周磨要(しゅうま・かなめ)
ピンク日記 2004



周磨要 (しゅうま・かなめ
 古今東西、映画何でも大好き56歳。2002年公益事業を定年退職、関連企業に再就職。第一線を退くと、精神的・時間的に余裕が出て楽になり(ついでに給料も楽になっちゃうのが困り物だが、まあ仕事も楽なんだから仕方ない)、ますます映画三昧に拍車がかかっている。昨年12月、地元の多摩支社から東京支社に転勤、浜松町定時退社なら、試写会や最終回上映はすべてOK、何よりも通勤定期活用で都心まで交通費がかからないのが素晴らしい。

 映画好きが嵩じ、ついに活動弁士にまで手を出し、いえ口を出し始めました。マツダ映画社の無声映画鑑賞会の有志参加による「話術研究会」(通称「蛙の会」)で修行中。2002年に羅門光三郎の「剣聖 荒木又右衛門」で初舞台、昨年は大河内傳次郎の「血煙り荒神山」を弁じ、今年は阪東妻三郎の「雪の渡り鳥」を8月公演(予定)に向け猛特訓中というところです。昨年の公演で「無声映画からピンク映画まで、映画が大好きで活弁にも挑戦」と弁士紹介される。映画好きで人後に落ちぬ故淀川長治さんをも越える光栄な紹介、天下の淀川さんでもピンクにまでフィールドを広げてませんもんね。いずれにしても活弁修行、今、最も力を入れてます。

 「蛙の会」の他には、ここ数年は湯布院映画祭に参加、また淀川さん創設の「映画友の会」には毎月欠かさず出席しています。この他、映画好きの集まる場所には色々出没していますので、何かの縁でお会いの節はよろしく御願いいたします。

 映画評は、このHPの本コーナーと、その延長上にある「映画芸術」の連載「サラリーマンピンク体験記」は、1月発売の406号で二桁の10回を迎えました。(皆さん!「映画芸術」是非買って下さい。そして買いましたら巻末添付の振込票で是非とも定期講読を御願いします。と、まずは営業活動もさせていただきます)

 ライフワークである「私説 東映ヤクザ映画史」は「おでって映画週報」(発行・盛岡活動倶楽部)にて1回に約400字5枚の分量で、28回を重ねています。その他、ミニコミ誌を中心に色々書いておりますので、目にした節は御愛読下さい。
 もう一つの皆様との出会いのステージ、「キネマ旬報」の「読者の映画評」の30年来の常連の件ですが、2002年9月下旬号で大高宏雄さんが「ファイト・シネクラブ」の「蘇るキネ旬“読者の映画評”」で私を取り上げて以降、ピタリと掲載されなくなったという「怪事件」(?)に遭遇しております。まあ、これは大高さんと関係なく偶々そのタイミングで、「私の映画評が極端にレベル低下した」「他の投稿者の水準が急激に上昇した」「選考基準が大きく変更になった」etcが考えられるのですが。(でも、そんな急変ってホントにあるのかなとも思います) 「こんなことで、あなたの映画評が読めなくなるのは寂しい」という友人がいた。こんなこともあんなことも、大高さんの原稿が原因かどうかも分からないし、だいいちそんなことは俺に言わないで編集部に行ってよ!という心境である。「あなたは編集部に嫌われてる」「あなたの原稿が掲載されることはもう無い」と根も葉もない風評を耳打ちする輩も何人かいる。嫌われている云々程に私は編集部に出入りしてないし、おつきあいしてる人もいない。だいいち意識される程に俺は大物かいとも思うが、風評どおりならこの場のステージでは皆さんともうお会いできません。30年余の投稿おじさん(荒井晴彦さんの冷やかし半分の命名)がジリ貧で消えるよりは、大高さんというビッグネームがキックとなって終焉を迎える方が区切りとしてはよいのかもしれない。勿論、こんな風評がガセなことを証明する2004年でありたいし、このステージでの研鑚は続けていることは、宣言しておきます。

 下らぬ道草を喰いました。今年も、このコーナーに面白いものを書いていきたいと思います。映画に関わるフィールドを広げる話は大歓迎、声をかけていただければと思います。どんなミニコミ誌でも(無論、市販の一般誌なら小躍りしちゃうが)、原稿依頼はドシドシ受けます。そちらの方も声をかけていただければと思います。


蛙の会  03(3605)9981
盛岡活動倶楽部  019(623)4059(FAX同じ)



「2002 湯布院日記」  「ピンク日記〜2002」   「ピンク日記〜2003」





2004年11月27日(土) ●上野オークラ
 この日見た女池充監督の新作「濃厚不倫 とられた女」は傑作だった。すぐにもメモをまとめたかったんだが、なかなか時間がとれず、12月半ばになってしまった。さて、書き出す段になったら、併映2本の記憶が完全に飛んでいる。ピンクは観た直後にメモしないとすぐ忘れてしまうこと、だけど傑作はいつまでも頭の中にイメージが残ることを痛感した。

「すけべ美女 舐め尽す」(芝原 光)
 旧題「スケべすぎる女ども」、1997年の旧作。脚本は漫画家「やまだないと」だそうだが、コミックに詳しくない私は、どんな人か知らない。3話あり、各エピソードがさり気なく入り組んだ凝った構成で、ピンク映画の内幕をドキュメンタリータッチも交え、興味深く描く、と感じてたようなんだが、今となってはディティールを殆ど思い出せない。

「人妻援交サイト 欲望のままに」(関根 和美)
 セックスレスで欲求不満の後妻が、義理の息子の彼女から援助交際を進められ、性に目覚めてとかいう定番ピンクだったような気がするが、それだけにこれの印象は皆無に近く残ってない。

「濃厚不倫 とられた女」(女池 充)
 西田直子脚本を得て女池充演出快調!安定した関係を求めつつ、そこに停滞感を感じスリリングなものに惹かれる。男と女の微妙な心理の綾を見事に重層的に描ききった。
 メインはレストランの店長・石川欣とその妻・林由美香と、前夫・佐野和宏との三角関係。それにサブ・エピソードとして平凡な社内結婚を前にしている「こなつ」・福島拓哉のカップルに「こなつ」の同僚・藍山みなみの3人がからむ。
 佐野は由美香の気持を知って離婚して身を引き、石川に妻を譲った過去がある。だが、石川と由美香の間も、今は倦怠の隙間風が吹いている。石川の前に現れたのが結婚を前に幸せいっぱいのはずの「こなつ」、このまま平凡な妻の座に治まることの不安感からか、夫婦仲に不満の石川と呼応して関係してしまう。二人の微妙な心理の襞が、きめ細かく描かれる。
 佐野は不治の病となり、心のよりどころを前妻・由美香に求める。子供が自分の種だったことが判明し思いはつのる。子供と共に病院に見舞いに向かう由美香。心を寄せる相手が佐野に戻ったのか否かは、判然としない。
 「こなつ」の同僚「みなみ」は、平凡な結婚に憧れ、結婚前の心の不安定な「こなつ」の隙間風に乗じ、石川を引き寄せてしまう。
 安定した関係を求める男と女、でも関係が安定すると不安になり、スリリングな世界を求める男と女。子供という証でもあるがしがらみでもあるという存在も含めて、男と女の関係と距離感の微妙な心理の襞と綾は、鮮やかにスクリーンに定着された。
 佐野・石川・由美香は大学の同窓生らしいのだが、どうしたってそうは見えないとの指摘は、キネ旬時評でもあった。そのとおりたが、湯布院映画祭の「さよならCOLOR」シンポジウムに鑑みれば、同い年で佐野と由美香程度の外見の落差は、現実に存在するかもしれない。ここにも「本当」と「本当らしさ」の狭間という映画ならではの課題が存在していた。

 今年のピンク日記は、多分これが締めになると思います。そこでベスト5を記します。

1. 熟女・発情 玉しゃぶり(いまおか しんじ)
2.団地の奥さん 同窓会に行く(サトウ トシキ)
3.濃厚不倫 とられた女(女池 充)
4.小説家の情事2 不倫旅行(深町 章)
5.美肌家政婦 指責め濡らして(荒木 太郎)


ここで、余談および来年への構想を少々。
 下北沢短編映画館トリウッドに初めて行き、「センチメンタルブルー」を観る。こうして新しいフィールドに出会えるのは良いことだ。上映時間45分、好悪は別にしてコンパクトにまとまった良さがある。ピンク映画の味わいは短編映画の良さだということに気がついた。ピンクは約60分、濡れ場を除けば40〜50分というところである。
 「センチメンタルブルー」はプロローグがうまい。ガムテープで猿轡されて手を縛られてる女子大生に「このまま私は殺されるんだろうか」とモノローグがかぶさる。が、その後は、二人の女子大生の淡々たる日常が綴られていく。いつ、このドラマチックな場に転換するんだろうかとの興味で引っ張っていく。
 ただ、この二人組の日常を見せられているうちに私はイライラしてきた。湯布院日記で「ヴァイブレータ」「ラマン」の私の感想を目にした人には想像がつくだろうが、グジグジして私が殴りたくなる女がまたまた登場である。
 すべてに白けて、刺激を求め援助交際をする麻子、冒頭の緊縛も彼女の妄想だった。(終盤に自分の手でガムテープを剥がすんだから、そう見ていいんだろうな)こちらは鬱タイプ。一方、友達のひろみは恋人ができるとはしゃぎ、失恋すると自殺を繰り返す躁タイプ。もっとキチンと生と向き合えよ!と怒鳴りつけたくなる。最後に麻子は、海岸でのカメラマンとの会話を通じて、何となく生きることに前向きになれそうな気持になる。やれやれ、ここに至るまでにこんな回りくどい過程が必要なのかいと、ウンザリの限りである。
 でも、これが現代なのかもしれない。私の青春は貧しく、義務教育を終えたら自立しなければならず、三度の食事がキチンとできるだけで有り難く、「キューポラのある街」の吉永小百合演じる石黒ジュンの「一人の人間の十歩より、十人の人間の一歩だもんね。私はダボハゼの子だけど、決してダボハゼの子にはならないわ」と、働きながら学ぶ道を選んだ姿に眩しい希望を感じた。そんな時代の方が、人は生に前向きになれるのかもしれない。時代は右肩上がりの高度成長期、叩き上げだって通信教育や国家試験で道は開けるんだとの幻想があった。
 現代は、そこそこに飽食できるのがあたりまえの豊かさ、働きながらも学びたいなんてもんじゃなく、いやだって言ったって親が大学に放り込む。でも、閉塞的な社会状況、大学を出たって何かの展望が開けるわけじゃない。私もこの手の映画に単細胞にイラつくだけではいけないのかもしれない。

 ピンク映画の魅力は短編映画の魅力といったことをきっかけにして、話がエスカレートしてしまった。今後もピンクを語りつつ、枠をどんどんはみ出してしまうことになるだろう。そこで、来年から多少のリニューアルを考えている。ピンク映画に関してはこれまでの形を踏襲し、全鑑賞作品の評を累積する「周磨要のピンク映画カタログ」として、それ以外の話題を「周磨要の映画三昧日記」に集約し、お馴染み「湯布院映画祭日記」はこれの特番的な位置付けといったところだろうか。またピンク映画については「カタログ」と称することから、データ性を充実させたいと考えている。 

今年のアップはこれで終了となります。来年はどんな形でお会いすることになるか、ご期待下さい。本年もおつきあいいただきありがとうございました。よいお年をお迎え下さい。
ぼくら新聞舎より  2004年も執筆ありがとうございました。新しい年からのリニューアル、とても楽しみです。パワーアップの「周磨要のピンク映画カタログ」「周磨要の映画三昧日記」にご期待ください。



 湯布院映画祭参加後の、これが2度目のピンク鑑賞。25本鑑賞のP大賞参加資格ゲットで気がぬけちゃったのか、こういうことではいけない。

2004年11月13日(土) ●上野オークラ
「不倫女医の舌技カルテ」(池島 ゆたか)
 ヒロインは精神科医。奔放な心な持主。SEXは不倫専門。妻子持ちなら後腐れがないとの考え。ところが、男の方がどうしようもない。君と永遠にいたいといって離婚してしまう男。自分に妻がいることは棚にあげて、彼女の男関係に嫉妬する男と、いやはやどうしようもない。離婚により家庭破壊された娘の女子高生の復讐にも会う。でも、ひょんなことから拳銃を手に入れ返り討ち。何ともとんでもない女だが、佐倉萌のあっけらかんとした個性で明るく見せる。精神治療のビデオが「ワンダフルライフ」を彷彿させるドキュメンタリータッチとかで、池島ゆたか演出は飽きさせない。脚本・五代暁子とのコンビだが、今回ばかりはパロディ・オマージュに通ずる原型作品は思い当たらなかった。

「便利屋家政婦〜鍵の穴から〜」(山内 大輔)
 夜のサービスまでOKの便利屋家政婦吉本雅の2軒の家巡り。1軒めは男やもめのに奉仕しながら、娘の援交女子高生を改めさせる。2軒めは、横暴な夫に奴隷的な扱いを受けている妻の家。妻が葉月蛍で何でこんな役をと思ったら、この家から脱出して便利屋家政婦となる。吉本とのコンビでシリーズ化を目論んでるということか。いずれにしても今回は凡な出来。

「女子アナ秘局攻め」(加藤 義一)
 いいポジションにつこうと、体を使って局の実力者にアタックする女子アナ群の話、屋上での言い争いから突き落とし殺人まで発生。でも主演笹矢ちなのあっけらかんとしたキャラが陰惨にはさせない。でも、最後は地方局で地道に良心に従う報道ウーマンになるあたりは拍子抜け。加藤 義一にもっとブッ飛んでもらいたいところだった。


2004年10月10日(金) ●新宿国際劇場
「人妻の秘密 覗き覗かれ」(竹洞 哲也)
 女性のエロチック・コミック作家志望の主人公。色気不足・経験不足(?)で、編集長は作品を採用してくれない。絶筆した売れっ子コミック作家の復活を仕掛ける仕事を、先輩とアタックすることで何かを掴もうと足掻く。先輩は覗き魔で、自分も覗かれていた。露出狂の夫婦の覗きを協力して観察することで、彼女の才能も花開く。実は先輩も覗きが目的でなく、それを通じてのコミック執筆が目的であった。二人の才能が花開き切磋琢磨していくであろうと思わせる幕切れ。一応の仕掛けの筋立てはは楽しい。

「淫女乱舞 バトルどワイセツ」(山崎 邦紀)
 例によっての、SFマインドだか単なる悪ふざけだか判然としない山崎邦紀。エイズ治療ウイルスの培養に努めるマッドサイエンスティスト風の科学者。培養したのは、感染したら1週間以内にSEXしないと死亡するという「リング」のビデオテープみたいなウイルス。男から女へ、女から男へと必死に感染させ続けて生き抜こうと思う男女の連鎖の話だから、ピンク流の濡れ場の見せ場には事欠かない。でも、この状況って男には結構重い。SEX相手みつけるの一苦労だし、相手の命に関わると思ったらますます踏み切れない。最後は「輪舞」になるのかなと思ったらさにあらず。エイズ感染者の女とのSEXで中和されウイルスは消滅、エイズの女は完治して、最後に感染させた男はエイズで死ぬ。陰性になり「信じられなーい」と明るい笑顔の女。犯される時に「やるなら、やってみろ!あたし、エイズだから!」と凄んだブッ飛び女は、久々お目にかかる御贔屓里見瑶子嬢(本当に久し振りにこの連続7文字を出せたが、これは2001年の旧作)というトンデモ映画の一篇。

「食堂のお姉さん 淫乱にじみ汁」(荒木 太郎)
 祖母から引き継いだ食堂を一人で切り盛りしている麻田真夕。高校生の頃、憧れていたピアノを弾く姿が素敵だった先輩と、引ったくり事件で関わったカップルに誘われて偶然入った乱交パーティー会場で再会。ピアノを弾きつつ乱交している変わり果てた姿。二人は一夜を共にした後、祖母が祖父出征の時に陰毛を渡した故事にならって彼に渡した陰毛の入ったマッチ箱を二人で川に流す。青春の純な追憶と大人になり汚れてしまったほろ苦さ。荒木太郎としては「初恋不倫」と同様の甘酸っぱい世界。回想のセーラー服・調理士の白衣・マッチ箱を流す川縁の浴衣姿と変化に富んだ姿に挟まれた、何かを吹っ切るような延々たる濡れ場の麻田真夕が切なくて良い。

ということで、この日見た今年度封切り新作は2本、トータルで26本、エキストラ参加で初号試写鑑賞の正月映画「痴漢電車 いい指ぬれ気分」が来年封切でも25本、イチローのヒット記録に遅れてやっとP大賞参加資格をゲット。まだ女池充監督の新作もこれからだし、これから何本上乗せできるかである。


 ファン感謝デーで、割引を期待して出掛ける。以前、上野オークラの自動販売機にファン感謝デーの釦があったのは確認している。ところが10月1日も、いつもと同じにそこは売切のロック表示、ピンクのファン感謝デーは新宿もやってなかったけど、なじまないということか。

2004年10月1日(金) ●上野オークラ
「発情夜這い未亡人」(関根 和美)
 山本晋也の「未亡人下宿」の系列になるピンクコメディ。下宿にプラスしてスペシャルサービスで、自らの欲求不満解消を兼ねて楽しみと実益を兼ねる未亡人、下着泥をくわえ込んで離さず音を上げさせるなど、定番だが笑わせる。下宿しているレイプが初体験のトラウマの女子大生を、二枚目の下宿大学生と結びつけて解消し、今度は二人力を合わせて余技のスペシャルサービスで稼ぐという、他愛ないが楽しい一篇。

「淫らな唇 痙攣」(田尻 裕司)
 「OLの愛汁」から注目を集めた田尻裕司の新作。やはり、三十路前後の女の生理と心理の襞をきめ細かく描きつくし上手い。ヒロインはキャリアウーマンのカメラマン。雑誌編集長と不倫中。再起する女流エロチックコミック作家の取材を、部下の編集者と試みるが、再起の気持を引き出せない。ただ、その取材を通じて編集者の若者との仲は急接近。編集長との間で揺れる女心、平凡な展開だが、若い編集者の出勤途上の道へと走るヒロイン。彼に手応えを感じられず公園のベンチでうなだれる長いアップ、男が追ってきて輝く表情と、描写に力がある。主演・佐々木ユメカは、「熟女・発情 玉しゃぶり」の林由美香と肩を並べてP大賞の主演女優賞候補だろう。

「人妻タクシー 巨乳に乗り込め」(池島 ゆたか)
 財閥の御曹司とできちゃった婚の主人公、彼はマザコンでメイドに手を出す浮気者。子供を引き取り離婚をするも、経済力から親権は父親へ。タクシー運転手をして経済力を持ち、いつか親権を取り戻すことを夢見ている。そこに深夜乗り込んで来たのは、糖尿病の持病からリストラされ、妻にも愛想つかされ離婚され、海を見て自殺しようと思った中年男。ひょんなことから身の上話を打ち明けあい、男は生きる気力を取り戻す。池島=五代暁子脚本コンビは、相変わらず手堅く感動的に魅せる。池島=五代コンビを何でも名画のパロディ=オマージュに結びつけるのが私の悪い癖だが、その伝で言えばこれは池島=五代版の一泊2日の「ヴァイブレータ」、私はこっちの素直さの方が好みである。

 ということでエキストラ参加で初号試写鑑賞の恩恵に与った正月映画「痴漢電車 いい指ぬれ気分」が年内封切ならば、今年封切ピンク鑑賞作品は24本。イチローに遅れをとったがP大賞参加資格の25本に後1本と迫った。


2004年9月15日(水) ●東映ラボ・テック
「痴漢電車 いい指ぬれ気分」(渡邊 元嗣)
 エキストラ出演したので、初号試写を見られる恩恵に浴した。公開は、来年の正月作品とのこと。エキストラ体験の詳細は、湯布院映画祭日記の「日本映画職人講座 助監督編」にからめてジックリ紹介したい。
 高校生時代に痴漢にあって感じたのがトラウマの「愛葉るび」が、性科学研究所長でキャバクラ嬢に一物を可愛いと評されたのがトラウマの短小の「なかみつせいじ」と遭遇。カウンセラーと助手のコンビで、露出狂の夫婦・性を極めてセックスレスになってしまった夫婦の、治療に成功するといった話の骨子はどうでもよく、男っぽいセリフでエッチなことをボンボン連発する「るび」と、猥褻な言葉を哲学的に気取って語る「なかみつ」との、絶妙なかけあいが、正月らしいエロチック・コメディとして楽しい明朗編であった。


 新宿ミラノ座で「キング・アーサー」を観てから上野オークラへ向かう。こういう続けた見方をすると、同じ映画とはいえスクリーンの中に何かが写っているとの共通項以外は、あまりにも大きな違いをつくづく感じる。これも「映画」の奥深さの一つといえよう。
 「キング・アーサー」は、久し振りにアーサー王伝説の「ご存知映画」を楽しむ気でいたら全然違った。昔の映画ファンは歴史・伝説の通だった。一つの題材が「ご存知映画」として繰り返し何度も映画化され、それを楽しむために雑学を仕入れたからだ。「ご存知映画」は今はめっきり少なくなった。殆どの映画が現代劇とSFだけみたいな気がする。
 「キング・アーサー」はブリテンがローマ帝国統治下の5世紀の話というのも驚きだが、グウィネヴィア姫の女傑ぶりにも仰天、「修羅雪姫」じゃないんだから。ランスロットはアーサー王より先に死んじゃうし、「何故、先に死んだ!」ってギャグじゃなくアーサー王が嘆く。これいきなり観た今の若い人は、アーサー王伝説ってこういうものかと思うのかなあ。
 最近の「トロイ」でもトロイ戦争でアガメムノンが死んじゃった。それじゃ「エレクトラ」はどうなんのと思ったが、「ご存知映画」がなくなった今、そんなことはどうでもいいんだろう。そういえば「忠臣蔵」映画の最後は、松の廊下の刃傷の原因は最後まで不明との「四十七人の刺客」。浅野に対する吉良の虐めが原因なんて「ご存知」話は、だんだん映画ファンには知られなくなるのかもしれない。そのうち赤穂浪士が仇討ちに失敗する「忠臣蔵」が出るかもしれない。
 ジョン・ウエインの「アラモ」を「暗い映画ですね」と言った若い人がいた。あの全滅で稼いだ13日間で、サム・ヒューストン将軍が軍を整備し、サンタ・アナ軍を撃滅してテキサス独立に至るという「ご存知」の史実を知らなければ、単なる敗戦映画にしか見えないのかもしれない。
 「ご存知映画」の消滅は、オールドファンには寂しいものがある。

2004年8月7日(土) 上野オークラ
「人妻・OL・美少女系 悶絶アパート」(深町 章)
 以前は人間だったらしい小鳥が篭の中にいてモノローグを語り、心中があったとかで封印され開けてはならない部屋がある奇妙なアパートが舞台。小鳥が見つめる二組の住人。好きな女に気軽に口もきけず、サラ金の取り立てに追われている若者。やっと好きな女をアパートに招き寝られたと思ったら、彼女は寂しさから風俗で働き、だから若者とも寝ただけで愛情はゼロ。それでも渡す人がいないからと風俗で稼いだ金を男に渡し、若者の縋るような瞳を背に去る。その前の住人は夫も子も捨て駆け落ちした人妻と若い男とのカップル。案の定、時が立てば若い男は若い女を作り、無理心中騒動にもなるが踏み切れず、結局別れていく。
 最後に小鳥と開かずの間の真相が明かされる。そこに住んでいた一家の主はリストラされ、妻子に見限られて逃げられる。男は町で行き倒れの少女を救う。少女は不治の病で病院から逃げてきたとのこと。小鳥を駅前で買い、死んだら小鳥になると呟く。哀れをもよおした男は、心中を呼びかける。だが、少女の方は生き残り、男は死んで意識が戻ったら小鳥になっていたとの顛末。男の死は少女には伏され、手術は奇跡的に成功、健康になる。アパートから小鳥を引き取り草原を散歩しながら「おじさん」を待ち続ける少女で終わる。
 小鳥の視線で、人の営み・濡れ場がクールに見据えられ、ラストの少女と小鳥のシーンにはファンタスティックな味が漂う。かわさきりぼん・脚本、深町監督コンビとの原点還りのようなファンタジーだった。

「女子大生 恥じらいの喘ぎ」(国沢 実)
 躾の厳しい母親に育てられた女子大生が主人公。生理中に淫夢に悩まされる。姉は、ある日援交を始め家を飛び出し、バーで働き始める。実は異父姉妹で、男に捨てられた母娘を受け入れたのが女子大生の父。姉の生活の乱れも、それを知ったことが原因だった。母はその夫と死別した後、厳格な顔の裏で男を漁り続けていたことも判明。女子大生は高校時代の教師とよい仲になるが、淫夢が障害になり関係することができない。ある日、教師のオナニー姿を目撃、男のありのままの姿を見て初めて性は汚いとの心の壁が崩され、結ばれる。
 赤い照明とガラス越しを効果的に使った淫夢の描写、女3人のキャラクターの見事な使い分け、国沢実(脚本も)は「凌辱の爪痕 裂かれた下着」に続いて、女の心理と生理の襞を奥深く追っていく。力作は認めるが、そろそろ樫原辰郎・脚本コンビとのブッ飛び映画が見たくなってきた。

「家庭内3P 人妻の妹」(小川 和久)
 若夫婦の家に、同棲に失敗した妻の妹が同居する。若夫婦のプレイのあれこれが描かれ、それを覗いて妹はオナニー。妹が電車に痴漢にあってベッドで悶々としたり、見られながら交わると興奮する中年夫婦に視淫を依頼されたり、最後は姉夫婦との3Pに至る。濡れ場の方便にストーリーがあるのが典型ピンクだが、ここにはストーリーすらなくエッチなシーンのためのシチュエーションしかない。冒頭にもどるが、この「家庭内3P 人妻の妹」も「キング・アーサー」も「映画」ということでは全く同じということに、シミジミと「映画」の奥深さを感じざるをえない。


2004年7月16日(金) ●上野オークラ
「新任教師 野本美穂 恥肉の裏授業」(橋爪 英雄)
 婚前交渉も許容しない潔癖な女教師が、親が寄付をしているのをよいことに傍若無人なリーダーのツッパリグループと対決。その先生に憧れる優等生の教え子を人質に取られ、庇うためにズルズルとSMとレズの世界に引き込まれていくという団鬼六世界のような一篇。女教師はその世界に適応し、寄付金はますます増えてメデタシメデタシ(?)というオチ。まとまってはいるが、鬼六ワールドを狙うとしたらネチネチとした責め場のしつこさが不足。やっぱり本家の「紅姉妹」はなかなかのものだったと再認識。チラリとだが、これぞという役で早乙女宏美さんが出演、ただ、艶やかな長い黒髪は良いがそれで美貌が隠され、ご本人との判別つき難いのは残念なところ。

「団地の奥さん、同窓会へ行く」(サトウ トシキ)
 キネ旬で切通理作さんが、「Hな単語が含まれていないのに、ピンク映画でしかあり得ない題名」と記していたが、典型的なピンク素材を演出力だけで人生の深みに到達させてしまうサトウ映画は、今回も健在だった。役者としての夢捨て難いが生活力に乏しい川瀬陽太と、パートをしながらその夢を支える妻の佐々木ユメカ。芸達者の二人がまず良い。同窓会で元彼とヨリを戻したユメカだが、今は二人とも家庭を持つ身。その場限りで別れ家庭に還るという平凡な筋立て。ただ、夫の川瀬の方のエピソードがなかなかに味わい深い。ピンク映画とはいえ主演に抜擢され興奮の川瀬、朝から妻に迫る。たかがピンクなのにと白け気味の妻のユメカ。その朝の行為がいけなかった。川瀬は濡れ場で全く勃たない。ピンクだから写るわけでもないし本番するわけでもないが、リアリズム派の監督からは当然OKが出ず、テストの繰り返し。トイレで必死にしごく川瀬のいじましさが切ない。行きかがかりから監督がハードコアを言い出し、川瀬もそれに応じる。今度は女優が黙っちゃいない。マネージャーにそれなら8万ポッチのギャラでできるかとネジ込み、埒があかないので監督を誘惑し10倍にしてくれと直接交渉。監督はギャラアップをOKして女優とよろしくできるが、事が終わると女優に惚れてしまったと告白、お前に本番はさせられない中止だと豹変、でもそれならギャラは元のとおりなのも当然だと開き直り、二人の虚々実々の駆け引きが苦笑させる。哀れなのは川瀬、死に物狂いのエレクト努力も水泡。本番なしでアッサリとカットOK、今度は川瀬が切れる。こんな演技で何で今度はOKなんだ!と。役者は監督の言うとおりにしてりゃいい!と監督。ピンクだって皆で協力してくのが映画じゃないのか!と川瀬。ピンク映画人は映画愛に溢れてる人が多いことを知りのめり込んだ私にとって、神髄を突いたシーンである。監督の横暴さは、最近プロ野球二リーグ制騒動で「たかが選手ふぜいが」と暴言を吐いた巨人渡辺オーナーを思い出した。お前はこの業界から追放だ!と監督、助監督に速やかな後釜の人選を命じる。が、助監督もその横暴さについに愛想をつかし現場を去り、他のスタッフも次々と離反する。ただ、現場を去った川瀬が歩きながら「あの監督、好きだったのに」と涙ぐむ姿がグッとくる。ワンマンだが監督にこれまで何かを感じていたのだろう。その二重の切なさは泣かせる。何日か後、道路工事の仕事などをしながら生活している川瀬に助監督から、監督昇進したので主演を依頼したいと携帯が入る。業界追放を言った監督は急死したが、実は以前から不治の病だったとのこと。女優に縋るように惚れたと告白したのは、単にギャラの駆け引きだけではなかった切羽詰まったものだったことを思い出させ、サラリとしつつ深い余韻も残す。「ピンク映画の主演だけど」と、喜びを妻ユメカに語る川瀬。元彼との同窓会の関係で何かが変わったユメカは、「ピンクだっていいじゃないの、夢を持ってる人は大切よ」と、それを支えたいと今度は優しく応じる。「コツコツと」やっていこうと川瀬。「コツコツと」何度か繰り返されるこの言葉が印象的だ。でも、こうしてディティールを記してもこの映画の良さは伝わらないような気がする。サトウトシキ映画は、演出力で見せる映像の力に直に接しないと結局は分からないのではないか。

「欲求不満な女たち すけべ三昧」(池島 ゆたか)
 世紀末から二十一世紀、暗い世相が続く現代日本で生きる3人の女を、接点なく並行して描き、ラストシーンでその3人が偶然交差点ですれ違うストップモーションで締める。何故かそこに、でも皆一生懸命生きてるんだよなあと不思議な感銘が残る。池島監督=五代暁子脚本コンビ作品は、私は勝手に名画のオマージュ=パロディに結びつけるが、それで言えばこれは池島=五代版「トリコロール」か。中学生の娘には子離れされ、夫には今さら何だと夜を共にされない主婦が、出会い系サイトで不倫。でも、そんな女は蔑まれ殴られて金だけ奪われたりもする。顔の痣はさすがに夫と娘に心配されるが、喫煙を注意したらと誤魔化すと、「お母さんにそんな正義感あったっけ」と笑われてチョン。二人目はSM出張嬢。大人気でオーナーに店を任せたいと嘱望されているが、難病の息子が入院中、治療費も稼ぎたいが、たまの逢瀬も大事にしたく忙しくなる店長には踏み切れない。3人目は援交女子高生。小父さん相手にブランドものなどせしめてるが、その小父さんもリストラされて、妻にも愛想つかして逃げられる。金の切れ目が縁の切れ目は女子高生も同じ。小父さんは彼女にも捨てられる。そんな出口のない話の3人の女のラストのすれ違いなのに、何故か生の力を感じ、私は静かな感動に包まれてしまった。最近の「白いカラス」が、やはり救いのない話なのに私は静かな感動に包まれた。でも、同様に救いのない「21g」には凄い拒否反応があった。何故だろう。それを突き詰めるのが自分探しの旅であるのかもしれない。


今回も本題に入る前に前置きを少々。
 7月1日(木)、映画ファン感謝デー、入場料千円均一の日。仕事のエアポケットで休暇が取れた。さて、何を見るかでハタと気付く。今、映画は価格破壊が起こってる。様々な安く見られる特典あり、プレイガイドの特別鑑賞券あり、さらにチケットショップでのダンピング。ただ、これと全く無縁なのがピンクである。そうか、この日こそピンクの日だ。早速、新宿国際名画座から、韓国版ピンク(?)「スキャンダル」へとハシゴのスケジュールを立てる。ところが、新宿国際名画座に行ったらファン感謝デーには関係なし。上野や浅草ではチケット販売機に感謝デーの釦があったのが記憶にあったのだが、そうか、新宿は無しか。一つ利口になった。ならば、今日わざわざピンクを見る必然性はゼロ。「スキャンダル」に直行する。平日ということもあり、場内は殆どがヨン様ファンの小母様ばかり。居心地は悪かったが、これは「危険な関係」のリメークというよりヨン様版「源氏物語」、情熱の濃密さはなかなかのものだった。さて、もう一本ということで、時間の合う「天国の本屋〜恋火〜」をハシゴする。そこそこの純愛編でまあ見せるが「黄泉がえり」「星に願いを」に続いて、何か「竹内結子映画」というジャンルができちゃったみたい。
 てなことで7月3日(土)の休日に改めて新宿国際名画座に向かう。この日はその後「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」に回るスケジュール。こういうハシゴをするオッサンもちょっといないだろうなあ。「ハリ・ポタ」は、ラドクリフ君も声変わりして成長し、親類の虐めに耐えるだけでなく、魔法を使って叔母に報復。「スパイダーマン」の如く、力を有する者の正義のあり方というテーマに踏み込む。「ハリ・ポタ」はこれまでも、一見ファンタジーの中に奥深いテーマが底に仕掛けられており、今回も私の映画の友と蘊蓄を傾けて語るのが楽しみとなった内容であった。
 少々と言った割りには前置きが長くなったが、これには訳があり、本年の「蛙の会」公演で私の3回目の活弁の舞台が10月31日(日)門仲天井ホールに決まりましたが、そこでのキャッチフレーズを「無声映画からピンク映画まで、古今東西邦洋を問わずすべての映画を愛し、それが嵩じて活動弁士に口を出した男」とするので、その映画好きの片鱗を記させていただいた次第であります。

2004年7月3日(土) ●新宿国際名画座
「淫乱なる一族 第二章 絶倫の果てに」(池島 ゆたか)
 「第一章」の時に「あの一族が次々と男を騙し殺していくのを目論んでるのだろうか」と見当ちがいのことを記してしまったら、P大賞審査者のぢーこさんから<池島監督の日記によると「第2章」ではコンパで知り合ったもう一人の女と結婚した場合は・・・・ということだそうです>とメールで情報提供していただきました。池島監督=五代暁子コンビ脚本は、何でも名画のパロディ=オマージュに結びつけてしまう私ですが、ということでこれは同じ時間を2度生きられたらという大島渚の「帰ってきたヨッパライ」でした。とはいっても、第一章で母子家庭だった主人公の設定は今回は違っており、妻に先立たれた祖父と父、出戻りの姉という家族構成。そこに同居する理想的な嫁、であったはずが、とんでもないインフォマニアの性欲解放論者、ついにウンザリして勃たなくなる主人公。欲求不満の妻は祖父・父とも関係、姉もレズ・オナニー狂いに引きずり込む。むしろパゾリーニの「テオレマ」といったところか。乱交溢れる家庭の中で、第一章の女と結婚すればよかった後悔する主人公、第一章と同様のオチ。若妻が飾りつける扇情的なインテリアや卍巴えのからみというベテラン池島監督の画面造りが眼を楽しませる。

「政界レズビアン 女戒」(愛染 恭子)
 AV規制法案に政治生命を賭ける愛染議員と壁になる港雄一大蔵大臣の対立。党員に大臣一派を誘惑させビデオ撮りでスキャンダルをでっち上げようとする愛染一派。実は愛染一派はレズ集団。港一派も愛染一派のスキャンダル探しに躍起。愛染に過去に捨てた隠し子があり、それが港にレイプされた落し胤であることも判明。泥試合の果てに、港派の秘書は昔愛染議員とレズ関係で、その撚りを戻すことで味方に引き込み、スキャンダルは港一派の不利なものだけがマスコミ公表され、愛染一派の大勝利。鈴木宗男と辻本清美、山崎拓スキャンダルを連想させたりもするが、ここまで低俗に卑俗化していいのって気もしたり、でも今の政治レベルってこんなものかなと、まあそこそこ楽しい一篇であった。

「人妻ごろし 七人突きまくり」(深町 章)
 旧題「本番不倫 七人の人妻」課長が酔って部下を自宅に連れ込み、妻を寝かせて二人で猥談。七人の人妻と不倫をした部下の話を課長がを聞くというよくある展開。話が画面に再現されSM・3P・レズ・夜這いとヴァリエーションに富んだ濡れ場を見せていく。七人目を前に、課長も部下に妻との性生活を話さざるをえない羽目になり、「最近、感じやすくテクニックも上達した」と話してるうちに眠くなり、「七人目は次の機会に聞かせてくれ」と寝込んでしまう。実は部下の七人目は課長の妻との七年目の浮気で、感度上昇・テクニック上達もその不倫のせい、寝込んだ課長を尻目に二人は不倫の床へと向かうというオチ。他愛ないといえばそれまでだが、ピンクエンタテインメントの王道とも言えるだろう。


2004年6月18日(金) ●上野オークラ
 本日は休暇を取っての映画デー、上野スタームービーで「シルミド」鑑賞後,、オークラのピンクへと、不忍池辺の映画館巡りを決める。
 「シルミド」には打ちのめされた。歴史の裏面、金日成暗殺のために組織された囚人部隊の悲劇、たった30年程前の韓国でこんな「特攻大作戦」まがいの事実があったとは。時代は私の青春時代、ならばこの部隊の若者は同世代ではないか。てなことを思いながらオークラのピンクへハシゴ。こちとらは公益事業定年後の再就職で余裕が出来て、平日にピンク鑑賞とは。日本はここ半世紀、やっぱ平和なんだなあ。

「新妻不倫 背中で感じる指先」(吉行 由美)
 偏差値高く津田熟出の姉と常に比較されコンプレックスの固まりの妹。姉は国際結婚に失敗し傷心の帰国、新婚の妹夫婦の家に転がり込む。この時とばかり熱々の幸福ぶりを見せつける妹。ただ、夫は姉の友人の昔の恋人と不倫を続けていた。さりげなく証拠を仄めかす姉。ブチ切れた妹は元彼と不倫。その間に姉は義弟と不倫。トリプル不倫の暴走の果てに吹っ切れ、姉妹はチョツピリ心を通わせ、妹は夫への愛を再確認する。展開はピンク流平凡さだが、姉妹の葛藤をジックリ描写する吉行演出は相変わらず(99年の旧作だからこの頃からと言うべきか)見事である。姉を吉行自身、妹は林由美香とのアンサンブルも決まっている。

「義父の指遊び 抜かないで!」(野上 正義)
 妻を無くし三回忌を迎えて、息子夫婦と同居の野上正義。息子は性力弱く、妻は欲求不満。息子は北海道に単身赴任。欲求不満が嵩じた妻は、酔って義父を誘惑、初めて女の喜びを感じる。息子は赴任先の事故で完全に不能となり帰宅。妻は義父に再び迫り、それを覗いた息子が不能回復。義父は感謝され目出度し目出度し、若い再婚相手を探し始める。脚本も野上正義。作ってる本人が一番いい気分だったんじゃなかろうか。

「マゾ麗奴 囚われて」(荒木 太郎)
 バーで知り合った謎めいた女、黒のトックリセーターとスラックスの黒ずくめ。デートに誘うも肌を見せるのを異常に拒否する。眠ってる隙にセーターとスラックスを脱がせたら、腹に無数の切り傷、太股には煙草の火傷跡。典型的なマゾの腹切りマニア、そんなことをしながらオナニーをしていたのである。ヒモになって虐めてくれと懇願され、とりあえず要望に応じるがプレーはどんどんエスカレート、腹切りの深さも命にかかわりかねなくなる。恐怖に駆られ男は逃げ出し平凡な結婚をするも、新聞でマゾ女の行状を目にし、その幻影に怯え続けると、よくある展開だが、腹切りプレーなどの幻想的な描写は、さすが荒木太郎である。編集の鵜飼邦彦さんは、日活編集マン出身で昔の映画友の会の友人、知ってる人の健在な活躍ぶりを知るのはいいものだ。


2004年6月6日(日) ●新宿国際劇場
「凌辱の爪痕 裂かれた下着」(国沢 実)
 敏腕のキャリアウーマンのレポーター、レイプ事件を女性ならではの視点で追い続ける。共感と興味本位の中傷と賛否両論。当人は淫夢に悩まされる。女の幸せとは?自分の仕事は真に価値あるのか?家庭に入った方が?とか、女の悩みがボソボソと語られる、らしい?いや、私の見た時、極端に映写状態が悪く、冷房の音も大きくて殆ど台詞が聞き取れなかった。次の回ではややマシだったが、国沢実(脚本も)作品、樫原脚本時と違いブッ飛び感覚ゼロのリアル世界、もう一度見ようとは私は思わなかった。力作で絶賛する人もいそうな気はする。

「後家・後妻 生しゃぶ名器めぐり」(森山 茂雄)
 未亡人の生活相談に乗り2号にしてスナック経営させてる生臭坊主。さらに、ちょっと知恵遅れ気味の未亡人も煩悩を鎮めると称してモノにする。ついにキレた本妻、2号の身から抜けてまともな結婚を考えるスナックのママ、共謀してその未亡人を脅しつけ、3人で住職の殺害計画を練る。市川崑「黒い十人の女」の如し。異次元空間の構築が持ち味の森山作品としては平凡な展開と思ったら、やはりひとひねりあった。スナックのママがステーキで毒殺しようとしても坊主はケロリ。不審に思い食べ残しの肉汁を一舐めした彼女はひっくり返って医者を呼ぶ騒ぎ。知恵遅れの未亡人は、何故か車の知識に強く、坊主のバイクのブレーキに細工。崖から転げ落ちるが軽傷で終わり、目の前で埋蔵金を発見と、ナンセンスな位の悪運の強さ。ママに入れ揚げてる男を色仕掛けで殺し屋に仕立て上げるも、坊主に発覚。本妻・2号共に追い出され、3番目の未亡人が正妻に。そして坊主は張り切りすぎて腹上死。締めはちょっと平凡だった。因果応報で死ぬのはよいとして、森山作品だけに異常なまでの悪運の強さにもうひとひねり欲しかった。死後、住職の乱行を覗きオナニー三昧の小坊主が、知恵遅れ未亡人をイタだいて新住職に。ここはちょっぴり川島雄三の「雁の寺」か。

「肉欲姦淫 むいてほじくる」(小川 和久)
 AV嬢の過去が知られて婚約解消された主人公。まともな結婚を夢見て結婚相談所に登録。そこは、男女のサクラを使った結婚詐欺の巣窟。というわけで濡れ場のネタに事欠かないというそれだけの映画。ピンクってそれだけでいいんじゃないのって言われればそれまでだけど。私の知人で現代映像研究会の松島政一会長がAV監督役で出演って、そんなプライベート的興味だけってのもどうかねえ。


サラリーマンピンク体験記
 4月30日発行の「映画芸術」2004年春号をもって、私の「サラリーマンピンク体験記」は完結いたしました。ご愛読ありがとうございました。(といって、本HPを読んでいただいてる方で、そちらも読んで下さっていた方がどれくらいいたかは知りませんが)<「体験」による「発見」を超えて>とタイトルにありますように、ピンクは発見の段階を超えて通常映画観賞フィールドに入ったということで、2年目のピンク大賞参加資格に向けて頑張ります。詳しくは「映画芸術」を一読下されば幸いです。

2004年5月22日(日) ●上野オークラ
「Mの悦楽 美乳縄いじめ」(荒木 太郎)
 旧題「変態調教 白衣のうめき声」。昔、別荘で主人が派遣看護婦とSMプレーに耽った末に誤って殺してしまい自身も自殺。その別荘は売り払われ看護婦寮に改築の計画も、亡霊が出るとかで捗らない。ルポライターの女がボーイフレンドを連れて仕事で訪れる。超常現象の学者とその助手と合流。そして、数々の怪奇現象と遭遇。実は、二人は向かう途中の交通事故で死亡して成仏できない霊になってしまっていて、怪奇現象に見えていたのは生きてる方の人間だったという「シックス・センス」か「アザーズ」、はたまた「黄泉がえり」か「美女濡れ酒場」といった落ち。学者と助手の正体は成仏した元主人と派遣看護婦で、主人公達も成仏させようと現れた次第。低予算の中で、森の中に張り巡らされた注連飾りや包帯と、怪奇ムードの盛り上げもたっぷり。最後は二組のカップルが原野に敷かれた大きな白布の上で、ハイキーの画面の中で絡み合い、果ては卍どもえになって昇天していく幻想味も良い。原野に散らばった落書き風の紙に似顔絵もちりばめたクレジットタイトルが記され、相変わらず洒落た荒木映画だった。

「淫乱なる一族・第一章」(池島 ゆたか)
 池島監督=五代暁子脚本コンビは、名画のオマージュかパロディと、私は勝手に決め込んでいる。その伝でいくと「第一章」とくれば大作大河映画?「淫乱なる一族」とくるならば「華麗なる一族」か?と思ったが、オマージュ&パロディとは無縁な一篇だった。合コンでタイプが対称的な二人に好かれ、一人と結婚した男。女の父は商社を経営する大金持。二人の妻に先立たれ、彼女は最初の妻の子。二番目の妻の娘は引き篭もり。現在の妻は若く妖艶。何やら妖しい雰囲気の大邸宅。父の真の姿は麻薬の売人と保険金詐欺。運び屋の男を一家でマゾに仕立て、肛門を使っての麻薬密売。妻を次々殺して保険金太り。男は、合コンでのもう一人の女と偶然再会し、ベッドインしてその噂を聞かされる。不倫がばれた男は一家にお仕置きを受け保険金目当てに毒殺される。息を引き取る直前に、もう一人の方と結婚してればよかったと後悔する男。池島演出は手慣れたタッチで退屈させず見せるが、主人公に何の因果応報もないのに無残に殺されるのは後味が悪い。「第一章」というけれど、あの一族が次々と男を騙し殺していくのを続けるシリーズを目論んでるのだろうか。私は、あまり見たいとは思わない。

「義母の寝室 淫熟のよろめき」(加藤 義一)
 弁護士の父親に期待を持たれてる司法修習生の息子。義母は若い。義母の不倫を息子が発見し、義母に関係を迫る。才人加藤義一にしては、随分平凡な展開だと思ったら、やはりひとひねりあった。義母は、関係を続けたいなら、以前結婚しようといって捨てられた高級官僚への復讐に協力してくれという。高級官僚の妻は敬虔なクリスチャン。婚前交渉は神が許さないとのことで、結婚直後に海外赴任となった官僚と交渉はなく処女妻。彼女を犯し、ネットで写真をばら撒き官僚に恥をかかそうという義母の魂胆。息子は彼女に近付く口実で一緒にボランティアなどするが、その清純・誠実さにうたれ手を出せない。業をにやした義母は、浮気相手をそそのかし目的を果たす。彼女は恥じて自殺する。修習生の息子は、浮気現場に父親が遭遇するよう仕向け義母に報復する。彼女の自殺の原因はレイプによるものではないことが、回想の懺悔で明かされる。夫以外の男の修習生を愛してしまったからなのだった。敬虔なクリスチャンを演じるは、もうそう若くはないのに童顔で少女っぽさの面影を残している林由美香。清純・誠実な処女妻をこのように演じられるのは彼女しかいまい。

 ということで、本年度封切ピンク観賞は13本、大賞参加資格25本以上到達には、未だ微妙なペース。


2004年5月4日(木)  ●浅草シネマ
「ザ・レズビアン 舌づかい」(渡邊 元嗣)
 男がキャスティングされてなく、当然ながら男と女の濡れ場もないという一篇。レズのルームメートと同棲している若い女と熟女が奥多摩のハイキングで出会う。熟女が川に帽子を落とし取ろうとして転び足を怪我して、助けようとした若い女がズブ濡れになった縁で一泊することになり、忘れられない仲になる。若い女は絵本作家を目指し出版に向けて頑張っている。同棲相手はボーイッシュな女。熟女はかつてダンサーを目指したが、今は同棲相手のヒモのような存在で、時にストリップショーなどをしている。対称的な2組の対比が見事。若い女が童顔でいつまでも少女っぽさが抜けない林由美香、熟女の同棲相手はベテラン吉行由美と紹介すれば見てない人でも対比の妙が想像できよう。由美香との別れを許容するボーイッシュな同棲相手、嫉妬に狂って足を刺して同棲相手を踊れないようにしてしまう吉行と、ここも鮮やかな対比。紆余曲折の末、由美香は絵本作家として成功し踊れなくなった失意の彼女と再会。二人の幸福な同棲に至ってハッピーエンドとなる。絵本の愛らしい絵のアクセント、グラフィックなレズシーンの美しさはなかなか見せる。下世話に見ても、濡れ場で二人の女優のヌードが楽しめるというのは、男にとって目を2倍楽しませるということか。

「定食屋の若奥様 やめて義父さん」(野上 正義)
 ベテラン俳優の野上正義監督作品との興味で観る。定食屋の主人は風俗嬢と浮気。妻は昔の恋人と出会うが今は詐欺師で大金を騙し取られる。風俗嬢も同じ男に騙され主人から去っていく。この事件をきっかけによりを戻す夫婦。これに加えて冒頭から変な老人が定食屋に出没しこれを野上正義が演じる。実は昔家族を捨てていった定食屋の主人の道楽者の父親。最後は和気あいあいと皆で店を切り盛りしていくどうということない話。ただ、パートの婆さん超熟女の乱孝寿がバストを曝け出し、尻丸出しの野上正義とからむのはちょっと凄過ぎ。野上に抱かれた後の乱の厚化粧は爆笑ものであった。

「三十路同窓会 ハメをはずせ!」(中村 和愛)
 同窓会で集まった3人。一人はエッセイストで仕事と家庭の両立が出来ずバツ2。その最初の夫ともう一人は結婚し二人でバーを経営。もう一人は若いツバメと同棲中。バーの主人は自分本位のSEX、不満の妻は出張ホストを買う。そのホストはツバメだった。ツバメは
どちらも大して金がないと見切りをつけて消える。編集者との火遊びから妊娠し幸福になりかけたエッセイストも流産。そんな時に男の優しくない本音が出て「バツ3にならなくてよかった」と述懐。かくして皆ひとりぼっちになる。濡れ場の方便のために人間関係を構築する典型的ピンクのようでありながら、時制を錯綜させたモンタージュ、三十路女の切ない心情が浮かび上がる。バーを閉店すると同時に妻を抱き自分本位に果てる男は、ピンクでなければできない人間描写の独自性といえないこともない。

 3本とも濡れ場の繋ぎにドラマがあるピンク定番のようでいながら多少のヒネリもあり捨て難い。これもピンクの魅力の一つか。


2004年4月29日(木)  ●新宿国際劇場
「出会い系不倫 堕ちた人妻たち」(杉浦 昭嘉)
 結婚4年、倦怠期でセックスレスになった夫婦。妻が間違えて生活費の入った封筒をゴミに出してしまう。金のために出会い系サイトに参加。夫は友人を通じてそのことを知り、ハンドルネームで妻と接触を試みる。会うことはしない。メールを通じて、夫を愛してるが主婦だけでいると寂しいとの妻の心の中を知る。妻は二人組の男にレイプ・SMプレイまがいの仕打ちを受けた果てに身ぐるみはがれてホテルに置き去りにされる。サイトのメル友に助けを求め、それは夫だった。このことを通じて二人の心が通い合うとの、何とも凡庸なお話。御贔屓里見瑶子嬢新作、こんな飛翔感覚ゼロの映画で磨り減ってもらいたくないものだ。

「ナース裏治療」(小川 欣也)
 あっけらかんとしたナース二人組。一人は、未亡人の理事長のマザコン・引き篭もり・女性恐怖症の一人息子の付き添いとなり、性を回復させて主任看護士に出世。一人は、憧れの新婚早々の医師が、宿直時に妻とテレフォンセックスしてるのを録音し、それを脅しのネタにしてベッドインに成功。共にニコニコと肩を並べて歩いてくって何とも他愛のない一篇。

 こんなの2本も続くと疲れるばかり。でも、2本とも今年封切の新作。ピンク大賞参加資格に近づけたのが見た価値と思うことにするか。ちなみに4月29日現在、本年度封切ピンク観賞数はこれで10本、参加資格は25本、クリアには微妙なペース。道は遠い。


周磨要のピンク大賞レポート

2004年4月17日(土)  ●新文芸座→鹿鳴館
 ピンク大賞、今回投票に初参加したこともあり、表彰式イベントと打ち上げに初めて顔を出した。その参加報告ということだが、実は疲労困憊で殆ど記憶がない。
 とにかく日が悪かった。第三土曜日「映画友の会」の日である。さらに加えて前日の16日(金)は同期会で伊東へ一泊旅行、予想どおり昔話に花が咲きしこたま痛飲して、翌朝も朝風呂の温泉上がりの後で朝酒の大宴会、帰りの列車でも缶チューハイを開け、東京に戻って昼食にラーメンでも食べて散会するかと、そこでも餃子でビール。フラフラで映画友の会に参加、二次会の喫茶店で少し冷めつつあるところで、そこから有志そろってまたまた恒例の飲み会。そんな果てに文芸座に辿り着く。湯布院映画祭を大きく越えたデスマッチ状態だ。申し訳ない。表彰式は殆ど記憶にない。
 表彰式終了後、近くの鹿鳴館で飲み放題の打ち上げ開始、終了予定は翌朝5時。無理しても来たお目当ては、御贔屓里見瑶子嬢について「PG」林田義行編集長から「受賞に至りませんでしたが、スケジュールの都合がつけば(中略)来て頂けると思います」とメールが入ったこと、私の投票と一致した新人女優賞まいまちこさんに会えると期待したことだが、編集長に挨拶がてら聞いたところ、両者とも仕事の都合で残念ですがとのことであった。メールで知り合った投票者のぢーこさんとも挨拶を交わす。でも、いずれの方ともどんな話をしたかの記憶が殆どない。
 ただ、林由美香さんへ最近作「熟女・発情 タマしゃぶり」は女優賞もの・ベストワン候補とエールを送れたのはよかった。身障者・知恵遅れ・失語症などの障害ではなく、やや個性的な普通の女として演じたとの役作りの話も聞けて有意義だった。
 2時頃か、ついに体力の限界で眠り込んでしまう。3時半頃、現代映像研究会で知り合えた樫原辰郎さんに「元気出してください」と起こされる。相変わらずスタージョンやディックなどのSF論を始めとして機関銃のようなボキャブラリーが圧倒的である。私は国沢実監督と会い、徹底的に現場主義・具象的な人との印象を受けたとのことを話す。この好対照が国沢=樫原コンビ快調の秘密かもしれない。
 こんな程度の報告しか今回はできません。体調万全ならずいぶん得ることのあろう一夜になると思う。来年も是非参加資格をクリアして、顔を出したいものである。


周磨要のピンク映画お蔵出し(5)

2004年■月■日(金)
「熟女・発情 タマしゃぶり」(いまおか しんじ)
 いまおか作品最新作(何故か今回は監督タイトルがひらがな)、とにかく映像のパワーが凄い。昨年の私のピンクのベストワン「猥褻ネット集団」に匹敵する。言葉がすぐ出てこない張り詰めたものがある。
 主人公は言葉を発しない女、身振りで切羽詰った心を表明する。聾唖者か知的障害者かと思ったら、相手の言葉は聞こえ理解はしているるようだ。失語症かと思ったら、最後の殺人のあと言葉を発してるから、これは単に極端な無口な女ということか。(殺人という激烈な
体験を経由して失語症が治癒したとの見方もあるのだが)
 言葉が無いということは、人を集中的・偏執的に追い込むのだろうか。彼女は同棲の男に丁寧に丁寧に毎日弁当を作る。男が「会社の同僚は外食だし、弁当箱洗うの面倒くさいし」とやんわりと断ると、今度は発砲スチロールのパックに同じように丁寧に弁当を詰める。
 些細な行き違いから男と喧嘩、もみ合い、部屋の襖が外れる。押し入れから溢れ出る弁当パックの山が部屋をいっぱいにする。それでもまだ押し入れの中にも落ちきれなかったパックが残ってる。女の強い思い、その偏執的な怖さ、どんなホラーよりも怖い。
 女はボーリングが好き、黙々と打ち込むボーリングの姿、そこの亭主ともいい仲になる。気が付いた妻、喫茶店で彼女と会い、分かれてくれと告げる。コーヒーの払いを自分がすることに固執する彼女、小銭がない。コンビニで小銭を用立てようとしたがレジは混んでいた。「至急、小銭が欲しい」との言葉を発することができなければ、強盗まがいに小銭を握って駆け去るしかない。
 最後は殺人にまで至る女の突き詰めた姿が異様なインパクトを残す。主演林由実香、演技賞ものの名演。同じ日に吉行由美作品「憧れの家庭教師」で、年増ピンク女優の吉行をあっけらかんと励ます明るいパートを請け負っていた直後に見ただけに、余計印象は強烈だった。


2004年4月10日(土)  ●上野オークラ
 桜の季節である。ただし、やや時期を過ぎてるが、上野の山はどうだろう。多少でも花があれば、その下で飲み食いしてても花見に見える。乞食にゃ見えない。てなことで、早目に上野に向かう。残念、桜は完璧に散っていた。ビールやたこ焼きの売店の売り声が虚しく響く。でも、これじゃ花見でなく乞食になっちゃうね。仕方なく不忍池の傍の売店の椅子で、未練がましくモツ煮込みと生ビール、だけど、桜もないと時間も持たない。キリのよい時間にはまだ1時間以上ある。ふと、あることを思いつく。会社関係の会合でよく池之端文化センターを利用するのだが、近くの旧岩崎邸庭園の案内を目にし、機会があったら入園しようと思ってた。そうだ、行ってみよう。かくして、ミニミニ都内観光として、明治の洋館のモダン感覚を楽しんだのであった。それにしても、その後ピンクを見に行くとは俺って何なのか。でも、前には親類の家族とピカチューの映画を見て、別れてからピンクに行ったミスマッチから比べればまだマシか。

「浮気妻 つまみ喰い」(杉浦 昭嘉)
 妻に浮気された男と、夫に不倫された女が出会う。女は銀行強盗の男にレイプされそうになり、助けを求めた男との間とのもみあいの隙をついて、強盗の頭に石を叩きつけて殺してしまう。死体を始末した二人は、共犯意識からベッドを共にする。それを通じて、男は浮気された自分の至らなさに気付く。妻も深く悔いている。男と女は、強盗された三千万円を分散して無記名でいくつかのボランティア団体に送り、何ごともなかったように日常に回帰していく味わいのある幕切れ。妻の葉月蛍の悔恨の表情を長回しで追ったアップが見応えがある。ストーリー展開からは必要以上の長さだが、こういうのが作品に膨らみを与える。

「谷川みゆき 高校教師−汚す!−」(橋爪 英雄)
 Mの高校教師が赴任した荒れた高校は、生徒が「愛の館」と称するSMクラブを作っており、彼女も資質を見抜かれ、引き込まれる。一方、前のSM相手の同僚教師、今は写真家の男にも、緊縛写真を求めて追い回される。とまあ、谷川みゆき緊縛ショーの趣の一篇だが、ビデオ撮影らしく映像もよくないし見せ方に工夫もなく、こういうのを見ると、やっぱり石井隆「花と蛇」は洗練されていた。また、私に言わせれば、SMマインドの縛りとは、拘束によって恥じらいのつらさを助長させるところにあり、女がMでそれを喜んでるんじゃ話にならない。そのへんは「花と蛇」も、冒頭の淫夢で遠山静子令夫人がMの資質を有してると匂わせてしまったあたりは同じなのではあるが。

「豊乳願望 悩殺パイズリ」(池島 ゆたか)
 池島ゆたか監督=五代暁子脚本コンビは、名作のオマージュ・パロディを彷彿させるものが多いのだが、その線で行けば本作は二人の心と体が入れ替わるということから大林宣彦「転校生」のピンク流換骨奪胎。豊乳のホステス山口玲子と、部長と不倫中の平凡な貧乳OL桜咲れんは、お互いの体と立場を羨ましがるルームメート。山口が買ってきた「願えば叶う、あなたは変わる」という超能力ビデオの説法を見てたら、雷鳴一閃、二人の心は入れ替わってしまう。ホステスは、かねて頼まれながら逃げていたAV出演を引き受け、オナニー・本番・レズと大はしゃぎ。ストーカー的につきまとってた男とも寝てしまう。OLは、くだらない男だと部長を振ったら、部長は仲をつなぎとめるために妻に離婚を申し出て、大騒動に。体と心の入れ替わりではしゃいだ二人が、事態をどんどん複雑悪化させる。町で出会った超能力ビデオの教祖に頼んで元に戻してもらい、体も立場もお互い羨ましがる程のことでなかったことを知るという結末。グラマラスな山口玲子とスレンダーな桜咲れんの魅力を巧みに生かした一篇であった。


2004年4月4日(日)  ●新宿国際劇場
 国沢実・山崎邦紀・荒木太郎の3本立てって、ちょっとスゴイ。

「おねだり妻 くちびるでご奉仕」(国沢 実)
 大学教授夫人が主人公、幸せな結婚生活と信じてたら、何と夫はかつての教え子とゲイの仲と判明、体に触れられるのを拒みもみあううちに刺殺してしまう。自殺を試みるも死にきれず、行きずりの若者に助けられる。同棲相手もいるその男と恋に落ちる。夫のゲイ相手の教え子には命を狙われる。だが、夫は何日かの後、奇跡的に蘇生。彼が一人で生きられるよう立ち直らせるまでの猶予を願い、二人で去る。主人公は若者と同棲相手と3人で、レズを交えた愛欲の世界に没入。夫の裏の顔を知り、タブーなんて無いことを知り、新たな世界に旅立ったということか。時制を錯綜させた国沢実の語りに才気は感じるが、もうひとつピンとこない所もあった。

「美乳凌辱 性感責め」(山崎 邦紀)
 旧題「監禁悪戯 悲鳴のあえぎ」。例によっての山崎邦紀の奇妙な世界。男のヌードを描いてアイデアの糧とするデザイナーの姉と、人は子孫を残すべきでないとの狂信的生物学研究者の妹。階の上下で一つ家に住むも、互いに無関心。ドメスティック・バイオレンス救済運動の純真な女性を、妹は拉致・監禁・凌辱の限りを尽くし、オナニーに耽る。。協力するのは、研究者の処女を守る崇拝者の男。ところが、監禁された女と瓜二つの魔性の女が登場、男達を翻弄する。これは女の怒りの結晶の具現。姉がコレクションの男の性具を使いレズ的行為で怒りの結晶を静める。崇拝者の男は、凌辱に嫌気がさし、研究者の処女を奪って呪縛から開放されようと試みるが、彼女は姉の性具で破瓜を行い、水泡に帰する。と、奇妙な山崎ワールドに終始。研究者の妹が御贔屓里見瑶子嬢、人間なんて嫌いだと生殖を拒否する狂
信的オナニストの処女。ピンク女優数多しと言えども、こんな役をできるのは、浮世離れ・現実離れの宇宙人の彼女しかおるまい。

「美肌家政婦 指責め濡らして」(荒木 太郎)
 仕掛けはすぐネタが割れるし、新味はないのだが、叙情溢れる映像描写で見せ切る。「映画は眼で見せる」王道の秀作である。何十年も前に妻を失った初老の地方の映画館の映写技師。幼い頃の娘との思い出の8ミリを一人で上映して見るのがささやかな楽しみ。でも、その娘も成長し結婚し、バリバリのキャリアウーマン。家庭的な夫に対し、不倫を楽しみ、子供を産む気もなく、父の家にも寄り付かず、病に倒れても家政婦を派遣する程度。その家政婦、どこか奇妙。料理の味付けが亡き妻とよく似てる。初恋の思い出を語るが、それもすべて同じである。亡き妻の霊が乗り移った存在だった。思い出の山小屋で二人は体を重ねる。雨滴が滴る窓越の美しい濡れ場、ストーブの赤々とした火の見事なアクセント。そして彼女はいつしか消える。彼女を撮影した思い出の8ミリを上映するも、当然ながら映像の中に彼女の姿はなかった。全編に漂う情感がとにかく素晴らしい。


周磨要の番外篇

2004年3月20日(土)  ●銀座シネパトス
「花と蛇」(石井 隆)
 4月17日(土)のピンク映画大賞の表彰式を楽しみにしている昨今である。オールナイトということで、体力的に鑑みて例年足が遠のいていたのだが、今年は投票に参加したこともあり、出かけてみようと思っている。その割りには、このところ魅力的な番組に会わないこともあり、ピンクを見ていない。そこでピンクではないが、東スポの1面を飾ったりしている杉本彩の「花と蛇」を話題にして繋ぎとしたい。

 石井隆監督作品だからやや予想していたのだが、やはり団鬼六ワールドの魅惑を悉く外してくれた。永遠のヒロイン遠山静子令夫人がタンゴダンサーだって!静子夫人は和服美人に決まってる!肌を晒すようなダンサーとは何だ!「花と蛇」は女の羞恥心が無限に続くという男の妄想の上で成立するものだ。アクロバティックな縛りは何としたことか!肉体的苦痛を与えたら羞恥心なんて吹っ飛んでしまう。鬼六ワールドの縛りは、拘束されることで女の恥ずかしい肉体の部分を隠すことが許されなくなるという魅惑である。肉体的苦痛は、公開放尿や浣腸責めのように、羞恥心を拡大させる生理的なものに殆ど限定されているのだ。レイプが多いのもいただけない。石井版「花と蛇」は鬼六ワールドよりも、かつての鈴木則文の女番長物などのスパイスに使われたSM描写に近い。ただ、鈴木映画が泥絵のようなおどろおどろしさの魅力だったのに対し、石井ワールドはかなり洗練されている。縛り・ヌード以外でも絢爛たる衣装の数々は杉本彩ファッションショーの趣があり、これは杉本彩の洒落たヘアヌード写真集といったところか。いずれにしても昨年11月1日の浅草世界館観賞作品のコメントで、私の友人でキネ旬読者評の論客古川博宣氏の「映画と私」誌上の「谷ナオミ論」を紹介したが、その古川理論にそぐわないSMものは、私にとってペケということだ。団鬼六監督作品「紅姉妹」はやっぱりさすがであった。クレジットタイトルでSMアドバイザー早乙女宏美とあった。知ってる人の活躍を目にするのはうれしい。

 ところで2004年プロフィールについて補足・訂正を少々。私のキネ旬読者評と大高さんの記事とは何の関係もないことに最近気が付いた。大高さんが私を取り上げた時期に前後して、私は投稿原稿のフォーマットを「一太郎」から「ワード」に変更した。その時、名前が欠落した。住所・氏名・年齢・職業・電話番号の明記という応募要項に則さない原稿を1年半近くも投稿していたわけだ。プロフィールに記したことは、すべて私の邪推・逆恨みだった。電子データとは本当に恐ろしい。手書きならば1年半も自分の名前を書き忘れ続けるなんて、考えられないことである。今、私は様々な面で、そのことで物凄く落ち込んでいる。思うところは山程あるが、よそう。とりあえず事実報告のみをしておきたい。


2004年2月28日(土) ●上野オークラ
「美人添乗員 暴走下半身」(新田 栄)
 美人添乗員が夜のサービスもしてくれるなんて、男にとってウハウハものの願望をそのまま映画化したしろもの。濡れ場の合間に観光的な興味で繋ぐが、何せ低予算のピンクだから東京観光、それだけの映画。

「禁断姉弟 女肉のぬくもり」(山崎 邦紀)
 借金を重ねて死んだ父親、遺産は放棄しろ、家族は解散しろと、何とも無茶苦茶な遺言。ひたすら内気で真面目な姉は、予定していた結婚の延期を決意。オタクでシスコンの弟はオドオドした態度と裏腹に、俺は心の中で怪物を飼っていると自己充足。遺産目当ての叔父、亡霊の叔母などが入り乱れ、亡霊の陰謀で姉が棺桶の角に頭をぶつけたら、仏前結婚式で葬儀と一緒にやるととんでもないことを言い出しガラリと性格が変わったり、弟と一緒にはしゃいでたら、再び棺桶の角に頭をぶつけ元に戻って亡霊の陰謀が水泡に帰したり、ホントに怪物を心の中で飼ってるのは姉のようだったりと、分かったような分からないような話。葬式の祭壇がある古風で広い日本間、亡霊の叔母が出没するマンション風のダイニング・リビング、濡れ場が展開するラブホテル風のベッド・ルーム、安下宿みたいなオタクの弟の部屋と、家の全景は示されるも、それらが絶対にその中に並置されてるなんて思えない(当然ロケ地はみんな別だろう)のに、映画ならではの魔術空間が現出してしまう。山崎邦紀は、またまた奇妙な空間を現出させた。


2004年2月20日(金) ● 上野オークラ
「痴情報道 悦辱肉しびれ」(池島 ゆたか)
 上野オークラの開場と共に映画が始まった。いつまでたってもメインタイトルが出ない。そのままついに映画が終わってしまった。時計を見たら30分しかたっていない。結論からいうと途中から上映開始したというわけだ。
 往年の場末の3番館はさておいて、現在のご時世では珍しい貴重な経験だった。もっとも、千住生まれで千住育ち、場末の映画館で映画の魅力に目覚めた私としては、開館しての上映開始で映画が途中から始まるなんて、珍しいことではなかった。当時は映画全盛の昭和30年代、フィルムを映画館で掛け持ちしてるなんてあたりまえのこと。そんなことでもしてなきゃ追いつかない。フィルムの缶を自転車の後ろに積んで突っ走っていくお兄さんは、下町の風物のひとつであった。
 ただ、この映画でしばらく違和感を感じなかったのは、完全な2部構成のスタイルをとっていたから。前半は。女性レポーターの、真面目な高校教師の教え子誘拐事件を追う姿が描かれ、それを通じて報道はでっち上げで売り込むことの実態と、それにスタッフの色欲が絡まって、彼女がウンザリしてくる描写。後半は一転して、その教師の真実が描かれる。親に反対されて駆け落ちを目論んだ女子高生が、真面目な教師を巻き込んでの狂言誘拐。女子高生は、教師の強い恋情からついに殺され、真相を掴んだ女性レポーターは監禁される。けれど、男の心情に同情するレポーター、狂乱し混濁してレポーターを女子高生と思い込みだす教師、陽光の海岸で至福に酔い踊り狂う教師、かわさきひろゆきが、真面目一筋の中年男の侘しさ・いじましさを出して絶品であった。

「愛染恭子VS菊池えり ダブルGスポット」(愛染 恭子)
 社宅住まいで、一戸建てへの引越しを夢見てる、中年でちょっと倦怠期気味の愛染夫妻と、夫婦生活お盛んでついでに浮気・不倫もお盛んな菊池夫妻。そこへ、妻を失い子供も独立したので独り暮らしをすることにした野上正義専務が入居、折りしも課長のポストが一つ開く。好色な専務、二人の妻の手練手管と、まあテーマも筋立ても徹底したステロタイプ。そんなことはどうでもよく、愛染と菊池をの魅力を対比して際立たせるのが狙いか。

「憧れの家庭教師 汚された純白」(吉行 由美)
 冒頭、美人家庭教師が教え子の股間をまさぐり、「あなたを合格させるためなら、私、何でもしてあげる」。ここのところ物欲しい猥褻感ゼロの人間描写に直結した濡れ場描写で、ストレートに男と女の関係を描いてきた吉行映画にしては、何たる類型的ピンクパターンか
と唖然としたら、実はこれ受験生の妄想だった。妄想ならば類型は必然だ。今回は吉行映画、ちょっと肩の力を抜いたピンク映画内幕ものだった。
 受験生目出度く合格、憧れの先生は結婚して去る。映研の彼にピンクの男優のアルバイトの口、「ピンク映画?」「でも、真面目に撮ってるちゃんとした映画だよ」ここでまずピンクへのオマージュのプロローグ。
 シナリオは受験生と家庭教師のラブラブもの。相手役の女優は何と!かつての憧れの家庭教師だった。一度は平凡な結婚を志したが演技への夢捨て難く今こうしている、私は後悔していないと言いつつ、かつての教え子の前での恥じらいもある。映画中撮影風景と現実が
混濁し、その虚実皮膜が何ともいえぬ味わいだ。
 サブエピソードで、監督吉行も登場。年増でオファーが来ず売り込みに悪戦苦闘、「この年でも人妻ならば熟女とかもてはやされるのよ。彼女達には夫という男からオファーされたという保証があるからよ」と本音ともつかぬ台詞もある。濡れ場は撮影風景の延長として出るので、典型的なアヘアヘ描写のまんまである。重厚な最近の男と女の関係を突き詰めていく吉行作品を期待した私には、ちと軽い。
 それに、私は内幕ものは基本的に好きでない。多くが名画と絶賛するトリュフォーの「アメリカの夜」なんかも、私は大っ嫌いだ。いったいどこの世界に「私の仕事は大変なんですよ」なんて、「仕事」を通じてボヤく奴がいるんだろうか。ただ、この映画に限っては、自分の自由な世界に生きているというプライドと、それでもピンクをやっているという世間に対する後ろめたさが描かれているので、伝統ある「映画芸術」に連載を書いているということとそれがピンクについてのことだという後ろめたさから、相手を選ばないと公言できないという私の心情とフィットしたので憎めなかったって、これって我田引水か。


2004年2月7日(土)  ●上野オークラ
作品評の前に話題を二つ程。
 掲示板で「これだけ鑑賞されていてPGのこともご存知なのにピンクベストテンの投票をされていないのがちょっと不思議です」と書き込んでくれました「ぢーこ」様、理由は単純、25本以上の参加資格をクリアできなかったからです。ピンクは3本立ですが、新作は1本ないし2本、25本以上をクリアする頃は締切を過ぎていたのがこれまでの実態です。今年は初めて有資格となり参加しました。ご期待下さい。
 社会人芸能集団「あっち亭こっち一座」座長のあっち亭師匠から映画芸術「サラリーマンピンク体験記」を、「いい思いを沢山してるみたいに見えていいですね」と冗談混じりに冷やかされた。「映画芸術」の連載だから単純に「ピンク」と言えば「ピンク映画」のことになるが、素直に字面を読めば、中年親父の風俗穴場探訪記になりそうである。そういえばこのコーナーも「周磨要のピンク日記」か。

「尻ふりスッチー 突きぬけ淫乱気流」(加藤 義一)
 スッチー二人組が主役。一人は高校時代に十年後に会ったら結婚しようと約束した同級生がいる。再会したら、男は余命いくばくもない小学校時代の幼馴染みと恋をしており、結婚するも何ヶ月もしないうちに死別する。傷心の旅に出る男に、さらに十年後の再会を約すスッチー。とまあこんな因果話はどうでもいい。加藤義一は突然スッチー二人組が踊り出すミュージカル風空間を創り出し、エンドクレジットでは出演者総登場のダンスナンバー。客席では幻想風に痴漢行為やH行為が繰り返される。客席のセット(なんだろうな)が少なくて狭くて貧弱なんだが、逆手にとったのかそのチープさが結構ファンタジー空間として効果的。加藤義一は「快感!桃尻タッチ」でも、突然踊りだすミュージカル風な所があったし、「透けたブラウス」は「ウォーターボーイズ」のパロディ、「淫夢に濡れて」は義母の呪い人形のホラーと、ぶっ飛び感覚が持味のようだ。なお、タイトルは「尻ふり」だが主演女優二人のチャームポイントは「巨乳」であった。

「痴漢 穴場びしょ濡れ」(小川 和久)
 いまや懐かしい亀有名画座協力の1996年公開の旧作。2000年前後から本格的にピンクを観だした私には、伝説の映画館としてしか知らない。館主の妻と映写技師が不倫、劇場の舞台での濡れ場を映写室で目撃した館主は、持病の心臓発作で他界。倒れた時に映写スイッチを押し、濡れ場の背後のスクリーンにピンク映画が映るという洒落たスタート。こんなことがあり、映写技師は館主の妻との結婚を躊躇う。煮え切らない男に、女はかねてから色目を使っていた常連客と結婚を約束。だが、やっと吹っ切れた映写技師がかけつけ、冒頭同様に舞台で燃える。それを映写室から見た婚約した男。怒りと共に映写スイッチをON。夫の亡霊のなせる技かと呆然とする二人のストップモーションでエンド。その後の展開はご想像にまかせるという幕切れも洒落ている。
 映画館前の蕎麦屋の奥さんが女のくせにピンク映画ファンという変な存在。「AVは情緒がなくて駄目。やっぱりピンクじゃなきゃ」と言うなど、ピンク映画へのエールも送られる。そういえば、昨年「映画芸術」の連載の関係で新人監督の話を聞いた時、AVの仕事もしているそうだが、「私の作品と思ってはいない」と、あまり語りたがらなかった。やはり、映画に対する特別な思いというのは連綿としてあるのだろう。でも、そんな支援者だった亀有名画座も、結局消えてしまった。映写技師に押しかけ女房的につきまとう女がストリッパーで、客寄せのために映画館にストリップを取り入れるエピソードもある。繰り返し映される閑散とした客席と併せ、今見ると亀有名画座の終焉をヒシヒシと感じさせたりもする。


周磨要のピンク映画お蔵出し(4)

2003年■月■日(金)
「猥褻ネット集団 いかせて!」(上野 俊哉)
 寡作の上野俊哉監督、久々の新作。相変わらず映像のパワーが凄い。話は思い返してみれば、ネットで知り合って集団自殺をしようとした男女が、やっぱり生きていこうと思い直す平々凡々たるもの。でも、映像のパワーだけで見せてしまう。これぞ淀川長治さん言うところの映画の王道。「映画は眼で見せる」
 イラク戦争のニュースを見て、何かを信じられるのは幸せとの思いに浸っている手彫りハンコ屋。平凡な結婚生活に信じるものを見ようとするが、単に真面目でいい人に過ぎないせいか、いっこうにまとまらない。7回目の見合いの相手も同様に見合いを重ねてる女だが、、いきなりベッドイン、いい線いったと思ったら、見合いを口実にとっかえひっかえ男と遊ぶのが目的の女だった。
 イラク戦争がタイムリーに取り入れられてるのは、ピンクの機動性の勝利、最近の日本映画は委員会方式か何か知らないが、ある意味では無責任体制の集団指導方式、企画から完成までやたら時間がかかり、完成したらしたで公開までの道筋がまたプロジェクト化され、延々と時間が過ぎていく。こういう時事性は殆ど不可能だ。でも、この映画公開の12月、イラクは戦争終結宣言から、テロの多発により再開宣言も出そうな流れ。時代の流れの方が早過ぎるのもつらいところだ。
 それはさておき、男は自殺を決意、ネットで同調者を呼び掛ける。そうか、冒頭からモノローグがやたらと字幕で出たが、ネット上だったということか。でも、じゃあ何で字幕が横書きじゃなく縦書きなんだろう。それはともかく自殺志願者が続々と終結してくる。
 万引きをし、それを援交で稼いで買ったと言って、プレゼントして友達をつなぎとめることしかない女子高生。簡単な応対もできない自閉症気味のウェイターの若者。子供の独占欲が異常に強い別れた夫のために子供に会うこともままならない女。最後に加わったのはAV女優、愛人の監督とうまくいかず一度は自殺を思うが、やりなおすことを考え、ところがSMプレーの最中に行き過ぎて愛人を殺してしまい、やっぱり志願する。
 このあたり、現代の謎めいたネットを通じた集団自殺について、結構解らせてくれた。自殺志願者同志は、これまでならば一同に介することはない。それだけ人と出会おうとするエネルギーのある人間は、そもそも自殺志願者にはなりえない。ネットというものがあって初めて成立する。上野監督、現代ならではの病理を鮮やかに切り取った。
 ハンコ屋と子供に会えない女、女子高生とウェイターの若者は、身の上を話し合ってるうちに惹かれあう。窓に目張りした部屋で練炭を大量に燃やし、一酸化炭素中毒で揃って安楽死する計画だったが、AV女優は風呂場で手首を切って先に死んでしまう。それを前にして生きたいと思い出す残った4人、AV女優の死体を協力して始末し生き抜いていくことにする。
 女は元夫を刺殺し、子供と生き続ける決意をする。AV女優の殺人は殺意無きアクシデントだが死に急いだのと好対象で興味深い。全体として、ストーリーだけ追うとどうってことないように見える映画だが、長回しの静止ショットで人間の関係をギリギリ追い詰める凝縮度は、ちょっと間の抜けた上野俊哉独特の会話のテンポと相まって、独自の空間を造形する。そんな小津映画を彷彿させるタッチから、死体を前にしての二組の乱交へと若松映画彷彿の空間へ転換するあたりも見事。今年を代表するピンクの1本であろう。

「小説家の情事2 不倫旅行」(深町 章)
 訳ありの2人の男と3人の女が、温泉旅館で一夜を過ごし、主人公の作家が一晩に3人の女を抱けるはすが、ついに一人も抱くことができずに終わるという、楽しい行き違い喜劇である。
 主人公の作家は執筆を口実に女子高生と不倫旅行、自分を抱いてくれないから不倫に決まってると嫉妬する妻に、君は夜の営みが嫌いと思ってた、帰ったら愛し合おうといいくるめて家を出る。この冒頭で、妻とまず寝なければならなくなる伏線が巧み。さて、行きつけの旅館、女将と板前はいい仲。作家は女子高生と宿泊。そこへ妻も監視に押しかける。とりあえず女子高生に別室を手配し切り抜けるが、妻は板前に一目惚れ。作家はお盛んで、女将ともできている。
 ここで、意外な展開、女将は以前は女子高生の先生で、レズ関係にあったが、発覚して退職。帰郷して女将を継いだのである。思いがけない再会に二人の情熱が蘇る。
 かくして、板前と小説家の妻、女将と女子高生は、二組とも駆け落ちし、3人の部屋を続けて訪れてとっかえひっかえ情事を楽しもうと思っていた小説家が、ただ一人温泉旅館に取り残され呆然とする洒落た幕切れとなる。
 脚本が上手い。一晩、殆どが旅館内、登場人物が5人と、コンパクトな絞込みが見事。男の主人公に濡れ場が無い(妄想の濡れ場はあるが)というのも斬新だ。脚本賞ものである。と思っていたら、撮影にあたり監督が改変をしていた内情を知った。(作家を演じた久保真二の機関銃のようなアドリブ連射は、演技の領域でもあるが、主演賞ものの快演!怪演!ピンクで男優を見るのが楽しいという経験は貴重である)脚本の骨子は生かされているが、久保真二快演だけでなく、コンパクトな纏めも演出の領域だった。個人的な知合いが関わっているので、これ以上細かいことを書くのは控えるが、世にいう脚本賞なるものは採録脚本賞とでも呼ぶべきなのだろうということを痛感した。この作品を基に、脚本の何たるか、演出の何たるかについては、個人的ステージでじっくり考えてみたい。女将は御贔屓里見瑶子嬢、でも女子高生の方でなく、先生役とはちょっと寂しい。観賞後に監督と話す機会があり、瑶子嬢ファンであることを激白すると共に、そのことを話したら「そりゃ、人間いつまでも若くない」って。思えば瑶子嬢と出会ってから早3年程、これも致し方ないか。


2003年■月■日(木)
「未亡人教授 白い肌の淫らな愛」(小泉 剛)
 年末の忙しさにかまけて、これを書いてるのは年明けの2004年1月11日(日)。結構面白くみていたはずなのだが、「映画芸術」ベストテン号の連載原稿で書いた以上のことが思い出せない。やはり、ピンクは観たらすぐメモを書いておかないといけないと痛感した次第。ただ、これはピンクだからということでもなく、一般映画だって時が立てば忘れるんだけど、一般映画の場合はチラシとか雑誌記事とか、記憶を取り戻せる資料があり、ピンクはそんな資料が乏しいということも影響していよう。


○年末の忙しさにかまけて、本HPをさぼってしまった。これを書いているのは年明けの2004年1月11日(日)、ということで、これから記す内容はそれを念頭に置いて読んでいただけると幸いである。

 さて、2004年のピンク初め(って何か変な表現)は何にしよう。PGを探る。そしたらシネロマン池袋で「母娘監禁・牝」を上映している。これはピンクでなくロマンポルノだが、荒井晴彦脚本のロマンポルノ代表作の1本。私は未見で、湯布院映画祭で荒井さん本人からも観るのを薦められていた。折りしも荒井さんが「ヴァイブレータ」でキネ旬脚本賞受賞の情報が入る。おめでとうございます。この映画、私は体質的に駄目で不快の極みなんだけど、映画としての完成度は昨年を代表する1本であることはまちがいない。獲るべき人が獲ったと言えるだろう。

2004年1月10日(土) ●シネロマン池袋
 シネロマン池袋に入ったのは初めて。一般映画や映画学校のチラシがロビーに置いてあり、本編上映前に映画学校の学生募集のPRが映写されたり、全体にピンク映画館っぽくないムードである。また、恒例かどうか知らないが、ピンクの予告編が本編前に数本上映されたのも目新しかった。

「母娘監禁・牝」であるが、女子高生が男に騙されヒモにされ売春婦にされ、引き取りに来た母親は輪姦され、警察にも言えず泣き寝入りするという何とも悲惨で、そんな馬鹿なという話である。ところが、さすがに女を描いて超一級の荒井晴彦脚本。心の空洞につけ入れられズルズルと男の言いなりになっていく女の生理と心理の襞を、これ以上ないきめ細かさで説得力を持って描きつくす。終盤の母娘の描写から、犯されたことなんて実は大したことじゃないとの、女のしたたかさ・しぶとさも匂わせる。見事である、見事であるがやはり私は体質的に駄目だった。この手の世界や題材に関心もそそられなければ心も動かされない。だから、お前は女にモテないんだよって言われそうな気もするのではあるが。

「貪る年増たち−サセ頃・シ盛り・ゴザ掻き−」(佐倉 萌)
 夫は風俗で浮気してるらしい。ならば私も快楽追及と貪っていたら、秘密クラブで夫とバッタリ。妻は仮装して夫に知られぬようにして夫とSEX。その後に面をとる。「良かったよ」と夫。「うれしい」と妻。仕掛けはラストのそれだけ。全編に渡り人妻の快楽行状記が延々と綴られ、その濡れ場づくしに段々とウンザリしてくる映画。

「お漏らし奥さん ノーパン割ぽう着」(新田 栄)
 旧題「一度はしたい隣の女房」料理下手な若妻、アメリカへ単身赴任中に腕を上げておけと夫に言われ料理教室へ。隣の家の夫、看護婦の妻から経済力の無さをなじられ、食事も作ってもらえず料理教室へ。料理教室で知合いお定まりの不倫の関係も束の間、隣の妻は夫婦そろってアメリカへ赴任することになり、残された男は甘い追憶に耽るという面白くも何ともない平凡な一篇。
 料理教室の女の先生は、男女構わず性の快楽相手にしてしまう。卵の黄身をお互い口うつしで何度もやりとりしたり、クリームや蜜を体に塗りたくり舐めまわしたりと、若干の濡れ場の目先の変化が見所といえば見所か。

 2本とも旧作の凡作、ピンク初めは成果なく終わったが、かねて気になっていた「母娘監禁・牝」を観られたのは収穫だった。体質的に合わないのはさておいて、やはり必見の一級品である。良いものを観て鑑賞力を磨くのは大事なことであると思う。


2004年が明けました。  あけましておめでとうございます。


2003年12月7日(日) ●上野オークラ
「OL日記 あえぐ牝穴」(森山 茂雄)
 OLが夢でいやな上司に性の奉仕をさせられる。そしたら上司も同じ夢を見ていた。次の晩、夢で上司に抵抗し引掻いたら、翌朝に傷だらけになって上司が出社する。夢が現実を浸食する「エルム街の悪夢」風の一篇。これが5作目の新鋭森山茂雄、やっぱり私はファンタジー系の人と見た。夢と現実の相関に一貫性がないのが気になったが、見ものはOLの佐々木日記ちゃんのあどけない寝顔。谷ナオミ[姐さん]・里見瑶子[嬢]に続き、ピンク映画大賞前夜祭や初号試写会場で何度かお会いしてるが、佐々木日記は日記[ちゃん]と呼ぶのが相応しい小柄なトランジスタグラマー(何とも古い表現、こっちの年がわかるなあ)だ。
 てなことで、日記ちゃん、男に後ろを犯されてしまう災難に遭遇。日記ちゃん行きつけのバーのおカマちゃんのマダム色華昇子が復讐に立ち上がる。夢の中でおカマの本領発揮、その男を犯すのだが、全員同じ夢を見てるんだから、それで復讐完遂という何とも奇妙な幕切れとなるのである。

「未亡人の性 しっぽり濡れて」(荒木 太郎)
 年明けになってから、思い出して書こうとしたが、どんな映画だったか全く思い出せない。何か荒木太郎作品恒例の、可愛いイラスト入りのクレジットタイトルだったなあ、という程度の記憶のみ。スミマセン。


 11月30日(日)「蛙の会」公演で、私の2度目の活動弁士体験が無事終了した。おかげさまで、今年も立ち見の出る満員の盛況だった。何で、ここでそんな話題が出てくるのって。実は昨年「蛙の会」で知合った筑摩書房の長嶋美穂子さんが、玉川美穂子の高座名でほぼ月一で浅草の木馬亭で浪曲ライブをやっていて、その日に六区でお目当てのピンクが掛かってることが多くて、帰りによく寄って、まんざら関係ない訳じゃなくてって、やっぱり全然関係ないか。

 でも、ここでお断りしときたいのは、昨年の活弁体験記で紹介した自由国民社の竹内尚志さんのこと。演奏楽器をエレキギターって書いたけど、スティックという楽器名が正しいということ。また、毎年テルミン演奏者として名が通ってるけど、本人の言によるとテルミンは余技で、スティツクが本命とのこと。テルミン奏者は日本に少なくないが、スティック奏者は日本で数える程しかいないそうだ。この訂正はどこかでしておきたかったんで、あえて話題を出した次第。今年の演奏も好評でした。

 「蛙の会」公演は、自分の演目終了後に、次の演者を紹介する形で繋げていくのだが、私は「次は無声映画からピンク映画まで、全ての映画が大好きで、活弁に挑戦するに至った周磨要さんです」と紹介された。ワオ!淀川長治さんに勝ったぞ!天下の淀川さんだってピンクにまではリーチを拡げていない。でも「ロマンポルノからピンク映画まで」って紹介されなくて良かったな。それじゃ単なる助平親父だもんね。

 なお、今年の「活弁体験記」は「私説 東映ヤクザ映画史」と共に盛岡活動倶楽部の「おでって映画週報」で連載開始しました。昨年の体験記を読んで興味のある方は、そちらを御覧下さい。


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