2003/11/4
 僕は結構、内向的な性格で、対人関係もあんまりうまくやれない系の人間なのだが、世の中の大半の人は友達がいない人なわけで、友達がいないことを気にしているうちはまだまだ子供なんだと思いたいわけで。だって、仕事してたら忙しくて遊んでる時間なんかないじゃん。結婚してたら、家族ほったらかして友達と遊んでられないじゃん。ってなことを考えてたら、別に一人で居ることが苦痛でなくなりましたとさ。でも、なんか、思考が同じところをぐるぐる堂々巡りしているような感じがして、誰かと対話することの重要性を確かめたくなる時があるのが、なんか不思議な感じです。今日は、これでおしまい。

2003/11/5
 最近、超絶美人を見ました。こんなきれいな人と付き合えたら死んでもいい!と思わず叫びたくなるような人でした。でもね、やっぱり彼氏がいましたとさ。今日判明しました、あーぁホント首吊って死にたいれす。さっさと男と別れて、おいらと付き合ってくださいとまじでいいたい。俺と付き合わないなんて、ホント人生損してるぜ。 なんか、今日はちょっと人付き合いが上手くできるようになったかもという錯覚に陥っている罠。ここ3日ぐらいある郵便物が届くのをずっと待っているのだが、なかなか到着しない。なんか、恋人からの便りが届いていないか毎日ポストをチェックしてる、昔の人の気持ちがわかる気がする。早くとどかないかなぁ。ポストマン早く来てくれー!
 友人がある日突然死ぬってことは以外とあっさりしたことかもしれない…なんてことを思った一日でした。あー、人生ってなんだろね、まったく。U君は彼女に振られて凹んでたのかなぁ、まったく心配だねぇい。

2003/11/6
 論文をダラダラ読んでたら、ふとこの前バスでであったカップルのことを思い出した。男は、K大学の博士課程の学生で、女は、中国からの留学生ですっげー美人(^〜^)だった。どうやら、男の実家に博士論文の出来上がりを報告に行ったのだろう(ついでに結婚の報告もって感じだった)。母親らしき人が、バスの終着駅にまで、迎えに来ていて、男:「母さん、これで俺も一人前の学者だよ!」母:「あんた、よくがんばったね、××さんも、わざわざ遠くからきていただいて、こんな息子ですがよろしくお願いします。」女:「いえいえ、そんな、私こそ、○○さんに頼りっぱなしで、…(以下略)。」って感じの会話が繰り広げられていた。学者を目指す男と、中国からの留学生の女、苦学を共にするうちに、二人には愛が芽生えたのだろうか、なんか、二人を見ていて美しいものを見たなと思いました。ドラマだぜ、まったく。ひぇー、俺もそんな恋がしてぇや。

2003/11/10
P2P(peer to peer?)とか言う技術なくしては、ファイル共有ソフトは生まれなかったとか何とかいっちゃってるわけですが、正直素人なんでわかりません。ファイル共有ソフトっていっても回線遅いと魅力半分だしな。一曲落とすのに一時間近くかかるなんて終わってる!ってなわけで、あんまりファイル共有ソフト使ってません。この前CDを整理するために700枚収納の棚を買ったら、もうすで埋まってしまった。めったに新品は買わないけど、CDのワゴンセールとか、マニアックなCDの価値を分かってない中古屋とかで、買い漁ってしまうんだよな…。…で、そのあとCDを家にこもって聞くわけ。でも、悲しいかな。あんまり耳がよくないから、コード進行とかまでは、わからないんだよね。リズム的な遊びとか、構成は聞き取れるんだけどなぁ。やっぱ、耳が良くないとなんか、損してるよなぁ。あー、相対音感欲しいわ。でも、一番の問題は金がないってこと。だから、ファイル共有ソフトは使いたいんだよね。欲しいCDは絶対買うけど。フランク・ザッパのCDは集めたい。

2003/11/11
 「自殺の文学史」という本を今読んでいる。とても面白い。作家の自殺に焦点を当てているのだが、古今東西の自殺した作家の小事典といった感じにしあがっているのだ。もちろん、太宰や芥川も出てくる。ヘミングウェイも自殺してるんですね。知らなかった。面白いのが、WHOの統計で、自殺のバリエーションが載ってるらしい。80通りの死に方があるんだって。とりあえず、刺激的な本です。社会に対して毒を吐くことも作家の一つの役割です。教養があって、金・時間などの面で裕福な人に、自殺が多いんだってさ。エミール・デュルケムの説なんかも、載ってました。文字の持つ可能性ってやっぱり無視できないですな。パソコン上で、ギターやベース・ピアノ・マイクをつなげばボーカルや、管楽器なんかも録音・編集できるなんて、世の中進歩したもんだ。でも、そう簡単に曲を書けないし、結局は使いこなせないのが、凡人の悲しいところ。でも、DAWのソフトはもっと、進化するんだろうなぁ。
 人生について考えてみる。自殺について考えてみる。僕は、アルベール・カミュのペストが結構好きで、今までに何回か読んでいるんだが、彼の作品は、人生は辛い、退屈、終わりがない、けど、それでも生きるのが人間だみてぇな諦めムードが、逆に未来への肯定になっていて、前に進む力を生んでいるような気がする。で、話は変わって、生きるためには何が必要か考えてみる。まず、金でしょう。資本主義の世の中なんだから、あって困るもんではない。なかったら、好きなこともできないし。少なくとも、あった方がいい。…そうなんです、僕が心配しているのは金のこと、今は親のスネをかじっているから、何の不自由もない生活を送っているけれど、そんなの自分で稼いだ金じゃないし、ただ、親の経済力に感謝するだけである。でも、社会的に大人であると認められるには、経済的にも、自立できなければならないなり。好きなことをやって、生きて行きたいってのは、おそらく、先進国において90%位の人がそう考えてるんじゃないだろうか。でも、実際好きなことをやれるのは、他人との競争に勝ち抜いて行けるだけの能力があり、また、彼らのやっている好きなことが、他人から評価され、必要とされるだけの価値があることに限られるのである。そこで、十代の時に抱いていた甘い夢を捨てて、現実との折衝を行い、日々の糧を得ることにするのである。僕はここに、矛盾を認めない。自分の能力に見切りをつける事も、判断力を持った大人の決断の一つである。社会的評価を求める生き方もそうでない生き方も、優劣をつけていい問題ではない。すくなくとも、円滑な人間社会を気づいていく上での暗黙の了解なのである。限りない欲望のなかで、自分と他人とで、どう折り合いをつけていくかが、生きていくっていうことではないだろうか。でも、年をとるにつれて、人間の可能性はちじまっていくっていうのは、悲しいかな事実なんだよな。僕に残された道は、社会の隙間を見つけて、そこから這い上がることだけだ。エリートの進む道は、もう数年前に閉ざされてしまったから…。あーあ、自分の選んだ結果とはいえ、寂しい人生送ってるな俺。若者の持つ最大の不運は、自分がもうすでに後戻りのできない状況に居ると勘違いしてしまうことである…。恐ろしくStupidな世界を見れば、生きていける勇気が湧いてくるさ!

11/15
 クリスマス・イブの日にライブやってくれっていう話があったんですが、バンドのメンバーが、都合悪いらしくてどうやら、お流れになりそう。お金貰えるし、いい話だったんだけどなぁ。そりゃ、女が居ったら、イブの日は都合悪いわ。でも、クリスマス・イブだから、恋人と一緒にすごさなければならないなんてこたぁないはずだぜ、べいべぇ!別のメンバーさがして、ライブしよっかな。しかし、自分の11/11日の日記は、悲観的だな。割り切って行こうぜ!人生、楽しまなきゃね。

11/16
 ドストエフスキーの罪と罰を一応読みました。最近ちょくちょく読んでいるのだがようやく読み終わりました。ラスコーリニコフやポルフィリーのような賢い人間になりたいと思いました。ソーニャ的な考えは周囲の人とうまくやるには最適だけど、ラスコーリニコフ的考えもできないといけないと思う。シニカルに徹底的に物事を疑ってかかる姿勢ができないと、世の中は理解できないのだ。おそらく、理解なんて誰にもできないことで、理解しようとする試み事態がナンセンスなんだろうけど、どうせわかりっこないという開き直りとそれでも理解しようとする態度が、合わさって始めて、愛すべき人間の姿になるのだろう。ドストエフスキーという作家は、トルストイと違って人間の感情の動きに焦点を当てた作品を書いているというが、彼の作品に散りばめられた恐るべき、観察力と表現力に僕は、圧倒された。やはり、プロはすげぇ、ロシアの誇る文豪すげぇ。三島由紀夫とかも、すげぇけど、やっぱり文豪ってすげぇ。一般人が生活のために、日々生きてるのと違って、作家ってやつは、ものを書いて日々の糧を得てるわけで、それなりに、社会的役割があるみたいですな。するどい、切り口で、毒を吐きまくる作品を作るってのは、天才にしかできないのだよ。凡人がやると、それは、ただの醜悪な出来事になってしまうからね。

11/18
 例えそれが周囲からは醜悪な出来事としてしか映らなくても、俺は表現することをやめない。表現自体が毒をばら撒くことなのだ、そうさ俺は毒なんだ。呪われた毒なんだよ。 
 恐ろしくStupidなことをしてしまった。あーあ、まぁ、くそくらえだぜ、そんなの構うか畜生。

2004.1/15
 ひゃっほう、ひさしぶりにWebを更新するぜ!まったく、くそったれだぜ、ちくしょう、世の中ってやつは。なぜって?そんなこともわからないのかい?結局エゴイズムなんすよすべてが。他人のことなんて。青い?ふふん?勝手にしやがれ!確かに、俺も他人のことなんかどうでもいいと思ってる。死にかけてても勝手に死んでくれと断言できるやつばっかりで、俺も結構他人に冷たいさ。しかし、問題はもし助けがほしいときに誰も助けてくれなかったら?ってことなんだよ。これがなかなか厄介な問題で、一見順風満帆なときはそんなこと微塵にも感じないんだ。ちょっと躓いたときにこれは困った、実は重大な問題なんだ誰かに助けを求めたいっていう風になるんだ。特に、人は自分の利益が絡むと他人のことなんてどうでもよくなる。これは、皮肉だね。痛烈な。普段、他人のことなんてどうでもいいといっていたやつらがいざ、窮地に立たされるとなんだそりゃって話なんだよな。まったく、醜悪な世の中だぜ。明らかに善人は損をするんだよ。規範を守ろうと努力する人間は馬鹿をみるんだ。で、結局おいしい目にあうのは、権力を持ってる人間なのさ。それって、結構ツライ事実でしょ?だから、そこらへんはやつらもばかじゃないから、甘い甘い砂糖を振り掛けてやるのさ。世間の現実ってやつに。まったく、踊らされている側も途中で同じあほならおどらにゃそんそんって感じで、思考することをやめるんだよ。まったく、悲しい現実だぜ。なによりも、悲しいのはいつから俺はこんな擦れた考えをするようになってしまったんだってことさ。まったく、はやく、くたばっちまえよ。。あぁ、負け犬根性だね。
 調子に乗ってきたので、もう一つ記述を続ける。最後に笑うのは誰かなんてことは興味がない。笑うのは最後じゃなくてもいい、普段からづっと笑っていたっていいと思う。ただ、最後に負けたやつは、シクシクと痛みを感じながら毎日をすごさなくちゃならないって、残酷な事実があるように思えるってことが、人々を競争に駆り立てているように思える。大切なのは何か?自分のやりたいことをすること。できるだけストレスを感じずに、毎日を過ごすこと。僕はそのように考える。老後が心配?もちろん、でも、生活の質を落とすことを考えてもいいんじゃないか?物持ちを良くして、出費を減らすって言う方向を考えてもいいんじゃないか?欲しい物って何だ?少なくとも物質的には豊かであるし、食うにも困らない。デジタル化の波が押し寄せてきて。どんどん、生活の利便性があがってきている。もちろん、それだけ生活の質を底上げしてくれるだけの技術力をささえる人々の存在があってこそなのだが、一般人の関心は、いいもんが食いたい、いい服が着たい、いい車に乗りたい、いい道具が欲しい、いい教育が受けたい、いい恋人が欲しい…で、殊勝な人は世界が平和でありますようにってことを祈るわけだ。僕もそう願いたい、もちろん現実に顔を背けて。現実を見てるやつは、あまりにそういったささやかな願いがナンセンスすぎてそんな馬鹿なことを口走ったりはしないだろうが…。本当にそう思ってるなら何か行動を起こせよっていう突っ込みを入れそうな気がする。さて、僕ならどうするか?とりあえず、金を集めるね。金はなんといっても万能だと思うから。愛だとか戦争反対とかそんな抽象的なこといったとしても、現実には物質面に支援することがもっとも、満たされると思うから。ま、でも真剣にそんなことを考えたことがないので、そういった、国際協力について真剣に考えてる人がいたらものすごい突っ込みを入れられるんだろうなと思うけど。…で話がまたまた、ずれてしまったので、元に戻そう。僕は、さっきずっと欲望の話をしていたんだった。で、何がいいたいかというと、エゴを突き通せるにも程度の問題があるってこと。きっと、人それぞれどこまでが、自然な欲求で、どこまでが卑しいエゴなのかという自分なりの線引きを持っていると僕は思う。それは、たぶん家庭環境であり、いままでの生活環境なのであろう。教育も含めて。たぶん、国際協力を叫ぶ人たちはその自分の卑しいエゴという感覚に敏感なんだろう。すべてにおいて俺が、俺が、って言う人はそういったエゴという感覚をあまり問題にしない幸せな人なんだろう。少し、自己分析になるが、おそらく僕は、エゴという問題について感覚が鋭いのだと思う。他人との争いをしてまで、望むものを手に入れたいとはあまり思わない。むしろ、譲ってやりたいと思う。そのことは、ただ、臆病なだけでは?…という分析も可能であろうが、僕は、そうは思わない。っていうかそう思いたくない。そう思える人の残酷さを呪いたい。醜悪さを非難したい。根拠は結局のところ、現段階では生理的な問題ということしかいえないのであろうが…。そこらへんは、現段階では自らの不勉強を呪うしかないみたいだ。いつか、そのような問題について演繹的な議論を述べてみたいという気持ちはあるのだが…。で、また、自己分析の話に戻そうと思う。エゴをどこまで認めるかという、許容量に、その人の家庭環境や生い立ちがかかわってくるという仮説についてだったな。その許容量について教育という名を借りた強制・洗脳のプロセスによるものが大きいという解釈を僕は支持をしたいのだが、どうだろうか?どうだろうか?って、いったい誰に向かっての問いかけなのかも分からないが、(それを言い出すと、僕がここに記述してるってことさえも何の目的でやっていることなのかわからなくなってしまう。また、違った考察が必要になってくるのだろう。)そんなことはこの記述については本質的でないので置いておこう。で、自己分析、どうやら僕はその教育から、カトリック的禁欲主義もしくは奴隷道徳とも言っていいのであろうが、欲望の充足を第一義に考えた行動をとることに対して罪悪感を感じるようにプログラムされてしまっているようだ。僕は結構そういった呪縛から逃れたいと思っているのだが、結局いつも堂々巡りをしてしまう。最終的にはストレスを感じずに生活できていればいいのだという結論に達してそこから考えを深く掘り下げようとは思わないのだ。しかし、僕はそういったことを踏まえたうえで次のような考えを採用することにした。それは、「自由意志を認めない。すべては環境によって為される。」ということである。自由意志を認めないとはどういうことか?自らの力による状況の改善について徹底的に否定するのである。なんか、かいてて悲しくなってきた。努力は報われるって信じた方が、人生救われるかもしれんと思うようにした方が結果的にうまくいくんじゃないかという、甘い仮説を信じてみたくなる気持ちが沸いて出てくるっていうことはいったいどういうことを示しているのだろうか?誰か、頭のいい人解説してくれ。この迷える低脳に。
 僕に必要なこと、このぐちゃぐちゃの頭をきれいに整理してくれる頭脳明晰な方の存在かもしれないです。

もう一つ恋愛についての記述をしたい。男と女。誰かがセックスってのは結局粘膜と粘膜の擦れあいでしかないっていう風にいってたのだが、セックスって言う行為自体が、幸せを生むわけではないと僕も考える。人間を肉体と精神に分けて考えると、セックスにも肉体の感じるセックスと精神の感じるセックスとは別に考えられるということだ。しかし、実は言うと僕は精神も最終的には物質に還元できるとしたい立場である。なぜなら、物事を、理性の冷徹な目で僕の頭が正気を保てるところまで、見つめてみたい欲求があるからである。だいたい、精神っていうのはよくわからないものだから、いろいろと面倒な自体が付属して発生するから、そういった面倒な出来事は極力避けたいと自分は考える方だと思うから心身一元論を支持したい気持ちについては理解していて欲しい。で、セックスの話。やっぱり、生物学上の由緒正しいセックスってのは少なくとも、オスとメスがいないとできないわけで、さらにオスが、雄性配偶子、メスが雌性配偶子を生産する能力があってさらに、受精する能力があってっということまで、必要なわけである。しかし、人間に関して言えば、もっと多様なのは言うまでもないことなのである。だって、極論を言えば性別にかかわらず、棒と穴があればできるじゃないか(あくまで擬似セックスかもしれないが)。性行為には受精の能力も問われないはずだ。しかし、厳密な定義になるとちょっと怪しいが…(勉強不足ですみません)。セックスによる人間の得られる快楽という面では、どうやら、男も女も互いにお互いのことを大切に思っているほうが大きいと思う。セックスをしているときに、相手に対する偶像を抱くという行為が大きな快楽を生むのではないかという仮説を僕は熱狂的に支持したい。幻想というのは、人間の快楽においてかなり重要な因子であると僕は思う。たとえば、人を好きになるのも幻想に振り回された結果だし、他人から賞賛されるのも自己の能力の過信を生み出す幻想でしかないのだ。結局、全ては虚なんだ。家族の絆も虚なんだ。でも、必死にその絆を大切にしようとすることは、悪くない。それこそ、残酷な現実の前に投げ出された人間のほんのささやかな抵抗なんだ。それは、認めてあげるべきだ。結局、セックスでも何でも相手に対して幻想を抱けるかどうかが、快楽を生み出す原動力になりうるということが言いたかっただけです。だから、相手に対して幻想を抱けなければ、セックスの対象としては不適当といってしまってもいいと言い切っちゃってしまっていいのかどうかはわからないが、少なくともそういった考え方をすることもできるということは認めざる終えないだろうということが言いたかったのかもしれないです。予想される突っ込み>あなたにとっては結局気持ちよくなれるかなれないかってことが重要でしかないんですか?
 しかし、愛の形ってのも年齢とともに、変化していくんだろうな。そうしないとうまくいかないだろうな。人間も変化していくのだろうし。

2004/1/16 
 僕が、いまだに理解してていないこと、それは、論理学・社会学・法学・物理学・生物学・化学・経済学etc....たくさんありすぎて大変だ。昨日、文章を書きながら、頭の中を整理する時間がすなわちWebにアップロードするための時間なんだろうと思った。で、今日もこの世界の諸相についての考察を進めてみる。全てはロジックだ。ロジック、AがBでBがCならばAはCであるということへの全面的な信頼。言葉にすると陳腐だが。実際この言葉にこめられている意味は色々とある。まず、認識の問題として、ロジックに対するリテラシーがあるかないかということは実はものすごく重要なのである。理性的な動物という自負心がある人類にとっては避けては通れないのだ。…なにぶん今日という一日が僕に寒さを容赦なく打ち付けてくるため手が冷え潤滑な記述が滞ってしまっている。何とかしなければならない。
 デジカメを買った。コンパクトである。色もかっこいい。デジタル家電製品のもたらす一般庶民の欲望の充足のプロセスは、手放しに喜びたくなる衝動を刺激する。金さえあれば、技術者という名の奴隷が、富と名誉の為に身を粉にして働き開発してくれるのである。世の中うまく出来ている。あほでも金持ちならば全然オッケーなのである。自らの知性の欠如を金の力が充足してくれるのである。世の中金だ。では、世の中道楽したもん勝ちであろうか?そうなのである、ある価値観からすれば、圧倒的な勝利なのである。でも、この世界はなんと寛大なのであろうか、この世界の自称に対する解釈一般はなんと人間に与えられているのである。認識主体としての地位をなんと、自然はこともあろうに人間に与えたのである。いいこっちゃ、いいこっちゃ。話を元に戻すが、テクノロジーの進歩は人間の能力の外部化のプロセスであるといってもいいと思う。なぜなら、技術を持ち合わせていなくとも、ある一人の天才が一つのルーチンをプログラムさえすれば世界はそのとおりに動き出すのだから。
 いやー、ひでぇ文章だ、こりゃ。しかし、懲りずに、記述を続けたいと思う、がんばれ俺。
 言葉の遊びをしてみよう。君はたい焼きをすずめ。やっぱり明日はスパゲッティーとコンクリートの黒柳徹子だよな?だって夏目雅子は金曜日だろ?だからたい焼きをたこ焼き。。ってな感じの言葉遊びを出来る人間は鋭い感受性を持った人間である僕はと思う。

2004/1/21
 なんか悪意を感じるそれも町中の至る所から。うほほーい、世の中みんな敵なんだー。みんな嫌いだー。今日は六時間ほど単純労働に終始していました。ってのは英語の文書の和訳という単調作業、もちろん内容を味わって読んでいる時間などない。主語述語修飾語を見つけて、日本語に復元していくだけ。それをやっていて思った。なんか、パズルみたい。ウェブ上の翻訳エンジンというのを利用させてもらったが結構使える。技術的専門的な単語を登録してさえやれば、文法的には結構しっかり捕らえられるみたいなので(多少訳しかたに癖があるが)、単語力の問題じゃないかと思った。専門的な文章を人間が訳す場合には、読んでいる文章についての背景知識が存在するので言葉足らずな部分を自分の中で補ったり文章中の内容を別の言葉で言い換えることもできるのである。しかし、コンピューターの処理能力から行って、こういう時にはこう訳す、こういう時にはこう、こういうときにはこうというようなデータを蓄積してやればそんじょそこらの人では出来ないような日本語訳を生み出すことが出来るかもしれない。しかし、より良い日本語を求めているのではないく翻訳ソフトに求められているものは、翻訳スピードと文法的な正確さだとおもう。単語が意味不明でも文法だけはしっかりしてもらいたいものだ。文章として崩壊したものをわざわざ読みながら訂正・修復していくのはものすごく手間がかかることなのである。ソフトの開発者の人がんばってください。人間の幸福のためにがんばって開発してください。俺は、無力な人間です。たぶん人の役に立つことは何一つ出来ないと思います。理系のみなさんほんとがんばってください。
 やっぱり、俺は英語が好きみたい。言葉に対する興味は全然尽きない。といいつつ、Toeicのスコアとか恥ずかしくて人にあんまりいえないんだけど(700はあるんだけどね…)、やっぱりあほだな俺。

2004/1/22
 ホームページってのは、暇な人が作るみたい。で、忙しくなるとホームページの存在なんて忘れてしまって、どうでも良くなるみたい。ってことは、ただの時間の浪費じゃん。ほんとに忙しい人は、そんな時間ないってか。しかし、何もすることがない時間ってやつをどれだけ享受できるかが豊かさの一つの指標となると思うんですがいかかがかな。
最近彼女とメールをしてて、話題のマンネリ化が著しい。毎回毎回今日も寒いね、だぁ?お前は脳みそ足りんのか?…いえいえそんなことはこれっぽっちも思っておりませんよ。メールっていってもただ今日の出来事をだらだら書いて終わり、レスポンスも大して面白いわけじゃないし、これぞ時間の無駄って感じがする。そんな時間があったら、俺は好きなことを存分にやりたいよって思ったりするんですがいかがでしょうか?





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