周磨要(しゅうま・かなめ)
ピンク日記 2003



周磨要 (しゅうま・かなめ
 2000年10月にスタートしたこの日記、3度目の年を越しました。2002年には長年勤めた東京電力(株)を55歳で定年退職し関連会社に再就職、第一線を引くと余裕も生まれ、ますます古今東西邦洋問わない映画好きに拍車がかかっております。

 映画に対する定期的なアクションとしては、この日記を始めとして、今年からコンスタントな定例号発行再開にこぎつけた「映画芸術」誌には引き続き「サラリーマンピンク体験記」を連載中です。「映画芸術」存続のためにも御購読・御支援をお願いいたします。

 後は、昨年に初舞台を踏みました活動弁士、年1回の「蛙の会」公演を中心に修行を続けていきます。「湯布院日記」〜「活弁体験記」のコーナーも覗いて見て下さい。ついでに興味が出たら、是非チケットを買って下さい、とここでも図々しくお願いいたします。それから、私のライフワークとしての東映ヤクザ映画論、盛岡活動倶楽部という地方発信誌でありますが「おでって映画週報」(といって月刊なのですが)に「私説 東映ヤクザ映画史」なるタイトルで連載中、20回で400字200枚に至っております。後は投稿やら種々ミニコミ誌への寄稿やら不定期に映画に関わることをチョボチョボと。

 ということで、原稿依頼は勿論のこと、映画に関わるフィールドが広がる話は何でも大歓迎、ドシドシ呼びかけをお待ちしています。

蛙の会  03(3605)9981
盛岡活動倶楽部  019(623)4059(FAX同じ)



「2002 湯布院日記」     「ピンク日記〜2002」





2003年11月3日(土) ●新宿国際名画座
「好色くノ一 愛液責め」(かわさき ひろゆき)
 これまでの深町章監督とのコンビから、今年は国沢実監督とコンビを組んだかわさきりぼん脚本、今度は夫のかわさきひろゆき監督とコンビを組んだ。そして時代劇。面白そうだなあと思ったら、何とキャストに御贔屓里見瑶子嬢(久々にこの連続7文字を書いた)も名を連ねる。これは必見と、イソイソと出掛けることになる。
 低予算ながら頑張った本格エロチック時代劇。家康の息子の信康は、服部半蔵と築山殿との間の不倫の子であったという驚愕の真相。秘密を知った風魔一族は、それを暴いて伊賀一族を徳川家から追放し、自分達がとって変わろうとする。風魔一族の頭の娘は幼馴染みの忍者と恋に落ち、平凡な市井の幸福を望むが、男達の野望の争いで、父は半蔵に殺され、半蔵の側近の女忍者と幼馴染みは相討ち、娘は半蔵を殺して仇を討ち、いずこへともなく去っていく。信康切腹の謎を題材にした歴史秘話にして歴史悲話。かわさき演出、手堅くキチンとまとめている。
 時代劇ならではの濡れ場にも味を出している。着物をはだければ、下は男が六尺・女は湯文字というのは一味ちがう。女の武器で男の一物を絞め殺す天女貝・女陰に男の顔を吸い寄せ窒息させる風魔蜜壺地獄と、くノ一ならではの忍法も楽しい。幼馴染みの男に半蔵が催淫剤を仕込み、娘の目の前で側近の女忍者と痴態を演じるのを見せつける見せ場もなかなかの熱気。側近の女忍者が御贔屓里見瑶子嬢、目張りのきついメークで吊り上った目元が、視線の強さを生かして効果的だった。

「男を買う女たち とろける」(新田 栄)
 音声を変えたり、一部再現ドラマですと断ったりと、ドキュメントを装ったワイドショータッチの風俗探訪。TVより画面は広いし、エロ度は大きいし、といったあたりが取り得か。でも、SM的なSEXのために男を買う有閑マダム・ストレス解消に男を買う風俗嬢・男を買って3Pしようと同僚に持ちかけレズを成就させる女と、題材がいずれも平凡なのがやや退屈。

こんな2本立、昔の東映の繋ぎ番組によくあったようで懐かしかった。もっとも、撮影所システム健在の頃のそれは、スケールが何倍にも大きかったのではあるが。


2003年11月1日(土) ●浅草世界館
 第一土曜日、前に紹介した木馬亭の「もも子と美穂子のおはようライブ」の日。浅草世界館では、国沢実=樫原辰郎コンビと池島ゆたか=五代暁子コンビ作品を同時上映中。何故かピンクと相性がいい。「変なものと一緒にしないで下さい」と玉川美穂子さんには言われそう。てなことで、この日もライブ→「蛙の会」「あっち亭こっち一座」メンバーとのランチ→P鑑賞のパターンとなる。期しくもこの日はファン感謝デー、そんな日にピンクもどうかネェーと思ったが、考えてみれば私はチケットショップのダンピングで、一般映画は正貨で見たことはまずない、興行界は価格破壊が起こってる。ピンクにだけは起こってない。ファン感謝デーはピンクの日、これ正解かも。

「老人のSEX 人妻折檻」(大門 通)
 主人公の老人は養子、亡き妻は不倫のし放題だった。今は息子と嫁との3人暮らし。息子も母の血を引き浮気三昧で妻はほったらかし。この息子も実は不倫の種で本当の子ではない。老人はもう不能だが、猥らな行為を嫁に迫り拒絶される。強引に襲って、責め具を内造した皮製の下着を装着し、鍵で固定してしまう。責め具はリモコン操作ができ、そのまま買い物に行かせて、リモコン操作でいたぶる。塚本晋也の「六月の蛇」のごとくだが1998年作品なんだから、こっちの方が先。まあ、「六月の蛇」そのものが、ピンクないしポルノを志向してたのだそうだから類似は当然か。尿意の限界に至っても鍵を外さず、それどころかリモコン操作で責め具を操作していじめつくし、ついに羞恥地獄の中で嫁は失禁・放尿。汚れた床に顔を押し付け、スパンキングで床を汚したお仕置き。夜になっても下着を外すことを許さず、夫との間は生理中としてごまかすが、夫が寝入った後にリモコンで責め具を操作され、ついに義父の部屋に転がり込んで屈服を告げる。後は、大人のおもちゃで前から後ろから、弄ばれる。
 と、すべてが「人妻折檻」のタイトルどおり徹底していればいいのだが、嫁の夫婦生活・夫の浮気・嫁の学生時代の友達とテレクラで知り合った薬屋との火遊び・バイアグラを入手するために嫁と薬屋との不倫・薬で機能が蘇った老人との行為と、通常の濡れ場にもかなり色目を使ってる不徹底さが物足りない。
 ミニコミ誌「映画と私」の最新号は「私の好きな映画スター」特集だが、その中の「谷ナオミ」の項で素晴らしいSM論があるので紹介したい。「縛られている状態では普通の性行為は行なえないし、そもそも責めている男にはそのような意図はない。(中略)通常のポルノ映画では(中略)観客はその行為には参画しないでいわば覗き見をする(中略)これに対して、谷ナオミの緊縛シーンでは、観ているわれわれも彼女を責めている男と同じ視点を共有することができる」SMでいくなら、この位の視線の徹底性が、私には欲しい。ちなみに筆者の古川博宣氏は、私の「映画友の会」の友人でキネ旬「読者の映画評」の論客である。

「不倫妻の淫らな午後」(池島 ゆたか)
 池島=五代コンビは、名画のパロディかオマージュが定番だが、今回は思い当たるものがない。まあ、映画が良ければそんなことはどうでもいいので、これは情感溢れるいい映画だった。しかも、ピンクならではの情感であるのが素晴らしい。
 主人公は、かつて上司の部長と不倫をして、あきらめるため平凡な見合いで人妻になる。今は、夫も部長で同様に部下と不倫中。介護の仕事で気を紛らせる毎日、ある日ボケ老人の介護の仕事、それはかつての部長だった。妻に死に別れ、女遊びが過ぎて息子達にも見捨てられた哀れな存在。彼女のことも気付くはずもない。最後は世捨て人の如く入院させられる前日、昔の不倫相手との思い出に浸り、介護者がその人と知ることもなく、プレゼントの財布を握り締め息絶える。主人公の夫も、不倫相手から同僚と結婚し関係を清算することを告げられる。時代の離れた二つの別れが同じバーで、似た構図で展開する洒落た演出が憎い。この体験を通じ、主人公夫婦は初めてまともにお互いと向き合って抱き合う。と、このままでは大甘のメロドラマでしかないが、ピンクならではの踏み込んだ性描写がそれを超えて人間の真実に迫る。主人公が田舎から出てきたばかりの初々しい娘だったころに、無理にしゃぶらされた部長の一物、同じような行為を介護する老人にするが、もはや勃起することは無いのを見る感慨。主人公夫婦の大学生の娘が、ボーイフレンドとのSEXの後、「夫婦がしなくなるのは、どのへんからなんだろう」という会話まで、大甘メロドラマにピンク的描写を加えることで、ピンクならではの人間観察に到達した。

「悩殺天使 吸い尽くして」(国沢 実)
 冒頭、女子高生のレイプシーン、絶叫、赤い効果的な照明、次の瞬間、男は吹き飛ばされ沼に上半身逆さに突っ込み、水面にはV字型の足が二本、「犬神家の一族」のポスターの如く。ブッ飛び映画の国沢=樫原コンビ、やってくれそう!そして久々にやってくれた。
 放浪の僧侶らしき男から、彼女はセスパー(それって何?)であることが告げられる。何年かたち平凡な人妻に。だが、セスパーの力が普通の人間と共存できるかどうか、心の隅で恐れている。もう一人のセスパーは、共存など最初から不可能として、新興宗教の尊師となり、男の性を貪り尽くし世界制覇を目論む。こちらは青の照明。人類との共存を願うセスパーと、人類を征服しようとするセスパーの対決。クライマックスはコンビナート近くの荒涼たる荒野、セミヌードに赤と青の照明とフィルターを巧みに駆使し盛り上げる。「淫臭名器の色女」「ノーパン医院 お脱がし治療」に続いて、低予算を逆手にとり限定された空間にスケールの大きい題材を展開してしまう国沢=樫原コンビ、相変わらず見事だ。赤の完勝と思わせておいて、繁華街で男をナンパする女に青い照明と、幕切れの気の持たせ方も鮮やか。


周磨要のピンク映画お蔵出し(3)

2003年■月■日(水)
「鍵穴 和服妻飼育覗き」(深町 章)
 不能の作家が、妻の昔の恋人で不倫相手の書生と妻を蔵に閉じ込め、人畜になるよう強要し、自らは覗いて快楽に耽っているうちに、彼の人畜の血が目覚めて獣化して、妻の反撃に合い逆に蔵に監禁されるという猟奇的事件。舞台は戦後間もない昭和26年、低予算ながら時代の雰囲気をうまく出して猟奇性を盛り立てる。妻は葉月蛍、病の父を支えるため主人のいいなりになるしかない薄幸の女中に御贔屓里見瑶子嬢。黄金の競演のはずなのだが、これは99年作品、デビューの翌年、圧倒的な存在感は葉月蛍の足下にも及ばない。「未亡人銭湯 奥まで洗って」もそうだったが、さすがの彼女もデビュー早々からブレークしていたわけではないようだ。

「人妻家政婦 情事のあえぎ」(橋口 卓明)
 探偵が浮気調査を依頼される。これは依頼主の罠で、妻を不倫しやすい状況に追い込みそれをタネに離婚して、女社長と再婚し経済危機から逃れようという陰謀。すべてを明るみに出す探偵。依頼主は殺され女社長が逮捕される。人妻と関係する探偵、真犯人は人妻だったという定番ながら手堅くみせる愛欲ミステリー。

 2作とも、新東宝のプロデューサーにして脚本家の福俵満作品。会って話しをお聞きした時、作家的意欲はあまり示さず「強いていえば撮りやすい脚本を書きます。ピンクの枠の中で大それたことはできませんから」確かに2本とも自然体の良さがある。濡れ場を無理に押し込みつつもピンクを越えた作品を目指すような意欲は薄いが、ピンクだからといって無理して濡れ場を乱発させようとの変なサービス精神もない。江戸川乱歩調の猟奇ミステリーと男女の情が絡んだ愛欲ミステリー、ピンクなんて特に意識しなくても、自然体で撮ればピンクとして成立する脚本。優れたバランス感覚の持ち主のようだ。

2003年■月■日(木)
「真昼の不倫妻 〜美女の快楽〜」橋口 卓明)
 「人妻家政婦 情事のあえぎ」に続く福俵満脚本の私立探偵もの。浮気調査をしていく中で女と男の切ない真情を見せられていく。新婚旅行の事故で不能となった男、何かを取り返すように闇金融の帝王にのし上がる。汚い金はいやだ。幼稚園の保母から結婚し、不倫妻からデリヘル嬢へと転落していく女。男は妾腹で正妻の子の弟の風上に立ちたい意地があった。弟の罠で殺され、これでずっといっしょにいられると寄り添う女。探偵の方の愛人関係は、二人の女に言い寄られ対象的にコミカルな展開。自然体で撮れば、そのままピンクとして成立する手慣れたプログラムピクチャーの語りの楽しさ。福俵満、見事な職人芸だ。

2003年9月19日(金) 初号試写
「ナース姉妹 桃色診察室」(佐藤 吏)
 「映画芸術」さんの御好意で、脚本を読んでから初号試写をみせてもらった後、監督の話を聞けるという理想的な状況での鑑賞。
 佐藤吏監督は「人妻ブティック 不倫生下着」に続く2作目。デビュー作は自作脚本で、子供好きの男が主人公で子役がポイントになるピンクホームドラマとでも呼びたいユニークさ。今回も自作脚本、やはり子供がポイントのようだ。題名どおりナース姉妹の話、幼い頃、父は子供を捨てて家を出た。妹は小さいので父の記憶はない。姉はキャッチボールで遊んでくれた思い出と捨てられたトラウマで、恋人がいるが結婚に踏み切れない。思いつめる真面目タイプ。妹は医師と不倫中で、よく言えば奔放、悪く言えばだらしのないタイプ。姉は父と再会して吹っ切れて結婚を決意、妹も不倫を清算し新たな旅立ちへ、といった筋立て。姉の結婚への決意は子育てをしている同僚を見ていたことの影響もあるようで、ここでも子供がポイントである。
 回想との父親とのキャッチボールシーンは、シナリオで想像させる以上に情感が篭っていた。父親との再会によるトラウマ解消は、若い役者を老け役にしたためか、逆にシナリオのイメージ以上のものが出なかった。(回想があるので、父役は、現在を老け役で処理するか、過去を若作りにするかの二つしかないのが苦しいところ)姉妹を佐々木ユメカ・佐々木日記の実の姉妹が演じるのが、華があってよい。だらしない妹が滅多にしない洗濯で洗剤をブチ込み過ぎて台所中泡だらけにするのが脚本にあり、そのユーモラスなシーンは見たかったが無かった。監督の言では、撮るには撮ったが尺数の関係で切ったとのこと。ちょっと残念。日記のコンビニ食の散らかしぶりなどはおとなし過ぎるとか、私にとって脚本とのイメージの食い違いは色々あれど、自作脚本の演出だから、書き込んでなくても監督にはすでにイメージがあるのだろうし、脚本の何たるか演出のなんたるかは、細かくつついてもあまり見えてこないだろう。全体としては情感溢れる佳作である。
 姉妹競演を東スポ・日刊ゲンダイで取り上げるとか聞いたが、未だ目にしていない。興業通信では、渡辺正純さんが取り上げたと本人から聞いた。
 意外だったのは、私は監督は作家性の強い人だと思ってたら、現場主義の人だったこと。脚本が2本続けて自作だったのは成り行きで拘ってるわけじゃないし、子供がポイントになったのも偶然。今回は「ナース物」から企画が始まり、プラス「姉妹」でどうだとなり、姉の結婚に障害をもうけようとなり、幼児期のトラウマは最終段階で出てきたとのことだった。でも、出演した一人の子供は、子役でなく公園で遊んでた子を撮影に引き込んじゃったそうで(このシーンは監督も特出、楽屋落ち的に大いに受けていた)、いつまでも帰らないから映画に興味あるのかなと思ったらボールを返してもらおうと待ってただけだったんだってと、楽しそうに語るあたり子供好きの資質が意識せず自然体で滲み出ている感じもしないではない。
 映画青年上がりみたいな人だけでなく、こういう自然体の人がいることも映画を豊かにする大事な要素だと思う。笠原和夫にしても、最後まで「自分は海軍二等兵曹」と称し、映画は食うための仕事、だが、それだからこそおろそかにせず書いた、との意味のことを言っている。
 初号試写会場は、やはり映像といい音といい映写状態が抜群に良い。関係者は、映画館で見直すとガックリ来ちゃうんだろうな。

 映写前に国沢実監督にちょっと話を聞く機会が持てた。樫原辰郎脚本との名コンビの国沢監督である。樫原さんと話すと、引出し豊富で抽象的な話がバンバン出るのだが、国沢監督は徹底的に具象的。「淫臭名器の色女」で死んだ男の映像がTVに映りオカルトかと思ったら、女スパイがガス台の下でビデオをリモコン操作してただけだったシーン、ガス台の下というのがいじましく微笑ましくて良いのだが、樫原さんの話では脚本はクローゼット、ガス台というのは監督のアイデアとのこと。クローゼットでは平凡過ぎて面白くも何ともない。そのセンスを称賛したら「あの部屋はガス台の下しか隠れるような所がなかったんですね。ちょっと無理がありますけどそうしました」と淡々たるものだった。その他でも「現場の状態でああなった」「女優がもっとできると思ったら、そうでもなかったのでああしかならなかった」といった具合。湯布院映画祭に初参加した99年の時に痛感したのだが、見る側は映画を言葉と意味で追うのに対して、創る側は感覚や物理的条件で映像を積み上げ、徹底して具象的なのである。だからこそ渡辺武信さんが言う「観客の目で映画を創りなおすのも観客の権利」ということも出てくるのだろう。「人妻たちの性白書」を樫原さんはキアロスタミかヴェンダースを意識してたそうですよ、と言ったら、国沢監督ちょっとニヤリとして「あの人の話は半分に聞いた方がいいですよ」だって。こうした具象・抽象コンビだからこそ、作品が豊かになるのかもしれない。

 初号試写の後は打ち上げがあり、時間が空いたところで監督の話を伺う予定だったが、どうせだったら入っちゃったらとの御好意で、同席させてもらう。監督の近くの席だったので、何と向かいに佐々木ユメカさんで右隣には妹の日記さん、何となく儲けた気にはなったが、あまり話は聞かなかった。湯布院でもそうなのだが、私は俳優と話すことにあまり興味をそそられない。俳優は作品表現の重要な素材であるが、私の関心は結果としての映画総体表現にしかなく、そこに意味性を見る見方が強いので、部分や過程にあまり興味が持てないのである。でも、表現者にとって大事なのはそこに至る過程。そういや、活弁も表現者だな、こんなことで、俺大丈夫かな、と、ここでも湯布院の影をまだ引き摺っていた私であった。

2003年■月■日(日)
「天井裏の痴漢 淫獣覗き魔」(深町 章)
 これも「鍵穴 和服妻飼育覗き」と同様戦後間もない昭和26年が舞台で、時代のムードを巧みに生かした福俵満脚本の江戸川乱歩風愛欲猟奇の世界。病弱の旧家の跡取り娘、世話をする看護婦はその夫と不倫の仲。実は跡取り娘の病弱は看護婦に薬を盛られていたため。屋敷には天井裏の覗き魔が出没、実はこれがレズの女中。看護婦と女中はお互いの秘密を知り合い、口論の果てに女中が看護婦を殺害。夫が疑われ逮捕、すべてを知った妻は女中を国外に逃がす。そしてキューバ危機の昭和37年、ブラジルの富豪と結婚した元女中が帰還。跡取り娘の夫は病で廃人同然、跡取り娘と元女中はレズの愛欲の世界へ、といった具合で、例によってドラマの中に自然体で濡れ場が組み込まれている福俵満練達の職人芸。
 女中役が御贔屓里見瑶子嬢、これは実力をつけてる今年度作品、切通理作さん評する「視線の力の強い女優」瑶子嬢ならドンピシャの適役、のはずがどうもパッとしない。瑶子嬢と福俵脚本て相性が悪いのかなあ。でも「未亡人旅館2 女将は寝上手」もあることだし、考え過ぎか。

 「映画芸術」最新号で、ピンク映画の今後について、新田栄監督と福俵満プロデューサーの話を記したが、紙数の関係で書けなかった二人の発言を捕捉する。ある若手脚本家は「ピンクが自然消滅すれば、今参入している若い才能は、他の表現場所をみつけて流れていくんじゃないですか。35ミリの世界が一つなくなるのは残念ですが」と、福俵満プロデューサー同様にクールだった。湯布院映画祭のパーティーでは荒井晴彦さんからこんなことを言われた。「今の若いのはピンクで自己充足して目的化してるから駄目なんだよ。ステップとして捉えなきゃ。俺が関わってた時はそうだったよ」

 どうも、まだ湯布院を引き摺ってる。ついでに湯布院日記の捕捉も一つ。SFマガジン11月号の友成純一さんが連載「人間廃業宣言」で、どういう経過でどういう心境で映画祭に参加したのかを、細かく記している。湯布院では「浴びるように酒を食ら」ったそうで、多分、私と話したパーティーの後は徹夜だったんだろう。タイムチャートを引けば、その時間に私はある参加者から実行委員の不満を聞かされていたわけだ。映画祭は参加した人の数だけ顔があるということを、また痛感した次第である。


2003年10月18日(土) ●新宿国際名画座
「変態実話 前から後ろから」(新田 栄)
 旧題「エロ・ドキュメント 超・変態実話」ドキュメントと称し、出演者のタイトルも素人のようにカッコ内に主婦とかOLとか記され、新田栄も監督でなく監修と実写を衒っているが、撮り方は全く他のピンクと同じ。いや、新田作品はドラマでも濡れ場の方便のようなものばかりだが、実話と称したからには、さらにそれが徹底する。出張家政婦・出張ホスト・乱交パーティー等が単に羅列されるだけ。セールス外勤の息抜きのサボリ・上野の出張列車待ちサラリーマンの時間調整でちょっと覗くには手頃なのだろう。濡れ場を猥褻にみせる工夫はさすがベテランでもある。でも、こういうのってずっと続けて見てると、ウンザリしていやになる。あれは見るもんじゃない。(じゃ何するもんなのと言われても困るが)とにかくわずか1時間がとてつもなく長く感じた。

「赤い長襦袢 人妻乱れ床」(深町 章)
 そこにいくとこちらは深町作品、ドラマとしてしっかり見せる。時代は終戦前後の復員をめぐる悲劇。低予算でもちょっとした小道具で時代の雰囲気を出せるし、事実よく出している。資産家の妻の夫が出征して戦死。夫の妹に財産を取り上げられそうになるも、瓜二つの夫の異母弟を夫にでっち上げて切り抜ける。ところが夫の戦死は誤報で復員してくる。夫は実は不能者だったので、異母弟を選んだ妻、夫を殺害してしまう。戦後間もない映画には、よくこの手の悲劇があったが、その時代を再現して秀逸。胸を病み病弱の読唇術を知る青年が、これを覗き見て一方的に憧れるという猟奇愛欲劇の筋立て。憧れの女にすべてを見たことを告白し、証拠隠滅のために首を絞められ、死の直前に妄想の情事の至福の中で息絶える幕切れも味わいがある。濡れ場がドラマの流れを中断するのは通常のピンクどおりだが、濡れ場が終わればドラマが転がり出すので、その期待から前記の新田作品のように退屈することはない。いや、深町監督もベテラン、猥褻感よりも情の濃さをネットリ感じさせる濡れ場も、独立した見せ場ではある。

「発情家庭教師 先生の愛汁」(女池 充)
 アニメあり特撮ありのぶっ飛びSFとかの噂を漏れ聞いていて、待ちに待っていた女池充の最新作。家庭教師プレイの風俗嬢が、何かの抗争に巻き込まれ、流れ弾を額に受けてしまう。何故か死なず額に穴が開いたのみ、抗争の元らしい筒も偶然彼女の手中に。額の穴にペンシルを突っ込んだら弾が脳のどこかを刺激し(このへんがアニメ)、天才的な頭脳になったり、感覚が時間ずれしたり(コーヒーに砂糖を山ほど入れて平然、翌朝に甘くて気持ち悪くなるとか)。抗争の元の筒の中には、ブッシュの指のクローン(?)で世界戦略に影響ありそう?彼女が最終戦争のミサイル発射ボタンを押したら、額から弾丸がポロリ、そうしたら普通に戻り海岸を歩いてたら、空の彼方にミサイルが落ちてくる雲が見えるって、奇々怪々何だか分らない怪作・珍作。特撮風画面がチョボチョボ。センス・オブ・ワンダーが感じられそうだったが、結局私には掴み所がないまま終わってしまった。最大の弱点は樫原作品のように低予算を逆手に取る(例えば「美女濡れ酒場」ならファンタスティックの空間造形を番傘1本に収斂させるとか)でなく、金かけたらもっと面白くなるのかなと、思わせちゃうところか。


 川崎りぼん脚本が、深町章から国沢実に監督を変えた「十八歳 制服の胸元」、PGを一生懸命検索していたのだが、なかなか見る機会が得られなかった。それがひょんなことで見ることができた。昨年の「蛙の会」公演でテルミン伴奏付の紙芝居を演じた長嶋美穂子さん、玉川美穂子の名で浪曲の三味線を弾いていたのだが、ついに浪曲を語りだし、若手女流浪曲師太田もも子さんと組んで、毎月第一土曜日「もも子と美穂子のおはようライブ」なる会を浅草の木馬亭で開催し(本業の筑摩書房編集者の仕事は大丈夫なのかいな)、私も常連なのだが、9月6日は早めに着いたので、そういえば湯布院映画祭に行ったりでここのところPGもチェックしてないな、六区の映画館の番組でも確認するかと足を伸ばしたら、世界館で「十八歳 制服の胸元」を上映していた。こういうのは、何となく儲けたような気分になるから不思議だ。早速引き続きの観賞となる。

2003年9月6日(土) ●浅草世界館
「十八歳 制服の胸元」(国沢 実)
 リストラ・援助交際と暗い現代の世相を題材にしながら、中年男と女子高生が生きる力を得て出直していくことをキチンと描いてみせた爽やかな一篇である。
 リストラされ妻にも不倫されてる中年男と、母子家庭で母親が男狂いのイジメられっ子の女子高生が、自殺しようと上がった屋上で遭遇する。「お帰りなさい。お風呂にします。ご飯にします」と若妻を装って自殺を思い止まらせる女子高生の切なさがよい効果だ。女子高生の愛読書は、昔、男が作家を目指していたころのただ一冊の著書だった。巨漢の男に援助交際を迫られ、助けようとした男ともども辱めを受けたり(この時、フェラを強要されるが身は汚されないのが効果的でうまい)、男が狂言自殺を演じることで、お互いの大切さを認識したり、最後は女子高生が処女を捧げ、男は妻とやり直し、小説を書き続けることを決意し、女子高生はイジメの象徴だった怪我した手の包帯を高く宙に投げ上げて、雑踏の中に去っていく。これに、お嬢様学校だがセーラー服フェチの男と援助交際をする彼女の友達とかがからみ、現代の閉塞的世相の中で、再生していく二人を爽やかに描いてみせる。
 川崎りぼんは、深町章監督とのコンビではファンタジー色が強かった。今回はファンタジー色が全くないリアルな世界だった。国沢実監督も樫原辰郎脚本では、ブッ飛び感覚が多いが「人妻淫悶責め」のように樫原脚本と離れるとリアリズム色が強い。その関係なのかどうか。

「変態熟女 発情ぬめり」(山崎 邦紀)
 ネットで男を誘う女、一度は寝るが2度は寝ない。しかし、男は虜になり、他の女では駄目になってしまう。実は女はセックス・アンドロイド、これより上級型の男のアンドロイドも登場する。男のアンドロイドは経験の学習効果で進化し、人間的感情に目覚め、精力は衰えていく。女のアンドロイドは性的精力が経験を通じどんどん肥大し、製作者の精をすべて吸い尽くし死なせてしまう。女のアンドロイドの方が上級型だったかもしれないと感じ出した製作者。人間に近付いていく男のアンドロイドは自己の存在に疑問を有し、女のアンドロイドにスイッチOFFを頼む。といったセンス・オブ・ワンダーがあるのか、単に濡れ場の方便だけのSF的設定なのか、奇妙で微妙な一篇。
 アンドロイドに夫が妻も抱けない体にされた報復に、アンドロイドを追う人妻が「サイボ―グ」という表現を使う。「アンドロイド」と「サイボーグ」は全く別物だ。でも、世間のSF認識なんてその程度である、てなことをここでさり気なく見せたのか?そこまで意識的かどうか?「変態未亡人 喪服を乱して」でホトパワーなるブッ飛びを見せた山崎邦紀、案外SFマインドに溢れた人かもしれない。眉村卓の「わがセクソイド」なんて映画化してもらいたいものだ。

「愛染恭子 昼下がりの情事」(北沢 幸雄)
 コンピュータ技術者の夫が不能になり、お定まりの不倫から、内心妬んでる昔の友達に売春の世界に引き込まれる。最後は遊具のプレイで夫に回帰する。要はタイトルロールの愛染恭子の濡れ場の数々のヴァリエーションを楽しめばよい映画。でも、こういうのを見ると、濡れ場だけで猥褻を大きく乗り越えてスペクタクルにまで昇華していたロマンポルノの白川和子は、桁違いに凄かったのを懐かしく思い出す。


2003年8月28日(木) ●上野オークラ
「女囚 いたずら性玩具」(荒木 太郎)
 呆けた父親と住んでる娘と愛人関係の白黒ショーの若者が、公演の旅で女囚と元看守の爛れた愛欲関係に触れて、Uターンして元の鞘に納まるお話。二人の女囚を手玉に取ってSMチックな快楽に耽った看守が一人の女囚の嫉妬で刺され、足は不自由になって懲戒免職。ホームレスになるも出所した女囚に償いを申し出る。ただSMチックな性癖は変わらず、ホームレスの真っ只中での露出的なSEXとか、才人荒木太郎監督、画面に工夫がある。もみ合いの末、男が熱湯で失明、女が手を引いて連れ添う幕切れ。白黒ショーの若者の愛人の家も、呆けた父親の奇矯な行動やら、低予算ながら大きな花札をあしらった家の美術やら、窓の外に散る花びらやら、目を楽しませる工夫がいっぱい。恒例となったイラストのタイトルも含めて、荒木太郎らしい遊び心に溢れている。

「三十路家政婦 いかせ上手」(下元 哲
 妻を失った男と息子二人、不自由なので家政婦を頼むが、お決まりどおり三人とも彼女に迫る。家政婦は末の息子の筆下ろしをしてやり、父と再婚、兄の方はモノにできない欲求不満を風俗で晴らしたりと、これもよくある話。三十路はいいけど家政婦のフェースにもボディにも全く魅力がないのが最大の難点。

「純愛夫婦 したたる愛液」(森山 茂雄)
 やっぱり森山茂雄は、ファンタジーの人だった。脚本が五代暁子だからとも思ったが、原作が監督自身なんだからまちがいない。やり手のサラリーマンがやり過ぎでリストラされる。私物のダンボールを抱えてオフィス街をうろつくあたり、早くも異次元感覚、だって普通は宅配便でどっかに送るでしょ。再就職うまくいかず、飲んで荒れて妻も去る。自動車事故の衝突音がどこかから聞こえ、その直後に得体の知れない女が眼前に寝転んでいて、仕事ですけど理由はいえませんとつきまとう。実は妻は事故で生死の境、その境界世界に現れたエンゼルが彼女。やり過ぎで恨みを買った会社こそ貴方の実力を認めてるはずとエンゼルはアドバイス。最後は見事成功、実は彼は学歴のない叩き上げ、それ故に無理してやり過ぎた。受け入れた社長も叩き上げ。キャリア・ノンキャリが崩れてきたバブル以降の時代には、変な理屈をつけずにこの程度の凡なところで手を打つのが賢明か。手に握った羽毛で幻想空間を現出するなど、番傘一本で幻想空間を現出させた「美女濡れ酒場」樫原辰郎監督と並んで、低予算の逆手の取り方が上手い。やっぱり森山茂雄はファンタジーの人と見たが、どうだろう。それにしてもエンゼル役の「まいまちこ」は不思議な女優だ。ニコッと笑うだけで、すべてを浄化してしまうのである。


周磨要のピンク映画お蔵出し(2)

2003年■月■日(日)
「桜井風花 淫乱堕天使」(森山 茂雄)
 森山茂雄監督の昨年のデビュー作、タイトルロールの桜井風花が良い味を出している。恋人もそこそこいて、卒業がちょっと心配というどこにでもいる平凡な大学生が主人公、行きずりにちょっと気になる失語症の少女の面影を残す風花と遭遇、ヤクザにだまされそうだったりして、色々関わりが出るが、結局沖縄から父親を探しに来た目的が判明し、もう少し探してみると置手紙を残してまた去っていく。いなくなってみると、すべてが夢の中の理想化された存在にしか思えてこないムードが魅惑的。これも森山監督の異次元感覚?

2003年■月■日(日)
「小川みゆき おしゃぶり上手」森山 茂雄)
 同僚のOLとのオフィスラブなどを妄想している平凡な独身サラリーマン、休日は一人寂しく海を見にドライブ、そこで自殺未遂の女を助ける。「帰るところがない」と甲斐甲斐しく家事をこなし、男も新婚のような幸せ気分。ところが、次第に夜の行為がSM的プレイをねだるなど激しさを増す。「私を一人にしないで」と哀願され、出張も断らなければならなくなる。ヤクザっぽい過去の男なども現れ、自殺をチラつかせ男にとりつくような女らしいことも感じさせる。出会った海岸に一人で車を走らせた男の叫び!平凡な日常がジワジワと異次元に吸い込まれていく感覚が見事。やはり、これが森山監督の個性か?


2003年8月9日(土) ●飯田橋くらら
「新・未亡人銭湯 女盛りムンムン」(国沢 実)
 私が最も期待する国沢監督=樫原辰郎脚本コンビ作品。未亡人が夫の後を継いで銭湯を続けており、近所の幼馴染みの酒屋が心を寄せているというよくある出だしから、記憶喪失の若者が登場、面倒を見ることになる。若者は女にペットのように奉仕させられている幻想に悩まされている。ホラホラ、ぶっ飛びイメージ始まったかなと期待させる。昔、下町を出たもう一人のビジネスマン風の幼馴染みも戻ってくる。未亡人の入浴を覗いてオナニーする若者から、未亡人との濡れ場へとつながるのは平凡な展開だが、スポットライトを効果的に駆使した風呂場の濡れ場は、画面造型に工夫があって悪くない。若者は、結局下町の同世代の娘と恋人になるが、婚約者と称する女が出てきて過去が判明。若者は事業家の息子で婚約していたが、ペットのように弄ばれるのがいやで逃げた時、転落し頭を打っての記憶喪失、ビジネスマン風の幼馴染みは、その事業家の調査員。銭湯の土地を買い上げ再開発を目論んでいた。下町の人間団結して開発反対、若者は婚約破棄して下町娘と暮らし事業を中止させる。下町人情万歳万歳って、この平々凡々さホントに国沢=樫原コンビ作品なの?以前、現代映像研究会の飲み会で樫原さんと「プライベート・レッスン」を話題にした時、「いつもトンデもないもの撮るんで、少しはまともなの撮れって興行側から言われて、監督と話して、それなら徹底して平凡なの撮ってやっかって開き直って作ったんですけど、誉めるファンが何故か多いんですよね」と言っていた。今回もその類なのか。いずれにしてもブッ飛び感覚のかけらもないこのコンビ作品なんて、私は見たくない。
 助監督・城定秀夫、デビュー作「味見したい人妻たち」でなかなかいい味を出していたのに、ここのところ助監督が目につく。監督作が続かないのは少々残念。またタイトルによれば御贔屓里見瑶子嬢がカメオ出演していたみたいだけど分からなかった。銭湯の客の一人だったんだろうな。

「赤襦袢レズ−熟女こすり合い−」(新田 栄)
 私は新田栄作品にあまりよい印象を持っていない。濡れ場を連続させる方便だけみたいなストーリー、濡れ場の描写は脱ぐまでの工夫も乏しくて、すぐアヘアヘ激ピストンのワンパターン。今回も和服の教授夫人が同窓会の帰りに女流カメラマンのレズの世界に引き込まれ、精神的葛藤なんて描かれるわけもなく、すんなり入ってしまう。ただ、赤い肌襦袢と黒いランジェリーの対比のショーアップはなかなかのものと思ったが、後は平凡。女子大生に手を出す教授。その弱みに付け込んで夫人に関係を迫る大学職員、レズ仲間に騙される女流カメラマン、やっぱり女同士のあなたとが一番いいわとの終幕になる教授夫人と女流カメラマン、方便でしかないストーリーを濡れ場がダラダラと羅列して繋げていく。和服・レズというバリエーションが、かろうじて今までよりは単調でなく見せてるかなといった程度。
 私は活弁勉強中だが、その縁で女優の早乙女宏美さんと知り合いになれた。彼女には「性の仕事師たち」という著書があり、仕事師の一人としてピンク映画監督は新田栄がルポされていた。これを読むと、新田監督なかなか一家言もあり、これがピンクの王道なのかもしれないとも思えてくる。結局私は<映画が好きだからピンク映画「も」見る>のであって、<ピンク映画が好きだからピンク映画「を」見る>のではないということなのだろう。


2003年7月20日(日) ●新宿国際名画座
「巨乳三段締め」(的場 ちせ)
 旧題「巨乳三姉妹 肉あさり」昼は街頭売の弁当屋、夜はスペシャルサービス付きバーを経営の三姉妹と、会社経営の三兄弟の話。三女だけは清純派でいかがわしいことはできない。三兄弟の長男はやり手でないので社長は次男にまかせている。肉団子弁当を毎日買いながら、三女に想いを寄せる長男。姉妹は家庭内暴力から孤児院に引き取られた過去があり、金を貯めて理想の孤児院を経営するのが夢。すでに土地は確保。長男は出資を申し出る。実は、3人は孤児院での知り合いで姉妹ではない。二人はすでに理想を失い、それをネタに詐欺まがいのことをやっている。次男の社長も福祉家として名を売った後、経営不振を理由に姉妹を追い出し土地を奪って有効活用を図ろうとの魂胆。狐と狸の化かしあい。三女と長男は企みに気付き、長男は会社の金1億円をひそかに引き出し三女に渡し、孤児院の完成を祈って、二人は別れお互いにいずこへかに去る。1年後、残された4人は生活を共にしていて、1組は弁当屋、1組はバーテンとホステスとなっている。三女は孤児院を完成、長男は花束を携え祝福に来る。まあ、これだけの話だから3対3のそれぞれの組み合わせの濡れ場を長々と連発して持たせるしかない。という退屈作の一篇。

「未亡人サロン 先生もいらっしゃい」(新田 栄)
 旧題「悶熟!!未亡人サロン」。と、思ったらもっとストーリー性ゼロの映画が続いた。アクション映画と違って、ドラマ性のない濡れ場ばかりというのはホントに飽きてウンザリして疲れちゃう。未亡人のピンサロでのサービス行為や、店外での濡れ場が延々と続くだけ。店の客が翌日我が子の担任の先生で家庭訪問に来たり、若い役者の卵と同棲しているホステスが喧嘩して、腹を立てた男がサロンで遊んでやると来店したら遭遇したりとか、そんな他愛のないエピソードのみ。まあ、店内の描写に風俗ドキュメント的な面白さが無いともいえないこともないという程度。最後に主人公は息子の先生と結婚、サロンのテクは夫婦生活でも十分活かせるとかで、私が前号の「映画芸術」で記した濡れ場の日常性と非日常性を考えるにちょっと面白いが、そんな大袈裟なものでもないか。

 今回のお目当ては最後に控える河本晃脚本の新作、これだけはドラマを楽しませてもらえるだろうと、何とか2本の退屈な難行苦行を通過する。

「いんらん肉布団 女将の濡れ具合」(深町 章)
 20年前に離婚し、一人で旅館を支える女将と、母の欲求不満を気遣って出張ホストを派遣するような母想い(?)の娘、ある日娘が金融業者に追われてる別れた父を連れてきて、泊めてあげてと頼む。ドラマ的な部分は後述するとして、さすが深町章監督、濡れ場の見せ方が圧倒的に上手い。女将とホスト、娘とその恋人、元夫が手を出す宿の女中と3組あるのだが、いずれも見せ方に工夫があり、飽きさせない。よく、ピンクは濡れ場がドラマを中断するので、ビデオでドラマとして楽しむ時は退屈な濡れ場は早送りするのが賢明との意見があるが、それも濡れ場の見せ方の問題だろう。濡れ場の見せ場は女優のヌードと、行為で欲情をそそるところだ。これを安易にさっさと脱いでオーバーなピストン運動とアヘアヘだけで処理するワンパターンなら、退屈は当然である。そこがこの映画は一味違う。まず、着ているものが和服・日常的なパジャマ姿・コスプレ風ド派手衣装と各組バラエティに富んでおり、その衣装が序々に脱がされ肌が露出されるのに連動して行為が激しさを増し欲情を高めていく。濡れ場はこういう風にショーアップして退屈させぬようにしてほしいものだ。さて、ドラマの方、河本晃脚本は、いつもひとひねりあるところが楽しみなところだが、今回は女中に手を出したことに怒った女将が元夫を追い出すが、娘から実は病で元夫は先のない体だということを聞くとの趣向。最初に出会った公園のベンチに元夫はションボリと座っている。20年以上前、同じように座っていた彼にセーラー服姿の頃の後の女将が「泊まる部屋ならあるわよ」と声をかけたのが出会い、モノクロの回想で印象的に処理されていたその情景が再現される。泣き崩れる夫、陰で見つめている娘という気のきいた幕切れだ。ただ、前3作の河本脚本は、いずれもキチンと説明され曖昧なところが無かったが、今回はよく分からない所が多い。「家庭的でない」と娘が評した男と結ばれた女将の心情が曖昧だし、娘が派遣したホストを結局受け入れたり、元夫の部屋に夜訪れて女中との関係にショックを受けたりと、心と体の微妙な襞を描いてるようでいて、もう一つ芯が通っていない。男がギターを爪弾いて過去の孤独な旅を彷彿させたり、最後の泣き崩れるあたりもなかみつせいじは熱演なのだが、これも今一つ人間像が鮮明に焦点を結ばない。
 今回は行間を読ませる脚本で、後は演出に委ねることに挑戦したのか、否か。いずれにしても初めて少々の?がついた河本脚本であった。


2003年7月12日(日) ●新宿国際劇場
「いんらん民宿 激しすぎる夜」(小川 欣也)
 性モラルが保守的で恋人とのSEXに踏み切れない大学生が、プレイボーイの先輩とドライブに行く。途中、奔放な家出娘が同乗。リードされて童貞を捨てる。先輩の方は、山の中でガス欠のため泊めてもらった家の夫に蒸発された妻とよろしくやり、民宿の一人娘とデキたりして、最後は田舎生活に憧れていたので、婿となって民宿の跡取に納まる。奔放な家出娘は気まぐれだから、急に家に戻る気になる。帰った大学生は恋人と円満にSEX。ヒネリの一つ(例えば、「雨月物語」ではないが、山の中の夫に去られた妻が実は亡霊で、夜が明けたら廃屋だったとか)も全くなく、濡れ場だけをつないでいく味も素っ気もない一篇。

「奥様 ひそかな悦び」(池島 ゆたか)
 お馴染みの池島ゆたか=五代暁子コンビ作品、そうなるとついつい名画のパロディかオマージュに結びつけたくなるのが私の性癖だが、今回は無理に言うなら「逆噴射家族」。佐々木真由子の姪の河村栞が、大学受験準備で下宿する。覗いたりせまったりの夫と大学生の息子。さらに、傍若無人の振る舞いで老人ホームを追い出された父親も闖入、金だけは無茶苦茶持っている。文字通り札束で頬を張って嫁の真由子と関係、アレヨアレヨと平凡な家庭が、乱交空間へと変じていく。妄想を頻発させる画面転換、栞の憧れが雷蔵で、父は座頭市ファンとの遊びも楽しい。自分の名前を記したカチンコを持ってクレジットタイトルとするラストの洒落っ気も含めて、こちらはヒネりにヒネった演出が楽しい一篇。
 助監督は監督昇進前の森山茂雄、先日お会いしたので目についた。森山作品の魅力は異次元感覚の映像の魅力にありと思ったが、ご本人の言では映像派よりも力点は心理描写にあるよう。こういう妄想映画についていたのが、潜在的に反映されてるのか、とは考えすぎだろう。余談だが、知ってる人の名がスタッフにあると印象に残るものだ。ピンクで編集で活躍している鵜飼邦彦さんもその一人、映画友の会の縁で、日活の編集マンだった若い頃におつきあいがあった。「無頼」シリーズや長谷部安春の魅力を教えてくれ、友の会有志で旧作を浅草まで連れ立って追っかけたりしたことを、タイトルで名前を目にすると今でも懐かしく思い出す。

「婚前交渉 淫夢に濡れて」(加藤 義一)
 3人の婚約者に次々と去られてしまう男、婚約者は呪いの人形につきまとわれSMチックな淫夢に悩まされるからである。背景にあるのは、男のマザコンと母の異常なまでの息子への執着、婚約者の前で見せる理想的な母の微笑みと、目をそらした時の冷酷な顔の対比が怖い。呪い人形を創るためにミシンを踏むシーンの不気味さが印象的。最後の婚約者は幼馴染みだったが、やはり堪らなくて別の男と平凡に結婚、しかし呪い人形と淫夢は追ってくる。呪いの拡大・連鎖の「呪怨」を思わせる展開となる。淫夢の中の責め手が覆面を取ったら、それは自分自身だったというラスト。呪いは潜在意識を顕在化しただけなのかとの、味のある幕切れ。ピンクの魅力は「トンデモ映画」と「シリアス路線」の「二重連星」というのが私の持論だが、「痴漢電車 快感!桃尻タッチ」「教育実習生 透けたブラウスの加藤義一は「トンデモ映画」の方。ただし、前作までのナンセンスユーモアと全く異なり、今回は笑いの要素が少ない心理ホラー。いずれにしても今後のトンデモ感覚にますます期待したい。


周磨要のピンク映画お蔵出し(1)

2003年■月■日(木)
「人妻ブティック 不倫生下着」(佐藤 吏)
 怪獣の着ぐるみの仕事で、子供好きだが自身も飛ぶのが夢な子供みたいな男に惹かれ、結婚した女。結婚直後、男の心臓病が判明、ブティック勤めの妻が養う羽目になる。お定まりの妻の不倫。そして子供ができる。浮気に薄々気付いている夫は、我が子かと疑うが、かつての甘い出会いの頃をお互いが思い出し、妻は不倫相手と別れ、最後は幼児との3人の団欒風景でエンド。出会いの過去を怪獣の着ぐるみでうまく盛り上げたファンタスティックなムード。隣室の妻の不倫を自分の身に重ねての妄想と、なかなか描写も気がきいている。。ユニークなのは子供をポイントに使っていること。ピンク映画に夫婦は数多く出れど、子供が出るのは珍しい。確かに濡れ場には邪魔だし、親だってピンク出演は躊躇するかもしれない。冒頭の夫婦の濡れ場、パジャマの脱ぎ方から、終わった後のさりげないティッシュの股間処理など、エロチシズムとは別の夫婦の日常のさりげないSEX描写が自然。不倫相手とはきっちりコンドーム装着を要求する明確さ。子供は夫以外のものではありえないことをちゃんと示す。子供の存在を出したホームドラマでありながら、夜の部分の日常もちゃんと出す。新人佐藤吏監督、このタッチが定番なら、ピンクにも一般映画にもない独自な世界を構築するかもしれない。デビュー御祝儀で多くのピンク女優のカメオ出演、私としては思わぬところで里見瑤子嬢が見られてよかったよかったって、またかいな。

2003年■月■日(土)
「ノーパン秘書 悶絶社長室」(池島 ゆたか)
 金がすべてと割り切り、下半身のお相手も努める社長秘書が主人公。心を寄せてる社員あり。社長の妻は薄々浮気に気付いてる。だが彼女にも秘密が。15才の時に生んだ二十歳になる娘がいる。この複雑な人間模様が、社長室を中心に出たり入ったりのドタバタ人間模様。チャップリンの「伯爵夫人」を連想させるコメディタッチ。最近のピンクでは珍しい本格喜劇である。最後は秘書は愛に目覚め結婚退職、妻が第一秘書、娘が第二秘書として社長を監視との落ち。濡れ場がコメディらしさにミスマッチの他のピンク同様の扇情タッチでスタイルに乱れがあるが、平成ピンクもこの路線をもっと太く円熟させてほしいものだ。

2003年■月■日(日)
「味見したい人妻たち」(城定 秀夫)
 高校美術教師が製薬会社のエリート社員と結婚、不幸ではないがどこか物足らない。教え子とひょんなことから不倫となるが、子供ができ教え子は去り、日常が帰る。典型的なよくある話だが、新人城定秀夫監督は語りの巧みさで見せる。不倫相手の教え子を夜は押し入れに隠し、夫との夜の営みを見せつけ興奮、夫が出勤後は今度は教え子と不倫。睡眠薬でラリッてはしゃいだり、隣家のSMカップルを覗いて楽しんだり、蜜を塗りたくって全身が糸を引くSEXをしたり、首を締めるSM行為に走ったり、あれよあれよとの非日常への飛翔の演出が見せる。言うべきことを口の中でつぶやいてから口に出したり、モノローグを字幕に出したりと、人妻の心理の揺れも独自な表現。教え子は去り日常が戻った時、押し入れの中に彼女の似顔絵。寿退職の時の授業に、記念にと教え子の画のモデルになったプロローグと連動したエピローグ。最後まで語りの工夫で見せ切った。

2003年■月■日(火)
「豊満美女 したくて堪らない!」(坂本 礼)
 30歳まで無為に過ごしてきた3人の若者。かつての同級生が風俗嬢になっていることをホームページで確認。30になったら結婚してあげるとの昔の約束を伝手に山梨の風俗店へ。彼女は鯨捕りの男と結婚していた。一人は外人風俗嬢ベロニカと心を通わせた後の別離。一人は一度だけの彼女との思いを果たし、3人揃って何かを求めて鯨捕りの旅へ。例によって坂本礼監督、これでピンクなの?と言いたい位に濡れ場が少なく描写もおとなしい。そして青春というには遅すぎる者の無為を淡々と綴っていく。だが、残念ながらこういうのは私の趣味じゃない。3人組がSEXフレンドとプロレス覆面で交わったり、彼女がボブ・サップとの経験者だったり、ジャンボ鶴田の墓参りをしたりと、プロレス者には楽しい楽屋落ちあれこれ。

2003年■月■日(水)
「痴漢電車 快感!桃尻タッチ」(加藤 義一)
 最近のピンクには珍しい無茶苦茶ナンセンス・コメディ。全共斗運動に熱を上げた二人。今や一人は痴漢道を追及し一人は痴漢Gメン。痴漢はタッチが下手だから犯罪になるので、巧みならば現代女性のストレスを解放するボランティアと、何ともとんでもない理屈。その娘とGメンの息子が恋をしてしまう。電車でもお互いをまさぐり興奮してたと思ったら、外人の痴漢と痴女とに同時に襲われていた。でも、西洋流のセクハラ論法ナンセンス、ボディタッチこそコミュニケーションとの乱暴な論法で、みんな揃って踊りだし、お前はマハラジャか!と言いたくなるブッ飛び感覚。男は痴漢道に目覚め女の父に弟子入り、実は父は育ての親で本当の親は少林寺の技と痴漢道を融合させた達人で、痴漢がばれGメンに追われて逃げる途中で車に跳ねられて死んだとの、どこまでナンセンスに進んじゃうのって感じ。最後は痴漢する男とそれに割り込む女と3人でアヘアヘといったところで幕。ただ、女に対する感覚は、案外古めかしい男社会感覚から一歩も出ていない。

2003年■月■日(木)
「教育実習生 透けたブラウス」(加藤 義一)
 何が何でも教師になりたい主人公、色仕掛けで何とか教育実習の場をゲット。が、担当は意地悪なオールドミス教師。問題児のクラスをまかされる。一芸に秀でた者の卒業狙いで、男子校なのにチアリーダー教育。ちょっとふるいが広末ネタにプラスして「ウォーターボーイズ」か。加藤義一、前作に続きハチャメチャナンセンスが持ち味のようだが、女の捕らえ方が古めかしい男社会感覚なのが気になる。


2003年6月7日(土) ●上野オークラ
「美人保健婦 覗かれた医務室」(森山 茂雄)
 何の変哲もない普通の場所を撮りながら、それを異次元空間に感じさせてしまう奇妙な魅力を持った映画だ。主人公は大商事会社の医務室の保健婦。別棟にあるとのことだが、どうみても入口はマンションの一室といった感じ。リストラ恐怖症の男とか、SEX相手のいない鬱の女とか、訪れる患者もどこか奇妙。さらにやり手のキャリアウーマンが、何故か社員の男をとっかえひっかえ引き込んでの情事の場所として、毎日のようにベッドを借りに来るという「アパートの鍵貸します」状態。その度に外に煙草を吸いに出る保健婦。屋上に机を出してパソコンのデスクワークをしてる初老の男に出会う。若い社員が付き添っている。海外のダム・プロジェクト建設に絡む不正行為の責任隠しで自殺を図って気が触れた課長、秘密保持のため若い社員をお目付けにして飼い殺しにしてるとのこと。当人はまだプロジェクト進行中の積もりで、訳の分からぬ仕事に励んでいる。これも何とも奇妙な光景である(雨の時はどうしてるのかな、なんて余計なことに気を散らさせられるのはちょっと瑕疵、適当な一言程度のフォローが欲しかった)。
 保健婦はエリート社員といい仲になっている。マンションを訪れて、いそいそと手の込んだ料理を作ったりしてマメである。でも、自分の部屋はこれ以上ない乱雑極めた散らかりようの凄まじさ。これも奇妙な異次元感覚。
 リストラ男と鬱女がデキちゃったり、保健婦が若い社員に犯されたりと、ピンクの定番で濡れ場の種は尽きないのだが、最後は男あさりのキャリアウーマンが子供を宿し、関係した男全員に可能性があるので養育費を毟り取って独立するとの、これも人を喰った奇妙な展開。狂った課長は、突如プロジェクト再開のため海外に旅立つと、屋上から街の中へ。保健婦と若い男が後をついて行き、異次元空間が街中へと拡大されるような奇妙な感覚でエンド。最後まで奇妙な異次元感覚に溢れていた。

「未亡人銭湯 奥まで洗って」(小林 悟)
 未亡人経営の銭湯、学生の下宿もやっている。そこへ学生と偽って風俗女が入居。風呂の客に猥褻行為をする商売を始める。一人娘に横恋慕してる床屋が、逆恨みして悪い評判を立て、責任をとって昔からの番頭がやめようとするのをきっかけに、未亡人の思いが表に表れ、かくして未亡人と番頭は結ばれ、一人娘は意中の下宿人の大学生と結婚、床屋は因果応報の報いを受け、親子二代で銭湯の復活に励み、すべてメデタシメデタシの平凡な展開。
 一人娘が御贔屓里見瑤子嬢。結局またその話題かいなとウンザリされそうだけど、今回は森山監督作品が目当てで、併映が何かも全く意識しないから確認もしないで行った。でも、こうして思いがけない瑤子嬢との遭遇をすると儲けた気分になるのは事実。ただ、さすがにこの平凡な筋立てでは瑤子嬢も輝きようがない。「風呂場」で文字通りの「濡れ」場があるのが見せ場なんて、駄洒落にも親父ギャグにもならない。ただし、番頭の港雄一は良い味を出していたのだからさすがベテラン。「PG」の瑤子嬢特集のフィルモグラフィーを見たら、これは1998年の旧作で、デビューしてからの3作目。現在のように輝いかなくても無理はないか。
 余談だが、この映画の濡れ場は、男が女のヒップに顔を埋める体位が目立った。男優も大変だなあと思ったが、むしろ女優が撮影を控えて物凄く気をつかうんじゃないかとも思った。いや、余談じゃなくてそんな下世話の興味に関心を示すのがピンクの王道なのかもしれない。不謹慎に天下の巨匠のアカデミーの席上の発言をもじるなら「私はまだピンクが分かっていない」となるのかな。


番外編 「刑事まつり」

2003年5月24日(土) ●シネマ・下北沢(番外編)
「汁刑事」(山下 敦弘)
 刑事まつり第3弾「最も危険な刑事まつり」中の一篇で御贔屓里見瑤子嬢出演作、またかいなと言われそうだが、ピンク大賞前夜祭の個人PRで耳にしたのでイソイソと出かけた次第。でも、言い訳めくが瑤子嬢出演を別にしても、気鋭の監督の短編競作のこのシリーズ、以前から気になってたのは事実、瑤子嬢のPRが背中一押しポンになったのも、本音の話だ。
 瑤子嬢演ずるはAV女優(ただし、今回は一般映画だからヌードも濡れ場もない。「ストリッパー物語」の根岸季衣の如し)、刑事に親切にされた過去があり刑事は憧れの対象、AVに出演するという刑事が出現し競演に胸ときめかす。ところがこの刑事、やたら大声で凄みAV撮影はいっこうに進展しない。何とか間を取り持とうとする監督、「彼女が怯えてるからちゃんとできない」と刑事、「怯えさせてんのはあなたでしょ」と監督、何とも頓珍漢なやりとり。終盤は刑事の隠れた性癖が露わになり味のあるエンド。まるでドキュメンタリーのようなナチュラル演技は瑤子嬢の新たな魅力である。
 外に出たら「ぴあ」の出口調査隊が待っていた。「お話聞きたいんですけど、出口調査隊を知ってます」こんなおっさんは「ぴあ」なんて知らないと思ったのだろう。「前も<オー・ブラザー!>で会いましたよ、載らなかったけど」「今度の映画は何点ですか」「80点」「高いですね。好きな出演者がいて見に来たんですか」「里見瑤子です(呼び捨てごめんなさい、でも出口調査隊の前で決まり文句連続8文字の御贔屓里見瑤子嬢って言うわけにいきませんよね)」「いい女優ですよね」「知ってるんですか。ピンク女優ですよ」「ええ、知ってます、映画の仕事してますから」そして、11本の作品があるけどそれぞれ洒落てて楽しめたこと、エンドクレジットで全作品タイトルが羅列された時、普通だと、あれはどんな映画だったっけと思う程度に忘れてしまうのがいくつかあってもおかしくないはずが、全作品印象に残ってたことはその証明であること、ただし「Jam Films」の行定勲作品のように突出したのがないのが残念、これがあれば90点以上となる、などと映画の感想を話す。続いて、作品を何で知り見に来ようと思ったかを聞かれる。情報誌・TV・雑誌・新聞etcと項目が並んでるが、どれも当てはまらない。ピンク大賞前夜祭の瑤子嬢個人PRがきっかけと言うと、「あ、関係者の紹介ですね」とその項に○をつける。ウーム、「関係者の紹介」になっちゃうのか。でも、調査隊員がたまたま男性でよかった。「オー・ブラザー!」の時みたいに若い女の子だったらここまでザックバランに言えませんよね。
 恒例質問、次に見たい新作映画は?が来る。間髪を入れず「少女の髪どめ」と答える。「刑事まつり」の次の回が3時、渋谷「少女の髪どめ」は3時20分の回があり、下北沢からなら十分に間に合うと思って、この後見ようと思った映画だ。でも、調査隊員、一瞬凍った感じ、そりゃそうだ。ピンクの話を散々した後にイラン映画「少女の髪どめ」は、普通はないよね。「知らないですか。私、マジッド・マジディ好きなんです。<運動靴と赤い金魚><太陽は、ぼくの瞳>いいですよね」「映画、お好きなんですね」「ええ、古今東西邦洋、何でも」以前、娘と姪の家族と連れ立ってポケモン映画のピカチュウを見た。その後に一緒に昼食をとって別れてピンクを見に行った。「こういう親父って、ちょっといないよな」と言って娘の失笑を買った。でも、映画は古今東西邦洋、何でも好きなんだからしかたがない。
 この日は、「刑事まつり」の監督トークショーが予定より長くなったので、「少女の髪どめ」開映には間に合いそうもなく、急遽新宿に出て時間の合う「アバウト・シュミット」に変更。これは良い映画でした。全女性の皆さん、この映画で男とは、男の子とは、こういうものだと思って下さい。(ということですが、6月2日発売の「ぴあ」で「最も危険な刑事まつり」は81.9点の第8位、私のコメントは残念ながら載りませんでした、といった顛末)


2003年5月10日(土) ●新宿国際名画座
「3人のすけべ妻 濡れる草むら」(新田 栄)
 旧題「絶倫!!好きもの夫婦」。3人の妻を持つ主人公野上正義、SMプレイも交えた性生活を楽しむ絶倫男。甥の苛められっ子の高校生が来訪。乱行に巻き込まれ自信回復、苛められっ子を克服する、なんてストーリーはどうでもよく、すべてが濡れ場連続の口実の映画。でも、これがピンクの王道・正道ということなのだろう。

「小説家の情事 不貞の快楽」(深町 章)
 自分を捨てて男につくし裏切られ続け、最後に自分の意志で生きようとしたら殺されてしまう。典型的な薄幸の悲劇のヒロインを御贔屓里見瑤子嬢(コピーしてるみたいに毎回この連続8文字を出すなって、いえ、ホントにコピーしてるんです)が熱演の一篇。瑤子嬢は雑誌の編集者、作家志望の若者と同棲中。ヒモ同然の若者だがそれでもつくしている。男は留守に風俗女を引き込むような駄目男。瑤子嬢は担当の高名作家とも一度だけの情事経験あり。作家の妻は今は交通事故で流産しショックで記憶喪失、人形を虚ろな表情でいつも抱いてる廃人同然。ちょっと高村光太郎・智恵子夫妻の趣。実はきっかけは編集者の瑤子嬢と夫の関係を知ったことであるらしい。作家は妻を捨て瑤子嬢と生きることを決心するが、瑤子嬢は家を出る直前に別れたくないと迫る同棲相手の若者に刺し殺される。
 話は単純であり、接ぎとして濡れ場がタップリ。瑤子嬢と同棲男、同棲男と風俗女、回想の中での愛し合ってた頃の作家と妻、作家と瑤子嬢といった具合。監督・脚本深町章、手慣れた描写力で見せ場として羅列していく。ただし、あくまでもリアリティとは別の、アヘアヘオーバーピストンのショーアップで、性格描写とかには連動しない。「シングルマザー」の時に述べたように、ドラマとして楽しむ(?)ならビデオの時は早送りのパターンである。
 クリクリ眼の明朗さが光る瑤子嬢に薄幸のヒロインはいかがなものかと、ファンとしては思った。ただ、深町監督に前作「濡れる若女将」に続いてタイプキャストでない役で育てようという気持があるとすれば、ファンとして嬉しき限り。いつまでもクリクリ眼の明るさの魅力に止まってるべきではないかもしれない。本作でも、同棲男に平手打ちを食らい、男の下を去る決心をする眼の光からのフェイドアウト。ラストシーンの眼を見開いたままの死顔の二つのアップの印象は鮮烈だった。元々、眼の輝きの鋭さには定評のあるところ、さらに今後に期待しよう。
 って、何かこのページ、だんだん瑤子嬢ファンのコーナーになってきちゃったみたい。ま、実物にお会いして、ますますファンになっちゃったんだから仕方がない。


2003年4月30日(水) ●上野オークラ
「巨乳ナース おねだり愛撫」(渡邊 元嗣)
 旧題「巨乳発情ナース」快楽クリニックなるところが舞台。快楽の数値化を看護婦(男女雇用機会均等法の現在では女性看護士というべきか)を助手にして研究中の院長。早速訪れた女性を快楽測定のベッドに括りつけるが、彼女は患者でなく夫の不感症の相談に来ただけ。女性看護士の出張治療で夫は機能回復、てな調子でこのクリニックを舞台に、院長の方が女患者に逆にSMプレイまがいに快楽指数を測られたりとかのよくある展開。と、思うのだが、ちょっと時間がたったらディティールを完璧に忘れてしまった。まあその程度の定番である。

「シングルマザー 猥らな男あさり」(吉行 由美)
 ため息の出るような上手い映画演出というのがある。単に上手い映画演出というのは珍しくない。黒澤明はその頂点だろうし、ヒッチコックとか最近ではスピルバーグとか沢山いる。ただ、それは作家の個性的話術と連動しており、私の言うため息の出るような上手さとは少しちがう。とりたてて特筆する個性はないのだが、着実にきちんとした演技をきちんとカメラに納め、ロング・ミドル・アップを的確に使い分け、見事なカッティングで積み上げる。日本なら根岸吉太郎、最近なら平山秀幸、ピンクならサトウトシキ、海外ならウィリアム・ワイラーといったところか。そして、吉行由美が前作「不倫妻 愛されたい想い」てその域に近付いて来たと思う。
 3人の女が描かれる。主人公の秋津薫は、小学校高学年の一人娘がいるが、夫は若い愛人に走り離婚。夫はその愛人と再婚を考えているが、先方の家族から過去を断ち切るために娘の面会権放棄を迫られ踏み切れない。たまの面会の日には秋津と性交渉を持ったりする。吉行由美は、幼児の男の子の将来のために経済力にあまり期待の持てない夫の岡田智弘を見限り、息子共々面倒を見るという財力のある男と再婚。これも過去を断ち切るために、夫の面会権を徹底的に拒否する。残る一人が御贔屓里見瑤子嬢!上司と不倫関係をズルズル続けながら、いつか平凡でも幸福な結婚を夢見ている。
 生活のために秋津は派遣社員として勤めに出る。人柄の良さもあり同僚の瑤子嬢に姉のように慕われる。昼食を共にしながら、男運がずっと悪かったこと、今も優柔不断な上司とズルズル関係を続けてるが、いずれは平凡でも幸福な結婚をしたいことなどを打ち明けられる。若く見え独身と社内と思われていた岡田からも、相談をもちかけられる。バツイチであること、子供に会えないつらさを訴えて、話して気が楽になったと感謝される。二人の仲は急速に近付く。娘も交えた交際、平凡な一家団欒を求めている岡田の優しさに娘もなついていく。ある日、面会権を巡って岡田が前妻の吉行と電話で口論しているのを瑤子嬢が聞いてしまう。始め同情しやがて愛情へと変質していく。瑤子嬢は秋津に告白、複雑な思いの秋津。そして秋津は岡田のプロポーズを受ける。だが、離婚した夫も愛人との関係が不調になり縁りを戻したいと言ってくる。娘の父親は世界で一人だけ、彼女は申し出を受け入れる。派遣期間が終わる。別れを惜しむ瑤子嬢とメールナンバーの交換。瑤子嬢の猛アタックで、岡田も憎からず思うようになってくる。娘と二人の居間の秋津、瑤子嬢からのメール「彼とラブラブになれそう」一筋の涙、「お母さん、誰から」「前の会社の友達」「男の人?」「女よ」「なーんだ」「言ったなー」じゃれあう母と娘。味わい深い幕切れ。いや、それ以前のすべてがため息の出るような上手い演出で語られている。
 平凡な筋立てのようでよく見ると二十一世紀の感覚に溢れている。少し前までは、離婚者は我慢の足りない人格欠損者として白い目で見られた。まして子供がいてのそれは人非人扱いされた。そのリスクが怖いから離婚はできなかった。この映画の二組の離婚理由など、一昔前なら許容できぬ論外の域である。現代はバツイチなんて言葉が通常語で、私の親類・友人でも決して珍しくはないだけの数がいる。ついでに言うならば、上司と不倫している瑤子嬢みたいな存在は、一昔前ならまともな結婚なんて口にできないふしだらな存在とされて終わりである。やはり、確実にこのドラマは二十一世紀の空気だ。

 ついでに余談を。映芸の最新号の連載で「夫婦の濡れ場は日常、恋愛や不倫の濡れ場は非日常」といった意味のことを書き、そのあたりのことを映画の友人と話題にしたのだが、三十代の独身男性から「え、恋人との濡れ場は日常でしょ」と言われ、時の流れを感じた。確かに結婚まで関係しないなんてタブーは今はあるまい。30年程前の私事だが、婚約を目前にしたデートの後に、映画の友人と飲んでそのまま泊まってしまった翌日に、母親から血相変えて怒られたことがあった。「そうならそうと何故電話の一本もしないの!おまえのことだから間違いは無いとは思ったけど」と言われた。今なら間違いがある位仲が良ければ結構なことだで終わりだろう。いや「間違い」って言葉自体が死語だ。言いたいことは30年前はそんな感覚だったということだ。
 ため息の出るような演出の上手さで、他の作家よりも群を抜いているのは、濡れ場のシーンだ。よくドラマとしてピンクを楽しむ(変な言い方だが)なら、ビデオで見る時は濡れ場は早送りしろという。ピンク大賞前夜祭の所でも書いたが、ドラマの核心は濡れ場と無縁の部分であるようだ。吉行演出を見てその謎がわかった。濡れ場をここが見せ場とばかりに張り切り、オーバーなピストン運動と極端なアヘアヘよがり声で、ひたすら勃たたせようとするワンパターンにするから、逆に退屈感を誘うのである。吉行演出にそういう物欲しさはない。女流監督故か興奮することなくクールに濡れ場を見つめていく。だから、すべての濡れ場の味わいが自然体でドラマと密接に関わりつつ微妙に異なる。秋津と離婚した夫との夫婦の営みとも不倫ともつかない濡れ場。子供の存在を気にしながら、バツイチ同士の大胆さと途惑いが入り混じった秋津と岡田の濡れ場。吉行の典型的な夫婦の濡れ場。瑤子嬢も不倫と恋人との濡れ場のニュアンスを紙一重の違いで演じ分けて見事。(チャームポイントのクリクリ眼が薄目の濡れ場で失われるのはどうしようもないが)演出の力も当然あるだろう。
 磨き上げられていくため息の出るような演出で描かれる人間描写。ピンクというフィールドで当然ある濡れ場までも、その人間描写に不可欠な表現に取り込む吉行演出。「シングルマザー」は、今年を代表するピンクの一本になるだろう。私は今後も吉行由美映画から目を離せない。


2003年4月6日(日) ●上野オークラ
「変態未亡人 喪服を乱して」(山崎 邦紀)
 夫を失った未亡人が、心の空白から男はチ○コ、女はマ○コを一つづつ持ってるんだと目覚め、ヤリマン女になってしまう。無気力中年でポストの横にボーッと立ってる男をSMプレイで責めたりする乱行。1年たっても喪服姿は夫を偲んでるのでなくその方が男の心を惹けるから。義弟は義姉に心を寄せヤキモキするがどうにもならない。ここに彼女の高校の同級生の巫女登場。オナニーしてたらホト(女陰)パワーに目覚め、俗界を救うため神社を出たとのこと。ホトパワーは、関東大震災でもホトを東京湾に晒し津波を止めたが、こういうことは歴史に残らないとのこと、何とも無茶苦茶な話である。巫女演じるは御贔屓里見瑤子嬢!全編巫女姿で通す。こんな人を喰った存在、瑤子嬢以外は説得力持たせられない。またまたやってくれた。感じるとホトパワーが出るとのこと。義弟と関係し、義弟は勇気を与えられ、めでたく義姉に思いを通じる。義弟は闇金融の取り立て屋に脅迫されている。毒牙は巫女にも迫るが取り立て屋は不能になる。悪い感じ方はホトパワーも悪い方向に作用するとのこと。取り立て屋はかかりつけの女カウンセラーに相談。取り立て屋がカウンセリングを受けてるというのも傑作だが、このカウンセラーが何故か意味もなくカフカの「変身」を朗読する奇天烈さ。医学的にホトパワーを解明しようと意欲的になる。調査器具を使って巫女を感じさせたら、ホトパワーで魂か浄化される。同級生のヤリマンもこれで治せるかもしれないと、ついにヤリマン対ホトパワーのレズ対決(って何だそりゃ)ホトパワーが勝利しその時ポスト男は消失する意味有り気な幕切れ。とにかくこういうブッ飛び映画をサラリとこなせるのは瑤子嬢しかいない。余人をもって変え難い。

「未来性紀2050 吸い尽くす女」(関根 和美)
 と思ったら、続いてもっと凄いブッ飛び映画、「ターミネーター」まんま。考えればシュワちゃんが未来から来た時も全裸だったんだから、女にすればそのままピンクで使える。その名もアンドロイドのターミネーチャン!未来は女の人口が増えセックスレスで子作りも可能となる。そこで、存在価値のない男はターミネーチャンに精を吸い尽くされて殺される。抵抗運動のリーダーの祖父を現代で受精させるべく訪れた男。その男を狙うターミネーチャン。最後は塩水をターミネーチャンの性器の中で破裂させるという単純決着でアンドロイドをダウンさせチョン。ところが未来から訪れた男も一発受精のプログラミングをされたアンドロイドだった。その名もターミニーチャンって、オトボケの限り。とにかく目出度し目出度しと思ったら、未来からもう一体のターミネーチャンが襲来、さて、というところでエンド。あまりにも「ターミネーター」まんま過ぎるのが残念、ピンク流のもう一捻りが欲しかった。
 久し振りで続けて出会ったトンデモ映画ニ本、男と女の話をシリアスに描くのもいいけれど、やっぱり私はこんなブッ飛び感覚が好きだ。


ピンク大賞前夜祭レポート

2003年4月3日(木) ピンク大賞前夜祭 ●ロフトプラスワン

 ピンク大賞前夜祭に行く。まずはベストテン作品のダイジェスト上映。去年は見るのをサボってたと思ってたが、ベスト8は見ていた。ダイジェストでは殆ど濡れ場に類するのがない。唯一、「痴漢バス2 三十路の火照り」がエッチシーンが多い。改めて見ると他の作品はドラマとしてかなりレベルの高い凝縮度であることを痛感する。「人妻出会い系サイト」にまたジンと来た。「美女濡れ酒場」の番傘の回転の絶妙な演出には鳥肌が立った。逆にエロススペクタクルに徹した「痴漢バス2」の魅惑も際立った。

 ベスト3作品関係者のトークショーへとプログラムは進み終了後休憩。ベストワンの「美女濡れ酒場」は9部門中の7部門制覇の快挙。樫原辰郎監督、以前に執拗に監督だけはしないと言い張っていた件について、「プロレスラーの引退みたいなもんですよ。言い張ると逆のことになります。テリー・大仁田・樫原ですね」プロレスギャグで盛り上げるも、ゲラゲラ笑ったのは私一人、この場にはプロレス者はいないみたい。休憩時間に、現代映像研究会で知り合えた樫原監督へ「巨匠の風格が出てきましたね。キャッチフレーズはピンク大賞の<ベン・ハー>、いや最近の人ならピンク大賞の<タイタニック>の方がピンと来ますか。PGで読みましたけど喘息で死にかけたんですって、監督のキャッチフレーズはピンク映画界の高山善廣でいきましょう」と、プロレス者にしか分からないネタも交えてエールを送る。

 次のプログラムは、新人・ベテラン女優の各9人、二部構成で池島ゆたか監督の司会での座談会。私の御贔屓里見瑤子嬢も参加。共通質問で初めての裸・濡れ場にどう思ったかとあり。瑤子嬢の回答、「恥ずかしかったけど、それよりも恥ずかしがってると知られることが恥ずかしいと思った」との名言。色気は恥じらいにあり、さすが実によく分かってる味わい深い言。他にどんな女優が来てどんな回答があったって。私は瑤子嬢以外眼中になし、後はどうでもいい(いや、そんなことはなくて、他の女優さんも色々いい発言があったんだけど、長くなるし他の所でも紹介されるでしょう。てなことでこんなところで)。

 それにしてもゲストも参加者も、本当に映画好きの空気が溢れている。なんでこんな雰囲気の観客に映画館では全然出会わないんだろう。女優座談会でも、本当に演じることが好きな熱気が伝わってくる。色々なライブ等にもチャレンジしている。ただ、ピンクだけは親や夫には知られたくないとの者が殆ど。実質と世間的イメージに落差を感じた。これがピンクの現在か。

 散会の時の出口の挨拶で、何と!樫原監督の隣に里見瑤子嬢が立っている。監督に「今後も期待してます。それに瑤子嬢の実物が見られて良かった」と耳打ちしたら「この人ファンなんだって。握手の一つもしてあげてよ」と声をかけてくれ、握手もしました!サインも貰いました!「サインって言っても楷書で名前書くだけですけど」という初々しさで、映芸でエールを送った最新号とPGの写真の下に二つもサインを貰ってしまいました。(何だ、最初から準備してたのかと言われそうですが、ヒョッとしたらと思ってたのは事実、備えあれば憂いなし、でも樫原監督の一押しがなければ気の弱い?私、多分そのまま帰ったでしょう。感謝、感謝)立話とはいえ親しく言葉も交わさせてもらいました。もう夢みたい。今でも夢だと思ってる。(その位の気配りで自分の娘も可愛がれよって言われそう)


2003年3月29日(土) ●新宿国際名画座
「人妻痴女 パンティーの匂い」(新田 栄)
 旧題「痴漢電車 エッチが大好き!」行きずりの関係が素敵とのレズコンビ、快楽を極めるとの夫と、浮気は許せても爪を切らせたり耳掃除をさせたりは絶対に他の女にさせたくないとの変な夫婦。痴漢をきっかけに一期一会のベッドインの連続。「痴漢は犯罪です」と訴える公序良俗の観点から道学者風のことは言う気はないが、これはとんでもないアナーキー。でもどうせアナーキーなら、かつての若松プロみたいにこんないじましいレベルは越えてほしい。でも、そこそこのいじましい論理での痴漢と濡れ場の見せ場の二本立ての連続、一般的なピンク映画館にフラリと入るニーズにはピッタリかもしれない。

「SEX配達人 おんな届けます」(掘 禎一)
 ホカ弁屋で働く女とデリヘル嬢送迎のしがない運転手が長い同棲、女は結婚したいが男は経済的理由から引いている。女のホカ弁屋に決まった時間に烏賊フライ弁当を買いにくる若い男あり、結婚を申し込まれデートの誘いを受ける。男は送迎しているデリヘル嬢の一人に心を寄せ、客として関係を持つ。女はデートで男と同棲していることを告げ、烏賊フライ男ときっぱり別れる。がっかりした烏賊フライ男、デリヘル嬢を自室に呼ぶが、何故かそのまま意気投合して同棲、その女は運転手と関係を持った女だったという人間関係の綾。さらにサブストーリー。女のホカ弁屋の同僚は夫婦SEXがうまくいってない。彼女の家を訪れた夜回復。夫婦の喘ぎを隣室で聞きながら何かを思う主人公の女の延々たるアップ。ピンとこなかったのだが、何故か描写として重く心に残る。朝、男の足の爪を切っている延々たる長いカットも何故か残る。これ、何なんだろう。ホカ弁屋の女、以前と全く同じアングルで烏賊フライ弁当の注文を受ける。あの男がまた来たのか、いや、今度の注文は二つ。同棲相手の運転手だった。「一緒に食べよう。結婚しよう」でエンド。いまいちピンと来なかったんだが、描写の重さだけはヤケに心に残る。何だろう。


2003年3月1日(土) ●浅草世界館
「巨乳教師 パイズリ授業」(浜野 佐知)
 市民講座でボディコン史を担当している主人公。講座の内容とは裏腹に清楚、見ようによっては質素でダサいともいえるファッション。婚約者はお堅い役人。講座の事務員とよろしくやって、正妻の方は質素でいいかという軽薄男。唯一、彼女に心を寄せている事務長。ところが彼女に裏の顔があった。講座そのままのド派手ファッションで夜な夜なバーに登場し、毎晩違う男を咥え込む。事務長の知るところとなり、そんな女ならと受講生二人に教室でレイプされる。婚約者に警察に訴えると告げるが、野良犬に噛まれたと思えとの事なかれ主義。心機一転、彼女はド派手ボディコンファッションで婚約者の前に登場して、婚約解消を告げ見事に振る。そしてそのファッションで教壇に立つシーンでエンド。主演女優の二つの顔の対比が見せ場の一篇か。
 映画と直接関係ないことを一つ。私が映画館に入った時、この映画が上映中だった。しばらくは国沢実監督=樫原辰郎脚本作品の新作かと勘違いした。(出演者の顔ぶれなどからまもなく勘違いに気がついたのだが)だから、レイプされた主人公がド派手ファッションで登場したのが、タイムスリップした過去の酒場、そこでの行動が結局レイプ→変身の原因に連続するとのパラドックス映画かと一瞬思ってしまった。「美女濡れ酒場」からの連想である。でも、そういう映画だったら「ビフォア・ザ・レイン」もかくやの時間のメビウス、あるいはSF短編の古典「存在の環」のピンク流換骨奪胎、てなことになり面白かったのだが。この映画、製作年度を調べても分からず。助監督・女池充なので旧作のようではある。 

「小島三奈 声を漏らして感じて」(国沢 実)
 タイトルロールの小島三奈は、高校を卒業してブラブラしている金持の娘。彼氏も一応いるが、それ程燃えてるわけでもない。OVのスカウトに騙されそうになった縁で、喫茶店の経営をまかされてる女と友達になる。お姉さんのように慕ってるうちに、人間は自由だとの感覚に引き摺られレズ関係になり、お互いの子供ができるものなら欲しいと言い合う仲になる。期待の国沢=樫原コンビ作品だけど、これは「プライベート・レッスン〜家庭教師の胸元〜」の姉妹編か。格闘技志向で体を鍛えるあたりも似ている。世評は良かったのだが、私はこのコンビの跳んでる感覚が希薄で不満だった。その二の舞かと思ってたらさにあらず。レズ関係を知った彼氏が別れるように迫ったら誘惑してしまい、幻想的な3人の乱行へと至る。このコンビ作品はやはりこのように異世界に飛翔するのが魅力だ。結局、彼氏はその関係に耐えられず去る。女友達は彼氏の種を身篭っていた。それが狙いだったことを美奈は許せず、公園の滑り台から突き落とし別れる。地面に流れる血、流産を想像させた後に何年かたち、美奈は平凡な結婚、表を通る乳母車の女。二人の関係の再開を思わせてエンドマーク。「ハッシュ!」の裏返しの後日談と見ると、色々考えさせるところが多い。

「不倫妻 愛されたい想い」(由行 由美)
 大学を卒業して就職もしないまま平凡な結婚をしたつかもと友希。夫は古美術商で半年はヨーロッパに出張、子供も作る気はない。そして6年。OVビデオ業者の大学時代の友人にふと出会い、OV出演・不倫・レズ・SMと引き込まれるが、夫が帰国しヨーロッパの古美術のままごとセットを見て子供が欲しくなったことを告げる。大学時代の友人は、闇金融とのトラブルで殺される。平凡な日常が戻る。ピンクに(ピンクでなくても)よくある話だ。ただ、女の内面を見事に描いた演出だけで、しっかり魅せてくれる。冒頭の夫婦の濡れ場、激しくもないが決して白けているわけでもない日常のSEXが、グラフィックな映像と効果的なフェイドアウトで鮮やかに印象付けられる。男に声をかけられ、自分が女として見られていることから、ビデオの被写体になり戸惑いながらブラまで外してセミヌードを晒し、ちょっと恥じらい、でも不倫にまで至る心の揺らぎが、不自然でなく的確に描かれる。「二十歳の頃の君みたいだ」「私、三十よ」そのやりとりの中に込められた女心の深さ。レズ・SMのアブな世界に引き込まれていく過程も不自然でなくスムーズ(恥じらいでちょっと躊躇する微妙さも含めて絶品)人妻というのは性的には夫二人だけの間では何でもありである。その範疇ではある意味で相当猥褻な存在である。人妻でない女の恥じらいとは実は次元が違う。そこを踏まえた描写が見事だ。つかもと名演。そんなに女のことをお前は何でもわかるのか、と言われそうなので言い方を変えよう。少なくともここには、女なんて体の関係さえつけてしまえばそれまでという、下司で興味本位の男の視点はない。女の心と体の変化の襞を、きめ細かく表現している。いやらしさが全くない。女流監督由行由美の功績だろう。異常性愛で全編を埋め尽くし、なおかつすべての描写が高貴だったピエル・パオロ・パゾリーニの「ソドムの市」を引き合いに出したら、ちょっと言い過ぎか。

○番外のお知らせ
 ちと、場違いですが、私の活弁体験記のその後の状況報告。今年の公演は活弁の中でもレベルの高い「弁天小僧」とのことでしたが、先輩からもっとじっくり時間をかけて、それよりもあなたの口舌は「血煙荒神山」がピッタリですぐ仕上がると思うがどうか、とのアドバイスがあり、確かに東映任侠ファンとしてはその方が入りやすい。大河内傳次郎の吉良の仁吉は鶴田浩二の乗りでいけるし、恋女房お菊は「総長賭博」の桜町弘子の気分そのまま。「確かにこちらの方が私に合いますね。弁じるのもせいぜい侠客がいいところで、私は白波ほど悪かぁないから」「でも白波はは人を殺しませんけど、侠客は殺しますよ」「そりゃそうか」あれやこれやで、現在は「血煙荒神山」の猛特訓中です。


2003年2月1日(土) ●新宿国際名画座
「オナニー&レズ 悶え泣く若妻」(新田 栄)
 旧題「激生!!人妻本気ONANIE」夫の出張中の妻に起こった一夏の出来事。結婚前はオナニー狂い、でもお坊っちゃん育ちの夫との結婚で悪癖を控える。だが夫は多忙。隣家の若妻も夫を愛してるがやはり多忙で留守がち。彼女が猥褻ビデオでオナニーの勧め。我慢することないか。オナニーに耽ることを再開。ジョギング途中の若いカップルの濡れ場を覗いたりも含めてのオナニー三昧。ある時、道で転んで足を痛める。親切に介抱してくれたのは、彼女に振られた若いカップルの彼。不倫に燃える。前半オナニー後半は濡れ場と、なるほどそういう見せ場の仕掛けか。家出決意するも、彼は元の彼女とヨリを戻し、生活は元のパターンに。要するにオナニーと濡れ場の見せ場の二本立てだけが目的の筋立て。足首の包帯を川に流し、それがすべてを忘れさせるとのちょっと粋な仕掛けだけが取り得か。

「わいせつ温泉宿 濡れる若女将」(深町 章)
 妻子を捨て、田舎町で温泉を掘り当て大地主となって愛人と暮らし土地の名士となった男。今は愛人に先立たれ、話すこともできぬ病の床。旅館の女将となった愛人の娘に世話されている。それを訊きつけた詐欺師の男、幼少に別れた息子、すなわち女将の腹違いの兄を装い闖入、ところがその姉を装う詐欺師も登場。二人共謀で女将を追い出し乗っ取りを図るが、女将の愛人の板前に尻尾をつかまれる。詐欺師の女が包丁で脅し男が縛り上げるも、荒っぽいことは詐欺師の本分ではないと退く男と、体裁も何もあるもんかとの女に亀裂が走る。先を読ませるのに興味津々のストーリー展開なので、濡れ場によるドラマの中断がちょっと邪魔だが、衣装や体位で変化をつけて濡れ場をショーアップする深町演出は飽きさせない。女の詐欺師が私の御贔屓里見瑤子嬢!「人妻淫悶責め」に続く凶暴系キャラで、その非情さは切通さんいうところの「視線の力の強」さで十分効果的だ。濡れ場で男のアナルを責めたてるあたりにまで性格描写を塗り込めている。ただ、最後は男の詐欺師を愛してしまい、「今まで騙され続けてきたんだ!一度位私が騙したって」としおらしく泣き崩れ、男と一芝居打ち、男は東京で急な仕事が入り、姉はそれを手伝うとのことで田舎町を去っていくのは、瑤子嬢に非情キャラに徹してもらいたかった私としては物足りない。脚本は「痴漢電車 さわってビックリ!」「人妻出会い系サイト 夫の知らない妻の性癖」に続く河本晃の第三作、エンタテインメントとして爽やかに納める人だけに、人の心の底の地獄を期待するのは無い物ねだりということだろう。最後に男の詐欺師が偶然息子と同名だったことが明かされ、途中の濡れ場に伏線として張られた背中の火傷の跡で、実は偶然の同名でなく本人であることが示される。知らぬは当人ばかりなりとの洒落た幕切れ。詐欺にあって苦悶するだけかに見えた寝たきり老人の表情が全く別の意味を有して蘇る映画的魅惑。ラストの老人の目に滲む涙。港雄一、絶品であった。


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