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飛行船通信 第2巻 第1号
Airship News Vol.2 No.1
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」
夜、家に帰ってテレビをつけたら、NHKの「地球ファミリー」という番組があっていた。オーストラリアで大発生している兎の話だった。そしてそれは「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」の世界だった。
「地球ファミリー」はこれまでの動物番組と違い、現代生物学の視点を明確に持ち込むことで、テレビに映る動物達の世界がけっしてそれ自体で完結しているのではなく、我々の世界と地続きであるのだということがわかるようにしてある。そのせいか、この番組は私には表面的に見えている美しい映像以上に見通しのよい番組に思える。
この番組の製作姿勢には、先日第2号が出た「マザー・ネイチャーズ」という雑誌に近い新しさがあるように思う。その新しさは、今はなきローレンツ博士を始めとする生物学界の巨人達の後に開けた、複雑で大きくからみあう世界観を、自然な形で取り込んでいる点にある。こうやって科学は常識へと転化して行くのだなと思う。
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」は、旅をするうさぎの集団の物語だ。うさぎたちは、互いに会話をする能力を付与されているが、その生活形態や行動は実際の野うさぎのそれにかなり近いらしい。しかし彼らの能力をまったく実際のうさぎと変化させずに、かれらの旅の様子を書いたのでは、ファンタジーにはならない。それはシートン、椋鳩十などの動物小説の一種ということになるだろう。作者はそこから一歩うさぎの世界に踏み込んでいる。それもかなり大胆な足取りでふみこんでいる。それでもこれは、これ以外の様々な動物ファンタジーよりは、動物小説の方にはるかに近い。
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」は風刺小説と見ることも可能である。途中で出合う農場の近くのうさぎ村や、組織を形成しているうさぎの大部落などは、まさしく明解なアレゴリーのように思える。それはジョージオーウェルの「動物農場」と同じ視点である。しかしこの作品をそのように見ることは、大きく的はずれだと言う気がする。
それは、それらの舞台設定を風刺と捉えるよりは、作品世界の存在感を形成する柱の一つと捉えた方が自然に思えるからだ。風刺といった場合、その重点は作品世界の構築よりも風刺の対象となっているテーマの方にある。この作品は少なくともそうではない。
丘陵地帯を走り回るうさぎたちには、特別な能力が与えられていない。かれらの中でもっとも頭の良いとされるものでさえ、彼らの常識から出ることにはかなり難渋している。もちろん彼らは物理学も力学も知らない。いくらか超自然的と言うならば、ファイバーのするどい直観力ぐらいのものだろうか。しかしそれも実際の動物達には多く備わっているものだ。作者はそれを彼の創造力で内側から描いたに過ぎない。
そして彼らがうさぎの能力しか持たないと言うことが、そのしっかりと描かれた世界とあいまって、みごとな実在感を出している。生死をかけた危機に直面した時の、彼らの勇気には賛嘆の言葉を送るしかない。
スリアラーをその長とするうさぎ部落の若者ヘイズルは、彼のいとこのファイバーから、この部落に大きな災いが訪れるという予感を聞く。ファイバーはこれまでも鋭い直観で、先のことをかなり正確に予測してしまうことがあった。不審に思ったファイバーは長スリアラーのところに皆を移動させるように進言しに行く。しかし、根拠のない子供のたわごとに従って村の全員をあてのない旅に出すわけにはいかない為、スリアラーは一蹴する。ファイバーの予感に対する「おびえ」のひどさから、災厄を確信したヘイズルは、仲間を募って村を脱出する。それから彼らの長い旅が始まる。
この本は大学生の時に買って本棚にずっと入れっぱなしだったものを、去年の秋にとうとう読んだものだ。色んな人から、また色んな所でおもしろいと評判の高かったものなので読もう読もうと思っていたのだが、もったいなくて読むのを遅らせていたのだ。
他の人にはこういうのはないのだろうか。好きな作家の作品などで、読み終ってしまうのがもったいなくてしかたがない。たしかに今読んでも面白いだろうけれど、もっとこの本が楽しめる環境で、気分で、季節で読みたい、というような贅沢な思い。私はしばしばこういう経験をする。
先日読み始めることにしたのは、就職してざわついていたのから、やっと少し自分の時間が落ち着いてとれるようになって、その最初の秋にふさわしかろうと思ったからだ。
読み終った今、やはり少し惜しい気がしている。それは、もう二度とこの作品を「初めて」読むことができないからだ。それほど、みごとな小説だった。しかし、あえて苦言を呈すれば導入部がいくらかなまぬるい。話の中に入って行くまでに少し我慢が必要なように思う。ただ、このがっちりと構築されたファンタジーの世界に入って行くには、この程度の準備期間は必要なようにも思う。
しばらくしたら、また読み直したいと思う。
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」はかつてはどこの本屋にもおいてあったが、今はあまり見かけなくなってしまった。そのため手に入れるには少し探すか、注文する必要があるかもしれない。また、できれば文庫でなく少し大きい判で読まれることをお勧めする。
「指輪物語」と並ぶ傑作を子供だけに読ませておく手は、まったくないのだ。
「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」
リチャード・アダムス 作
神宮輝夫 訳
評論社
定価 上下各1000円
昭和50年4月17日 初版発行
ISBN4-566-02106-8
ISBN4-566-02107-6
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