宇宙

(作品紹介)


「シェーン」 Shane     1953年           

    ジョージ・スティーブンス監督   アラン・ラッド  ヴァン・ヘフリン  ジーン・アーサー  

                          ジャック・パランス

子供の出る映画は好きではないが、この映画の子役ブランドン・デ・ワイルドは嫌みがなく良い。
ワイオミングの大自然が奇麗 なテクニカラーで表現されている。アラン・ラッドはこの映画により永遠にその名を映画史に残すことになった。流れ者のガンマンが町にふらりとやって来て農民を助け対立する牧場主と用心棒を倒しどこともなく去って行くという誠にシンブルなストーリー。映画にはこの単純さが重要と言える。シェーンと人妻ジーン・アーサーとの淡い恋も品良く描かれている。殺し屋に扮するジャック・バランスは、ほとんどセリフはないのだが、無言でその存在感を示した。少年が用心棒との対決に臨むシエーンを追いかけて行く時、一緒に走って行くテリヤの雑種みたいな犬がなかなかの演技者で私は好きである。ヴィクター・ヤングの主題歌とジョーイ少年の「シェーン、カムバック」の叫び声は永遠に見た者の脳裏から消えない。衣装担当はかの有名なイディス・ヘッドである。

「激しい季節」  Estate  Violenta        1959年    
    バレリオ・ズルニーニ監督     エレオノーラ・ロッシ・ドラーゴ  ジャン・ルイ・トランティニヤン
                          ジャクリーヌ、ササール  ラフ・マッティオリ

知る人ぞ知る名作。大学生の頃、この映画が好きで3流館まで追いかけて何回も見た。当時はビデオという文明の利器はなく映画館で見るしか方法がなかった。後年、このビデオが出ていることを知り何軒もビデオショップ巡りをしたが見つからずやっと最近見つけた。文芸春秋社刊の「世界の映画150」という本の中で各界著名人の選んだ第9位に堂々選出されていたのを見たときは大変うれしかった。戦時中のイタリア。艦長の妻が学生と激しい恋におちいり学生に召集令状が来たので列車で駆け落ちする。途中、列車は空爆にあい、その悲惨さを目にした学生は祖国愛にめざめ戦場におもむく決心を固め人妻と別れる。話はありきたりだが、ズルニーニ監督はラブシーンの雰囲気を出すのが非常に上手で陶酔させられる。特にペリー・コモの「テンブテーション」の曲でのダンスシーンは、素晴らしく映画の中のダンスシーンとしてはミュージカルを除けばベストワンと思う。このシーンに触発されてダンスを習い当時全盛だった女子大のダンスパーティにはかならず参加しナンバして歩いたのも懐かしい思い出となっている。 ジャン・ルイ・トランティニヤンはいい男ではないが不思議なセックスアピールがある。ブリジット・バルドーの自叙伝を読むとバルドーの何人もの同棲者のうちトランティニヤンがもっとも好きだったとある。ズルニーニ監督の映画は「鞄をもった女」「戦場は燃えている」「家族日誌」など何本か輸入されたが、この映画を超えるものはなかった。



「硫黄島の砂」     Sands  of   IwoJima    1949年
    アラン・ドワン監督         ジョン・ウェイン    ジョン・エイガー   フォレスト・タッカー
    
    戦争映画の中ではこの映画が一番。なぜかというと実写フィルムとロケフィルムを巧みに
    組み合わせて臨場感に溢れているから。特にタラワとか硫黄島のシーンは本当にその場所
    で撮影したような臨場感あり。戦争映画で大切なものは何といってもこの臨場感の出し方で
    ある。 日本の戦争映画に欠けているのはこの点で大概、富士のすそ野を使用して撮影して
    いるため貧乏臭いことこの上ない。アメリカ海兵隊ライフル分隊のストライカー軍曹(今でもどう
    いう訳かジョン・ウェインの役名を鮮明に覚えている)がニュージランドの基地で訓練をした後
    激戦地のタラワ、ハワイに戻ってつかの間の休息、ふたたび激戦地の硫黄島で戦死するまで
    を描いた作品。ジョン・ウェインはこの作品で初めてアカデミー賞にノミネイトされた。
     まだ駆け出しの頃のリチャード・ジャッケル、マーティン・ミルナーが一兵卒の役で出ている。
    (セリフ紹介のコーナー)
      「会ったばかりなのに昔から知っているような気がする。」
      「私もよ」

      「これは最低の土だ!なんのために奪うのだ」
       「これが戦争だ。命と土地の交換よ。」
      「神が世界を創った時、余った砂をここに捨てたんだ。」                                                           

「2001年宇宙の旅」    2001:A  Space Odyssey   1968年
    スタンリー・キューブリック監督    キーア・デュリア   ゲーリー・ロクウッド

    当時の彼女bPY子ちゃんと銀座1丁目にあった「テアトル東京」の大画面でみた。
    その後、何10年かして社内に映画クラブを設立しその第一回鑑賞作品としてこれを選んだ。
    アーサー・C・クラークの短編小説をクラークとキューブリックが共同でシナリオを書き映画化。      宇宙の壮大さをこの映画ほど見事に現した映画は今もってない。後半になるとさっぱり訳が
    わからなくなるがそんなことは全然気にならなくさせる魅力を備えている。一言で言うと訳は
    わからないが凄いと思わせる不思議な映画。原作も読んだが、これもわからなかった。
    アーサー・C・クラークの小説の中では「地球幼年期の終わり」が抜群におもしろい。いつか
    映画化されるものと思っていたが 未だに映画化されないのは、どうしてだろう。



「旅  愁」     September
Affair      1950年
    ウィリアム・ディターレ監督     ジョセフ・コットン   ジョーン・フォンテーン
                         フランソワーズ・ロゼエ   ジェシカ・タンディ

    妻とうまく行っていない中年の建設会社社長が一人でイタリア旅行中、飛行機に乗り遅れ
    独身の女性ピアニストと知り合いになる。乗る予定の飛行機は墜落し二人とも死亡したものと
    みなされる。その間、ふたりは愛し合うようになり新生活を目指すものの結局別れるという誠に
    アホらしいストーリー。しかし、昔の恋愛物はこれに類したストーリーが多かった。
    主題歌があまりにも有名な「セプテンバーソング」。取り得はイタリアの観光地がたくさん紹介
    されているところ。ローマ、ベニス、カプリ島、いずれも大変美しい。
    妻役がジェシカ・タンディ。いくら演技力のあるタンディでもこんな曖昧な役では力量を発揮できず
    平凡。ロゼエはいつもながら貫禄あり。
  


「旅 情」      Summertime       1955年
    デヴィット・リーン監督        キャサリーン・ヘップバーン   ロッサノ・ブラッツィ
                         イザ・ミランダ  ダレン・マクギャビン

    「旅愁」と比べるとこれはずっとグレイドが高い。なにしろ監督が名匠デヴィット・リーンだから。
    アーサー・ローレンツの舞台劇の映画化だが、舞台劇臭さを感じさせないのはさすが。
    アメリカ人のオールドミス(最近はこの言葉を聞かなくなった)OLが休暇をとってベニス旅行に
    行く。そこで魅力的な骨董屋の中年おじさんと知り合い恋におぼれる。当然のことながらふたり
    につらい別れが待っていた。良くある話だが美しいベニスの風景をバックにキャサリーン・ヘッブ     バ−ンが、まさに入神の演技で恋の甘さ、切なさを体現し、ただのアバンチュール物の映画を
    はるかに凌駕した作品となった。列車での別れのラストシーンは数ある列車を使用してのラスト
    シーンの内、ベストの部類に入る。ロッサノ・ブラッツィはハリウッドに招かれての出演作品が何本
    かあるが、これと「裸足の伯爵夫人」が、はまり役で彼の持ち味が出ている。
    
     (セリフ紹介のコーナー)
     「もう女学生の真似はやめたまえ!君は太陽の町ベニス、そして純真なイタリア人を夢見て
      来た。しかも大金持ちで才気があって若く独身の男を夢見てきた。僕は金持ちでもないし、
      才気もなく、おまけに骨董屋だ。だが、僕たちは男と女だ。楽しみたい時に、楽しむのが、
      なぜ、いけないのだ。君は飢えている。君はスパゲッティを出されたのにビフテキを望んで
      いる。スパゲッティを食べたまえ!君はベニスに何をしに来たんだ。ベニスの思い出が,
      たたの土産物の陶器だけでいいって思っているのか?」
    「私はそんなに飢えていないわ・・・・・・」
    「君の頭の中で囁いている小さな声を聞いてみたまえ!それはこう言っている。”何か起こって
     くれ。何か起こってくれ。”ってね。」
    「そうよ。でも私が初めに思っていたこととあまりに違いすぎるのよ・・・・・・・」
      以上、誠に勝手な言い分だが一面の真理はある。字幕ではスパゲッティとなっているが
      本来はラビオリだったが当時の日本人はラビオリを食べた者はほとんどいなかったので
      スパゲッティとしたとの有名な逸話がある。


 

「死の谷」    Colorado  Teritory    1949年
    ラウォール・ウォルッシュ監督     ジョエル・マクリー   ヴァージニア・メイヨ
                            ドロシー・マローン   ヘンリー・ハル

    快調なテンボと歯切れの良い演出の西部劇。お尋ね者の男とインディアンとの混血女の恋。
    追手に追われたふたりは廃虚の教会に逃げ込み銃弾を浴び重なりあって死んで行く。
    前年に制作された「白昼の決闘」と人物設定等が似ているので「白昼の決闘」を多少パクった
    のではないかと思っていたが、そうではなくウォルッシュ監督の41年度作品「ハイ・シエラ」を
    ウェスタンにリメイクしたものだそうである。「ハイ・シエラ」は未見だがそのリメイク「俺が犯人だ」
    は見ている。ヴァージニア・メイヨは私の小学生時代の憧れの女優さんだった。B級作品が多かっ
    たが、これは彼女の出演作の中ではベスト。冒頭の列車強盗のシーンは痛快。
    小悪党役でジェームス・ミッチェルというダンサーが出ていてなかなか良いと思っていたが、その
    後、ついぞスクリーンでは見かけず、どうしたのかと思っていたところ、後年、ミュージカル「オクラ
    ホマ」を見ていたら、突然、メインダンサーとして彼が登場したのを発見した時はうれしかった。 
    まだ駆け出し時代のドロシー・マローンが出ている。



「小鹿物語」   The  Yearling       1946年
    クラレンス・ブラウン監督         グレゴリー・ペック    ジェーン・ワイマン
                            クロード・ジャーマン・Jr    チル・ウイルス     

    少年が森で親とはぐれた小鹿を見つけ家に抱いて帰り育だてる。成長してきた小鹿は農作物を
    荒らすようになる。見かねた母親は小鹿を射殺する。射殺された小鹿の横で少年は泣きじゃくり
    ながら生きることの厳しさを知る。というストーリーがフロリダの美しい風景をバックに展開され
    る。この種の映画はハリウッドのお得意で日本でつくったら見られたものではないだろう。
    戦後の日本が食べるものもロクにない時代 、赤羽の映画館で両親に連れられて見た。
    フロリダの青空、森の緑、小川の水等がテクニカラーで写しだされそのカラーの美しさに目を
    見張り、あたかも夢をみているような気持であった。



 「ヴァージニアの血闘」    Virginia  CitY   1940年
    マイケル・カーティス監督         エロール・フリン    ランドルフ・スコット
                             ミリアム・ホプキンス   ハンフリー・ボガード
   
    小学生の時、見て以来一度もテレビでも再映されたことがないのでほとんど覚えていないが
    とても面白い西部劇だったという記憶はあり是非再見したいと思っている。
    ワーナーの超大作西部劇。  エロール・フリンが南軍か北軍の将校でランドルフ・スコットは
    敵対する側の将校。ミリアム・ホプキンスは女スパイ。ハンフリー・ボガードはメキシコ人の悪者。    フリンとスコットはホプキンスをはさみ対立しながらも友情が芽生える。いろいろあって最後は
    インディアンの襲撃がありスコットは死ぬ。昔の西部劇のパターンの一つにインディアンの襲撃シ
    −ンがあり幌馬車隊が円陣を組んで迎え撃ち、インディアンは射的の的のごとくバタバタと撃ち
    倒される。また、白人と恋仲になったインディアンの女性は、最後にかならず死ぬ。というような
    ことがあったが、「折れた矢」がインディアンを好意的に扱った後、ケネディ大統領時代の公民権    運動の高まりを経て理由もなくインディアンをスクリーン上でも殺せなくなった。それは人道上から    みれば、誠に当然至極のことではあるが、こと西部劇を例にとれば、白人同志のうじうじした西部    劇しかつくれず西部劇衰退の元凶となっている。



「禁じられた恋の島」 
    ダミアノ・ダミアーニ監督


   一人の少年の思春期における心理的葛藤を美しい離れ小島を舞台にして叙情的に描いた
   作品。崇拝する父親が自分とあまり年の離れていない女性を妻として島に戻って来た。少年は
   若い母親に嫉妬しながらも淡い憧れをおぼえる。ある日、父は二人を島に残し旅に出てしまう。
   残されたふたりはお互いに強くひかれながらも最後の一線は超えない。しばらくして父親か若い
   男を伴って島に戻って来た。その男は脱獄囚で、しかも父とは同性愛関係だった。少年は若い
   母親への強い思いを胸のうちに秘め島を捨てて放浪の旅に出る。 
   後半は話がめちゃめちゃになるが前半は主人公の少年の継母に対する思いをうまく描いている。
    
    (セリフ紹介のコーナー)
   これはラストシーンで、今は小説家となった少年のおもいでとしてナレーションが流れる時のもの。
   「ヌンチアータは特別の女でなく、どこにでもいる女だったかもしれない。だが思い出はいつまでも     消えることなく私の胸に生き続け誰か他の女を愛したならば、それは本当の愛ではなく彼女から
    盗んだ愛にすぎない。」



「血ぬられし欲情」(8人の男を殺した女)    The  Iron Mistress  1952年
    ゴードン・ダグラス監督         アラン・ラッド   ヴァージニア・メイヨ  
                            ジョゼフ・カレイア   フィリス・カーク

   

題名だけみれば下らないミステリー物と思えるが、そうではなくアラモの砦でテキサス独立の為に戦い死んだジム・ボウイの若き時代を描いた冒険活劇。ジム・ボウイは西部劇ファンなら誰でも知っている大型フロンティア・ナイフの発明者。そのボウイ・ナイフを手にアラン・ラッドが例により無表情ながらキビキビした動きでジム・ボウイを颯爽と演じ、決闘また決闘のストーリーで決闘シーンがどれも趣向が凝らされており、凄くカッコ良かった。それだけは覚えているが、肝心のタイトルロールのヴァージニア・メイヨさんがどんな役柄だったかについてはまるで思い出せない。  




「アラモの砦」     The Last Command    1952年
   フランク・ロイド監督             スターリング・ヘイドン  アンナ・マリア・アルバゲッティ
                             ベン・クーパー   アーネスト・ボーグナイン

リパブリック映画の創立何周年を記念しての作品だったと思う。わずか百何十人かで何千人のメキシコ
軍を相手にアラモの砦にたてこもり奮闘し玉砕(古い言葉だ)したアメリカ人なら誰でも知っているお話。
このあとサム・ヒューストンがメキシコ軍を打ち破りテキサスはメキシコから独立した。
この映画ではジム・ボウイを中心としてストーリーが展開される。ジョン・ウェインの制作した「アラモ」ではデビー・クロケットを中心としていた。この映画の方がジョン・ウェインのものより数段おもしろい。
スターリング・ヘイドンがモッサリとしてジム・ボウイを演じ、アーサー・ハニカットのジイさんがなんとデビー・クロケットに扮する。アーネスト・ボーグナインが大熱演でこの作品で私はボーグナインの名を覚えた。アラモの砦の攻防戦のシーンには金を掛けており迫力がある。



「にがい米」     Riso  Amaro      1949年
   ジョセッペ・デ・サンテス監督         シルヴァーナ・マンガーノ    ヴィットリオ・ガスマン
                              ラフ・バローネ

 イタリアの水田地帯に稲刈りのために出稼ぎに来る女たちの物語。ストーリー展開は荒いがそれは
 問題ではなく監督の狙いはマンガーノの肉体の素晴らしさをスクリーンに映し出すことに主眼をおいて
 いるからである。近年、ビデオで再見したが、今でもマンガーノの肉体のボリュームは素晴らしい。
 共演のドリスなんとかと言う女優も魅力あり。まだ荒廃していた終戦後に、これだけの女性美を賛美
 した作品を製作したイタリア人の生並びに性に対する考え方はすばらしい。


「河の女」      La Donna del Fiume   1955年
                                ソフィア・ローレン  リク・バッターリア
                                ジェラール・ウーリー

内容的には「にがい米」とほとんど同じ。ソフィア・ローレンの魅力をいかに引き出すかだけを考えて作ら
れている。「にがい米」は白黒だが、こちらはカラー。ソフィア・ローレンは、この作品で世界的に名を知られるようになった。とにかく、この作品でのローレンの野生美あふれる圧倒的迫力には魅了される。
ハリウッドに招かれてからは変にソフィスティケイティッドされて彼女本来の泥臭い魅力が失われてしまっているのは残念。「やはり野におけ蓮花草」の喩のとおりローレンの魅力はイタリア庶民の役柄を演ずることによってこそ発揮される。 リク・バッターリアはローレンの迫力に対抗できる男優の公募により
選ばれこの作品がデビュー作だった。その後、つまらない歴史物など数本が日本で公開されている。
この作品を見てイタリア人も鰻を食べることを初めて知った。「にがい米」は56年にリメイクされ「水田
地帯」として公開されたが、主演がファッションモデル出身のエルザ・マルティネリだったので、マンガーノやローレンのような野生美を出すことは無理で平凡な作品にしかならなかった。  



「情婦マノン」   Manon              1948年
    アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督     セシル・オーブリー    ミシェール・オークレール
                               セルジュ・レジアニ

フランス映画を紹介してないので、たまには紹介しなくてはということで先ずこれを選んだ。フランス映画は日本映画と似ていて、小市民を描いたチマチマした小品には良いものか゜多いが世界市場を相手に
するには今ひとつ迫力不足。そのなかで、このクルーゾー監督とクリスチャン・ジャック監督の二人は、
フランス人らしくないドライなタッチで世界に通用する監督だと思われる。日本題名はあざといが有名なアベ・ブレヴォーの小説「マノン・レスコー」をクルーゾーが第二次大戦後の混乱した世代を背景に書き直した作品。多情な女マノン。しかし彼女を愛さずにはいられない青年ロベール。ロベールに扮するは 
 ミシェール・オークレール。普段の映画ではやる気があるのかないのかさっばり不明な点が持ち味の
オークレールだが、この作品の彼はやる気があり誰がみても素晴らしい好演技を示す。ラスト近くでマノンがアラビア人の一隊に撃たれて息絶える。その死体をロベールが抱きかかえて泉のほとりに埋めに
行く。だが死体は重くなり抱きかかえては歩けなくなる。ロベールはマノンの両足を肩にかけマノンを逆さづりにして熱砂の砂漠をあてもなくさまよう。このシーンのカメラはまさに凄絶の美を映し出す。
砂丘をマノンの足を引っ張り下るシーンにはクルーゾーの演出の才気のひらめきが感ぜられる。

(セリフ紹介のコーナー)
ラストシーンでロベールがマノンの死体を砂の中に耳まで埋め最後のくちづけをし、別れを告げるシーン
のセリフ。
「マノン!僕は君に恐ろしいことを言うよ。僕は君が死んでうれしい。これで君は完全に僕のものになった。もう誰も君を愛すことは出来ない。」


{恋におちて」      Falling In Love    1984年  
  ウール・クロスバード監督      ロバート・デ・ニーロ   メリル・ストリープ
                          ハーヴィ・カイテル    ダイアン・ウィースト

デヴィット・リーン監督の「逢びき」のリメイク版。若い人に言わせると、この映画はご都合主義で下らないとのことだが、おじさんはこの映画が大好きである。人生経験の浅い者には、この映画のきめの細やかさは理解できないのだ。アメリカ映画なのでニューヨークが舞台となる。「リゾーリ」という本屋でクリスマスイブに知り合った中年男女のラブストーリー。「逢びき」では二人は別れざるを得なかったが、この映画ではラストに結ばれるのが良い。ニューヨークに行く機会があれば、是非「リゾーリ」に寄ってみたいと思っている。マイケル・クリストファーのシナリオが実に良く書けていて感心する。音楽はデイブ・グルーシン。メリル・ストリープは下半身が大きく日本人的体型であまり好きな女優さんではないが、恋する女のしぐさとか表情をまったく説得力ある演技で演じ素晴らしい。 


(セリフ紹介のコーナー) デニーロがストリープを昼食に誘うシーンのセリフ 。 男「良ければ昼食でも一緒にどうかと・・・・」 女「お昼を?  そうね、どうしょうかしら・・・・・」 男「美しい!」 女「やめて、所帯持ちよ」 男「僕もだ。だが、食事はする。」 女「そうね・・・・いいわ」 かくして二人はレストランに入る。 男「ここは当時オランダ人の住む植民地で街に防壁を築いた。業者に頼むと高くつくので市民が自ら   壁を築いた。イーストサイドからハドソン川まで。それがウォール街だ。」 女「物知りね」 男「メニューに書いてある。」 女「それで英国人は攻めてきたの?」 男「南から攻めて来て壁は無駄だった。」 ストリーブが女友達に苦しい胸の内を打ち明けるシーンのセリフ。 「毎日彼のことを・・・・・朝、目が覚めた時から夜眠りに落ちるまで頭から離れないの。あなたとこうして 話している時も彼のことを・・・・・・夫は父の死が原因だと思っているわ。ショックで神経がどうかしたと。 でも、どこも悪くはないのよ。彼を愛しているだけ・・・・どうにもならないの。いっそ彼と寝てたらと・・・・・」 一緒になれなくても愛し合う運命なのよ・・・・そういう定めなのよ・・・・・・・・」 デニーロの妻が女の存在にうすうす気づいて詰問するシーン。 妻「隠しているのね。何なの話して」 男「別に・・・・」 妻「別になんてあんまりよ。思い切って尋ねたのよ。せめて嘘をついたら?私は馬鹿じゃないのよ 男「言えない・・・・・」 妻「では、いいわ。一家でヒューストンに行くのね。楽しみだわ。」 男「女性に会った。電車で・・・・。何もしていない。何も・・・・・。何もなく全て終わった。もう会ってない。    何もなかった・・・・・・」 妻「オー、その方がもっと悪いわ。2〜3週間別れて暮らすわ。子供を連れてデンバーの母の家へ・・」



「商船テナシチー」    Le  Paqubot  Tenacity    1934年
    ジュリアン・デュヴィヴィエ監督     マリー・グローリー   アルベール・プレジャン
                             ユベール・プレリエ

戦前に青春時代を過ごした映画好きの方々に思い出の名画を尋ねるとかならずこの映画が挙げられる。いくら私が年寄でもさすがにリアルタイムでは見ていない。5年程前にやっとビデオを捜しあてて見た
次第である。なんでも、フランス本国にもフィルムは残っておらず東京の国立近代美術館フィルムセンターに
あるポジがただひとつ世界で存在しているのみとのこと。
カナダへ移住のため港町へ宿泊した二人の青年が床屋の娘テレーズに二人とも惚れる。陽気なバスチアン、おとなしく真面目なセガール。バスチアンはテレーズと結ばれ出港の朝、セガールに事情を書いた手紙を渡し列車でパリにテレーズと去る。残されたセガールは傷心のまま一人寂しくテナシチー号で
カナダへ旅立つ。戦前の暗い時代の青春なので当時見れば身につまされたことであろうが豊かになった現在だとビンとこない。映画は時代を反映するのでその時代に見なければ駄目だということが良くわかる。しかし,場面的には素晴らしいシーンもある。バスチアンとテレーズがモーターボートで港内をはしりまわるシーン。夜、浜辺でホテルから流れる音楽に合わせ二人が踊り結ばれるシーン。いま見ると古臭いが封切当時の若者は胸を踊らせたことだろう。

「タルファ駐屯兵」   Ten  Tall  Man        1951年
    ウイリス・ゴールドベック監督   バート・ランカスター   ジュディ・ローレンス
                         ギルバート・ローランド  キーロン・ムーア

バート・ランカスターは私の子供のころのご贔屓俳優の一人。彼の作品の中では、この作品はほとんど注目されていないが、私個人としては好きな作品のひとつである。最近はまったく製作されていない外人部隊をバックにした肩の凝らない大活劇。何の罪か忘れたが牢に入れられていたランカスターが囚人だけで組織した小部隊を率いて悪い太守をやっつけてお姫さんと結ばれる。ランカスターは汗みどろになって機関銃で押し寄せる敵をなぎ倒す。ギルバート・ローランドはランカスターの良き相棒役。
「黄金の銃座」もそうだがローランドは脇にまわると大変いい味を出す俳優。最近の映画はこの映画のように明るくたわいなさがなくなってしまったのは残念である。 


「ヘッドライト」     Des Gens Sans Importance 1956年
アンリ・ペルヌイユ監督 ジャン・ギャバン   フランソワーズ・アルヌール


妻との間にすきま風が吹き始めている初老のトラック運転手ギャバンが小さな食堂のウェィトレスのアル ヌールと知り合い愛し合うようになる。女は妊娠し病院に連れて行く途中のトラックの中で急死してしまう。このラストシーンにジョゼフ・コスマの哀切極まれないテーマ曲が流れる。とてもわびしいお話。 しかし、日本映画と異なり貧乏たらしくなく人生のせつなさを肩に力を入れず淡々と描いた名作。 監督のアンリ・ベルヌイユは当時アルヌールに惚れていて「禁断の木の実」「過去をもつ愛情」「幸福への招待」など何本か彼女主演の映画を撮っているが、いずれも彼女の魅力をあますところなくスクリーンに描き出している。古くはディートリッヒとスタンバーグ監督の例にもあるように監督は女優に惚れなくては良い映画は撮れないということだろう。アルヌールは小柄でキュートでつつましく、それでいてセクシーというもっとも日本人好みの女優さんだった。しかし、彼女は一昔前の古風な役柄が持ち味で殺風景 な現代には似つかわしい役がなくスクリーンから遠ざかってしまったのは残念。近年、東京での映画祭 にゲストとして招かれ元気な姿を見せていたとのこと。ジャン・ギャバンはいうまでもなくフランスを代表 する名優で何の役を演じても納得させてしまう不思議な俳優。現在、ジェラール・デュバルディがギャバンの後継者ともくされているが、下品でギャバンの足元にも及ばない。ギャバンの娘役でダニー・カレル が出ていたが彼女も最近、全然見かけなくなってしまった。

「艦長ホレイショ」   Captain Horaitio Hornblower 
    1951年     ラウォール・ウォルッシュ監督   グレゴリー・ペック  ヴァージニア・メイヨ  クリストファー・リー


ナポレオン時代の英国海軍艦長ホレイショの海洋活劇。メイヨはどうしてか軍艦に乗り合わせホレイショと 恋に落ちる役。最後は敵に味方する多分カリブ海地方の城塞をやっつけて終わりだったと思う。何分にも昔のことであまり覚えていない。原作は英国の欧米では誰でも知っているフォレスターのもの。ずっと 後になってたしか早川文庫でシリーズが翻訳されていることを知ったが子供の頃はそんなことはわからず、ただ面白い映画だと思って見たにすぎない。海洋物のお決まりの海戦シーンもチャンバラシーンも もちろん、そつなく盛り込まれている。ペックも珍しくチャンバラをするがエロール・フリンとは異なり軽快な動きは出来ず、それかかえって艦長らしくて良かった。



「ロビンフッドの冒険」   The Adventures of Robin Hood   1938年
   マイケル・カーティス監督    エロール・フリン   オリビア・デ・ハヴィランド
                       ベイジル・ラズボーン  クロード・レインズ  アラン・ヘール

やっとビデオを捜しあて何十年振りに再見した。今、見ると随分、お子様向きな感じがするが、振り返っ
て見ると昔の映画は全部、老若男女向けにつくられていた。であるから幼稚なところがあるのは当然で
あり、それだけ映画が健全だったということになる。最近のような殺伐たる映画が多く作られるようにな
ったのは1960年代からだと思う。ご存知ロビンフッドが獅子王リチャードを助け大活躍の末、マリアン
姫と結ばれるという誠に他愛ないストーリーが美しい色彩のもと豪華絢爛に展開される。ケビン・コスナーのロビンフッドもあったが、あれは暗くて少しも爽快感がなかった。それに比べエロール・フリンのものは明るくノーテンキで屈託なくて良い。後になってエロール・フリン主演の時代劇は「ドン・ファンの冒険」もそうだが、ダグラス・フェアバンクスの演じたヒーローの焼き直しということを知った。機会があればフェアバンクスの活劇物を全部見てみたいと思っている。昔の映画はテンポがのろく退屈するものだがさすがにマイケル・カーティス監督だけのことはあり、非常に軽快なテンポで飽きさせない。フリンとカーティス監督のコンビの作品は何本かあり、いずれもおもしろい。特に「進め竜騎兵」は私の好きな作品であり、再見してみたいのだが、日本ではまだビデオが出ていないのは残念である。
    


「荒くれ男」   Stampede     1949年
    レスリー・セランダー監督    ロッド・キャメロン   ゲイル・ストーム ジョニィ・マック・ブラウン

白黒のB級西部劇。おそらく、この映画を見た日本人はあまりいないであろうし、見たとしてもまったく
忘れてしまっているだろう。良い牧場と悪い牧場の争い。ロッド・キャメロンはもちろん正義のカウボーイ
で、正義が勝ってラストはロッド・キャメロンとゲイル・ストームのキスシーンにエンドマークが重なり終わるという典型的なB級西部劇のバターンを踏襲している。私がこの映画を印象的に覚えているのは、この映画とかの有名なジョン・フォードの「荒野の決闘」との二本立てで見たためである。ロッド・キャメロン
はアメリカでは50本位の出演作があるが日本で公開されているのはごくわずかしかない。しかも主役を
はっての公開作はおそらくこの映画だけであろう。原題がスタンピードなのでおそらくスタンピードの場面があったのだろうが、まったく記憶には残っていない。



「女と男のいる舗道」          1962年
     ジャン・リュック・ゴダール監督      アンナ・カリーナ

ヌーベル・ヴァーグの旗手ゴダール監督の映画はエッセイ、評論、アジ演説を映画にしたような作風であり、好きになれないが、デビュー作の「勝手にしゃがれ」とか「女は女である」とか、この作品は少しは映画らしき香りが残っていて素人でも退屈せずに見られる。一部の映画ファンに熱狂的支持を受けている
「気狂いビエロ」は私は全然良さを感ずることが出来ない。さて、ストーリーだが、ナナという売春婦が愛
を知った時、ヒモ同志の争いに巻き込まれ命を落としてしまうという悲しいお話。しかし、ジメジメしておらず至極淡々としている。ゴダール監督はナナという女の生活をドキュメンタリー映画の如く描き出す。従がってナナの感情の内面的苦悩は一切画面に現れず、ナナという女の動きだけをそのまま画面に描いている。我々が見るのは常にナナの行動だけである。金が無くて困っているナナ。売春婦に転落し客を取っているナナ。ビストルで撃たれ冷たい舗道に倒れたナナ。ナナが困っているのか喜んでいるのかは
説明されないので観客は自分でナナの心の動きを想像しなければならない。観客としては少しはヒロインの身になって感情移入出来るシーンもほしいと思う。これはゴダール監督の演出が素っ気ないことにもよるとともにアンナ・カリーナが常に無表情ということにもよるのだろう。そこが目新しく斬新と言えるのだが、ゴダールの映画の欠点でもあると言える。


「ピクニック」     Picnic      1955年
      ジョシュア・ローガン監督     ウィリアム・ホールデン   キム・ノバァック
                           クリフ・ロバートソン   アーサー・オコンネル
                           ロザリンド・ラッセル   スーザン・ストラスバーグ      

ウィリアム・インジの戯曲を映画化したもの。大学時代の同窓生を尋ねてふらりとカンサスの田舎町へと
やってきた風来坊のホールデンが親友ロバートソンの恋人ノバックを町のイベントであるビクニックの間
に奪ってしまう。ホールデンとノバックの恋のほかに、周りの人々の人生模様が絡んで展開される。
ホールデンはラブシーンの上手い男優として定評のあるところだが、この映画の中でも、湖のほとりで遠くから流れる「ムーングロウ」の曲に合わせノバックと踊るダンスシーンの情感の出し方はさすがと思わせる。このシーンのカメラワークも良い。ノバックは猫科の感じの女優さんで猫科が好きな私の好みのタイプに入る。この映画と「めまい」が彼女の出演作の中では柄にあった作品と思う。しかし、彼女も昔の女優さんであり、ビデオを再見するとメリル・ストリーブと同様に下半身ガッチリタイプで少々幻滅した。クリフ・ロバートソンはこれがデビュー作。リー・ストラスバーグの娘スーザンはこの映画がベスト。
脇を固めるアーサー・オコンネルは飄々として上手い。ロザリンド・ラッセルはオーバーアクトで鼻につく。いま再見すると古風でテンボも遅いがこれは恋愛物の宿命でリアルタイムで見ないと恋愛物は時代
遅れとなってしまうのは仕方のないところである。いつも思うのだが、恋愛物で時代を経ても通用するのは徹底的にセックスシーンばかりの映画か、または全然そういうシーンのない純愛物の映画だと思う。




「08/15」   1954年

ドイツ版「二等兵物語」。ドイツでは大ヒットしこのあと「戦場の08/15」「最後の08/15」と3本つくられ、いずれも日本に輸入された。08/15とは、確かドイツ軍の使用してる小銃の口径だったと記憶している。第二次世界大戦前のドイツ陸軍をお色気とユーモアを交え鋭く風刺した作品。なかなか面白い
作品で封切後5〜6年してNHKのTVで第一作のみ放映されて以来見ていないが、再見してみたい作品のひとつである。第二作の「戦場の08/15」では西部戦線が舞台となりドイツ軍の負け戦を取り上げている。ラストで準主役の二枚目役者がソ連軍の戦車にやられて戦死する。ソ連軍戦車はドイツ兵がたこ壷の塹壕に潜んでいるのを発見すると塹壕の上に片方のキャタピラをのせ戦車を回転させ中にいるドイツ兵を圧殺する。その残酷さが印象に残っている。第三作は戦後のドイツに戻った兵士たちのエビソードを描いていたが、これは無理につくった感が強くほとんど印象に残ってはいない。


「腰抜け二丁拳銃」  The Paleface               1948年{
   ノーマン・マクロウド監督     ボブ・ホープ    ジェーン・ラッセル     

歯医者のボブ・ホープが西部に出掛けカラミティー・ジェーンに扮するジェーン・ラッセルの力を借りてインディアンをやっつけて町の英雄となるコメディー仕立てのウェスタン。原題のペールフェイス(青白い顔)
とはインディアンから見た白人のこと。小学校二年生の時、見たがイーストンマンカラーの色彩のキレイ
さと鉄火肌のジェーン・ラッセルの魅力に圧倒された。ジェーン・ラッセルはハワード・ヒューズがポルノ
雑誌かポルノ映画に出ていたところを発見し「ならず者」でセンセーショナルなデビューを飾った。ソフィア・ローレンの先輩とも言える女優さんでベタベタしたところが無く私は好きな女優さんだった。ヒューズは彼女がほとんど引退してからもずっと給料を支払ってやっていたとのこと。主題歌の「ボタンとリボン」
は江利チエミが日本では歌い大ヒットとなったがアカデミー主題歌賞も受賞している。何年か後に続編の「腰抜け二丁拳銃の息子」が同じくボブ・ホープ主演で製作されたが、これはつまらなかった。
コメディーは、いわゆるダジャレが多いので、その国の人間でないとなかなか理解出来ず笑えないものだが、この映画の笑いは動きで見せるシーンが多く子供の私でも理解出来た。



「勇者のみ」   Only the Vajiant      1951年
   ゴードン・ダグラス監督     グレゴリー・ペック   バーバラ・ペイトン  ワード・ボンド
                       ギグ・ヤング   ロン・チャニー・Jr   ネビル・ブランド


ペック扮する騎兵隊大尉が敵対する部下を含むクセ者揃いの兵隊を率いて辺境の砦に立て篭もりインディアンの襲撃を阻止に向かう。もう少しで全滅寸前の時、救援の部隊が到着しインディアンを駆逐する。大尉は生還し本隊にもどり恋人と抱き合いメデタシ、メデタシで終わるという一昔前の典型的パターンの西部劇 。砦は山脈の前にあり、インディアンは山の反対側にいてトンネルを通り襲撃して来る。依って騎兵隊員は狭いトンネルの入口を固めれば小人数でも守備出来るという設定になっている。何日間か持ちこたえるのだが、インディアンはつねにそのトンネルを通ってしか襲撃してこないという律義さで
ある。山を越えるか迂回して来れば良いのにそうしないところが昔の映画の良いところである。救援部隊が突撃ラッパとともに到着し幌馬車の幌が上がるとそこにはガトリング機関砲が現れインディアンは
バタバタとなぎ倒される。近年の西部劇には時々ガトリング機関砲が登場するが、西部劇でこの機関砲
が全面的に登場したのは、この映画が最初ではないかと思う。因みにガトリング砲はいまでも戦闘機に
装備されている。ペックの西部劇は暗く重い感じのものが多く、この映画もあまりサッバリ感はないものの結構面白い。配役を見ると中堅どころの役者が揃いなかなか豪華な配役である。



「テルマ&ルイーズ」   Thelma&Louise     1991年
   リドリー・スコット監督    スーザン・サランドン    ジーナ・デービス
                     ハーヴィー・カイテル    ブラッド・ピット


二人の平凡な女友達同志がウィークエンドの旅行先で、一人がレイブされそうになったため、殺人を犯し次ぎから次ぎへと事件に巻き込まれ破滅に向かって突っ走る。さすがリドリー・スコット監督だけあって、唯のロードムービーにはしていない。前半は多少モタつき長いが、後半の30分は二人の女性が全ての束縛から開放されて行く過程を上手く描いている。主演のスーザン・サランドン、 ジーナ・デービス
ともに好演技を示す。ヒッチハイカーになるブラッド・ピットはチョイ役だが、その後の主演作品よりこの映画の方がはるかに印象深い。ひとつ間違えば、ただのロードムービーブラスカーチェイス映画で終わるところを上手くさばいて名作とした。アカデミーベストオリジナル脚本賞を受賞している。
もう少し整理してテンポを良くすれば本当の名作となったであろう。




「昼下りの決闘」   Ride  the High Country    1962年
    サム・ペキンパ監督   ランドルフ・スコット   ジョエル・マックリー  マリエット・ハートリー
                    ロナルド・スター     ウォーレン・オーツ  ジェームス・ドルーリー


サム・ペキンバ監督の出世作。日本の批評家はこの映画をあまり見た人はいないらしく評判にはならなかったがアメリカ本国では大変に評価の高い映画。封切当時、全然期待しないで見たが面白く得をした
気持になったことを思い出す。すでにオジイチャンとなっていたランドルフ・スコットとジョエル・マックリー
の二人をひっばり出して若い二人の恋人同士を助けるという設定が良い。なんでもブロデューサーのリチャード・E・リオンスが子供の時、ランドルフ・スコットの大ファンだったので自分がブロデューサーとしてデビューするにあたりお気に入りのスコットを主演者として迎えこの映画を製作したという泣かせる話がある。ストーリーは初老のもとガンマンであったスコットとマクリーが若い恋人同士を守ってアウトローと対決し打ち倒すがマクリーさんは撃たれて息が絶え残ったスコットさんは若い恋人たちを伴って去って行くのでありましたというお話。どこかの国立公園でロケーションをしたので風景がとても美しい。
マリエット・ハートリーはこれが日本でのデビュー作になるがマリナ・ブラディーとダイアン・ハーシーを混ぜて少し変形させたような容貌だがとても好感が持ててファンになったのだが、その後全然出演作が公開されず、どうしたのかと思っていたところ最近の刑事コロンボを見ていたらゲストスターとして登場したので本当に懐かしかった。どうも彼女は映画ではなくテレビで活躍していたようだ。のちに派手なバイオレンスシーンの演出で有名になったペキンバ監督だが、この時代はまだアクの強さがなくオーソドックスな演出をしている。
 




「魅惑の巴里」   Les  Girls     1957年
    ジョージ・キューカー監督     ジーン・ケリー   ミッチィー・ゲイナー
                         ケイ・ケンドール  タイナ・エルグ


原題のタイトルにフランス語の冠詞Lesが使われていることからもわかるようにアメリカ映画らしくない洒落たミュージカル仕立ての大人向けコメディー。人気者のダンサージーン・ケリーと3人の美人ショウ
ガールとの恋模様が回想シーンを主体に織り成される。3人の女性がケリーとの関係をそれぞれ語るのだが、それが「羅生門」と同様にそれぞれの話が微妙な点でことなり、果たしてケリーが本当に愛して
いたのは誰かということになる。そういうストーリーを核としてミュージカルシーンを散りばめて展開される。ジーン・ケリーはどこが良いのか日本人には理解出来ない俳優さんだが、この映画の彼は押さえた
演技で好感が持てる。夭逝したケイ・ケンドールはイギリス出身の大人の色気を備えたゴージャスな女優さんだったが、もし今も健在だったら大女優になっていただろう。スエーデンかノールウェー出身の
タイナ・エルグはグレン・フォード主演の「偽将軍」でデビューし可愛らしさと大人の魅力を備えた女優さん。いつの間にかスクリーンから遠ざかってしまったのは残念である。3人のショウガールの中では、主役のミッチィー・ゲイナーが野暮ったくて一番落ちる。この映画は色彩もキレイであるし、話も挿入歌も良いし、お勧めの作品である。 





「野生の女」    Untamed     1955年
    ヘンリー・キング監督      タイロン・パワー   スーザン・ヘイワード  
                        リチャード・イーガン    リタ・モレノ


スーザン・ヘイワードがタイトルロールの気の強い女性を演ずる。この映画の変わっているのは舞台がまだ未開発時代の南アフリカという点にある。最近では南アフリカが舞台となる映画がチラホラ見かけられるが、この映画が製作された時代には、ほとんどなく子供ながら印象に残っている作品である。
西部開拓と同様に白人は幌馬車隊を組んで奥地に進んで行く。当然ながら現地のズール族は襲って来る。幌馬車隊は西部劇と同じように円陣を組んで迎え撃つ。インディアンと異なりズール族は槍を主体で襲って来る。槍というのは弓矢とは違う迫力があり、映画的にはおもしろいシーンが撮れるものだなと思った。このような活劇シーンの合間にタイロン・バワーとスーザン・ヘイワードの喧嘩しながらのロマンス。ヘイワードに横恋慕するリチャード・イーガン。タイロン・バワーを誘惑するリタ・モレノが絡み、イーガンとモレノは亡くなりヘイワードとバワーは結ばれる。ストーリーは陳腐であるし、ヘンリー・キング監督の演出は例により大味だが不思議と印象的に脳裏に残っている。この映画で初めてリタ・モレノを知ったのだが子供心にもセクシーな女優さんだなと思った。のちに「ウェストサイドストーリー」でアカデミー女優助演賞をもらったが、その時には、すでにこの映画に出ていた頃の輝きは失われていた。



「戦場」    Battlegrund      1949年
    ウィリアム・A・ウェルマン監督   バン・ジョンソン  ジョン・ホディアク  リカルド・モンタルバン
          ジョージ・マーフィー   ジェームス・ウィットモア  ドン・テイラー

終戦後、初めて封切られた戦争映画。アメリカは終戦後しばらくは日本人を刺激したくないので戦争映画の輸出を控えていた。特に日本軍相手の戦争物が輸入されるようになったのは、この映画が入荷したのち何年か経過した後であった。有名なバルジの戦いを題材としている。この戦いでアメリカ軍は天候の悪さにたたられ苦戦をしいられた。天候が回復し空軍の活躍が出来ることになりアメリカ軍は勝利することが出来た。その辺のことがきめ細かく描かれている。ウェルマン監督は一応名匠と呼ばれる人であるが、アクションの演出においては「勝利なき戦い」「地獄の戦場」もそうだが今一つ切れ味に欠ける。俳優ではジェームス・ウィットモアが好演している。この時代の戦争映画では、まだ子供であったので見たくとも見られず見逃している「激戦地」「GIジョー」「二世部隊」等を是非見たいのだがビデオが発売されていないのが残念である。



「最後の手榴弾」  The last grenade    1970年
    ゴードン・フレミング監督     スタンリー・ベイカー    アレックス・コード
                         オーナー・ブラックマン   リチャード・アッテンボロー

イギリス映画。イギリス人の傭兵が敵味方に分かれ対立する。お互いに一緒に闘った経験があり、互いの性格とか戦術は熟知しており丁丁発止のやり取りが交わされる。アレックス・コードが悪役で珍しくスタンリー・ベイカーが善役となる。舞台は東南アジアのジャングルだったと思う。最後はベイカーがコードに撃たれ死ぬのだが死の直前に手榴弾のピンを抜いて手に握り近づいて来たコードを死の道連れにし
二人とも壮絶な死を遂げる。今では良くあるストーリー展開だが、封切当時にはこのようなストーリーは
あまりなく印象に残っている。この映画は2〜3流館で封切られたので見た日本人は少ないと思われるので紹介した。




「駅馬車」  Stagecoach     1939年
   ジョン・フォード監督     ジョン・ウェイン    クレア・トレバー  
                     トーマス・ミッチェル  ジョン・キャラダイン

あまりにも有名なジョン・フォード監督の西部劇。アメリカ映画を代表する一本に挙げられる作品。
脚本はフォード監督と「ハリケーン」「肉弾鬼中隊」「果てなき航路」等でコンビを組んだ名脚本家のダドリー・ニコルズが担当。流れ者のリンゴー・キッドが途中から駅馬車に乗り合わせインディアンの襲撃から乗客を守り、無事に乗客を目的地に送り届けたのち、宿敵の3人の無法者を倒し乗客の酒場女と結ばれる。乗客8人の人生模様にインディアン襲撃のアクションシーンを絡めて飽きさせずに展開される。
日本では、すでに戦前に封切されているが、私が見たのは、もちろん戦後になって何回かリバイバル上映された時である。ジョン・ウェインは「ビッグトレイル」で主役をはってデビューしたが、その後,泣かず
飛ばずで3流のウェスタンフィルムにばかり出演していたが、師匠のフォードがこの映画に主役として呼び寄せスターダムにのし上がった。その後、フォード監督の西部劇3部作「黄色いリボン」「リオグランデの砦」「アバッチ砦」に主演し名実ともに大スターの仲間入りしたのは、ご存知のとおりである。トーマス・
ミッチェルはアル中のドクター役でアカデミー助演男優賞をとり、その後アル中役ばかりに多く出演している。流れ者の紳士然としたギャンブラー役のジョン・キャラダインも適役。しかし、何と言ってもこの映画の魅力はアクションシーンの素晴らしさにある。演出は有名なスタントマンのヤキマ・カヌートで彼はこの映画のスタントシーンの演出により世界にその名を知られることとなった。アリゾナのモニュメントバレーを疾走する駅馬車とそれを襲撃するジェロニモ率いるインディアンの大軍。スピードとスリル溢れるシーンが映画のもつ独特のダイナミズムを駆使して描き出される。一部スクリーンブロセスの合成シーンがあるものの現代のCGばかりのアクションシーンと異なり実写の迫力があり、爽快である。フランスでは、このシーンが終わると拍手が鳴り止まなかったとの逸話が残っている。背景に流れるアメリカ民謡
「寂しい草原に埋めないでくれ」も効果的に使われている。この映画が後世に与えた影響は大きく乗客が話をしている最中に突然インディアンの放った矢が胸に突き刺さったり、インディアンの大軍が突然
丘の上に登場するシーンとかは、その後の西部劇に多いにマネされている。ブロデューサーのウォールター・ウェンジャーは、のちに金に困りこの映画の権利を売ったために3流ウェスタンに、この襲撃シーンが、たびたび使い廻されており、私自身も何回か他の西部劇で見ている。フォードは広い空の雲をバックに流すシーンが得意で黒澤 明が良く真似していたのは皆さんご存知のとおりである。時代を経ても
この映画を凌駕する西部劇はなかなか出て来ないことだろう。



「夏の夜は三たび微笑む」   1956年   スウェーデン映画
      イングマール・ベルイマン監督

世界の名匠ベルイマン監督作品は何本か見ているが、面白いなと感じたのは、この作品だけである。
「野いちご」はなるほど人生のはかなさをうまく伝えているなとは思うが、さっばり面白くはない。「第七の
封印」に至っては「去年マリエンバートにて」と並び私のワーストワンにランクされるつまらなさである。
スウェーデン映画の特徴は画面の暗さとスウェーデン語のしゃべりのテンポの遅さであり、どうも馴染めない。しかし、この映画は,いわゆる艶笑(今時こんな言葉は流行らない)喜劇であり、とても楽しめた。
依って、私はこの映画だけでベルイマン監督を評価している次第である。主人公の貴族が自分のベットの横のボタンを押すと隣の部屋との境の壁が上に上がり、隣の部屋で寝ていた女性がベットごと自分のベットの横に自動的に運ばれて来てしまうという奇想天外な装置も登場する。これは多分、実際にあった装置であろうし、そんなものを考えるほど、当時の貴族は暇だったのであろう。また、「ディアハンター」であまりにも有名となったロシアンルーレットも私はこの映画で初めてスクリーン上で見た。貴族の男女とそれに対比する下男、下女の色模様がスェーデン映画らしくない洗練されたタッチとユーモアを交えて描き出され楽しい作品に仕上がっている。



「傷だらけの栄光」     Somebody up there likes me    1956年  
    ロバート・ワイズ監督     ボール・ニューマン   ビア・アンジェリ  サル・ミネオ


ミドル級かウェルター級のボクシングチャンビオン、ロッキー・グラジアーノの伝記映画。とても軽快なテンポでニューヨークの不良上がりで世界チャンプとなったグラジアーノの青年時代が描かれている。
ロバート・ワイズ監督は「ウェストサイドストーリー」とか「サウンドオブミュージック」で巨匠の仲間入りをしたが、昔は良い題材を演出しているのにテンポがのろく今一の感のする監督だった。しかし、この映画は彼には珍しい歯切れの良い作品で私の好きな映画のひとつである。彼の昔の作品の中では、これと「砂漠の鼠」が私のお気に入りである。スタローンの「ロッキー」の大先輩にあたる映画で若い夫婦の夫婦愛も嫌味なく素直に描かれ好感が持てる。街のチンビラ役でのちの大スター、スティーブ・マックイーンがデビューを飾っているが、この映画を見ている限りでは、スターになれるとは、誰も想像できないだろう。若い頃のポール・ニューマンは軽くて嫌いだったが、この映画はその軽さがプラス方向に向かい好演している。肝心なボクシングシーンもかなり迫力あり。



「ベルリン陥落」   The fall of Berlin   1949年     ソヴィエト映画

終戦後、しばらくして「石の花」「せむしの子馬」を皮切りとしてソヴィエト映画が結構公開された。
この映画は題名の如く、ソ連軍がスターリングラードでドイツ軍に勝利しベルリンを陥落させるまでを描いた大スペクタクル映画。小学生時代に見た。ソ連映画はカラーであっても、アメリカ映画の使用していたイーストマンカラーでなくドイツの技術を盗ったアグファーカラーなので色が薄くハデさがなく子供心にあまり見る気がしなかったが、これは戦争映画なので見に行った次第である。
主人公はソ連軍の男女の兵士であり、ソ連軍は女性でも機関銃を持ってドイツ軍と戦ったことをこの映画で始めて知り凄い国だと思った。ソ連軍の兵士は,いわゆるマンドリンと呼ばれた軽機関銃で武装しカチューシャ砲として有名なロケット弾発射装置を備え随分近代化されている軍隊であることも知った。ドキュメントタリータッチの丁寧な作りでベルリンの市街戦も記録映画を見ているかのようで参考になった。スターリン、ヒットラーもソックリさんが登場しこれがまた良く似ていた。終戦後、間も無い時代の映画であり、当然、プロパガンダの匂いに満ちているが、それは仕方の無いことだと思う。



「女狙撃兵マリュートカ」   The  Forty First  1956年  ソヴィエト映画


ソ連映画を紹介したついでに、もう一本紹介したい。題名の如く赤軍の女狙撃兵マリュートカのお話。 ロシア革命前夜、ロシアは革命派の赤軍と皇帝派の白軍とに別れて争っていた。バイカル湖かどこかの大河での海戦の最中に嵐があり、両軍の艦隊は全滅する。運良くマリュートカは孤島に辿り着く。そこに、白軍の色男の兵士も流れ着く。マリュートカは自分の肌で兵士を暖め命を救う。こうして敵味方の男女の孤島での生活が始まり、当然、二人は愛し合うようになる。ある日、沖に船影が見えた。船は島に向けて近づいて来た。それは白軍の船だった。白軍の男は我を忘れて船に向かって走り出す。マリュートカは男に行かないように呼びかけるが、男は止まらず船に向かって走り続ける。狙撃兵であることを思い出したマリュートカは銃を取り、愛する男を射殺する。原題の41番目とは、マリュートカが狙撃した41人目の男という意味。ソ連映画なのでマリュートカのヌードもごく控えめの表現となっている。しかし、当時のソ連映画としては革命的な映画で、これ以降、ソ連でもいわゆる「雪解け」映画が続々と製作されるようになった。その先駈けとなった作品。題材が非常に映画的なので腕の良い監督が演出すれば映画史に残る作品となったであろうが、残念ながら、そこまでの域には達していない。それでも、なんとなく印象に残っている映画。



「アパッチ」    Apache          1954年
       ロバート・アルドリッチ監督     バート・ランカスター     ジーン・ビータース       
                             ジョン・マッキンタイア    チャールズ・ブロンソン


題名の如く、アバッチインディアンの勇者を扱った映画。彼はたった一人で騎兵隊に戦いを挑む。これは
実話だそうである。これと似ているシチュエーションの映画にジェフェリー・ハンターがインディアンに扮し
やはり騎兵隊に戦いを挑み死んでしまう「白い羽根」という映画もあり、そちらも実話とのことだった。
アバッチ族のバート・ランカスターは無実の罪で捕らえられ列車で護送される途中で手錠を列車の車輪に轢かせて断ち切り逃走し、たった一人で合衆国騎兵隊に対し戦いを挑む。妻役がジーン・ピータース
ラストは騎兵隊に隠れ家を発見され前のトウモロコシ畑に追い込まれるが、折りしも妻のピータースが
出産し赤ん坊の産声が聞こえて来る。我を忘れて畑の中で立ち上がるランカスター。追手も新しい命の
誕生に感動し襲撃を止める。という甘い結末となる。アルドリッチ監督は私の好きな監督で骨太の活劇
を撮らせると上手な監督だった。しかし、彼の本領は超大作よりも、この映画とかジャック・パランスが好演した「攻撃」のような小作品に本領を発揮するように思える。ランカスターは、例の如く白い歯をむき出して豪快な演技で好演。のちにハワード・ヒューズの最後の奥さんとなったピータースも野生的な魅力を発揮し、これまた好演している。



「サイコ」   Psycho          1960年

      アルフレッド・ヒッチコック監督   ジャネット・リー   アンソニー・パーキンス
                            ジョン・ギャビン  ヴェラ・マイルズ



世界の名匠ヒッチコックの映画を紹介しなければ申し訳ないということで、これにした。若い時にはヒッチ
コックの映画は幼稚で嫌いだったが、トリュフォーとヒッチコックの対談をまとめた分厚い本を読んでから
ヒッチコックを見直した。ヒッチコックははじめからストーリーはそれほど重要視せず、自分の描きたいシーンは、どう表現したら大衆にアピールするかを一番に考えて映画づくりをしたということだった。依って
ストーリーが陳腐になってもあまり気にしていないので幼稚な点が多かったということが理解出来た。彼は希に見る映画づくりのテクニシャンだったのだ。それが、わかってから彼の映画を見直すとなるほど
凄いイメーシのシーンだなと改めて彼のテクニックに感動できるようになった。一例をあげると「白い恐怖
」では、ミルクをより白く見せるために豆電球を入れた。(このエピソードはあまりにも有名なので誰でも
知っていることと思う。)「めまい」では、螺旋階段から下を見たときの高さを表現するのに精巧な模型を
つくり撮影した。この方が実際に螺旋階段の上から撮影するより遥かに高さが表現出来たとのこと。「サイコ」の有名なシャワー室でジャネット・リーが刺殺されるシーンでは老婆がナイフを振りかざしリーを襲うのだが、その際、老婆役の役者の顔が鮮明に映ってしまうため、顔に黒いドーランを塗らせて、はっきりと映らないようにしたとか様々な工夫を凝らして画面づくりをしている。さて、ストーリーだが、これは
誰でもご存知なので省かせてもらう。ヒッチコックの映画の中では、私が好きなのは、「サイコ」「フレンジー」「疑惑の影」「見知らぬ乗客」「泥棒成金」「ダイヤルMをまわせ」等ストーリーがしっかりしている作品になる。ヒッチコックはブロンドの冷たい感じの女優が大好きでグレース・ケリー、テッピィ・ヘドレンを
多用した。特に、テッピィ・ヘドレンには、ご執心で本気で結婚を考えたが結局振られた。まったくいい年をして何を考えているのかと思うが彼の才能に免じて許してやろう。ヒッチコックの映画でもう一つ感心するのは顔に似合わずラブシーンの演出がうまいところである。「汚名」「北北西に進路をとれ」など軽口を叩きながら延々とラブシーンを続けるシーンが展開されるが本当に洗練されたタッチで上手いものである。「サイコ」では、ジャネット・リーとジョン・ギャビンのモーテルでの軽いベットシーンが冒頭にあるが、ヒッチコックはそのシーンは裸の女性の乳房が男の胸に埋められる官能的なシーンを撮りたいと思ったが当時のアメリカの映倫の規定が厳しくダメだったということだった。現在、ヒッチコックが健在なら、大向こうをうならせるベットシーンを演出したことだろうに残念である。
主役のアンソニー・バーンスは「友情ある説得」でデビューし将来を嘱望されていたが、あまりパッとせず結局「サイコ」の変態役だけが彼の名を永久に残すこととなった。なお、私生活ではホモとして有名だった。

最後にヒッチコックがお気に入りのグレース・ケリーについて彼自身が語った言葉があるのでご紹介させていただく。私自身、冷たい感じの女性が好みなのでこの言葉には多いに共鳴するものがある。
「世界中で一番セクシーなのはイギリス女性だ。セックスは見せびらかすものではない。イギリス女性は
一見、学校の教師のようだが、タクシーの中で突然男のズボンを脱がすことを平気でやってのける情熱
を持っている。グレース・ケリーの氷山のような冷たい美貌を意識的に際立たせるようにした。近寄りがたいほどの格調高い美人が、部屋のドアまでエスコートしてくれた男の唇をさっと盗む。アイリッシュの血
をひくグレース・ケリーの魅力がここにあるのだ。」



「灰とダイヤモンド」   Papiol  i Diament                 1957年   ポーランド映画
      アンジェイ・ワイダ監督    ズビグニエフ・チブルスキー  エヴァ・クジジェフスカ


地下組織に属している若者が誤った殺人を犯し、良心の呵責を覚え、バーの女の子にも恋心を抱いたりするが 、結局、戦後の混乱の波に翻弄され兵隊の銃弾を浴びてゴミ捨て場のゴミにまみれながら一命を落とす。ポーランドの戦後の混乱期における青春物語。この時代までのポーランド映画は全て戦争
の影を引き摺っており、「影」もそうだが、ポーランドの国の複雑さを理解していない日本人には、しっかりとは背景がわからないので、とっつきにくい作品が多かった。その中で、このワイダ監督は西欧的な思想の持ち主なので理解しやすい作品が多かった。主演のチブルスキーは、この映画一本で世界的俳優になったが、若くして事故死してしまったのは残念である。ジェームス・ディーンの亜流のような風貌と
臭い演技をし、少々鼻につくが全然演技力が無いよりはマシだと思う。この映画の魅力はワイダ監督の
ハッタリをきかせた画面づくりとチブルスキーの天衣無縫な演技力によって支えられている。ラストでチブルスキーが兵隊に追われて洗濯物が一杯干されている場所に逃げ込みシーツの中に隠れる。彼は傷をおっているので白いシーツに赤い血がサァーと滲み出てくる鮮やかさ。思わず「お主、やるな!}と微笑ましくなってくる。題名の「灰とダイヤモンド」は誰かの詩の一節だったと思う。名画ではないが、この映画づくりに携わった人々の熱気が画面から伝わっきて好感がもてる作品。



「野女ヤスカラ」      Sombre Verde     1955年    メキシコ映画
     監督  わからない。      リカルド・モンタルバン


皆さん、メキシコ映画は見たことありますか?昔は結構輸入されていました。これもその一本。でも、この映画を見た日本人は数少ないことと思います。私が見に行ったのは、なかなかエッチなシーンの多そうな映画だったから。題名どおりジャングルの中に生活する野生の美女ヤスカラと探検家か学者か何か忘れたが、そういう類の男との際物的なラブロマンス。ヤスカラに扮する女優さんの名前はとっくに忘れてしまったが、とても可愛く魅力的な女優さんだったことは覚えている。確か、彼女はリンダ・クリスタル(と言ってもみなさんは、ご存知ないことと思いますが、一時タイロン・パワーの奥さんであったし、ハリウッド映画にも何本か出演している。)の妹ということだけは覚えている。もともと育ちの良い女優さん
なので野生的な魅力には欠けるものの洗練された魅力がある上にグラマラスな姿態で良かった。従がってエッチなシーンを演じても少しもいやらしくなく印象に残っている。男優のリカルド・モンタルバンについては、映画好きな方なら名前位は知っているものと思いますが、メキシコ出身でハリウッドに招かれ相当の本数の映画に準主役級で出演している。この中では肉体美を披露するがいい体をしているのに
驚いた。メキシコ映画ではプロレス物の「偉大なる野獣」とゲテ物の「獣人ゴリラ男」を見逃しているので
機会があれば見たいと思っているが、無理だろう。




「ゲリラ隊未だ降伏せず」    Nenita Unit   1953年    フィリピン映画
     監督  わからない。    出演者    わからない。


皆さん、フィリピン映画は見たことがありますか?最近では時たまNHKの教育テレビのアジア映画の
紹介番組であったかも知れませんが、この映画が日本で封切された1950年代にはフィリピン映画は
一本も上映されていなかった。なぜ、私がこれを見たかというと、子供だったので題名の「ゲリラ隊未だ
降伏せず」というのにひかれ、きっと戦争活劇物じゃないかと思って見に行ったのである。
画面をみたら日本人とまったく変わらない顔をした俳優さんが出ていてガッカリした覚えがある。
ビックリしたのはフィリピン映画には西欧と同じでやたらとキスシーンが出てくることであった。当時、日本映画でも、キスシーンはめったになく、子供の私はアジア民族はキスはしないものと思っていたからである。そしてその時、思ったのです。アジア・東洋人にはキスは似合わないということを。なぜかと言うと総じて平らな顔をしているので、側面から映すと立体感に乏しいので画的にも決らないないのです。
ストーリーは戦後のフィリピンには政府に敵対する有名なゲリラ「フク団」という集団が存在しこれを政府側の主人公が掃蕩するというものです。因みに、「フク団」はいまでも生き残っている。まあ、白黒のつまらない映画だったが、珍品として紹介させてもらった。



「陽の当たる場所」   A Place In The Sun  1951年{
    監督  ジョージ・スティーブンス    モンゴメリー・クリフト  エリザベス・テイラー
                            シェリー・ウィンタース  レイモンド・バー


ドライザーの「アメリカの悲劇」をジョージ・スティーブンスが監督した作品。ドライザーの原作というより
1931年にジョゼフ・フォン・スタンバークが監督した「アメリカの悲劇」をリメイクした作品。原作は読んだことはないが、もっと社会的問題を主題にしているらしいが、スティーブンスはモンゴメリー・クリフト、エリザベス・テイラー、シェリー・ウィンタースの三大俳優を使って、もっぱら三角関係の恋愛を描くことに
重点を置いている。そこがこの映画での甘さであるが、興行成績を考えるとそうせざるを得なかったのだろう。この映画は1951年度のアカデミー賞を監督賞をはじめ6つ受賞している。貧乏だが、野心家の
クリフトが都会に仕事を捜しに行く途中で金持ちの娘テイラーと知り合う。都会に出たクリフトは大きな縫製工場に就職する。しばらくして、工場オーナーの姪が偶然、テイラーだったことを知る。二人は互いに愛し合うようになる。しかし、モテモテのクリフトは女工のウィンタースとも良くなりウィンタースは妊娠
してしまう。クリフトとウィンタースは湖のボートの上で今後について話合う。ウィンタースが突然、立ち上がった為、湖におちて溺死してしまう。裁判になり、不可抗力にも関らずクリフトは死刑判決を宣告される。最後の別れを言いに来たテイラーは変わらぬ愛を誓うのであった。要するに、貧乏人はいくらあがいても貧乏人から抜け出せないという一昔前に全盛だったテーマを扱っている。最近の若い方々には
ビンと来ないテーマであろうが、果たしてそれだけ日本も豊かになったと言えるのだろうか。エリザベス・
テイラーは当時18才なのに随分年上に見える。美人女優として有名でお人形さんのような役ばかりやらされていが、この映画の彼女もそうだが私は彼女はなかなか演技力があると思っている。きっと会社の彼女に対する評価が間違っていたのだろう。

久しぶりのセリフ紹介コーナー

「いつも一人でいるのね。憂鬱なの? それとも、お高いの?」


「僕は君を愛している! 初めて会った時からだ。いや、会う前からなのだ!」
   ※ 要するに、前世からの因縁で結ばれる運命にあったということ。



「めぐり逢い」     An Affair to Remember   1957年                             監督  レオ・マッケリー      ケイリー・グランド    デボラ・カー


マッケリー監督自身が1930年代にシャルル・ボワイェとたしかアイリーン・ダンで製作してヒットした作品のリメイク。豪華客船の船上で知りあった男女が航海終了後にエンバィアステートビルの展望台での
再会を約して別れる。約束の日、男が待てど暮らせど女は来なかった。女は途中で交通事故にあい行く
事が出来なかったのだ。しかも、足を負傷し車椅子での生活を余儀なくされていた。何年か後、男は女の所在がわかり、訪問し女が来なかった理由を知り、抱き合うのであった。という大昔に流行ったお話。
前作では、エンバイアステートビルを効果的に使っていたようだが、私は見ていないのでわからない。
現在の殺伐たる時代には、とても理解しがたい映画だが、御伽噺として見ればノンビリ楽しめる。
テーマソングをビック・ダーモンが歌いヒットした。


セリフ紹介のコーナー

これは船上でケイリー・グランドがデボラ・カーと知り合った時のセリフ。
「君は命の恩人だ・・・退屈で死にそうだったんだ」




「獅子王リチャード」  King  Richard and Crusadars    1954年
    監督 デゥ゛ィット・バトラー
               レックス・ハリスン、ローレンス・ハーベー、バァージニア・メイヨ
               ジョージ・サンダース


過去何本もつくられた獅子王リチャードをメインとした十字軍物の映画。ストーリーは子供だましだが、
中世の雰囲気は良く出ている。レックス・ハリスンが獅子王リチャードに扮し、ローレンス・ハーベーがリチャードを助ける正義の騎士、ジョージ・サンダースがいつもながら悪い騎士。この映画は全然評判とはならなかったが、結構、面白く印象にある。ローレンス・ハーベーとサンダースのチャンバラシーンも
迫力あった。配役は豪華だが、なぜ評判とならなかったのだろう。もう少し評価されても良い映画だと思う。ストーリーに目新しさがないのが原因だろうが、私は好きな映画の一本に挙げたい。



「家 路」  Lassie Come Home         1943年
    監督 フレッド・M・ウィルコックス     ロディー・マクドォール、エリザベス・テイラー、
                              ドナルド・クリスプ、 エルサ・ランチェスター、


名犬ラッシーが、初めてスクリーンに登場した映画。このあと、何年かして、テレビがアメリカ全土に普及
し、ラッシーもテレビ版が出て日本にも輸入され、誰にも名前が知れ渡った。ストーリーは貧しい家族が
可愛がっていたラッシーを売らざるを得なくなり、ラッシーは遠くの金持ちの家に売られることになる。
ラッシーは途中で逃げ出し苦しい旅を続け、懐かしい家族のもとへと帰る。戻って来たラッシーを家族は
暖かく迎え、もう離さないことを誓うのであった。総天然色映画で色彩もキレイだし、真面目なお話なので大衆に幅広く支持され、ラッシーは、たちまち大衆のアイドル犬となり、その名前は今も一般に知れわたっている。エリザベス・テイラーが、まだ可愛い子役で出演している。ロディー・マクドォールは当時、子役としては大人気で、たくさんの名作に出ている。大人になってからは、悪役が多かった。配役を見ると
なかなかの芸達者な俳優が出ており、メトロ映画がこの作品に力を入れていたことが伺われる。

  

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