『曲線の美』を表現しようとした様式です。『突然姿をあらわし、あっという間に
消え去った』様式でもあります。
そして第1次世界大戦を挟み、アール・デコにとって変わられます。
アール・デコは、アール・ヌーボーに反発して出てきた様式で『直線の美』を特徴と
しています。 『左右対称』もその特徴といわれています。
アール・ヌーボーは、イギリスの「アーツ・アンド・クラフツ」「ケルト復興」「自然回帰」から芽吹いたと
言われています。が、そのイギリスでは、アール・ヌーボー様式は流行らなかったようです。
(イギリスでは、その後のアール・デコは大いに流行したようです。 デコって、アガサ・クリスティーの小説の
世界です。 華麗でしょう?)
この様式は、装飾品や建築などの『応用芸術』の分野で華開き、絵画の世界では『アール・ヌーボー』とは呼ばない様です。
イギリスで芽吹いたアール・ヌーボーは、フランスではモダン・スタイルとして ガレのガラス工芸やブラックの装飾芸術、
そしてミュシャの劇場用ポスターで、ベルギーではこのBGのオルタ邸などの建築芸術で、
オーストリアに入っては、ユーゲント・シュテールとしてベルギーとはまた一味違った建築芸術やクリムト、エゴン・シーレなどの
絵画芸術に。スペインでは、かの有名なダリが建築やシューレな絵画で片鱗を覗かせています。
もちろん、アール・ヌーボーと呼ばれるものではないのですが、時代と地域を見ていると、
なるほど、少しづつ成長しながら移動しているのねと納得します。王侯貴族だけの物であった
『芸術』を19世紀末のブルジョアの弾頭や鉄鋼工業技術の躍進的進歩が合わさり、
職人芸的手間隙かけたアール・ヌーボーがステイタス・シンボルとして流行ったのだと思います。
そして、都市部での庶民生活にもブルジョア趣味が入り込み、大量生産の技術が各分野で向上し、
都市的機能美のアール・デコへと移っていくのです。