周磨 要の 「湯布院日記2006」




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湯布院日記2006ー1

●妙な始まり方をいたします
 昨年の湯布院日記でこんなことを書いた。
[出発前の、これから祭りが始まるというワクワク感も希薄で、閉会した後の祭りの終わりの何ともいえぬ寂しさもあまりなかった。言ってみれば、月1回の「映画友の会」で馴染みの人に再会して、語り合い酒を酌み交わし次回の再会を約して別れるという感覚と類似になってしまった。「湯布院映画祭」は月1でなく年1回という違いはあるが、感覚的には大同小異となってしまったようだ。(決してつまらなくなったということではない。為念)]
 例年のように、福岡空港から湯布院までの高速バスの時間を調べ、それをにらんで福岡までの航空券を手配したりしたのだが、大旅行にでかけるというワクワク感は、トンと湧いてこない。映画祭終了後の次の日曜日の9月3日に「蛙の会」公演が控えており、映画祭最終日の8月27日(日)の練習会を欠席するので、そっちの方が気になって心が行ってしまっている。何の感慨もなく、通勤電車に乗る感覚で福岡空港まで到着した。

●と、思ったら福岡空港で波乱の幕開け
 今年は行きも帰りも飛行機の時間を例年より1時間程前倒しにした。行きは羽田発12時30分、これは福岡空港15時14分発の湯布院行きの高速バスから逆算して決めた。
 前夜祭のお神楽などの催し物は、例年18時から18時30分に始まる。いつもは18時頃に湯布院に着くのだが、これだと宿に落ち着いて、荷解きをしてると、ゆっくりのんびり温泉に浸かる時間がやや乏しい。そこで17時頃に着く感じで、このスケジュールにしたのである。
 福岡空港でハプニングに遭遇する。定刻の15時14分になってもバスが来ない。これまでの経験から、イライラはしない。道路事情で大幅に遅延することは少なくない。案内所に確認したら「道路混雑で遅れてます」とのことだった。案内放送に耳を傾けて待つ。15時30分を過ぎてもまだ来ない。これ以上の遅れは前にもあったもんなと思いつつ、念のため、再び案内所に確認する。何と!15時20分過ぎに発車したという。どういうことだ!「放送しましたか!」若干声を荒げる。「したはずですが…」煮え切らない案内所の人。すると誘導をしていた女性が側にいて、「来ましたよ。乗車の方がゼロなので合図したから通過しました」
 これにはブチ切れた。(後述するが、こういう状況は、私をもっともキレさせる)「ゼロってどいうこと?それで放送もしなかったって何よ。何のための指定席の発売なの!」そういえば、チラリと湯布院行きと記したバスが入りかかって、そのまま通過した時があった。しかし、放送もないし停車もしないので、多分これは回送車だろうと、勝手に決め込んだのがまずかった。湯布院行きが日常に降りて、30分以上の遅れもあることを知り、場馴れてしまったからだ。湯布院行きが日常に降りたのが、いけなかったということだ。そうでなければ、すぐ案内人を掴まえて「今のバスは違うの?」とか聞いて、バスも引き返せる距離の範囲だったろう。10分以上たっており、もうどうしようもない。

●俺ってヤナ性格だな、と自己嫌悪
 前にも類似のことがあり、キレたことがある。国勢調査の時だ。いつまでも家にアクションが無いのでイライラしていた。たまたま晩酌のビール缶を外に出しに行ったら、収集している調査員がいた。そこで「調査員の人?」と声をかけたら、そうだと言う。「ズーッと気にしてたんだけど、どういうこと?」と聞いたら、「いつ来てもいないし、住んでないと思った」ときた。確かに娘は仕事で遅いし、私も映画三昧などで夜遊びは多い。しかし、「住んでないと思った」とは何ごとか!「住んでないってどういうことよ!宅配便だって何だって伝言メモを入れたりするよ。たまたま外に出たらあなたと会ったけど、それがなければ住んでないことになるわけ?国勢調査って、そんないい加減なの!」と、しばし調査員とやりあってしまった。
 指定席券まで買って「乗客ゼロ」にされたのだから、完全にキレた。いやキレて済む問題じゃない。バスは1時間後の16時14分までは来ない。平身低頭でそのバスに振り替えますなんて言われても、腹の虫が納まるわけがない。完全に逆上状態で、「指定席まで売り出してサーッといっちゃうのはどういうわけ?1時間送れに振り替えて済む問題じゃないでしょう!」この「サーッ」と言ったところで激しく手を振ったのが第二のハプニングを発生させる。
 大きく振った手がたまたま横を通りかかった人の顔面を眼鏡の上から直撃した。嘘のような本当の話だが、その人はバス会社の責任者だった。眼鏡は無事だったが、顔にやや傷がつくほどの衝撃だった。
 暴力的な人間というのは、暴力を振るうことでスカッとするんだろうな。だから、偶然とはいえ結果的にパンチを入れたことになればスッキリしてしまうんだろう。私は逆だ。意図しなかったにせよ暴力的結果に至ったことで、さらに落ち込んでしまう。といって、それで腹立たしさが納まるものでもない。よく、暴力的な人間が、サッパリしている、スカッとしている、と賞賛されるのはそのへんの感覚なのかもしれない。私は、予期せぬ暴力的結果で落ち込むは、腹立たしさは納まらないわで、俺ってヤナ性格だなと自己嫌悪に陥りつつ、グチグチ言い続けるという、不快のどん底に至ってしまった。
 今回の「乗客ゼロ」発言といい、国勢調査の「住んでないと思った」発言といい、そんな些細な発言でキレるのは、俺の捻じ曲がったいやらしいプライド意識から来るものかとも思えて、ついには不快の三重奏のド壺にはまりこんだ。

●ささやかな見返りによる気分転換
 私は、あまり過ぎたことにはこだわらない方だ。だから、大きな不運に遭遇しても、その結果でほんのささやかな良いことを見つければ、自分を納得させることができる。。けれど、今回ばかりはそのキッカケが掴めない。「次のバスに振り替えたっていったって、それってあたりまえだろ。むしろ、もう1回料金払えっていったらホントに怒るよ。1時間の空白をどう埋め合わせてくれるの?JRだったら遅延には割引があるよ。規則上できない?じゃあ、何してくれるの。楽しい旅の初日にこんな気分じゃたまんないよ」自己嫌悪に陥りながら、ネチネチと言い続けてしまう。
 九州のバスとは、どうも相性が悪いみたいだ。1998年の家族旅行では、別府ロイヤルホテル前で降車のつもりが、放送なしで通過されてしまった。その時は、急遽停車して下車した場所にハイヤーを差し向けてくれたので、腹の虫が納まった。後になって、そのことを思い出して、ハイヤーを要求すればよかったかなと思ったが、それこそ湯布院までの長距離では無理な話で、因縁をつけてからんでるとしか思われまい。
 とにかく責任者は平身低頭、「涼しいところでお待ちください。お茶でも買ってまいりますから」と、その一言でやや冷静さを取り戻した。「あ、もういいよ。自腹切ることないよ。俺だってサラリーマンだから、立場よくわかる。次のバスは確実に案内してよ。他にも乗る人がいるかどうかも確認しといて。そうすれば、今回のようなことの防止の足しにもなるしさ」と言って、腹の虫は納まりきったわけではないが、とにかく矛を納めた。その後で、待合所の私に、今度のバスも乗車は私一人であるが必ず案内することを、ペットボトルのお茶と丁重な挨拶とともに伝えられた。こんな時のための経費はあるので、お茶は自腹でないとのことだった。
 バスが来て、今度は案内人も来たが、放送も大々的にやっていた。私一人なら必要もなかろうに、その機械的な処理がおかしかった。次の停留所で、映画祭常連の東京のコンピュータ・エンジニアのIさんが乗車してきた。このトラブルがなければ存在しなかった出会いである。初めて不快なトラブルの中の、ささやかな良いことがあった。私の胸は一気にスッキリした。ささやかでも価値を見出すことができれば、大きな不快な過去も水に流せるって、こりゃいい性格なのか?やな性格なのか?

●スラップスティック的連想
 落ち着いてくると、自分の行動を客観的に見られるようになる。偶然のパンチが当たったのが、バス会社の責任者だったってことは、さらに超偶然である。これが通りがかりのヤーさんだったらえらいことになったろうな。「こら!何すんねん!!」「いや、今バス案内の不手際で興奮して手を振ったのがあたっただけで…スミマセン」「スミマセンやないやろ!何、バスの遅れ?貴様が落とし前つけるのはあたりまえやが、バス会社にも落とし前つけてもらおうか!」「いや、それは無茶苦茶です。当方には何の関係もないことで…」てなことで、筒井康隆もかくやのスラップスティック的光景の現出になったかもしれない。そんなことを考えてたら、思わずクスクス一人笑いをしてしまった。こんなおかしさを味わえるなんて、このトラブルも案外捨てたもんではない。前述した乗客が私一人なのに大々的な放送をしてたことも含め、冷静に振り返ると、ずいぶんスラップスティック的光景があったものである。

●高速バスで早くも映画談義
 Iさんとは映画談義に没頭しているうちに、2時間弱はアッという間に過ぎて湯布院に到着した。この高速バスの2時間弱は結構退屈なので、私は、荷物にならない文庫本で愛読する「グイン・サーガ」最新巻の読書時間にあてるなど、いろいろ工夫したりしていたのだが、こんな退屈しのぎが不要になった。常連の参加者との映画談義は、いやでも祭りの始まりの興奮を盛り上げてくれる。こんなプレゼントを与えてくれたんだから、今回のバストラブルも満更ではない。
 Iさんの最近の関心は「性同一性障害」だそうで、Iさんの新しい一面を知り、「トランスアメリカ」「プルートで朝食を」「ブロークバックマウンテン」「ボーイズ・ドント・クライ」と話題が拡がり、有意義な時間を過ごせた。
 前夜祭の開始に間に合わせて参加するのは諦め、ゆっくり温泉に浸かってから、会場の湯布院駅前広場に行ったら、野外スクリーンの準備に時間がかかったせいか、また、野外上映以外の催しは今年はゆふいん子ども神楽のみで、「菓子撒き」とか「抽選会」とかないシンプルな番組のせいか、スタートは19時近くであり、十分に間に合った。すべては大団円だった。

●第二のトラブル 支援寄金者名簿に名前がないよ!でも、まずは良かったこと。
 常宿の「牧場の家」では、Iさんと同室だった。数人で一部屋という大部屋方式なのだが、常連の親しい者を同室にしてくれる配慮がある。地元の大分市役所のOさんの気配りがあるとも耳にした。今年のパンフレットでOさんは湯布院映画祭の会計監査員になったことを確認した。岡本英二さん、地元の利を生かして、この他にも数々の御厚情ありがとうございました。映画祭関係者の公人であることが判りましたので、実名とさせていただきます。
 宿に着いて荷解きをしていたら、外出していたIさんがパンフレットを持参して戻って来た。早くも会場に足を運んで購入してきたそうだ。私は支援寄金を寄せているので、パンフレットと映画祭Tシャツはプレゼントされる。「そんなのがあるんですか」とIさん。パンフレットの中に申し込み用紙があるんですよ」と紹介しようとしたら、今年の号にはない。経済状態が改善されたのかな、いいことだ、などと思っていたが、今年は会場にチラシを置いて支援寄金を募っていた。この方が正解だろう。パンフレットの中では、ついつい見落とす。人間、どんなに愛する物でも金を出す話には目が留まらないものだ。かくいう私も、完全に見落として、年賀状の「多大なる寄金をお寄せ下さり(中略)引き続き募って」なる一文から、あわててパンフレットを確認して寄金したこともあった。今年はチラシ方式なので、即座に会場で寄金することができた。
 寄金者名簿に眼を寄せる。アイウエオ順なので、トップが荒井晴彦さん、初お目見えである。偉そうなこと言ってる割に寄金を出してないね、なんてこれまで一部常連の陰口の対象であった。しかし、随分少なくなったものだ。やはりパンフレット綴じ込みの申し込み用紙は、人の眼に留まりにくいということであろう。と、眼で追ってったら、私の名前が無い!
 名前の有無はどうでもいいとしても、パンフレットやTシャツがもらえないのはよろしくない。念のために申し込みの写しを持参してきたが、こんな証拠品の出番があるとは思わなかった。定期的にフリーペーパーの「メイムプレス」が送られてきてるのだから、私が支援寄金者名簿に存在していないことはありえないはずであるが…。
 6時半過ぎに前夜祭会場の駅前広場に向かう。前述したように、この時間ではまだ会場設営真っ盛りだった。実行委員の重鎮で会計担当の横田茂美さんがいたので、この旨を伝える。「エッ、本当ですか。すぐ会場に行って、パンフとTシャツを受け取って下さい」証拠品を出すまでもない。「いや確認できれば急ぎませんよ」「すぐ、行った方がいいです。Tシャツなくなりますよ」確かに、私のサイズのMは残りが僅少だった。多く作れば安くなるというスケールメリットが無いので、少ない数しか作ってないそうだ。横田さんに出会わなければ、丁度いいサイズのTシャツを貰いそこねたかもしれない。会えたのはラッキーだった。この程度のラッキーで、私の不快は吹っ飛ぶのである。俺って単純。

●横田茂美さんとの旧交を暖めるあれこれ
 横田さんと最後に会ったのは、昨年10月の荒井晴彦さんの「争議あり」出版記念パーティー以来だった。その時は、顔を鬚で広く覆っていた。「心境の変化ですか」「ええ、映画祭から一歩引きますから」とのことだった。今日は鬚無しの爽やかな顔である。再度、映画祭に入れ込もうとの、心境の変化だそうだ。今年は、新企画の「おしゃべりカフェ」をリードするなど、終始活躍が際立っていた。
 今年の寄金者の呼び掛けチラシには、Tシャツのプレゼントの記載が無かった。前項で紹介した製作枚数を絞っていることから、来年のTシャツ製作は経済的な理由で廃止するのかと聞いたら、Tシャツはいらないという人が少なからずいるので、プレゼントはやめたとのことだった。
 そうかなあ。私なんて欲しいけどなあ。プレゼントがなければ買うけどなあ。私は、昨年から、映画祭には映画ゆかりのTシャツで闊歩して気分を盛り上げることにしている。それには湯布院映画祭Tシャツは最適である。今年も「湯布院映画祭Tシャツ」の2004年、2005年版を持参。さらにプレゼントされた2006年版も早速着用し、その他にも高倉健サンの「不器用Tシャツ」「澤登翠さんイラストTシャツ(直筆サイン入り!)」を着て闊歩した。(中村錦之助の「反逆児」Tシャツ」も持参したが出番が無いうちに終わった)そういえば「網走番外地Tシャツ」で闊歩している参加者もいた。
 横田さんも「大阪の宿」のTシャツを着ていた日があった。「いいですねえ。映画祭常連は映画ゆかりのTシャツで盛り上げるようにしましょうよ。一つ掲示板に書いて下さい」とうとう横田さんに乗せられて「映画ゆかりのTシャツ着用運動」を書いて掲示板に貼り出す仕儀に相成った。
 そういうTシャツはどこで手にいれるんですか?と聞く人もいた。「澤登翠さんTシャツ」は無声映画鑑賞会の会場だが、それ以外は実は私も知らない。娘が私が好きそうだと目をつけると、買ってきてくれるのである。父の心を知る良い娘だ。

●帰りのバスでまた小トラブル(トラブル繋ぎのついでに書くんで、今年の日記を終りにするわけじゃありません。為念。)
 「今年は行きも帰りも飛行機の時間を例年より1時間程前倒しにした」と、冒頭で述べた。帰りの1時間前倒しの理由は、28日(月)の夜に無声映画鑑賞会があるからだ。家に一度戻って、旅行帰りの大荷物を置いてくる時間が欲しい。逆算すると福岡空港発12時20分に搭乗しなければならない。湯布院発9時50分(宿の朝食時間は8時〜9時だから、これより前の高速バスの乗車は厳しい)だと空港着は11時30分。飛行機出発までの時間は約50分、ゆっくり食事をするには厳しいものがありそうで、例年は13時台出発の飛行機にしていた。
 案の定、道路渋滞で第二ターミナルの時点で、約5分ほどの遅れが出ている。さらに、言いたかないが、降車時の料金支払いにモタモタしているおばさんがいてイライラする。ここでも2〜3分のロスか。私の降車は第一ターミナルだ。ところが社内放送は「次は第三ターミナル」と来た。早速、運転手に「第一ターミナルで降りたいんだけど」と申し出る。「放送しましたよ。止まりましたよ」要領をえない対応。第一・第二の両ターミナル一括した停留所ということか。それにしては「次は第二ターミナル」としか言わなかった。ゴチャゴチャ言ってもしょうがない。第三ターミナルで降車し、早足で第一ターミナルに戻る。そう遠くない距離とはいえ、ここでも5分くらいのロス、かれこれ15分のロスで時刻は11時45分近くになっていた。どうも、九州のバスと私は相性が悪い。(バスジャックに会わないだけで、良しとするか)
 弱ったな、時間がない、羽田に着いてから昼食にするかな、でも、そしたら、家に荷物を置いてくる時間的余裕がなくなるかもしれない。やっぱりここで食べるか。でも注文の品が遅くなって、イライラするのもかなわないな。ビールもゆっくり飲みたいし…。結局、飛行機には馴染まないが、くうべん空弁と缶ビールを買い込んで搭乗する。
 これが意外といけた。空弁は博多名物のおつな味、駅弁のようには馴染まないとおもったが、意外と缶ビール片手の機内で空弁を賞味するのも悪くない。第一、時間が有効活用できる。いいことを教えてくれた。時々活用してみよう。
 小トラブルが、結果的にこんな新体験につながったわけだから、これも結果オーライ、快適な気分で私は羽田に降り立った。
 
 夜の無声映画鑑賞会では、私に活弁の指導をしてくれている「蛙の会」の飯田豊一先生、会長のマツダ映画社・松戸誠専務(無声映画鑑賞会では映写・音響の指揮で活躍)、その他の何人かの「蛙の会」会員と出会い、空輸直送の湯布院饅頭を配って、欠席の挨拶やら昨日の練習風景などの状況を聞くなどする。終映後は、ビールジョッキを傾けての歓談。何だか今朝まで湯布院の空の下で温泉に浸かっていたのが嘘みたい。日常が戻ってきた。いや、9月3日(日)「蛙の会」公演という非日常が迫ってきた。ま、こちらの方は追々と別ステージの「映画三昧日記」で行きたいと思います。

 妙な始まりとなりました。これからが「湯布院日記2006」本格的スタートです。まずは今年の映画祭のスケジュールの全体像を紹介いたします。

テーマ いま、蘇る銀幕のフィルム明宝たち
8月23日(水) 前夜祭
         ゆふいん子ども神楽
         野外上映「殿さま弥次喜多 捕り物道中」
         懇親会 乙丸地区公民館

8月24日(木) 「花婿の寝言」「簪」 おしゃべりカフェ

*「おしゃべりカフェ」には特に決められたゲストはいないが、脚本家・監督の荒井晴彦さん、評論家の渡辺武信さん、「映画芸術」編集者の小林俊道さん、映画ライターの中原昌也さんといったゲストの方々が一般参加者に混じって参加し、大いに盛り上げてくれた。

         「女」「涙」 おしゃべりカフェ
         特別試写「悲しき天使」
         シンポジウム プロデューサー・原公男 監督・大森一樹 主演・高岡早紀
                主演・岸部一徳
         パーティー 亀の井別荘 湯の岳庵

8月25日(金) 「あなた買います」 おしゃべりカフェ
         「女は二度生まれる」「日本の悪霊」 おしゃべりカフェ
         「最高殊勲夫人」
         シンポジウム 製作・藤井浩明 脚本・白坂依志夫
         パーティー 九州湯布院 民芸村

8月26日(土) 「やくざ囃子」「藤十郎の恋」 おしゃべりカフェ
         「大阪の宿」 おしゃべりカフェ
         特別試写「長い散歩」
         シンポジウム 製作・橋口一成 監督・出演・奥田瑛二 主演・緒形拳
                出演・高岡早紀 スーパーヴァイザー・安藤和津
                脚本・山室有紀子
         パーティー ゆふいん麦酒館

8月27日(日) 湯布院からの新しい風「脱皮ワイフ」
         シンポジウム 監督・本田隆一 製作・脚本・永森裕二 主演・小沢和義
                出演・miko
         特別試写「しあわせ幸福のスイッチ」
         シンポジウム 監督・脚本・安田真奈 
         特別試写「フラガール」
         シンポジウム 製作・リポンウ李鳳宇 監督・リサンイル李相日
         パーティー ゆふいん健康温泉館

 それでは次回から本格的に「湯布院日記2006」開幕です。マンネリを避けるつもりで始めたこんなプロローグ、結果して「妙な」ものになっちゃったようですが、これに懲りず今年もお付き合い願えれば幸いです。
湯布院日記2006―2

前回の日記で、ミュージシャン・作家として著名な中原昌也さんを、映画ライターと記すのはいかがなものか?との御指摘をいただいた。パンフレットでも、そのあたりの経歴は記されているが、肩書きは「映画ファン」となっている。まさか、ゲストを「映画ファン」って肩書きにもできず、「映画ライター」と記した次第です。

●今年の湯布院映画祭の特徴
今年の湯布院映画祭の新基軸は「おしゃべりカフェ」と「湯布院からの新しい風」である。
 参加申し込みチラシによると「おしゃべりカフェ」は「映画ファン同士、参加者も実行委員も"映画を話す"楽しさを満喫する場」だそうだ。わかったようでわからない。前夜祭の乙丸地区公民館の懇親会で、実行委員の重鎮の横田茂美さんを捉まえて早速聞いてみる。「何も考えてませーん」というつれない返事だ。何を始める気なんだろう。「今までのようにシンポジウムだけだと、旧作を語り合う場が少ないから、それのフォローじゃないの。いいかもしれないね」と参加者相互で話したりもした。蓋を開けてみたら「考えてない」なんて大嘘で、かなりいろいろな仕掛けを準備していた。大いに盛り上がった新基軸の催しとなったが、詳細は後にゆずる。(ただ、常連がでしゃばり過ぎて場を独占し過ぎたかな、と思わないでもなかったが…)
 「湯布院からの新しい風」は、申し込みチラシでは「数多く製作される昨今の日本映画の中から、映画ファンの満足する作品や知られざる傑作、才能溢れる新人の紹介・発掘の為に、今年から日曜日午前中に上映枠を設定しました」とある。それで、第一弾に取り上げられたのが2004年作品「脱皮ワイフ」だ。何だこりゃ?馴染みの無いのも道理で、これはDVD作品、それもAV的色彩の強いピンク映画風の一篇だ。(悪いと言っているのではない。面白い作品だったがそれは項を改めたい)いずれにしても、初っ端から大変な変化球を投げこんできたものである。

●ビデオ・DVD上映の可否
 「脱皮ワイフ」はオリジナルがDVDだから、当然DVDをプロジェクタによりスクリーン上映することになる。が、その他のフィルム作品でもビデオによるプロジェクタ上映があったのも、湯布院映画祭の新たな動きである。初日の旧作の4本「花婿の寝言」「簪」「女」「涙」、二日目の「あなた買います」、三日目の「大阪の宿」がそれだ。
 この件も、懇親会で横田さんに、「仕上げ人の飯山庄之輔さん(映画祭の上映を長年司ってきたベテラン映写技師、昨年の映画祭では飯山さんを取り上げたドキュメンタリー「仕上げ人」も上映された)が亡くなられたら、早速の羽伸ばしですか」と、皮肉混じりに聞いてみる。「皮肉混じり」と言ったが、やはり映画ファンはフィルムにこだわる。ビデオ上映に否定的になるのはやむをえない。横田さんの言では、飯山さんが亡くなられたのは関係ない、どうしても上映したい作品が、フィルムセンターから借用するのに時間的に間に合わず、ビデオ上映でも選定した作品を上映するか、番組を差し替えるかのジレンマの中で、やはりやりたいと思った作品は不完全な上映でもやるべきだ、と決断したという。このいきさつは、伊藤雄実行委員長の初日の挨拶の中でも紹介された。
 さて、私の感想だが、1本目の「花婿の寝言」は、ほとんど気にならなかった。ビデオプロジェクタ上映と聞かされてなければ、気が付かなかったかもしれない。滋賀の郵便局OBの常連Oさん(3年目にして早くも映画祭名物男となったこの人の話題は、後でタップリ出てきます。お楽しみに!)と、「あまり気にならないですね」「ビデオっていったって、家庭用のTVじゃなくて、ロードショー料金を取るビデオシアタークラスの設備でしょうからね」と話したりもした。
 ところが2本目の「簪」となったら、これはもう全然いただけない。下部温泉の澄んだ空気の中のまぶしい陽光が、完全に画面全体を白っちゃけさせてしまうのである。ハイキーの場面、あるいは暗い場面になると、その微妙な陰影を出すのは、電子映像はまだ光学映像に及ばないようだ。以前も「ユリシーズの瞳」のBS放送を楽しみにして見たら、暗闇を黒衣の集団が松明をかかげて静々と進むスペクタキュラーな味のあるシーンが、真っ黒けで味も素っ気もないものに変貌していたのに憮然とした思いがある。本映画祭の上映でも、やはりビデオプロジェクタ上映の限界を感じさせた時は少なくなかった。
 ただ、私は何が何でもフィルムにこだわる石頭ではない。技術進歩で電子映像もいつしか光学映像の陰影に追いつくことはあると思う。そうなれば、我々は映写された結果が問題なのだから、物理的なフィルム媒体にこだわる必要はない。現に「スター・ウォーズ」のディジタル上映を見た者から、「あれを見たらフィルム上映なんて見られない」との声も聞いた。ある部分では電子映像はそこまで行ってるのかもしれない。

●ある参加者の不快発言
 ビデオ上映に関して、最終日の有志こぞっての打ち上げの会で、常連の一人から不快な発言を耳にした。何年か前に、実行委員の悪口を言いながらも、皆さんのような人と会えるから来ると言う人をこの日記で紹介した。その人の発言である。(私は、映画祭も実行委員の方々も好きなので、実行委員の悪口を囁かれたのは、いい気分ではなかった)その人が「ビデオ上映なんて安易なことをしたら、もうおしまいだ。客もどんどん減って映画祭はつぶれる」と言うのである。
 どうして、そういう物の言い方をするのだろう。ビデオ上映の苦渋の決断やいきさつは、情報公開されたはずだ。前項で述べたように、今後の電子映像の進歩だって想定しうるのである。それらの良し悪しをを参加者の立場で議論するのはいい。でも、一方的に「つぶれりゃいい気味だ」みたいなニュアンスの発言を聞くと、極めて不快である。不快なのは私だけではなかったようで、映画祭会計監査員で大分市役所の岡本英二さんは「そういう言い方はよくない」とキッパリ嗜めていた。
 どこにでもこういう人がいる。「映画友の会」で二言目には実行委員の悪口を言いながら、一般会員とはつきあいたいという人がいた。私は「映画友の会」も実行委員も、共に好きだから参加しているのである。実行委員の悪口ばかり聞かされて、気分がよいわけはない。あげくの果てに、あんな「映画友の会」はどうせつぶれていくんだからどうでもいいけど、と言う。とうとう「そういうことなら、あなたはこのフィールドにいる必要はない。あなたはあなたにふさわしいフィールドがあるはずだ。それを見つけなさい。少なくとも、私は不快だ。積極的にあなたとおつきあいしたいとは思わない」と後味は悪かったがキッパリ告げた。だって、好きな映画の世界で、不快な思いなんて誰もしたくないですよね。そこまで言ったら、その人は去っていった。「凄いこと言いますね」とある人には言われた。でも、私だって合わないフィールド・不要とされていそうなフィールドから速やかに自ら引いたこともあるし、そういうことは言われる前に気が付けよ!って思いである。俺って非情かなあ。
 まあ、今後の映画祭は、角を立てずに淀川長治さんの名言(本音版)で歩いていくとするか。「私は未だかつて嫌いな人に会ったことがない(なぜなら嫌いな人に会わないようにしているから)」会場ではその手の人からできるだけ遠ざかることにしよう。

●前夜祭に遡ります
 前夜祭開幕の「ゆふいん子ども神楽」は19時少々前のスタートで、間に合ったのは前述のとおりである。ビールと焼き鳥を模擬店で調達して、シートにしゃがみこみ腰を吸える。例によって映画祭参加者は20時の野外上映まで出てくるつもりはないみたいだ。やや寂しい人手の中でお神楽が始まる。
 竜と剣士の戦いが、なかなかのスペクタクルであった。竜が巨大で大迫力なのである。剣士はトグロに巻かれ、あわやというところで脱出し、くんずほぐれつ、ついには首を切り落とすまでの大熱演であった。
 竜が巨大に見えたのは、「子ども神楽」という仕掛けの勝利だ。竜のぬいぐるみを操っていたのは舞いの経験の長い中学生(高校生だったかな)、剣士の方は小学生である。こうなると、体の大きさには極端に差がある。竜が巨大に見えてくるのは当然なのだ。
 かくして「ゆふいん子ども神楽」を堪能し、野外上映「殿さま弥次喜多 捕物道中」の沢島忠の軽快なタッチにハイになり、乙丸地区公民館の懇親会に雪崩れ込む。「日常に降りた」なんて醒めたことを言いながら、結構祭りの始まりの高揚感に浸っているのである。

●今年の自己PR
 今年は、翌週の日曜日が「蛙の会」公演という過密スケジュールである。懇親会では、まず伊藤雄委員長に会場に置かせてもらうチラシを、挨拶がてらに紹介する。
 最初は、「争議あり 脚本家 荒井晴彦 全映画論集」の補足資料のチラシである。「映画芸術」編集部の人の情報で、この本が5冊持ち込まれ、ロビーで販売することを確認した。著書の中で、私のキネマ旬報「読者の映画評」の「皆月」評を引用して、厳しく批判している箇所がある。資料として私の全文を紹介した方がよいと思い、その後に私がキネ旬に釈明の弁を寄稿したので、それらをワンセットにしてチラシにしたしろものである。(「皆月」を観たのも湯布院映画祭、奇しき縁を感じる)お買い上げの方にはもちろん、その他の人の目にも触れれば、宣伝にもなるだろうと、30枚ほど持参した。
 二つ目は「蛙の会」公演のチラシ、三つ目は、私が編集し毎月の無声映画鑑賞会での配布を核にして発行している「話芸あれこれ」の第18号である。「話芸あれこれ」第18号は、公演予告記事があり、またキネ旬「読者の映画評」の常連で、湯布院映画祭参加歴もある須田総一郎さんの「ナミイと唄えば」評を、快諾をいただいて「読者評」から転載しているので、映画祭会場のロビーに置くのはもってこいの号である。この二種については40〜50枚ほど用意した。(「ナミイと唄えば」は「蛙の会」にも縁が深く、進行役の「若手美人浪曲師」玉川美穂子は長嶋美穂子の本名で「蛙の会」公演で紙芝居を語ったことがある。映画中のナミイの木馬亭公演の演出は「蛙の会」で活弁を語る飯田豊一だ)
 以上をロビイに置かせてもらうことで、伊藤委員長に了解をとり、この3種に「話芸あれこれ」第19号をプラスした4点セットをお渡しする。第19号は9月3日(日)の公演当日に配布するプログラムも兼ねて編集したものだ。「蛙の会」会員以外には当日まで門外不出のしろものだが、当然ながら伊藤委員長は別格である。この他に別格は荒井晴彦さんと寺脇研さんで、4点セットは3式準備してそれぞれお渡しした。

●荒井晴彦さんへの一方的仕掛け漫才 その1(「蛙の会」公演)
 今年のPRの伊藤委員長への挨拶はOK!続いて荒井晴彦さんのところへ向かう。またお前か、とシッシッというポーズを荒井さんが取るのも、意に介さず私がズケズケ近寄るのも、例年どおりである。
 4点セットをお渡しして、まずは「蛙の会」公演のPR、公演も近いとあって今年はチケットも5枚持参した。(最終的に3枚売れました。お買い求めの方、ありがとうございました。だが、私が映画祭参加のため欠席した27日の日曜日の「蛙の会」例会で、前売の売れ行きが想定外の良さなので、宣伝・販売は今後控えようとのことになっていた。とんでもないことをしちゃったものだ)「よろしければチケットも進呈したいと思いますが…。結構、著名人も来てくれるんですよ。去年なんか講談の田辺一鶴師匠が御来場しまして、ま、これは、当然私の縁じゃないですが…。荒井さんと同業の石森史郎さんも来てくれました。こちらは、私との無声映画鑑賞会の縁です。荒井さんみたいなビッグネームが来てくれたら素晴らしいですね。早乙女宏美さんなんて、感激のあまり抱きついちゃったりして。そんなわきゃないか」最後はたけし調の乗りで、例によって荒井さんをウンザリさせる。「あのな、何度も言ってるけど、ビッグネームとかそういう言い方はするなよ」アホらしさに反撃する気力も失せたのか、反応はその程度に止まった。

●荒井晴彦さんへの一方的仕掛け漫才 その2(「争議あり」補足資料)
 「争議あり」補足資料をロビーに置くことを伝える。翌日以降の映画祭開催中の販売となった。5冊のうち2冊はすぐに売れたが、その後の伸びがピタリと止まる。私のチラシの方は、どんどん捌けていく。タダなら持ってくということか。ついに2日目で持参30枚中の25枚(お買い上げの方用に売店に5枚わたしてあるので)はなくなってしまう。著書は3冊が残っている。会場近くのファミリーマートで10枚ほどチラシを追加する。「チラシを追加しました。タダのチラシの方は減るのに本は売れないですね」「お前のチラシが足ひっぱってんだよ」だんだん掛け合い漫才調になってくる。
 さらに1冊売れる。チラシの残は5枚をきった。追加コピーが必要かなと思ったら、少し映画に夢中で目を離しているうちに、著書は完売、チラシもすべてなくなっていた。私が喜ぶ筋ではないが、何となくうれしくなった。
 「荒井さん!完売しましたね!でも考えりゃ凄いことですよね。決して軽い読み物には見えないし、それなりに高価(定価・3800円)だし、第一、湯布院に来るような人は、買うべき人はすでに買っちゃってるわけですから、そんな条件の中での完売は素晴らしいことです」「そんなに売れてるんなら、2000部刷ってまだ余ってるなんてことにならないだろ」最後までシニカルな荒井さんだが、心の底の嬉しさがチョッピリ垣間見えたようにも感じた。

荒井晴彦さんへの一方的仕掛け漫才 その3(「フラガール」)
 3番目の仕掛けは荒井さんの方からだ。懇親会の席上で荒井さんが、私と倉敷のツタヤ店長Oさんを前にして、こんなことを言った。[お前ら、きっと最終日の「フラガール」を素晴らしいってハシャぐんだろうな。それで李相日をほめちぎるんだよ。映画の良さは監督にあるのか、脚本にあるのか、他のどこにあるのか見極められなきゃ駄目だよ。「フラガール」は企画の勝利だよ。だから、山田洋次が監督すれば、もっと良くなる映画なんだよ」二日目の民芸村のパーティーでも同様なことを言われ、Oさんと意地でも誉めるのはよそうなんて、冗談混じりに変な誓いを立てたりした。ま、それも不純な見方で、映画には自然体で接するのが望ましい。
 さて、私の「フラガール」評価の顛末はいかが相成ったか。これは先々のお楽しみとしたい。

●「おしゃべりカフェ」の話題 その1(初日第1回で方向性が見えた)
 映画祭が始まった。「花婿の寝言」「簪」終映後に第一回の「おしゃべりカフェ」である。「おしゃべりカフェ」に大きな仕掛けはない。ロビーの一角に椅子が並べられ、近くの机に団扇が置かれて、裏表には「辛口発言」「ちょっとひとこと」とかの文句が貼ってある。参加者は適当に団扇を1枚づつ手にする。進行役の実行委員が中心になって、参加者は団扇を上げて発言を求めるというシンプルな催しである。
 第1回の「おしゃべりカフェ」は「辛口発言」が乱れ飛んだ。「児戯に等しい」「他愛ない」と手厳しい。作品選定が、参加申し込みチラシによると「折り紙付の名作ではなく、隠れた傑作を見つけ出して心ゆくまで楽しみたい」ということだから、私はこんなもんだろうなと思った。そうそう歴史に埋もれた大傑作なんてあるものではない。
 妻が、夫の出社後に昼寝をしていただけで、両家の親を巻き込んだ離縁騒動になり、原因が夫の寝言による妻の睡眠不足だなんて、「花婿の寝言」は確かにアホみたいな映画である。でも、私は林長二郎のスター映画として楽しんだ。新妻にデレデレし、些細なことで裏切られたと傷つくナヨナヨした二枚目は、林長二郎の独壇場だ。他の役者が演ったら見ていられない代物だろう。それだけで大したものである。
 囲い者の田中絹代が、下部温泉に湯治に来て湯の中に簪を落とし、湯治客の笠智衆が足を怪我して、謝罪にもどった絹代を中心に、見ず知らずだった何組かの湯治客同士が交流して、ひと夏のユートピアがチラリと覗く「簪」も、まあサラリとは楽しめる。
 ただ、カフェ全体を覆う酷評の嵐は、何でこんな映画を選定したのかとの、実行委員への査問委員会の様相を呈してくる。選定経過と作品的価値を力説する実行委員。意見交換をしているうちに、批判的な人も作品価値を認め出してくる。「おしゃべりカフェ」のムードは全般的にこんな形に固まったようだ。
 「花婿の寝言」は昭和10年作品、翌年に2・26事件を控えた暗い時代である。「簪」は昭和16年の太平洋戦争開戦の年だ。こう考えると、前者の五所平之助、後者の清水宏が、あえて世相に逆行してホノボノ作品を生んだ価値も見えてくる。そして、この「おしゃべりカフェ」は最後にハプニングのプレゼントが提供される。
 きっかけは滋賀の郵便局OBの常連Oさんだ。(3年目にして「失礼します」の発言の前置きを定着させてしまい名物男として湯布院映画祭の風物詩となった)京都映画祭で知り合ったとのことで、清水宏監督の師事を受けた女優が紹介されたのである。「清水監督は本当に戦争を嫌っていました。小津安二郎監督に時局に関係なく自由に良い映画を撮ってもらいたいと言っていました。客は俺が創った映画で入れる。小津は客の入りなんて気にせず自由に創らせてやりたい、と言っていました」こんな意味のエピソードが紹介された。でも、清水宏監督も国策企画で客を集めるという安易な方向に流れていないのは「簪」から想像できる。冒頭の「児戯に等しい」「他愛ない」という辛辣な雰囲気は薄まり、価値ある上映会であったことを確認して、第1回「おしゃべりカフェ」は幕を閉じたのであった。

 いよいよ映画祭は本格的にスタートしました。この続きは「蛙の会」公演を終えて一息入れた後になるかもしれません。

 掲示板に書き込みましたように9月3日(日)の「蛙の会」は大盛況に終了しました。
湯布院日記2006―3

●「おしゃべりカフェ」の話題 その2(ド古いだけの「涙」と思ったけど…)
 「女」「涙」の終映後、「おしゃべりカフェ」第2弾となる。相変わらず参加者からは辛口発言が続く。 「女」は、つい最近の衛星放送録画で見るまで、私は未見だった。10年程前に阿佐ヶ谷映画村の木下惠介シリーズで取り上げたが、その当時の参加者の一人から「あれは凄い!」「木下映画の最高だ!」と絶賛の嵐を聞かせれ、映画史的にも出演者2人・オールロケの実験作と位置付けられていて、ズッと気になっていた1本だ。見損なった映画を「凄い!最高!」と絶賛されると忸怩たる思いになるのは、映画ファンなら誰でも思い当たるだろう。(淀川長治さんは、こういう時の表現がうまい。「まだ御覧になっていない?いいですねえ。素晴らしいですねえ。少なくてもこれからの人生で、私より楽しみが一つ多いんですから」このセリフ気に入って、湯布院で私が見ている旧作を未見の人に薦める時に乱発している。案外、顰蹙を買っているかもしれない)
 「女」の録画をブラウン管で見た限りでは、実験作としての物珍しさ以上ではなかった。男と女の関係の「典型」は描かれているが、それをはみ出してくるような映像のパワーは感じられなかった。今回、スクリーンで見直しても、大きく印象が変わることはなかった。
 それにしても、参加者の酷評はひどかった。「鳴り続けるテーマミュージックがうるさいだけ」、「大したことのない男女の関係がダラダラ続く」、「とってつけたように戦争が悪いと言わせてみたり…」、「唐突な火事騒動も全然効果的ではない」 メモをとったわけではないので、正確な採録には遠いが、とにかく積極的評価を下す者は皆無で、実行委員がこの映画の歴史的価値と選定に至った素晴らしさをタジタジとなりながら応答するありさまだった。前回の「おしゃべりカフェ」と全く同じパターンとなったのである。
 私の「女」評価は、そこまではひどくない。「実験」としての価値はあるし、男から逃げるために、大声を上げて助けを求める決断をした時に、火事騒ぎに巻き込まれてなかなか果たせないあたりは、シチュエーションの巧みさを感じる。「折り紙付の名作ではなく、隠れた傑作」の特集なんだから、この程度で良しとするところだ。それ以上を求めても、そんな大傑作がそうは埋もれているものではない。
 ただ、その次の「涙」には、いくら何でも私は唖然とした。これまでの3作は、当時の世相や実験性などの見るべきところはあった。でも、「涙」の大農家の旧家のお坊ちゃん石濱朗と、だらしない旅役者の父を持つ貧しい娘の若尾文子との身分違いの恋って、これ何なの?単にド古いだけじゃない。何でこんなの上映するの?女が恋を諦めて、親類の進める縁談に従うあたりのドラマチックでないところが、新鮮と言えば言えるのだろうか。でも、身近なところに幸せを求めるって、松竹大船の伝統でしかないよなあ。私は率直にこうした感想を述べた。「あの2人は駆け落ちすべし。あれではいけない」なんて意見が出ているうちに、次第に様々な意見が飛び交うようになってくる。若尾文子の兄の無頼の佐田啓二がカッコ良いなんて声が出る。親類が進める見合い相手の田村高廣に対して、兄が太鼓判を押したのが、若尾文子を決断させたのではないか。田村高廣に兄の佐田啓二の面影を若尾文子は見たのではないか。若尾文子はブラザーコンプレックスだったのかもしれない。と、なかなか味のある見方が続出してくる。
 そうすると、終盤近くまで、若尾文子は本当に石濱朗を思いきれるのかどうか、恋心のゆり戻しは出ないのどうか、石濱朗は人妻の若尾文子に迫ったりしないかとの、静かなサスペンスも凡ではないと思えてくる。ラストの祭りの、お目出度を迎えている若尾文子と田村高廣の幸せな若夫婦に、迫ってくる面を被った男で一瞬不安感を醸し出させて、実は陰ながら娘の幸せを見守りに来た父親だったとの幕切れも味わい深い。祭りのスペクタキュラーな映像も余韻を高めている。うむ、こんな風に話し合っているうちに、結構非凡じゃないか、上映の価値十分あるじゃないか、と思えてきたのである。

●ポイントに引っかかる瑕疵 その1「悲しき天使」
 渡辺武信さんがよく言われる。「映画には説明不足で、あれ?と思わせてしまう箇所は、最小限にしなくてはならない。人は気になることがあると、それにひっかかってそこから先に進めなくなる」
 過去の経験・現在の生活・感性などは人それぞれだ。完璧な映画はない。だから、それぞれがあれ?と気になりひっかかる瑕疵が出るのはしかたがない。だが、そのひっかかることが、その人にとって映画のポイントに関わる部分である時、作品評価は致命的になる。
 今回の特別試写の4作品は、いずれも佳作だと思うが、例外でなくあれ?とひっかかる箇所が当然あった。不幸なことに、私にとってそのうちの3作品が、映画のポイントに関わる致命的な箇所であった。(さらに「湯布院からの新しい風」の「脱皮ワイフ」もそうだった)「悲しき天使」は「張り込み」の見事なまでの現代的アレンジである。[その後の「恋する女たち」]とのコピーだったが、鮮やかに3人の女性のドラマに変換してみせた。宮口精二と大木実のベテランと若手の刑事コンビの、若手の方を女性の高岡早紀にしたのである。ベテランの方は岸部一徳。芸達者コンビだ。張り込まれる犯人も田村高廣の男から、山本未来の女に変更となる。昔の恋人で、結婚し旅館の主人に納まっている筒井道隆を、山本未来が訪ねてくるのを予期しての張り込みである。筒井道隆は妻の河合美智子に隠れて、山本未来の逃走を助けているようだが、実は…。という意外な展開となる。
 男職場の中でポジションを確保するために恋を犠牲にする高岡早紀、幸薄い運命に翻弄され殺人犯になってしまう山本未来、夫のために、夫の昔の恋人の逃走を助ける河合美智子、三者三様の女のドラマが展開する。
 事件の社会性でひっぱりながら、個人の心情の世界を味わい深くからませていく。上質ミステリー・サスペンスとして、理想的仕上がりだ。
 ただし、一点で私はひっかかった。河合美智子が自分のパスポートを山本未来に渡して、国外脱出を助けるところだ。国外逃亡を想定して空港に車を飛ばす岸部一徳と高岡早紀の会話。「パスポートはどうするんですか?」「彼女が渡してる」「犯罪じゃないですか」「盗難届けが出されてるはずだ」「でも、写真は?」ここでカットが変わり雨中を疾走する車の外景になる。「写真は?」高岡早紀でなくったって気になるところである。旅館の女将に写真の偽造なんてできるわけはない。ホントにどうしたんだろう。
 当然、神経はパスポートの写真に集中してしまう。航空会社のパスポートチェックの時、瞬時だが写真がアップになる。河合美智子のままじゃないか!でも通過してしまう。どういうこと!(後のシンポジウムの話題では、瞬時なので気が付かなかった人もいた。でも、パスポートの興味でひっぱったんだから、普通は気になって気がつくんじゃないかなあ)で、次の税関で引っ掛かって御用となるんだが、ポイントの終幕のところだけに、これは釈然としない。
 これ、どういうことなんだろう。滋賀の郵便局OBのOさんとも、首を傾げあった。誰しも疑問に思うだろうから、私はあえて発言しないで誰かの質問を待った。誰もこのことを質問しない。たまりかねて、私が質問した。「監督!これ答えてもらえなければ、安心して帰ることできまへんで」とOさんが援護射撃する。
 大森一樹監督の答はアッケラカンとしたものだった。「あ、気になりました?パスポートなんて有効期間が長いから、写真の顔なんて変わっちゃう人は沢山いるんですよ。海外ロケの時、本人のパスポートなのに別人とされて、足止めくったこともありましたしね」「それなら、でも、写真は?、のセリフの後に外景のカットにつなげないで、写真なんて決め手にならん!、と岸部一徳さんに言わせるべきでしょう。あれじゃ、写真のことが気になって、誰だってパスポートの写真に注目しますよ」「いや、そういう意味のセリフも実はあったんですよ(脚本も監督自身である)」「なぜ、切ったんですか」「説明的なことを、そこまでやる必要あるのかな、と思ったのと、音楽のつながりがあそこで切った方が効果的だとの、スタッフの意見もありましてね(10年前のおまえの写真を見てみろ、とかの気の効いたセリフだったそうだ)」
 この件では、その後「お馴染みおたべちゃん」から爆弾発言がある。「あそこで、おやっと思ったんですね。実は心の底では嫉妬していた河合美智子が罠を仕掛けた大ドンデン返しじゃないかと思ったりもしました」よくぞ、言ってくれました。「へー、考え過ぎですよ」大森監督、案外ケロリとしている。滋賀の郵便局OBのOさんが続ける。「それならば、ラストの筒井道隆と河合美智子の夫婦の日常風景は、まだ山本未来の逮捕を知らないとして、うまくいったと、ホッとしているところですよね。でも、あれは、そうも見えるし、罠にハメて厄介払いしたとも見えるし、描写が曖昧じゃないですか」「それは読み過ぎでしょう」大森一樹監督は、最後まで、何でそんなことをここまで気にするのって感じだった。この感覚のズレは、当事者とパーティーで結構なバトルになったみたいだが、それは後述する。私の方は、これも後述するが、別の話題で大森一樹監督と、和気藹々に盛り上がったのであった。
 「映画には説明不足で、あれ?と思わせてしまう箇所は、最小限にしなくてはならない」との持論の渡辺武信さんは、「そういうことであるならば、この上映時間なら1分やそこら延びても、セリフを残すべきだったですね。私はそんなに気にならなかったですけど」ホントかな。そんなに気にならないことなのかなあ。
 後のパーティーで、私ならこうすると、拙き演出プランを大森一樹監督に話した。パスポートの写真に関するセリフは残す。そして、写真は不問でスイスイ通過させて、その意外さで観客を引っ張る。逮捕の決め手は名前である。盗難届が税関に通報されたからだ。その方がはるかにサスペンスフルではないか。税関で引っ掛かったのは盗難届の通報もあったからだとの演出をしたと、大森監督も言っていた。電話を受けている係員を後景に置いているそうである。ただ、あまり強調されておらず、効果的とは思えなかった。
 常連の通称キューブリックさんは「悲しき天使」絶賛派で、これでいいと言い張った。シンポジウムの後で「そんなアラ探しをして何になる。これで立派なものだ」と言われた。これはアラなんかじゃない。映画話法として致命的なオチでないのか。「あなたは作劇と××と区別ができてない」よく覚えていないが、難しい言葉で反論された。「でも、現実にストーリーを取り違えた人が何人かいるわけですから、その人はアホということですか」、「いやそんなことは、言ってない」、「では、あなたはアラ探しだと言いますが、説明不足と感じる人もいるわけですけど、あなたと同じように感じろというわけですか」、「いやそんなことは、言ってない」 じゃあ何なのかわからないけど、とにかく説明不足はない、こちらの言うのはアラ探しだと言い張る人とは、これ以上前向きな話し合いはできそうもないので、何となく遠ざかった。
 シンポジウムの会話の中で、「いやそのくらい知ってますよ。映画検定2級ですから」という大森一樹監督の言があった。著名人にして、映画検定に挑戦するとは、映画青年らしさを失わないチャレンジ精神に敬服する。天下の大森一樹が落ちたら恥だろうから、普通なら手を出さないところだ。大したものである。パーティーで「昔は監督と同様にキネ旬読者評の常連だった周磨要です」と挨拶する。大森監督、私の名前をご記憶だったようで「いやーあなたが周磨さん(関西の人らしく最初は「すま」と言った)ですか。お目にかかれて、これだけで湯布院映画祭に初参加した価値がありました」とんでもないヨイショをされてしまった。1級検定、お互いにがんばりましょうと、エールを交換した。かつての読者評常連同士も、今は花形監督と哀れな万年没投稿者というように、ポジションは天と地だが、映画検定に関してだけはまだ同格である。
 大森一樹監督が初期に注目された「暗くなるまで待てない!」は愛すべき作品だった。主演の女の子にスタッフ全員が憧れてアイドル化してしまう微笑ましさは、スターに憧れる映画愛に通じ心地良かった。初期の大森作品は、そんな素人っぽい憧れの視線が新鮮だった。「オレンジロード急行」での中島ゆたかやアラカンを撮った映像には、もう嬉しくって嬉しくってどうしようもないという熱が迸っていた。ゴジラの頃まではそれを感じたが、いつしか練達の職人として腕を挙げたのはいいけれど、ウブな憧れの視線の魅力は乏しくなった。そんな話を大森監督にしたが「そうですかねえ」程度の反応だった。いずれにしても日本を代表する映画監督の一人になった今でも、映画検定に挑戦するなど、永遠の映画青年であるのは、まちがいないようだ。
 「悲しき天使」では人称の混乱も話題になった。最初は刑事の目線に固定してドラマが進んでいく。突如、犯人側の目線に転換する。転換のきっかけについては監督なりに説明しており、私も納得できたが、唐突だと感じた人も少なからずいたようだ。このように、ひっかかる場所というのは個人個人で千差万別なのだ。
 あれやこれやを考えると、やっぱり同じサスペンス・ミステリーでも「絆」がいかに優れた脚本かということが、実感されてくる。荒井晴彦さんにその旨を伝えるとともに、私のパスポートの写真についてのセリフカットはすべきではなかったと感じたことについて、意見をうかがう。「それはあった方がいいよね。そもそも監督(脚本も)がスタッフに言われてカットしちゃうなんて、そこからして駄目だよ。スタッフなんてアホばかりなんだから」辛辣な荒井晴彦さんの毒舌が飛ぶ。
 こうして、私にとって「ポイントに引っかかる瑕疵」のテーマは、映画祭終了まで継続していくのである。

●「おしゃべりカフェ」の話題 その3(ちょっと雰囲気が変わったことなど、その他あれこれ)
 映画祭2日目は「あなた買います」「女は二度生まれる」「日本の悪霊」と続いていく。「おしゃべりカフェ」はこの3本で2回。私は3本とも観ているので、「おしゃべりカフェ」に顔を出すだけで、後はアウトドアのサイクリングと休養にあてる。
 今回のサイクリングは川沿いの遊歩道をズッと下って、終点まで行ってみた。特に観光するものもない単なる遊歩道、湯布院の地で山脈に囲まれてはいるが、遠く九州の地に初めて訪れた場所との感慨はあまり湧かない。何か武蔵野の野川の遊歩道をサイクリングしている気分の延長である。本当に湯布院の地は、私の日常に降臨してしまったようだ。
 2時間ほどサイクリングを楽しみ、12時からの「あなた買います」終映後の「おしゃべりカフェ」に顔を出す。今回の作品選定基準の「折り紙付の名作ではなく、隠れた傑作」の中で「あなた買います」は、キネ旬ベストテン入りもしており、「折り紙付の名作」にやや近い。これが「全然面白くない」と酷評の嵐に晒されている。これまでとちがうのは、酷評に対して実行委員が弁明することなく、逆にいっしょになって「そうだそうだ」と同調していることだ。「何か、雰囲気がかわりましたね」と私が冷やかすと、これは参加者からの悪評を盛り上げる実行委員の仕掛けだったようで、おいおいと作品選定の理由などが出てきた。
 いずれにしても「あなた買います」は、ドラフトのなかった時代の人身売買的な選手争奪戦という題材の面白さ以外には、あまり見るべきところはない映画だと私は思う。
 「女は二度生まれる」「日本の悪霊」の上映時間は、私は休養時間に当てる。前夜祭・初日と就寝はほぼ午前3時近く、まだ映画祭の夜は3日を残している。サイクリングで疲れた体を温泉でほぐし、ビールを喉にしながらゆっくり昼食を摂った後、16時過ぎの次の「おしゃべりカフェ」まで、グッスリ昼寝をしてから参加したのであった。(こんな奴と毎晩3時近くまでつきあわされたのか、たまらないな、と思われた方、本当に失礼しました。来年も夜遅くまで遊んで下さい)

「おしゃべりカフェ」の話題 その4(黒木和雄監督の追悼の話題など)
 「女は二度生まれる」「日本の悪霊」の後の「おしゃべりカフェ」は、初期のチラシではシンポジウムを予定していた時間帯だった。黒木和雄監督追悼の意味も込めて、「日本の悪霊」関係者をゲストに呼ぶ予定だったそうだ。普段着の「おしゃべりカフェ」に転換したが、やはり話題は「日本の悪霊」に集中する。と、言うか、後の参加者相互の雑談では、結構好評だった「女は二度生まれる」が、言語化しにくい面白さであるにせよ、全く話題に出なかったのは意外だった。ちなみに、本映画祭のベストムービーを選べと言われたら、私は「女は二度生まれる」である。
 過去に鑑賞済の旧作で、映画祭では昼寝時間に当てていた「女は二度生まれる」が、ベストムービーという今年は寂しいと言えば寂しい。昨年は「やわらかい生活」、2004年「油断大敵」、2003年「美しい夏キリシマ」と、私のベストワン候補に出会えた湯布院映画祭なのに、今年は何としたことか。それでも不思議と楽しかった。このへんは終盤で後述する「失礼します!Oさんの大森一樹事件」パート3に連動するので、お後のお楽しみということで…。
 「日本の悪霊」は、私にとっては任侠映画のパロディの面白さだった。「決着(おとしまえ)に時効はねぇ!」という惹句(この頃は「コピー」なんて洒落た言葉はなかった)といい、番傘を高くかざした着流しの佐藤慶のポスターといい、「昭和残侠伝」の高倉健と池部良の肩を並べての道行きよろしく、二役の佐藤慶と佐藤慶が殴り込みに向かうクライマックスといい、当時熱狂的な任侠ファンの私を、大いに楽しませた。「もう1本に昭和残侠伝の代表作を並べるべきだったんじゃないんですか」と、私は発言した。「任侠映画のパロディというのは、この映画の側面の一部ですから、そうは考えません」横田さんの解明だった。
 「日本の悪霊」は、様々な要素が難解に入り組む怪作である。山村工作隊の武装革命を放棄して転向する戦後左翼史を切り口にする人もいれば、フォーク歌手の岡林信康を切り口にする人もいる。「二役の佐藤慶が、殴りこみの時に一人になって裸で駆けてくのは何だろう」「あれで刑事とヤクザが心情的に一体化したってことでしょ」そんな会話も交わされる。「そういうことだったのか。それなら映像をラップさせるとかすべきだよね」と渡辺武信さん。「あの頃はかえってわかりにくくするのが良いみたいな時代だったんですよ。大島渚の[帰ってきたヨッパライ]とかさ」と荒井晴彦さん。話は結構はずんでいく。
 確かに「帰ってきたヨッパライ」なんて、人が同じ時間を2度生きられたらという楽しいSF的設定の映画なのだから、「あれ、ここにもどっちゃった。もう一度やりなおすか」なんてセリフを一ついれておけば、上映ミスじゃないのかと映写室に怒鳴り込まれるトラブルだってなかったろう。でも、難解をもって良しとした時代もあったし、映画話法とは奥深いものである。
 戦後左翼史は原作の高橋和己だよね。そこにヤクザの抗争を組み合わせる突飛さは、脚本の福田善之でしょう。黒木和雄監督は何でこの映画撮ったんだろう。この映画のどこに位置してるのかな。談論風発、さまざまな発言が出る。「こう見ると任侠映画にオマージュを捧げるようなファンは製作陣に加わっていないようですね」と私。いや、それは多分プロデューサーの中島正幸だよ。映画自体の主導もプロデューサーじゃなかったのかな。どうということのない内容かもしれないが、こういうとりとめない対話は映画ファンを寛がせる。「おしゃべりカフェ」ならではの魅力である。
湯布院日記2006―4

●閑話休題
 風の谷の三子さんから私の掲示板に以下の書き込みがありました。

周磨さんへ −かっての友の会を知る者の一人として

はじめまして
時折り、周磨さんのコーナーを楽しく読ませていただいております。
ただ、今回は湯布院ルポに関し、とても違和感をおぼえましたので、一筆とらせていただきました。
 私も以前、東京映画友の会に参加しておりました。色々な映画仲間が和気あいあいと色々な意見を語り合えて、とてもいい会でした。しかし今の幹事(周磨さんの言葉では、実行委員)にかわってからは、自分たちのの好みの映画を批判したり、嫌いな映画をほめる人がいると、すぐに威圧的・高圧的な態度や言動をとることが頻繁になり、雰囲気が悪くなりました。私は、その様な雰囲気が嫌になり、もう会には行かなくなりました。それから後に、櫛の歯が欠ける様に、少なからぬ常連の方々が、会を去ったと聞いています(私に直接会をもうやめたとおっしゃられた方もいますし、○○さんや△△さんもやめたと、風の便りで聞きました。)
 正直に申し上げて、周磨さんの様な方が、何故に、結局は贔屓の引き倒しの様なことしかできない、今の幹事が率いる東京映画友の会に肩入れするのか、不可解です。(ただし、わたりさんと同じ年頃の男性幹事さんは別ですが)
 湯布院映画祭の方の事情はわかりませんが、元友の会会員も、そういう違和感をどこか感じていたのではないですか。結果的には周磨さんに甘えすぎて、度をこす発言をしてしまったのでしょうが、周磨さんの様な方だったら、その違和感をわかって下さるという思いがあったのではないですか。
 それに、周磨さんは、今の友の会の公式ホームページをご覧になったことがあるのでしょうか。ほとんど閲覧者もいない、コーナーによっては、1〜2年更新がなされていないといった有様なのですよ。更に、おしらせの様なものを見ると、会費を値上げする、会場はかわるといった様に、かっての友の会を知る人がみたら、友の会は、すっかりジリ貧化してしまったと、誰もが思いますよ。
 個人的には、もう「東京映画友の会」の名称は、淀川先生のご遺族にお返しして、新しいサークルとして出直す方がよいのではと思っています。
 色々と角が立つことを書いてしまったかもしれませんが、友の会を知らない人が読んだら、あまりにも一方的に元会員が悪い様にとられるのが、気の毒に思い、かっての友の会を知る者の一人として、書き込みをさせていただきました。今の友の会に対し、違和感を持っている人間が少なからずいるということが、わかっていただければと思います。

掲示板には掲示板で答えるのが筋かとも思いますが、日記の中に組み込んだようがいいような気が何となくするので、ここで私の感じることを述べます。(「湯布院日記」をできるだけ覗いてもらいたいとの、さもしい魂胆もあります)

「映画友の会」にとかくの批判があるのは耳にしています。それも時点によってさまざまです。「嫌いな映画をほめる人がいると、すぐに威圧的・高圧的な態度や言動をとること」こういうこと、あったみたいですね。1年ほど前に、私が「映画友の会」に復活参加した1996年以前に参加して今は参加をやめた人と、現在も参加している人と、私とが、「映画友の会」とは別のステージの酒席で話しました。参加をやめた人は、三子さんがおっしゃったような批判をしていました。だけど、今でも参加している人は「それは昔の話で、今は自由に発言しているよ」と言ってました。「嫌いな映画をほめる人がいると、すぐに威圧的・高圧的な態度や言動をとること」は今でも実行委員にいないわけではないですが(私はその人の個性と愛嬌の一つと思ってますが)、「そういうことを言うから、来る人も来なくなっちゃうんだよ」と嗜める実行委員もいます。
 「会場はかわる」のは現会場の耐震対策工事の関係です。工事終了後は復帰します。変動があれば物入りはつきもので「会費を値上げする」ことも、やむをえないところでしょう。「誰もが」「ジリ貧化」と「思いますよ」と決めつけるのはいかがなものでしょう。(ホームページは見ていません。開店休業はこの手のものにはよくある話だとおもいますが…)風の谷の三子さんも「わたりじゅん」さんの良さは認めておられますね。暖かい目で「映画友の会」を見てやって下さい。
 でも、主催者でない私にとっては、無責任な言い方ですが、心地よいフィールドが「維持」されていればよいことで、別に盛んであろうがなかろうがどうでもいいことです。少なくとも私と須田総一郎さんと古川博宣さんのキネ旬読者評常連3人組(私だけは過去の人に転落したようですが)の自称中年探偵団にとって心地よいフィールドである限りは、「映画友の会」の存続を願うものです。

●「最高殊勲夫人」「やくざ囃子」(面白いだけでいいじゃないか)
 「最高殊勲夫人」は、「いま、蘇る銀幕の明宝(フィルム)たち」の企画の中の1本で旧作だが、「おしゃべりカフェ」の枠ではなく、ゲストを招んでのシンポジウムとして取り上げた。ゲストは藤井浩明プロデューサーと脚本の白坂依志夫さんだ。
 「最高殊勲夫人」も、私が気になっていた1本だった。東京キネ旬友の会で「娯楽映画の1本」とかのテーマの時、湯布院参加したこともあるM女史が挙げたのである。とにかく面白いと、大絶賛なのである。私は密かに埋もれた大傑作を期待していた。
 余談だが、M女史とは、私が湯布院映画祭初参加の1999年の時に出会った。後に阿佐ヶ谷映画村で再会して、映画ファンの行動半径って意外とカブってるんだなあと、感慨深かった。言いにくいことをポンポン言う威勢のいい人である。湯布院参加はこの年だけだった。「出入り禁止」になったとか言ってたので、実行委員会あたりと激しくやりあったんかいなと思ってたら、湯布院に友達がいて泊めてもらってたのが、そこが「出入り禁止」になっちゃったとのことのようだ。元気のいい方である。
 そんなM女史一押しの1本だから、私は大きく期待した。確かに面白かった。でも、思わぬ拾い物って感じで、増村保造・監督=白坂依志夫・脚本コンビ作品の代表作とは程遠い。
 案の定、「おしゃべりカフェ」の延長で辛口評が飛び交う。増村・白坂コンビなら、他に上映するのはいっぱいあるだろうにと、ここでも実行委員の選定に対しての査問委員会の様相を呈してくる。
 私は弁護側にまわった。「面白いだけでいいじゃないか」確かに、人は映画にいろいろなものを求める。「面白さ」だけでない何かを求める。そして、増村・白坂コンビにも「面白い」だけ以上のものを有する映画は少なくない。でも、私には「最高殊勲夫人」は、「面白いだけでいいじゃないか」と言いたくなる域に達していた。
 仕掛けは単純(よく言えばシムプル)である。政略結婚を仕掛けられた若尾文子と川口浩が、冒頭で「絶対に結婚しない」ことを誓う。でも、このメンツだ。2人が結ばれる終点は一目瞭然だ。後は、紆余曲折して終点まで、どう見せていくかだけのことだ。それを洒落たセンスの機関銃トークで、気持ちよく牽引していく。いつもモッサリしている東山千栄子の機関銃トークなんて、もう絶品だ。結婚式に始まり結婚式に終わるウェルメイドな構成の心地よさ。若尾=川口の美男美女に、おどけたしかめっ面をさせてストップモーションして締める洒落っ気。だから何なのと言われればそれまでだが、映画ファンたるもの、素直にこういうものを楽しもうよ。「面白いだけでいいじゃないか」
 この思いは翌日の「やくざ囃子」で決定的になる。「おしゃべりカフェ」で私はかなりはしゃいでしまった。[面白いだけでいいじゃないか、昨日の「最高殊勲夫人」と同じですね]と言ったので、みんな怪訝になったりあっけにとられたりしたようだ。
 でも、同じでしょう。ヤクザの鶴田浩二と武家の娘の岡田茉莉子が出てきただけで、あ、このメンツなら2人が結ばれて終わりだな、でも、この身分違いをどうやってクリアするんだろう。後は終点までの道筋を楽しめばいい。「最高殊勲夫人」が増村・白坂コンビの機関銃トークの魅力なら、こっちはマキノ雅弘の艶っぽい情緒である。
 岡田茉莉子がビッコ(こういう言葉を堂々と発することができる時代だった)で、その横座りが何とも色っぽい。「惚れたらお武家は何ていうんだい」と鶴田、「いとしい、って言います」と岡田、「気分出ねえなあ」と鶴田。その後で岡田茉莉子が「惚れたわ。好きよ、好きだわ」と一人で庶民の言葉を呟き練習するのも、何とも可愛い。思いあってもなかなか心が告げられない男と女のやりとりに、舞踊のようなしぐさをつける粋な演出。三度笠を投げる占いの扱いも粋だ。映画は、時にミュージカルとなって弾け、最後は岡田茉莉子の兄の河津清三郎と鶴田浩二が、必然性が乏しいのに斬りあうことになり、鶴田は足を斬られ、河津は手を斬られて相打ちになる。河津が言う。
 「これでいい。手を切った」足を斬られた鶴田はビッコを引いて、岡田茉莉子と見事な対のカップルとなる。これをやりたいために、無理に斬りあわせたのかい。馬鹿馬鹿しいとするか、洒落てるとするかは、もう各自のご自由である。私は後者だ。もう一度言う。「面白いだけでいいじゃないか!」
 もちろん、「最高殊勲夫人」や「やくざ囃子」を、ベストテン作品だとか、全映画ファン必見の歴史的名作なんて言う気はない。食事で言えば、日常のチョッピリ美味しい味噌汁やお新香である。でもたまの外食の高級レストランのフルコースみたいなベストテン作品・歴史的名作ばかりじゃ私は、物足りない。日常の美味しい主食がベースになければいけない。それが、こういう「面白いだけの映画」なのだ。

●藤井浩明プロデューサーとの話題など
 「最高殊勲夫人」は前項に述べたごとく辛口の渦だったので対話は盛り上がらず、30分程度の「おしゃべりカフェ」ならともかく、1時間を越えるシンポジウムでは、とても間が持たない。そこで、「最高殊勲夫人」に限定せず、増村・白坂コンビの話題、あるいは白坂脚本作品についてとか、藤井プロデューサーヘの聞きたいこと・言いたいこと、などのフリートークに移行する。
 私は、「春の雪」の企画者としての藤井浩明氏に要望を述べた。私は「豊饒の海」が大好きである。妻夫木聡君の松枝清顕には一抹の不安があったが、よくやっていた。これなら4部作の転生した者すべて(といっても第3部「奔馬」の幼い姫は無理だが)を妻夫木クンに挑戦してもらい、「人間の条件」6部作・「宮本武蔵」5部作と共に歩んで、仲代達矢・中村錦之介が役者として大成長したように、妻夫木クンにもそれを期待したい。「春の雪」は若尾文子の老尼僧も素晴らしかった。「豊穣の海」第4部、最終巻の最後の老いた綾倉聡子は、絶対に若尾文子に演ってもらいたいと思った。完成すれば「人間の条件」「宮本武蔵」に並ぶ映画史に燦然と輝く大河映画になるであろう。だが、「春の雪」は「豊饒の海」の完全映画化ではなく、第1巻のみの単発企画だという。是非とも4部作としての完成を強く熱望することを藤井プロデューサーに伝えた。
 滋賀郵便局OB「失礼します」のOさんも援護射撃してくれた。「やんなはれ!是非やんなはれ!ただし、あの監督はアカン!あれは代えなはれ」アチャ、そうだ、Oさんはアンチ行定だった。私は、行定勲は最近の監督の中では珍しく、「世界の中心で、愛を叫ぶ」「北の零年」「春の雪」とスケールの大きな画面造形ができる人と期待しているし、「人間の条件」の小林正樹監督と同様に、行定成長物語としても期待したいのだが、名前を出さなくてよかったなあ。ウム、Oさんはアンチ行定だった。名前出さなくてホントに良かった。
 藤井プロデューサーも、個人的には4部作完全映画化への意欲は十分だった。ただ、「その時まで若尾さんが生きていらっしゃれば…」なんて発言も出て、要するに製作スパンがやたらと長い今の映画界では、実現の可能性としてはその程度の希薄なものになってしまうのだろう。
 民芸村のパーティーでは、藤井プロデューサーとタイトルデザインのことを話題にした。「最高殊勲夫人」のタイトルはオフィスビル街の窓を巧みにあしらった洒落たデザインだった。「ソウル・バスみたいに、日本でもタイトル・デザイナーはいるんですか?」と質問する。(ソウル・バスは「ウェスト・サイド物語」の落書の中にタイトルを書き込んだのを代表として、我々の世代にとっては著名なタイトル・デザイナー。日本では湯布院映画祭の職人講座で取り上げられた赤松陽構造がタイトル・デザイナーとして著名だ)[いることはいますけど、ハリウッドみたいに予算をかけられるわけじゃないので…。「最高殊勲夫人」は監督のアイデアでした]とのことだった。
 脱線するが、ソウル・バスについて、昔「映画友の会」で淀川長治さんから、楽しいエピソードを聞いたので、ここで紹介したい。ソウル・バスのアイデアで、ついに採用にならなかったのが二つあったという。一つはトイレを俯瞰してそこにタイトル、エリザベス・テイラー、ジャーッと水洗される。続いてマリリン・モンロー、またジャーッと水洗…。そんなタイトル、誰も歓迎しませんね。もう一つは、ハムの切り口にタイトルを入れること、ジョン・ウェイン、ハムが切られると次の切り口にはゲーリー・クーパー…、洒落ていいみたいなのに何故に没なのか。実は、欧米では駄目な役者のことを「ハム」というからなのだ。黒澤明監督がそれを聞いて「面白い!俺は大根でやろう!」大根の切り口に三船敏郎、ゴトンと包丁で切ると次の切り口に杉村春子…。結局は黒澤映画でこれは実現しなかったが、「赤ひげ」で強つく婆ァの杉村春子が大根で殴られるというユーモラスな形でアイデアが生かされたようである。

●その他 民芸村のパーティーのあれこれ
 私と倉敷のツタヤ店長Oさんに対し、荒井晴彦さんが「フラガール」のことについて前夜祭の懇親会に続いて話題にしたことは、前に紹介した。おりしも、白坂依志夫さんがステージ近くで人気を集め、撮影会の様相を呈していた。映画通の集まりの中では、やはり大御所の白坂さんの名前は絶大である。「そんなことよりも、ここはシナリオ界の大物のツーショットと行きましょうよ。荒井さん」と矛先を変える。「そんなことはいいよ」シャイな荒井さん、急に照れるが委細構わず私は、「皆さん!荒井さんが通ります!道をお空け下さい!」と活弁の呼び込みよろしく、大声で引っ張り出してしまう。白坂依志夫・荒井晴彦両氏のツーショットは、やはりなかなかの壮観で(シナリオ作協のプレイボーイ代表だね、なんて陰の声も聞こえたりして…)大勢のファンに取り巻かれ華々しくフラッシュも光っていた。
 今回初参加ゲストの「映画芸術」編集部の小林俊道さんと、初めてゆっくりと言葉を交わす。編集部の私の窓口になっている人から、冗談交じりに「あまり近づかないように(笑)」なんてメールが入ってきたことを紹介し、「まさか噛み付くわけじゃないですよね」というと「噛み付きませんよ。私に噛み付いてもらってもいいですよ」てな他愛のないやりとりをする。小林さんは全日参加かと思ったら、明日は帰るとのことだった。それは残念、そうと知ってればもう少しお話しする機会を持ちたかったところである。

●「おしゃべりカフェ」の話題 その5(圧倒的賛辞に包まれた「藤十郎の恋」だけど?)
 三目日の「おしゃべりカフェ」で、私が「やくざ囃子」を絶賛してハシャいだのは、前に紹介した。この時の「カフェ」は「やくざ囃子」と「藤十郎の恋」上映後にセッティングされたもので、全般的には「藤十郎の恋」が圧倒的賛辞に包まれた場であった。有志こぞっての最終日での打ち上げで、「藤十郎の恋」を本映画祭ベストムービーに推す人も珍しくなかった。
 確かに「藤十郎の恋」は圧巻である。芝居小屋の見事な美術、取り巻く圧倒的な大群衆。ラストでは同じ場所で雪が舞う。ダテに雪を降らせたのではない。芝居小屋を取り巻く大群衆の番傘の密集、誰かがヒチコックの「海外特派員」を引き合いに出したが、それに匹敵し、なおかつ日本的美に溢れた名シーンである。
 初日に「花婿の寝言」で昭和10年のナヨナヨとした林長二郎を我々は眼にしている。「藤十郎の恋」は昭和13年、長谷川一夫と改名しての登場だ。偽りの恋で女を滅ぼしても芸の鬼になる。鬼気迫る迫力の演技は3年間の成長を如実に痛感させる。ただ、私は「ご存知物」のお話しとして良く耳にしており、その良さを再確認した以上ではなかったので、インパクトが薄かったのだ。
 ところが、何人かの人と話していたら、私の知る「ご存知」とは、ずいぶん捉え方が違う人が少なくないことを知った。坂田藤十郎の幼馴染の女将へのかねてからの恋情の告白は、芸道のための偽りの仕掛けで、すべて芝居である。それが「ご存知」「藤十郎の恋」だと信じて疑わなかった。これを、芸道をきっかけにして、かねてからの思慕の女将への告白を決心したと見る人がいた。最初は芸道のためだが、それがかねてから秘めていた恋心を目覚めさせたと見る人もいた。その他、さまざまな見方を聞いた。要は、藤十郎の女将への恋心は「全部芝居」「半分本気」「完全本気」の、3種のバリエーションとする多彩な見方になったのである。(芝居と本気の比率の度合いも人
様々だった)
 もし、「ご存知」のように「全部芝居」ではなく描かれていれば、私はその斬新さに驚嘆して、大きなインパクトを感じたろう。どうしてもそうは見えない。女将に告白する直前に、一瞬顔をそらした時の長谷川一夫の目の光は、人を斬る目だった。恋を告白する決意の目ではなかった。そこに人の命を踏みにじっても芸道に賭ける坂田藤十郎の壮絶さを感じた。とはいえ人の感性はそれぞれだから、他の人にそう感じろと強要する気は、毛頭ないが…。
 帰ってから、活弁の指導をいただいており古典芸能に造詣の深い飯田豊一先生に、このことを話した。「今の人は古典を知らないんだね。しょうがないな」という反応がくると思ったら、「ウム、それはそれで面白い見方だね」と言われたのは意外だった。先生も柔らか頭なんだなと、改めて感嘆した。

●「おしゃべりカフェ」の話題 その6(大激論の「大阪の宿」
 「失礼します!Oさんの大森一樹事件」パート2にも最終日で連動します。お楽しみに)最後の「おしゃべりカフェ」は「大阪の宿」上映後で、この企画のクライマックスである。前項で林長二郎と長谷川一夫がの主演作品が連続上映されたように、五所平之助・若尾文子以下、番組を仔細に眺めると、役者繋がりとか監督繋がりなどで、結構実行委員の作品選定に遊び心が感じられるのである。「大阪の宿」は群像劇であるので、それらの繋がりの集大成の趣きがあるのだ。
 初っ端で私は辛口に口火を切ってしまった。映画の出来の良し悪しは別だ。私はこういう映画が嫌いなのだ。「昔、貧乏映画というのが沢山ありました。これもその1本だと思います。またかいなって感じでウンザリです。そんな庶民の貧しい世界に入ってきたインテリの坊ちゃんが目覚めるなんて、こういうのもイライラして腹立たしい限りです」
 常連キューブリックさんは絶賛派だ。「私は、貧乏映画、好きです!」と高らかに宣言し褒め上げる。確かに五所平之助の映画演出の古典的完成度は、私も否定するものではない。
 「あの、貧乏映画にこだわらないで…」と実行委員から牽制球が飛ぶ。私の発言は全体の方向性を引っ張っちゃうから、最初の発言は控えるべきだ、と前に誰かに言われたことがある。別にそのつもりはないんだけどなあ。二日目の「おしゃべりカフェ」の「日本の悪霊」の時も、「任侠映画のパロディ」発言を出したら、横田さんから「それはこの映画の一部で、こだわらないように」と牽制球を投げられてしまった。
 キューブリックさんの後は、映画プロパーから辛口発言が続く。「このゆるいテンポは耐え難い」と渡辺武信さん。[インテリが庶民と理解しあうなんて偽善だよ。大島渚の「愛と希望の街」は、永遠に理解し合うことなんてない!て言い切った凄さだよ]と荒井晴彦さん。渡辺武信さんが同調する。
 キューブリックさんが猛反論する。[聞き捨て難い。「愛と希望の街」のみたいな稚拙な映画と、「大阪の宿」を比較するなど言語道断である!](正確に記憶していないので、言葉は違うかもしれないが)という意味のことを、強く主張した。私も「大阪の宿」の円熟した映画演出に対し「愛と希望の街」は生硬な作品で、その面では比較にならないと思う。優れた表現力と、内容・テーマの先鋭性と、どちらを評価すべきかとの永遠の命題でもあろう。(この話題は冒頭に述べましたように、最終日の有志こぞっての打ち上げの時の「失礼します!Oさんの大森一樹事件」パート2に連動します。お楽しみに)
湯布院日記2006―5

●ポイントに引っかかる瑕疵 その2「長い散歩」
 映画祭終了後に「長い散歩」がモントリオール国際映画祭で、グランプリを含めて3冠受賞との報道が流れた。さもあらん、寡黙な映画で行間を読ませる魅力が横溢した味わい深い秀作である。
 「長い散歩」は2時間16分という「長い映画」だ。私は、ゆっくり宿にもどって着替えをして遅めに会場にもどったら、立ち見になってしまった。これはマズったなと後悔したが、立ち見の苦痛をほとんど感じないで、最後までスクリーンに釘付けになった。良い映画の証しである。繰り返すが、寡黙で行間を読ませる魅力に溢れた映画演出が見事だ。
 母親の幼児虐待で、少女が壊れていく。その描写が凄い。店頭の果物を隠れて次々と潰していく。スカートの中に仕舞い込んで絵本を万引きする。クレヨンで絵に夢中になるあどけない子供らしさと、描く絵の不気味さの対比も強烈だ。同情して母親から引き離し旅に連れ出した緒形拳に、やさしく名前を聞かれると「ガキ!」と答える。母親からそのようにしか呼ばれていない哀れさが浮き彫りになる。「だから、そうじゃなくて…」という緒形拳に対し、さらに「ガキ!」と怒鳴り返す。凄まじい描写だ。
 ファミリーレストランで「好きなものを注文しな」と言われると、ぶっきらぼうに「メロンパン」と答える。「もっといいものを…」と言いかける緒形拳に「メロンパン!」と大声を出す。前のシーンで母親の高岡早紀が、小銭をたたきつけて外出していく風景がある。小銭で買える一番大きいものがメロンパンということなのであろう。また、「熱い」ことを「痛い」と表現するあたりも壮絶だ。母親に暖かいものを食べさせてもらってないことの証左だ。幼児虐待を具体的に描かずして、それ以上のインパクトを与える。
 高岡早紀は言う。「私は親にされたことを娘にしてるだけ」しかし、映画は、そんな単純な理由付けでは済ましていない。親に愛されたことなく育った者は、この映画にもう二人出てくる。一人は高岡早紀の同棲相手だ。彼はその反動で、少女を可愛がる。それが高岡早紀の嫉妬心に火をつけ、さらに虐待をエスカレートさせるのだろう。男の方も、成長したら女として近づこうとの下心も無きにしもあらずだ。男と女の一筋縄ではいかない地獄絵図がそこにある。
 緒形拳と少女の旅の途中から同行する青年も、帰国子女でいじめと親の愛の薄さで家出した人間だ。だが、彼は天使のような優しい心になる。(その純粋さで自殺に至るのだが)そして、少女の心を開くのは緒形拳ではない。緒形拳に心を開くのは「ガキ!」から「幸(さち)」と名前を告げるまでである。笑うところまでには至らない。笑うには青年の存在が不可欠だった。そして、このサブエピソードがあるから、この映画は2時間16分が必要なのである。決して無用な長さではない。
 緒形拳が他人の少女にここまで肩入れするのも、間接話法で的確に描かれている。校長を勤めた厳格な教育者で、娘と妻に厳しく、妻をアルコール依存症から自殺に追いやってしまう。その贖罪(こんな安易な表現よりも深いものだが、語彙貧困の私にはうまく言語化できない。これが映画ならではの優れた表現の証明でもある)であろう。
 しかし、贖罪の気持はあっても、この男の無神経さは改まるわけではない。「メロンパン!」としか叫ばない少女に注文するのが、鉄皿がジュウジュウいうハンバーグ定食なのだ。「熱い」を「痛い」としか表現できない少女の前に出すものじゃないだろう。しかも、パンかライスかとウェイトレスに聞かれると「ライス」と答えている。熱い鉄皿の乗ったトレイを少女にぶつけられるのは必然だろう。
 高岡早紀とても、自分の被虐体験だけで、虐待に至ったのではない。母娘の楽しみにしていた天使の羽をつけたお遊戯の日。その日が夫との破局の日だった。しかも、最後の楽しかった思い出として、少女は天使の羽をいつも背負い続けている。彼女にはたまらないことだろう。虐待の根はさまざまに深く根付いていくのである。
 奥田瑛二監督は、刑事役で出演者に名を連ねている。何で、狂言回しの役どころの演じがいのないポジションについたんだろうと思ったら、終盤で「彼(緒形のこと)のような人間は、今の時代に必要なんだ。いや、彼自身も彼を必要としているのかもしれない」と決めゼリフを吐く。うまいところでさらうものだ。
 状況設定をかなり具体的に羅列したが、私が行間を読んだ結果の認識で、映画は寡黙であり、クドクドと説明的なところは微塵もない。正に優れた映像表現の極地なのだ。
 ただ、私は一点、ひっかかった。少女に同情した緒形拳は、唐突に少女を旅に連れ出してしまう。仮にも校長までした社会的に高いポジションにいた人間だ。いきなり幼女誘拐になりかねない暴挙に走るだろうか。教育委員会やら何やら、その手の救済策には詳しいはずだ。そこは、かなりひっかかった。しかも、旅の始まりのプロローグというポイントである。
 シンポジウムでは、行間をを読ませる味わい深い映像表現を絶賛するとともに、その疑義を最後に呈して、ポイント部分だけにイマイチになってしまった、と率直な感想を述べた。それが、褒め上げてガタッと落とす皮肉の皮算用に聞こえてしまったのだろうか。場内の参加者から笑いが起こった。
 奥田監督は、明らかにムッとした。「人の見方はいろいろですね。社会的地位がこうだから、こういう行動はしないはずだとか、私はそう思いません」これはまずい。パーティーでフォローしたいと思った。とにかく行間を読ませる映画なのだ。私はジックリと行間を読み直した。緒形拳は、妻の死と共に全財産を娘に与えたようだ。自分は丸裸で安アパートに引っ越したのだろう。それにより娘に許してもらうことを期待したのだ。だが、娘は父を許さなかった。緒形拳の残りの人生の目的は、娘から許しを得ることだけになったのだろう。そこで、彼の意識から既成の社会通念や道徳感は消えたのだ。虐待されている少女を闇雲に救うことが贖罪(繰り返すが、もっといい言葉ないんだろうか。ホントに俺って語彙貧困)につながると信じたのであろう。
 ゆふいん麦酒館のパーティーで奥田瑛二監督に近づく。しかし、周囲は人垣に囲まれている。ここでは監督・奥田瑛二ではなく、人気スター・奥田瑛二の様相を呈している。サイン会やツーショット撮影会の趣きになっている。私は、気長に待つ。やっと一段落したところで「シンポジウムの続きですが…」と声をかける。奥田監督、最初は「ム…」って感じだったけど、前述の私の行間を読み直した意見を紹介し、「いかがでしょうか」と言ったところ、さらに貴重なことを答えてくれた。「そのとおりです。もっと言えば、具体的には描いてませんが、あの人はエセ・ボランティアみたいなことはかなりやってたんですよね。本人はエセに気付いていない。一部屋のボロアパートなんて住んだことないわけですから。初めてボロアパートに来た。そして、幼児虐待の生(なま)の実態を初めて見てショックを受けた。だから、前後の見境なく突然少女を連れ出すような行動に出たわけです」ウム、行間からそこまで読める、読める。やはり「長い散歩」は国際映画祭でグランプリを獲得する価値のある秀作だ。
 ただ、鑑賞直後に監督と話して納得して名画だと認識するってどうなんだろう、との疑問は残った。最近、私は「ゆれる」に感銘を受けた。でも、鑑賞直後は、オダギリジョーの終盤の心が全く読めず、だから香川照之の味わい深いラストの笑みが、ほとんど意味不明だった。単につまらない映画なら、理解不能・意味不明で切り捨てて終わったろう。ところが「ゆれる」のラストシーンはいつまでも心の中に沈殿した。そして、何時間かたって、その凄さに気が付いた。自分の映画感性の低さが悲しかった。鑑賞直後に感じていれば、ラストシーンに鳥肌が立ったであろう。
 「長い散歩」で、直後に監督と話す機会がなければどうなったろう。緒形拳の突発的な行為を瑕疵と見て、忘れさったろうか。どこか気になって、鑑賞後も繰り返し行間を読み直しただろうか。今となっては、それを知るよしもない。「長い散歩」は、私の感性にとって秀作になりえたのか、監督のサポートがあって理解できた映画なのか。今や永遠の謎である。シンポジウムの中では、俳優・緒形拳と俳優・奥田瑛二の間で、「抑えた芝居」と「やり過ぎ芝居」の演技論があった。それにからめての話題もパーティーで話した。[奥田さんは若い頃から抑えた芝居がうまかったですよね。「もう頬づえはつかない」で、桃井かおりさんと別れた後の切ない表情なんて絶品でした。桃井さんの歯ブラシを勝手に使っちゃう無神経さも楽しくて、「食事した後、キスするでしょう」「キスと歯ブラシはちがうでしょう」なんて言っちゃって]奥田さん、懐かしそうに顔をほころばせて聞いてくれた。[その中で「五番町夕霧楼」が、唯一やり過ぎを感じたんですね。やっぱり「炎上」の市川雷蔵さんを意識したんですか?]と聞いてみた。「いや、あの頃は若くてガムシャラなだけで、雷蔵さんを意識するなんて、そんな余裕は全然なかったです」とのことであった。
 かくして、監督として、俳優として、二つの奥田瑛二の顔と話せて、私には収穫多いパーティーであった。

●ポイントに引っかかる瑕疵 その3「脱皮ワイフ」
 私のシンポジウムの発言から紹介したい。
 [ピンク映画的だと思いました。悪い意味ではありません。何をもってピンク映画的かと言われると困るのですが、私はピンク映画大賞の投票者でして(といっても封切作品を25本以上観れば、誰でも投票者になれるわけですが)、そこからの感覚に過ぎません。まあ、出演女優全員に濡れ場があること、濡れ場が若干長めなこと、といったところでしょうか。
 ピンク映画の良さは二つあると思っています。一つは濡れ場が見せ場であることを通じて、男と女の関係をジックリ描くこと、もう一つは濡れ場さえあれば後は何をやってもいいという条件を逆手にとって、とんでもないブッ飛び映画を創ってしまうことです。「脱皮ワイフ」は後者に属すると思います。
 兄貴分の女とデキてしまって、「初めてなんだよ」「初めてで脱皮するか!」なんてやりとりは抱腹絶倒ものでした。ただ、この手のユーモアSF的設定だと、私は洒落たオチを期待してしまうんですね。でも、この映画にはオチらしいオチがありませんでした。そこがちょっと物足りなかったです]
 私の勝手な思い込みと言われればそれまでだが、特定の男との関係を一定の回数重ねると脱皮する女というユーモアSFのような設定から(寝てる間に脱皮してしまうから詳細は分からず、起きたらチープな人型の皮が拡がってるという人を喰った場面が楽しい)、洒落たオチを期待してしまった。オチが無理にある必要ないとの意見の人も少なくなかったので、それは大きな瑕疵ではないのかもしれない。しかし、私にとっては、これもポイントに引っかかる瑕疵だった。
 シンポジウムの話し合いが進んでくると、「脱皮」という奇想天外な設定を借りての、これは男と女の心理の綾を描いた映画ということになってきた。とするならば、無理にSF的設定など、不要だったのではないか、との意見もでてきた。ただ、企画の発端が「脱皮ワイフ」という題名の語呂の面白さから逆算されたものだから、それはありえないということだった。
 このシンポジウムには、何故か常連の荒井晴彦さんが参加していなかった。そのことが残念ですが、との前置きで実行委員の横田茂美さんからエピソードの紹介があった。[映画祭開催案内で「脱皮ワイフ」を「嗚呼!おんなたち猥歌」の換骨奪胎と書いたら、脚本の荒井晴彦さんから、換骨奪胎の意味が解っていないとお叱りを受けました。駄目なものから良いものを創るのが換骨奪胎で、「嗚呼!おんなたち猥歌」は駄目なものなのか、とのことでした。「嗚呼!おんなたち猥歌」を駄目なものとはいいませんが、皆さんの話しを聞いて、「脱皮ワイフ」はこれはこれで良いものなので、換骨奪胎の言葉は間違っていないと思いました]と、荒井さん欠席裁判の中での一方的発
言となった。荒井さんが参加してたら、もうひとつ面白くなったような気がするので、欠席は残念なところだった。

●ポイントに引っかかる瑕疵 その4「フラガール」
 今年の映画祭の特別試写作品の私のベストムービーは、消去法で「幸福のスイッチ」になった。そこで、「幸福のスイッチ」については後に回し、最終日のフィナーレ「フラガール」からいってみたい。
 「フラガール」は、前夜祭から荒井晴彦さんに牽制球を投げられた曰く付きの映画である。それでなくても、私にはどういう創りにするのかが気になる企画であった。
 常磐ハワイアンセンター設立の話だという。常磐炭鉱の閉鎖にとどまらず、エネルギー政策の転換に伴う相次ぐ炭鉱閉鎖は、日本戦後史の中で今流に言うなら大リストラの、大いなる悲劇であった。子供心に三井三池争議の動乱は、強烈に胸に残っている。そんな大きな悲劇の中で、チョッピリ小さな明るい話題が、常磐ハワイアンセンターのダンサーへ思い切って転身した炭鉱娘の成功であろう。
 フィナーレとして弾けるのにふさわしい映画であるとともに、大きな悲劇の中の小さな救いというのは、描き方が非常に難しい。中江裕司の「ナビィの恋」のように意識的に巧妙に、沖縄の米軍支配の歴史的事実を映画の中から捨象する手がある。あるいは矢口史靖のようにリアリティをすっ飛ばして独自のファンタジー空間を強引に造形してしまう手がある。または山田洋次のように大きな悲劇なんだけど能天気に庶民の明るさを信じて悲劇も悲劇らしく見せなくしてしまう手もある。もちろん「フラガール」の李相日は、中江裕司でも矢口史靖でも山田洋次でもない。どう来るのか。そこに多大な興味が湧いた。
 ところが、炭鉱の悲劇の部分が、意外とリアルで重いのである。これはいけない。中盤でフラガールを諦めて、一家と共に夕張炭鉱に新天地を求める少女も出てくるが、我々はその後の夕張の悲劇も知っている。これでは、事実の暗さが重く残り、後半で松雪泰子や蒼井優がいくら華々しく弾けても、見てる方は弾けきれない。映画の語りにはもっと巧妙な「罠」が必要だと思う。嘘でも、映画の枠の中では夢を見させてほしいのだ。李相日作品でいうならば「69」のように、時代の空気を捻じ曲げて捏造し[「全共斗」なんて所詮ファッションよ!]と言い切った虚構空間の爽快さ(荒井晴彦さんはトンデモナイ!とお怒りだが)が欲しかった。
 私は、率直に以上のような意見を述べた。李相日監督は「私は、大きい悲劇の中の小さな良いことととか、そんな風に大きい小さいの次元で考えません」と、怪訝な表情であった。私のような感想は少数派みたいで、リアルな重さも気にならなかったし、フィナーレにふさわしく十分弾けた人が多かったようだ。(ただ、倉敷のツタヤ店長のOさんも全然弾けなかったそうだ。私と二人、荒井さんの思う壷には、はまらなかったようだ)必要以上に悲劇性に拘るのは、炭鉱閉山の悲劇をリアルに記憶している世代の問題なのだろうか。そういえば李相日監督はひどく若い世代だ。
 私の意見を取り違えて「この映画はこれでいい。炭鉱閉山の悲劇なんて取り入れる必要はない」とシンポジウムで反論する人もいた。私は取り入れろなんて一言も言ってないんだけどなあ。と思いつつあえて再反論しなかったが、失礼します!Oさんの発言でも、取り違えられているみたいなので、「炭鉱の悲劇を描けなんて言ってません。フラガールの弾けを描くなら、映画の枠の中で悲劇を感じさせないようにすべきだ、と言ってるだけです」と2度目の発言をせざるをえなかった。コミュニケーションというのは、難しいものである。
 パーティーで誰かから、歴史的悲劇をリアルに描いたのは、製作者の李鳳宇さんの意向ではないかとの意見も耳にした。シンポジウムの李鳳宇さんの発言を振り返るとそんな気もしてくる。「何でもかんでも監督のせいにするな」という荒井晴彦さんの持論が頭に浮かんでくる。
 山田洋次ならもっと良くなったとの、前夜祭の荒井晴彦さんの意見は奇異に感じたが、映画を観てやっと納得でき、最終日のパーティーでそのことを伝えた。多分、山田洋次なら「同胞」のような良さ(それって皮肉?と言う人もいたが)になったろう。ただし、現在の山田洋次に「フラガール」の弾けを撮りきれるパワーがあるかは疑問の残るところではある。

●素晴らしかった会場レイアウト
 フリーペーパー「メイムプレス」が送られてきて読んだら、今年の映画祭の素晴らしさで言い忘れていたことを気が付いた。会場のレイアウトである。今年は工夫を凝らしたそうで、その成果は十分だった。入り口の装飾、会場内の飾りつけ、トイレの表示まで映画祭の夢空間にいざなう装飾が施されていた。
 夢を観に来た参加者に、日常を脱却した空間を造形してみせるのは大切なことだ。ディズニーランドの精神に通じる。ディズニーランドの素晴らしいのは、工事中の箇所があっても、絶対に園内に腰道具のおじさんなんかをウロウロさせないこと、工事区画の塀も高くして可愛いイラストで埋め尽くし、日常をのぞかせないことだ。「蛙の会」の公演でも、先生に言われた。「舞台衣装は外では着て歩けないくらいのド派手なものでいい。日常で見られるものならば、誰が木戸銭を払って見に来るものか」
 公民館ロビーの日常を完全に払拭して、映画祭夢空間に再構築した今年の映画祭は、新たな試みとして成功だった。一点、気になったのは、去年までは撤去されていた図書館の書棚が残されていたことだ。日常の公民館の匂いを残してしまい、ひどく目ざわりだった。実行委員の方に話しを聞いたら、映画祭期間中も図書館利用者の便を図ってほしいとの要望からだそうだ。地域密着映画祭として、これはこれでやむをえないところか。

●消去法での特別試写ベストムービー「幸福のスイッチ」
 [「社会の大事件」より「個人の大事件」を描きたい]松下電器OLで長らく自主映画で活躍した安田真奈・監督(脚本も)の劇場用映画デビュー作である。シンポジウムでの御本人も、大上段に構えたところが微塵もなく、映画も御本人のイメージどおりの淡々としたものだった。
 損得を省みず、顧客サービスに徹する地方の町の電器屋さんの沢田研二。三人姉妹の次女の上野樹里は、その禁治産者ぶりにあきれかえって東京に飛び出し、好きなイラストレーターの道に進む。だが、クライアントの意向と自分の芸術表現意欲とがぶつかり、仕事は必ずしも順調ではない。
 父親がアンテナ修理中に転落・骨折し、一時的に帰郷して稼業を手伝う破目になる。最初は、無欲で町の人達に奉仕する父親と衝突するが、次第に父の気持と、町の人に頼りにされている存在感を理解してくる。父の負傷も癒えて、イラストレーターの職にもどった時、彼女はクライアントを大切にすることに目覚め、チョッピリ前進する。早い話がそれだけのことである。
 「監督のおっしゃるように、大きな事件は何も起こらない。だから、何も言うこともない。でも、つまらないというわけじゃありません。何も起こらない中で、ちょっぴり主人公は変わり、何か生きてるっていいな、と思わせる映画です」それだけ言ったら、後は二つの質問などを加える程度で、シンポジウムでは言うことがなくなった。
 この映画でも私として気になった瑕疵があった。沢田研二が手作りの古い顧客台帳を使っていることである。パソコン修理にも大活躍しているのだから、顧客データなんて一番最初に電子化するんじゃないだろうかと思った。そんなことは承知の上で視覚的効果から、古びた台帳にしたのだろうか。あるいは、そういうところだけは、頑固で古風な親父という性格描写の一環なのだろうか。ポイントに関わる瑕疵とは程遠いが、そこを監督に質問した。
 監督は撮影にあたって、町の電器屋さんを取材したが、古びた台帳はかなりリアルで、なぜか電子化・パソコン化している所は少なかったそうだ。台帳なんかも無くて、店主の頭に全部入っているという所も結構あったそうだが、それでは映画にならないので、古びた台帳にしたとのことだった。プロデューサーから、「監督はあの台帳には力を入れていて、一生懸命手作りしていましたよ」とのエピソードも紹介された。
 「町の電器屋さんを扱った映画がこれまでなかったので取り上げた」との監督の言から、もう一つの質問として[「洗濯機は俺にまかせろ」は意識されましたか]と聞いてみた。「あ、そういう映画もありましたね。意識はしませんでした。あれはラブロマンスだと思いますし…」とのことであった。
 最後に「私は電力会社のOBなんですが、電器屋さんでも料金滞納すれば電気を止められてもしょうがないですね」とジョークで締めた。そのくらい言うことの少ない、ただ何となくホノボノとさせられる佳品であった。この時点では思いもよらなかったが、気になった台帳の件が作品のポイントには関わっていないこと、監督の説明で結果的にはリアルな描写で瑕疵でも何でもなかったこと、との消去法で、私にとっての本映画祭のベストムービーは「幸福のスイッチ」になったのであった。

●私のシンポジウム発言に関すること
 言うべきことの少ない「幸福のスイッチ」の私のシンポジウムの発言は2分に満たなかっただろう。「短いですね」と誰かに言われた。私は長い発言をするとのイメージがあるみたいだ。私は、これまでも長い発言はしていない。3分前後に納めるつもりで発言している。素人のスピーチで3分もたせるのは大変なことなのだ。よっぽど工夫しないと素人は3分はもたせられない。
 「映画友の会」では2分強を意識して発言している。「蛙の会」(小野道風の絵にある柳にとびつく蛙の努力からきた通称で、正式には「話術研究会」である)で学ぶ身としては、キチンとした時間管理と人を飽きさせない話し方の修行の一環として考えている。
 私は、最近「活弁コント」なる素人寄席芸を始めた。活弁教養講座と活弁のサワリの紹介と、落語ネタを活弁風にミックスさせたものを、ボードを掲げながら語るというしろもので、公民館や老人ホームで数回の公演を経験した。社会人落語家の先輩とこんなやりとりがあった。「台本で、3分に1回は活弁のサワリか笑いを取るかの聴かせどころを入れないと、駄目ですよ」「えっ3分に1回ですか?」「本当は2分に1回です」考えれば素人寄席芸の演目は15分程度、3分に1回だと聴かせどころは5回、2分に1回なら7〜8回だ。大したボリュームではない。ことほどさように、素人の語りは何もなければ3分なんてもたないということなのだ。「失礼します!」Oさんが、「周磨さん、ホントですか。時間計りまっせ」と言うので、「計ってもらって結構です。いや2〜3分に納まっていなかったら、私の話術・話芸が未熟ということなので、むしろ検証してもらえるとありがたいです」と返した。
 話術からすれば話す題材に対しての適正時間があり、「幸福のスイッチ」のようなタイプの作品なら2分以上も語ることは出てこない。物理的時間に関係なく、私がシンポジウムで喋り過ぎという印象を与えているとしたら、これも話術の未熟さということであろう。個人的な対話の場合は、確かに私の口数が圧倒的に多いので、そのイメージからくる印象もあるかもしれない。映画祭・会計監査員・岡本英二さんからは、お世辞もあろうが「さすが周磨節、毎回短時間でうまくまとめますね」と言われた。理解者もいないわけではないということだ。

●恒例となった有志打ち上げ会
(気を持たせました。「失礼します!Oさんの大森一樹事件」も紹介します)

 最終日のパーティー終了後、昨年より恒例となった有志こぞっての打ち上げとなる。何といっても、一昨年の台風で湯布院に1日足止めをくらった時のフリートーキングの会で、名進行役のNHK・OBの名古屋のIさんの存在を発見したことが大きい。今年も早々と打ち上げの進行役をお願いする。
 十数名が一部屋にひしめきあい、Iさんの手際よい進行で「今年の新作ベストムービー」「旧作ベストムービー」「実行委員会に言いたいこと」「別れの言葉」とテーマ別に順番に発言していく。さすがに名進行役のIさん、予定の午前2時で、ピタリと収束させてみせた。
 「実行委員の誰かに参加してもらった方がいいね」との声があった。それは有意義だ。最終日のパーティー会場は目と鼻の先の健康温泉館なので、来年は代表1人に「牧場の家」までご足労願うとするか
 滋賀の郵便局OB「失礼します!」Oさんから、楽しいエピソードの紹介がある。パーティーで大森一樹監督と大激論になったらしく、ついに大森監督がキレて「あんたの顔なんか2度と見たくない!」と怒ったそうである。
 Oさんからさらに楽しい話題が出る。「大阪の宿」が話題になった「おしゃべりカフェ」のことである。発言力の強いプロにひきずられてはいけない。そこにいくとキューブリックさんは、荒井晴彦・渡辺武信の否定的意見を向こうに回して堂々と論陣を張ったの素晴らしい。こうあるべきだ。と、ここまではよかったが「老骨に鞭打ち」と形容詞の一言が余計だった。「老骨はないでしょう。失礼な!」と憮然となるキューブリックさん。すかさず私が「顔なんか2度と見たくない!って、大森一樹事件パート2になりますよ」と合いの手を入れる。
 いよいよ別れの挨拶を一言づつのフィナーレになる。前述したように、私の新作ベストは消去法で「幸福のスイッチ」、旧作は休養中で今回再鑑賞しなかった「女は二度生まれる」と、今年はそれほど良い映画にめぐり合えない映画祭だった。映画祭に来て良い映画にめぐり合えなかったら最悪のはずなのに、私は楽しかった。そのことを述べて「映画の良し悪しに関係なく、みなさんとお会いし語り合う素晴らしさだと思います。ですから私は上映作品に関係なくまた来ます。来年もお会いしましょう!」と別れの挨拶とした。間髪を入れずOさんが「そうや!周磨さんはストレス解消や!」とまた合いの手がはいる。別の参加者から「Oさん!鏡見た方がいいですよ」と声があがる。それを受けて「Oさん!大森一樹事件パート3になりますよ!」と私が呼応する。Oさんと私の明るく楽しく激しい全日本プロレス流のトークバトルは果てしなく続くのである。「いやー、いろいろ申し上げて失礼しました。今後もよろしく」別れ際にOさんとガッチリ握手をかわす。昨年は、東京国際映画祭で上京したOさんを、在京の湯布院映画祭参加者が迎えて同窓会を開催した。今年も是非、実現しましょうと名残を惜しむ。Oさんとの出会いは一昨年だが、ますます絆の深まりを感じる。
 今年になってYさんがプロレス者であることを知った。「最近のことは知りませんよ」と言いつつ、話してみたらかなりの知識だった。東京スポーツ(こちらでは九州スポーツ)の毎土曜日にプロレス・クロスワードパズルが掲載されており、映画検定ならぬプロレス検定なみの難問なのだが、さすがにそれをスラスラ解けるまでのレベルではないようだったが…。
 SさんがSFファンであることも初めて知った。SFマガジン600号記念オールタイム・ベストSFのアンケートに私は参加して誌上に名前が掲載されたが、それを目にして話しかけてきてくれたのだ。

 湯布院を通じての人の輪は、こうしてさらにさらに広がっていくのである。

●「火宅の人」の数々
 私は、現在身軽な立場だ。しかし、それぞれかなり重みを背負いながら湯布院映画祭の5泊6日に参加していることが少なくないことを今回耳にした。
 常連のある人は[来年の参加は何とも言えませんね。家は「火宅の人」ですから]と言った。この人は単身赴任中も欠かさず参加していた。独身なのかな?と思っていたら、「愛してよ」のシンポジウムの時に「私にも10歳の子供がいますけど…」と発言していた。極めて普通の家庭を持っているようである。「火宅の人」になるのも「むべなるかな」といったところだ。
 ある人は映画好きが嵩じて離婚になったとのことを初めて知った。その人に「蛙の会」公演のチケットを薦めたら、別れた女房との連絡日だということだった。結局、前妻も誘うとのことで2枚も買ってくれた。当日お見えにならなかったので、やはりそんな自分の都合で引き回すわけにはいかなかったということだろう。(口さがないお喋り雀は「あの人の強引さなら愛想つかされてもしょうがないね」なんてのたまわってたが)
 ある人は夫の病気を抱えているとともに、親の具合もよくない、とも言っていた。やや話しかけて「よそう!それを忘れるために湯布院に来たんだから、映画祭中は忘れるんだ!」と自分に言い聞かせるように言ったので、私もそれ以上話題にしなかった。
 ある人は、帰り際に奥さんの検診の結果が良くないと連絡が入り、「家内がいなくなったらどうなるんだろう」と心細そうに帰っていった。「妻を失うなら50代ですよ。それ以上になったらまず持ちませんから。絶対に奥さんより先に死ぬべきです」私の実感から、そんなことを言ってもなぐさめになるまい。でも、私も60代だったら多分持たなかったと思い返す。有名作家の江藤淳が奥さんを亡くした後、後追い自殺をした気持がよくわかる。
 フリーペーパーで、肝臓が溶けるまで飲み続けたことを話題にしていた友成純一さんが、今年は参加していた。ビール片手に上機嫌だった。大丈夫なのかなあ。昔、飲みすぎで死んだ人の顔色は肝臓障害でドス黒い酒焼け状態だった。友成さん真っ黒だ。「大丈夫なんですかね」と実行委員の人に聞いたら「スカイダイビングの日焼けでしょ」と言っていた。確かに友成さんのスカイダイビングは有名だが、それだけの顔色なのかなあ。「肝臓が溶けてるって言われた時にγ−GTPは○○○くらいですか?」と聞いたら、「いえいえ」と言って桁のちがう仰天する数値を聞かされた。まあ、個人情報に属することなのでこのへんにするが、いやー、すさまじき限りである。
 昨年は常連参加者のTさんが急死した。Oさんを迎えての湯布院同窓会のメンバーだっただけに、息子さんから訃報のハガキをいただいた時はビックリした。なじみの人に連絡を取り、お気持だけだが御仏前を準備して、私が代表してお線香をあげさせていただくことにした。ところがなぜか電話がつながらない。朝・昼・夜、時間帯をさまざまにしてかけてもつながらない。一ヶ月近くたち、時期を失してもと思い、賛同者の住所も明記した名簿を御仏前に同封し、お供えくださるようお願いの手紙を現金書留で郵送した。宛先人不在で戻ってこなかったのだから、受理されたのはまちがいないだろう。しかし、それ以後、私を含めて誰にも何の便りもなかった。Tさんは冗談まじりに「家族に見捨てられてますから」と言っていたが、今回の顛末はいろいろな思いにさせられる。
 映画友の会の会員暦の長い会員が、最近50代で急死した。近しい人が妹さんに線香をあげさせてほしいと電話したら、ケンもホロロの応対だったという。これらを鑑みると、映画に夢中になりすぎるということは、孤立のタネを撒くということなのだろうか。

●エピローグ(たとえ小さな幸福でもかみしめて、新たな出会いを期待して)
 「火宅の人」の数々を紹介した。みんな映画三昧に没頭するためには、さまざまなハードル越えが必要みたいである。私も亡き家内も末っ子どうしで、双方の親4人は明治生まれなので、すべて鬼籍だ。私はみなしご(?)ということだ。こんな身軽さは、なかなかないということである。
 娘との二人暮しだが、「晩春」から「秋刀魚の味」状態になろうとしている。娘がふと口にした。「私、いなくなると、お父さん一人だね」笠智衆と原節子とは似ても似つかぬヘラズ口をたたきあっているガサツな父娘だが、そんな原節子みたいなことを言うこともあるのか、とちょっとジンときた。「今だって、おまえは仕事が忙しいし、朝の出勤前に声をかけあうぐらいだろ。大して変わんないよ」「そうだけどさ…」「それに、こっちの方が再就職で仕事は忙しくないから帰りは早いし、炊事・洗濯・掃除、リードしてるのお父さんじゃないか。全然心配いらないよ。原節子は奥さん代わりだったろ」「そうだね、笠智衆が洗濯する姿は想像できない」最後は、いつものヘラズ口の父娘になった。
 今年の映画祭では荒井晴彦さんの「争議あり 脚本家 荒井晴彦 全映画論集」が話題になった。全評論が一冊にまとまっているのは怖いものがある。丸裸を晒してる感じである。「荒井さん、娘にそうとう夢中だね」「奥さんの話題がなんで全然出てこないの」「娘さん結婚したら、おかしくなっちゃうんじゃないの」口さがないお喋り雀はさわがしき限りである。前夜祭の懇親会で、私は我が身にからめて、ちょっと娘さんの結婚の話題を出した。荒井さんは乗ってこなかった。想像するのもいやなのかもしれない。
 でも全映画論集っていいかもしれない。俺も定年になったら自費出版でやってみるか。「争議な
し 会社員 周磨要 全映画論集」なんちゃって。「映画評論」「キネマ旬報」「映画芸術」に掲載されたのを集めれば、荒井さんまでにはいかないが、かなりのボリュームになるはずだ。ミニコミ誌まで入れたら相当膨大になるだろう。
 ただ、投稿の掲載原稿だけを集めるというのも、どうかなと思う。自分が書きたいもの・是非伝えたいものが没になるのは珍しくない。「皆月」評なんて舌足らずなものが掲載されて、荒井さんにお叱りを受けて、縁ができたなんて奇妙なこともある。だけど「争議なし 会社員 周磨要 全映画論集」ってパロディとしては面白そうだなあ。
 私の身軽さの話題にもどる。映画への愛が強いと、家族から嫉妬を受けるということなのだろう。家内が生きている時に言いあった。「映画と私とどっちが大事なの?」「そういう次元の問題じゃないでしょう」でも、映画三昧に狂うということは、身近な人間の嫉妬を受けるのはまちがいなかろう。そして、私には嫉妬する者はいない。お彼岸の時は、両家の親と家内と墓参りを3軒はしごしなければならない慌しさだが、生きてて嫉妬されてブツブツ言われず、何の気兼ねもなく映画三昧にのめりこめるのだから、そのあたりは良しとしよう。でも、嫉妬する者がいないという寂しさとの引き替えでもある。
 湯布院の地に立つと、毎年奇妙な感慨に襲われる。今年も出会いが広がり人の輪が広がった。その度に思う。これは、本来私には存在しえなかった空間のはずなのだ。
 1999年、妻を喪っての初めての夏休みの傷心旅行に私は湯布院映画祭を選んだ。それがなければ多分、湯布院映画祭への参加は、一生考えなかったような気がする。映画は嫌いじゃないとはいえ、映画狂ではない妻に5泊6日を共にしようと誘うことは考えられないし、まして単独参加などは想像の外だ。いろいろな条件をクリアして5泊6日に参加している常連の方々は、「火宅の人」を背負って当然だろう。毎年、仲睦まじく参加されているK夫妻は、ほとんど例外である。
 湯布院がなければ、私の空間に荒井晴彦さんはいない。「映画芸術」からピンク映画界への縁もない。湯布院を基点にどんどん広がっている人の輪もいっさいない。それらは家内の死と引き替えに存在しているものなのだ。
 冒頭のバストラブルにもどる。このように、何かを失っても何かを得たということで、その大小に関わりなく、人は前向きに生きていくしかないということだろう。(それなら「フラガール」をあんなにけなすなよ、と言われそうだが、それは別。自分の人生は見方を強引にねじまげても、納得させ生きていかざるをえないが、夢を見損なわせた映画に対し強引に自分を納得させて夢観るわけにはいかないのです)

 今年の「湯布院映画祭日記」、これで終わります。来年もステキな出会いをください。
●ぼくら新聞舎より
 2006年の「周磨要の湯布院日記」も、無事完結いたしました。ご愛読の皆様、周磨さん、お疲れ様でした。尚、「周磨要の映画三昧日記」「周磨要のピンク映画カタログ」は引き続き、好評掲載中です。そちらの方もご覧戴きますよう、宜しくお願いします。(2006.9.24)


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