみ」のブッ千切れぶりに尽きると言えそうだ。

以上「OP映画祭り」で私が初見した作品6本でした。「OP映画祭り」のレポートは「映画三昧日記−7」をご参照ください。
2010年ピンク映画カタログ−9

「映画三昧日記−4」で紹介した「ピンクゲリラツァー」に参加してまいりました。「ピンクゲリラツァー」とは、池島ゆたか監督を囲む「PKの会」の女性メンバーが、映画館でピンク映画を心置きなく観られるようにするため、男共がボディガードで取り囲むツァーである。今回は「お竜さん」から、4月15日(木)上野オークラ劇場(この日最終日)の17時40分の回に参加できる人!との呼び掛けがあった。猶予が2、3日前という短期間であったにもかかわらず、私を含め4人のボディガードが馳せ参じた。「PKの会」の男性陣は優しい〜?(?)。

番組は、まず池島ゆたかの2007年作品「痴女教師 またがり飲む」の新版改題再映(新題は「保健室の誘惑 先生、お願い」)。「メリー・ポピンズ」+「学校」+「フォレスト・ガンプ/一期一会」のパロディ&オマージュといういかにも池島映画らしい楽しい一篇だ。もう一本は昨年の「夜のタイ語教室 いくまで、我慢して」、「PKの会」の一員にしてピンク大賞投票者、そして自宅をロケ地に何度も提供しているピンク映画界のサポーター鎌田一利さんが、出演者としてアフレコにも参加しクレジットされている(あくまでも「PKの会」会員の中での話だが)話題作である。加えて鬼才・友松直之の新版改題再映2005年作品「痴漢電車 挑発する淫ら尻」(新題は「痴漢電車 オタクな快感」)。これは「お竜さん」ならずとも、食指が動くプログラムだ。私の初見は池島作品以外の2本である。

2010年4月15日(木) ●上野オークラ劇場
「痴漢電車 オタクな快感」(旧題「痴漢電車 挑発する淫ら尻」) 2005年公開
監督・友松直之  脚本・大河原ちさと  主演・北川明花, 北川絵美

アキバオタクの若者の武田勝晴は、ある日、清水の舞台から飛び降りる心境で品の良い女性の北川明花に、電車の中で痴漢行為に及ぶ。紆余曲折の末に、二人はラブラブとなる。この要約からすぐ判るように、これはピンク版「電車男」である。北川明花は中谷美紀似のしとやかさで、武田勝晴は、イケメン山田孝之が無理して眼鏡オタクを演じた元祖映画よりは、遥かにアキバ男のムードを出していた。

ただし、「電車男」と違ったもう一つの仕掛けがある。北川明花と武田勝晴に、地獄行き電車に乗せられた4人の幽霊がからんでくるのだ。仕事人間の夫に放っておかれアルコール依存症に堕ち込んで死んだ主婦の北川絵美、自殺した引きこもり青年の小泉充裕、姐さんをかばって殺されたヤクザの天川真澄、長い浪人生活を悲観して自殺した受験生の吉川けんじ、といった面々である。

彼らは成仏できない。成仏すると転生することになるのだが、4人とも、もう一度人生を過ごしたくないのである。そこで、死神の中村英児は、彼等を地獄行き電車に乗せた。そして、地獄に行きたくなければ、1ヶ月以内に武田勝晴に童貞を捨てさせよと、課題を出す。これは高野和明のファンタジー小説「幽霊人命救助隊」の設定のいただきだろう。地獄行き列車は撮影用ライトまで見えてしまうセット丸出しの安易さだが、そのチープさが、ロケの電車内風景とのよき対比となり、いいムードを醸し出した。低予算を逆手にとって見事だ。

幽霊は、武田勝晴に声を聞かせることはできるが、姿は見えない。ただし、物理的腕力の行使は可能である。ということで4人の幽霊が、手取り足取りアドバイスして、何とか武田勝晴が北川明花をモノにできるように奮闘する。「そこで肩を抱け!」と手を引っ張られるが、内気な武田勝晴は尻ごみし、必死で幽霊に抵抗してジタバタする光景などを、北川明花が怪訝な顔でみつめるドタバタ調の展開が楽しい。

幽霊には、もう一つの能力がある。人の夢の中に入ってSEXすることは、可能なのだ。ひきこもりだった小泉充裕は、かつてのセフレの華沢レモンを見て、悔いが残り、夢の中でのSEXに溺れるサービスシーンもある。

武田勝晴と北川明花を結びつけることに障害が発生する。北川明花の上司の飛田敦史が、彼女に想いを寄せているのだ。そして因果は巡る。実は北川絵美の仕事人間の夫というのが、飛田敦史だったのだ。北川絵美は飛田敦史の夢の中に入り、アルコールに逃げて夫への愛が薄かったことを詫びる彼女と、仕事ばかりで妻を顧みなかったことに気付いた彼は、濃厚なSEXで燃える。こうして北川明花からの引き離しに成功する。

それやこれやで、何とか武田勝晴と北川明花をベッドインまで追い込み、ここでも初体験にオドオドする武田勝晴を、文字どおり手取り足取りで童貞喪失に至らせるドタバタが展開され、やつと完遂してメデタシメデタシとなる。この経験を通じて4人の幽霊も、人生は悪いことばかりではないのだと思いを新たにし、進んで成仏→転生の道をたどることにするのである。

「電車男」と「幽霊人命救助隊」を巧みにミックスし、ピンク的な濡れ場サービスもしっかりと盛り込む。才人・友松直之の才能は、ここでも輝いていた。

「夜のタイ語教室 いくまで、我慢して」 2009年公開
監督・脚本・黒川幸則  主演・かすみ果穂,倖田李梨

主人公のかすみ果穂は、同棲相手の久保田泰也との結婚を間近に控えて幸せいっぱい、と言いたいところだが目下マリッジブルー、そんな彼女の結婚直前男性遍歴である。

かすみ果穂は、タイ語教室に通っている。とりわけタイ語に興味があるわけではないが、旅行がきっかけですっかりタイの虜になった元上司の倖田李梨に誘われて、通学しているだけである。実は倖田李梨は、タイ語教室の講師の石川雄也とデキていたのだ。奔放な彼女は合コンにも積極的で、かすみ果穂をも引き込み、最後はタイ語講師も捨てて教室もやめて、海外長期旅行に去って行く。今や、「どこでも顔出す倖田李梨」がキャッチフレーズになりそうな彼女が、ここでもノリノリに乗って魅せる。

倖田李梨に去られた講師の石川雄也は、かねてから想いを秘めていたかすみ果穂に迫る。また、合コンで彼女に目をつけた丹原新浩にも迫られる。かすみ果穂の自宅の隣室では、熟年の友田真希と飯島大介の夫婦がラブラブで、壁越しにひっきりなしのアヘアヘ声だ。自分はいい夫婦生活ができるのだろうか。マリッジブルーのかすみ果穂は、言い寄ってきた二人の男、石川雄也と丹原新浩と、酒の勢いもあって夢かうつつかの中で関係してしまう。そして、最後は同棲相手の安定した久保田泰也との関係に回帰していく。

かすみ果穂と久保田泰也の典型的ラブラブ濡れ場、心の一瞬の迷いから来た彼女と石川雄也や丹原新浩との、幻想に近い濡れ場、そして倖田李梨と石川雄也の奔放な濡れ場、熟年夫婦のネッチリ濡れ場と、ヴァリエーションの対比が効いており、アヘアヘ一本調子のいわゆるこれまでのXces調とは一味違う。女のマリッジブルーがベースになっているドラマ性もある。これが新生Xcesだろう。とはいっても、濡れ場の方便でストーリーが転がる骨子の部分は、旧態依然といったところだ。

話題の(あくまでも我々「PKの会」の中であるが)鎌田一利さんは、合コンの参加者として登場した。ただ、主要キャストにからまないキャラで、アングルもカメラに半分背を向けた位置に配されていたので、見せ所が無く期待はずれだった。そう言えば「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」の中村勝則さん(「PKの会」会員、映画ライター、ピンク大賞投票者)は、クライマックスのライブ会場の客で、いいポジションにいて見事に「演技」していたなあ。

15日(木)に続いての「ピンクゲリラツァー」である。これはひょんなことから始まった。20日(火)に、私は上野に出る予定があり、ちょうど上野オークラ劇場でこの日、加藤義一監督の新作「熟女訪問販売 和服みだれ濡れ」が公開中だ。この際に私は観ることにして、15日(木)にそれを「お竜さん」に伝えた。早速「お竜さん」が「ピンクゲリラツァー」を呼び掛けたが、結果的に今回は、女性二人にボディガードは私一人という逆転の布陣となり、とりあえずはまずまず無事に終わって何よりだった。併映は「OLの愛汁 ラブジュース」「親友の母 生肌の色香」と、つぶぞろいで、3本初見の「お竜さん」にはお得だったのではないか。

2010年4月20日(火) ●上野オークラ劇場
「熟女訪問販売 和服みだれ濡れ」 2010年公開
監督・加藤義一  脚本・近藤力  主演・青山愛, 合沢萌

久々の加藤義一らしいブッ飛び映画である。青山愛と合沢萌の姉妹と、「なかみつせいじ」と柳東史の男二人の、4人暴走族グループのハチャメチャ行状記が点描される。一点、会社経営の「なかみつせいじ」と、そこで訪問販売セールスに精を出す青山愛という、平凡な風景に転換する。姉御肌の青山愛は、グループの罪をかぶって入獄し、出所した彼女の社会厚生の場を作ったのが「なかみつせいじ」ということである。合沢萌と柳東史は、バイク全国行脚の旅に出る。とはいってもそこはピンク、青山愛のセールスは色仕掛けで、エッチな見せ場はタップリだ。

ブラック金融の岡田智宏が登場し、「なかみつせいじ」をいたぶるだけいたぶり、乗っ取りを図る。青山愛は、かつての暴走族仲間の合沢萌と柳東史を呼び戻し反撃に出る。やられっぷりもやりっぷりも、ひたすらオーバーアクトのナンセンスで、そのあたりが楽しいが、時間がたったらディティールはほとんど飛んでしまった。楽しいが、まあ、そんな感じのハチャメチャ篇である。出演者は、みんな快演だ。

●番外 脚本家・武田浩介さんの現在
冒頭で、この日「私は上野に出る予定があり」と記したが、これは上野広小路亭の「蛙の会」仲間の湯川博士さん関連の「出版記念寄席」である。ここに、「OLの愛汁 ラブジュース」の脚本家・武田浩介さんが姿を見せる。奇しき因縁である。武田浩介さんは、現在は映画から一歩引き、新作落語などの演芸作家として活躍の場を拡げている。真打ちの夢月亭清麿師匠に新作落語台本を提供したり、漫才の台本もモノしており、自らも社会人落語家として高座を努めることもある。

この日の上野広小路亭では、漫画家のバトルロイヤル風間さんが「似顔絵問答」の演目を努めた。この風間さんが席亭のイベント「失投パレード」が、2日前の18日(日)開催されたが、武田浩介さんはここで、自作自演で新作落語「荒川スイーツ」の高座を努めている。そんな縁もあっての、武田浩介さんの広小路亭参上ということだ。

余談だが、20日(火)の上野広小路亭で開口一番を努めた社会人落語家あっち亭こっち師匠(実は「クロワッサン」副編集長)は、「映画三昧日記−4」で紹介したように「奴隷船ツァー」の乗船客であり、「ピンクゲリラツァー」にも応じることで快諾をいただいている一人である。さすがにこの日のツァーには、高座を控えているので声はかけなかった。ということで、上野を核にして、この日はいろいろな形で、ピンクの輪が期せずして結ばれていたわけだ。

●番外 ピンク映画館の現在
この日の「ピンクゲリラツァー」で、「お竜さん」は災難にあったようだが、そのネタはmixiの日記で大いに盛り上がった。

「映画は3本とも、面白かったが。変な変態親父のせいで、映画に集中できないうえに、見たくないものまで、見せられ気分が悪くなった。まったくむかつくぜ。(中略)でも、これからもピンク映画は見に行きます。変態親父なんかに負けないぜ」

ということであった。私としては、

「変態親父って、前の席に座って、やたら喫煙して、視線はスクリーンと背後を7・3で泳がして、やたら中座してはもどってきた人ですか。私も気になりましたが、多分ゲイで、相手を探し不調に終わってはもどってきてることの繰り返しで、女性に対しては安心かな…と、私は思っておりました」

だったんですが、実は、

「そちらからは死角だったみたいですが、マスターベーションしていて、後半は視線はスクリーンと背後を3・7ですね。 前半はまだすぐ席をたつから、まだましでしたが」

ということだったようです。なるほど、「お竜さん」を女性と意識して確信犯的にやっていたとしたら、私の方は死角になるのが当然ですね。これをめぐっていろんな人から書き込みがありましたので、面白そうな一部を紹介します。

「基本的にピンクやポルノって、そんなもんですよ。今でこそ普通の客筋ですが、昔は薬売りやポン引き、ホモがウロウロしてましたから。スモーク炊いてコキ放題、がデフォの小屋とかもありましたし」

「男を探しにきている女装の人は何回も見ました。後、後ろからちょっかいは、ありますね。直接触ってきたりはないですが、足で蹴ったり。 都会の中のジャングルですね。男同士のからみはまだ目撃してませんが、視界に入ってきたら映画より、気持ちがそっちに気になりそうです」

「ジャングルなので、何がでてくるかわかりません。この間のミニスカートにおさげの後ろ姿の男性には、一瞬、息を飲みました。場末のサーカスって、きっとこんな感じだったのでは?とちょっと思いました。魑魅魍魎の妖怪の世界のようです」

「昔ピンク映画を集中して見たい時は首から「"映画"を見にきています。タッチお断り」というプレートを首から下げて挑むと言っている人がいましたが、あれは結構有効な気がします」

「昔のポルノ映画館は売店でティッシュの箱、売ってましたよ。あと、モギリのオバハンに「兄ちゃん、5000円で抜いたろか?」とか言われたり(笑)」

何ともかんとも凄まじい限り、ま、これはこれで後で冷静に見直してみると面白いですね。「ピンクゲリラツァー」万才!と言っておきましょう。
2010年ピンク映画カタログ−8

2010年4月7日(水) ●上野オークラ劇場
「美人教員 バイブとセクハラ」(旧題「狂乱!! ハードバイブONANIE」) 1991年公開
監督・新田栄  脚本・東山浩二  主演・一の瀬まみ,早乙女宏美

高校の悪徳校長と悪徳教頭の悪行行状記である。校長は、息子の進学に便宜を図ると水を向け、熟女の未亡人を垂らし込む。娘の進学を口実にして、外国に単身赴任の夫が不在なのをいいことにプレーを楽しみたいM女には、教頭と共謀して貪りつくす。

校長と教頭は、出入り業者の営業マンをそそのかし、リベート二千万円の教材汚職にも精を出す。ところが新任の若い女教師に、密談を聞かれてしまう。そこで校長と教頭は、営業マンに女子大生を抱かせることを餌に、女教師を誘惑して濡れ場の写真を撮らせ、それをネタに学校から放逐することを画策する。女教師は、営業マンが女子大生を抱いている現場に遭遇して騙されたことを知り、彼に対する嫉妬もあって、教育委員会に教材汚職を告発する。かくして悪は失脚する。

まあ、このようにストーリーを記しているだけで、濡れ場方便でストーリーが転がる(これはXcseでなく新東宝作品ではあったが)新田栄流の凡ピンクであるのは明白だ。

M女を演じるは、当時28歳、若き日の早乙女宏美。さすがにこの歳になると、「地獄のローパー」のようにセーラー服姿とはいかず、女子高生の母親役である。だが、緊縛・3Pをピチピチと演じる肢体は健在で、手入れをしてないワキ毛剥き出しでSMチックに悶える姿は、さすがにそそる。でも、そんな現在の活弁修行仲間の若き日の姿に、興味をそそられるしかない凡ピンクだと、言ってしまえばそれまでだ。

ただ、濡れ場は新田栄流のアヘアヘ・ピストン・ワンパターン・金太郎飴映画には、止まっていなかった。最初の熟女未亡人と校長のネットリ濡れ場。次の縛り・3Pのいかにも若き日の早乙女嬢ならではのSMチックな興趣。若い女教師が営業マンに誘惑され、恥じらいながら次第に悶えて燃え上がっていく濡れ場。その営業マンと、援交女子高生から卒業してまだまだ奔放な女子大生との濡れ場。このヴァリエーションの付け方で、一応見せ場があったピンクの一編と言って、よいかもしれない。

「性欲過多症 たまらない人妻たち」(旧題「不倫狂いの人妻たち」) 1997年公開
監督・脚本・上田良津  主演・坂本みすず,葉月蛍

主人公・坂本みすずの夫は杉本まことで、彼は林由美香と不倫中だ。(由美香さんは、ここスクリーンの中ではやはり活々と生きていた。だからあえて、故林由美香さんとかの敬称は以後つけない)坂本みすずには、今でも親しくつきあっている高校時代の先輩・葉月蛍がいる。高校時代に二人はレズ関係だった。

葉月蛍は、高校時代にレイプされたトラウマがある。放送作家の今の夫との関係も、製作会社の作家担当で、台本を完成させることをネタに、レイプまがいに関係させられたのが、始まりだった。このことから、心を病んだ葉月蛍は、多重人格者になってしまう。男を家に引き込み、奴隷のようにかしずかせエッチ行為に耽り、夫に見せつける。夫にDVを揮う。その人格が出ている間の記憶は、本人には全くない。そんな葉月蛍は、夫に坂本みすずをレイプするように強要し、自らももレズでからんでの3Pを展開する。

坂本みすずに嫉妬した林由美香は、彼女に男を手引きして、夫の杉本まこととの仲を引き裂こうとする。そのことに怒り、彼女を殴打する杉本まことだが、結局は肉体に溺れていく。しかし、彼女の所業は、やはり許すことはできない。坂本みすずの方は夫の下を去り、孤独な寂しい表情の杉本まことで、映画は終わる。

と、ストーリーを記したように、これも、前述した「美人教員 バイブとセクハラ」同様の、濡れ場の方便で話が転がる凡ピンクである。見所は多重人格を妖しく演じた葉月蛍の怪演と、切ない心情を全身で表現した林由美香といったところか。特に林由美香は、杉本まことを自分のものにしたいために、彼の家庭破壊の挙に出て、結局捨てられるあたりに女の哀しさが漂う。その前に、彼の気を惹くために田舎に帰って見合いすることをほのめかし、すべての企みが水泡に帰した時、田舎の母親に「まだ、お見合いは間に合う」と電話する姿は、深い印象を残す。林由美香は、スクリーンの中では今だに生き続けている。

「THEレイパー<闇サイト編> 美姉妹・肌の叫び」 2010年公開
監督・国沢実  脚本・新耕樫辰  主演・成田愛,水井真希

ここのところ自作脚本が多かった国沢実であったが、今回は新耕樫辰の脚本を得て、ネット社会の狂気と闇を鮮烈に抉った快作を誕生させた。それにしても新耕樫辰とは、新樫原辰郎に続いての樫原辰郎のまたまたの変身なのだろうか。それとも、全くの別人なのか。興味のあるところだ。

成田愛は、淫夢の中で自分をジっと見つめる女の存在が気になっている。そして、昼は昼で誰かかに観察されている視線を感じる。そんな彼女の前に狂気を宿した男・川瀬陽太が出現する。記憶が序々に蘇ってくる。一年前、彼女は妹の水井真希ともども拉致され、密室で川瀬陽太を中心とした4人の男に緊縛レイプされたのである。そして、彼女は妹を見捨てて逃げた。しかし、川瀬陽太に引き戻され、レイプされた後の妹が自殺する姿を見せつけられたのだ。人はつらい記憶を封印して、一時的な喪失状態になる。成田愛も、その記憶を自らの頭の中から消した。その時の妹の視線が蘇ってきたのだ。

さらにその事件の恐るべき裏が、川瀬陽太から告げられる。これはカメラで納められ、会員制の闇サイトのソフトの一環として、ネット上で公開されていたのだ。さらに、そんなレイプにあった女のその後ということで、盗撮が続けられ、闇サイトのネット上で、公開され続けていたのである。成田愛が、誰かの視線を感じていたというのは、そういうことなのだ。

妹を見殺しにした事実を明かし、さらに盗撮・公開を継続して、成田愛を人格崩壊に至らせることに喜びを感じる川瀬陽太のサディスティツクな狂気が凄い。川瀬陽太、久々のピンク映画復活だが、この熱演は、早くもピンク大賞の男優賞有力候補であろう。

悲惨な体験は、人をその部分だけ記憶喪失にさせる。これは、昨年世界的話題になったドキュメンタリー・アニメーション「戦場でワルツを」に通じる世界である。また、このような形で、プライベートな行動がドラマとして公開されることに関心がもたれることが可能になったネット世界は、ピーター・ウィアーの意欲作「トゥルーマン・ショー」の現実化である。新人脚本家・新耕樫辰がどんな人かは知らないが、この映画蘊蓄ぶりは、十分に樫原辰郎を連想させる。そうだとすれば、川瀬陽太同様に、久々のピンク界復活である。このユニークな脚本を得ての、国沢実の映像パワーが凄い。レイプや緊縛は題材上あるが、ピンク調の物欲しいエロっぽさを大きく越えて、現代の闇と狂気の奔流が迸る。

成田愛の反撃が始まる。ネット上に自らのプライベートを積極的に晒し、挑発に出る。川瀬陽太は、そんな彼女の存在にのめりこんでしまい、ついには会員の興味を惹かなくなったとの屁理屈をつけ、自分だけの映像として独占する。それは、組織の上司の村田頼俊の逆鱗に触れる行動だった。彼は組織から放逐され、ボロボロの廃人になる。成田愛は、ネット上の奔放な行為を通じて、男を人格崩壊に導くことにのめりこみ、毒牙を村田頼俊に延ばす。一方、川瀬陽太のかつての組織の中でのパートナー・セイラは、同様に彼を人格崩壊に導くべく再接近する。こうして二人の女の狂気の発動で映画は締めくくられるが、もうそんなストーリー展開はどうでもいい。ネット社会の闇と狂気に溢れた映像パワーに圧倒されるのみである。傑作だ!

●番外 ピンク映画の現在
「THEレイパー<闇サイト編> 美姉妹・肌の叫び」は衝撃作だったが、いずれにしても今年のピンクは凄すぎる。私が、例年になくこまめに追いかけているせいもあるかもしれないが、現時点でベストワン候補の「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」を始めとして、「不倫旅行 恥悦抜き昇天」「痴漢電車 夢指で尻めぐり」「義父相姦 半熟乳むさぼる」「喪服(妹)告白 恥じらいの震え」「色情痴女 密室の手ほどき」と、ベストテン級がゾロゾだ。

私が、今年に入ってピンクをこまめに追うようになったのは、理由がある。今年も無事にピンク映画大賞表彰式が、5月15日(土)にテアトル新宿にて開催される。これによると昨年の対象作品は54本。ここ数年、製作本数の激減ぶりが顕著だが、ついにここまで来たのである。参加資格も昨年までの25本以上鑑賞から、20本以上鑑賞に引き下げられた。今年は3月末までで対象作品は12本だ。比例計算すれば年末までには48本ということになる。こういう状況になってくると、時間があるからフラリとピンクでも観るか、というわけにはいかない。先日もそう思ってPGのシアター・ガイドをチェックしたら、都内で1本も新作を上映していないという事態に立ち至った。これでは、封切時点でピシャリピシャリと押さえておくしかない。5本に1本はベストテン入りするとなるとテンの価値はないね、ベスト・ファイブにすべきだよ、なんて声も耳にしている。

PGのピンク映画ベストテン投票に参加して、私は7年目を迎えた。当初は、還暦を過ぎたあたりで、こっちもそろそろ定年にするかななんて思っていた。しかし、50年以上の歴史を誇り永遠不滅と思っていたピンク映画も、存亡の危機が訪れてきた。今年の上半期は、ついに新東宝が製作を保留した。ある監督からは、それこそ継続に決定的な影響を与えかねないプリントがらみの動きを聞いた。(業界内事情があり、ここではこれ以上触れない)私の死ぬのが先か、ピンクの消滅が先かという状況になってきた。そうならば、できれば心中覚悟で最期を看取ろうとの気になったのである。

そんな状況に対して、作品的には今年の豊作はどうしたことか。ただこれとても、末期の、ピンク映画転身前の新東宝やロマンポルノ転身前の日活、そして永田雅一時代の大映が、作品的には狂い咲きした状況とダブってくるのがつらい。

日本初のピンク映画は何か?とよく話題になる。そうなるとピンク映画消滅とは、何を持って言うのだろうか。私は、ピンク専門館が消滅し、そこでの新作公開がなくなった時と定義したい。

何だか不吉で景気悪いことばかり書き連ねてしまったが、冷静にそれがピンク映画の現在であることも受け止めたい。でも、今年の豊作ぶりを観るにつけ、私の、ピンク映画存続を切に祈る気持は豪も揺いでいないことも、併せて宣言しておく。
2010年ピンク映画カタログ−7

2010年3月21日(日) ●上野オークラ劇場
「ニューハーフ・エクスタシー」(旧題「アブノーマル・エクスタシー」) 1991年公開
監督・サトウトシキ  脚本・小林宏一  主演・麻倉みお,伊藤舞

プライドの高い売れない作家が主人公である。学生時代の同級生が、AVの仕事を持ち込んでくれるが、当然、気が乗らない。とにかく進めてみろと、友人にまずニューハーフを紹介される。このニューハーフに男はハマってしまう。

ニューハーフは、女優でなく本物が起用されているようだ。ただし、豊胸手術も男根除去手術も済んでいるようで、外見は全く女である。ハスキーな声に、ニューハーフであることを偲ばせる程度だ。

 男は、このニューハーフが捧げる美少年の純情に、夢中になり愛し合う。でもニューハーフは、体はほとんど女だから、生活のためとは言え、体を売ることに対しては、ある種の女の割り切りと同様に、全く抵抗がない。そのあたりの心情が理解できず、男は嫉妬で悶々となる。体は完璧に女だが、声に男の名残りを残しているので独特な雰囲気を醸し出し、そこに本物のニューハーフ起用効果があった。

 男には郷里に元カノがいた。その彼女が上京して人妻となった。不倫を楽しむ奔放な女で、彼を誘惑し、焼けボックイに火がつく。

結局、ニューハーフは男の嫉妬深さに嫌気がさし、男は捨てられる。悲歎にくれた男は、元カノの人妻に強引に迫り、その自己チューぶりに、こっちも愛想をつかされる。彼女の夫には、水溜まりの中に殴り倒され、ボコボコにされる。

筋立ては、特筆するようなものではない。だが、主人公が作家としてのプライドの高さを受け入れてくれない世間をボヤいたり、ニューハーフへの嫉妬に狂ったりしている心情を、町を彷徨う姿にブツブツとモノローグを被せて表現する映像に、サトウトシキ一流の映像パワーがあった。家の近くに来ると、部屋で電話が鳴っており、焦って駆け上がり受話器を取った瞬間切れるといったことが繰り返されるミステリアスなタッチも見せる。結局、これは元カノからの電話という落ちで、大したことはないのだが、ムードは抜群だ。

同級生からは仕事のためにも留守電をつけろと忠告される。ラスト、留守電をつけようかなと呟くのは、世間に妥協して仕事をするしかないとの、男の絶望感にも繋がる。ズブ濡れになって歩く男の荒涼たる心情表現は圧巻だ。こうしたサトウトシキの映像パワーがすべての一編である。

「四十路の奥さん 〜痴漢に濡れて〜」 2006年公開
監督・関根和美 脚本・関根和美, 水上晃太  主演・三上夕希,華沢レモン

主婦の三上夕希は、夫の天川真澄との夫婦仲も悪くなく、まあ幸せである。悩みといえば、義父の牧村耕次が認知症を装って(?)夫婦の営みを覗いたりセクハラ行為に至ったりすること、娘の大学生の華沢レモンの彼氏がどんな男なのかが気になっていること、程度などである。そんな平凡な「四十路の奥さん」が、夫の長期出張中に次々とエッチな災難に遭うというお話である。

 息子の出張をいいことに義父の牧村耕次のセクハラは激しくなってくる。嫁の三上夕希は、そんなに元気なら一人でも大丈夫でしょと、義父に逆ねじを喰わせ、パートタイマーの職探しに出掛ける。電車の中で竹本泰志の痴漢に遭遇するが、巧みなテクニックに感じてしまう。実は竹本泰志は、国立機関でEDや更年期障害の治療法を研究しており、熟女の性感覚データを収集する為に痴漢をしていた学者だったのである。何とも人を喰った展開だ。

三上夕希は、熟女の性感覚データを収集する対象としてピッタリだと言われ、パートタイマーより報酬が高い学者の研究に協力することになる。頭や体に、データ収集のための沢山のコードを繋がれ、エッチ行為を繰り返す何とも奇天烈な光景となる。

続いて、熟女のナンパした時の体の反応データ収集のため、若い男のナンパに挑戦することになる。そこで出会ったのは中川大輔のキザ男、成り行きでレイプまがいに犯されてしまう。後日、娘の華沢レモンが母の三上夕希に彼氏を紹介するが、何とその男は中川大輔だった。当然、母は娘の交際に大反対、母と喧嘩別れした華沢レモンは中川大輔の部屋を訪れるが、そこで彼が二股かけていた山口真里との濡れ場に遭遇し、二人の仲は破局する。

テンヤワンヤが一段落し、夫が出張から帰ってくる。義父の牧村耕次は、養老院に入ることを決意する。これで一安心、三上夕希は夫の天川真澄と、やっと心置きなくラブラブに励んでたら、突如義父の覗きに遭う。養老院の看護師にセクハラ行為に及び、その日に追い出されたとのことだ。

まあ、こういう風に展開を記していけば、エッチの方便でストーリーが転がる典型的凡ピンクであるのが、想像できるだろう。牧村耕次のスケベ義父、竹本泰志のマッドサイエンストぶりなど、男優陣の怪演の競演が見どころといったところか。


「色情痴女 密室の手ほどき」 2010年公開
監督・浜野佐知  脚本・山崎邦紀  主演・倖田李梨, 朝倉麗

冒頭、ヘアー丸出しの下半身が、どアップになる。カメラが段々と引いていくと、主演の倖田李梨である。何となく喘ぎ気味ではあるが、オナニーをしているわけではない。睡眠風景を幻想的に処理したと言えば、そうとも言えないこともない。(同一のシーンは、ラストでも再現される)

でも、これにはちょっと驚いた。週刊誌でもヘアヌードが溢れかえっている昨今、ピンク映画もヘアはタブーではない。ただ、これまでの慣例として、濡れ場・SMシーン・レズ・オナニー・放尿など以外の、性的な意味が付されていない着替えや入浴などに限られていた。このシーンも、「いや、女性が寝てるだけです」って言い切っちゃえばそれまでだが、淫夢に悶えてるようにも見え、かなり慣例破りだ。

アナーキーな濡れ場に定評がある女流監督・浜野佐知はパワフルな人であるが、そのパワーを持ってして、男性映倫委員を押し切っちゃったんだろうか。想像できない光景ではない。

話はやや横道にそれるが、3月22日(月)に昨年の「ピンク映画カタログ−26」で紹介した池島ゆたか監督を囲む「PKの会」が開催された。参加者のある人が、上野オークラ劇場でこの映画を観ていたら、冒頭シーンで「エーッ!」と聞き覚えのある大声を上げる人がいて、それで池島監督も観に来ていたことを知ったとのエピソードを聞かされた。いずれにしても浜野佐知監督のアナーキーさの面目躍如である。

ストーリーは、「愛を読むひと」の設定を一部拝借している一編である。主人公の倖田李梨は、伏字だらけの発禁本の淫文を、金を渡しイケ面で美声の若者に朗読させ、それを聞いてオナニーに耽る特異な嗜好の女である。また、定住を嫌い、ウィークリーマンションを渡り歩く。そこに男を引き込み、金をだまし取りながら転々として生活している。このミステリアスな魔性の悪女を、倖田李梨が鮮やかに造形する。この倖田李梨の魅力がすべての映画と言えよう。「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」の佐々木麻由子と並んで、早くも今年の女優賞の本命に踊り出た。

彼女を追跡するのが、彼女の持ち逃げに遭った荒木太郎、妻の朝倉麗と二人で必死に行方を追う。実は朝倉麗は夫の荒木太郎には、内心は愛想をつかしている。そこで、倖田李梨と示し合わせて夫婦交えての3Pの乱交に引き込み、夫の荒木太郎を失神させる。彼の金は倖田李梨と朝倉麗で山分けし、離婚届けと「慰謝料としていただきます」との手紙を残して、夫の下を去る。無茶苦茶な展開ではあるが、そんなことはどうでもよく、3Pの濡れ場は、エロ・猥褻を大きく越えて、女流・浜野佐知のアナーキーな奔放さが迸る。倖田李梨は、この浜野アナーキー世界にピッタリフィットしていた。

発禁本を朗読させられるイケ面・美声の若者は神夜が演じる。倖田李梨に夢中になるが、「私は放浪する女だから」と諭され、恋人の浅岡沙希の元に還って行くが、このあたりは平凡な展開だ。神夜の声もフェースもイマイチだったのも難点である。

繰り返すが、倖田李梨のミステリアスな魔性の悪女ぶりが、すべての映画だ。
2010年ピンク映画カタログ−6

2010年3月2日(火) ●上野オークラ劇場
「男で愛して、女でも愛して ー盗まれた情火ー」 2009年公開
監督・松岡邦彦  脚本・今西守  主演・MIZUKI, 里見瑶子


植物学者の柳東史は、深山の森の学術調査に夢中である。放っておかれる妻の里見瑤子に同情的なのは、彼の親友の竹本泰史だ。ある日、森の中で柳東史は、神秘的な「トロ」と呼ばれる美少年を森の中で発見し、自宅で養うようになる。そして、いつしか「トロ」にゲイ的思い入れを注ぐようになる。実は、柳東史の親友の竹本泰史は、バイではあるにせよ、柳東史にゲイ的想いを注いでおり、彼の妻の里見瑤子に親身だったのも、そういう裏があったのだ。だから竹本泰史は嫉妬に狂い、「トロ」を親友から奪おうとする。

これって、どう見ても「ゲイ・ポルノ」の筋立てである。でも、これはピンク映画なのだ。「トロ」なる美少年を、女優のMIZUKIに演じさせることにより、これはファンタスティックなポルノ=ピンクの世界に転調する。製作本数を厳選してきたXcesは、確かに変わった。もうここには、アヘアヘピストン運動ワンパターンのXces流ピンクのカケラもない。

ということで、MIZUKIはバストトップを出すことはない。いや、衣装やカメラアングルで、胸のふくらみは徹底的に存在しないように、美少年として造形される。そして、ヒップだけは華々しく露出される。エクスタシーの表情は男の射精なので、女のオルガズムとは微妙に異なる。その微妙な違いをMIZUKIは「女優」として表現するので、何とも妖しい世界が現出する。

柳東史の妻の里見瑤子は、夫がゲイの世界に堕ち込んだことで半狂乱になる。元々彼女は、親類に議員の多くを有する上流階級の出のお嬢さまである。ついには心を病んで、夫の親友の竹本泰史を誘惑するまでに至ってしまう。10年来の里見瑤子ファンの私としては、感無量なところがあった。昔だったら男装の美少年MIZUKIの役どころは、完全に彼女の世界だったろう。年齢不詳・性別不詳、いやこの娘ホントに人間?宇宙人じゃなかろうか?と思わせ、「御贔屓里見瑤子嬢」としか言いようのない浮世離れの世界を構築していた。それが今は、夫のゲイへの傾斜にショックを受けて壊れていく常識的な良妻を、手堅く熱演してみせるのだ。でも、過去は振り返るまい。ここはベテラン演技派女優として進化していく里見瑤子を見続けていくことにしたい。

嫉妬に狂った柳東史の妻の里見瑤子は、夫の親友であり今は不倫相手のバイの竹本泰史と、美少年MIZUKIの仲を手引きする。このあたりから美少年MIZUKIは、竹本泰史の趣味の女装メイドコスプレになるが、これが後の伏線に繋がる。結局、狂った果ての里見瑤子は精神病院入りしてしまう。それに怒ったのが、里見瑤子と仲良しの従姉で、美人過ぎる市会議員「ほたる」だ。彼女の役名は藤森裕里、ご想像どおり八戸市の「美人過ぎる市議」藤川優理のもじりであるのが、何ともおかしい。彼女はMIZUKIの美少年を逆レイプし、政治権力を利用し、両刀も使える逸品として彼を裏社会に売り飛ばす。

最後は、「資本主義だから稼がなきゃねえ」とのたまわって、あっけらかんと風俗業に徹する美少年MIZUKIだ。でも、コスチュームは女装である。いや、この時点になると、ハッキリ胸のふくらみは(ヌードにはならないが)存在しているのが判る。ニューハーフとして性転換したということか。でも、そんなことはどうでもいい虚実皮膜のMIZUKIの美少年ぶりで、奇妙なファンタスティク空間を造形した一編だった。(その映画のリアルな部分を支えたのが、かつての浮世離れのキャピキャピ・ギャル「御贔屓里見瑤子嬢」だったとは、嗚呼!)

「喪失(妹)告白 恥じらいの震え」 2010年公開
監督・脚本・吉行由実  主演・延山未来, 真咲南朋

近親相姦的な思慕の念を抱いている樹カズと延山未来の兄妹、妹は兄の男根を見てしまいトラウマになる。兄の樹カズは、そのことがきっかけで家を出て行方知らずになる。その後、延山未来に千葉尚之の恋人ができるが、ベッドインしても男根恐怖症で、処女を捨てることができない。延山未来の友達にAV女優の真咲南朋がいる。彼女は、延山未来の兄と瓜二つの男優(樹カズ二役)を紹介し、処女を捨てさせ、彼女のトラウマを乗り越えさせようとする。紆余曲折はあるが、最後は夢のような中で、処女を捨てることができる。目覚めた朝、実は昨日処女を捨てた相手は、兄だったことが判明する。そして、血の繋がっていない兄妹であることが、兄から告げられる。

ストーリーだけみると何とも他愛ない。才人吉行由美監督(脚本も)は、いったい今回は何をやりたかったんだろうとも、思いたくなる。しかし、映画を見通した感覚は、全く異なる。

濡れ場を、変に扇情的に盛り上げることなく、人の営みとしてあるものをあるがままに描いていく吉行由美演出は、ここでも健在だ。どうしても行為を完遂できない延山未来と恋人の千葉尚之の、延々たるリアルな濡れ場は白眉だ。最後の夢かうつつかの中での、リアルにしてファンタスティックな処女喪失の濡れ場演出も圧巻だ。(でも、後背位は違うんじゃないの?とは思うが…)この演出に「処女」のリアリティで応えた延山未来も、見事の一語に尽きる。楚々とした風情の恥じらいで、なかなか処女喪失に至れない女の悲しみの表現は、ピンク女優として稀有の個性である。

最後に、サブの世界として、AV業界の現場が描かれるが、そちらの方では真咲南朋と監督吉行由美自身の、濡れ場やヌードのサービスカットもあることを付記しておく。
2010年ピンク映画カタログ−5

2010年2月22日(月) ●上野オークラ劇場
「懺悔M」 1985年(?)公開
監督・伊集院剛  主演・秋川ひろみ,橘美恵子

謎の映画である。PG-Web-Siteによれば、新版(改題再映)「ざんげ懺悔M」、旧題「懺悔M」となっている。しかし、新題はポスターはそのとおり(上野オークラ劇場のチラシでは「ざんげM」))だが、実際のプリントでは旧題の「懺悔M」そのままだった。ということは新版(改題再映)ではないということだ。

「日本映画データベース」の伊集院剛監督作品のリストをチェックすると、その中に「懺悔M」はない。全作品をチェックしたら、この映画の秋川ひろみ出演作は一本もなかった。(余談だが、現在の活弁修行仲間の、若き日の早乙女宏美さん出演作がかなり見受けられることから、ビッグネーム監督であったことが類推できる)そして、秋川ひろみでも検索不能である。

さあ、弱った。ここで検索エンジンを駆使して「懺悔M」「伊集院剛」のセットで、追うことにする。「ネットで調べても出てきません。 誰か、知りません?」とか「製作年不明」とかのコメントが散見するばかりである。1985年発売で、伊集院剛監督、秋川ひろみ主演で、「懺悔M 虐待」のタイトルのビデオは出ている。内容紹介でも、ほぼ「懺悔M」と一致する。ただし、上野オークラ劇場の上映時間60分に対して、このビデオは50分だ。

上野オークラ劇場のチラシでは、「80年代後半に強烈なSMドキュメントを手がけた伊集院剛監督によるショッキングな調教の記録。これが本物の調教だ!」とある。ということは、これは85年のビデオ発売作品で、今回の新版改題が劇場初公開ということなのか。一応、85年以前の3年程を、キネ旬の作品公開リストを当たってみたが、該当作品はなかった。ただ、ネット上では1988年シネマスコーレ上映作品として紹介されている。とすると、それ以前にどこかで劇場公開されているということだ。要するに全部が謎なのである。

 私にとってのピンク映画原点追跡不能作品が6本あることを、昨年の「ピンク映画カタログ−26」で紹介したが、ここに7本めが発生してしまったわけです。「ぢーこ」さん、助けて!というよりは、ここは、このあたりの時代により詳しい「13号倉庫さん」のお知恵を借りる局面かもしれない。いずれにしても、よろしくお願いします。

とまあ、作品の内容と直接関係ないことをクドクドと述べてきたが、実は映画自体が、それ以外に語ることのないような珍作だからである。上野オークラ劇場のチラシによると「女性を最初に縛ったのが高校2年。それ以来縛った女性が千人を越えるというSM調教師・志摩紫光を起用した作品」とある。志摩調教師が、M女1人に加えて、Mの世界に関心のある男女のカップルを加えた3人を縛り上げ、徹底していたぶりつくすだけの映画である。

緊縛のままのカラミやフェラの強要、特太バイブ責め、鞭打ち、ロウソク、浣腸、乳首縛り、マン拓、強制放尿と、延々と続いていく。しかし、ボカシやモザイクが頻繁だし、ドキュメントを装った荒れた粒子のヤラセ映像に、何の感興も湧いてこない。浣腸器でタップリと牛乳を注入された緊縛女が、原っぱの中を尻からその牛乳を噴出されて走り回るあたりや、ミミズだか蛆だかを仰向けに台に緊縛された女の肌にぶちまけ、生小便をかけて動きを活発にさせ、絶叫・号泣させたり、まあようやるわという過激な仕掛けもあるが、エロい気分よりも気色が悪いだけである。

 ドキュメント調を狙った素人風M女効果かもしれないが、二人の女のフェースもボディもイマイチだ。この当時の、片岡修二監督、早乙女宏美出演の一連の作品が、緊縛スペクタクルとして如何に洗練されていたかを、痛感させただけの「懺悔M」であった。

「超スケベ民宿 極楽ハメ三昧」 2009年公開
監督・竹洞哲也  脚本・小松公典,山口大輔  主演・赤西涼,沢井真帆

民宿の一人息子の高校生・久保田泰也と、ガールフレンドの同級生・沢井真帆は、初体験を済ましたもののその後ギャクシャクするが、それぞれが年上の異性からアドバイスを受け、新しい関係をつくっていくというのが骨子である。ただし、かつての監督・竹洞哲也、脚本・小松公典(今回は山口大輔が共同)コンビのような、シットリと男女の心の襞と機微と綾を描いていくタッチとは、微妙に感触が異なる。昨年の「いとこ白書 うずく淫乱熱」が、青春明朗セクシーコメディのタッチだったように、今回は脇のエピソードに、タップリとドタバタ喜劇調を盛り込んでいる。

高校生の久保田泰也は、ガールフレンドの同級生・沢井真帆と初体験をしたが、アッという間にイってしまい、不完全燃焼の気持で終わる。そのリベンジのために、二度目の行為を迫るが、沢井真帆は性欲剥きだしのボーイフレンドに嫌気がさし、初体験を済ましてからかえって二人の仲はギクシャクしてくる。

高校生の久保田泰也に、男女の仲の深さを教えるのが赤西涼だ。彼氏との間に愛情の冷えを感じ、女友達二人を誘って旅に出て、この民宿を訪れたのである。ところが、友達二人は急な事情ができて帰ってしまい、一人の食事は寂しくて、民宿の息子の久保田泰也に酒をつきあわせる。深酒で年上の赤西涼にしなだれかかられた高校生の久保田泰也は、翌日になっても、彼女のことで妄想がいっぱい、でも、そんなことを通じて「女」の何かを知っていく。

一方、女子高校生・沢井真帆に、男と女はいかに経験が大事かと説くのは、人生の粋も甘いも知り尽くした民宿の板長の岩谷健司だ。海岸を散歩しながら、人生の機微を沢井真帆に語るシーンは、シットリした味わいがある。彼女も、男と女の仲の何かを掴んだようである。こうして、この若い高校生カップルは、新しい道を歩み出すことを匂わせて、映画は終わる。

しかし、従来の竹洞哲也=小松公典の監督・脚本コンビ作品のように、この映画はそんなシットリ感には終始しない。ワキの人物が、徹底したドタバタなのである。

赤西涼の連れの二人の女友達は、倖田李梨とAYAという豪華版だ。なぜか新興国から来た外人ということで、日本語がよくわからずカタコトを連発し、遊び心満載の演出である。本国のクーデターや政変で、国に帰ることになったり、日本に止まらざるをえなくなったりのテンヤワンヤぶりを展開する。

高校生の久保田泰也の両親。民宿経営の松浦ユキと世志男は、昼夜を問わず場所を問わず、やりまくる夫婦である。世志男は相変わらずの怪演・猛演・珍演だ。コトが始まると、耳栓をして黙々と厨房で料理の手を進めるクソ真面目な板長の岩谷健司の存在が何ともおかしい。

沢井真帆と久保田泰也の高校生カップルに割り込んでくるのが、教師のサーモン鮭山だ。こちらも負けずに怪演・猛演・珍演で、狙っているのが久保田泰也の男の子の方らしいのが傑作である。

ラストは、これらケッタイなキャラが海岸に勢揃いしての大騒ぎ。久保田泰也に「どうなってんの!」とボヤかせる。しかし、私の趣味としては竹洞=小松コンビには、昔のようにシットリムードで行ってもらいたいと思う。その替りなのかどうか、かつてブッ飛び感覚に溢れていた加藤義一監督作品が、昨年の「禁断の記憶 人妻が萌える時」など、シットリムードになってきたのは面白いところだ。
2010年ピンク映画カタログ−4

2010年2月14日(日) ●上野オークラ劇場
「AV秘話 生肌狩り」(旧題「ザ・ペッティング2 秘戯」) 1987年公開
監督・脚本・新田栄  主演・鈴木美子,津山ひろ子

街でスカウトした素人女性を、AV撮影現場に引き込み、言葉巧みなインタビューでスケベな気分を盛り上げ、ついには猥褻行為に至らせるドキュメントである。いや、ドキュメントを装ったやらせである。

全体は4部構成、好奇心から2度目のAV参加してきた女、和服の若い未亡人、レズのカップル、興味本位の女の看護師といった面々である。ある者はオナニーのご開帳から興奮し、助監督との本番にまで至り、ある者は大人のオモチャのプレーに悶え、レズのカップルはカメラの前でだんだん本気になってくる。それだけのことである。監督の叱咤激励で、半分オドオドしつつ少しづつ行為が大胆になっていく助監督の表情が、まあ面白いといえば面白いといったところか。しかし、女優陣は、全員イマイチ魅力に乏しい。

15分で1エッチ完結だから、どこから観ても、どこから出ていっても構わない。上野の出張サラリーマンの時間つぶしや、新橋のちょっとサボる外勤サラリーマン向けの、これもベテラン新田栄の「金太郎飴映画」であった。

「馬と後妻と令嬢」 2006年公開
監督・松原一郎  脚本・関根和美,水上晃太  主演・佐々木麻由子,合沢萌

馬主の富豪の飯島大介の愛人だった佐々木麻由子は、彼の妻の死により正妻に納まる。厩舎に住み込みで働いている牧童「なかみつせいじ」は、以前に佐々木麻由子と関係したことがあり、そこが彼女の弱みである。しかも、飯島大介は不能であり、彼女が欲求不満であることも知られている。メイドの瀬戸恵子は、玉の輿の佐々木麻由子に反感を持っている。義理の娘の合沢萌は、父の飯島大介が、厩舎以外の全財産を妻の佐々木麻由子に相続する遺言状を書いたのを知り、義母の佐々木麻由子に憎しみをつのらせる。佐々木麻由子にとってそんな四面楚歌の状況の中で、夫の飯島大介は仕事で長期にアメリカに旅立ってしまう。

ただし、この映画はその後、そんな4人の心理の綾を描く方向にはいかない。厩舎に併設された屋敷を、一つの密室の官能の館に見立て、合沢萌が女王のように君臨し、全員を性の奴隷として従える。自らも厩舎に乗り込み、馬の巨根をフェラし獣姦に悶える。

飯島大介が帰国して佐々木麻由子は、その庇護の中に入り、目出度し目出度しとなるが、その後のサービスカットで、彼女が欲求不満で獣姦の妄想に耽るシーンを追加して締めくくる。

要するに、密室の中で獣姦も交えた変態性欲の猟奇世界を展開するのが、狙い目だろう。ただ、馬の巨根などはどうみても造り物で、あまり興趣をそそられるものではない。佐々木麻由子の、颯爽とした乗馬姿が、見所といえばいえないこともない。

「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」 2010年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・佐々木麻由子,日高ゆりあ

この日の舞台挨拶で、池島ゆたか監督が述べていたように、これは懐かしの歌謡映画のピンク的復活である。ピンク映画では初めての試みとしてチャレンジしたそうだ。ワンマンショーのライブで何曲も歌を披露した経歴もある佐々木麻由子が、桜井明弘と大場一魅による書き下ろしの4曲を、映画中で熱唱する。たった4曲?というなかれ、ピンクは60分、往年の歌謡映画90分に換算すれば、映画の中に占める比重は6曲に相当するわけである。

歌謡映画なるものは、美空ひばり全盛期にはよくあった。最後の歌謡映画は、山口百恵・桜田淳子・森昌子の3人娘華やかなりし頃までだったろうか。それを復活するにあたり、佐々木麻由子に白羽の矢を立てたのが、この映画企画の最大のヒットだろう。さらに池島ゆたかは、歌謡映画復活にあたり、母物映画をコラボレートした。かつて、大映で三益愛子主演で一世を風靡したジャンルの、現代的・ピンク的復活である。相変わらずのユニークなセンスに舌を巻く。

ストーリーの流れの骨子は三つある。かつて将来を嘱望された歌手だったが、会社が起こしたトラブルでチャンスを失い、今は熟年になってどさ回りを続けている歌手・斑鳩(いかるが)洋子の再浮上のリベンジが、一つめの骨子だ。佐々木麻由子は、ここでは女優・佐々木麻由子でなく、歌手・斑鳩洋子に完璧になりきっており見事だ。

二つめの骨子は、斑鳩洋子(通常、本「ピンク映画カタログ」では、役名ではなく俳優名で記述するのだが、今回に限ってはあまりにのなりきりぶりから、佐々木麻由子に関しては、斑鳩洋子の表記に統一したい)と、年の離れたマネージャーの野村貴浩との、心の交流である。野村貴浩は斑鳩洋子を「先生」と呼んで、16歳の頃から尊敬し続けており、彼女が落ちぶれてもマネージャーとして尽くし続けている。夢は自分の曲を斑鳩洋子に歌ってもらうことだ。斑鳩洋子は野村貴浩を、弟のように可愛がっている。これが二つめの骨子だ。

三つめは、斑鳩洋子とその娘の日高ゆりあの話である。兄「なかみつせいじ」の反対を押し切って東京に飛び出て、斑鳩洋子はいったんは成功するが、会社のトラブルに巻き込まれ、国外逃亡のように日本を一時去らねばならぬ羽目に陥る。しかも、愛し合ったが今は事故で亡くなったトランペッター竹本泰志との間の、乳飲み子の娘も抱えている。兄「なかみつせいじ」に助けを求めるも、その子を責任をもって育てる条件として、兄弟の縁を切ることを宣告される。しかし、血は水よりも濃いというべきか、成長した娘の日高ゆりあは、直観的に斑鳩洋子に何かを感じ取り、熱狂的ファンになっていく。

いずれもよくあるルーティンワークの仕掛けではある。しかし、この映画を支えているのはそれを描く演出の素晴らしさだ。寡黙な中に、万感の思いを塗り込める。淀川長治さん言うところの「映画は眼で観せる」王道中の王道である。溜息のでるような上手い映画演出だ。映画ってものはこう観せるんだ!という教科書のような映画である。大袈裟に言えば、ウィリアム・ワイラーの世界である。池島ゆたか監督は、大変な進化を遂げてきた。

年に1回しか東京でライブができないどさ回り歌手の斑鳩洋子は、愛人でパトロンの甲斐太郎を通じ、芸能関係者の牧村耕次とコンタクトして、局面を打開しようとする。しかし、狡猾な牧村耕次は、期待を持たせる言葉で斑鳩洋子の体を貪った挙句、持ちこんだ企画はストリップによるリニューアルデビューだった。泥酔して怒り狂う斑鳩洋子、介抱する若いマネージャーの野村貴浩。「私を抱いてもいいのよ」と自暴自棄の言葉を投げつける斑鳩洋子、「酔ってますね」と寝かしつける野村貴浩。ピンクなんだから何でもかんでも、からませりゃ良いってもんじゃない。この節度は素晴らしい。弟のように思っている野村貴浩に投げつけた「私を抱いてもいいのよ」の一言が、斑鳩洋子の絶望感を浮き彫りにする。「酔ってますね」の一言に込めた野村貴浩の、斑鳩洋子への複雑な想い。何という節度のある演出だろう。何という短い言葉に埋め尽くされた二人の男女の切ない心情だろう。

ラスト近く、ライブの後の酒場で斑鳩洋子は、大ファンの日高ゆりあと歓談する。(ここで彼女の友達役で倖田李梨がカメオ出演しているゴージャス感が楽しい)彼女の「アスミ」という名前が気になる。赤ん坊の頃に別れた我が娘と同じである。日高ゆりあが言う。「明日を見て生きなさいって思いで母がつけてくれたらしいんです」あまりにも符合し過ぎる。そして、それは誕生日の確認で決定的になる。失神しそうなショックで化粧室に駆け込む斑鳩洋子。

この前のシーンで、育ての親の斑鳩の兄夫婦は、交通事故で死んだことが明かされている。もちろんそんなことは知らない斑鳩洋子は、兄弟の縁を切るという約束から、母娘の名乗りを挙げることはできない。一瞬この光景を怪訝な顔でみつめる野村貴浩だが、表情の変化ですべてを悟ったことが描写される。だからクドクドした台詞はない。化粧室の中へ向かっての「大丈夫ですか」の一言が、あらゆる思いを表現する。「大丈夫」鏡の中の自分に語りかけるように斑鳩洋子は、自らの指で涙を振り飛ばす。先に紹介した池島ゆたか監督の舞台挨拶によれば、これはマレーネ・ディートリッヒの印象に残っていた所作であり、一度自分の映画でもやってみたかったそうだが、これも見事な効果を挙げていた。しかし、ここでも何という寡黙の中に情感が籠った映画演出なのであろうか。

心を立ち直らせた斑鳩洋子は、あなたのためにと、日高ゆりあに新曲を披露する。それは、彼女を尊敬する若いマネージャー野村貴浩が、良かったらいつか歌ってくださいと渡していた新曲だった。娘に送ると共に、若いマネージャーへの感謝も込めての熱唱。母とは知らずファンとして喜んでいる娘の心情も切ない。すべてを知る野村貴浩は、自分の歌を歌ってもらえたことの嬉しさと、それが無言の中での母娘の対面であることで、万感の思いに浸る。母物にも関わらず、母娘の出会いを安易な愁嘆場で処理はしなかった。何というスマートさか。映画の粋というのは、こういうのを言うのだろう。

その夜、マンションにもどった胸がいっぱいの斑鳩洋子と野村貴浩。しかし、多くの言葉はない。「じゃ、今日はこれで失礼します」と野村貴浩。一拍おいて彼の背中に「高岡」(野村貴浩の役名)と呼び掛ける斑鳩洋子、「え」と振り返る野村貴浩。一瞬の間、そして「いつも、ありがとね」と優しく語りかける。そしてまた一瞬の間、「おやすみなさい」とニッコリ微笑む野村貴浩、それ以上の言葉はない。それ以上の言葉もいらない。十年以上歩みを共にしてきた二人。先生と娘との出会い、そんな大事な時に先生に自作の曲を歌ってもらった喜び、大きな二人の人生の節目、それをこのたった二言に塗り込めた映画演出。派手な仕掛けは何もいらない。こまかいことを言えば「いつもありがとね」のこの「ね」がいい。「いつもありがとう」では、絶対にいけないのである。これが映画演出であり映画なのだ。

この映画演出の前には、ピンクに不可欠の濡れ場なんていらない。池島ゆたか監督には、映画演出だけで観せ切る作品を、今後、是非撮ってもらいたいと思う。ただ、誤解しないでもらいたいが、「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」については、濡れ場は濡れ場で、見事に見せ場として不可欠に成立していた。

斑鳩洋子とパトロンの甲斐太郎の濡れ場、回想の中の若き日の斑鳩洋子(二役で日高ゆりあが演じている)と恋人のトランペッター竹本泰志の濡れ場、この二つはハイキーの画面でファンタスティツクに描かれる。これに、斑鳩洋子と悪徳芸能プロデューサー牧村耕次の濡れ場を、嫌悪感を仕事のためと抑え込む女と、助平な狒々親父という典型的エロさで対比させる。

日高ゆりあと、その彼氏の久保田泰也の、若いカップルの濡れ場は、初々しさが溢れる。別にピンクだからといって無理にからませているわけではなく。二人は子供ができたことにより結婚を決意するのだが、日高ゆりあが結婚を躊躇っていたのは、育ての親の「なかみつせいじ」夫妻が突然の交通事故死で、天涯孤独の身の上に引け目を感じていたことが、そこで明らかにされる。(当然、生きている母の存在は知らないままになってしまった)斑鳩洋子は、我が娘が身籠っていることを知り、生命の連鎖に希望を持って、娘の前から去っていく。娘は母の生を知らず、母は兄の死を知らぬままだ。この幕切れも母物映画としては、実に味わい深かった。

ピンクならではの効果を発揮したのは、斑鳩洋子の若いマネージャー野村貴浩と、音楽バーのウェイトレス鈴木メイとの濡れ場である。一見、ピンク的都合でもう一組のからみを増やしたみたいだが、さにあらずである。これが無いと、色恋抜きで先生の斑鳩洋子に尽くす野村貴浩は、単なるストイックな男に止まってしまう。いや、一般映画なら、多分そんな存在に納まってしまうだろう。しかし、ここでは、斑鳩先生には女を求めないが、男としてはどこかでヤルことはヤッているとのまっとうな展開になるのだ。外国人出稼ぎ役の鈴木メイのカタコトの喋りは何とも愛らしく、この濡れ場も他と一味ちがう変化球になっている。鈴木メイは新人賞候補の一人だろう。(新人じゃなかったらゴメンナサイ)

斑鳩洋子を演じた佐々木麻由子は、ステージではクッキリと濃いメーク、私生活ではノーメークと、見事な対比を見せる。これが、年齢からあせりも出つつある盛りを過ぎた熟年歌手の哀愁を、浮き彫りにしていた。しかし、スッピンでも美貌に自信のある証しかも知れないが、よく挑んだものだ。そして、日高ゆりあの母親役というのも、大変な度胸のいることだと思う。(二度目ではあるが)佐々木麻由子の女優魂の炸裂といったところだ。早くも、今年の女優賞の大本命であろう。さらに言うならば、監督賞も池島ゆたか、脚本賞も寡黙なダイアローグに情感を籠めた五代暁子、それを受けて実体化した野村貴浩は男優賞、新曲を4曲提供した桜井明弘と大場一魅には技術賞または特別賞、そしてもちろん映画自体は作品賞と、早くも2010年ピンク大賞の大本命が登場した。

●舞台挨拶から盛大な打ち上げへ
「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」の2回目の上映終了後の上野オークラ劇場で、関係者の舞台挨拶が盛大に開催された。ゲストは、池島ゆたか監督、女優陣は佐々木麻由子さん、日高ゆりあさん、倖田李梨さんという豪華版だ。それに加えてこの映画にオリジナル曲を提供したミュージシャンの桜井明弘さんと大場一魅さんも加わる。さらに、挨拶の後は桜井明弘さんの生演奏で、佐々木麻由子さんが「暗い海の底に」を熱唱するというお得感のあるイベントであった。

挨拶終了後は、場所をロビーに移して、劇中歌4曲入りのCD販売とサイン会になる。ロビーは入場口が開放されたままなのでかなり寒いが、佐々木麻由子さんは、ノースリーブのドレスで対応していたのには感心した。私が、東京電力在職中で最も親しみを感じた支店長のことを、ふと思い出した。寒風吹きすさぶ中、コートを着ないでお客さま対応をしているので、「お元気ですね」と声をかけたら、「仕事は皆さんが、ちゃんとやって下さい。私はこれが仕事です。支店長なんて役者みたいなもんですよ。役者さんは、冬でも夏の芝居をしますよね。そう思えば、寒くも何ともないです」なるほど、そういうものか。ノースリーブのサイン会にも、佐々木麻由子さんの女優魂を見た。もっとも、その隣に座った日高ゆりあさんが、着ぶくれ気味だったのに「寒い、寒い」と震えていたのは、これはこれでいかにも日高さんらしいご愛敬で、可愛らしかった。

この日は、「お竜さん」が呼び掛けた「ゲリラピンクツアー Part2」開催の日でもある。これも、3名程の女性陣を10名前後の男がボディガードする形で、盛大に開催された。舞台挨拶終了後のプレゼントコーナーでは、普通はプレゼント提供者と希望者との集団ジャンケンで受賞者を決めるのだが、池島ゆたか監督提供の脚本については、ジャンケン抜きで独断で女性ファンにプレゼントしたりした光景もあった。サイン会終了後は、池島監督等のゲストを囲んでの打ち上げに雪崩れ込む。佐々木麻由子さん、日高ゆりあさん、倖田李梨さんと、女優さんも全員参加して、総数20名を越える盛会となった。

おりしも、二日前の12日(土)に「PG2009年ピンク映画ベストテン投票の案内」?がメール送信されてきた。参加者には投票者が何人もおり、すでに用紙をプリントアウトして持参してきた人も少なくなかった。早速、下馬評となるが、今年は本命なき混戦状態になりそうな模様である。

「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」は、音楽バーのシーンがあるので、客席に大量のエキストラが必要で、私の馴染みの顔もチラホラ散見した。いや、エキストラではなかった。エンドクレジットのSpecial Thanksで、ハンドルネームが延々と出たのである。「こういう形で鎌田スタジオもエンドクレジットしたらいいんじゃないですか」、酒席で、私は鎌田一利さんに話しかける。

鎌田一利さんは、ピンク映画投票者の一員でもあるが、ピンク映画サポーターとして大きくそれを越えている。自宅をロケ地として提供すること、二桁前後になっているとのことだ。鎌田スタジオとして、ピンク映画大賞特別賞受賞運動(?)を、昨年末「PKの会」で展開したのは2009年「ピンク映画カタログ−26」で紹介したとおりである。

鎌田スタジオは、「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」でも、日高ゆりあさんの愛の巣として登場してきた。どこかで見た家だなと思ったら、一昨年の池島ゆたか監督作品100本記念映画「半熟売春 糸引く愛汁」の田中繭子(佐々木麻由子),日高ゆりあ母娘の家であった。前に佐々木麻由子が日高ゆりあの母親役は二度目だと述べたが、これがその映画である。

「この際、もう一本撮ってもらって、佐々木麻由子・日高ゆりあ母娘の鎌田スタジオ三部作と行ったらどうですか。そこで鎌田スタジオをクレジットする。特別賞行けますよ」と、私は煽る。そういえば、ゆりあさんは二作続けて鎌田スタジオ入りしたが、麻由子さんは前作のみである。「それならば、三作めは麻由子さんのみのスタジオ入りとしましょう」と、私がハシャぐ割には、当の鎌田一利さんは昨年のような熱は冷めたせいか、「もう、いいですよ」と、あまり乗ってこなかった。

酒席は飲み放題の時間が過ぎても名残惜しく、半数程度は二次会に参集する。佐々木麻由子さんが、二次会までつきあってくれたのは感激である。少人数になったので、私は前述した映画評の内容で、「欲望の酒場 濡れ匂う色おんな」を褒めて褒めて褒め倒し、池島ゆたか監督に「光栄だね。でも、よくそんな細かいことまで憶えてるね」と、喜ばれるやら呆れられるやらであった。「それは、好きな映画なら隅々まで忘れませんよ。淀川長治さんが生きていてご覧になったら、きっとこんな風に絶賛したと思いますよ」「そういえば、喋りが淀川長治調だね」そんなこんなで、二次会も盛会に終わったのであった。

帰路で、佐々木麻由子さんが、池島ゆたか監督、映画ライターの中村勝則さん、お竜さん、そして私と同様の、中央線沿線の住人であることを知った。だからどうだと言われると、別にどうということもないのではありますが…。ということで、中味の濃い2月14日(日)は暮れたのであった。
2010年ピンク映画カタログ−3

2010年1月30日(土) ●上野オークラ劇場
「夜の手ほどき 未亡人は十九才」(旧題「新・未亡人下宿 夜の手ほどき」)1987年公開
監督・渡邊元嗣  脚本・平柳益美  主演・新田恵美,橋本杏子

昭和ピンクの新版改題再映である。山本晋也監督の人気シリーズだった「未亡人下宿」を今でもバリバリ現役の若き日の渡邊元嗣が、「新」を冠して挑戦している。何が「新」なのか。改題にあるとおり、この未亡人の新田恵美は、何と19歳なのである。亡夫は憧れの先生で、猛アタックの末に幼な妻となったが、未亡人となってしまったという顛末なのだ。

新田恵美は、遠縁の親類が悪徳不動産屋にだまし取られたアパート黄昏荘に、雇われ管理人としてやってくる。悪徳不動産屋と対決し、ついに借用書をゲットするというのがストーリーの骨子だが、まあそんなところはどうでもいい。この映画の魅力はスッとぼけたディティールにある。

まず、何とも古色蒼然としたその名も「黄昏荘」のオドロオドロしさがいい。追加装飾をしたにせよ、いいロケ場所をみつけたものだ。室内も小道具の配置でケッタイな感じをよく出している。そこの住人がまたスッ飛んだ人間ばかり。自分を魔女だと信じ込んでる女、オナニー狂いの秀才(デフォルメされ過ぎた精液放出描写は笑える)近所には全身性器みたいな女の尻を追い回すクリーニング屋もいる。

クライマックスで、新田恵美は悪徳不動産屋の事務所に乗り込む。パッと開いた番傘片手に気分はお竜さんである。いや、本当にバックに藤純子の「緋牡丹博徒」の歌声が流れる。(版権を取っているんだろうか。取ってないだろうなあ。それで許される優雅な時代だった気がする。でも、チャンとクリアしていたとしたら、ゴメンナサイ)そして、カーチェースならぬ大バイセクルチェース。早送りでそれなりに盛り上げてみせる。

悪徳不動産屋を怪演するのは、俳優時代(現在は監督としての方が著名)の池島ゆたか。新田恵美の亡き夫の教師は猛優・久保新二。例によってのマシンガントークは、生徒にアタックされる教師という役柄からか、いつもよりやや控えめだが、それでも見せて聞かせるのはまちがいない。最後は冥界からゴーストとなって悪徳不動産屋の池島ゆたかを懲らしめる。これって、よく考えたら「ゴースト ニューヨークの幻」である。

それやこれや、この頃から渡邊元嗣監督のブッ飛び感覚はお盛んだったことを確認できたのであった。

「女医と患者 秘め事診察」(旧題「女医?診察室 人に言えない性癖」) 2000年公開
監督・脚本・遠軽太朗  主演・高橋裕香,里見瑤子

医大の修養期間を終えた高橋裕香の心療内科医が、クリニックで経験を重ね、初めてまかされたクライアントの治療に成功するという一編である。

舞台が精神科医だから、ピンク流エッチのネタには事欠かない。仕事上では有能な社員やバリバリのキャリアガールの、異常性欲にからめとられた心の裏が描かれる。幼児還りのオムツマニアが嵩じて、診察室で妄想に耽り、放尿してオムツを女医や看護婦に替えてもらうのに悦びを感じる男。カウンセリングを受けながら、露出狂や淫乱症の潜在意識が放出される多重人格の女、そんな具合だ。

高橋裕香が最初にまかされたのは、童貞で女性恐怖症の若者。もともと内気だったのを、援交で大金をため込んだ女子高生に目をつけられる。今までと逆のことをやろう思い立った女子高生は、男を買って奴隷のように愛撫の奉仕を命じる。そして、下手くそ!と罵倒し、屈辱を与え、そんなんじゃ駄目だとジラしにジラし、やらせてはあげない。ついにカッとなった男は、レイプまがいにのしかかるが、勃起は不全に終わり、女子高生に哄笑されて、ますます屈辱のドン底に落とされる。

男の心を少しずつ解きほぐし、ついに真相を聞きだした高橋裕香は、優しく彼に接し筆下ろしを完遂させてやる。まあ、そんな具合で、全体を通じていかにものピンクピンクしたピンク映画である。

私にとっての見所は女子高生を演じた里見瑤子、セーラー服姿!がピッタリ決まる10年前の若々しさ。最近の熟女の味わいも醸し出しベテラン名優に近づきつつある里見瑤子ではなく、私が御贔屓里見瑤子嬢!と熱を上げていた頃である。ここでも、鋭い視線で男を手玉に取る姿は圧倒的であった。久々に演技派ベテラン女優ではない御贔屓里見瑤子嬢を単能した。

「義父相姦 半熟乳むさぼる」 2010年公開
監督・荒木太郎  脚本・荒木太郎・三上紗恵子 主演・早乙女ルイ,佐々木基子

ヒロインの早乙女ルイは、母の再婚相手の義父・那波隆史と関係してしまい、そのことで実母は離婚する。赤の他人となった二人だが、それでも離れられず同棲を続ける。義父の那波隆史は教職だったが、このスキャンダルで職を失う。今は、早乙女ルイを風俗で働かせているヒモのような存在だ。

早乙女ルイは、風俗嬢としての仕事が終わっても、外までストーカーまがいにしつこく迫ってくる男(これを荒木太郎監督自身が演じているのがご愛敬)から逃げたところを、映画館主の岡田智宏に救われる。二人は魅かれあうが、彼女が風俗嬢ということにこだわりが残り、彼はどうしても一歩踏み込めない。最後は、妹の淡島小鞠とその恋人の吉岡睦雄に背中を押され、岡田智宏は早乙女ルイを追っていく。義父の那波隆史は、もはや不自然な関係もこれまでと、身を引いていく。

筋立ては平凡である。しかし、寂れた映画館主の岡田智弘を通じ、荒木太郎監督の映画愛が溢れるように迸るのが素晴しい。主要キャストも味わいのある好演で、早くも今年を代表するであろうピンク映画の1本が、また登場した。

プロローグがまず素晴しい。「すべての映画を信じる人へ」と、タイトルが出るのである。これ、ピンク映画ですよ。そこで堂々と宣言するのだ。映画館主の岡田智宏は、十分にエリート・サラリーマンになれる実力とキャリアを有しながら、なぜか廃館寸前のピンク映画館主を務めつづけている。

ストーカーまがいの荒木太郎のしつこいつきまといから、風俗嬢の早乙女ルイを匿った岡田智宏は、彼女に言う。「映画観ていく。ポスターは激しいけど、普通の映画だよ。AVとは違うんだよ。ちゃんと35mmで撮ってるんだ。ドラマもちゃんとあるよ」(いいセリフだなあ)、そんなことがきっかけで、早乙女ルイは岡田智宏のピンク映画館に通うようになり、自分の切ない人生とWらせてくる。

早乙女ルイは、ピンク映画館常連の男達のアイドル的存在になってくる。客の一人は言う。「俺はピンク映画を見ていると、ああ、俺みたいに生きていてもいいんだよなと、ホッとするんだよ」もう一人が言う。「入口は好奇心だよ。でも出口は感動だよ」そう、映画は映画、ピンクもそれ以外もあるもんか、映画人のプライドが輝く。

でも、ちゃんと客観視もしている。岡田智宏の館主が、風俗嬢の早乙女ルイに訊ねる。「どう?」「股間のアップがあり過ぎるのが、気になるけど」ウーム、そうだよねえ、そうだよねえ。ちゃんと現在のピンクの限界も、見据えているのだ。
でも、ピンク映画は一面のそうしたこともあるにせよ、女性を十分に感動させるものがあるは事実だ。別に口から出まかせではない。「PKの会」の「お竜さん」の例も前に紹介したが、確実にそういう女性はいるし、もっともっといると思うのだ。

終盤で従業員が館主の岡田智宏に進言する。『たまには一般映画もかけましょうよ』『一般映画とか、ピンク映画とか言うなよ!』、『でも、昔は良かったでしょ。寅さんとか、「網走番外地」とか』『プロクラムピクチャーの時代は、終わったんだよ!!』、荒木太郎監督、こういうやりとりって泣かせ過ぎですよ。

映画館主の岡田智弘のセフレは、大学講師の佐々木基子だ。それなりの力がある彼氏が、ピンク映画館主に甘んじているのは面白くない。「お客さんって言うけど、爺ぃばかりじゃない」、岡田智弘は返す。「年輩のお客さん、馬鹿にしちゃいけないよ」そのとおり、摩擦・放出がすべての若い者は、ピンクなんて観ない。でも、違うだろ?年寄りは、経験は女房だけかもしれないにしても、人生は摩擦・放出だけでないことを知っている。だから、ピンク映画館の観客は高齢化する。そんなストレートエロではない別の情緒を求めて来るのだ。ここにも荒木太郎監督の映画愛が溢れている。かくいう私も、そういう観客の一人かもしれない。

早乙女ルイと岡田智宏の別離と再会も泣かせる。「あなたに会えてよかった。生きる力がもらえました。あなたは映画よ」と去っていく早乙女ルイ。彼女が風俗嬢とのこだわりから後を追えない岡田智宏、でも妹とその恋人に背を押され後を追う。そして早乙女ルイの前で宣言する。「君こそ映画だ!」

役者が全員いい。岡田智弘の、誠実だけど生き方下手というのは、ドンピシャの適役で当然だが、女の人生を背負って哀愁を湛えた早乙女ルイが、実に切ないムードを醸し出す。岡田智弘のぶっ飛んだ妹が淡島小鞠だが、彼女は三上紗恵子の名義で共同脚本・助監督も兼任し、昨年作品「ねっちり娘たち まん性白濁まみれ」に続いて、脇役なのにホントいいとこサラってく。恋人役の吉岡睦雄も、私が今年の「映画三昧日記−1」で絶賛したキレてイッちゃった「奴隷船」の演技に並んで、一見軽薄に見える男の情の深さを、しっかり表現してみせた。その結果の岡田智弘のアタックに、ついに折れる早乙女ルイ。すでに前述したが、もはや義理の父娘の不自然な関係もこれまでと見切りをつけざるをえない義父の那波隆史の、初老の男の哀愁も絶品である。

岡田智宏が早乙女ルイに告白する。自分の両親は会社を倒産させ、心中しようと思っていた。最後に映画を観た。別に名画でなくプログラムピクチャーだったんだけど、そこで生きる力を得た。俺の両親が、心中の前に映画でなく酒を飲んでたら、俺は生まれてなかったんだ」映画、映画、映画。荒木太郎監督の映画愛に溢れ尽くした秀作である。

番外・その1  実はこの日は上野オークラ劇場は本命でなくて…
実はこの日は本音を言うと、上野オークラ劇場のピンク鑑賞は本命でなかった。本命はシネマート六本木だった。この日から「淀川長治生誕百年記念特別企画 蘇る、淀川長治」がスタートする。三番組三週間の長丁場だ。私が「映画友の会」で、若い頃に教えをいただいた淀川さんである。絶対に外せないところだ。第一回は「ロンドンで映画を語る」、82歳にして初のロンドン訪問の時の講演記録DVDの、ライブ上映だ。「映画三昧日記」でよく述べているが、私は都区内に出る時は、交通費の有効活用で、必ず二箇所以上を回ることにしている。そこで、淀川さんのDVDライブ以外にどこかあるかと探したら、六本木から地下鉄日比谷線直通の上野で、荒木太郎監督の新作公開中だったので、オークラ劇場に足を伸ばすことになったのだ。

●究極のミスマッチのはずが、究極のコラボへ…
でも、淀川さんの講演DVD鑑賞した後にピンク映画なんて、不肖の弟子極まれりだよなあ。「あなた!馬鹿ですか!」って天国からお説教されそうだ。でも、現実にこのコラボを体験したらちがったのである。最高のコラボになったのだ。

淀川長治さんのDVDライブは素晴らしかった。DVDといっても、映像表現作品とは程遠い。据えっぱなしのカメラの前で、淀川さんが延々と語る。普通はこれでは80分は持たない。でも、淀川長治さんだと持ってしまう。私としては、話芸ということに関しても、いろいろ感じさせることがあった。

でも、本質はそんな「話芸」というテクニックレベルの次元ではない。そこを持たせる一番大きな力は「映画愛」だ。淀川さんは言われた。「私は映画を愛していました。愛するものをもちなさい。生きる力が湧いてきます」これは、その後の荒木太郎監督作品の「あなたに会えてよかった。生きる力がもらえました。あなたは映画よ」「君こそ映画だ!」というクライマックスに通底するではないか。結果して、最良のコラボになった。

 淀川長治さんは、今のピンク映画の良き部分を観たら、絶対に理解を示されたと思う。ただ、晩年は食わず嫌いのところがあった。ヤクザ映画を極端に毛嫌いして、ご覧になることはなかった。マキノ雅弘の任侠世界なんて、絶対に理解された方だと思う。ただ、「野暮」が嫌いな人だった。「粋」が好きな人だった。残念ながらヤクザ映画もピンク映画も、ポスターは野暮(良く言えば徹底的に通俗大衆的に徹している)である。荒木太郎監督の新作「義父相姦 半熟乳むさぼる」の中の「ポスターは激しいけど、普通の映画だよ」「入口は好奇心だよ。でも出口は感動だよ」の意味のセリフは、そんな乖離の悲劇をよく表現していた。

●思いがけない二つの出会い
予想どおり、「映画友の会」の面々も何人か来場していた。S氏とロビーで会う。発売前だが定期購読者なので、前日30日(土)に私に郵送されてきた「映画芸術」ベストテンなどを紹介して、しばし歓談する。場内では、やはり「映画友の会」のKS女史がいた。女史は、この後は府中に回り「秘密結社 鷹の爪」シリーズの最新作に行くという。六本木でも上映しているが、レイトのみである。「蘇る、淀川長治」はモーニング1回上映だ。さすがに間が空き過ぎている。「あなたは?」と聞かれて、一瞬躊躇するが「上野行きます、なんて言うと、何を観に行くかわかっちゃいますね。天国の淀川さんに怒られそうですね」「ああ、ピンク映画、よくご覧になってるんですよね」なんてやりとりになる。ただ、私がピンク大賞の投票者の一員であることはよく知られているし、私が雰囲気を醸成したこともあるのか、「映画友の会」ではピンクに対する偏見のムードは少ない。「おくりびと」の滝田洋二郎監督が、ピンク出身であるということも追い風が吹いた。、「映画友の会」の一部では、ピンクにまでリーチを伸ばすファンもいないわけではない。でも、さすがにそれは男に限られ、「PKの会」の「お竜さん」のような女性はいない。

「秘密結社 鷹の爪」シリーズは、「映画友の会」で2〜3人の熱狂的ファンがいる。悪乗りをしてその面々が集中的に上位投票したせいか、ベステン入りした年もあった。このお馬鹿アニメ、実は私も嫌いじゃないが、必見という気持ちもない。ただ、観ておけば、特権で「鷹の爪」フリークと「映画友の会」で一緒に騒げるという特典は発生する。でも、今上映中なのは、六本木とお台場だ。さすがに、ついでがなければわざわざ足を伸ばす気までおきない。ただ、府中でやっているとは、いいことを聞いた。(「ぴあ」に索引がなくなったので、こういう情報も見逃すことが多くなった)府中ならちょっとウォーキングのつもりになれば、歩いて行くことができるのだ。それにしてもお馬鹿アニメ「鷹の爪」を、「映画友の会」ベストテン入りさせたのを知ったら、天国で淀川長治さんは何と思うだろう。案外「映画友の会」を、フーリッシュパラダイス(愚者の楽園)と称されていた方だから、ニコニコしているかもしれないのではあるが。

この日のトークショーのゲストは、元「映画の友」編集部で映画評論家の土田英一さんと、元「ロードショー」編集部で同じく映画評論家の高澤瑛一さんのお二方だった。土田さんをジーっとよく見たら、頭髪はだいぶ後退したが、「映画友の会」休刊前の時代に、編集部員として会の運営を仕切っておられた方ではないか。懐かしくトークショーをお聞きした。

それやこれやの出会いで、1月の「会話の存在した日」は11日に増えた。これって何言ってるか分かりませんよね。よかったら、「映画三昧日記−2」に足を伸ばして下さい。

●番外・その2  新版改題再映作品 原点捜索のその後
「ピンク映画カタログ−1」で、ピンクのデータの神様の「ぢーこ」さんから、新版改題作品の原点が謎である作品の一つ、「浮気妻 濡れ濡れ生下着」について、さらに新たな情報提供をいただいた。『「人妻浮気調査 主人では満足できない」ではありません。これは私が見ているので確実に違います』と、掲示板でご指摘をいただいたのである。ありがたいのは、m@stervision氏のサイトに、リンクを張っていただいたことだ。私は、恥ずかしながらこういうパソコン・テクって、全然ダメなんです。これは追いこみに役立ちました。まず、この人がレビューを記した橋口卓明監督作品8本の中で、「人妻家政婦 情事のあえぎ」「探偵物語 甘く淫らな罠」「痴漢の影 奪われた人妻」「真昼の不倫妻〜美女の快楽」「官能の妻 人妻昇天」の5本は、私は鑑賞済である。「人妻浮気調査 主人では満足できない」のレビューを読む限りでは、私の寸評から見ても、「ぢーこ」さんの断定からみてもこれではない。残る2本「盗撮痴女 覗いて濡らす」「アブノーマル体験 第六の性感」も、レビューを読む限り、私の捜索中の「浮気妻 濡れ濡れ生下着」ではない。

要するに、捜索中の「浮気妻 濡れ濡れ生下着」は、ここでレビューされた8本以外の橋口卓明監督作品26本の中にあることが判ったというところまで進展した。でもそれでも膨大だ。私の記録ミスで、これが橋口卓明監督作品以外であったりしたら、もう完全にお手上げになりそうである。
2010年ピンク映画カタログ−2

2010年1月20日(水) ●新宿国際劇場
「ハード・レイプ すすり泣く人妻」 2003年公開
監督・荒木太郎  脚本・渡辺護  主演・富士川真林,佐々木基子

エリート官僚の家柄の太田始は、無教養の妻の富士川真林を見下している。そして、出張といっては愛人の佐々木基子との不倫を楽しんでいる。夫の留守中には小姑の義姉である乱孝寿が、お目付役のごとく来訪し、ガミガミと無教養と家事の要領の悪さをなじる。富士川真林は、従順にそんな境遇に甘んじている。そうした索漠たる日常を、手書きの原稿のタイトルを挿入し、単調な家事をこなしている姿の早送り映像と、モンタージュして表現する。才人・荒木太郎監督の演出は、相変わらず味がある。小姑役のベテラン乱孝寿は、さすがの貫録だ。

夫の太田始の留守だった夜に、強盗の今泉浩一が侵入し、若妻の富士川真林はレイプされてしまう。「誰にも言わなきゃ分からねぇよ」と捨て台詞を残して強盗は去る。しかし、彼は富士川真林の肉体が忘れられず、その後も度々出没し彼女を貪る。家庭内の弱い立場から、富士川真林は誰にも言うことができないまま、ズルズルと関係を続けていく。そんなことは露知らず、無神経なお喋りをベラベラとしかけてくる近所の主婦の佐倉萌は、裸も濡れ場も無いカメオ出演だが、いいアクセントになっていた。

ここまで観れば、もう明白ですね。ハイ!今村昌平の「赤い殺意」です。もともと「赤い殺意」自体が、ピンク映画的な筋立てにも関わらず、その中で女の情念や暗い風土を、2時間半を越えた長編に濃密に塗りこめた映画史上の大傑作である。これは、かなり分が悪い。キャストからして、春川ますみ=西村晃=露口茂=楠侑子に対して、富士川真林=太田始=今泉浩一=佐々木基子である。今泉浩一は、粘着質的なレイプ魔ながら、どこか心の空虚を感じさせ、男の哀愁さえ滲み出させているあたり、なかなかの好演ではあるが、敵が露口茂ではかなり分が悪い。

しかし、さすが才人・荒木太郎だった。終盤の展開で負け戦にはしなかったのである。今泉浩一は手切れ金を出せばどこか遠くの土地に去ることを、富士川真林に告げる。彼女は、なけなしのヘソクリの300万円を彼に渡す。だが、金を受け取った後、今泉浩一はさらに未練がましく、富士川真林に駆け落ちを持ちかけ、東京駅で待っていると告げてから去る。

相変わらず尊大な夫の太田始の朝食の傍で、つつましく控えている富士川真林の妻。夫が所在なげに妻に聞かせるともなく新聞記事を読みあげる。東京駅で生き倒れで死んだ男が、「やはりあなたに返したい」との意味の手紙が入った300万円入りの封筒を懐にしていた。男は、もっても3ヶ月と宣告された不治の心臓病にかかっており、家族の前から姿を消していたのだという。

粘着質的に何度も体を求めてきた今泉浩一だったが、今、その事実を知った富士川真林の追憶の中では、全く異なった姿として存在してくる。台所に佇む彼女の瞳から涙が滲んでくるシーンでエンドマークとなる。最後の最後で、「赤い殺意」とは全く異なる荒木太郎流の抒情篇で締めくくったのであった。

「浮気妻 ハメられた美乳」 2006年公開
監督・小川欽也  脚本・水谷一二三  主演・持田茜,風間今日子

ミステリー要素のある不倫モノなので、ネタバレに近いことになります。それを承知で眼を通して下さい。

大学教授の「なかみつせいじ」は、助教授になるべく学部長の娘の持田茜と結婚する。しかし、研究室の助手の愛人の風間今日子とも関係を続け、いつかは離婚して君といっしょになると言いくるめ、だけど理由もなしに離婚できないとズルズルと逃げている。

 逆玉結婚で、夫の「なかみつせいじ」に愛がないことを感じている妻の持田茜は、同窓会で再会した初恋の人「ひょうどうみきひろ」と、翌日に不倫旅行に出かける。その帰路、男を自動車で撥ねてしまう。路上で「医者を…医者を…」と苦しむ男のために、病院から医師を連れ戻ってくるが、現場は無人で事故の痕跡もない。

このミステリアスな出来事の後、弁護士と称する竹本泰志が、持田茜のところに訪れる。ひき逃げされた男の代理であり、被害者には後遺症が残った、夫である助教授の名誉のために、内密で示談にするのが賢明ではないかと迫り、ホテルに連れ込まれて犯されてしまう。

竹本泰志は、犯した時の写真を「なかみつせいじ」に持ち込み、助教授の立場を考えた「なかみつ」は脅迫に屈し、その写真を300万円で買い取る。ただ、そのことで不倫を理由に離婚は成立する。

ここから先ネタバレです。

すべてを仕組んだのは風間今日子だった。「ひょうどうみきひろ」には愛人の山口真里がいて、別に持田茜が好きだったわけでも何でもない。彼と竹本泰志と事故の被害者役の石動三六が、風間今日子の指示で一芝居打ったのである。かくして300万円は山分けとなる。

濡れ場にバリエーションがついているところが、ピンク・エンタテインメントとしての見所だろう。「なかみつせいじ」と風間今日子の濡れ場は、いかにも不倫関係らしくネチっこくエッチである。憧れの初恋の人と結ばれたと思い至福に浸る持田茜と「ひょうどうみきひろ」の濡れ場は、ファンタスティツクなムードで展開される。脅迫まがいの竹本泰志と持田茜の濡れ場は、サディスティツクなレイプに近い。「ひょうどうみきひろ」が持田茜に見せつける山口真里との濡れ場は、フェラを中心にめいっぱいエロっぽく動いてみせる。これらの濡れ場の変化のアクセントは、超ベテラン小川欽也監督の面目躍如といったところだ。

離婚に成功した「なかみつせいじ」は、今度は理事長の娘の逆玉を狙おうかとうそぶいて、風間今日子と結婚する気はサラサラない。キレた風間は、前妻の実家の学部長に、洗いざらいブチまけ、「なかみつ」は失脚し、風間は分け前の大金で憧れのパリへ去っていくとの結末である。

「不倫旅行 恥悦ぬき昇天」 2009年公開
監督・脚本・友松直之  主演・亜紗美,山口真里

公開は昨年の2009年だが、年末の12月25日(金)封切なので、ピンク大賞の対象としては2010年作品となる。これもホラー・ミステリーなので、ネタバレ覚悟で読んで下さい。

オフィス不倫の亜紗美と藤田浩のお話である。藤田浩の妻は、翌日出産予定日なのにも関わらず、彼は最後の不倫旅行と称して、亜紗美を連れ出す。車中で愛撫をしあい、運転中なのに藤田浩は亜紗美にフェラさせ、山道から墜落寸前になりヒヤヒヤする。

やっと着いたのが山奥の温泉旅館。風呂に入った亜紗美は、客は自分達だけと聞いているのに、洗い髪の幽霊のような女がいて、如春の若旦那にすがりつく。若旦那がタイプだったので、そのまま風呂場での情事を楽しむ。

亜紗美の長い入浴に待ちくたびれたプレーボーイの藤田浩は、女将の山口真里とその妹の「しじみ」を相手に杯を傾けて時間をつぶすが、ついに二人を誘惑し、激しい3Pに至る。

風呂からもどった亜紗美と藤田浩だが、お互いに恐ろしい話を耳にしていた。亜紗美は若旦那から、女将とその妹は死んだはずと聞かされていた。藤田浩は女将から、若旦那は死んだはずだと聞かされていた。それでは二人とも死人とSEXしたことになる。ネット検索したら、3人とも崖崩れで生き埋めになり、死んでいたことが判明する。怖くなった二人は旅館から逃げ出し、逃げる途中でアオ姦に耽る。

鬼才・友松直之らしく、見所は豊富だ。まず主人公二人のキャラがいい。藤田浩は、ちょっとキザなプレーボーイを演じる奥田瑛二に似たムードだ。濡れ場の最中にペラペラと、やたら様々なことに蘊蓄を傾ける。最初のフェラの最中には、身勝手な本能論を語る。男と女の関係は本能的に2〜3年しか持たない。妊娠の10ヶ月を挟んで、2〜3年たてば女は男の庇護なしに子供を育てられるようになるから、お互いに必要がなくなり冷める。そんなことを言って結婚を迫る亜紗美を交わす。でもお前だけは別だと、ずいぶん調子がいい。

旅館の3Pでは、現代の若者の草食系男子論を延々と語り、自身の肉食系を誇る。終盤のアオ姦では、死体とのSEXの牡丹灯篭に始まり、小泉八雲など、日本人の怪異・怪談との結びつきを文学論的に滔々と喋り続ける。そんな軽薄キザ男に対して、「バーカ」「最低」のたった二言で鮮やかに切り返しつつ、クサレ縁で離れられない女の微妙な心をのぞかせる亜紗美のキャラも立っている。

相変わらずの友松流のダイナミックな濡れ場も見事だ。打楽器を多様した激しい音楽に、この世ならぬ幽玄な雰囲気の中で、3Pも交えた狂騒的アナーキーな濡れ場の数々は、友松ワールド全開である。

ここからネタバレです。

夜が明ける。山道で藤田浩と亜紗美は、交通事故現場に群がる野次馬と遭遇する。崖下に転落している車は、自分達が乗っていた車だ。早い話が、旅館到着前に二人は死んでいたということですね。洋画なら「シックス・センス」、邦画なら「黄泉がえり」と同工異曲の落ちですね。振り返ると女将の山口真里、その妹の「しじみ」、若旦那の如春の3人が、お出でお出でをしている。「今度は5Pもいいか」と開き直る藤田浩に、「バーカ」と捨て台詞を投げつける亜紗美。生まれたばかりの藤田浩の子供の赤ちゃんが映し出されての、洒落たエンドとなる。才人・友松直之、今回も最後まで個性的に、魅せ切って見せた。
2010年ピンク映画カタログ−1

2010年1月7日(木) ●上野オークラ劇場
「和服貞淑妻 襦袢を濡らす」(旧題「和服熟女 四十路のさかり) 2001年公開
督・工藤雅典  脚本・工藤雅典, 橘満八  主演・沢木まゆみ, 葉月螢

ベテラン野上正義演ずる高名な作家の、何故か歳の離れた和服妻が沢木まゆみ。そんな家庭に新編集者として訪れたのが、大学時代の沢木まゆみの元彼の「なかみつせいじ」。編集者として多忙過ぎて、妻の葉月螢とは倦怠期に入っており、彼女は竹本泰史と不倫真っ盛りである。こうなれば展開は見え見えですね。いつしか沢木まゆみと「なかみつせいじ」との焼けボックイに火がつく。かくして、沢木まゆみ=野上正義,葉月螢=なかみつせいじ,沢木まゆみ=なかみつせいじ,葉月螢=竹本泰史と、濡れ場カップルに事欠かない典型的Xcesパターンとなる。

濡れ場描写も、Xces流一本調子、アヘアヘピストン・ワンパターンに終始する。さすがに、倦怠期夫婦の「葉月螢=なかみつせいじ」カップルの濡れ場はアッサリしているし、歳の離れた「沢木まゆみ=野上正義」カップルは、混浴で体を洗わせるとか、酔った野上が下半身を愛撫しながら寝込んでしまい沢木まゆみを白けさせるという展開だが、これは濡れ場にヴァリエーションを付けたというよりは、いくら何でも当然の描写だろう。でも、新田栄作品だったら、ここもアヘアヘピストン・ワンパターンで押し切るかもしれない。私がかねがね連呼している「金太郎飴」な新田ピンク映画の凄みというのは、そこにあるような気もする。

ラストの見せ場について工藤雅典監督は、少々変化球を投げて見せる。妻の沢木まゆみと「なかみつせいじ」との不倫を突き止めた野上正義は、SM的縛りで妻を責める。「なかみつ」が止めに入ると、野上はフェラで彼を慰めることを妻の沢木まゆみに強要し、その最中に後ろから妻を犯すというSM的エロさで締めくくるのである。

その後、沢木まゆみは野上正義の家を去り、「なかみつせいじ」にも目をくれず、一人静かにどこへともなく去っていく。濡れ場方便でストーリーが転がる凡ピンクではあるが、沢木まゆみの楚々たる和服美人ぶりだけを魅せる一編と言えないこともない。

「色情新妻いじめ」(旧題「変態家族 新妻淫乱責め」) 2005年公開    
監督・脚本・深町章  主演・山口玲子,水原香菜恵

エッチの方便でストーリーが展開するというのは、ピンク流ワンパターンだが、そこは練達の職人の深町章、その王道で鮮やかにエロス・エンタテインメントを構築して魅せた。

山口玲子の新妻は、一人になった昼間に、週刊誌で高名な霊媒師の水原香菜恵を、自宅に除霊に呼び寄せる。この家にとりついた淫乱の霊を祓ってもらうためである。そして映画は、その顛末に至った新妻・山口玲子の、霊媒師・水原香菜恵への訴えの回想シーンに至る。

最初は夫の山名和彦の、妻へのフェラの要求だった。「ウム、最近の夫婦ではよくあることだ」と霊媒師・水原香菜恵は取り合わない。しかし、それが緊縛プレーに至り、義父・牧村耕次の眼があるような場での浣腸プレーにまで至る。「ウム、少し行き過ぎじゃ」と、水原香菜恵の霊媒師はもったいぶる。「こんなのは幕下なんです」と、さらに新妻・山口玲子は切なく訴える。霊媒師と新妻の相談は、何故か燦々と陽が輝く波打ち際の海岸(同じ深町監督作品の秀作「やりたがる女4人」のロケ地と同じようだ)でおこなわれ、隠微なエッチシーンの屋内描写と、見事な対称の妙を醸し出していた。

以後、夫の山名和彦は、佐々木ユメカの風俗嬢を自宅に引き込んでのSEXを見せつけたり、思いあまった山口玲子が義父の牧村耕次に訴えたら、わしも覗いて興奮してたと言い寄られ、夫に相談したら、父子で3Pをしようと、とんでもない提案をされたりする。この霊媒師への相談シーンが、相撲の番付になぞらえ、霊媒師が「それは横綱級じゃのう」と感嘆すると、新妻が「いえ、まだ幕内程度なんです」と告白を続ける。早い話が、次にどんなドエッチな展開になるのかとの興味だけで引っ張るのだが、エッチを羅列するのが目的のピンクとしては、かなり洒落た構成だと認めざるをえない。

家に取り憑いた淫乱の霊が、水原香菜恵の霊媒師の除霊により露わになる。この家の先祖の豊永伸一郎だった。新妻とのただ一度の交わりで出征し戦死したのである。後添えをもらった妻を恨み、子孫を淫乱地獄に落としこんでいたのだ。霊媒師・水原香菜恵は、今は亡き新妻を自らの内に降霊させる。そして泣き夫の豊永伸一郎に、「再婚は望んではいませんでしたが、お義父さまに血筋を絶やさぬように頼まれてしたことです。愛しているのは今でもあなただけです」と告白する。二つの霊はここで交わり、豊永伸一郎は成仏して、淫乱の霊は家から去る。この展開も洒落ているし、ここまでヌードも濡れ場もなかったベテラン水原香菜恵はどうしたことかと思わせておいて、ここで全開させるのもさらに洒落ている。

洒落っ気にとどめが指される。淫乱の霊が家から除霊されたら、夫・山名和彦も義父・牧村耕次も、極めて淡白な男だった。淫乱の霊に取り憑かれた経験のある新妻・山口玲子は再び悶々として、霊媒師・水原香菜恵に再度、淫乱の霊の降霊を依頼するのである。他愛ないと言っちゃえばそれまでかもしれないが、ここが練達の職人・深町章のピンク・エンタテインメントの真骨頂と言うべきであろう。

「痴漢電車 夢指で尻めぐり」 2010年公開
監督・加藤義一  脚本・近藤力  主演・かすみ果穂,ほたる

「痴漢電車 びんかん指先案内人」(シナリオタイトル「ヒロ子とヒロシ」)でシットリと情感あふれる作品をモノし、2007年ピンク大賞作品賞・監督賞に輝いた加藤義一監督の、今回も「痴漢電車」物である。(ちなみにこの年の脚本賞も「ヒロ子とヒロシ」の城定秀夫だった)出つくしたと思われた「痴漢電車」物に、まだこんな手があったかと感嘆させられた秀作だったが、今回の「痴漢電車 夢指で尻めぐり」もそれに劣らぬユニークな一編だった。「痴漢電車」という題材は、まだまだ面白くできる宝庫である。

通勤電車が、トラブルで駅間でやや長時間にわたって緊急停止する。時間をもてあましたその車中で、何件かの痴漢騒動が発生する。ここで主要登場人物を紹介する。女子高生のかすみ果穂、就活不調な童貞の若者の津田篤、倦怠期に入った夫婦の紺野和香と竹本泰志、夫に急死されてしまった和服未亡人「ほたる」。これらが、停止中の電車内の痴漢がらみで、人生が変転していく。

かすみ果穂は、人生を賭けたダンサーオーディションに向かう途中だった。その途中に停車中の車内で痴漢の被害に遭う。やっと駅についたので逃げるように飛び出し、大切なダンスシューズを車内に落としたままとなる。二重の精神的ショックで、オーディションの結果は滅茶苦茶、以後、電車恐怖症になって乗車ができなくなる。

倦怠期夫婦の紺野和香と竹本泰志は、停車中の退屈まぎれに、痴漢ごっこをして時間を潰す。この刺激が病みつきになり、以後、夫婦での車内痴漢ごっこを繰り返すことになる。

和服未亡人「ほたる」は、亡き夫の期限切れの定期を懐に、夫の通勤経路を乗車して追憶に耽っていた。そして停止中の車内で痴漢に遭う。それが、彼女の女に火をつける。帰宅後、夫の思い出を胸にオナニーに溺れ、さらに痴漢の指を求めてラッシュの電車に乗り、痴漢男をラブホに誘いこんだりする。(結局、寸前で思い止まり未遂に終わるのではあるが…)

就活不調の若者の津田篤に関しては、痴漢騒動と無縁である。ただ、この日を境に、空しい就職活動は拒否して引きこもりになる。

かすみ果穂は、通勤が不要の近場のイメクラ嬢になる。皮肉にも仕事場は、模擬電車内でセーラー服を着けての痴漢プレーである。動かない電車に閉じ込められた彼女の心情を象徴させて、効果的だ。引きこもりの童貞男・津田篤は、所在なげにイメクラのドアをくぐり、かすみ果穂と出会う。寂しい若者二人の心の、琴線が触れ合う。かすみ果穂は、もはやイメクラ嬢として本番済で処女ではないが、彼とは初ベーゼであった。二人の若者の心が寄り添っていく描写がシミジミとしていい。

倦怠期夫婦の紺野和香と竹本泰志は、痴漢プレーの刺激でときめきを取り戻すが、だんだんと刺激に麻痺して行為はエスカレートしていく。コスプレに耽り、ついには妻の紺野和香に挑発的しぐさで痴漢を誘発させ、夫の竹本泰志はそれを見て興奮するようになる。その果てに痴漢男をラブホに引き込み、目の前の妻の不倫をみつめて興奮する。だが、そんなことを繰り返しているうちに、妻は痴漢男に対して本気になってしまい、竹本泰志は妻の紺野和香を失う破目になる。

津田篤はかすみ果穂に「好きだ」と告げたい。この3文字が、どうしても口に出せない。出た言葉が「いっしょに電車に乗らないか」だった。これをきっかけに新しい一歩が踏み出せそうな気がしたかすみ果穂は、同意する。そこで、痴漢の指に悶えている「ほたる」に遭遇する。過去をふっ切るように、かすみ果穂は痴漢男の鳩尾に膝頭をメリこませ、「ほたる」の手を引いて車外に逃走させる。その時、「ほたる」は想い出の夫の期限切れ定期券を車内に落としてしまう。

かすみ果穂に、痴漢騒ぎで大切なダンスシューズを車内に落とした記憶が蘇る。彼女は「ほたる」に詫びる。しかし、「ほたる」は、これで亡き夫との過去がふっ切れたと、未来を求めて明るく去っていく。自宅で「好きな人ができました」と記している「ほたる」がいる。「ほたる」のこれまでの自宅の描写はオナニーシーンも含めて抽象的な画面造りで、リアルな痴漢電車内のシーンとよい対比をなしている。かすみ果穂と二人きりになった津田篤は、振り返って彼女に何かを語りかける。口の動きは「好きだ」と言っているように見える。こうして、映画は多くの余韻を残してエンディングとなる。

このように人物毎に整理して記していると、意外と平凡なエピソードの並列のようにも思えてきた。しかし、この映画がユニークに見えるのは、語り口の独創性だろう。ほとんどが登場人物のモノローグの繋ぎで進められ、会話は最小限にとどめられている。それが、現代人の孤独と、それ故の心の触れ合いの大切さを、シミジミとした情感を醸して表現するのだ。脚本・近藤力、新人なのだろうか。もしそうならば、また新たな才能の誕生である。

いずれにしても、新年早々に早くも今年のピンク大賞戦線を賑わす秀作が登場したことはまちがいない。

●番外 新版改題再映作品 原点捜索の話題
昨年11月23日(土)付、年の最後の「ピンク映画カタログ−26」で、「ピンク映画カタログ(ピンク日記)総索引」作成に関連して、未だに新版改題再映作品で旧題が不明の映画6本を抽出し、詳しい方からの情報提供を呼び掛けた。早速「周磨要の掲示板」上で、ピンク映画データベースの神様「ぢーこ」さんから、再調査結果が届いた。

[ぢーこさんコメント]
「団地妻 変態体位」(鈴木敬晴)ですが(監督のことが)日本映画データベースに載ってます。本数が14本しかないから目星はつけやすいでしょう。1992年の「官能団地 悶絶異常妻 」があやしそうです。他には団地妻に近い題名がないですから。

早速、当時のピンク日記の私の評と、日本映画データベースを突き合わせてみた。私の記述は以下のようになっている。

「団地妻 変態体位」(鈴木敬晴)
人妻をストーカー的に狙う若者。何と近所の親しくしていた女子高生を浚い、交渉相手に人妻を指名。「俺を見ろ!」との現代の孤独。「十九歳の地図」の若者に通じる。女子高生は誘拐犯を殺害脱出、「胎児が密猟する時」を連想。優れたピンクは若松映画に回帰するのか?考え過ぎか?

この内容から推理すると、どうも「官能団地 悶絶異常妻 」は、もうひとつシックリこない。「レープゾーン 犯しの履書」が近いような気もする。この映画の製作は若松プロでもある。「現代猟奇事件 痴情」なんてのも候補の一つだ。いずれにしても特定は難しい。

[ぢーこさんコメント]
橋口卓明監督作品もちょっと難しいです。本数が少ないから日本映画データベースで調べられないことはないのですが「浮気妻 濡れ濡れ生下着」という題名では抽象的すぎて原題と結びつかない。

これも当時のピンク日記の私の評を再掲したい。総索引が完成したので、こういうことが簡単にできるようになってきた。

「浮気妻 濡れ濡れ生下着「(橋口卓明)
探偵社が、何故か女高生下着などを売る大人のショップをやっている。段々、その設定の意味が見えてくる。モラルなき女子高生、探偵社の人間は大人の夫婦も、依頼を通じて、アンモラルな世界に引きずりおとす。夫の浮気相手から別れさせる依頼、不倫現場に踏み込み暴行、目の前でレイプ、暴力に無力な男の前に不倫相手は泣いて愛想をつかし、淫乱な世界にのめり込む。夫への復讐完遂のはずなのに、その哀れさが切ない妻、その動揺をついて探偵社の面々の乱交世界に引き込まれる。最後の男女2人ずつ計4人のからみに迸るアンモラル・アナーキー、若松映画もちょっと思い出す。圧倒される。

「人妻浮気調査 主人では満足できない」あたりが一番近い題名だが、でも何か内容とは逆みたいで、これも特定するには無理がある。

[ぢーこさんコメント]
新田・小林・深町監督作品は本数が多くて一筋縄ではいきません。まだ調べるのに時間がかかると思います。

全くそのとおりでした。過去の私の評を引っ張り出して、日本映画データベースの監督作品一覧と突き合わせてみましたが、膨大な同工異曲の題名の羅列で、全くお手上げです。以下に前記三監督・四作品の私の評を再掲します。これを手掛かりにして、原題を判明できた方、ご一報くだされば幸いです。

「男を買う女たち とろける」(新田栄)
音声を変えたり、一部再現ドラマですと断ったりと、ドキュメントを装ったワイドショータッチの風俗探訪。TVより画面は広いし、エロ度は大きいし、といったあたりが取り得か。でも、SM的なSEXのために男を買う有閑マダム・ストレス解消に男を買う風俗嬢・男を買って3Pしようと同僚に持ちかけレズを成就させる女と、題材がいずれも平凡なのがやや退屈。

「婦人科医院 診察台の情事」(新田栄)
下町人情劇。年の離れた妻を持ち子供を切望するひたすら人の良い中年の下町開業医。町内の亡き友の娘に心を痛め、助けになり諭す。妻が突然フラリと長期に遊びに出ても、浮気をしていそうでも、その結果妊娠中の子が他人の者かもしれなくても許す。仕事の良き片腕、実は妻のレズ相手でも許容する。ひたすら良い人。「寅さん」入ってる。「時代屋の女房」入ってる。でも、それだけのこと。特に面白味なし。

「変態姉妹 ナマでお願い」(小林悟)
濡れ場の連続でストーリーを組み立て、その一つ一つもねちっこくショーアップして見せる。ベテラン小林悟らしいこれはピンクの王道か。ホストクラブでバイトの大学生。まずサービスのプレイシーン。サービスの悪さを有閑マダムに罵られて、切れて暴言吐くもこれがヤクザの女。ヤクザに追われた途中でぶつかった女子高生。ここでは単なるすれ違い。女子高生は姉と同居。姉の男が迫る。言うことを聞かぬと姉を捨てると脅迫。父に捨てられた母の悲しさを姉に味あわせたくない。自分が耐えればと受け入れる。ここで濡れ場。姉の帰宅、怒る、とりなす男、また濡れ場。追い出される妹。行き場のなくなった大学生と女子高生の再会、女子高生は援交で生きていくしかない。ここで濡れ場。大学生の事情を聞いた女子高生、自分が犠牲になればと男を許す条件でヤクザに身を任せる。また濡れ場。ベテラン小林監督のねちっこいショーアップされた濡れ場の中でも、相手がベテラン港雄一だけに、ピカイチのショーアップ。SMチックなポーズをとらせる体位を含めて、山場として十分だ。指詰めだけで許された大学生とのやりまくりの濡れ場で締めくくり。

「未亡人 しびれる性感帯」(深町章)
典型的未亡人下宿物。子供の頃のトラウマから、見て射精しちゃう、いやそれ以外では射精できない下宿人をノーマルにもどしたり、ウブな下宿人が女に騙されたり、夫にウリ二つの男が下宿人として現れ夢中になったり、騙し女のヒモがその男だったり、すべてお定まりパターン。この手のヤツは山本晋也みたいなコメディセンスがなければ冴えないし、深町章、そのセンスでは到底及ばない。

それでは、ピンク映画ファンの皆さま、本年もよろしくお願いいたします。
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