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<<<2005年8月24日水曜日>>>
 マンゴスチン。こんなに旨い果物があったなんて、知らなかった。いままで、手にとってはみたものの、 汚い紫色の堅い果実には、触手が向かわなかった。死ぬ前に食べるものは、、メロンと決めていたが、この 「果実の女王」に鞍替えだ。
 このマンゴスチン。日本だとかなり高価なものらしい。ベトナムでは、1キロ100円ほどで買えてしまう。 また食べに行くぞ、待っててね、女王様。



<<<2005年6月5日日曜日>>>
* http://viet-jo.com/ ベトナムの最新情報は、ここが今お薦め。
 ここの情報によると、なんと、ダナンで全長20kmの市内路面電車建設を計画しているらしい。

 すっかりお馴染みになった、ポリマー製の紙幣についての情報は・・・
* http://www.securency.com.au/ 世界のポリマー製紙幣の原料供給・製造会社
* http://www.polymernotes.org/articles/NPL_article_prosofplastic.htm 世界のポリマー製紙幣の情報は、ここがベスト。
 なんて探していたら、
* http://www.pagescoinsandcurrency.com/index.php ここでそのお金が買えます。



<<<2005年6月5日日曜日>>>
 チャンパのページに、ミーソン資料館を追加しました。皆さんの、ご来館をお待ちしております。



<<<2005年5月28日土曜日>>>
 マイレージカードが、SからGになっちゃった。Gold Cardなんて持ったこと無いので、ちょっとうれしい。 でも、12ヶ月の期限付き。この機会に、1回は、あのVIP Roomを、利用してみたい。
 さて、今年の5月のダナン。太陽が痛かった。久しぶりに、ミーソンをバイタクで訪問。
 3日後には、顔がつっぱり始め、バリバリッと皮がむけた、というよりはがれ落ちた。 頭皮部分も、毛穴部分の小さい穴を形取り、ベロッと。
 なにより応えたのは、もうバイタクに乗るような年ではないと言うことを、骨身にしみたこと。
 日差しに耐えられない。軽いバウンドでも、腰に激痛。で、ホテルに着いたときには、ほとんど限界。 運ちゃんからのサッカー観戦のお誘いにも、応じることが出来なかった。情けなー。

2005年1月の劇場

 今年1月の劇場。

 そして、5月の劇場。年末までに完成か?外観は、やっぱり丸いかんじなのかなぁ。たのしみですね。

2005年5月の劇場
ダナン大学の新校舎も建築中

 ダナン大学も、新校舎を増築中。フエ大学に比べると、もともと大きかったのだが、さらにその規模は広がりそう。  右横の丸いカーブは、あたらしい高校の校舎の一部。やはり丸い。

 こちらが、その高校の側面。屋根のカーブが、関空を思い出させます。

新しい高校の側面
1月のスタジアム

 これは、1月のスタジアム。5月には既に完成済みで、バイクタクシーの運ちゃんたちが、ダナンvsサイゴンのサッカーの試合に燃えてました。地元意識が異常に強いので、サッカーは、格好の娯楽だろう。おれが、チケット代払うからというお誘いを断ってしまったのは、残念だった。理由は、チャンパのコーナーで。

 コン市場の近くにも、こんな大きなホテル?が建つようだ。

コン市場の近くにも




<<<2005年3月19日土曜日>>>

「 ベトナム 原発導入本腰 17年ごろ開始目指す (朝日新聞 2005.3.18付) 」
 そこに、いっちゃうの?今時、それはないだろう・・・
 以前から気になっていた、ベトナムの電力不足。
 「東南アジアでは、インドネシアが90年代に原発建設を計画したが反対運動などで頓挫。 2年ほど前から復活の動きがありベトナムと同じころの運転開始を目指している。」ということだ。
 確かに、ベトナム理工系のエリートにとって、原発は作ってみたい"おもちゃの一つ"なのだろう。 風力発電のでっかい扇風機では・・・
 しかし、放射能廃棄物の管理・維持はどうするつもりなのだろうか?この危険な"贈り物"を保管していくだけの 甲斐性があるとは思えない。
 「発電能力の約6割を担う水力発電と、石炭や天然ガスによる火力発電を最大限に開発しても、15年ごろには ラオス、中国、カンボジアなどから電力を輸入せざるを得ない見通しだ。」としている。
 この原発技術だが、日本の企業も売り込んでいるそうだ。全く無責任な話である。 自分の庭の原発もろくに管理できないくせに!
 今後の動向次第では、ベトナム人民に日本での原発故の証拠などを、ドンドン紹介していこうかなあ、 などとも思ってしまう。その行方を、見守りたい。



<<<2005年3月14日月曜日>>>
 3/12 TBS「世界ふしぎ発見」は、ご覧になったでしょうか?奈良時代に渡来したチャンパ人については、 司馬遼太郎の「人間の集団について」(中公文庫)にも記述があるので、参考にされたし。



<<<2005年1月29日土曜日>>>
 昨年8月に撮った、タン・ソン・ニャット空港国内線ロビーのトイレ。
 国際線からの乗り換えも、一旦外へ出ないといけないことは代わりないが、すぐ横に入り口が移動して、幾分 移動しやすくなった。帰りも、外へは出るが建物の横に通路があり、雨にあたらずに済みそうだ。 ちょうどロビー全体も改修工事中で、トイレも新しくなっていた。
 でも、この発想の違い・・・。

トイレタンク

 まだ便座も付いていて、とっても綺麗なのである。ちょっと写真では解りにくいが、赤い矢印に注目!

 6L?3L???日本で、ちょっと前だと大・小。これは文字通りなのだが、小の時に大は使わないだろう。でも、リットルでこられるとなあ。なんか曖昧。なんて考えていると、出るものも出なくなっちゃう?

問題部分の拡大




<<<2005年1月16日(日)>>>
 ダナンの"プリクラ"情報!ベトナムで起業をお考えのあなた。これで儲けよう!
 バイトーマーケットにも、ほとんど使い物にならないような初期型のプリクラマシンは存在するのだが、 もっと良いところがあると言って、連れて行かれたところが、下のショップ。

プリクラshop

 写真では、ちょっと暗くて、中の様子がわからないが、若い女の子たちでいっぱい。しかも次から次とバイクで駆けつけてくる。

 住所は、ここ。

住所
背景の選択

 これらのシートから、背景を選択。かなりの数だ。台湾か、中国からのものらしい。番号を選択、メモしたものを店員さんへ渡す。

 なんと、マシンは、PCでした。このお店には、2台。もちろんフル稼働中だった。

パソコン




<<<2005年1月9日日曜日>>>

「 国内線は、てんやわんや・・・ 」
 走れー!国内線の搭乗は、待ち時間なし。その顛末。
 予定では、行きのホーチミン到着が13:55で、ダナン行き出発時刻が、20:00。 待つことを覚悟して、ホーチミンに到着。が、ドメスティックへ行くと、前の便VN324 15:50発があるではないか。 もう既に15:15。受付カウンターに並び、変更したいと伝えると、「チェックカウンターに行ってくれ」とのこと。やばい、もう 15:25。チェックカウンターに行くと、「5分待ってくれ」と言って、なにやら話してる。「可能なの?」に、5本指。 再び受け付けカウンターへ。そこへ、子供ずれのベトナム人が割り込んでくる。もう待てない。 「急がないといけないんだけど」といって、逆割り込みをかける。シートに座ったときには、既に出発時刻を過ぎていた。
そして、帰り。タクシーから出発ロビーを見ると、なにやら静か。やばい雰囲気。案の定、カウンターへ行くと、「おそい!」 と日本語で言われてしまった。なんと、出発まで15分。「え!?」である。出発は、20:35のはず。リコンファームもしてある。 けど、出発時刻は、19:40。やはり、「え?!」である。すぐにチェックインして、機内に駆け込む。旅行会社から送られてきたチケットを見ると、 出発時間が、なんと19:40。が、案内状の時刻が、20:35になっていたのだ。気づくのが遅かった。結局、今回泊まったホテルfaifoホテルが、 空港から近かったことと、19:30に予約しておいたタクシーが、早めに来たことが幸いした。
 ということで、ベトナムの国内線は、搭乗機が飛んでなければ大丈夫。と言う感じでしょうか。どうにかなるものらしい。
 どうにもならないのは、走ったあとの動悸息切れでした。やれやれ・・・



<<<2005年1月8日土曜日>>>
 ベトナムでのお正月。相変わらずサンタさんと一緒。テトまで、居座っているつもり。
 いやー、すんごく、寒かったです。セーターまで買ってしまいました。いままで、ベトナムでは、自分の衣料品を 買ったことが無かったのですが、ここダナンにも、ついに「GAP」がオープン(!)と思わせるくらい センスが良かったので、買ってしまいました。239.000VND。場所は、元SMDの隣。一度寄ってみてください。 ベトナムも、ここまできたか・・・と思ってしまいます。
 まずは、第一報でした。では、今年もよろしくお願いいたします。



<<<2004年9月11日土曜日>>>
 「うえーー!」朝の第一声。
 昨晩飲み残した7upのコップにアリンコがわんさか・・・
 これでも、ベトナム初心者ではないので、果物の皮などの残りは、ビニール袋に」しっかりと封をし捨てていた。 のだが・・・まさか7upまでとは。
 やはり、ベトナムでまず必要なのは、アリンコ対策だ。と実感した瞬間であった。
 こうなったら、このアリンコたちの生態をじっくり観察したいものである。いったいどこから???なのだ。 まず偵察隊がくるはずだ。そいつが来てから、どれくらいで大部隊が到着するのか。 人の往来を眺めつつ、暇をつぶすのにはもってこいなのだ。ここベトナムは。
 と言いつつも、今は暇がない。ごねんね。アリンコさんたち。と思いつつ外出したのでありました。
 ところが、なんと数日後、あの有名なベトナム情報誌「SKETCH」を拝見する機会があったのだが、ありましたよ、 アリンコの話が。なんと奴らは、炊飯器の蒸気の出口からも侵入するらしい。あっぱれであるぞ、我がアリンコ部隊。
 いつから見方になったんじゃーー??
 なんて、バックナンバーを読み続けていると、銀行口座のことも載っていた。どうやら、人それぞれらしい。 ってことは、人を見て決めてんのか、てめえら!(ごめんあそばせ。)わたくし、そんなに人相悪いかしら? それとも裏がありそう?秘密のにおいのする人って、わたし好きよ。じゃなくて、なんでもいいから、口座をちょうだーーーい。
 でした。



<<<2004年9月4日土曜日>>>
 危ないところだった。帰国日、ダナンからのハノイ便が19時から22時に時間変更。 それでは、成田行きがアウト。13時にvietnam airlineでの確認にで発覚。 出発が早くなると困るので、念のためにチェックしたらこの始末。残る便が14時。急いでホテルをチェックアウト。 空港が近くて良かった。これが、サイゴンやハノイだと思うと、冷や汗たらり・・・でも、これで帰れなかったら、 ずっといなさいってこと?なのかなと、自分の都合の良いような空想も。
 やっと、帰国からの第一報。続きは、いつになることやら・・・



<<<2004年6月6日(日)>>>

banh da cua
 むっ!のどを通らない。まっずーーー!
 他にもいっぱいあったのに、これが一番おいしいって、あなたは言いましたよね。
 お土産用に買った10あまりのパッケージ。各家庭で悲惨なことになっていることだろう。
 お好みに応じて、という感じで入っている蟹肉の乾燥したやつが、凶だ!
 おいしい蟹を、なんでこんなにまで不味くするかなあ。
 たぶんホーチミンにも売ってることでしょう。是非、お試しあれ!




<<<2004年5月30日(日)>>>
 銀行口座は、作れなかった。
 支店長?室まで連れて行かれて、お伺いしたところ、犯罪の温床になる可能性があるので、 旅行者は、ダメということだった。まあ、妥当なところだろう。ちょっと期待はしていたのだが・・・残念。



<<<2004年5月23日(日)>>>
 カフェサイゴンの2004-05-21付けメールマガジンによると、 『ベトナム中部ダナン市の観光局によると、 現在ダナンと日本を直行便で結ぶ計画が準備されているということです。 ベトナム中部と日本の経済的結びつきを強化すること、と共に観光客の増大を計るのが目的だそうです。』
 と言うことです。大リゾート計画に加え、直行便の就航が実現すると、ダナンも一気に観光地。
 でも、街の雰囲気も変わちゃうんだろうなー。いまのローカルなところが、結構好きなんだけど・・・



<<<2004年5月20日(木)>>>
 ダナンが、凄いことになるらしい。
 詳しくは、 HOTNAM。
 2004/05/01付けの「SAIGON」にも、掲載あり。こりゃ、本物だぞ!
 って、日本人的には、思ってしまうのだが・・・果たして。



<<<2004年5月16日(日)>>>
 ベトナムでも「韓流」衰えず。ちょうど滞在中にTVで「オール・イン」が始まり、他にもリュ・シウォンの出演している ドラマを1本(題名解らず・・・)見ることが出来た。BAI THO MARTに新しくできた映画館でも、 「マドレーヌ」に続き、「クラシック」を上映中だった。

eiyuu

 これは、中国映画。

 これを、映画館で、もう一度観たかったのだが・・・

クラシック
just_married

 帰国日のちょっと空いた時間を利用してだったので、こっちを観ました。観客は、カップル1組、公安一人、おじさん一人、と私たち。

 新しくできた映画館だったので、いわゆる"もぎり"ではなく,PCで管理してました。料金は、約200円。学生は、半額だそうである。

チケット

<<<2004年5月15日(土)>>>
 まずは、驚きのお札から。
 使わないことを強く確認して、Diemに贈呈。僕が貰ったものといえば、いやに軽い2000dong硬貨でした。 なんか、割あわないなー。

5000vnd
 これが、新5万ドン札だ!
 と、思わず!マークを付けずにはいられない。
 コレクターにはたまらないだろうなー。
5000vnd
 斬新なお札でも、やっぱり Bac Ho なのです。
5000vnd
 ほーら、両サイドのところが透けてるでしょ。
 紙との境目がない!
 これの偽札はちょっと作れないでしょう。




<<<2004年5月12日(水)>>>
 ゴールデンウィークを利用して、久しぶりのベトナム。
 帰国前の、ホーチミン。「荷物を持ってくれ」、「運んでくれ」、「ここでいいのか?」(たぶん)、 など、やたらとベトナム人に声をかけられる。なにか、臭ってる?でも、ベトナム人では 珍しい、あごひげもあるしー。どうみてもベトナム人には見えないはずなんだけど・・・
 なんで、ベトナム語で話しかけてくるの?ちょっと、いや、だいぶ不思議。
 てなわけで、今回の顛末は、ぼちぼちと。


<<<2004年2月8日日曜日>>>
 結構、核心突いてるぞ!この本は。って、どの本?
 『ハノイの純情、サイゴンの夢』神田憲之 講談社文庫、なのです。
 流し目のS大物俳優・ピースボート・駐在員の話には、キレました。
 あとがきに書いてあった言葉、「ベトナムには、うかつに近寄るな!」にしみじみ・・・。
 ぼくも、これ以上近づくと飲み込まれそうだなあ、なんて思いつつ、最近の"当たり"の本でした。
 で、性懲りもなく5月連休ののチケット、予約しちゃいました。



<<<2003年12月14日日曜日>>>
 祝!ビザ免除!!
 なんだけど・・・素直に喜べない。
 だって、行く予定無いんだもーん。



<<<2003年11月8日土曜日>>>

しんちゃん
 んんんんー、実にレアーだ!
 残念なことに、写真のみ。どんな味なんだー。




<<<2003年10月24日金曜日>>>
 10月22日付、朝日新聞から。「初の米艦入港へ ベトナムのファム・バン・チャー国防相は、21日、ハノイで記者会見し、 11月に同国の国防相として初めて訪米するほか、75年のベトナム戦争終結後初めて米海軍の艦船が年内にホーチミン港に寄港することを明らかにした。」
 でも、なぜ?両国の思惑は?である。
 それにしても、ビザの件は、いったいどうなったんだろう。やっぱりベトナムだー。つい真に受けてしまう日本人、ここにあり。



<<<2003年10月4日土曜日>>>
 10月3日付け朝日新聞によると、ファン・バン・カイ首相が日本人観光客に対してビザを免除すると決定した、ということだ。
 ようやく!という所だが、今度は本当らしい。ハノイの観光局筋によれば、11日にも実施される公算が大きいそうだ。ベトナム航空のマイレージサービスの開始も含め、ホットなニュースが続く。
 と思っていたら、更に!4日の朝刊では、南シナ海のスプラトリー(ベトナム名・チュオンサ)諸島を近く国内外の観光客に開放することを政府決定したそうである。しかし、この諸島、中国も領有を主張しているため、どうなることやら。



<<<2003年9月14日日曜日>>>
 Chua Thien Mu(ティエン・ムー寺)では、いつも何かがある。
 前回訪れたときには、voice of Vietnam のインタビューを受け、今回は、収穫祭(?)のようなお祭りなのか、 檀家の皆さんのための集まりなのか、また貴重な体験をすることが出来ました。

札

 まず、この札を戴き、胸に付けた。直訳すると、「季節は、考を告げる」。(たぶん・・・) 両親が生存している人は、ピンクで、すでに亡くなってしまった人は、白ということでした。

 そして、精進料理の昼食をごちそうになった。量も種類もたくさん。 施し




<<<2003年9月9日火曜日>>>
 

 今日の話題は、お薬について。ベトナム滞在2日目くらいから娘に汗疹が出来、日に日に悪化。 近所の薬局で購入した物がコレ。ベトナムで売っている「made in Indonsia」。んーー、十分怪しい。 そして数日後、なんか効き過ぎ・・・更に怪しい。副作用が心配だったけど、どうやら大丈夫みたい。 薬は、怪しいくらいの方がいいんじゃない。自分の身体じゃないしね、と全くなんちゅうオヤジなんやろ。

汗疹の薬



<<<2003年9月6日土曜日>>>
 とうとう切れてしまった。
 なにがって。バイクタクシー・シクロのひつこいこと。 ひとり、あるいは、Diemと一緒に歩いているときには、まったく感じなかったことではある。 が、今回、娘と2人で歩いているとすぐに寄ってくる。 「khong!」なんて効きやしない。市場や立ち寄る店まで入ってきて、あーでもない、こーでもない、と言ってくる、 「うざいんだよ!」反切れ状態。(もちろん、ここ英語でね。こんな高級な、ベトナム語は、わかりましぇーん。)
 でもだめだー。こんなこっちゃ、だだでさえも、ダナンまで足をのばす日本人は少ないのに、 リピーターなんて望めない。「ばかやろー!」あの時に言えなかったことば、今ここで。んーー、弱虫!!

 

 で、ダナンがいやになったらフエ。ということで、ここへ行けば、エアコン付き大型バスで3ドル。安いっしょ。

camel travel



<<<2003年9月5日金曜日>>>
 "コナン"の銀行、新しくオープン?( 前からあったかもしれないけど、私にとっては、新しい。)
 ほんとの名前は、SACOMBANK 。場所は、202 HOANG DIEU St.。
 で、なぜ、"コナン"なのかというと、受付の綺麗なお姉さん達の机の上はもちろんのこと、 支店長室と思われる部屋の机の上にも、"コナン"のノートが鎮座しているからなのです。
 口座を作ると、コナンの通帳とキャッシュカードなのかなあ。 旅行者でも、ドル建てで口座を作ることが出来るみたいなので、今度、挑戦してみよっと。
 でも、ここはベトナム、"コナン"のノートなんて、みーんなコピーで、キャッシュカードなんか無いよーの世界なのかも。 どっちでも良いけど、なんかすんごいローカルな楽しみだなー。



<<<2003年8月30日土曜日>>>
 PhongNha KeBang 洞窟のページをニューリリース。
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<<<2003年8月28日木曜日>>>
 8月27日、朝日新聞より。
 『ベトナム北部 投資加速』と大見出し。-----中国南部に隣接 分業化で利点、 低賃金 日本の季語湯も注目-----とつづく。
 頭では、「ベトナム北部のハノイ周辺地域に対して、日本などからの海外投資が動き始めた。部品の調達や商品の調達にあたり、現地の安いコストと、中国・広東省などの華南地域に隣接する地の利が注目されている。中国の一大生産基地、華南は国境を越えて膨張しつつある。」と紹介されている。中国経済の発展に牽引される形ではあるが、ハノイ政府にとっては、チャンス到来ではないだろうか。果たしてモノに出来るのか・・・



<<<2003年8月27日水曜日>>>
 それだけは、堪忍!
 Diemのお母さんにお土産にもらった、エビの発酵食品。
 おもわず、お母さんの足下にひざまずき、"どうか、それだけは・・・"と叫びたくなるような、 そんな気持ちでした。ヌックマムは、今では必需品。エビのそれも、あの気候・環境の中では、 どうにかのどを通ってくれるようにはなってきた。
 が、ここ日本の閉めきった部屋の中、ああ、もうだめ。お母さん!ごめんなさい! あなたの好意を・・・あたしを地獄へ葬って!
 かなり、日本語の分かるようになってきたDiemが読んだら、拳骨が飛んできそう・・・



<<<2003年8月24日日曜日>>>
 だいぶ、ベトナムのページが重くなってきてしまったようなので、構成変更しました。いままでのページへは、 過去ページのリンクから入ってくださいね。
 もう既に帰国後、1週間が過ぎてしまいました。只今、忘れないうちにと、小ネタをすこしずつエディタの方へ貯めています。 今年の冬は、寝正月を決め込んでいますので、いっぺんに放出してしまうと、更新できなくなってしまいます。 あしからず、ご勘弁を。
 ただ、Phong Nha-Ke Bang のレポートは、早めにと思っています。ので、乞うご期待。してもらっても困るかなー。 あまり、きっちりとした情報ではないので・・・



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