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f+とf-
99.3.25
ファンタジーとホラーはもともと同じゴシック・ロマンやドイツ・ロマンに原点を持つ。ゴシック・ロマンの方が時代的に少々古い。現在ではホラーは、スリラーなどの犯罪小説も含むものになっているが、ここではそれらを除いた古典的なホラーを扱うことにする。
先に定義したfには、変位を起こす事象という定義はあったが、その変位がいかなる感情を読者に与えるか、どういった印象を喚起するかには触れていない。したがって、仮想変位によって幸福な、豊かな、快適な印象を得ても、不幸な、暗い、不快な印象を得てもfの定義には違反しない。本稿では、これらの印象、感情を古典的な光と影の2つに分けることとする。
光の印象は、生、暖かさ、安堵感、幸福感、開放感、明るさ、快適さ、快さ、すべすべ、ほわほわ、さらさら、ふわふわ、といった印象とする。影の印象は、死、冷たさ、暗さ、不安感、不幸感、閉塞感、不快さ、じめじめ、べあべた、ぬるぬる、ゴツゴツといった印象とする。
そして、ここでは、光の印象を与えるfをf+、影の印象を与えるfをf-と定義する。
その上で、従来様々な定義が氾濫するファンタジーというジャンル概念を、f+の創造を目的としたジャンルとし、ホラーをf-の創造を目的としたジャンルと再定義する。この再定義は全くの恣意的な物だが、従来のファンタジー、ホラー概念とそれほど大きく乖離するものではない。
ただfの定義自体が、個人の世界認識に依存し、さらにf+, f-の峻別が、個人の感受性に依存するという点において、大変不安定な定義、または使いづらい定義となっていることは否めない。
またfの起こす変位がある程度大きい場合は+, -の判別は容易だ。例えば死をもたらす異世界の生物は-であろうし、みるからに微笑ましい無害な場合は+であろう。ところがもともと仮想変位であるという事から、多くの場合にその変位は小さい。小さいからこそ一瞬でも変位が可能なのである。そうするとその変位のもたらす印象自体も、時に不明瞭になる。そうすると不安なような楽しいような、といった曖昧な印象になりかねない。そのため、客観性が薄いという以上に、個人の中でも判定基準として用いづらいという問題がある。
それでもここで論じようとする嗜好を最も正確に表現できるのが、このf+-という概念である事もまた間違いないと考える。個人に依存するからこそ、個人の皮膚に近い所まで説明できるし、個人の曖昧さもそのまま反映されるからこそ、曖昧である自分自身を説明できる。
さて、私がこれから深めたいと思う概念はf+である。喜びについて考える喜びを味わう事が目的である。しかしその場合でも常に仮面の裏側としてのf-があるのだという事は重要な鍵だろう。
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