| 鋼鉄の部屋 |
| 幼少期の記憶というものは、成人になってからも色濃くひきつがれてゆくものである。その昔、私の家(ザルツブルクの)は幹線鉄道の近くにあった。当時はまだ蒸気機関車の時代で、毎日自宅二階の窓からは、鉄橋を疾走する機関車の姿を見ることができた。また、少し歩いたところにある駅では、小さい規模ながら蒸気機関車が貨車の入換作業を行っていて、私はそれを飽きることなく眺めていたものである。 一体何が私をひきつけたのだろう。巨大な動輪、生命を感じさせるロッドの動き、咆吼する汽笛、ボイラーから伝わる熱気、独特の煤の匂い…。今日の最新機器類からはうかがうことのできないこれらの要素を備えた、まさしく生きた「鋼鉄」だったからなのではあるまいか。 一度子供たちに蒸気機関車を見せたことがあるが、格別の興味はなさそうであった。初めて見る変わった電車という認識程度だったのだろうか。 同じく生きた鋼鉄といえば軍艦であろうか。当時愛読していた少年雑誌の色刷りページは大和や武蔵などの戦艦や空母などのイラストで飾られていた。少年たちのある者は、軍艦の要目を記憶し、またある者はイラストを模写していた。 私もいい年をして汽車やら軍艦を描いているのは、当時を追体験しているのだろうか。拙い作品だが、いささかなりとも「鋼鉄」の感じが伝われば幸いである。 |