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−地方発信の文化− 「地方の時代」と言われながらも、未だ中央の文化水準は高く、 地方の文化は低いという認識から、中央の文化を地方が享受する という図式があります。 劇団プチミュージカルは、文化の基本は生活にあり、 その生活の基盤である地方こそ、文化の発信地であるという理念から、 地方発信のミュージカルを発表しつづけています。 |
・正直、子どものアマチュア劇団ということでさして期待もしてなかったのですが、
しっかりとしたテーマに歌と踊りもプロ顔負けです。|
プチミュージカルMINI HISTORY 1984 小学校のクラブ活動で音楽劇を始める。 1990 大劇場で公演を始める。(高松市民会館、香川県県民ホール) 1993 劇団プチミュージカルとして独立! 1994 初めての県外公演(愛媛県八幡浜市)。 1995 香川県代表劇団として栃木県で開催された演劇祭に参加。 1996 音楽之友社より、作品のVTR、CD、楽譜、台本、指導法が出版される。 1997 これまでのユニークな活動が認められ、子供文化賞受賞。 第12回国民文化祭児童演劇祭の運営に携わる。 1998 第3回宝塚ミュージカルコンクールにて金賞受賞、プロ劇団を押さえて 日本一に。併せて第1回内海重典賞受賞。 |
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−文化の担い手としてのアマチュア− かつて獅子舞や太鼓などの地域芸能の担い手は、農業を生業とするアマチュアではなかったでしょうか。 そしてひとりの人間には、生活の糧としての仕事とライフワークとしての芸能が存在したのではないでしょうか。 劇団プチミュージカルはそのような文化活動のあり方を求めています。アマチュアはプロのまねごとという 考え方から脱皮し、アマチュアこそが文化の担い手という発想からの文化活動に取り組んでいます。 しかしアマチュアだからといって、舞台に立つ以上甘えは許されません。厳しさも要求されます。 それだからこそ、余暇を楽しむ趣味的なものを超えて、ライフワークとなりうるのです。 日本全国には、芸能プロダクション化した劇団も数多くありますが、私たちが目指すのは、 芸能人育成ではありません。豊かな人生を送るための文化活動なのです。 |
・心の底から感激しました。見ながら心が温かくなりました。もっともっと大勢の子どもたちに大人たちに
見てもらいたいものです。|
「セルロイドの樹の下で」 劇団プチミュージカルクラッシックシリーズ。 あの名作「セルロイドの樹の下で」が今年、よみがえります。 みなさんは,「青い眼の人形」の歌を知っていますか? 「青い眼をしたお人形は アメリカ生まれのセルロイド・・・」 90年前,日本とアメリカは友好のために人形の交換をしました。 しかしその後,両国は戦争に入ってしまいます。その時その人形たちは・・・」 香川県県民ホール(12月)で公演します。 |
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