<<<2001年11月25日日曜日>>>
<<<2002年9月25日水曜日>>>
「 My Sonは、すっかり観光地! 」
My Son の近況について。
びっくりです。
すっかり観光地となっていました。
木に似せた作りのコンクリートの橋や、所々には同じ作りのベンチやイスまであり、
おまけにきちんとグループ別の標識まで立っていました。
もっとも、建築物そのものは同じ状態でした。
それと、入り口のところにある食堂(?)も、そのまま。
ここは、あまり変わって欲しくない所ではあります。
<<<2003年2月2日日曜日>>>
今年の正月休みに、久しぶりにダナンのチャム博物館を訪れた。
少し時間があり、ダナン市北のダトラコホテルからこの博物館を経て、ティエンティンホテルの横を通り過ぎ、そこを起点にUターンして帰路についたのだが、ここダナンの市内は、ゆっくり落ち着ける観光地というのが少ない。フエは、王宮やティエンムー寺など、静かにそこの雰囲気を堪能出来る場所があるのだが・・・
今回、館内の売店で、「海のシルクロード チャンパ王国の遺跡と文化」 財団法人トヨタ財団と 「CHAM ART」EMMANUEL GUILLON の2冊を購入。
むちゃくちゃ高い。2冊で150USD。売り子のお姉さん達も、「これは超高いから、こっちのコピーにしなさい。これなら、20USD。」と
勧めてくれたのだが、コピーでは納得いくわけもなく、今は本棚の中。
やはり、それだけの価値はある。詳細にわたり説明されている。皆さんも是非、この博物館を訪れた時には、財布のひもをゆるめましょ。
それと、今回も大量に写真を撮ってきましたので、追々紹介いたします。
<<<2003年2月15日土曜日>>>
<<<2003年5月17日土曜日>>>
行きそびれた!
ダナンのTVでも、ミーソンの特番をやっていて、何か発掘している様子。行くぞー、
と決めていたのに、ダラットからの帰路、
我が相棒Diemの、「ホーチミンで1泊したい」との突然の予定変更を受け入れたが為に、時間的余裕が無くなってしまった。
既に入手していたツアーのパンフにも、group K,L,M,N との記載あり。ああ、後悔・・・
<<<2003年10月2日木曜日>>>
暑いはずだ。影がない。久しぶりのミーソン。ミーソンまで(!)の道は整備され、
しかもマツダでクーラー付き。快適だった。遺跡入口の橋は、張りぼての豪華な橋になっていた。立派な郵便局まで建っていた。こんなところに、なんで?と思うくらいの豪華な郵便局。やっぱり、日本のお役所仕事と同じ感覚なのかなあ。地区共産党の考えることって。
で、肝心の遺跡群はどうかというと、新たに公開された遺跡群の標識もなく、まして、地図もない。
一番肝心な物に気配りがない。チケット売り場で、「地図はないか?」と聞くと「本屋で買え。」という。
何かが違う。再認識。まっ、これの繰り返しなんだけど・・・
相変わらずのMAP。まず、これをどうにかしてくれーーー。肝心の新たに公開された遺跡群が、さっぱりわからん!
新たに公開された遺跡群の中で、最大規模の棟。
こちらは、逆に最も小さい棟。
グループ何?ホントに教えて!
この写真では、解らないかもしれないが、ひとつひとつにクレジットがされている。
ミーソン遺跡群のなかで、1、2位を争う綺麗なヨニとリンガ。
Gグループ付近から永遠と続く小道。そこから少し獣道を入ると・・・そこには、やっと見つけることが出来たK棟がありました。最初は通り過ぎてしまい、休憩所にいた従業員に聞いてようやく御対面。この小道がくせ者。道の回りに植林がしてあり、風が入ってこないのだ。猛烈に暑い。もうみんなバテバテで、下向いて歩いていたので、そりゃ、見つかる訳ないっつーの。
<<<2005年6月5日日曜日>>>
ミーソン資料館がオープン。早速、行ってきました。
入り口ちょっと手前に建設中の、名前は、確か「チャンパ ビレッジ」だった、かな(?)
すっかり整備された道。
本格的に修復中の、グループEの1棟。
各棟には、このような、インフォメーション プレートが置かれていた。
前回訪ねたときには、背も低く、風も通らず、なんぎした道もこのように育ち、日よけとともに風も良く通り、快適な道になっていた。
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