ミスター・ピンク 池島ゆたか監督 海を渡る !
周磨 要の 「boobs and BLOOD! International Film Festival」レポート
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「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想−8 (最終回)
他の参加作品は、池島作品の露払いでしかない。私は、そんな感じを持った。

●「boobs and BLOOD!  International Film Festival」表彰式
9月26日(日)16時、映画祭最終日の第2プログラムの開幕だ。上映作品は日本映画の2本、「TWILIGHT DINNER」(「超いんらん 姉妹どんぶり」−原題「月光の食卓」)、「S&M HUNTER」(「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」)である。それに先立っての表彰式が行われる。

パンフレットにあるように、表彰者はロジャー・コーマン、クェティン・タランティーノ、そして前に紹介したように、「Yutaka Ikejima」が国際功労賞、「Reiko Yamaguchi」が最優秀女優賞、「Yumi Yoshiyuki」が最優秀ホラー女優賞だ。

ロジャー・コーマンもタラちゃんも、残念ながらこの席には姿を見せなかった。しかし、これでこの「国際映画祭」の意味が、さらに明確になったような気がした。「PINK EIGA INC」がタランティーノに、日本の隠れた才能として池島ゆたか監督を紹介し、タラちゃんがそれに乗った実質的には「池島ゆたか映画祭」なのではないのだろうか。しかし、さらにそれに箔をつけるべく、自らの劇場で「International Film Festival」(国際映画祭)と銘打ち、自身とグラインドハウスの元祖的存在のロジャー・コーマンを表彰者に加えたのではなかろうか。他の参加作品は、池島作品の露払いでしかない。私は、そんな感じを持った。いずれにしても目出たい話である。

池島ゆたか監督、吉行由実さん、山口玲子さんの表彰が行われる。トロフィーはオスカーを模しているが、首なしの黒い女体トルソに一筋の血が滴っている「おっぱいと血の映画祭」にふさわしい洒落たデザインだ。記念の楯も贈呈される。それらを大きくかざす授賞者とフラッシュの嵐。会場は大きく盛り上がり、いよいよ「月光の食卓」「地獄のローパー」の連続上映に突入する。

●「月光の食卓」の上映時の反響
「TWILIGHT DINNER」(「超いんらん 姉妹どんぶり」−原題「月光の食卓」)は、ヴァンパイア物のホラーであるから、会場内の反響は静かである。「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」(日本の「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」)のようなコメディでないのだから、それは当然だ。スレンダーな吉行由実さんのマキシのコートのヴァンパイヤの佇まいを、息を殺して見詰めている。

実は、この映画のプリントは日本公開版を若干再編集している。「ピンク映画カタログ」抜粋で紹介した佐々木共輔と清水大敬のゲイシーンは、かなり短縮されているのである。また、ラスト近くの佐野和宏と佐々木共輔の血の口移しで、男と男の下が血塗れになって激しくからみあうゲイポルノを思わせるネチっこいシーンも、舌がからんだ途端に街の雑踏にオーバーラップして、エンドタイトルとなる。

ゲイシーンに関する不快感は、アメリカ人に極めて強いようなのである。「ミルク」のアカデミー賞の評価などで、ゲイの人権を認める社会だと思っていたので、この話は意外であった。ただ、人権は人権、不快は不快と、はっきり峻別しているそうだ。「ドラゴン・リー」さんによれば、ゲイに対するノーマルな人間の視線は、異人種・異星人に対するそれのようなものだそうだ。

ということで「PINK EIGA INC」からは、本映画祭に限らずオリジナルのままの「月光の食卓」では、アメリカのどの映画祭にも出品できないと、池島監督に改変の依頼があったそうだ。不本意ではあるが池島監督としては応じざるを得ず、今回のようなプリントとなったのである。確かに、ラストシーンの余韻の深さは、日本公開版に比して、少々弱まった感がある。

それでも、場内に低く流れた「ウッ」という若干の呻きは、アメリカのゲイに対する嫌悪感を如実に感じさせた。「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」(「淫乱なる一族 第一章 痴人たちの戯れ」)上映時の男の浣腸・排便シーンの、場内の「ウーッ!」という異常な喚声を前に紹介したが、男のアナルに対するナーバスな反応は、我々の想像以上のようである。こういうことも、ロスの空気の下で観て初めて分かる貴重な経験だ。

場内の反響が大きく動いたのはクライマックスだ。前の私の「ピンク映画カタログ」の引用にあるように、佐々木共輔の東麗菜へのクンニリングスから、生理がはじまり血に飢えた佐々木恭輔の下腹部喰い破り、鮮血がドバドバ迸るシーンである。ここはもう、場内は怒号・悲鳴の渦という感じであった。スプラッターにはアメリカ人は免疫があると思うが、ここまでエキセントリックな反応に包まれたのは、やはり映画全体を通じての、池島ゆたか監督の演出力の成果と言えよう。

●「地獄のローパー」の上映時の反響
「S&M HUNTER」(「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」)は、受けに受けた。本作品はこの後11月に韓国の「PINK FILM FESTIVALE」で「ドッカンドカンの大ウケ」と、今年のキネマ旬報1月下旬号で塩田時敏氏も紹介しているが、ロスにおいても「ドッカンドカンの大ウケ」という表現がピッタリの反応であった。

これは、池島ゆたか監督の俳優としての出演作として招待された一編である。これまでも監督・池島ゆたかのタイトルで拍手が起こっていたが、この映画の出演のクレジットでも、一部拍手が起こっていた。ただ、この出演については、タイトルから気付いた人、映画を観て気付いた人、トークショーの紹介で気付いた人と、3通りいたようで、上映時はそれほど大きく爆発はしなかった。

池島監督は、『これで大ちゃん(後藤大輔監督)の「夜明けの牛」(公開題名「痴漢義父 息子の嫁と」)が招待されれば、俺のプロデューサーとしての顔も見せられて、全部出せたのにな』と、呟いていた。でも、それはないでしょう。実質的な池島ゆたか映画祭で、招待作品9本中4本は池島監督がらみ、他の5本を露払いとして「国際映画祭」として盛大に開催されたのだから、望み過ぎというものです。もっとも、これをきっかけにアメリカで「池島ゆたか映画祭」開催というのも、今後ありかもしれない。監督が関わった過去の作品の膨大さは、十分にそれを可能にする。

さて「S&M HUNTER」の反響だ。冒頭で、マカロニウェスタン調に下元史朗さんが登場するところから、早くも場内は拍手喝采の渦だ。そして俳優としての池島ゆたか監督が演じる「倒錯の館」のあるじが、「ようこそ。Sにしますか。Mにしますか」という大仰な芝居に繋がっていく。

「倒錯の館」のあるじの、「ローパーの調教を受ければ、例えそれがジャイアント馬場でも、従順になります」のセリフ。ここで場内に大爆笑が起こった。プロレス者の私としては「ム?」という感じだ。若き日のジャイアント馬場がアメリカでスーパースターだったのは知っているが、それもかなり昔の時代である。それでも、今だに「伝説」として残っているのだろうか。よくみたらこのセリフは字幕では、「ハルク・ホーガン」と訳されていた。意訳ではあるが、映画の本質を踏まえた名訳であると思う。「ドラゴン・リー」さんあたりが、字幕作成にあたってはかなり参画しているのだろうが、さすがといったところだ。

私が「ピンク映画カタログ」で、「こりゃないよと思わせるアクロバチックな凝った縛りの数々は、エロを越えてギャグの域」と記したが、予想どおりロスの観客はストレートに反応した。哄笑・爆笑・拍手の渦である。そうだよなあ。この場面はこう観なくっちゃ。SMだからといって息を潜めて、隠微に視線を注ぐ日本のピンク映画館の雰囲気との落差を、ここでも大きく痛感した。本当にロスの空気の中で観ると、映画が全く違って見え、本質が浮き彫りになってくる。

「S&M HUNTER」(「地獄のローパー」)でも、「ピンク映画カタログ」で紹介したようにゲイが出てくる。しかし、こちらの拒否反応はほとんどなかった。具体的な濡れ場行為が描写されず、ドラマの調味料程度に用いることに関しては、ゲイに対しても寛容のようだ。

予想どおりというか当然というか「真知子巻」「君の名は(君の縄)」のくすぐりに関しては、場内は全く無反応で、ゲラゲラ笑い転げたのは「allusion」さんやと私など、日本人集団だけだった。まあ、これはいたしかたのないところである。

クライマックス、早乙女宏美さんがナチスの戦闘服に身を包んで、決闘の場に向かうところは受けに受けた。ここても、その大仰さに哄笑・爆笑・拍手の嵐、それは決して馬鹿にした嘲笑ではなく、「イケイケ!姐ちゃん!!」という暖かい雰囲気である。これにクレーン車に乗って決闘場に向かうダンディ下元史朗さんの大仰さが、輪をかける。正に場内は「ドッカンドカンの大ウケ」状態である。

ヌンチャクというのはアメリカ人にとっては、ある種の神秘性もあるのだろうか。早乙女さんのヌンチャクが、下元さんの残った片目を潰すと、どよめきが起こる。そして、山場の全裸亀甲股縄縛り、10メートルクレーン宙吊りの延々たるワンカットに「オーッ」と、息を潜めた感嘆が地を這う。私が個人的に知っている早乙女宏美さんだけに、心底この光景を見せてあげたいと思った。

●トークショー開始、まずは「TWILIGHT DINNER」の話題
上映が終了し、トークショーの時間に入る。通訳は「ドラゴン・リー」さんだ。こういう役割は日本映画に造詣が深くないといけないし、適任中の適任であると言える。

『皆さん、「倒錯の館」へようこそ、Sにしますか?Mにしますか?』と、サングラスをかけた「地獄のローパー」のいでたちで、池島ゆたか監督が登場する。ただ、何%かの人はここで初めて「地獄のローパー」の「倒錯の館」のあるじが、池島ゆたか監督と気付いたようで、受けはイマイチだったのが残念なところだ。

やはり、最初は「TWILIGHT DINNER」(「月光の食卓」)の血飛沫ドロドロの、浴室シーンに話題が集まる。その表現の自由さに羨望の声も混じる。しかし、池島ゆたか監督から、日本の「ピンク映画」の表現も決して自由ではなく、特に「血」と「子供」は厳禁の世界だと、現状の紹介がある。「月光の食卓」においても、浴室シーンは、当初全面カットを会社から要求され、ただ上層部の一人から擁護論が出て、何とか乗り切れたとのエピソードもを紹介される。このあたりのいきさつは、「PG」NO.105「すべての死者よ、蘇れ!〜池島ゆたかが見た、生きた、ピンク映画傍証50年史〜」に詳しいので、ここではこれ以上の詳述はしない。

このエピソードに関して、さらに客席の「allusion」さんから、「日本から来たものとして、お知らせしますが皆さんは幸運な状態で、映画をご覧になっています」と補足がある。「allusion」さんは、当初は日本語で話し、「ドラゴン・リー」さんが通訳していたが、「英語で話していただけますか」との「リー」さんの言で、英語による発言となる。

ロスの今回の映画祭での「月光の食卓」はディジタル上映である。実は、この血飛沫カット騒動には、さらに後日談があった。カットは免れたけどプリントするにあたって反転ネガにする指示が出たのである。そうすれば赤は緑になり、画面の凄惨さはかなり薄められることになる。もちろん、映画の持つインパクトはその分低下する。血が赤いままのプリントが許容されたのは、ディジタル化時のDVD発売の時であった。つまり、今回の映画祭上映は、監督の意図により近い映写だということなのである。

ただ、この反転ネガのプリントというのは、なかなかピンと来なかった人が多いようで、「ドラゴン・リー」さんも何度も聞き返していた。一般のお客さんには、どこまで具体的なイメージが伝わっただろうか。

撮影現場の具体的な質問も出てくる。「血みどろの浴室シーンの撮影は、何日くらいかけて、どこで撮影したのか?」というものだ。「半日、いや、3時間くらいかな。よく使わせてもらっているホテルで撮りました。血糊の後始末もあったので、大変でした」、この監督の言に、場内は驚嘆の渦に包まれた。前日の「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」2部作が5日間で撮了したことの紹介に続いての、日本の短期決戦撮影への驚きであった。

吉行由実さんには「役作りの苦労は?」との質問が出た。吉行さんの答はストレートだった。「そうですねえ。私の映画のお客さんは、当然私の裸がお目当てですけれど、今回はヴァンパイヤということで、怖がらせなくてもいけませんし…でも、男の方って怖いと縮んじゃうんですよね。そのあたりのバランスは難しかったです」、美貌の熟女から出たあまりにもストレートな言葉に、「ドラゴン・リー」さんの通訳が口ごもり気味になったのが、何ともおかしかった。

アメリカにも映画オタクはいた!
『「月光の食卓」は「○○○○」の影響は受けているか?』との質問も出た。ところが、この「○○○○」の日本公開タイトルが判らなければ、監督も答えようがない。客席の「allusion」さんと私は、ヒソヒソと言葉を交わす。「何の映画でしょうね」「あ、あれじゃないですか。岸田森が吸血鬼をやった。タイトル、何でしたっけ」、この年になるとタイトルがすぐ頭に出てこない。「監督は山本ヨシオでしたっけ」「あれ?迪夫(ミチオ)って読むんでしょ」そんな状態だから「ドラゴン・リー」さんに、客席から適切なアドバイスが、残念にもできなかった。この映画が山本迪夫監督作品「血を吸う薔薇」であるのを思い出したのは、トークショー終了後のことであった。いずれにしても、日本人でもすぐ思い浮かばない映画が引き合いに出されるあたり、どこの国にも映画オタクはいるものである。

『「月光の食卓」のラストシーンに、「マタンゴ」との共通点を感じた。「月光の食卓」の公開は、本多猪四郎監督が亡くなった年だが、オマージュの意味があったのか?』との質問も出た。さすがにこの質問には、池島ゆたか監督も、『さあ、「マタンゴ」観ていないし…』と目を白黒させるのに終始した。確かに異世界の住人が現実世界に密やかに蔓延していくという幕切れに、「月光の食卓」と「マタンゴ」の共通性はなくもないが、それにしても本多猪四郎の没年に引っ掛けてくるとは、アメリカ人にも映画オタクがいることをここでも痛感した。

話題はお固いものだけではない。「ピンク映画はハードコアではないと聞いたが、精液はどうしているのか」というのもあった。池島ゆたか監督はすかさず、「玉子の白身とコンデンスミルクを混ぜて作ります。配合次第でそっくりになります。よかったら、みなさま、ご家庭に帰って試してください」これは大受けに受けた。

●アメリカへの本格的ピンク映画進出の鏑矢は「ミスター・ピンク」で大正解だった!
「ドラゴン・リー」さんから、「監督はエルビスの大ファンだそうですが、一曲歌いませんか」と、水を向けられる。こういう時には、とりあえず一歩下がるのが日本人である。映画祭も終盤になったので、この時点ではバンドも帰ってしまった。「いや、バンドもいないし」と、池島監督は一旦は辞退する。

「アカペラでいいじゃないですか」と、「ドラゴン・リー」さんがさらにプッシュする。客席からも「イケイケ」ムードが漂う。ここに至って受けて立つのは、さすがに池島ゆたか監督である。プレスリーのナンバーをアカペラで英語で、見事に歌い切ってみせた。いや〜アカペラでここまで聞かせてしまうんだから、監督の歌唱力もかなり本物である。もっとも、かつての演劇青年だから、基礎的素養はすべて身に付けているということだろう。

結果としてアメリカへのピンク映画本格的進出が、池島ゆたか監督が鏑矢というのは、最良だったと思う。俳優出身であるからサービス精神は満点である。「ミスター・ピンク」の称号も、突然に語呂合わせでつけたわけではなく、国内のmixiネームでは定着している。しかも、アメリカでは「ピンク」色に対する妙な偏見もない。これが竹洞哲也監督のように、舞台では自分の名前しか言わない無口の人が第一弾だったら、作品の水準はさておいても、盛り上がりはほとんど期待できなかったはずだ。

私は1983年のカンヌ映画祭のエピソードを思い出していた。大島渚がパルムドールを狙った国際的大作「戦場のメリークリスマス」を引っ提げ、大代表団を結成して映画祭に乗り込んだ年である。ところが蓋を開けたら今村昌平の「楢山節考」がパルムドールを浚ってしまった。当の今村監督自身は我関せずと映画祭に出席していなかった。当時、カンヌの実情に詳しい映画評論家の田山力哉氏が、「こういうことだから日本は駄目なんだ!」と憤っていた。

私などは当時、出たがり屋満々の大島渚よりも、黙々マイペースの今村昌平に共感したものだが、でもやはり、欧米などに打って出るには、作品の水準もさることながら、積極的に出しゃばる姿勢も必要なのだろう。その意味でも、アメリカのピンク進出第一弾が、「俺は自画自賛だから!」と堂々とジョークをかませるような池島ゆたか監督であるのは大正解だったと思う。

●フィナーレ「HOLLYWOOD CHAINSAW HOOKERS」
本国際映画祭もいよいよ大詰め、19時30分からのプログラム「HOLLYWOOD CHAINSAW HOOKERS」を残すのみだ。だが、例によって上映はすぐに始まらない。ルチャドールのジョージ・ウォリアーなどを中心に、舞台は何だか盛り上がっている。「allusion」さんに教えてもらったら、初日に投票用紙が配られた観客賞に「GEORGE WARRIOR」が選出されたそうなのである。

エーッ!という感じだ。だって、最後の作品がまだ上映されていないじゃない。私は、その都度採点していて、最後の一本を観たら投票しようと思っていたのである。ここらあたりの本映画祭進行に、またまたアメリカらしいラフさを感じた。ただし、冒頭の私の「エーッ!」という思いの中に、「GEORGE WARRIOR」授賞に関する疑義は入っていない。ミル・マスカラス映画をさらにチープにした手造り・書き割り特撮の中で、ジョージ・ウォリアーが大活躍する短編の数々、十分に楽しかったのはまちがいない。

「HOLLYWOOD CHAINSAW HOOKERS」は、セミヌードの女がチェーンソーを振り回し、血飛沫が飛び散る「グラインドハウス」で開催する「おっぱいと血の映画祭」のフィナーレを飾るにふさわしい一編である。いや、と言いたいところなれど、女優もそれほど美形でもグラマーでもないし、とにかく全体の造りがショボい。でも、場内では大受けに受けていた。

映画が終わり、トークショーが始まる。10名を越える関係者が壇上に上がる。私は言葉がわからないが、客席も含めて盛り上がるだけ盛り上がっている。どうも200名近くの観客のほとんどが、この映画の何らかの関係者やシンパらしい。

私は「ザ・グリソムギャング」の光景を思い出した。シネマバー「ザ・グリソムギャング」は、よみうりランド駅近く(よみうりランド内にあるわけではない。為念)にあるイベント会場で、20席程度の劇場と、隣接してバーがある。イベント終了後はバーなどで懇親の場が開かれるわけだ。定員20名程度だから、イベントの関係者・シンパが参集すれば、ほとんど満席となる。大森一樹監督の特集ならその関係者・シンパ、池島ゆたか監督特集ならやはりその関係者・シンパ、たまには森山茂雄監督特集なのにゲストの里見瑤子さんファンに埋め尽くされたなんてハプニングもあるが、まあ、同好の士だけが集う限定カルト空間を醸成する。

 こうした「ザ・グリソムギャング」の風景と同様に、「HOLLYWOOD CHAINSAW HOOKERS」を観るべくビバリーシネマに参集した人々は、ほとんどが関係者・シンパ集団なのではないか。それにしても200名という大所帯は凄い。さすがアメリカ、スケールは10倍ちがうといったところだ。映画はショボかったが劇場内の雰囲気には圧倒され、それなりに面白く興味深かった。

●そしてハリウッドで最後の晩餐へ
祭りは終わった。本当に終わった。過ぎてみればアッという間だった。「ドラゴン・リー」さんから、最後の会食を誘われる。ハリウッドの中心のレストランに送迎される。

さて、何を注文するか。とにかく連日の大盛りメニューに圧倒されているので、できるだけボリュームの無さそうなものにする。マカロニが最も値段が安い。まあ値段からみて、マカロニはマカロニであろうし、そんなに量は多くないだろう。それに決めかけたら「ミス・ナッチョ」こと夏美さんから「ここのマカロニは美味しくないからよした方がいいですよ」と、アドバイスを耳打ちをされる。それではと、次に値段が安いスパゲッティにする。まあ、スパゲッテイなら量が多くてもたかが知れてるだろう。奇しくも池島ゆたか監督が注文したのもスパゲッティだった。

オーダーが届いたら、これが侮れなかった。皿といっても、限りなく薄めの丼に近いくらいの深さがある。まさか上げ底だよねと思い、フォークを突っ込んだら、半分近くが埋まってしまった。ご丁寧に大振りのパンまで2枚乗っている。ワッ!と思ったが、結局勿体ない精神で全部平らげてしまった。アメリカのパンだけは相変わらずうまくこれも平らげてしまった。さすがに私の皿の底にソースだけはかなり残ったが、すっかりアメリカのパンがお気に入りになった池島監督はソースをタップリつけたようで、監督の皿は底まで舐めたように綺麗になっていた。

オーダーが届くまでの間に、池島ゆたか監督と山口玲子さんには、一仕事が待っている。これから発売になる「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」のジャケットの裏にサインを入れるのである。我々もジャケットを外す作業を手伝い、お二方はせっせとペンを走らせる。

このジャケットの表紙を飾っているのが、なぜか脇役の華沢レモンちゃん。何で?と思ったら「ミスター・ボス」ことナダーブ社長のお気に入りとのことでした。

最後に「PINK EIGA INC」の方々へ感謝をこめて、特別版のサインとなる。池島監督はお礼の言葉と共に「なだあぶ社長へ」とひらがなで書き添える。外国人の名前は、なぜかひらがなで書くと可愛い感じになる。「ミス・ナッチョ」が「わ、可愛い」と声をあげていたが、日本人にしか分からないユーモア感覚である。

●帰国、日本語バリヤーからの離脱
9月27日(月)、帰国の日の朝が明けた。部屋は私一人である。昨日も会食になったので、冷蔵庫には缶ビール2本、サンドイッチも余っている。機内に持ち込むのも何だし、それに帰路も往路と同じシンガポール航空だから、ビールもワインも豊富だろう。シャワーを浴びた後、この6日間の思い出に浸りながら1人シミジミと、サンドイッチをつまみながらビールを空ける。結局、「桜井音楽事務所」さんのご好意で日本から持ち込んだ大袋のつまみも、すべて平らげてしまった。ただ、さすがに「桜井音楽事務所」さんから引き継いだチョコケーキだけは、あまりにもの大味の甘さに閉口して、最終的に一部ゴミ箱行きと相成った。

約束の時間にロビーで「allusion」さんと落ち合う。言葉が全く駄目な私は、チェックアウト・空港までのタクシーの手配、すべておんぶにだっこである。本当にお世話になりっぱなしだ。

ロスの空港に到着する。シンガポール航空ではあるが、新東京国際空港経由(ロサンゼルス→シンガポール便のハブ空港ということなのだろう)だから、カウンターには日本人の係員の顔も少なくない。私のスーツケースは娘から借用した「隠れミッキー」をデザインしたものだが、係の日本人女性が「可愛いですね」と声を掛けてくれた。次第に日本の空気が近付きつつある感が深まる。

だが、出国でもう一つ、冷や汗もののひと波乱があった。ボディチェックのゲートで何度通っても、金属探知機の警報が消えないのである。万歩計を外し、財布をポケットから出し、ベルトまで外しても、どうしても警報が消えない。係官は女性ではあるが、長身で精悍なアフリカ系の人である。「ワンスモア!」と激しく促され、こちらは完全にすくみあがった。こんな熟年のオッサンがテロリストの訳ないでショ、なんてジョークは通じるわけもない。これはガチンコ勝負である。おいおい、俺、帰れるんだろうか。心臓が縮みあがる。

答はあっけないものだった。首から下げていたパスポート入れの金具が、警報に引っ掛かっていたのだ。パスポートはシャツの下に肌身離さずつけていたのだ。シャツをはだけてパスポート入れを取り出し、ようよう出国OKに至ったのである。

このパスポートに対する慎重さは、前回のヨーロッパ旅行で、強く添乗員さんに言われたことからだった。パスポートを紛失したり盗まれたら、私達添乗員でも、どうすることもできません、とのことである。「私なんかのパスポート盗んでもしょうがないでしょ」と言ったら、「偽造に使われます。日本のパスポートは高く売れます。一番狙われています」と解明された。そういうことは、国内にいてはなかなか知ることはない。その時の経験からの慎重さが、今回は裏目を呼んだわけだ。

新東京国際空港に着いた。日本である。レンタルの携帯電話返却とともに、メモリを差し替えいつもの携帯が手元にもどってくる。何から何までお世話になった「allusion」さんに、丁重にお礼を言って別れる。見なれた日本の風景が戻ってくる。

成田エクスプレスから帰宅に向かう道すがら、次第にロスの6日間が、夢のように思えてきた。俺、本当にロスにいたんだろうか。すべて夢だったんじゃないだろうか。結局、「日本語バリヤー」にくるまれてロスに行き、帰国してから「日本語バリヤー」の外に出た。そういう経験しかしていないから、私の海外体験は、すべて夢としか思えないのだろう。

●夢の終わり、現実の続き
年が明けた。「ドラゴン・リー」さんこと小田さんが帰国しているという。「ロス同窓生」を中心に、酒席を持つことになった。そこには、おもいがけなくも帰国していた「ミス・ナッチョ」こと夏美さんも加わった。東京の空の下でこうして再会してみると、ロスはまちがいなく夢でなく現実であったことを、シミジミと感じる。

その後、池島ゆたか監督プロデュースの後藤大輔監督作品の初号試写でも、「ドラゴン・リー」さん、「ミス・ナッチョ」と場を共にした。ロサンゼルスの日々は確実に現実なのである。そして、この今日の現実は、確実に明日の現実へと連なっていく。これから今年は、どんな「夢のような現実」が待っているのだろうか。

延々と続いてまいりました『「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想』はこれをもって完結といたします。引き続き「映画三昧日記」「ピンク映画カタログ」、そして「湯布院映画祭日記」でお会いしましょう!
「boobs and BLOOD!  International Film Festival」の回想−7
さあ、池島ゆたか監督と山口玲子さんが舞台に登場だ!

●ロサンゼルスのビバリー・シネマに響く「怨み〜節〜」
19時30分、夜のプログラムが開幕する。といっても、例によって、いきなり「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」の上映が始まるわけではない。まずはバンド演奏だ。本当に祭りの乗りである。「ジャジャジャ〜ジャンジャジャジャ〜ジャンジャジャン〜ン」あれ?どっかで耳にしたメロディーだなと思ったら、何と!梶芽衣子の「怨み節」の前奏ではないか!そして、スタイリッシュな女性黒人歌手が歌いだす。

流暢な日本語である。言葉の意味がどこまで解ってるか定かでないが、情感はタップりと籠っている。間奏の時に、客席の我々日本人集団を発見し、「イェーイ!」と指さしてエールを送ってくる。こっちも祭りだから乗らなきゃ損々で、手を挙げて「イェーイ!」と応酬する。

歌唱は延々と続く。前日の客出しの曲に「怨み節」を演奏していたので、贅沢だとも勿体ないとも感じていたが、実はこの日のリハーサルも兼ねていたようであった。

この後、延々と映画祭プロモーション映画や、ルチャドールのジョージ・ウォリアーのトークや短編映画上映があったのも、これまでどおりである。

●さあ、池島ゆたか監督と山口玲子さんが舞台に登場だ!
「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」(「淫乱なる一族」)2部作の紹介を兼ねて、前に私の「ピンク映画カタログ」を引用したが、ここでちょっと補足をしておきたい。この映画の公開は2004年で、主人公の男は平川直大さん、彼がパラレルワールドで結婚する女性は、「第一章」が矢崎茜さん、「第二章」が山口玲子さんだ。

ややこしいが、アメリカでは「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」が「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」であり、「淫乱なる一族 第一章 痴人たちの戯れ」が「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」なのである。これも前述したが、パラレルワールドものなので、どちらを先に観ても、全く問題ない。この映画祭では米題に則って1→2の上映順となった。

さあ、いよいよ池島ゆたか監督と山口玲子さんの晴れ舞台だ。玲子さんはスピーチで、「この映画で私が演じたのは、SEXに夢中な女です。朝、起きたらSEX!ご飯を食べたらSEX!寝る前にもSEX!、SEX!SEX!SEX!の女です。」 とやる。妙齢の美女が「SEX!」を大胆に連発する開放的なムードに、場内に笑いの渦が拡がる。決して嘲笑や冷笑ではなく、奔放な女性に対する暖かい好意を持った哄笑・爆笑といった感じである。それを受けて池島ゆたか監督が、「これはコメディです!」一言で的確なコメントを出す。

●「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」二部作 上映開始!
かくして「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」(日本の「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」で山口玲子さんが主役の方)の上映が開始される。活発な山口玲子さんの色情狂ぶりに、場内は大爆笑の連続だ。夫をフラフラにさせ、父親を祖父を、ついには義妹までレズに引き込む淫乱三昧には、もはやエロを大きく飛び越えたカリカチュアを観ているのだろう。観客は老若男女とバラエティに飛んでいるが、椅子からズリ落ちかねない勢いで笑い転げる。

池島ゆたか監督の「これはコメディです!」の宣言は、正に的を得ていた。山口玲子さんが、明らかに造り者歴然としている男根を、ボカシの中で巨乳に挟みこみ、パイ擦りしながら時にパンパンパンと叩く。男共はヒーヒー言って悶える。これは、完璧にギャグとして見るべきなのだ。ロスのアメリカ人老若男女の反応は、全く正しい。

このように観てくると、日本では特殊な色眼鏡で見られているピンク映画は、全く普通の映画ではないかということだ。いや、これまで本映画祭に招待されていた「グラインドハウス」「ガラクタおもちゃ箱」的な映画に比すれば、遙かに水準の高い映画だということでもある。

日本の専門館の実態を見れば、ピンク映画に偏見があるのも無理はない。まずは館前を賑々しく飾る目いっぱいエッチなポスター群、場内に入ると痴漢・ゲイ・女装趣味・風俗嬢アルバイトまで乱舞する都会のジャングル、ピンクがまともな映画として観られないのも、止むを得ないところだ。しかし、ロスの老若男女の幅広い観客層の中で、ピンク映画を観ると、全くそれが偏見のなせる技だということがよく判る。私がロスの空気の中でピンク映画を観ることによって、最も大きく得た収穫はそれであった。

「淫乱なる一族」を日本で観た時は、そんな風に息を殺したエッチで隠微な専門館の中だった。観方が全く違うではないか!もちろんピンク映画の中には、エッチなムードで息を潜めて浸る映画もあるだろうが、ひっくり返って馬鹿笑いする映画も、少なからずあるのだ。私は、最近ピンク専門館で、その手の映画に出会った時は精一杯の哄笑をする。でも、場内は隠微に息を潜めた雰囲気に満たされたままだ。残念なところではある。

「ピンク」という色についても、日本には偏見があるが、ロスでは単なる色の一つに過ぎない。池島ゆたか監督の「ミスター・ピンク」なる象徴的ニックネームも、ここではごく自然に受け入れられているのだ。

色のイメージについては、お国柄のちがいがかなりあるそうだ。いつの冬季オリンピックだか忘れたが、日本選手団が行進途中で艶やかにユニフォームを翻して、パープル一色になった時、場内に異様などよめきが湧いたことがあった。その開催国では、パープルの裏の意味に「ゲイ」の含みがあったそうなのである。

「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」の上映に入る。(しつこく繰り返すがこれは日本での「淫乱なる一族 第一章 痴人たちの戯れ」である)こちらの方は、池島ゆたか版「ソドムの市」とも言えるハードな残酷映画で、笑いとは程遠い。ロスの観客も息を潜めて、地獄絵巻に引き込まれているような感じである。売人の男が麻薬を腸内に納めて密輸し、浣腸を受けてそれを排出するシーンでは、場内に「ウーッ!」という異常な喚声まで湧きあがった。アメリカ人の、ノーマルな人がゲイに対する特殊な感情は、次の日の「TWILIGHT DINNER」上映プリントに伴うエピソードで、思いを新たにするのだが、それは後述する。要は、男のアナルはかなりタブーに近い世界のようだ。

私としては、ロスでの「淫乱なる一族」二部作は再見だが、「ピンク映画カタログ」の引用でもわかるように、改めて観てもやはり「第二章」の方がダントツに面白かった。これについては「allusion」さんも同感のようだった。「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」が、「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」の「1」としてまず紹介されたのは、正解だったと思う。変な話、「第二章」が販売ランキング1位になったり、「TIME」誌で好評を得たからこそ、やっと「第一章」アメリカ公開の道筋がついたのではないだろうか。

●池島ゆたか監督からの日本のピンク映画の実態の紹介
「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」二部作上映終了後、池島ゆたか監督のトークショーに入る。「PINK EIGA INC」の積極的紹介で、日本の「PINK EIGA」に対するロスでの関心は大いに高まっているが、ピンクの実態をアメリカ人は全く知らない。池島ゆたか監督から、「PINK EIGA」は、日本では特殊な存在であり一部の専門館でのみ上映されること、基本的にハードコアではなく、男根などは造り物であることなど、日本の者にとっては周知の初歩的レクチャーがなされる。

撮影日数の話題が出る。「ピンク映画は、基本的に3日です」との池島ゆたか監督の弁に、会場内にどよめきが起こる。そして、「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」については、会社から短期間で二本できないかと提案があり、パラレルワールドを構想して、シーンで共有できるものがあったから、二本で撮影は5日でしたと池島監督が答えると、場内にはさらにどよめきが高まった。その短期間撮影とそれに反しての映画の水準の高さは、アメリカ映画界の常識の外の外ということなのだろう。

当然、製作費は?という問も出てくる。実はこれについては、すでに先立って我々日本人集団も話題にしていた。ピンク映画製作費は知る人ぞ知る300万円である。「でも、そんなことアメリカで言っても、誰も信用しないよね。300万$と思うだろうし、300万$でもビックリするよね」と私。「監督、300万円の低予算は、いくら何でも言わない方がいいですよ」と「allusion」さん。

ということで、池島ゆたか監督は製作費の質問については、一拍置いて「さあ、あまりにも安過ぎるので、恥ずかしくて言えません」とかわしてみせた。この対応、案外ミステリアスで良かったかもしれない。

●さあ、パーティーだ! でもここでもカルチャーショック!
映画祭二日目も、池島ゆたか監督をメインに盛会に終了した。そして「PINK EIGA INC」全社を解放してのパーティーに突入である。映画祭参加者は、三々五々ビバリーシネマから「PINK EIGA INC」へと、続々と向かう。私も、土地勘のある「allusion」さんにヘバりついて歩いていく。この時に及んで私は、やっとモーテルとビバリー・シネマと「PINK EIGA INC」との位置関係を、完全に把握したのであった。「ドラゴン・リー」さんに至れり尽くせりの車両送迎を受けていたからであるが、この体たらくである。

パーティーが始まる。応接室はもちろん、オフィスから編集室から、その他すべてを解放しての大パーティーである。後日に耳にしたところでは、300人位の参加だったそうだ。アルコールは豊富である。ホットパンツの美人が何人も回ってきて、「ヘーイ!ビアー?ウィスキー?」と、頻繁に呼び掛けてくる。チップ目当てということもあるのかもしれない。私は1$札の残りを心配したが、旅慣れた「allusion」さんの言によると、最初はチップを出すにしても、後はそれ程に気にしなくてもいいそうだ。

アメリカのチップ社会というのは、今回初めて知った。モーテルでも「桜井音楽事務所」さんから、ベッドメーキングの人のため枕元に1$置いておくように、アドバイスを受けた。前のヨーロッパ旅行の時に、添乗員さんからトイレのお掃除おばさん用のチップのために小銭を用意するように言われたことを紹介したが、欧米は本当にチップ社会のようだ。

このパーティーで意外だったのは、つまみがほとんど無いことだった。アルコール飲料を出すカウンターの所に、ナッツなどのバケットが申し訳程度に置いてある位だ。でも、ヤンキー諸君!そんな状況の中でビールやウィスキーをグビグビ空けていく。ここでもそのパワーに圧倒されてしまう。

私は言葉が全然駄目であるし、つまみが無いとあまりアルコールは進まない人間だ。つまみ無しでビールを2本もラッパ飲みすれば、もう十分である。「allusion」さんは、もともとアルコールはほとんどいただかない。そこで二人で示し合わせ、頃合いを見てモーテルに引き揚げることにする。

そんな時に、ホットパンツ美女が「ヘーイ!ビアー?ウィスキー?」とまた声を掛けてくる。私は「ノー、サンキュー」と手を振る。ところが、いくらも経たないうちに、ビールがまた1本届けられる。「allusion」さんの言によると、どうも手を振ったのがいけなかったらしい。「ノー、サンキュー」の意思表示をした時は、親指を下に向けなければ不正確になるそうだ。確かに、私が手を振った時は親指は上に向いていた。所変われば品変わるということだ。といって例によっての勿体ない精神、「allusion」さんにはお待ちいただくことにして、私がもう1本ビールを飲み干すことに相成った。残り少なくなってきたところで、またホットパンツ嬢が「ヘーイ!ビアー?ウィスキー?」やってきた。今度はしっかり親指を下に向けて「ノー、サンキュー」とやったのでした。

●祭りの終わりが近付く 「桜井音楽事務所」さん帰国
9月26日(日)の朝が明ける。21日(火)に日本を旅立ち6泊8日の長い長い旅程だと思っていたが、過ぎてしまうとアッという間だ。もう明日は帰国の途につくのだ。

仕事の都合で1日早い帰国となる「桜井音楽事務所」さんの方は、せっせと荷造りの真っ最中だ。昨日のパーティーの顛末についてお聞きする。明け方近くまでの盛会だったそうだ。池島ゆたか監督は乗りまくり、「桜井音楽事務所」さんも最後までつきあったそうである。つまみ僅少、ほとんどアルコールのみのパーティーで、よくそこまで持つものだ。アメリカ人のパワーと、それ以上に監督のパワーに仰天した。アルコールはあまり召し上がらない「桜井音楽事務所」さんが、それにつきあったのも驚異である。

そんな雑談をしながら、私はシャワーを浴びた後、昨日の余りのサンドイッチと、「桜井音楽事務所」さん御好意持ち込みの大袋つまみを頂戴し、またまたビールを空けてしまう。「桜井音楽事務所」さんはタクシーを手配し、チェックアウトして空港へ、私は部屋に一人取り残される。祭りの終わりの感慨が、ヒシヒシと全身を包んでくる。

今日の最初のプログラムは、12時30分の開始である。12時頃に部屋から出たら、これも部屋から出てきた「allusion」さんにバッタリ遭遇し、連れだってビバリー・シネマに向かう。結局、この日も私は、すべて「日本語バリヤー」の中だったわけだ。

●日本語堪能な品のよい熟年夫人現れる その正体は…。
「allusion」さんと二人で、ビバリー・シネマのロビーに入ると、熟年の品の良い夫人が、「私、日本語わかります」と流暢に話しかけてくる。ご主人が日本人で、日本の京都とかに長期間暮らしていたこともあるようだ。「allusion」さんが「私は北村です」と名乗ると、「オー、私の主人も北村です」と、素敵な偶然となった。

「allusion」さんが名刺を出す。本名は「北村孝志」である。ここでさらなる超偶然が判明する。「オー、私の息子の名もタカシです」となる。これで、すっかり話が弾み、「allusion」さんが「日本に来たらご家族に宿を提供します」とのことにまで発展した。「allusion」さんのマンションには、共用のVIPルームがあり、そこを確保できるそうなのである。かくして、ロスの映画祭は思いがけぬ国際交流!の場ともなったのである。

この話には、さらに続きがある。この日のプログラム「VAMPYRES」上映に先立ち、ステージの下にテーブルがセットされる。主演女優のサイン会が開催されるのである。すると、何と先刻の熟年貴婦人がその席に向かうではないか。一瞬???…という感じになる。

「VAMPYRES」は、イギリス=スペイン合作、70年代半ばの吸血鬼物のカルト的名画だそうだ。入口では若い美女がアップになったチラシも置いてあった。つまり、この熟年貴婦人、この美人女優の現在だったということである。なるほど、体型も太目になったし、皺も増えているが、よく見ると面影が残っていないでもない。「allusion」さんは、早速チラシ片手に、サインの列に並んでおりました。

これまでも感じてきたことだが、確かに西洋人は老いが顕著に出る。この後に池島ゆたか監督の俳優としての出演作「S&M HUNTER」(日本初公開タイトル「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」)が上映されるが、1986年作品で、主演の早乙女宏美さんが23歳の時の作品だ。早乙女宏美さんは、私の活弁修行仲間として身近でおつきあいさせていただいているが、はっきり言って21世紀の現在でも、この映画の頃と顔も体型もほとんど変わっていないのである。日本人としても例外の特別な存在なのかもしれないが、もし、早乙女さんがこの会場に現れたら、まるでタイムスリップが起こったみたいにどよめきが起こるだろう。映画も大受けに受けたし、ホントに早乙女宏美さんに見せたかった。是非、この映画祭にゲスト参加してほしかったと、思う次第である。

●この日も賑やかな前段が延々
例によってこの日の最初の招待作品「VAMPYRES」の上映がすぐに始まるわけではない。恒例のルチャドールのジョージ・ウォリアーのトークショーと楽しい短編の上映あり、プロモーション・ムービーでの「boobs!」ブルンブルンの乱舞ありといった具合だ。

観客賞投票用紙に掲げられていた「VERTICAL LINES(Music Video)」の一編なのだろうか。「3D boobs」なる珍品も上映される。3Dといっても、現在のハイテクのそれではなく、片目ずつ赤と青のセロファン眼鏡で見る立体映画の呼び名がふさわしい古典的3Dだ。回りを見渡したら、みんな眼鏡を片手にしている。「allusion」さんと私は、入口でもらい損なったみたいだ。

ロビーに引き返し、ミス・アイリーンにお願いしたら、一つしか残っていないという。観客全員に行き渡らない数しか準備しないあたりも、この映画祭のラフな大らかさが感じられ、むしろ微笑ましい。映画そのものはダンサーがセミヌードで巨乳をブルンブルンさせて踊るだけの他愛のないものだ。「allusion」さんと私は、交互に眼鏡を回したが、それ程気合いを入れて観る程のものはないご愛嬌ムービーだった。

また、これも観客賞投票用紙に掲げられていた「SAFETY FIRST(short)」の一編なのだろうか。言葉が解らなかったので、内容はほとんど覚えていないが、言葉のない映画で、男女二人で音声をつけていた。アメリカ版活弁の掛け合いといった感じである。

予告編も何十本となく連続上映された。今後ビバリー・シネマで上映予定の作品群なのか、コラージュのアンソロジー映画なのかは、私は言葉が解らないので定かでない。いずれにしても、猟奇・怪奇・残酷・半裸の巨乳美女の絶叫・血しぶき・怪物!のオンパレード、タランティーノ好みの「グラインドハウス」ムード満杯だ。私が判別できた映画は「トレマーズ」一本程度だった。まあ、日本では未公開かDVDスルー程度のB級ガラクタおもちゃ箱の作品群といったところだろう。

●またまた「グラインドハウス」の乗りの「VAMPYRES」
ようやく「VAMPYRES」が上映開始である。二人の美女の吸血鬼が館に次々と犠牲者を引き込み、ヴァンパイア・ハンターがそれに対抗するシンプルなヴァンパイアものなので、言葉が解らなくても、おおよその内容の見当はつく。この後の会のプログラムで池島ゆたか監督の「TWILIGHT DINNER」が控えているので、この日は「ヴァンパイア大会」といったところなのだろう。

驚いたのは「VAMPYRES」のプリントのひどさだった。カラーがほとんど褪色し、モノクロと大して変わらなくなっており、雨もザーザーといった具合の画像である。国際映画祭に招待されたんだから、ニュープリントくらい用意しろよ!と言いたいが、これも「グラインドハウス」の雰囲気の盛り上げの一環なのかもしれない。

なお「VAMPYRES」は、日本ではすでにDVDスルーで発売されているとの情報も、小耳に挟んでいる。

12時30分からのプログラムはこうして終了し、16時からの回は、いよいよ池島ゆたか監督以下の授賞者の表彰式と、「TWILIGHT DINNER」「S&M HUNTER」の連続上映、そして日本人ゲストの表彰式とトークショーだ。本日の山場である。仕事の都合とはいえ、この朝帰国しなければならなかった「桜井音楽事務所」さんの痛恨の想いを、改めて実感する。

ただ、気をもたせるつもりは全くないが、ここで16時からのプログラムのレポート前に、2題ほど寄り道をお許しいただきたい。

●閑話休題その1 「超いんらん 姉妹どんぶり」へのリベンジ
前にも紹介したが、「TWILIGHT DINNER」(原題「月光の食卓」)の日本公開タイトルは、監督自身もウンザリした「超いんらん 姉妹どんぶり」というとんでもないものである。姉妹を装ったヴァンパイアが性の魔力で男を落し込んでいく話なのだから、嘘は言っていないにせよ、あまりにもひど過ぎる。

今年2011年早々のゲリラツァーで、池島ゆたか監督から、原題と公開タイトルについて、興味深い話を聞いた。池島ゆたか監督作品100本記念映画に「NEXT」がある。池島版「8 2/1」であり、2008年ピンク映画大賞ベストワンの傑作だ。この公開題名も「超いんらん やればやるほどいい気持」と、とんでもないものである。ところが、これは監督自身の命名なのだそうだ。

話は、ピンク映画の公開タイトルは、エッチな言葉を羅列しても必ず内容に即しているけれど、「NEXT」だけは何の関係もないですね、と私が言ったことから始まった。池島監督が製作秘話を教えてくれたのである。

新東宝のプロデューサー福原彰さんに、池島監督がダメ元で100本記念だから「8 2/1」みたいなものをやりたいと提案した。ところが、福原プロデューサーは、多くの脚本作もあり、監督でも光る才能を見せる意欲的な人で、それに乗ってきた。だが、最後の最後で企画は暗礁に乗り上げる。この内容では、題名のつけようがないということなのだ。

そこで池島監督の頭に浮かんだのは、「月光の食卓」の時によい思いをしなかった「超いんらん」の言葉だった。「超いんらん やればやるほどいい気持ち」でいいじゃないかと提案して、企画は動き出すのである。「超いんらん」は「ピンク映画」の象徴であり、「やればやるほどいい気持ち」には、100本になってもまたまだ映画を撮り続けたいという想いが籠められているという。なるほど、そういうことだったのか。池島ゆたか監督の「月光の食卓」の悪題への想いは、ここで見事なリベンジを果たしたのである。

それにしても「超いんらん やればやるほどいい気持ち」とは、凄まじいタイトルだ。ピンク映画大賞のプレゼンターの日高ゆりあさんもこの年の授賞式で、「あの…超いん…」と口ごもっていた。でもそこは相方の池島ゆたか監督の力量、「日高!恥ずかしそうに言うから恥ずかしくなるんだよ!いいか!節をつけて!」と、手足を踊るように振り「超いんらん!やればやるほど!いい気持ち!」とやってみせた。ゆりあさんもそれに倣って楽しそうに、「超いんらん!やればやるほど!いい気持ち!」とリズムをつけて口にした。この後も何度か、この映画の題を口にする局面があったが、日高ゆりあさんはこれで乗り切った。案外、楽しそうで可愛らしかった。これも池島ゆたか監督の演出術と言うのだろうか。

●閑話休題その2 ピンク日記からピンク映画カタログへの道
映画祭のレポートに先立って、上映作品の紹介を兼ねて「淫乱なる一族」二部作と同様、「超いんらん 姉妹どんぶり」「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」の2作品についても、私の「ピンク映画カタログ」のレビューを引用したい。今回の二作品のレビューは、前に比してかなり長いものになる。実は「淫乱なる一族」は、正確には、「ピンク映画カタログ」ではなく、「ピンク日記」からの引用なのである。ここでは、「ピンク日記」から「ピンク映画カタログ」への道程を、ちょっと紹介してみたい。

私が平成ピンクを、積極的に観だしたのは2000年末頃である。青春時代は、若松プロ作品などを中心に観ていたが、ピンク映画はしばらくご無沙汰だった。そんな私が、ピンク映画をまた観始めたのは、ひょんなことから「映画芸術」誌に、「サラリーマンピンク体験記」の連載を執筆する機会を与えられたからだ。ピンクフリークではない映画好きの目線で、ピンク映画を語ってほしいとの主旨である。

とはいっても、膨大なピンク映画群、どこから手をつけていいのかさっぱり分からない。編集部の窓口の人のレクチャーを受けながら鑑賞を重ねていくうちに、その魅力にどんどんハマっていった。

問題は、ピンク映画のタイトルは、どれも同工異曲のエッチな言葉の羅列、少々時間が経過すると、どれがどれやら判らなくなってしまうことである。そこで、鑑賞後はすぐにメモを残す習慣をつけた。折角のメモだから、その都度窓口の編集部の人にも送付した。それを元に、執筆のポイントなどのアドバイスに繋がれば、一石二鳥にもなると思ったのだ。

編集部の人から、折角だからこのメモを残すことにしましょうとの提案があり、「ぼくら新聞・13号倉庫のHP」主宰者の「13号倉庫」さんを紹介してくれた。かくして、2000年から「ぼくら新聞・13号倉庫のHP」の1コーナーとして「周磨要のピンク日記」がスタートしたのである。当時は、ピンク風俗ゾーンの探訪日記みたいなものと早合点して、いいことしてるみたいですね、なんて声をかけてくる人もいた。

2004年まで、足掛け4年を経て季刊誌「映画芸術」の連載「サラリーマンピンク体験記」は、11回を数えて終了となる。しかし、連載の有無に関係なく、この時期になると私は、ピンク映画の魅力にドップリとハマり込んでいた。

「周磨要のピンク日記」は前述したとおりメモに近いものであり、一作品への言及は極めて短いものがほとんどであった。合間にビンク以外の映画の話題も織り込んだりしていた。翌2005年から、「13号倉庫」さんと打ち合わせの上、「ピンク日記」は「周磨要のピンク映画カタログ」として、データ性を充実して、一作品に対しても次第に長い記述になっていった。そして、ピンク映画以外の話題は、「周磨要の映画三昧日記」の別コーナーを立てることになったのである。

これから「ピンク映画カタログ」から引用する「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」と「超いんらん 姉妹どんぶり」が、「淫乱なる一族」二部作に比して極めて長文なのは、そういう事情である。

●「超いんらん 姉妹どんぶり」 「ピンク映画カタログ」からの抜粋
2010年7月22日(木) ●お蔵出し

「超いんらん 姉妹どんぶり」 1998年公開
監督・池島ゆたか  脚本・五代暁子  主演・水原かなえ,吉行由美

「PKの会」の「お竜さん」DVDコレクションからの貸出しである。1998年ピンク大賞で、作品・監督・脚本・女優・新人女優の各賞を総なめした折り紙付きの一本だ。ちなみに9月のロサンゼルスの映画祭に招待を受けている一本でもある。シナリオ・タイトルは「月光の食卓」だ。

ここで9月の映画祭の概要について紹介しておこう。ロサンゼルスにクエンティン・タランティーノが所有している劇場で、9月24日(金)〜26日(日)で映画祭が開催され、そこに池島ゆたか監督が招待される。映画祭タイトルは、何と!「おっぱいと血の映画祭」、タラちゃんムード横溢である。4本が招待され、その中の一本がこの「超いんらん 姉妹どんぶり」(月光の食卓)だ。

「淫乱なる一族」二部作(「第一章」「第二章 絶倫の果てに」)も一挙公開される。私はこの「ピンク映画カタログ」で、「第二章」をパゾリーニの「テオレマ」になぞらえたが、アメリカの世評では、「第一章」が「テオレマ」、「第二章」は「ソドムの市」なんだそうである。(注・この記述は私の誤認でした。私も第二章、すなわちアメリカでいうところの「第一章」を、「テオレマ」になぞらえておりました。ああ、ややこしい!)

そして、最後の一本が池島ゆたか出演作として、「地獄のローパー」が選定された。この映画はアメリカでカルト的な人気を集め、DVDもロングセラーだそうだ。映画の原点の極限を行く命懸け10mクレーン全裸宙吊りを見れば当然とも思う。私の活弁修行仲間の若き日の早乙女宏美さんの主演作である。何という素晴しい招待作群であることか。しかも、どれを見てもタラちゃん好みにピッタリ。この線で、他の国からはどんな作品が集まるのだろう。楽しみの限りである。

ということで「超いんらん 姉妹どんぶり」(月光の食卓)である。冒頭から、バスルームの東麗菜の全裸血まみれ死体の登場だ。そして、逮捕された佐々木共輔の取り調べのシーンへと連なる。取り調べの刑事コンビは佐野和宏と神戸顕一という味のある顔触れが並んでいる。佐野和宏は俳優として多くの出演作で好演しているが、ピンク映画界の巨匠監督でもある。神戸顕一は、最近はあまり顔を見なくなったが、この当時は代表的ピンク映画男優で、一時期にピンク映画大賞では池島ゆたか監督と、漫才風なやりとりで進行を努めたこともあった。

信じられない話だけれど聞いてくれと、殺人犯の佐々木共輔の、取り調べ室での告白が始まる。最初に、近くに引っ越して来た吉行由美と水原かなえの姉妹と知り合った。姉の吉行由美は、精力的なワインのセールス・レディ。妹の水原かなえは陽の光に当たれない病を持ち、姉に養われている存在だ。佐々木共輔は、はかなげな美しさの水原かなえと恋に落ちる。その後、吉行由美にも誘惑され唇を噛まれた。男と久しぶりだったので、興奮してしまったと言い訳をするが、それ以後、佐々木共輔の体調に変化が訪れる。女でも男でも求める好色体質になり、人の血も求めるようになったのだ。姉妹は、いつしか引っ越して消えるが、家主に聞いても、そんな人はいなかったというミステリアスな顛末である。その果てに至った殺人だというのだ。

ここまでくれば、大方の人は予想できるだろうが、この二人はヴァンパイアである。90日毎に住居を変え、吸血により自らの種族を増やしては、街を転々としていく。吉行由美と水原かなえは姉妹ではなくレズ関係にあり、生活力のある吉行が虚弱な水原を従えて旅をしているという構図である。佐々木共輔との関係でも、ついに水原かなえは、彼の血を吸うことはできなかった。最初の濡れ場で、「唇だけは駄目」と拒否するのが、後の吉行由美と佐々木共輔との濡れ場の巧みな伏線となっている。二人のレズ関係も併せて、ピンク的ネタを巧みにヴァンパイアに連動させていく監督・池島ゆたか=脚本・五代暁子コンビは、ここでも達者だ。

佐々木共輔の告白による回想の延長で、ヴァンパイアとしての二人だけの世界が描かれるあたりは、やや構成に乱れがある。これは、佐々木共輔が認識していない世界のはずである。もう一つ苦言を言うと、この映画にヴァンパイアものとしての新たなオリジナリティは、ほとんどない。ヴァンパイヤになると、女でも男でも求め好色漢になるというのが、ピンク的にユニークなアイディアと思う人もいるかもしれないが、これは半村良の泉鏡花賞授賞の伝記SFの傑作「石の血脈」で、壮大に展開されている世界だ。

むしろ、この映画の素晴らしさは、ストーリーよりも描写の力にあるだろう。黒のマキシコートに身を包み街をさまよう吉行由美と水原かなえの佇まいは、異世界の住人ヴァンパイアの雰囲気を横溢させる。特にスレンダーな体型の吉行由美が良い。唐突な比喩を出せば、縞の合羽に三度笠がピッタリの、市川雷蔵の股旅物の佇まいに通ずる。水原かなえと佐々木共輔の濡れ場を、首の無いマネキンの陰からソッと覗き見る吉行由美の立ち姿は、鬼気迫る凄みがあった。

前述した首のないマネキンだが、なぜか二人の部屋のインテリアとして置いてある。これが奇妙に魅惑的なのである。そして、そのインテリアを捉える照明・撮影が、実に陰影に富んでいて素晴しい。「市民ケーン」や「第三の男」を観て、「映画とは光と影の交響楽だ」と評した人もいるが、そうした映画の原点に通じる魅惑が、この映画には溢れている。

水原かなえと佐々木共輔の最初の濡れ場は、部屋の全景を捉え、左に首の無いマネキン群、右にベッドで全裸でからむ二人という味わいの深い構図だ。その後の吉行由美と佐々木共輔の濡れ場は、彼がテーブルの上に外して置いたサングラスに映るという凝った映像で展開される。当然ながら同じ濡れ場が二つ並んで、サングラスの両眼に投影される。撮影には相当苦労したと思う。また、時々インサートされる夜景の空に浮かぶ赤い月も、この映画をファンタスティツクに盛り上げている。これらの美術・照明・撮影が、この映画の最大の魅力だろう。

回想の中で描かれる東麗菜が佐々木共輔に殺害されるシーンは凄惨だ。東麗菜はスナックのウエイトレスで、かねてから佐々木共輔に想いを寄せていた。ヴァンパイヤ姉妹に去られ、好色をもてあましていた佐々木共輔は、当然彼女とラブホでベッドインとなる。その後は浴室での戯れ、激しいクンニリングス、その時東麗菜に生理が来てしまう。ヴァンパイヤとしての佐々木共輔の血に火がつく。激しく女の下腹部を噛み破って、血を吸いつくしていく。この強烈さは、私が最近見たカルト的名作と言われている「暴行切り裂きジャック」の凄まじさにも、十分拮抗していた。(「映画三昧日記−10」の7月4日に、私が「暴行切り裂きジャック」を「日本映画史に聳える異形の傑作」と記しているので、よかったら寄り道してください)

男と男のゲイ描写がタップリとネチっこいのも、この映画の特色と言えるだろう。ゲイポルノかと錯覚させるくらいだ。佐々木共輔との濡れ場を激しく展開するのは清水大敬、ピンク映画界では監督でもあり、小劇団でも演出・俳優で活躍しているベテランである。場面に気合いが入って当然で、この映画の製作サイドも気合いを入れている部分ではないか。この傾向はラストの落ちにも繋がる。

取調室ですべての告白を終えた佐々木共輔は、医師を呼んで診察してくれるよう懇願する。佐野和宏の刑事は、アッサリ承諾し、もう一人の刑事の神戸顕一に医師を呼びに行かせる。佐々木共輔は、診察されるのは体の方ではなく、精神科医が来て一生病院に幽閉されることを覚悟する。

二人きりになった部屋で、佐野和宏は奇態な行動に出る。公務中の取り調べ室にもかかわらず、ポケットボトルでウィスキーを口にする。そして言う。「病院といっても、心配することはない。我々の種族が運営している。我々の種族も最近増えていてね」そう語りながら彼は佐々木共輔に、口移しをする。注ぎ込まれるのはウィスキーではなく血であった。男と男の下が血塗れになって激しくからみあう。ここもゲイポルノを思わせるネチっこさで、エンドとなる。

繰り返すが、ヴァンパイアものとしての新味は特にはない。しかし、全編にわたっての素晴らしい演技・美術・照明・撮影、クライマックスの狂気のエロスとバイオレンスの炸裂、さらにゲイポルノ的サービス(ノーマルにとっては気色悪いだけにしても)も含めて、これはやはりピンク大賞ほぼ全部門を総なめにした作品だけのことはあった。ロサンゼルスの地での「おっぱいと血の映画祭」で、クエンティン・タランティーノはどんな反応を示すだろうか。

●「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」 「ピンク映画カタログ」からの抜粋

2009年3月11日(水) [シアター]イメージフォーラム
「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」 (新版改題「SMクレーン宙吊り」) 1986年公開
監督・脚本・片岡修司  主演・早乙女宏美,下元史朗

23歳の早乙女宏美の弾けるような肌に縄がからみつく。ピチピチした胸の膨らみが亀甲縛りで強調される。股縄が激しく喰い込む。そんな姿で、地上からクレーンで吊り上げられていく。20mもあるだろうか。ギリギリ、ギリギリ、上昇する。それがワンカットでしっかり延々と捉えられ続ける。現在のCGを用いれば、見かけ上は、もっと過激なシーンはデッチ上げられるかもしれない。しかし、これはCGではない。

WWEプロレスでオーエン・ハートが、空中から入場するパフォーマンスで、アクシンデントが起こり墜落死亡した。だから、映画「地獄のローパー」で早乙女宏美が挑んだのは、命懸けのパフォーマンスだ。縄目がゆるんだら、あるいはクレーンにアクシデントがあったら、一命を取り落とすのはまぎれもない事実だ。この縛りクレーンは、フィクションの中の1シーンだ。しかし、この命を掛けたパフォーマンスは、断じてフィクションではない。映画というのは、生身の現実をドキュメントする時に、とてつもないパワーを発揮する。映画の魅惑の原点の炸裂が、ここに存在していた。それが「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」の魅力のすべてだ。後はどうでもいい。

と、言い切ってしまっては、ちょっとこの映画に対して酷だろう。それ以外にも、洒落っ気とナンセンスに溢れた楽しい一篇であるのは、まちがいない。[シアター]イメージフォーラム「WE ARE THE PINK SCHOOL! 日本性愛映画史 1965−2008」の1頁を、絶対に飾る作品であろう。

しかし、それにしては、映画界のデータの扱いがお粗末だ。イメージフォーラムのチラシによれば、この映画は「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」だ。ただし、劇場でも断り書きが貼り出されていたが、ニュープリントでの上映のために、メインタイトルは新版改題「SMクレーン宙吊り」である。(今回は催し物の特殊性から、これまでの「ピンク映画カタログ」の慣例に反し、あえて私も原題を全面に出した)そして、キネマ旬報決算特別号の1986年封切日本映画一覧表とPG.Web.Siteでのタイトルは、「緊縛・SM・18才」である。さらに、劇場に掲示されていた当時のポスターと思われるものには、「『地獄のローパー』より 緊縛・SM・18才」となっていた。本当のところは、旧プリントのメインタイトルに当たるしかないのだが、それはもはや不可能だろう。いずれにしてもピンク映画史の1頁を確実に飾るべきこの映画にして、データ的には、本当のオリジナルタイトルすら不明の体たらくは、残念な限りである。

映画は、「倒錯の館」を一人の男が訪れるところから始まる。案内役は若き日の俳優・池島ゆたか、サングラスでバチッと決めた二枚目ぶりである。SやらMやらスカトロやらの倒錯の数々を勿体ぶって仰々しく説明していく。何くわぬ顔で大真面目に駄洒落を交えているのが、何ともおかしい。大仰な音楽がこれにかぶさり、この人を食ったタッチは全編にわたっている。

訪れた男はSコースを選ぶ。しかし、男の女に対する暴力は、S趣味とはどこかちがう。池島ゆたかは、それは女への憎悪だと見抜く。実は、男は恋人を暴走族グループに拉致されて、恋人は性的凌虐を受けているという。それが、何故、女憎悪に結びつくかって?実は男はゲイで、拉致されたのは男の若者。暴走族は、男よりも強くあれと結成された女ばかりの集団だったとの、これも何とも人を喰った展開となる。

男がゲイであることと、そしてことの全体を見抜いたのは、調教師のこれも若き日の下元史朗、黒装束にドクロのイラストを書き込んだ眼帯で、ビシッと決めたダンディーぶりだ。女は憎むだけでは駄目だ。調教して従順にさせるべきだと語り、男の救出と、女暴走族の調教に腰を上げる。

一方、23歳の若き日の早乙女宏美は、男より強くなれとの主張に共感し、暴走族に入団を申し入れている。こちらはセーラー服姿で決めている。タイトルの「緊縛・SM・18歳」の中の「18歳」というのは、ここに由来しているのだろう。早乙女宏美の凄みある鋭い視線が印象的だ。

かくして、暴走族と調教師の抗争が始まる。暴走族メンバーは、次々と調教師の下元史朗の軍門に下る。こりゃないよと思わせるアクロバチックな凝った縛りの数々は、エロを越えてギャグの域に達し、笑いすら誘い眼を楽しませる。暴走族のリーダーは、下元史朗に恋をしてしまう。下元史朗は、大袈裟に聖書の一節を引用したりしながら、「俺はすべてのマゾヒストの女性のためにいる。君だけの男になるわけにはいかない」と、キザなセリフを連発するのも何とも楽しい。

リーダーの名前は真知子、真知子巻までして登場する。二人の別れの橋上のシーンは、完全に一世を風靡した大メロドラマのパロディだ。別れの記念に下元は「君の名は(君の縄)」と言って、女に縄を差し出す。ここに至るまで、さらに大仰な音楽がガンガン流れるのは、抱腹絶倒である。

かくして、ただ一人残った早乙女宏美と下元史朗の決闘となる。実は過去に二人は戦ったことがあり、早乙女宏美は下元史朗の片目をつぶしたが(その痕がドクロの眼帯だったのだ)、結局は犯されてしまったのだ。二人にとって、共に決着リベンジの時がきた。ナチスの戦闘服に身を固め決戦の場に臨む早乙女宏美が凛々しい。下元史朗はクレーン車を駆って決闘の場に向かっていく。

 この構成とキャスティングの大半は、前年1985年「逆さ吊し縛り縄」(新版改題「激しいSEX 異常愛撫」)を踏襲している。本作はその姉妹編といったところか。ただ、ゲイ男を入れて新味を効かせたり、クレーン吊し縛りなるブローアップの点で、明かにこちらの方が出来栄えは上である。1年間の進化といえようか。

最後の決闘で、早乙女宏美が下元史朗の残った眼を潰すが、盲目になっても下元史朗の神技的投げ縄は、鮮やかに早乙女宏美を拘束し,痛み分けに終わる。そして、冒頭に紹介した圧巻のクレーン吊し縛りに至るのである。それに続く盲目の下元史朗と縛られた早乙女宏美とのSEX、その憎悪を越えた愛欲の耽美世界に我々は圧倒され、映画は幕を閉じるのだ。

さあ、「TWILIGHT DINNER」(「超いんらん 姉妹どんぶり」−原題「月光の食卓」)「S&M HUNTER」(「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」)の2本は、ロスの空気の中でどう迎えられるのだろうか。本映画祭の、最後の山場が迫ってきた。
「boobs and BLOOD!  International Film Festival」の回想−6
「ヘーイ!ミスター・シューマ!ハウ・アー・ユー!」

映画祭、本格的開幕の朝
2010年9月25日(土)、前日のオープニングナイトを受けて、いよいよ本格的な映画祭幕開けである。本日のスタートは、12時30分「MEGA PIRANHA」だ。池島ゆたか監督を中心に、応援団の「桜井音楽事務所」さん、「allusion」さんと、私と、まずは応援団が終結する。とはいっても、連日の時差ボケがらみの疲れも含めて、行動は10時過ぎ、とにかく腹ごしらえである。

昨日、旅慣れた「allusion」さんが、ロス入り早々に食事したレストランに案内され、ブレックファーストとなる。私は、オーソドックスにベーコンエッグだ。何かウェイターに聞かれる。私は全く言葉が駄目なので、「桜井音楽事務所」さんに確認する。玉子は3個だが、スクランブルエッグか目玉焼きかと聞いているという。えっ!玉子3個!朝からそれかよ、やっぱりヤンキーの胃袋は半端じゃない。私は目玉焼きを希望する。でも、3つもあったら三つ目の怪人で、目玉焼きじゃないよな、ま、英語では「目玉焼き」って言葉じゃないんだろうが…。そんなショムないことを思いながら、私はスクランブエッグで注文した。

ということで、オーダーが目の前に運ばれる。ワッ!凄!玉子3個分のスクランブルエッグもさることながら、ベーコンも付け合わせのポテトの量も半端じゃない。さらにパン・コーヒーはお替り自由、でも、やっぱりパンだけは美味い。結局、パンの美味さに釣られて、副食も全て平らげてしまった。団塊の世代の勿体ない精神がここでも出てしまった。でも、コーヒーカップは、ちょっとした植木鉢みたいな巨大さ、さすがにお替りはノーサンキューだった。しかし、同好者の中には、コーヒーお替りをしていた人もいた。私の大食漢が、後日話題になったが、それは私だけではないですよね。

●「MEGA PIRANHA」 楽しいガラクタおもちゃ箱
12時30分、映画祭二日目の開幕だ。でも例によって、すぐ「MEGA PIRANHA」上映が始まるわけではない。バンドの演奏が延々と続き、開映はしたと思ったら前日の映画祭プロモーションフィルムの、まずは再映だ。

続いて、覆面ルチャドール(プロレスラー)、ジョージ・ウォリアーが登場する。昨日のマントにタイツといったレスラーのリングコスチュームではなく、今日はスマートにタキシードに身を包んでいる。ウォリアーは、この後の全番組の冒頭のトークショーに登場し、続いて主演の短編が上映された。そして、その都度衣装を変えていた。ルチャドールのコスプレ大会といった趣きである。トーク後に、ウォリアーが小悪党退治に活躍する短編喜劇アクションが、微笑ましい手造りの特撮の中で、チープに展開される。場内爆笑大受けである。スラップスティックの感じで、言葉が解らなくても楽しめてしまう。

あれやこれやで、やっと「MEGA PIRANHA」の上映だ。文字通りでっかいピラニアが暴れまくる映画で、言葉が解らなくても大体は理解可能だ。

南米と思われる国(上映後に「allusion」さんから、ベネズエラと教えられる)の河で巨大化したピラニアがジャンプしてきて、船上の米人政府高官と思しき人物が、水底に引き込まれ喰い尽されてしまう。本国のアメリカから現地の研究所に、調査依頼が飛ぶ。しかし、この調査隊は、なぜかベネズエラの軍隊に追い回され、真相究明が進まない。

ピラニアは、僅かな時間でどんどん巨大化する。巨大化しながら、河をどんどん奥地のジャンクルから都会へと下ってくる。普通は、水中に引き込まれない限り、ピラニアには襲われることはないのだが、このメガ・ピラニアはちがう。水面からジャンプして襲ってくるのである。いや、ジャンプどころかフライング・ピラニアといった凄さだ。

巨大化したピラニアのジャンプは、勢いあまって川岸の高層ビルに頭から突っ込んでいく。炎上噴煙する高層ビルに突き刺さったメガ・ピラニア、尻尾がピクピク動く。まるで9・11の貿易センタービルに激突したジャンボ機さながらである。でも、これってアメリカ人のトラウマを逆なでにしないんだろうか。

メガ・ピラニアは、どんどん巨大化しながら、川を下る。このままだと海へ出る。そして、今度はアメリカの川を遡りだしたら、いよいよ大惨事になる。アメリカの調査隊の役割は、ますます重要になってくるのだ。

こう書いてくると、みなさん大変な大パニックスペクタクルを想像するでしょう。しかし、画面の印象は全く異なる。CGはおろか、その前身のSFXの域にまで至らず、ブルーバック合成見え見えの手造り特撮に近いのである。こういう題材を21世紀に、こういう形で映画化する人がいるんかいなあと、天然記念物のように眺めたのであった。

中盤で、宙を舞って襲いかかるメガ・ピラニア群を、主人公が仰向けになってキックをかまし、蹴りあげて次々と撃退する。そんな馬鹿なという一幕である。調査隊の拠点の研究所にしても、外観はボイラー林立の、どう見たってロケ地は火力発電所だ。昔はこういう安普請の特撮映画を、我々はガラクタおもちゃ箱といって楽しんだ。そう、これは、懐かしのガラクタおもちゃ箱の再来なのだ。

いずれにしても、この大パニックはどう収拾されるのか。研究所では、ベネズエラ軍の妨害を切り抜けながら、大きなカプセル様のものを開発する。昭和「ゴジラ」第一作のオキシジェント・デストロイヤーの形態に似ている。水中に仕掛け、酸素破壊してメガ・ピラニアを絶滅させようというのだろうか。

メガ・ピラニアはついに海に出た。海水浴場はパニックとなる。ビキニの美女集団が襲われ、映画祭のタイトルにふさわしく、おっぱいと血が画面を覆い尽し…と、残念ながらそうはならない。低予算が見え見えで、にげまどう海水浴客の数もパラパラで、まあ見られる美女も、カメラ前で中継するニュースキャスター程度、それも別におっぱいをみせるわけでも、血が迸るわけでもない。

ここまででは、メガ・ピラニア殲滅作戦の全貌は、まだよく見えない。とにかく科学者集団は一匹のメガ・ピラニアにカプセルを咥えさせることに成功する。

メガ・ビラニアがひしめく海の上に、海兵隊のヘリが大挙してやってくる。潜水服姿のレインジャー部隊が、ロープを滑り降り、続々と海中に没していく。その途中でジャンプしたメガ・ビラニアに、パクリと飲み込まれる隊員もいる。拍手!爆笑!また拍手!このあたりのヤンキーの観客の乗りは半端じゃない。

海中に潜水したレインジャー部隊の狙いは、一匹のメガ・ピラニアが咥えたカプセル。メガ・ピラニア群の攻撃に対して射撃戦を展開しながら、カプセルにも銃撃を加える。ついに命中!その瞬間、カプセルはピラニアごと爆発し、血と肉片が海中飛び散る。たちまち血の匂いを嗅ぎつけた他のピラニアが、共食いで肉片に喰らいつく。肉片を頬張ったメガ・ピラニアは、次々と爆発し肉片と化す。かくして、すべてのメガ・ピラニアは、肉片となり海の藻屑と消える。

概ねの顛末は理解できたが、言葉が解らないので、いくつかの疑問が残った。ベネズエラの軍部が、アメリカの研究者に敵意をもって追ってきた理由である。そもそも、メガ・ピラニア大量発生の原因は何なのか。単なる突然変異なのか。アメリカの秘密兵器開発のミスによるものなのか。後者ならば、ベネズエラ軍のアメリカへの敵意もよく解る。

終映後、私は「allusion」さんにそのことを聞いてみた。そういう原因の解明は、作品中ではいっさい無かったそうだ。まあ、その程度のガラクタおもちゃ箱映画であり、そんな細部に目くじらを立てる作品ではないということのようである。

●映画祭の雰囲気が序々に見えてくる
オープニングナイト「SUICIDE GIRLS MUST DIE」の、ドッキリカメラの落ちといい、この映画祭の出品作の雰囲気が、序々に見えてきた。突っ込みどころ満載だが、うるさいことを言わずにそこを楽しむというのが、コンセプションのようである。クェンティン・タランティーノがこよなく愛する「グラインドハウス」の世界なのだ。

「桜井音楽事務所さん」と私は、そうと割り切ってこのガラクタおもちゃ箱を楽しんだが、王道の批評眼をモットーとする「allusion」さんにとっては、イマイチだったようだ。確かにこういうガラクタおもちゃ箱は、私のような東映チャンバラやB級西部劇から映画に入ってきた者は、童心に還って無邪気に楽しんじゃうが、文化・芸術的観点から映画に入った感のある「allusion」さんには、あまり単純に手放しで楽しめない世界であろう。

そんな観点で見ると、はっきり言って映画水準からいったら、招待作品9本の中で、日本のピンク映画4本は格段に高い。よくよく再確認すると、正体作品9本のうち4本が日本映画(ピンクは60分なので比重としては2本相当なのだろうが)、後はスペイン=イギリス合作が1本、残りの4本はアメリカ映画だ。これで、「International Film Festival」(国際映画祭)と銘打つのは、タラちゃん一流の大風呂敷と感じられないでもない。

私が類推するに、「PINK EIGA INC」の日本ピンクのプッシュがあり、それに乗ったタラちゃんが、どうせならそれを核にして国際映画祭の形をとろう!てなことではないだろうか。この映画は授賞者を5人表彰したが、その6人とは、まず、ロジャー・コーマンにクェンティン・タランティーノ、後の3人は日本人であることも、そのことを伺わせる。

ちなみにその日本人3人とは、日本からの今回の招待ゲスト3人である。「Yutaka Ikejima」が国際功労賞、「Reiko Yamaguchi」が最優秀女優賞、「Yumi Yoshiyuki」が最優勝ホラー女優賞だ。

日本ピンクの水準の高さを前述したが、ちなみに日本のピンク映画はアメリカでは「ポルノ」の範疇ではない。ポルノなら過激なものは無尽蔵で、日本のピンク映画の濡れ場描写などは、とてもポルノの範疇には入らないだろう。低予算の中で、性に関する意欲的なテーマを展開しているさしずめ「カルト」の領域なのだそうだ。これは、ピンク映画上映時の観客の反応で、はっきり我が眼で確かめるのだが、その件に関しては別項で後述したい。

まあ、自己所有の劇場の国際映画祭で、自分を授賞させるんだから、クェンティーノ・タランティーノことタラちゃんのいい気なお手盛りとも言えるが、グラインドハウス的な無邪気な乗りともいえる。タラちゃんは黒幕ではあっても、主催者は別なのだから、これはこれでいいのだろう。

そのタラちゃんであるが、期待したオープニングにも授賞式にも、クロージングにも結局姿を見せなかった。まあ、監督はもちろん、製作をしたり脚本を書いたり、映画祭を仕掛けたり超ご多用な方だから、一つの仕掛けに終わったら、次の仕掛けに走っているということだろう。タラちゃんの御尊顔拝謁を期待していただけに残念だが、致し方ないといったところだ。

●「メガ・ピラニア」 日本ではDVD発売がメイン
「SFマガジン」2011年1月号で、「メガ・ビラニア」が前年12月3日にアルバトロスからDVD発売されたことの紹介があった。製作は2010年、新作ながらCGもSFXにも頼らず、あえてチープな特撮に徹した作品であることが、再確認できた。当然ながら、その程度の作品だから、日本でもDVDスルーということである。

「SFマガジン」では、「低予算映画専門スタジオ・アサイラムによる巨大生物シリーズ。突っ込みだせば切りがないが、すごい勢いで飛び跳ねて街を破壊する超巨大ピラニアの姿には思わず笑ってしまう」 と、レビューされている。

今年に入ってシアターN渋谷で、その「ASYLUM祭−アサイラムってなんだ?!−」が3月〜4月にわたって開催される。「メガ・ピラニア」も1日だけ劇場公開されるそうである。

食料調達とモーテルでのくつろぎ
12時30分からの開幕で、「メガ・ピラニア」は93分だが、前述したように、バンド演奏やら、ルチャドールのジョージ・ウォリアーの短編やら、プロモーションフィルムやらが延々とあったので、終映は15時前後になっていた。次の回の「PREVERT!」開始の16時まで、あまり時間はない。ただし、ここまでの感じで、あまり作品をシャカリキになって追い回す必要もなさそうなので、吾等男性日本人集団4人は時間にこだわらず、池島作品上映の19時半までのんびり過ごすことにした。

まずは、昨晩の飢餓寸前に追い込まれた学習効果から、コンビニによって食糧調達をしておく。もちろん、池島監督と私の飲兵衛コンビは、ビールも大量にゲットする。モーテルの部屋が冷蔵庫備え付けでホントに良かった!と、これは飲兵衛だけの勝手な歓びである。

食料としてはサンドイッチを購入する。やはりアメリカ、これが「メガ・ピラニア」ならぬ超「メガ・サンド」、私は日本でNEW DAYSのサービス・サンドを愛用しているが、ここで並べたらサービス・サンドは超可愛〜いお子ちゃまランチにしか見えないだろう。この後もサンドイッチを何度か購入したが、一度に食べられる量ではなかった。冷蔵庫に収納して、何度かに分けて食したものである。もっとも、サンドイッチはビールのつまみにも兼用できるので、結構重宝したことも確かだ。

モーテルに引き揚げ、「桜井音楽事務所」さんの部屋に集合し、まずは腹ごしらえである。もちろん池島ゆたか監督と私は、「桜井音楽事務所」さん持参の大袋つまみをありがたくいただき、グイグイとビールを開ける。池島監督は、この後に取材の申し込みなども入っているようだ。食事終了して散会後は、適当に各自が映画祭会場に向かい合流することにする。

そういえば、アルコールをあまり召し上がらない「桜井音楽事務所」さんは、チョコケーキのパックを調達していた。これもアメリカ流、一つが大きく激烈に甘い!さすがの「桜井音楽事務所」さんもいくつか残して帰国することになった。帰国直前に、捨てるのは勿体ないから私が食べますよ、と引き取ってはみたが、この大きさと激甘には、私は半分食べてダウンした。結局、帰国直前にゴミ箱行きとなったのである。ここでも、巨大で大味なアメリカを感じた。そういえば、土産物として買ったチョコを、帰国してから私も口にしたが、やっぱりこれも超甘かった。

●日本語バリアーからの一瞬の離脱
適当な時間に、私はモーテルを出て、映画祭会場のビバリーシネマに向かう。ロスの道を一人で歩いていて、私は気付く。初めて、日本語が通じる者が傍にいる日本語バリアーから、離脱しているのである。結局、このバリアーを抜け出たのは、この後、ビバリーシネマで他の応援団と合流するまでの、わずかな時間だけであった。

でも、そう考えると、何となく不安になってくるが、別に大したことが起こることもない。ただ、信号にはちょっととまどった。ロスの信号の変化はとにかく速い。信号がいつ変わるかというのは、日本では点灯ランプの数で示したりするが、ロスでは手のマークが出て指を折って知らせるのである。追い立てられているようで、慌ただしくて仕方がない。しかも、手のマークは青信号に変わったと思ったら、いくらも時がたたず、すぐ出てくるのだ。

ある信号にいったら、いつまでも赤信号のままである。実はそこは押しボタン式信号であることに、気がついた。日本語バリヤーの中にいると、誰かが何となく対応しているから、そんなことにも気がつかないわけだ。ロスは通行人が少ないので、私がボタンを押さないと、永遠に青信号にならないことになってしまう。

よくよく見たら、広いメインストリートを横断する信号は、周期的に変わる自動式で、そこに交差するややせまい道路の横断は、押しボタン式であることに気がつく。こんなことも日本語バリアーに籠ったままでは認識できない。やっぱり、バリアーの中に籠ったままの海外旅行は、そこの空気を知るのにも限界があると思った。

ビバリーシネマのロビーに入る。陽気で情熱的な惜しい(?)メキシカン美女ミス・アイリーンが、早速人なつこく「ヘーイ!ミスター・シューマ!ハウ・アー・ユー!」か何か言って声をかけてくる。「オー!ハウ・アー・ユー・!あっちがった。アイ・アム・ファイン・サンキューか?」とブツブツ呟いて、まったく格好がつかない。「オー!ノー!イングリッシュ」とか訳の分からない応対をする。「オー!オー!ノー!ジャパニーズ、トゥー!」とか言って、アイリーン嬢が調子を合わせてくれる。

外国に行ったら、本当は日本語バリアーに引き籠らずに、こうしてバンバン片言でも何でも接して、慣れて行き、コミュニケーションを築いていくべきなのかもしれない。でも、我々の世代の多くはどうしても、こうした場には引っ込み思案になってしまうのだ。

国内だと若干強気? 閑話休題 「蛙の会」での外人さん体験
島国根性丸出しといおうか、外人さんに対しても、日本国内だと若干は強気になれるみたいだ。ちょっと寄り道をして、「蛙の会」での経験などを記してみたい。

「蛙の会」とは、マツダ映画社が主催する話術研究会の通称で、活弁と紙芝居の勉強会である。そこに、カナダだったかの紙芝居を研究している留学生2〜3人が、体験参加したことがある。中には、日本語が全く話せない学生もいた。

こういう時でも、グングン積極的になるのは、会の街頭紙芝居のエースにして将棋ライターを中心に、小説・エッセイなどでも活躍している湯川博士さんだ。終会後、留学生の皆さんを我々の反省会(要は飲み会)の居酒屋に誘う。もっとも、湯川さんは学生時代に米軍基地でアルバイト経験もあるらしく、英語は多少いける方である。

湯川さんは、舞台度胸のある人だが、言葉に関しても度胸満点で「単語を並べりゃ何とかなるよ」「流暢な相手の話し方にビビっちゃいけないよ。ブロークンでいいんだよ。かえって正統なキングス・イングリッシュに聞こえて、リスペクトされるよ」「知識レベルが低い層ほど、発音を崩すから聞き取りにくいね」そんな調子である。

日本国内ということもあったが、確かに片言で、結構コミニュケーションは成立した。「カナダでは紙芝居は、何ていうんですか?」なんて聞くのに、文法なんて考えても仕方がない。「イングリッシュ、ムービー。ジャパニーズ、エイガ。ジャパニーズ、カミシバイ。イングリッシュ?」「オー!イングリッシュ、カミシバイ、トゥー」か何か言って、彼等も「カミシバイ」と呼んでいることを知り、何とかいくつかのコミュニケーションは成立し、酒席は盛り上がったのであった。

そんな国内とは逆に、ロスでは完全に日本語バリヤーに引き籠っていた私であるが、池島ゆたか監督の眼にはロス映画祭を楽しく満喫したかに見えたらしく、「活弁さん、これで外国が病みつきになって、英会話教室に通い始めたりしてね…」なんて、冷やかされたものだった。ちなみに私のmixiネームは「活弁オジサン」、敬称をつけると「活弁オジサン」さんとややこしくなるので、「活弁」さんで通っている。

いや〜、そんな監督の言ですが、この歳になっていえいえそこまでは…ってな感じですね。それに、私は自分が楽しんでいる以上に、人から楽しく観られるらしい。写真なんかを観ると、俺、こんなに楽しそうなの、それ程でもないんだけどなあ、と感じることがしばしばある。でも、本当は片言でもいいから、日本語バリヤーから抜け出て、積極的にコンタクトしていった方が、世界は拡がるんだろうなあ。

●どうってことない「PREVERT!」
とにもかくにもビバリーシネマのロビーで、そんな会話にもならない会話をミス・アイリーンと交わして、場内に入る。17時前後だったろうか。このプログラムのスタートは16時だから、いかに前置きが長い本映画祭でも、さすがに本編の「PREVERT!」は上映開始され、中盤にさしかかっているようだった。

「PREVERT!」は、監督ではないが、ラス・メイヤーが関わっている作品とのことだ。言葉が不如意なので、ラス・メイヤーがどんな関わり方をしているのかは、解らない。ただ、映画そのものは、途中から観ても、言葉が解らなくても、何てことないしろものでしかなかった。

若者が旅の途中に、砂漠の中のモーテルに宿泊したら、そこで呪術師か何かに呪いをかけられてしまう。そして、男根が独立して動き出し、次々と女を襲っていくだけの映画である。男根がチープなCGでモソモソと動き回る。

ロスのタランティーノの劇場で、グラインドハウスのムードに浸って観るから、それなりの味わいがあるだけであり、映画的には全く二束三文だ。日本に来てもDVDスルーだろう。いや、すでにDVDスルーで発売になっているのかもしれない。

●「淫乱なる一族」2部作 「ピンク映画カタログ」からの抜粋
16時からのプログラム「PREVERT!」も終映し、いよいよ池島ゆたか監督の招待作「淫乱なる一族」2部作連続上映が控える19時30分のプログラムが近付く。ランチ、といっても15時頃に、巨大サンドとビールをしこたま飲食したので、全く腹が空かない。そのまま、19時30分のプログラムに雪崩れ込むこととする。

「淫乱なる一族」の英語タイトルは「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」「同2」である。ただし、日本の第一章がアメリカでは「2」であり、第二章が「1」であるので、要注意だ。

作品としては池島ゆたか版「スライディング・ドア」で(監督本人もそれは認めている)、一種のパラレルワールドものだから、どっちが「1」で、どっちが「2」でも、一向に差し支えない。

作品の概要については、不完全かもしれないが、私のピンク映画カタログを以下に引用しておきたい。

「淫乱なる一族・第一章」(池島 ゆたか)
池島監督=五代暁子脚本コンビは、名画のオマージュかパロディと、私は勝手に決め込んでいる。その伝でいくと「第一章」とくれば大作大河映画?「淫乱なる一族」とくるならば「華麗なる一族」か?と思ったが、オマージュ&パロディとは無縁な一篇だった。合コンでタイプが対称的な二人に好かれ、一人と結婚した男。女の父は商社を経営する大金持。二人の妻に先立たれ、彼女は最初の妻の子。二番目の妻の娘は引き篭もり。現在の妻は若く妖艶。何やら妖しい雰囲気の大邸宅。父の真の姿は麻薬の売人と保険金詐欺。運び屋の男を一家でマゾに仕立て、肛門を使っての麻薬密売。妻を次々殺して保険金太り。男は、合コンでのもう一人の女と偶然再会し、ベッドインしてその噂を聞かされる。不倫がばれた男は一家にお仕置きを受け保険金目当てに毒殺される。息を引き取る直前に、もう一人の方と結婚してればよかったと後悔する男。池島演出は手慣れたタッチで退屈させず見せるが、主人公に何の因果応報もないのに無残に殺されるのは後味が悪い。「第一章」というけれど、あの一族が次々と男を騙し殺していくのを続けるシリーズを目論んでるのだろうか。私は、あまり見たいとは思わない。

「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」(池島 ゆたか)
「第一章」の時に「あの一族が次々と男を騙し殺していくのを目論んでるのだろうか」と見当ちがいのことを記してしまったら、P大賞審査者のぢーこさんから<池島監督の日記によると「第2章」ではコンパで知り合ったもう一人の女と結婚した場合は…ということだそうです>とメールで情報提供していただきました。池島監督=五代暁子コンビ脚本は、何でも名画のパロディ=オマージュに結びつけてしまう私ですが、ということでこれは同じ時間を2度生きられたらという大島渚の「帰ってきたヨッパライ」でした。とはいっても、第一章で母子家庭だった主人公の設定は今回は違っており、妻に先立たれた祖父と父、出戻りの姉という家族構成。そこに同居する理想的な嫁、であったはずが、とんでもないインフォマニアの性欲解放論者、ついにウンザリして勃たなくなる主人公。欲求不満の妻は祖父・父とも関係、姉もレズ・オナニー狂いに引きずり込む。むしろパゾリーニの「テオレマ」といったところか。乱交溢れる家庭の中で、第一章の女と結婚すればよかった後悔する主人公、第一章と同様のオチ。若妻が飾りつける扇情的なインテリアや卍巴えのからみというベテラン池島監督の画面造りが眼を楽しませる。

もちろん、作品の水準は、グラインドハウスという前提でしか観る価値のないこれまでのものと比較して、格段に高い。さあ、この二部作が、アメリカの観客に、どう迎えられるのだろうか。
「boobs and BLOOD!  International Film Festival」の回想−5
いよいよ今晩から映画祭が始まる。祭りだ!祭りだ!映画祭開幕

●映画祭オープニングナイトを控えて
9月24日(金)、「boobs and BLOOD! International Film Festival」のオープニングナイトの日が来た。時差ボケも含めて連日の疲れがたまっているので、12時頃から行動を開始することとし、また爆睡である。この日までは、我々は池島ゆたか監督、「桜井音楽事務所」さん、私と、3人の大部屋だが、今晩から池島監督は同じモーテル内ではあるが「PINK EIGA INC」が用意した部屋に、ゲスト監督として移動することになる。ゲストの山口玲子さん、昨日合流した「allusion」さんは、同じモーテルの個室に宿泊している。映画祭最終日に仕事の都合で帰国する「桜井音楽事務所」さんも含めて、部屋の移動が慌ただしくなる。

山口玲子さんは、「PINK EIGA INC」の「ミス・ナッチョ」こと夏美さんが応対するということで、池島ゆたか監督、「桜井音楽事務所」さん、「allusion」さんと私の男性陣4人は、本日はオープニングナイトで御多用と思われる「ドラゴン・リー」さんの手を煩わせず、独自行動ということにする。

爆睡後の男性陣4人は、午後に行動を開始する。車社会のロスの中では、唯一徒歩で稼げるザ・グローヴのファーマーズ・マーケットに足を運ぶ。初日の21日(火)に観光はしたが、本日はブランチを兼ねた会食である。前にも述べたが、サラダもパスタもその他も、一人前といってもアメリカ流で超山盛り、ソフトドリンクのジュースやコーヒーのカップの大きさも半端じゃない。軟弱(?)な日本人御一行としては、4人でサラダ一人前で十分と結論した。

しかし、池島監督を始め、とにかくアメリカのパンは美味いとの評価は定着した。でも、ボリューム抜群のサンドイッチとかは豊富だが、意外とパンだけを売っている店はない。「桜井音楽事務所」さんが、店の籠に立っている棒状のパンに眼をつける。「でも、あれは装飾だよね。売り物じゃないよね」との危惧もものかわ、「桜井音楽事務所」さん、達者な英語で交渉、見事にパンをゲットした。これを4人で分けて、大振りなソフトドリンクを飲めば、もう4人でサラダ1人前で十分だった。ホントにアメリカ人の胃袋って、どうなってるんだろう。

いよいよ今晩から映画祭が始まる。これからはあまり空き時間は無さそうなので、スーパーマーケットに寄って、土産物などを物色する。私は「蛙の会」「映画友の会」の友人や自宅向けにチョコレートを購入する。そんなお菓子も含めて、価格は超安い。丁度、円高の時期にぶつかったせいもあろうが、それでも安過ぎる。ジーンズなどの低価格は眼を瞠るものがある。日本の若者が、衣類の買い溜めを主たる目的として訪米旅行をするとの話も耳にするが、航空運賃を差っ引いても納得させるものがある。こういうのは、現地の空気に接してみないと判らないものだ。

モーテルに帰り、池島ゆたか監督は同じモーテル内ではあるが、ゲストルームに移動である。それやこれやで日が暮れてくる。19時30分がオープニングナイト開幕だが、我々は早目に会場のビバリー・シネマに足を進め、1時間以上前に着いた。ヒバリー・シネマはモーテルから歩いて数分、「PINK EIGA INC」もその近くである。

●ミス・アイリーンからの「PRESS章」贈呈!
1時間以上前だが、ビバリー・シネマ前はお祭りムードに溢れかえっていた。ナースのコスプレの美女が闊歩している。「デビル」のタトゥーを施した黒人美女もビキニ姿でいる。覆面のルチャドール(メキシコのプロレスラーの意)もいる。結局、彼はコスではなく、映画祭でかなりの比重を占めていた存在なのだが、それが判るのは先の話である。場内からは、リハーサルであろうか、バンドの演奏も聞こえて来る。「祭りだワッショイ!」という感じである。ヤンキーの祭りの乗りは半端じゃないって感じだが、実はこれが序の口であった。それをさらに実感するこのは先の話である。

さて、チケットの購入である。チケットは1番組で10$、全部で7番組あるから、70$になるが、通し券を買えば50$だ。前日に顔見知りになったミス・アイリーンが、いかにもフランクなメキシカンらしく「ヘーイ!ミスターー・シューマ!」と声をかけてくる。私は、「通し券を購入したいんですが、前売りみたいなものはあるんですか?」と(勿論、私は英語は全然駄目だから「allusion」さんを介して)聞く。するとミス・アイリーン、「オー!イエース!」か何かを言って、何と私の前に「PRESS章」を差し出したのである。

これには私は舞い上がった。ゲスト招待監督とはいえ金魚の糞で付いてきた私が、いきなりPRESSに昇格してしまったのである。やはり監督の威光とは、大変なものなのだ。手まね片言で、プレス章に署名をすれば有効と示され、署名をしたが、舞い上がって綴りをトチって上書きをして、何とも締まらない「PRESS章」になってしまった。「まあ、それも含めて舞い上がったよい記念じゃないの」と笑われてしまうことに至ったのである。でも、確かによい記念と言えば、そうとも言えよう。

「allusion」さんは、すでにネットで通し券を購入済みであることを告げたら、ミス・アイリーンは「ハーイ!OK!」とか言って、今度は「VIP章」を出した。通し券購入済みとはいえ、何度も出入りがフリーパスになる「VIP章」は、やはりそれなりの価値はある。

「桜井音楽事務所」さんにも、ミス・アイリーンは「YOU?」と問い掛ける。「桜井音楽事務所」さんは、最終日には帰るため、観られるのは4番組(通し券の50$では逆に高くつく)なので、その都度チケット購入すると告げると、「オー、オー、イエース!」と、また「VIP章」を出した。こうして、日本人応援団3人は、全員映画祭フリーパスとなったわけである。もっとも、この日本人集団、かなり目立ったらしく「PRESS章」「VIP章」の提示に関係なく、結局は顔パス状態に終始する結果にはなった。さすがに気になって、「ドラゴン・リー」さんに、「いいんですか?」と聞いたら、「まあ、ありがたくいただいておけば、いいんじゃないですか」とのことだった。結局、私は通し券50$の丸儲けとなった。改めて、ミス・アイリーンと池島ゆたか監督の御威光に感謝である。

●祭りだ!祭りだ!映画祭開幕
19時を回る。オープニングナイト開幕30分前だ。劇場は開場する。前項で述べたコスプレ男女が闊歩し、人も続々と集まってチケット売り場に行列ができる。場内からはバンドの演奏も聞こえてくる。ただし、そんな段階なのにも関わらず、映画館入口の装飾は、バタバタと工事中である。この祭りの乗りと、運営のラフさはのアンバランスは、いかにもアメリカ流で、この後もいろんな局面で痛感させられることになる。

ロビーでは、各種グッズが山積みになっている。すべて無料である。というか、有料グッズの販売は、会場ではなされていない。有料グッズは、すべて通版にしているそうだ。有料品は劇場前の各社のDVDの出店だけである。そんな店も続々と出店して並び、映画祭ムードはますます盛り上がってくる。

今回の訪米に先立って、池島ゆたか監督以下、我々3人に対して、「PKの会」は壮行会を開催してくれ、餞別品までいただいてしまった。当然、お返しのお土産を考えねばならない。しかし、グッズはすべて通販だという。弱ったなということになった。

しかし、それはすべて危惧に終わった。とにかく無料グッズが多種・大量にロビーに置いてあるのだ。映画祭チラシはもちろん、これ無料なの?と首を傾げたくなる堂々と製本されたパンフレットもある。映画祭の記念バッジ、歯にかぶせるドラキュラの牙、血糊のジャムなんて代物まである。ヤンキーの遊び心満載である。

これは、立派な土産になりそうだ。いや、下手な有料グッズよりは、現地でしか手に入らないのだから、遙かに貴重品である。現に帰国して皆さまに配ったら、金には変えられない土産と、非常に感謝された。ただし、30人分くらいはゲットしなければいけない。いくら無料とはいっても、日本人集団が、ゴソゴソと大量にグッズを仕舞いこんだらちょっと目立つ。4人が3日の映画祭開催期間中に手分けして、目立たぬように調整して調達したのであった。

●アメリカのチャリティー・ボランティア
こんなに無料グッズをばらまいて、果たしてこの映画祭はペイするんだろうかと思えてくる。この後の三日間の観客の入りを見ても、キャパ300人程度の劇場に6〜8割の入りだった。しかし、次第にこの映画祭の背景がおぼろげながら伺えてくる。

ナースのコスプレのキャストが、募金箱片手に呼び掛けてくる。「allusion」さんからのまた聞きで細かいことは解らないが、難病対策の基金なのだそうだ。ということで、ナースのコスプレにも、若干の意味がありそうだ。抽選会があって募金をするとDVDも当たるということで、番号札も渡される。

どうもこの映画祭全体が、商業主義の催しでなく、チャリティー興行のようなのだ。事務局もボランティアで、先述したミス・アイリーンも普段は歯科医だか歯科技工士だかで、ボランティアとして事務局の仕事に参加しているという。

前に「アメリカでは字幕で映画を観るのは教育知識レベルが高い層」との「ドラゴン・リー」さんの言を紹介した。「教育知識レベルが高い層」ということは、経済的にも裕福な層に相当すると思う。ミス・アイリーン以下、この映画祭の事務局も観客も、そういう人によって支えられているということのようだ。

アメリカは自助自立の国だという。だから、国民皆保健制度を導入しようとしたオバマ大統領が、「勝ち組の財産を、何で負け組のために負担しなきゃならないの」と反撃を受け苦境に陥ったりする。格差社会を是とする国である。だから、逆に、知識レベルの高い裕福な層が、チャリティー・ボランティアで低所得者層を助けるべきだとの機運も、盛り上がるのだ。少なくとも、日本の金持からは、身銭を切って映画祭をチャリティー興行にしようなんて発想は出てこない。そんなことにはビタ一文出さない、やるなら「お上」が面倒みな、ってな感じであろう。

●何から何までラフな進行

オープニングナイト開幕が、刻々と近付いてくる。池島ゆたか監督に、「今日はトークショーの出番はあるんですか?」と伺う。ところが「俺、未だに何も聞いていないんだよ」と不安そうである。日本だったら、何時何分から何分くらいで、これこれの質問をしますから…と、細かい打ち合わせがあるが、そんなことは無いみたいである。

てなことを気にしているうちに、開幕が近付くにつれ、劇場前にレッドカーペットが敷かれ、アレヨアレヨという間に池島ゆたか監督と山口玲子さん(吉行由美さんはオープニングには姿を見せず)は押し上げられ、インタビューの取材のマイクが殺到し、フラッシュも盛大に焚かれる。「ドラゴン・リー」さんの池島ドキュ用カメラも、この時とばかりガンガン回り続ける。監督も山口さんも、アメリカでは日本のように、細かい段取りとか時間割なんて気にする必要がなく、臨機応変で対応すればいいと納得したようだ。そうなると女優の山口玲子さんはもちろん、俳優出身の池島ゆたか監督も、以後それを承知で活き活きと動きまわるようになった。

開演時間の19時30分が来る。我々の感覚だと、すぐオープニング作品「SUICIDE GIRLS MUST DIE」の上映開始になると思うが、開映の気配は全くない。ただ、バンドはガンガン演奏を続け、ステージではダンサーが踊りまくる。直前まで館前装飾をしていたのに観られるように、細かい時間割なんて感覚とは、全く無縁のようだ。分刻みでスケジュールが決まり、ゲスト参加者と綿密な打ち合わせをしていると思われる日本の「湯布院映画祭」あたりの運営とは、別世界である。

言葉がわからないので、詳細は不明だが、覆面のルチャドール(メキシコのプロレスラーのこと)が何か話し出す。このルチャドール、コスプレだけでなく、トークキャスターでもあるようだ。さあいよいよ「SUICIDE GIRLS…」上映かと思ったら、映画祭のプロモーション・ムービー他、延々といろいろなフィルムが流される。

●映画祭の概要(補足)
この映画祭レポートの冒頭で、概要を紹介した。参加作品は9本であると記した。ただ、先述した募金を募ってきたコスプレナースから、観客賞用の投票用紙を渡されたら、12本の作品名がある。前に紹介した以外の3本の題名を列記すると「GEORGE WARRIOR」「VERTICAL LINES(Music Video)」「SAFETY FIRST(short)」である。

「VERTICAL LINES(Music Video)」の一編として、どうも映画祭プロモーション・ムービーもあるらしい。文字どおり、おっぱいと血をアレンジした映像に、出品作品9本の見せ場がインサートされる。ブルンブルンと揺れる巨乳の数々が壮観で、バックにビートを効かせた音楽が流れる。落ちは、ゲイっぽい男の胸のアップである。場内はピーピーの口笛と爆笑である。ここでもヤンキーの乗りは半端じゃない。

観客層は、老若男女が万遍なく入り混じっている感じである。プロモーション・ムービーの最後に協賛各社のロゴが連続映写される。「PINK EIGA」のロゴは、場内大拍手で迎えられる。これだけ幅広い客層が、日本のピンク映画に好意的視線を注いでいるのは、ちょっと驚異である。

次に上映されたのが、後から判ったことだが「GEORGE WARRIOR」の一編のようだ。タイトルのジョージ・ウォリアーが覆面のルチャドールの名前みたいである。このウォリアーが、悪を懲らしめる数分程度の短編が何本もある。これが連日、招待プログラム作品に先立って上映されるのである。いずれも、チープな書き割りの特撮の中で展開される爆笑アクションだ。

それやこれやの短編が終映後、「SUICIDE GIRLS MUST DIE」上映に先立ち、はるばる日本から来たということで、池島ゆたか監督と山口玲子さんが紹介される。もう場の雰囲気をつかんだお二方は、そつなく挨拶を済ませる。特に山口玲子さんが両の手で巨乳を盛り上げて強調し、「boobs!」とやったのは、メチャ受けに受けていた。

オープニングの開幕19時30分、2時間程度の「SUICIDE GIRLS MUST DIE」の終映が0時近かったので、演奏やらダンサーの踊りやら、「プロモーション・ムービー」やら、ルチャドールの短編やら、ゲストトークやら、何だかんだと2時間以上騒いでいたみたいである。なるほど、このラフな進行が、ヤンキーの映画祭の乗りかと、確認する。このことは2日目以降に、さらに痛感ることになる。

●拍子抜けの「SUICIDE GIRLS MUST DIE」
いよいよオープニング作品「SUICIDE GIRLS MUST DIE」の開映である。カルト的な人気作品だそうだが、「ドラゴン・リー」さんの言によると、「あまり期待しない方がいいですよ」とのことであった。

問題はノンスーパーだから、私は全く言葉が解らない。しかし、映画というものは映像だけで、解るところは解るものである。もちろん理解不能な部分もある。そこで、自分で映画を理解した範囲で、残る疑問点を言葉が堪能な「allusion」さんに鑑賞後に確認することにした。

映画は、グラマラスな美女集団が、ロッジが集まっている村に泊りこむことから始まる。昼になると、お互いに撮影会などをやっているから、何か仕事のために泊まり込んだようだ。そのうちに一人、二人と行方不明になる者が出てくる。次第に彼女達を襲う怪物らしきものもチラチラと姿を見せ始める。

美女集団は、グループに別れて口論を始め、宿泊場所を離れたところに移したりする。お互いに仲間の行方不明の犯人と疑い、疑心暗鬼が高まってきているらしい。でも、本当にそうなのかな。言葉がわからないので、私の解釈も不安になる。とにかく、口論にそんな命に関わる切迫感が感じられないのである。

ドラマを中断する形で、出演者の何人かの美女が、ドキュメンタリータッチで、カメラに向かって独白する。ここは、場内大爆笑の渦に包まれるのだが、言葉が理解不能の私には、全く何のことしか解らない。

映画は終盤に至り、地底からワラワラと怪物が現れ(これが人に枯れ草をかぶせただけみたいなチープな存在)美女集団は逃げまどう。と一転、画面は転換し、街にもどった美女集団が、同窓会のように和気あいあいと歓談している。行方不明になった美女達もそこにはいる。そして、エンドマークとなる。どういうこと?夢落ちってこと?それとも全員が天国に行っちゃったってこと?言葉が駄目な私には、全く理解不能である。

終映後、早速「allusion」さんに質問する。「大した映画じゃないですよ」というのが「allusion」さんの総括だった。美女集団はカメラマンとモデルで、カレンダー作成のために郊外に泊まり込んだとのことで、ここは私の解釈に大きなズレはない。

中盤の口論は、やはりお互いに行方不明事件の犯人と疑い、疑心暗鬼となった結果と、これも私の解釈どうりだった。その口論に切迫感が無いと感じた私だったが「allusion」さんによれば、単に演出と演技がお粗末なだけとのことであった。

ドキュメンタリー調の独白で、場内が大爆笑していた理由も聞いた。あまりにも切迫感の無い演出なのに、大真面目でドキュメント調にやっているので、呆れかえっての嘲笑なんだそうである。なるほど、そんな大爆笑もあるんですね。

ラストシーンの私の解釈は、全部外れだった。これは「ドッキリカメラでした」という落ちなのである。そういうことか。その程度なら、「大した映画じゃない」との「allusion」さんの総括も、「ドラゴン・リー」さんの「あまり期待しない方がいい」も納得である。日本で未公開なのも(DVDスルーで出ているのかもしれないが)当然といったところだ。

この映画が、アメリカでカルト的人気があるのは何だろう。亜流「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」的に受けているということだろうか。

●オープニングナイトは暮れる。しかし、とんでもない暮れ方に…。
オープニングナイトは終わった。バンドが客出しの曲をガンガン演奏する。何と!よく聞いてみたら「怨み節」ではないか。さすがにタラちゃん所有の劇場のことはある。でも、折角の「怨み節」これだけに使うのは、贅沢ではあるが勿体ないなと思ったが、これは後日の仕掛けとして登場してくることになる。

劇場前は、まだオープニングの余韻に浸っている観客の歓談で、賑やかである。屋外だから、ロスでは喫煙し放題だ。灰皿があるのにポイ捨てする人が多い。日本の喫煙マナーのやかましさからは信じられないところがある。

もっとも、屋外については、これがアメリカの常識なのかもしれない。オープン当初の東京ディズニーランドに灰皿が設置されていなかったのを思い出した。吸い殻はポイ捨てで構わないとのことであった。担当のキャストが、速やかに清掃していくのである。これは、本国の習慣を、直輸入したのではないだろうか。ビバリー・シネマ前の路上も、最後に事務局の方々が、綺麗に清掃しておりました。

「これから、どうします?」と、ナダーブ社長から声がかかる。連日の会食でお世話になっているのに遠慮したのか、池島ゆたか監督は「今日は我々だけで…」と辞退する。明日は「PINK EIGA INC」の全社を会場に解放してのパーティーも予定されている。たまには我々日本人集団だけなのもいいかもしれない。ところが、これが我々をとんでもない事態に追い込んだ。

さて、どこかレストランを物色する。しかし、ここは新宿でも渋谷でもない。ロスである。時間は0時を回っており、レストランはすべて閉店である。スーパーやコンビニもすべて店を閉めている。一見、そのように見えなかったのは、どこも煌々と照明が点いていたからだ。アメリカでは閉店しても、照明は消さないそうである。コソ泥侵入防止などの、治安上の理由からだそうだ。やはり、ここは安全が只の日本とは違う。アメリカなのである。当然、自販器なんて便利なものも、どこにも無い

と、そんなカルチャーショックに感心している場合ではない。どこまで行っても開店している店はない。ついにモーテルの前まで辿りついてしまい、モーテル前を通り過ぎて、ついに反対方向に足を伸ばす。少し先に開いてる店があった!と思ったら、屋外のテーブルを片付けだしている。絶望的な気分で、さらに足を運ぶ。最悪、「桜井音楽事務所」さんが持参してくれたつまみの大袋で食いつなぐしかないねなんて、みじめな話になってきた。

さらに何区画か進む。かろうじてサンドイッチの店が空いていた。コッペパンのようなものの間に、お好みでハムやらレタスやらエッグやらを挟んでもらう店である。これで何とか食料をゲットした。この店も、我々を最後の客として閉店したのだから、滑り込みセーフであった。

モーテルの近くまで戻って、残念な発見をする。先刻通り過ぎた屋外のテーブルを撤去していた店であるが、実は屋内は開店していたのである。「桜井音楽事務所」さんが、「監督、ビールあった方がいいですよね」と声をかける。日本から持ち込んだ酒類は、監督と私の飲兵衛二人で、風呂上がりなどの合間に、アッという間に片付けてしまったのは知っている。しかし、自分はあまり召し上がらないのに、ホントに「桜井音楽事務所」さんは、気配りの人だ。

「いいよ、いいよ、無理しなくて、俺は状況に応じる人間だから」との監督の言を背に、「桜井音楽事務所」さんは、その店に入ってビールを分けてもらうように交渉を始める。さすがに、日本のように融通はきかない。バツである。

「allusion」さんから監督へ、敬意の言が出る。「状況に応じるって、監督は素晴らしいですよね。私なんて、神経質で短期だから、すぐ爆発しちゃうから」と言って、「小鳥の水浴」のメーキングフィルムの話題が出る。日高ゆりあさんが、何故か集合時間に大幅に遅れてきたのを、泰然と待つ監督の姿が映しだされる。

「私なんて、駄目ですね。多分、怒鳴り付けちゃうでしょうね」と「allusion」さん。「怒鳴って状況が良くなるなら怒鳴るけど、ただでさえ遅れてる撮影に俺がイライラしたり、怒鳴ってゆりあが余計にNG出しても困るでしょ」と、さすがの池島ゆたか監督の言であった。

自称「神経質で短気」との「allusion」さんの言だが、確かに帰りの成田空港で、ちょっとマナーの悪い若者達に、「ああいうの見るとイライラして一言言いたくなるよね」と言っていたが自制していた。でも、自覚と自制がある限り、「神経質で短気」とは言えないでしょう。本当に「神経質で短気」な人は、自覚も自制もなく顰蹙を買う人です。

いずれにしても、何日か行動を共にしていると、人のいろいろな側面が見えてくるものなのである。かくして、何とか飢えは凌いで、オープニングナイトも暮れたのであった。
「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想−4
映画祭前夜 そして情熱的な美女ミス・アイリーン現る!

ロスの気候 服装とTシャツ談義
歳をとると、疲れはすぐ翌日に来なくなる。2〜3日経ってから出てくるという具合に、身体反応が鈍くなる。時差ボケの疲れがここにきて出たのか、10時頃まで爆睡してしまった。若い頃はさておいて、この歳になると夜中にトイレに起きたりすることもしばしばなので、こんな爆睡は珍しい。

ところが、池島ゆたか監督も「桜井音楽事務所」さんも、同様の状況らしく、まだ延々と爆睡を続けている。こんな時間を埋めるのが、私の旅の読み物である。「〜池島ゆたかが見た、生きた、ピンク映画傍証50年史〜」を取り出して熟読する。隣で爆睡中の監督の傍で、この本を読むのもなかなか味わい深い。

池島監督の爆睡は12時近くまで続いた。「え、そんな時間?」と起き出した間もなく、「ドラゴン・リー」さんの迎えが来る。まだ起きたばかりということで、1時間後に出直してくれるようにお願いする。快諾した「ドラゴン・リー」さんには、ひたすら感謝・感謝である。

「ドラゴン・リー」さんの車に便乗し、サンタモニカに向かう。前にもちょこっと紹介したが、ロサンゼルスはインディアン・サマーと称されるくらいで、気温は極めて高く陽射しも強い。今年の日本は長い夏だったのだが、我々が日本を離れた9月22日(水)あたりから、ようやく涼しくなったとの情報を聞いた。でも、我々には終わりなき夏である。

ただし、暑いのは暑いのだが、湿気のない爽やかな暑さである。これだけ陽射しにガンガン照らされているのに、汗を全くかかない。そして日陰にはいると、サッと涼しくなる。だから、入国した21日(火)は曇りだったので判らなかったが、22日(水)から23日(木)の快晴では、空に雲ひとつない。日本でも、朝のうち雲ひとつないということがあるが、午後近くになると雲が出てきたりする。しかし、ロスの空は、本当に文字通り雲ひとつない抜けるような青さなのだ。

ロス3日目になって、こんな感覚が判ってきたので、我々はこの日からバミューダとTシャツのスタイルに切り替えである。私としては夏の「湯布院映画祭」ルックと同様だ。寝巻代わりに持参したはずのバミューダとTシャツが、こんな風に役立つとは思わなかった。こうと知っていれば、サンダルも持参して、全身「湯布院映画祭」ルックで通したところである。

映画祭に集まった観客も、そんな陽気もあって、みんなリラックスしたラフな格好だった。我々は監督と共にパーティー出席がOKとなってもいいように、スーツと白Yシャツとネクタイも持参したのだが、ついに出番がなかった。池島ゆたか監督も正装を準備してきたが、出番のなかったのは同様である。このパーティーがまた豪快そのものだったが、それについては映画祭2日目の25日(土)に詳述したい。

ただし、夜になるとグッと冷え込む。さすがに昔は砂漠だっただけのことはある。だから、上に羽織るジャンパーを常に持参し、モーテルに戻る時間があったら、夜だけはズボンにはきかえるというパターンで過ごしたのであった。

そこで、エルビス・フリークの池島監督の、プレスリーTシャツの出番となる。こうなったら、私も負けちゃいられないと、「キャプテンE.O.」のマイケル・ジャクソンTシャツで対抗したのだが、これが全然受けない。よく考えればそれも当然で、本場アメリカでのマイケルTシャツなんて、珍しくも何ともないわけだ。むしろ、活動大寫真Tシャツや、「自分 生き方不器用ッスから」なんて入った高倉健さんTシャツなどの、漢字が入ったものの方が、「オーッ!」なんて受けたのである。そういえば、池島監督持参の歌うピンク御殿Tシャツも、活躍しておりました。

「ドラゴン・リー」さんによると、1年を通して雨は数えるくらいしか降らないそうだ。天候に振り回されることなく、映画の撮影場所としては最適である。ハリウッドがここに居を構えたのは当然の帰結だろう。納得である。

●サンタモニカのあれこれ
まずは、「桜井音楽事務所」さんの大学の同窓生が開店しているという寿司店「japanese cuisine KAIDO」にて、腹ごしらえである。忍者の覆面から片目が覗いているイラストに、「海道」という漢字をあしらった看板が楽しい。よく、ロスの寿司屋に入ると、場所によってはとんでもないゲテ物に出っくわすと聞くが、ここは日本人の経営だから安心である。カウンターの中の板前さんも、日本人がかなりを占めている。日本と全く同じ高級寿司を堪能した。連日大味で油っぽいアメリカの食事だったので、ホッと一息である。ロスはもともと魚が旨いところだから、板さんの腕がよければ、美味の寿司が出るのは当然である。

「桜井音楽事務所」さんは、同窓生と大いに旧交を暖めていた。かつての音楽仲間だったようで、そうなるとかなり懐かしかったのだろうと思う。こういう機会でもなければ、なかなか会うこともできないはずだ。アルコールをあまり召し上がらない「桜井音楽事務所」さんを尻目に、池島ゆたか監督と私は、またまたビールをグビグビやる。それでも、夏のような陽気のせいか、旅の解放感からか、あまり深酔いしないのが不思議である。

サンタモニカの海岸を散策する。透きとおるような海の青さ、周辺の植物の感じは、南国沖縄といったところだが、その海岸線の大スケール感はアメリカならではだ。遙かに煙る彼方まで、海岸線が続いている。反対側の海岸線が煙る彼方にはかすかに工業地帯が見える。しかし、東京湾ほど近場にドでかいのがゴミゴミしているわけではないから、海や空の自然がきれいなのも、当然といえる。しかし、「ドラゴン・リー」さんによれば、ロスの空気の汚さは札付きだそうで、飛行機から戻って来た時など、そのスモッグにウンザリするそうだ。では、日本の京浜工業地帯の空気は、どれほど汚いのかと、やや愕然とする。

抜けるような海と空、池島監督は「ロスだ〜来たぞ〜いいな〜」と乗りに乗りまくる。今にも踊りださんばかりだ。そういえば、「半熟売春 糸ひく愛汁」(原題「小鳥の水浴」)のメーキングで、千葉の海岸を日高ゆりあさんが踊って走るシーンを、監督自身が演技指導で踊ってみせたが、これがゆりあさんよりも上手いのである。さすが俳優出身である。監督、サンタモニカでも、踊ってよかったんじゃないですか。

サンタモニカの陽射しと風景を背景に、池島ゆたか監督の饒舌が冴えわたる。「ドラゴン・リー」さんのカメラはガンガン回り続ける。本当にこのドキュメンタリーの完成が楽しみになってきた。

海岸を後に、サンタモニカの街並を散策する。向こうからハイティーンと思しきヤングギャル集団がやってくる。「ドラゴン・リー」さんが声をかけ、「この人は明日から開催する国際映画祭のゲスト・ディレクターです」と、池島ゆたか監督を紹介する。さすがアメリカ、さすがロス、これだけでリスペクトの仕方が日本とは全く異なる。ここでは国際映画祭ゲスト・ディレクターとは、大変なものなのだろう。

立ち話ではあるが、監督とヤング・ギャルの対話は大いに盛り上がる。(ただ、私は英語がが駄目なので、内容は全くわからない)「ドラゴン・リー」さんのカメラは、ここでもガンガン回る。なるほど、ドキュメンタリーの素材創りでもあったわけか。「ドラゴン・リー」さんとしては、もう一組くらい捉まえたかったそうだが、残念ながらこの一組に終わった。

サンタモニカに長居をし過ぎたせいか、帰路は渋滞に巻き込まれてしまう。もっとも我々としては、車内からではあるが「ドラゴン・リー」さんの案内で、ビバリー・ヒルズをゆっくり紹介してもらい、退屈はしなかったのではあるが…。

●映画祭前夜 そして情熱的な美女ミス・アイリーン現る!
モーテルに戻り、この日23日(木)にロス入りした「allusion」さんと合流する。この夜の会食はメキシコ料理だ。友人宅にいる吉行由実さんを除いて日本人集団5人の勢揃いだ。お馴染みの「ミスター・ボス(池島監督と私の間ではミスター・ジョナサンとも呼んでいた)」ことナターブ社長、「ドラゴン・リー」さんこと小田さん、「ミス・ナッチョ」こと夏美さん他の「PINK EIGA INC」のメンバーに加えて、映画祭事務局のミス・アイリーンを紹介される。

このミス・アイリーン、目鼻立ちのクッキリした恐ろしいくらいの惜しいメキシカン美人である。何が惜しいかというと、首から上と下が、異様にアンバランスなのだ。首から下のグラマラスな胸と官能的な腰、というよりはハリウッド・ストリートで頻繁に見かけた30過ぎの使用後女性(失礼)の体躯なのだ。腰回りなんて、決して細いとはいえない池島監督の倍くらいありそうだ。「惜しいな、美人なのに、もう少し首から下が何とかならないのかな」と、監督も呟いておりました。

しかし、情熱的なメキシカン、こういう人を前にすると、ノリノリになるのは日本でもアメリカでも池島監督は変わらない。「オーッ!」とハグのポーズをすると、ミス・アイリーンもしっかり乗ってきてハグ、いやそれだけで納まらず、アイリーン嬢は池島監督の首筋に激しいキスを一つ。モーテルに帰ってきて鏡を見た監督は、「まずいよ。キスマークついちゃったよ」と、必死に首筋をさすっておりました。メキシカンの情熱は凄いものだ。さすがの池島ゆたか監督も判定負けでです。

映画祭終了後も滞在した池島監督によれば、アイリーンは実はミセスだったそうだ。また、映画祭期間中にも、歯科医だか歯科技工士だかのインテリ層だということも耳にした。映画祭事務局へは、ボランティアとしての参加だそうだ。このあたりの映画祭の実態については、オープニングナイトの項で詳述したい。

メキシコ料理では、私はタコスを頼む。本場のメキシコ料理はちがうのかもしれないが、ここでのものはやはりアメリカの他の店と同様に、大味で量だけはコッテリだった。ただし、テキーラは美味かった。クラクラするくらい強いのだが味と香りが何ともいえない。もっとも、ほどほどで止めとかないと、ひっくり返りそうではある。

さあ、いよいよ明日は映画祭のオープニング・ナイトだ。24時間映画三昧で過ごしている私としては、映画鑑賞への禁断症状が出始めている。最後に観たのは、成田出発前日の20日(月)、ル・シネマの「小さな村の小さなダンサー」である。こんなに映画を観なかったのは、近年の私としては珍しい。でも、明日から3日間、9本観られる!映画漬けの始まりだ。映画鑑賞と無縁だった21日(火)〜23(木)は映画談議に明け暮れていたとはいえ、やはり映画は観なければ禁断症状が出るもののようだ。それにしてもアメリカまで来て、朝から晩まで映画の話をしていて、顰蹙を買わないとは素晴しい。私は、良い友人・知人を得たものである。
「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想−3
池島ゆたか監督はチューブの筋トレ用具を持参、筋トレとストレッチを開始したのである。

●ハリウッド!ハリウッド!ハリウッド!
さすがに40時間を越えた前日9月21日(火)の疲れが出たのであろうか。前日ベッドに入ったのは0時を回っていたとはいえ、グッスリと10時まで泥のように眠りこけてしまった。そして、身支度をして「ドラゴン・リー」さんの出迎えを待つことになる。ここで、池島ゆたか監督の隠れた一面を知る。監督はチューブの筋トレ用具を持参してきていて、筋トレとストレッチを開始したのである。「凄いですね」と言ったら、「俺、今でも現役の役者のつもりだから…できる時にできるだけね。1日30分程度だけど」とのことだった。軽く言うけど30分の筋トレとストレッチって、大変なことである。さらに、「昔はちょっと鍛えれば、すぐ体型は元にもどったけど、最近は駄目だね。元にもどすまではとてもいかない」とも言っていた。しかし、やはり並の人とはちがうんだなあと、私は感嘆した。何日間でしかないが、生活・行動をともにしていると、いろいろなことが見えてくるものだ。

昼より少々前に「ドラゴン・リー」さんが、車を回して迎えに来てくれる。至れりつくせりである。「ドラゴン・リー」さんに感謝である。と同時に、昨晩の「PINK EIGA INC」ナダーブ社長も交えての会食も含めて、映画祭招待監督の同行者であるための待遇であろう。池島ゆたか監督の威光にも感謝だ。

車はハリウッドに向かう。最初に来たのは「イントレランス」の巨像の門を模した建造物に囲まれた広場だ。ふきぬけになっており、ロサンゼルスの燦々たる陽光がまぶしい。「ワーッ!ハリウッドだねえ。ホントに来たんだねえ!」池島ゆたか監督、完全に舞い上がった。展望台に上がると、背後にHollyood の文字が大きく掲げられた山が、まるで絵のように見える。監督はそれをバックに、派手にポーズを取る。「ドラゴン・リー」さんのカメラが回り続ける。監督は、さすが俳優出身だ。何をやっても絵になる。「ドラゴン・リー」さん監督のドキュメンタリー完成が、ますます楽しみになってきた。

スターの手形・足形が劇場前広場を埋めているチャイニーズ・シアターに向かう。いよいよハリウッドのメイン・ストリートだ。車は多いが人通りは閑散だったロスの市街と異なり、ここは観光客も含めて人の波だ。華やかな女性陣、スマートな男達の姿もかなり目立つ。本当に監督ならずとも、「ハリウッド!ハリウッド!ハリウッド!」という想いで、胸が満杯になる。

とにかく、美女の坩堝のハリウッド・ストリートだ。ポン!キュッ!パッ!の美女が、そこら中に闊歩している。スカウトの眼を意識しているのもかなりいそうである。とにかく、その華やかさには圧倒される。

「ドラゴン・リー」さんから、「女性の美しさに関しては、これで日本に戻る気がしなくなりますね」との言が出る。確かに、目の保養なんてもんではない。とりわけ、純正白人よりも、ラテン系や東洋系の血が混じっていると思われる女性は、肌の色艶といいその眩しさに圧倒される。

ただし、それも20代の女性までなのも、アメリカならではだ。30代を越えたと思われる使用後女性(失礼)、いや男性も、その横幅の広さ、腰回りの太さ、はもう我々日本人の感覚からすると、人間の域を越えている。これまで、アメリカ人の大食ぶりを見ていると、確かに若さを失った途端に、人間離れした肥満体になるのも必然みたいだ。なるほど、アメリカに常住して「勿体ない精神」を通していたら、我々だってこうなってしまうだろう。それに比べると、日本女性はアラサーになろうがアラフォーになろうが、それなりに見られる人は多い。

歩いている人々の身長は意外と高くない。もちろん巨きい者もいるが、平均すると我々日本人集団と大差ない。「巨体に囲まれて、小さくなって歩くことになるかと思ったら、意外と我々と変わらないね」と、池島ゆたか監督もホッとした表情を見せる。ただし、この夜のダウンタウンでは巨人軍団に圧倒される事態に遭遇するのだが、それは先の話である。

●「フーターズ」で超ホロ酔いの盛り上がり
まずはブランチだ。美人揃いで有名な「フーターズ」に入店する。ホットパンツのグラマラスなウェイトレスが闊歩している。こういうところでもスカウトの眼を意識しているのだろうか。声をかけると、ウェイトレスは近くの椅子を引き寄せ、グッと近寄って座りながらオーダーを受ける。下を向いてメモをするから、胸の谷間が強烈に焼きつき、目のやり場に困る。いや、先方としては、それがサービスの一環なのだろう。

チキンを頼む。後はビールのピッチャーだ。相変わらずアメリカの1人前は、日本の3人前に近い。しかし、ビールの勢いもあり、我々日本人一行もモリモリと平らげる。後で詳述するが、ロスはインディアン・サマーといって昼間は暑い。ビールはどんどん消費され、ピッチャーのお代わりを繰り返すが、昼から飲んでいる割には案外酔わなかった。

ご機嫌になった監督は、話の勢いで禁句の「オ×××」発言を出して、直後に首をすくめる。しかし、ここはアメリカだ。当然、気に留める者は誰もいない。「そうかあ。ここはオ×××って言ったって、誰も気にしないようなあ」後は上機嫌で日本では禁句の「オ×××」を大声で連呼して歓談する。「いやあ、ロスはいい。これでも、誰も我々のことを変態集団なんて思わないものなあ」昼からのビールパーティーは、妙な形で盛り上がった。

かなりビールを空けたつもりだが、何故か、ホロ酔い程度に納まっている。暑い陽気と旅の解放感がなせる技だろうか。そんな高揚気分で、アカデミー賞授賞式で有名なコダック・シアターに向かう。「ウーム。ここにレッドカーペットがあって滝田が歩いたのか」池島ゆたか監督は、感無量の面持ちである。いずれは俺も…という意欲の程を「ドラゴン・リー」さんがインタビューし、リー監督のドキュメンタリー「池島ゆたか監督 海を渡る!」(仮題)のカメラは回り続ける。まあ、コダック・シアターではないが池島監督も、映画祭が始まるとビバリー・シネマ前のレッド・カーペットで、マスコミ取材を受けまくることになるのだが、それは先の話である。

●アメリカのトイレ事情
コダック・シアターを堪能し、土産物ショップが並ぶ通りで、土産物を物色する。ビールを痛飲したせいか、少々催してきた。でも、まだ我慢はできる。そんなことを言ったら「桜井音楽事務所」さんから、アメリカは日本のようにトイレが無いから、早目に済ませた方がいいですよ、とアドバイスを受ける。

日本なら当然あると思うところにアメリカでは無いのが、公衆トイレだそうだ。公園に無い。売店の中にも無い。地下鉄の駅の構内にも無い。犯罪の温床になるからだそうである。やはり物騒なアメリカだけのことはあるのだ。「桜井音楽事務所」さんが、以前ニューヨークに行った時、このトイレの無さに往生したそうだ。もちろん、レストランとかに入ってしまえば、当然トイレはあるのだが…。

旅慣れた「桜井音楽事務所」さんによれば、比較的気楽に使えるトイレは、コンビニかコーヒーショップの中だそうだ。そこで、「桜井音楽事務所」さんとのツレションと洒落込むことにする。たまたま近くにファミマがあった。アメリカではファミリー・マートが「ファミマ」という表示なのだ。しかし、トイレは施錠されていた。上野オークラ劇場の女子トイレじゃあるまいし…。でも、買物をしないと鍵を出してくれないのだ。

仕方がないので、今度はスターバックスに向かう。トイレは暗証番号付の施錠であった。こちらも、常連はともかく一見さんには、何か注文しないと暗証番号を教えてくれない。仕方がないから「桜井音楽事務所」さんと私はアイスコーヒーを頼んで、やっとトイレを済ました。スターバックスはメニューも味も当然日本と同じだが、大きさがやはり桁違いだ。こちらのSは日本のLLLといった感じだ。アメリカ人の胃袋は、ホントにどうなってるんだろう。

何とか、アイスコーヒーと引き換えにトイレを済ましたが、トイレ(安全も)が只という感覚は、日本固有のものなのかも知れない。前のヨーロッパ旅行でも、公衆トイレには必ずお掃除おばさんがいて、チップが必要だった。小銭はそのために常備しといてくださいね、と添乗員さんにアドバイスをされたものだった。

●土産物ショップのプレスリー
さて、トイレも済ませ土産物ショップ街の探索を再開する。さすが本場のハリウッドである。目移りする賞品が満艦飾だ。池島ゆたか監督は、知る人ぞ知るエルビス・プレスリーのフリークだ。何と!「PINK EIGA INC」のナダーブ社長はそれを熟知していて、前日の焼酎の乾杯の後、エルビスのTシャツをプレゼントしてくれたのである。「ドラゴン・リー」さんの私への里見瑤子さんのDVDプレゼントと言い、本当にこの会社の気配りの細かさには、感謝という以上の言葉しか出せないのが、切ないくらいである。

しかも、このプレゼントされたプレスリーTシャツは、池島監督が、最も気に行ったデザインのものだったそうだ。監督は、同じデザインのものをすでに一枚有している。Tシャツは、大事に着れば数年は持つそうだ。このデザインのTシャツをあと一枚購入すれば十数年以上、つまりほとんど一生は着続けられる。一生ものだ。監督は、同じデザインのTシャツを、さらにもう一枚購入すべく、意欲を燃やすことになる。

さすが、ハリウッドだ。エルビス・グッズは、掃いて捨てるほど多彩だ。池島監督としては目移りがしてしょうがないという状況である。ただ、肝心のTシャツ購入は、簡単にいかなかった。同じデザインの物は、いくらでも売っている。お値段も円高の時節柄もあり極安だ。ただ、LLとかLLLばかりで、MとかLとかの日本人向けサイズが皆無なのである。池島ゆたか監督も、結局3枚めの同じデザインのエルビスTシャツの購入を諦めたようだ。

私も、来年の「湯布院映画祭」で闊歩するための、映画ゆかりのTシャツを物色する。目移りは沢山するが、いかんせんサイズがMなんてのは皆無である。結局、より好みはやや後方にしり退けて、Mサイズがあった007のTシャツを購入したのであった。

●ダウンタウンの山口玲子さん
ハリウッドからの引き揚げである。帰りの車中で、山口玲子さんと吉行由実さんロス入りの情報が入ってくる。吉行さんはロスの友達の家に直行し、コンタクトはまだないようだ。玲子さんは、夏美さんこと「ミス・ナッチョ」が対応しているそうである。

この後も、池島ゆたか監督以下の男性陣の対応は「ドラゴン・リー」さん。山口玲子さんの対応は「ミス・ナッチョ」、女性は女性同志、その方が気がおけなくてよかったかもしれない。吉行さんは、ロスの友人の家にほとんど滞在していたようで、映画祭会場以外であまり我々とコンタクトすることはなかった。

かくして「PINK EIGA INC」で、我々は山口玲子さんと合流、今晩はナダーブ社長の呼び掛けで、ダウンタウンで会食ということになる。ロスのダウンタウンは、物騒な部分もあり、「ドラゴン・リー」さんもナダーブ社長に誘われることは少ないとのことだ。そんなダウンタウンでの会食、池島ゆたか監督のVIP待遇が、ここでも伺われる。金魚の糞として参加した我々は、池島監督のご威光に、ここでも感謝である。

ダウンタウンの一角へ、「PINK EIGA INC」の車を連ねての送迎で案内される。高層ビルの林立である。アメリカ〜って感じである。最上階屋上の酒場(ビヤガーデンではない)に案内される。

アメリカ人といってもそれほど大柄な人はいないと、ハリウッドの風景では述べたが、ここではちがった。要所要所に立っている係員(というよりか用心棒といった方がいいだろう)の、巨体の群れには圧倒される。前に立たれたら「塗りり壁」!って感じなのである。この圧力は凄い。特にアフリカ系の人の圧迫感は強烈である。

「アメリカでは、あなたが何が出来るか」を問われるとの、以前の「ドラゴン・リー」さんの言葉を、ここで思い出した。でも、ここでは何が出来るというよりも、まず巨体が必要なのではあるまいか。いざ、トラブル発生の時に強いかどうかよりも、まずは塗り壁のような巨体で圧倒・圧殺し、トラブルを未然防止することであろう。

屋上の酒場に行くエレベーターフロアーに我々は向かう。そこで、山口玲子さんの前に「塗り壁」が立ちはだかる。「ストップ!ID!!」と、眼光鋭く迫るのである。我々一行はキョトンとする。早い話が、山口玲子さんは子供に見られたということだ。日本人は年齢よりも若く見られると耳にはしていたが、まさか、アラサーの巨乳女優を、子供扱いは無いだろう、胸を見りゃ判るだろう、とツッコミを入れたいところだが、これはギャグなんかじゃない。真剣勝負である。アメリカは自己責任の国だから、通したらそのガードマンに責めが来るということだろう。確かにアメリカならば、未成年でもこのくらいの巨乳はいそうである。山口玲子さんは、パスポート提示して事なきを得る。そういえば。「ミス・ナッチョ」こと夏美さんは、最初から観念して(?)ID提示をしていましたっけ。

池島ゆたか監督は、この一件を見て「吉行がいたら止められたかなあ。そしたらショック受けるかなあ。それとも喜ぶかなあ」と、楽しそうだった。しかしアラフォーの吉行由実さんが、ここにいたらどういうことになったか、私としても興味のあったところだ。

結局、屋上はまとまった席が取れるほど空席がなく、階下のレストランに河岸を移す。連日のコッテリ・ボリュームのアメリカの食事にウンザリしていたので、私は白身魚料理を頼んだが、これがまたギタギタした油で仕上げた山盛り、でもパンだけは、やっぱりうまかった。

驚いたのはトイレ、小便器がすべて異なった高さに設置されている。日本でも、一つくらいは小児用に低い位置に設置されているのを見ないでもないが、こんなのは初めてだ。一番高い位置に設置されている小便器は、私はジャンプしたって届かない。でも、あの超巨体のガードマンなら、丁度いいのかもしれない。所変われば品変わる。また、ここでも軽いカルチャー・ショックを受けた。

モーテルに引き揚げる。「桜井音楽事務所」さんの大学の同窓生の方が、サンタモニカで「KAIDO」という寿司店を開いているという。明日は、そこにタクシーを飛ばそうと、我々一行は話していたら、「ドラゴン・リー」さんから、「明日はサンタモニカをご案内するつもりでしたから、そこにも寄りましょう」ということになる。本当に至れりつくせり、感謝・感謝である。時刻はやはり0時を回っていた。明日、「正午にお迎えに来ます」と、「ドラゴン・リー」さんの嬉しい提案で、9月22日(水)は暮れた(明けた?)のであった。

もっとも、この後にオチがつく。高揚して、風呂上がりで池島ゆたか監督と私が缶ビールを空け、「桜井音楽事務所」さんも交えて盛り上がっていたら、ノックの音がする。「桜井音楽事務所」さんが対応したら、「静かにしろ!」と近場の宿泊客からの抗議だったそうだ。「周磨要の大声、海を越えるだね」と、皆から私が肴になったが、そういうことではございません、このモーテル、ドアを開けていると、声が反響するみたいなんです。我々はついつい暑いと自然の風を吹き込みたくなり、ドアを開けっ放しにしたのがいけないみたいでした。後日も、ドアを開けて歓談していたら、また抗議を受け、言葉は穏やかに聞こえてましたが、面と向かった「桜井音楽事務所」さんによると、相手の眼は殺気を帯びていたそうです。クワバラ、クワバラ。

さあ、明日はサンタモニカだ!
「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想−2
「オー、アメリカだ〜、ロスだ〜、来たぞ〜いいな〜最高〜!」 池島ゆたか監督

ハンサム・ガイ「ドラゴン・リー」さんと初対面  さらに謎の美女登場(?)
ロサンゼルスに着いた!陽もとっぷり暮れた中で成田を出発したのに、今は真っ昼間の午後1時、タイムスリップしたみたいだ。なるほど、これが時差ボケを生むわけか。私としては、それを警戒して成田を離陸した時に、腕時計はロス時間に巻き戻した。それでいくと、本日9月21日(火)の機内睡眠時間は、午前4時頃から10時頃の6時間である。時差ボケ克服のために、一生懸命そう思い込むように努力する。

空港には、「ドラゴン・リー」さんこと小田さんが、出迎えに来てくれた。「ドラゴン・リー」さんは、私の想像していたよりはるかに若い!30代の好青年だ。総髪を後ろで束ねているハンサム・ガイである。思ったより若いと感じたのは、同行の池島ゆたか監督・「桜井音楽事務所」さんも同様のようだった。

「ドラゴン・リー」さんを、もう少々年配者という印象を持っていたのは、一つはmixi上の文面がかなりしっかりしていたこともあるが、「ドラゴン・リー」さんというmixiネームも関係している。ブルース・リーからあやかったものであることは一目瞭然だが、ブルース・リーに熱狂した世代といえば40歳以上を想像させる。「ドラゴン・リー」さん本人の言によれば、年代的にはジャキー・チェン世代なんですが、私は一世代前のブルース・リーに夢中になりました、とのことだった。

ゴロチャラしていた私とちがって、渡米期間中に監督や、「桜井音楽事務所」さん、「allusion」さんは、写真も含めてネット上に盛んにロス情報を発信していた。当然、「ドラゴン・リー」さんの写真も流れ、「PKの会」を中心にしたmixi仲間の美女達は、そのハンサム・ガイぶりに胸キュン?!となったようだ。(?)総髪を後ろで束ねた風貌は、坂本龍馬を彷彿させる精悍さだ。歴女たちには、特にたまらんのではないか。

冗談半分に、ネットで写真が流れたら日本の女性陣に大人気ですよ、と「ドラゴン・リー」さんに告げたら、まずいな、最近薄くなったからおでこの広さが目立つな、と髪を後ろで束ねているのを解いてしまった。「ドラゴン・リー」さんも意識したか。(笑)

「ドラゴン・リー」さんは、ロスにある「PINK EIGA INC」の社員である。社名を「PINK MOVIE(ピンクムービー)」と名付けず、「PINK EIGA(ピンンク映画)」としたあたりが嬉しくも憎いところだ。メインの事業は映画の編集室の仕事だそうだが、映画のDVD販売も行っている。日本のピンク映画も、積極的に売り出しているということだ。今回の池島監督作品の映画祭招待も「PINK EIGA INC」のプッシュがあったと思われる。余談だが、「ドラゴン・リー」さんの話では、アメリカの不況は日本以上に深刻で、編集の仕事は、現在はほとんど開店休業状態とのことだった。

「ドラゴン・リー」さん以外、「PINK EIGA INC」の他の人も、車を連ねて迎えに来てくれた。その中に、活動的な感じの20代の若い日本人の美女がいる。夏美さんという方だそうで、みんなにはメキシカン風に「ミス・ナッチョ」と呼ばれ愛されているとの紹介が、「ドラゴン・リー」さんからなされる。彼女の写真もmixiを通じてネット配信され、今度は「あの美女は誰だ?」と、男性陣が色めきたつことになる。池島ゆたか監督は、「俺の映画に出てもらいたいな。無理だろな。脱がないだろな」と、不埒なことを呟いておりました。

結局私達一行は、終始こうした「PINK EIGA INC」の方々に面倒を見ていただいたことになる。素晴らしい添乗員の方についていただいたようなものだ。いや、それ以上である。最後の日に「ドラゴン・リー」さんは、「周磨さん、里見瑤子さんのファンだったですよね。これロングインタビューが入ってますから、お土産にどうぞ」と、「NINJA PUSSY CAT」のDVDをプレゼントしてくれたのである。mixi上で私の里見ファンを知っていてくれたのだろうが、ここまで気配りをしてくれる添乗員なんて、この世には存在しない。ちなみにこのDVDの日本タイトルは「風魔一族の逆襲 嵐」、平成15年の日本劇場公開題名は「好色くノ一 愛液責め」である。

ということで私は、「PINK EIGA INC」の方々や同行者の日本人の中に完全に潜り込み、「日本語バリヤー」の中でロスを過ごしたのである。渡米体験が「夢」のようにしか感じられないのは、前回の添乗員さんに密着していたヨーロッパ旅行と同様、今回も必然だったということだ。

●ドキュメンタリー「池島ゆたか監督 海を渡る!」(仮題) クランクイン!
「PINK EIGA INC」の用意してくれた車に乗車する。「ドラゴン・リー」さんから早速、「監督、ロスの印象はどうですか」と問い掛けがある。突然のことで池島ゆたか監督もドギマギし、「さあ、何かまだロスに来た気がしないね。沖縄か、九州に来たみたいで…」と歯切れが悪い。

確かに、空港周辺の風景というのはどこの国でもあまり変わらず、樹木の印象からもあって、私も日本の南の方に来たという印象に近かった。「ドラゴン・リー」さんとしては、この第一声にはややガッカリしたそうで、もっとインパクトのある言葉を期待していたそうだ。後日の監督の話では、「急にロスの印象は?なんて言われても、何にも出ないよね」と語っていた。

実は「ドラゴン・リー」さんが、いきなり監督に問い掛けたのは理由がある。「ドラゴン・リー」さんはカメラを持参していて、すでにインタビュー映画よろしくカメラが回り出しているのである。「ドラゴン・リー」さんは監督志望で、池島監督のロスでの様子をドキュメンタリーとしてまとめあげる構想なのだそうだ。監督が月末まで滞在するのは、ビジネス以外に、その映画のための取材もあるとのことである。

13号倉庫さんのタイトルをそのまま借りれば、ドキュメンタリー「池島ゆたか監督 海を渡る!」(仮題)のクランクインといったところである。映画完成の暁には、山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品する構想があるとのことだ。そうなれば、「ドラゴン・リー」さんはゲスト監督として来日し、国内の山形ならば「PKの会」の面々を中心に大挙して、映画祭参加に参集することもできる。夢はどんどん、大きく拡がっていく。

監督は第一声でロスの空港近辺を日本の南国になぞらえてしまったが、そういえば、私もサンタモニカの海岸線を、「スケールの大きい湘南海岸」などと形容して、ちょっと「ドラゴン・リー」さんを白けさせてしまった。私としては「スケールの大きい」という方に力点があって、他意はなかったのではあるが…。

●ミスター・ボス! ナダーブ社長、見参!
モーテルにて荷解きをした後、「ドラゴン・リー」さんの案内で「PINK EIGA INC」に向かい、ボスのナダーブ社長を紹介していただく。日本のピンク映画発掘に積極的だが、日本語の方はほとんど解らないとのことだった。ただ、焼酎とラーメンが大好物の日本通でもあるとのことである。

型どおりの挨拶、握手。そして早速筒状のウィスキーグラスが並べられ、そこに焼酎がナミナミと注がれる。アルコールはあまり召し上がらない「桜井音楽事務所さんは控えめにと申し出る。その後が凄かった。乾杯!と25度はある焼酎を、一気にグイッと干すのである。西洋人は酒に強いというが、それを目の当たりにした。さすが、池島監督はつきあいがいい。同じようにグイッと、文字通りの「乾杯」をする。さすがに私はチビチビやっていたら、「オー、レディ」とか、ナダーブ社長にジョークを言われてしまった。でも、結局チビチビつきあいながら、わたしも結構おかわりを重ね、案外できあがってしまった。

「ドラゴン・リー」さんに後で伺った話では、ナダーブ社長はユダヤ系だそうである。だから、金銭感覚には厳しいとのことだった。ただし、日本のケチ臭くてセコい金銭感覚とは全く違うということも聞いた。収支をキチンとするのはもちろんだが、目先だけではなくトータルとしてキチンとすればいいとのことであった。例えば、今回の池島ゆたか監督作品の出品・ゲスト招待にしても、そこだけに限定すれば儲かる話ではないだろうが、DVD販売などの後につながれば、良しということみたいなことだろう。

日本の映画会社に対する対応も、若い「ドラゴン・リー」さんに全面的にまかせているあたり、いかにもアメリカ的である。でも日本では、これは「ドラゴン・リー」さんははっきり言わなかったが、「この若造が」と扱われ、嫌な思いをしたことがあったようなことを、暗に感じた。

「ドラゴン・リー」さんは、アメリカの水が合っているようだ。当分は日本に帰る気はないとのことである。アメリカでは、就職するにあたって「あなたは何ができるのか?」が全てだそうだ。何の資格があるか、過去の職歴は何か、年齢はいくつか、なんて全く関係がないそうである。年齢などは個人情報であり、問い合わせただけで人権侵害になるそうだ。

そして、「私はこれこれが出来ます」と言って採用された後、それができなければアッサリ馘首されるだけのことなのである。スッキリして素晴しいアメリカ社会ではあるが、年功序列・企業家族主義で定年まで勤め上げた私には、耐えられる社会ではなさそうだ。

金銭感覚には厳しいが、決して後ろ向きではないナダーブ社長=「PINK EIGA INC」の攻めの姿勢は、「ドラゴン・リー」さんとの個人的な会話の中で、他にもいくつか感じるところがあった。

一つは、ピンク映画の音はモノラルだが、DVD販売の時に5.1chステレオ化しているということである。アメリカではモノラルということだけでステータスが落ちてしまうので、あえて敢行しているとのことだ。だから、あまり儲からないですけどね、と言っていたが、そういう積極姿勢が素晴しい。ステレオ音響化したピンク映画を是非観てみたいものだが、今回の映画祭では設備の制約があり、残念ながら実現しなかった。

私は、字幕スーパーの習慣があるのは日本くらいと耳にしていたので、「ドラゴン・リー」さんに、あえて吹替え版でなく字幕版でDVD発売していることについて聞いてみた。「ドラゴン・リー」さんによれば、アメリカの一般のほとんどの人は、ハリウッド映画以外はほとんど観ない、字幕で映画を観るのは教育知識レベルが高い層で、そこを対象にしているのは、まちがいないそうだ。

いずれにしても、金銭感覚に厳しいとはいえ、日本の姑息な事なかれ主義で、守り一辺倒で、目先のことしか考えない金銭感覚とは、かなり違うようである。

●ちょっとしたカルチャーショック、ロスにおける煙草と酒
渡米前の池島ゆたか監督は、節煙中であった。成田空港には、禁煙パイポを2本も咥えて現れた。現在、1週間だか10日だか禁煙中で、喫煙に厳しいアメリカで、一気に禁煙を完遂させようとの目論見である。

ロスでのナダーブ社長との焼酎乾杯の後、社長と「ドラゴン・リー」さんが喫煙所に向かう。意外や、ご両者とも喫煙者なのである。屋外のベランダが喫煙所だ。アメリカは喫煙が厳しいというのは漏れ聞いていたが、日本ほどではないことが次第に解ってくる。モーテルでも室内(安全上の問題もあるのだろうが)は喫煙厳禁だが、吹き抜けになっている室外の廊下には、喫煙場所が設定されている。

要は、副流煙の影響がある屋内は厳禁、他人に影響を与えない屋外ならばお構いなしということのようだ。合理的で自己責任のアメリカならではといったところだ。時々帰国している「ドラゴン・リー」さんによれば、「日本の方が喫煙にはヒステリックですね」とのことだった。

こうして、池島ゆたか監督の禁煙完遂の決意は、あっけなくズルズルと崩れたのであった。

「PINK EIGA INC」社からモーテルまで、「ドラゴン・リー」さんが車を回して送ってくれる。一瞬、ム?となる。これ、飲酒運転じゃない。「厳しくないんですか?」と聞いたら、「もちろん禁止されてますし、捕まったらまずいですけどね」と、アッサリしたものであった。この後も、滞米中に、多少飲んだ後に「PINK EIGA INC」社の方々に、ずいぶん送迎していただいた。

どうも、このあたりも自己責任社会のなせる技であるような気がした。事故を起こすくらい泥酔したら、その結果は厳しく問われるが、節度があればいいということのようだ。確かにロスは車で移動しなければ、身動きがとれない町である。飲酒運転に関しても、日本の方がはるかにヒステリックであることを痛感した。所変われば品変わる、ちょっとしたカルチャーショックではあった。

こんなことをベラベラ書くのはまずいのかもしれないが、まあ、海のこっち側で話してることであり、時効ということでいいでしょう。ロスの車社会というのは、本当に徹底している。とにかく道に人がほとんど歩いていない。自転車が走っているのも見ない。ひたすら広い道路を車が移動しているのみなのである。

自転車があったら便利な時もあるなと思いますと、日本での生活経験もある「ドラゴン・リー」さんは言っていた。ただ、自転車そのものが売ってないそうなのである。あるとすれば、サンタモニカの海岸を走るサイクリング用のスポーツ車のようなものだそうだ。そういえばロス3日目の23日(水)に、サンタモニカを案内していただいたが、確かにそこでは自転車がよく走っていた。でも、街中で見たのはロス滞在中の6日間で、たったの一台であった。

●ザ・グローヴの街並みとファーマーズ・マーケット散策
モーテルで少々くつろいだ後、「ドラゴン・リー」さんの案内でザ・グローヴに向かう。ロスとしては珍しく、モーテルから車無しで歩いて行ける距離だった。

ザ・グローヴの街並みが次第に近付いてくる。煌々たるネオンサイン、街並みは1920年代を模しており、東京ディズニー・シーの街並みを連想させる。いや、ディズニー・シーの方がこちらを再現したといった方が正しい。20年代の街並みというのは、アメリカ人にとって心安らぐということだろう。しかも、ここはテーマパークではない。店も店員もそこに働いている本物であり、住人も通行人も、全部本物なのである。

街中に、本場のシネコンもネオンを輝かせている。街の中央をチンチン電車が走る。そんなに長い距離ではなく、観光客用とのことである。池島ゆたか監督は、完全に乗りまくってきた。「オー、アメリカだ〜、ロスだ〜、来たぞ〜いいな〜最高〜」芝居がかって浮かれる。さすが、役者でもある。監督だけではなく、我々も「あ〜ホントにロスにいるんだ〜」という実感が湧いてくる。

ファーマーズ・マーケットでは、半屋外のレストラン群が、軒を連ねている。そこで、アメリカ人の食欲の旺盛さに仰天する。サラダでもソーセージ盛り合わせでもスパゲッティでも、大きな皿に山盛りになっているのを、モリモリ一人で平らげている。その一人前の大きさは、24日(金)に同じ場所でブランチを摂った時に、さらに実感するのだが、それは後の話である。

アルゼンチン料理の会食
グローヴス観光後、「PINK EIGA INC」が、ナダーブ社長他数人との、アルゼンチン料理の会食をセットしてくれる。いたれりつくせりである。これもゲスト監督に同行している役得というものだろう。

ここで、早くもアメリカの料理の多さに、改めて圧倒される。この圧倒され方は帰国まで続くことになるのだが、とにかくアメリカの飲食物は、ボリュームが膨大で、味はハッキリ言って美味とは遠い大味だ。

この日のアルゼンチン料理では、池島ゆたか監督がチキン料理で、私はパスタを頼んだ。いずれも、でかい皿にドカーンと大盛である。さらにパンが付いている。アメリカの料理は、大味でおいしくないといったが、パンだけはさすが本場ものでうまかった。

監督はチキンを上品にナイフとフォークで切り分けて食べている。だから、肉をタップリつけた骨が山積みになる。「監督、そういうのはしゃぶりつかなきゃ美味しくないですよ」「よかったらあげるよ」そんなやりとりで、私はかぶりついて綺麗に骨の山だけにしてしまった。しかし、腹も身の内、自分の皿の分とのプラスアルファーだから、さすがに食べ過ぎた。後で聞いたら、監督の本音も、あまり美味でないので、しゃぶりつくして全部平らげる気が起きなかっただけの話だったようだ。

この一件で、帰国後に監督の口から私の大喰い伝説が高まったが、後述するが最終日のハリウッドのレストランの会食で、監督も私に負けず劣らずということが証明されるのである。いずれにしても団塊の世代は、「勿体ない」精神に溢れており、こうした場所に来るとついつい大食になってしまう。「勿体ないといって、全部平らげるのはアメリカではやめて、適当に残した方がいいですよ」と、「ドラゴン・リー」さんだったか、「allusion」さんだったかに、後日囁かれたのであった。

●閑話休題 ヨーロッパとアメリカの食事の差
前回のヨーロッパ旅行は、何ヶ国も通過したこともあるが、ドイツのソーセージやジャガ芋や鱒のフライなど美味しかったし、パリのエスカルゴやフランス料理も、さすが本場の絶品だった。米飯や日本の食事が懐かしくなることはなかった。でも、ツァーを企画した会社が気配りをしたつもりか、旅行4日目のジュネーブからパリに向かう車中の夕食は、幕の内弁当が準備されていた。これが、弁当箱の一角を饅頭が占めているような珍品で、旅行中最もまずかった食事であった。ズーッと滞在しろといったら気持も変わるだろうが、1週間くらいは米の飯も日本食も無縁でも、どうってことないなとその時は思った。

しかし、今回のアメリカは、ややちがった。大味のアメリカの食事を続けて帰国後、ラーメンとかカレーライスとか豚汁とか、何と美味に感じたことだろう。日本の味付けというのは、実にきめ細かいものだと思った。後述するが、23日(木)のサンタモニカの本格的寿司店に行かなかったら、結構食事には参っちゃったような気がする。

ナダーブ社長との(もちろん通訳を介しての)対話
さて、アルゼンチン料理の会食である。「ドラゴン・リー」さんから、ボスが退屈しないようにどんどん話しかけてください、私が通訳しますから、との呼び掛けがある。

ナダーブ社長は、体はそんなに大きくはないが、もみあげを長く伸ばした眼光鋭い異丈夫である。初対面の時から、私はプロレスラーのドン・レオ・ジョナサンによく似ていると感じていた。真の実力世界一との定評もあり、若き日の頃から力道山を苦しめた大レスラーである。といっても、ジョナサンを知っているのは、ここでは多分、池島ゆたか監督くらいであろう。会食の席で耳打ちしたら、「おお〜似てる、似てる、ソックリ!」と二人だけで盛り上がった。でも、力道山の方は、結構知っている人が少なくなかった。なぜか、「ミス・ナッチョ」こと夏美さんまで、力道山を知っていた。

私はナダーブ社長に、日本の優れたピンク映画を、アメリカで発掘・紹介してくれるのは嬉しいが、アメリカにも発掘・紹介できる低予算のインディペンデント映画は無いのだろうか、我々は「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」「エル・マリアッチ」「パラノーマル・アクティビティ」といった作品を知っているが、もっと発掘すればあるのではないだろうか、と聞いてみた。

これについてのナダーブ社長の答は次のとおりだった。アメリカでも低予算で優れた作品が、もっとあるかもしれない。しかし、アメリカの場合は、メジャー以外の作品で興行のラインに乗ってくるのはほとんど稀である。だから、仮にあったとしても我々の眼にとまってこない。日本のピンク映画は、興行としてコンスタントに成立していることが素晴しい、とのことだった。

なるほど、ナダーブ社長の眼からは、日本のピンク映画はそう映るわけだ。でも、確かにピンク映画がコンスタントに興行として成立しているのは確かだが、それも、スタッフ・キャストの自己犠牲に近い形で身銭まで切って、かろうじて成立しているのも、もう一つの事実だ。そこで、日本の金だけでは納まらない表現に対しての、犠牲的精神と誇りみたいなものについて、次のような形で問い掛けてみた。

ピンク映画をきっかけにして、日本の浮世絵を例に出し、世界的にも美術として評価されてるが、でも、その元にあったのは、エロを売る春画です。ただ、歌麿とかの画家は、エロはエロでもそれだけで終わらさないぞ!という気概あって、それだけの優れた表現になったと思うが、それについてどう思われますか?と問い掛けたのだ。

ナダーブ社長の答は、どんな場合でも、いいものはいい、悪いものは悪い、結局それは長い歴史の中で証明されるのではないでしょうか。という極めてアッサリとまっとうなものだった。確かに、ピンク映画も含めて、日本の優れた表現の一部は、作家側の自己犠牲の上に成立しているということは、アメリカ的感覚には無縁なのかもしれない。

40時間になんなんとする長い長い9月21日(火)は終わった。いや、会食終了後は、もう0時を回り22日(水)になっていたのである。再び「ドラゴン・リー」さんの車でモーテルまで送っていただき、明日の再会を約して別れたのであった。明日はハリウッドを案内していただけるという。本当にいたれりつくせりで、どんな感謝をしてもし過ぎることはない。そんな感謝の心を胸に、ロス第一日目の床に就いたのであった。
「boobs and BLOOD! International Film Festival」の回想−1
周磨 要 2010.9.21 成田→ロスへ出陣!

●ロサンゼルスの国際映画祭にまで行ってしまった2010年
2010年は、私にとって特別な節目の年だった。前年2009年の6月、2年間の嘱託契約を満了し、私は24時間映画三昧の完全フリーになった。だから、2010は新年早々からまるまる1年間、完全フリーの年がスタートしたのである。

年当初の1月は、「会話が存在しない日」について思いを馳せたりして、やや初老性うつ病の気が出たりもした。(大袈裟か!そのあたりの心境は「映画三昧日記2010年−2」を覗いて見てください)しかし、そのうちあれよあれよと予定が埋まってきて、目まぐるしく多様・多彩な毎日を過ごすことになった。

毎日が日曜日、24時間映画三昧ということは、仕事のために都合が悪いということが無いのである。どんなイベントでも、どんな会合でも、思い立ったらいつでもどこでも顔を出せるということだ。その気になったら、予定はあれよあれよと埋まっていった。こんなに多忙になるとは思わなかった。うかうかすると、予定が二つ、いや三つもバッティングしたりして、選択に苦慮するうれしい悲鳴まで発生しているのである。

そして、そうした日々は、友人・知人の輪を拡げていく。友達の友達が友達となっていく。そして、好きな映画の世界の中のことだから、それがどこかでループになって繋がってきたり輻輳してきたりする。そのあたりのことは、今年の「湯布院映画祭日記2010」の冒頭でも記したので、そちらもよかったら覗いてみてください。

そして、ついにロサンゼルスまで足を伸ばし、国際映画祭にまで参加する事態に至るのである。同行した池島ゆたか監督に、冗談まじりに「これで、いい冥土の土産ができました」と言ったら、「まだまだ沢山これから、冥土の土産できますよ」と、返されてしまった。確かに、この調子で映画三昧の日々が続き、友人・知人の輪が拡がってきたら、来年以降どうなっていくのだろうか。

そして今、私は思う。「男はつらいよ」で初めて海外ロケした「寅次郎 心の旅路」の寅さんの心境なのである。「さくら、俺、本当にウィーンに行ったのかなあ。夢じゃないんだろうか」、本当に私には、ロスにいた日々は夢としか思えないのである。毎日のように手にする歯ブラシ・歯磨き、そして電機カミソリ、これがロスのモーテルの洗面所に何日か置かれ使用した後、はるばる旅をして家に今再び存在している。不思議な感慨に捉われる。私は、そんな夢の回廊にまた再び戻って、巡り直してみよう。この回想記は、そんな気分で綴っていくことになるはずである。


●概要紹介
とりあえずは、まずこの国際映画祭の概要を紹介しておこう。

「boobs and BLOOD! International Film Festival」
2010年9月24日(金)〜26日(日)
米・ロサンゼルス ビバリー・シネマ(クエンティン・タランティーノ所有の劇場)
*直訳すれば「おっぱいと血の国際映画祭」とでもいったところか。いかにもタラちゃんらしい凄まじい命名である。

プログラム
●9月24日(金)
19時30分 オープニングナイト 「SUICIDE GIRLS MUST DIE」
*「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」風の低予算疑似ドキュメンタリー調ホラー。アメリカでカルト的人気があるという。

●9月25日(土)
12時30分 「MEGA PIRANHA」
*ズバリ「メガ・ピラニア」のタイトル、それだけでどんな映画か想像がつきます。

16時00分 「PREVERT!」
*この手の巨匠ラス・メイヤーが関わった最近作。ただし監督作ではない。英語不如意の私には、この作品のメイヤーのポジションはつかめず。

19時30分 「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」1&2連続上映
*池島ゆたか監督の招待作です。「淫乱なる一族 第一章 痴人たちの戯れ」「同 第二章 絶倫の果てに」の連続上映です。ちなみに、日本の第一章が「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」とタイトルされているので要注意。

●9月26日(日)
12時30分 「VMPYYRES」
*姉妹のバンパイヤが暗躍する70年代中期のスペイン・イギリス合作のカルト的名作らしい。

16時00分 「S&M HUNTER」
*日本初公開タイトル「地獄のローパー 緊縛・SM・18才」で、世界的にカルト的人気が高い早乙女宏美10mクレーン宙吊りの話題作。今回は池島ゆたか出演作品として招待された。

「TWILIGHT DINNER」
*これも池島ゆたか監督作品としての招待作。日本公開タイトル「超いんらん 姉妹どんぶり」。新版改題再映の時のタイトルは「極淫セックス 噛む!」。原題は「月光の食卓」。何という日本公開タイトルのセンスの無さよ。「ムーンライト・ディナー」と直訳せず「トワイライト・ディナー」とした何という米題のセンスの良さよ。

「HOLLYWOOD CHAINSAW HOOKERS」
*チェーンソーを振り回すグラマラスな女性軍団、さすがフィナーレもタラちゃん流みたいです。


●ロサンゼルス国際映画祭への道程
事の始まりは、新年早々の「ドラゴン・リー」さんからのmixi経由の情報である。mixiネームで「ドラゴン・リー」さんといっても、ロサンゼルス在住で映画関係の会社に働くれっきとした小田さんという私の住まい国分寺に近い東京は調布出身の日本人である。その情報によればアメリカの、アマゾンDVD販売ランキングで池島ゆたか監督作品「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」が、「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」のタイトルで第2位となったそうなのだ。1位が「おくりびと」、3位が「崖の上のポニョ」というのだから、その凄さが想像できる。

その後、「JAPANESE WIFE NEXT DOOR」は販売ランキングで、ついに1位に躍り出る。そして、若干の浮沈はあるにせよ、コンスタントにランキング入りし、トータル売上ではトップの座を維持していると聞く。

さらに「TIME」誌の辛口で有名な映画批評サイト「DVD Times」で、10点満点中の8点と、大絶賛されているというのだ。微力ながら私は昨年のピンク映画大賞特別賞に、この件で池島ゆたか監督に一票を投じた。(厳密に言えば、今年のピンク映画大賞の対象事項なのだが、鉄は熱いうちに打て!である)

そんなことが加速をつけたのだろうか。あれよあれよという間に、ロスのクエンティン・タランティーノ所有の劇場ビバリー・シネマで開催する「boobs and BLOOD! 国際映画祭」に、池島ゆたか監督が招待されることになっていった。「淫乱なる一族 第一章 痴人たちの戯れ」が「JAPANESE WIFE NEXT DOOR 2」としてDVD発売する配給会社の積極的後押しという背景もあるかもしれない。いずれにしても、結構な話ではある。

当然「PKの会」を中心に、大挙して応援団でロスに繰り込もう!という気運が盛り上がった。私も、海外というのはどうも苦手だったのだが、みんなで行けば怖くない!と、次第にその気になってきた。

「ドラゴン・リー」さんからも、ロスの情報などをmixiで入れてくれ、是非お出でくださいとの呼び掛けがあった。そんなやりとりをしている中で、身近かに感じているけど、でもよく考えたら「ドラゴン・リー」さんって、今ロスにいる人なんだよなあと、奇妙な感慨に襲われた。ネット社会とはそうしたものなのだろうが、何だか時代の神秘を感じた。

結果的にロス訪米団は、ゲスト3人に私も含めて応援団3人というコンパクトなものになった。行きたい気持の人はかなり多数であったが、金はともかく働き盛りの人にとっては、時間が取れないということだろうと思う。池島ゆたか監督と、女優の吉行由実さん、山口玲子さん、そして応援団はmixiネーム「桜井音楽事務所」さん、「allusion」さんと私の、一行は6人となった。

お金の方は、本当にあっ気にとられたくらいかからなかった。「桜井音楽事務所」さんが、格安の(そしてサービスもいい)シンガポール航空を手配してくれたこともあるが(感謝!)、円高の時期でもあったとはいえ、宿泊・会食・買物など、高くても日本国内並、それよりも安いものの方が多い。6泊8日(機内泊が1日になるから)で、5泊6日の「湯布院映画祭」の費用と比しても、大して遜色がないのだ。相当な散財を承知していた私にとって、拍子抜けの結果であった。

やはり、こういうものに参加できるのは、金よりも時間であろう。私も、昨年までのように、月10日とはいえ嘱託勤務に着いていたら、参加は多分、難しかったと思う。「桜井音楽事務所」さんこと桜井明弘さんは、文字通り音楽事務所の所長さんでミュージシャン、1年契約で教師も務めているそうだが、比較的自由な身のようだ。それでも、どうしても28日(火)までに帰らねばならぬ学校の所用があり、26日(日)の映画祭最終日は無念のリタイアをした。

「allusion」さんこと北村孝志さんは、映画・ビデオの字幕制作・テレビ情報誌などのDVDレビュー・字幕製作に関しての専門学校講師と、多彩な活動をされているが、私と同年代ということで、それ程ガリガリ仕事をしなくてもいいポジションのようだ。まあ、そうでもなければ、なかなかこれだけの時間を取るのは難しいということである。

てなことで、メンバーを見渡したら、言葉が全然ダメというのは、どうも私一人みたいなのである。

池島ゆたか監督は、若い頃に戯曲「小鳥の水浴」を自ら翻訳して公演をしたくらいであるから、英語力は保証付きだ。吉行由実さんは、ロスに友人がいて今回もその友人宅を宿泊場所にしていたから、言葉はかなり行けるだろう。山口玲子さんのことはよく知らないが、全然ダメではなさそうだと小耳に挟んだ。確かに、映画祭の舞台でのスピーチから見て、そのことは証明された。

「桜井音楽事務所」さんも、アメリカ単独旅行を何度か楽しんでいると聞くから、こちらの英語力もまちがいない。売店やモーテルでのやり取りを聞いていて、それが実証された。「allusion」さんは、mixiの自己紹介で「年に一度、アメリカまで映画を見に行くのを楽しみにしています」と述べているくらいだから、これはもう映画はノー字幕で理解できるし、英語はペラペラである。3日目のティーチインでは、日本語で話し出したが、通訳の「ドラゴン・リー」さんに「英語で話していただけませんか」と投げかけられ、堂々と応じていた。

さあ大変だ。メンバーが出そろったら、英語が全く駄目なのは、私だけではないか。いや〜これみんなに迷惑かけるよなあ。やめようかなあ。と、ビビったところで、もはや航空チケットも宿泊モーテルも、「桜井音楽事務所」さんの御苦労をかけて手配済み、もう後に引くわけにはいかない。恐る恐る、出発の日を待つことになる。

●私の言葉に関するトラウマ 唯一のヨーロッパ海外旅行 ややより道の話題
私は気が弱い。と言うと笑う人が多いが、一面で本当に気が弱いのだ。だから、言葉が通じないとなると、徹底的に弱気になる。だから、私は海外旅行に関して、全く興味がなかった。

そんな私が、ただ一度海外旅行に出たのが1997年5泊7日の、ヨーロッパ旅行だった。前年に乳癌の手術を受けた今は亡き家内について、主治医からリンバ腺への転移が多く、再発の可能性が極めて高いと宣告された。当時は現在のように告知の習慣がないので、このことは私の胸の内だけのことであった。

そんな状況での翌年の夏休み、東電生協主催のヨーロッパ・ツァーの企画があった。コースにはバイエルンの狂王として名高いルートヴィヒU世で著名なノイシュバンシュタイン城の観光が組まれていた。家内はかねてから、行ってみたいと口にしていたので、私は夏休みの家族旅行として、思いきってのヨーロッパ旅行を提案した。始末家だった家内は「勿体ない」とか言って、最初は躊躇したが、私が強く推して申し込みするに至った。

コースは、ベルギー航空でブリュッセル観光を経由して、フランクフルトからノイシュヴァンシュタイン城近郊に向かってまず一泊、続いてミュンヘン泊の後、オーストリアとリヒテンシュタイン公国を慌ただしく観光して通過、スイスに入り一泊後、ユングラウヨッホにケーブルにて登頂、その後にはジュネーブに出て新幹線でパリへ、パリに二泊してパリ観光を済ませ、帰国という、いかにも日本人観光団らしい超ハードスケジュールである。参加者は娘を交えた私の家族三人を含めて、七人というアットホームな形で展開した。

さて、家内のこともあったので、決行を強行したものの、ホントの所、一番落ち着かなかったのは言葉が全く駄目な私本人なのである。旅行のスタートから、添乗員の人にピッタリ張り付いているのに終始したのだ。(別に添乗員さんが、妙齢の美人だったからではありません。為念)

これだけヨーロッパ各国を回るのだから、添乗員さんは何ヶ国語を操れるのだろうと伺ったところ、意外や英語のみということなのだ。ヨーロッパで添乗員さんが関わるところでは、ほとんど英語で通るそうだ。「フランス人の一般の人は、英語を解っても、解らないフリをしますけどね。でも、私のような添乗員の窓口になってくれるような人は大丈夫です」と笑っていた。成程、それがフランス人のプライドというものか。

考えてみれば、我々団塊の世代は、かなりの英語教育を受けている。はっきり言って私の英語の成績は、そんなに悪くなかった。いや、いい方だったといえる。ただ、この時代の英語教育は、文法・スペル・書くこと偏重、会話教育はかなり乏しかった。おかげで、かなりの英語教育を受けているはずなのに、ほとんどの我々の世代が、全く英会話ダメ人間なのである。そういえばこの時代に、英語の先生の会話は、全く外国人に通じないという都市伝説があった。

もう一つは、それが遠因と思うのだが、我々世代の欧米コンプレックスである。ペラペラと外人に話しかけられただけで、固まってしまう。ビビってしまう。頭が真っ白になってしまう。

高校生だった当時の私の娘には、そんな物おじは全くなかった。英会話の熟に多少通っていたこともあったかもしれない。ユングフラウヨッホの山頂に向かう途中のロッジで昼食を摂った。娘が何かウェイトレスと一言二言交わしている。「お前、凄いな。言葉喋れるのか」と聞いたら、料理を一部残したから「嫌いなの?」と聞かれたので、「ウン、甘過ぎる」って答えただけだとのことだった。それだけのことなのに、高校生の娘が急に大きく見えてきた。そして、この後、私の赤っ恥劇が開幕するのである。

アルプスを下山し、観光バスはレマン湖の畔を通過して、ジュネーブに向かう。ジュネーブでは、パリ行きの新幹線に乗車前に、スイス・フランをフランス・フランに両替する。私は、両替所に向かった。

両替所には、おっかなそうな顔の係官がいる。いきなり大声で「コミッション!OK!」と来た。「????」…私は、途端に頭が真っ白になる。耳元で娘が囁く。「両替でいいかって聞いてんでしょ。コミッションくらい解れよ」もう親父の権威丸つぶれである。

続いてその係官は、さらに大声で「スリー・サウザンド・OK!」と来た。それを何度も繰り返す。完全に真っ白でパニくってる私はもう、「……………」と固まってしまう。再び娘が耳元で、「3000フランでいいねって確認してるんでしょ。もう情けないなあ、サウザンドくらい解ってよ」いずれも冷静になってれば、娘の言うとおりなんだけど…。もう、完全に冷や汗タラタラだ。

この後に止めのオチがつく。添乗員さんに手招きされて、駅の隅でアドバイスを受ける。「あの係官の人も、大声でそうとう無神経ですけど、とにかくあなたは3000フラン持っているってことを、何回も天下に広言しちゃったのと同じですから。これまで通ってきたドイツと違って、ジュネーブは治安が悪いですから気をつけてくださいね。それからパリはさらによくないですから」とのことであった。ああ、やっぱり外国人と話すのやだなあ、とトラウマがさらに深まった。

ジュネーブからパリに向かう新幹線車中で、さらに一幕があった。愛想のいいパリっ子みたいのが「コーヤン?コーヤン?」と、親しげに呼び掛けてくる。私は、ここでも尻ごみしていたら、さらに「チャイニーズ?」と話しかけてきた。ああ、そうか、「コーヤン?」じゃなくて「コリアン?」と聞いてきたんだと、何となくわかる。「オー、ノー、ジャパニーズ」と答えると、「オオー、ジャパニーズ」と親しげな笑顔を向けてきた。まあ、外国人との会話なんて、こんな片言を交えて、だんだんと慣れていくのが大切なんだろうけど、私は未だにその気になれないのでいる。

目玉のノイシュヴァンシュタイン城観光では、コースが五つに別れていた。ドイツ語コース、フランス語コース、英語コース、日本語コース、中国語コースである。当然ながら、我々家族は日本語コースを選ぶ。回りも99%日本人である。そんな環境で日本語のノイシュバンシュタイン城案内を受けていると、俺、ホントにドイツに来たのかな?日光のテーマパークにいるんじゃないのかな?なんて気分になってくる。

前回のヨーロッパ、今回のアメリカ、いずれも帰って来てみれば「夢みてたんじゃないのかな?」と思えてくるのは、多分、私は「日本語バリヤー」の中に閉じ籠りきりだったからなのだと思う。バリヤーを外して直に現地の空気に触れていないのだ。そういえば「寅次郎 心の旅路」の寅さんも、ウィーンに行きながら現地邦人の淡路恵子の家に入り浸りで、お茶漬けなどを漁っていた。外国体験が「夢」のように思える原因は、そういうことなのかもしれない。


●成田へ、ついに出国。そしてとうとうアメリカ入国
まあ、そんな語学力ゼロの私だから、出入国が自力でできるわけもない。出発は、池島ゆたか監督と「桜井音楽事務所」さんは21日(火)、山口玲子さんと吉行由美さんは23日(木)、「allusion」さんは24日(金)ということだ。そこで私は、池島監督グループに便乗することにする。

アメリカ出国は「桜井音楽事務所」さんが25日(日)、「allusion」さんと山口玲子さんは共に26日(月)だが、航空便は異なる。池島ゆたか監督は映画祭終了後も仕事があるので、帰国は月末になるようだ。吉行由美さんはロスの友人宅で少々のんびりするので、帰国は翌10月になるとのことである。私は、帰国については「allusion」さんに面倒をみていただくことにした。

出発日の21日(火)が来た。出発時刻は18時45分、早目に集合ということで、集合時間は15時とした。無事に池島監督と「桜井音楽事務所」さんと成田空港にて合流する。ドルへの両替・携帯電話の切替やレンタルなどを手早く済ませ、やっと落ち着いた気分になりレストランに腰を据える。「桜井音楽事務所」さんは、あまりアルコールは召し上がらないが、池島監督と私の二人は、早くも生ビールジョッキを傾け気勢を上げる。

ここで、私は旅の読み物として持参した「PG」NO.105「すべての死者よ、蘇れ!〜池島ゆたかが見た、生きた、ピンク映画傍証50年史〜」を取り出して、池島監督にサインをお願いする。池島監督は、「池島ゆたか 2010.9.21 成田→ロスへ出陣!にて」と筆を揮う。これは、後述するが絶妙のタイミングでよい記念になった。

「PG」NO.105の発刊は2009年、池島ゆたか監督100本記念の節目に出版された。私は、いつでも買えると思って、すぐに購入しなかった。ところがだんだん在庫僅少という話が耳に入ってきた。

ロス行きに先立つ9月11日(土)シネマ・バー ザ・グリソムギャングにて、池島ゆたか監督の特集上映会があった。そこで「PG」NO.105をこの機会に購入し、併せてゲスト参加の池島監督にサインをもらおうと考えた。上映会の後の打ち上げは「ロス行き壮行会」の趣きとなり(これとは別に壮行会は開催していただいたのだが)、大いに盛り上がり過ぎるくらい盛り上がった。ただし、盛り上がり過ぎて監督はベロベロになってしまい、サインどころではなくなってしまったのである。

「PG」NO.105は、副題に「ピンク映画傍証50年史」とあるように、ボリュームたっぷりの中味の濃い書籍である。旅の友としては一冊あれば十分で、最適である。そして、グッドタイミングで成田における監督のサイン、すべて良しだ。

さあ、出陣!まずは出国だ。でもここはまだ千葉県成田市の日本国内、何の緊張感もなく手続きが済む。その後は、搭乗口近くの待合所で寛ぐ。もう、ここは日本ではない、いや、どこの国でもないわけだ。スピルバーグの「ターミナル」や、「パリ空港の人々」を思い出す。何だか奇妙な気分だ。

ターミナル内の売店をうろつく。みやげ物とは別に、ビール・ワンカップの酒類やつまみのコーナーがある。監督に伝えると、早速意気投合、酒とつまみを買い漁る。もちろんその前に、近くの売店に置いてあるから間違いはないだろうが、念の為に搭乗口窓口の人に持ち込みと機内飲酒可の確認を取るあたりも、お互いに飲兵衛だから抜け目はない。

シンガポール航空の機内サービスは、大変によかった。2食の機内食がボリューム十分なだけではなく、途中でもいろいろなものが勧められる。サンドイッチ・握り飯・クッキー・バナナetc…軽食やお菓子・果物など豊富の限りだ。コーヒー・ジュースなどのソフトドリンクはもちろん、ビールやワインなど、どんどん勧められる。到着間近になると、その勧めの間隔はより激しくなる。「在庫一掃じゃないの」と、我々は冗談を言っていたが、当たらじとも遠からずではなかろうか。

結果として、成田で買い漁ったビールや日本酒は、かなりを残してアメリカ入りすることになった。スーツケースに詰め込んだら、何とか引っ掛からずにアメリカに持ち込めた。結果としては、ロスのモーテルに冷蔵庫もあり、アッという間に監督と二人で飲み干してしまった。「桜井音楽事務所」さんは実に気配りの人で、自身はあまりアルコールは召し上がらないのに、業務用のような大袋のつまみを持参してきてくれた。監督と私は、前記持ち込んだ酒類を飲み干した後、現地のスーパーでビールを買い溜めて、風呂上がりなど暇さえあれば飲みまくり、大袋のつまみもほとんど食べつくしてしまった。あまりアルコールを召し上がらない「桜井音楽事務所」さん、ほとんど召し上がらない「allusion」さんのお二人は、この飲兵衛と行動を共にし、その生態を目の当たりにし、内心呆れかえっていたんじゃないだろうか。

成田の出発は外も暗くなった18時45分、ロスとは17時間の時差があるから、11時間もフライトしているのに、到着は時間がもどって12時55分である。何とも変な感じだ。ロスの空は当然明るい。

飛行機の窓外に拡がるロスの風景は、私のアメリカのイメージとかなり異なった。ニョキニョキと高層ビルの乱立を想像していたのだが、ロスは違う。そんな典型的なアメリカの風景はダウンタウンの一部だけだということを、後で「ドラゴン・リー」さんから聞いた。せいぜい2〜3階建て程度の家が、ズーッと拡がっている。しかも家と家の間には、タップリと緑がある。例えはやや唐突かもしれないが、私は庭園都市の江戸を連想した。ロスはもともと砂漠だから、そうした緑化政策が必要だとのことだった。

さて、入国である。さあ、ここはアメリカだ。日本みたいなわけにはいかない。恐怖で身がすくみあがる。係官が並んでいる。巨体で眼付の鋭い怖い人もいる。中には日系の優しそうな人もいて、日本語で話しかけたりする愛敬ある係官の人もいる。そういう人に当たればいいな、なんて思っていたが、順番であるからそう都合よくはいかない。しかも、家族ならば同時にそろって手続ができるが、それ以外はすべて個人対応である。旅慣れている同行者がいても、この場では全く孤独だ。

結局、一番怖そうな係官の窓口にあたった。カードを提出したら、怖い顔でまくしたてられ書き込みをされ、次の順番の「桜井音楽事務所」さんが呼び込まれる。私が、「どこがいけないんですか?」と「桜井音楽事務所」さんに聞いていたら、おっかない係官、指さして激しい言葉を浴びせる。いったん元の列の線までもどれ!ということのようだ。

完全に頭が真っ白になる。俺、入国できるのかしらん?と心配になってくる。やや、冷静になって見返したら、カードに署名が漏れていたことと、チエック欄の記入漏れが一部あっただけのことである。係官の書き込みも、その漏れのところを○で囲っただけだ。そして、元の列の線までもどって記入してもう一回来い、という簡単なことなのだが、とにかく言葉がわからないのと巨体で眼付の鋭い係官に、完全にこっちはすくみあがってしまった。

実際には大したことはないのに、入国直前で早くも冷や汗をタップリかき、言葉に対するトラウマが、どっと蘇ってきた。さあ、これから6日間、どんなことに相成るんだろう。不安いっぱいの国際映画祭参加のプロローグだ。

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