時の崖 上演に当たって
小説は考えて書くものではない。
書くことによって考える作業である。
同様に、舞台表現も、戯曲を元に演出されるものではなく、俳優を使って舞台空間に戯曲を作り出す作業のような気がしてならない。
つまり戯曲は舞台の出発点なのではなく到達点かも知れないということだ。
‥‥‥舞台は空間の底から徐々に育ち、形を予感し始めている。戯曲が完成するのはやはり開幕の日という事になるのだろうか。
ぼくはしだいに自分の舞台を、舞台によってしか語れなくなりはじめている。
考えてみると、小説の場合もやはり同じ事だ。
安部公房スタジオ
「水中都市」公演パンフレットより
倉庫で芝居をすること
どこといってかわりばえのない倉庫がその瞬間、この芝居を上演するにはもっとも適した、最高の空間に変貌している。
最大の理由は、そこに俳優がいるということ。俳優が、俳優としてそこに存在しているということ、それがすべてだ。たしかに元が倉庫なのだからいろいろと不都合もある。外を通る車の音はやかましいし、第一暖房も冷房もありはしない、暑いし寒いし五月蝿いこの空間で僕たちは芝居をしようと思う。ここが出発点だから、妥協はしない。あくまでも困難な状況から目を背けずに、また何回か公演が続けられたらと思う。いつもの事ながら、浜中さんには迷惑のかけ続けで本当に申し訳なく思う。こんな僕たちのちっぽけな公演に力を貸してくれた人達また足を運んでくれた人達に心からありがとう。
昭和47年2月7日生まれ
身長175cm
1994年無名塾入塾(東京出身)