* 罪と罰 *
革命の後、リブリアの人々は新しい指導者を推戴した。
以前と同じ方法、以前と同じシステムの国民投票で選ばれた、新しい指導者だ。
ただ以前と違うのは、票を投じた国民たちが誰もプロジアムを摂取していなかったことだけだった。
彼らの新しい指導者は歓呼をもって迎えられ、紙吹雪の撒かれる大通りをパレードした。通りの周辺を十重二十重に取り巻いた国民たちの顔には笑顔があふれ、その輝く顔のひとつひとつに、新しい指導者も笑みを返した。
かつての中央庁舎は内装も外装もすっかりやり直されて、新しい主人を待っていた。
やわらかなトーンの白い壁、目にも快い飴色の調度品の中に落ち着くと、その男はにぎやかになったリブリアの街路を見下ろして、ふわりと笑った。
この世界に、足りないものはなにひとつないようだ、とそのときは思った。
* * *
だがやがて、とある技術者が彼の執務室を訪れて、最新技術についての援助を熱望した。
以前この国を支配していた「ファーザー」は、モニターの中にしか実在しない人物だった。裏で実権を握っていたひとりの大胆な男が、架空の顔と声の陰に隠れて、自分の言葉を語らせていたのだ。
「デュポント氏は、人間と見分けのつかないほど精巧なアンドロイドを開発するよう、私に命じていました」
彼は黒い聡明な瞳で研究者を見つめ、静かに言った。
「ファーザーそっくりな、ということか?」
「いえ、私にはわかりません。まだ容姿についての指示はありませんでした。研究はもうすぐ完成するところまできています。どうか資金の援助をお願いしたいのです」
研究者は必死に訴え、新しい若い指導者はしばし沈思黙考した。
それがすばらしい研究だということはわかっていた。研究者が求めている援助金の額は莫大だが、もしそれがほんとうに実現するなら安いものだ。
事実確認のためにいったん研究者を去らせた後、彼は、もしその研究が完成したらどんな容姿のアンドロイドをつくらせたらいいだろう、と考えを巡らした。
彼自身の影武者、そしてまた身の危険にさらされているすべての人間の身代わり役。
精神を病んだ者のために、彼らの心を癒せるようなアンドロイドがいてもいい。
それから・・・。
いよいよその計画に援助金を出すことが決まり、喜び勇んだ研究者が再び執務室を訪れたとき、彼は現在作成中のプロトタイプについてひとつの注文を出した。
かなえられなくてもかまわないが、と前置きをして差し出されたのは、ひとりの男の資料だった。
研究者は、否とは言わなかった。
* * *
それから数年たって、ようやく「それ」は完成した。
今では大物の風格漂う壮年の男となっていたが、それでもまだ彼は指導者の椅子についており、ようやく再訪した研究者を親しげに迎えた。
「これがそうか?」
「はい。ようやく完成しまして」
「・・・まるで生きているようだ。クローンじゃないのか」
「クローン生物の子どもは、これほど早くは育ちません」
わかっている、とにこやかに言いながら、彼は研究者をねぎらって退出させた。
あとに残された「それ」は、落ち着いた様子で彼の机のそばに佇み、生みの親である研究者が出ていってもぴくりとも動かなかった。
指導者はゆっくりと机を回っていって「それ」の姿を眺め、そっと指先で触れてもみた。
それから、その個体名を呼んだ。
「・・・パートリッジ」
「はい」
穏やかな声が答えた。
呼ばれたのを合図として、「それ」は呼吸らしきものを始め、ゆるやかに頭を巡らして、指導者の方へ向き直った。
美しい緑の双眸がぱちりと瞬きをして、彼を見た。
指導者は「それ」に向かって微笑み、手を差し出した。
「それ」もまた、すんなりと長い指を伸ばして彼の手をとった。
「パートリッジ」
「はい」
「私の名前を知っているか?」
「プレストン様です」
「ジョンと呼べ」
「はい、ジョン」
「私が笑ったら、おまえも笑え」
「はい、ジョン」
「私が好きだと言ったら、おまえも好きだと言え」
「はい、ジョン」
「パートリッジ」
「はい」
「おまえは工場から出てきたばかりだ。最初に何がしたい?」
「申し訳ありませんがデータがありません。なんと答えればよいでしょうか」
「・・・では、私の命令を待っていると言え」
「はい。あなたのご命令をお待ちしています」
その声は、あたたかく、深みのあるテノールだ。
指導者の記憶の中にある声とは少し違っていたが、何語かしゃべらせるうちにまったく気にならなくなった。
「それ」は自分の仕様書を脇に抱えていた。
しばらくしてから確認したところでは、「それ」の声帯はほかのすべての部分と同様微細な電気信号で動く特別製で、喉にはなかった。動力の影響を受けずにすむよう、左胸の下に内蔵されていたのだ。
夜中、とても静かなときに、「それ」の胸に耳を当てて何かを喋らせると、わずかな振動音が肋骨下の空洞を通じて伝わってくるのが感じられた。
指導者は、「それ」を自分の公邸に連れて行った。
あまり人目にたたないよう、終日を彼の私室に閉じこもって過ごすことについて、「それ」が不満を唱えることはなかった。
唱えるべき不満を持たなかったからだ。
* * *
指導者が私室にいない間、「それ」は椅子に腰掛けた姿勢のままで何時間でもじっとしていた。
仕様書によれば、無駄な電力を消費しないよう、そうするようにプログラムされているという。
指導者は「それ」に、彼が自室のドアの前にたどり着いた気配がしたらすぐに動作を開始しろと命じた。「それ」はすみやかに自分の設定を切り替え、それまでは個体名を呼ばれることがきっかけだったスタート動作を早くした。
「それ」に生殖機能はなかった。
だがその行為を装うことはできた。
指導者の望むとおりに名を呼び、笑い、ものを食べるふりをするのと同じように、「それ」は彼のベッドの相手もつとめた。このうえなく従順な恋人として、あるいは道具として、彼は「それ」を愛した。
「それ」は睡眠を必要としないが、眠るふりをすることはできた。
指導者が不在の間とは違い、動作を止めているのではないという。静かな寝息を立て、腕の中におさまって目を閉じている「それ」の体温を感じていると、彼の気持ちはずいぶんなだめられた。
新しい政府の仕事は忙しく、また彼を権力の座から引きずりおろそうと企む者たちとのパワーゲームは常に苛烈だった。その心労のために、彼の漆黒の髪にはところどころ白いものが混じるようになっていた。
だが、今このとき、彼は満足していた。
この世の中に足りないものなどなにひとつなかった。
閉じられた瞼の上にキスをして、「それ」の額に自分の額を押し当てる。深い皺の刻まれた自分の額と比べて、「それ」の額は若々しく感じられた。
「パートリッジ、おまえを愛しているよ」
「はい、私もあなたを愛しています」
眠っているはずの「それ」が、ぱちりと目を開けて答える。そう答えろと、彼が教えたのだ。
指導者は微笑み、「それ」の唇にキスを落とした。
「それ」も彼を見上げて、優しく微笑み返した。
* * *
だが、「それ」には感情がない。
かつての彼がそうであったと同じように。
ある夜、彼は訊ねた。
「パートリッジ、私を愛しているか?」
「申し訳ありませんがデータがありません。なんと答えればよいでしょうか」
指導者が笑っていたので、「それ」もまた笑顔になっていた。
彼が笑うのをやめると、「それ」も幸福そうな笑みを消した。
彼はゆっくりと腕をほどき、「それ」のほうを向かずに命じた。
「パートリッジ、向こうの部屋へ行って停止しろ」
「はい」
裸のまま、「それ」は何のためらいもなくベッドを降りて、暗い部屋を横切って隣室へ行った。
すぐに、何の物音も聞こえなくなった。
指導者は暗闇の中でじっと目を見開いたまま、彼が失ってしまって、二度とふたたび取り戻せないもののことを考えた。
昔、感情のない男がそれと知らずに犯した罪の重さについて考えた。
「許してくれ、パートリッジ・・・」
今夜も、彼はそう呟いた。
その言葉はむなしく闇の中へ融けてゆき、隣室で待機している「それ」の聴覚センサーにすら届くことはなかった。
* FIN *
■INDEX■
あたしを野放しにするとこんなことになります。
明日の朝になって我に返ったら下げちゃうかも。
こんなことばっかりゆってるとお話の数が増えないので、
いっつも耐えようとは思うんですが。
20040208
パー君ヴァージョン