プロフィール              



私たちが生まれ育った町『浪速町(なにわちょう)』は、古くから皮革産業が盛んな町で、靴やカバンなど、数多くの皮革製品が作られていました。かつては、町の至るところに、製品にするための牛の皮が干し積み上げられ、皮の臭いとともに、甲皮(こうひ)を叩く音が響き、夜遅くまで型抜き作業をする親の姿がありました。
また、浪速町は、『太鼓の町・浪速』と言われるほど、太鼓づくりが盛んな町でもあり、現在も3軒の太鼓屋さんが太鼓づくりを行っています.
そこで働く年配の職人さんの多くは、貧しさ故に学校にも行けず、子どもの頃から見よう見まねで太鼓づくりを覚え、生活のため、生きていくために太鼓づくりを続けてきました。そのような職人さんたちの手によって、太鼓は作り上げられてきました。
祭りなどで華やかに太鼓をたたく人たちが、伝統芸能、文化の継承者として賞賛を浴びる一方で、その太鼓の作り手である職人さんたちの功績が称えられることはありませんでした。
太鼓がこの町で作られるようになった厳しい時代背景の中、自らの仕事に誇りを持ち、技術を磨き、懸命に太鼓づくりに励んできた職人さんたちの功績が、偏見によって正当に評価されてこなかった事実こそ、部落差別だと私たちは捉えています。
だからこそ、世の中の全ての人々に対し、部落の伝統産業・文化を正しく認識していただけるように、また、伝統文化を自分たちの手に取り戻し『太鼓の音が響きわたる町に』という願いから地域の青年たちが中心となって、1987年10月に結成されました。
世の中の全ての差別に怒りをという思いから、太鼓集団「怒」と名づけられ、現在9名の若者たちが、自分たちの生きざまを太鼓を叩くことで表現し、『平和と人権』の大切さを人々の感性に訴えるべく、日々奮闘しています。

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