* fragile/10 *
だが、転機は思いがけない瞬間にやってきた。
その週の日曜の午後、怪我を理由に礼拝を欠席したディヴィッドのもとに、教区牧師が見舞いに訪れた。もともとディヴィッドは熱心な信者ではない。不信心のためか奇禍に見舞われはしたが、そのおかげで日曜の早朝から正装して教会へ行かずに済むことは、彼に皮肉な喜びを与えもした。
二階の自室にいたディヴィッドに来客を告げたのは、ショーンだった。ちいさな銀のトレイを大切そうに両手で持って差し出して、
「牧師さんです、旦那様」
と言った。本来、ショーンの役目ではない。
「執事はどうした?」
「執事さんは、ちょっと腹をこわしているので・・・私が代わりに」
「そうか」
トレイから名刺をつまみ上げ、ディヴィッドはうんざりしたように答えた。いま、あの目の鋭い管財人の次に会いたくないのが、この牧師だった。
真面目で性格の穏やかな人物だが、信仰については妥協するということを知らない。土地の有力者であるディヴィッドが教会に敬意を表すのは当然であり、多くが彼の小作人である教区民たちに率先して範をたれることは義務ですらある、というのが牧師の持論らしかった。
悪い人物ではないのだが、ディヴィッドの興味を教会へ向けようとして要らぬ説教をするので、顔を合わせるのは憂鬱だった。献金を増やせばいいだけのことなら断るのも承諾するのも楽なのだが、この牧師はディヴィッドに、晩祷に出席しろとまで言うのだ。
だが、わざわざ来たとなれば、会わないわけにもゆかない。ディヴィッドは寝ころんでいたカウチに身を起こして、外出の予定がなかったのでまだ剃刀を当てていなかった頬をざらりと撫でた。
「着替えなきゃならんな。ショーン?」
「はい」
腕で招くとすぐに彼はかがみ込んで、立ち上がろうとするディヴィッドに腕と肩を差し出した。彼にはやや大きすぎる例のシャツを着ていたので、上から見下ろす形になったディヴィッドには、胸元の浅い部分に散っている赤い痣がちらりと見えた。
三日前の夜、ショーンの鎖骨の上に、ディヴィッドはいくつもくちづけを重ねた。そのときの名残が、ショーンの肌の上にまだ褪めずに残っているのだ。
ふと、悪戯心が湧いた。
いつものように、伸ばされたショーンの腕をつかむかわりに、ディヴィッドは彼の首筋をつかまえた。
「旦那様?」
不審そうにショーンが目を上げる。その目の上に手を当てて閉じさせ、ディヴィッドはゆっくりと彼の頭を腕に抱え込んだ。そのまま引き寄せて自分の肩に顎を載せさせると、つま先に体重がかかってショーンは不安定な前屈みの姿勢になった。
ショーンはぐっと息を呑んだが、なにも言わなかった。ディヴィッドの出方を窺うように息を殺している。
ディヴィッドはそろりと指を伸ばして、彼のシャツの襟元から中へ滑り込ませた。指先の感触だけを頼りに鎖骨と胸元のくぼみを撫でさすると、なめらかな彼の皮膚の下で、緊張がじわじわと筋肉を張りつめさせてゆくのがわかった。ディヴィッドの手に押さえつけられている項はもう真っ赤になっている。
ゆっくりと首を傾け、その首筋に唇を押しあてた。さすがにショーンは身を退こうとしたが、ディヴィッドは許さなかった。なだめるように低く、バラ色に染まった耳朶に囁きを吹き込んだ。
「大丈夫だ、こんなところに痕はつけない・・・」
「し、下で牧師さんが」
「会いたくない」
健康的な汗のにおいがする肌に、軽いキスを繰り返す。我ながら駄々をこねている子どものような言いぐさだとは思ったが、腕の中で弱々しくもがくショーンを抱いていると、もう少し困らせてやりたくなった。
「だめです、牧師さんが待って」
「うるさいぞ」
ショーンの頬はなめらかな手触りだった。気楽な立場のディヴィッドとは違う。今朝も、教会へ行く前に顔をあたったのだろう。その頬に手をかけてぐいとこちらを向かせ、唇を重ねて黙らせた。
「んっ・・・」
驚いたように、ショーンが身をこわばらせる。思わず見ひらかれた緑の目が、面白がっているようなディヴィッドの目とかち合い、ぱちりと音が立ちそうな勢いで閉じられてしまった。
そういえば、あまりこういうキスはしたことがなかったな、とぼんやり考えた。そんなことを思ったのは、間近に見るショーンの睫が震えているのに気がついたからだ。金髪の彼は体毛も色が淡く、日焼けした皮膚の色にまぎれてあまり目立たない。
反射的に拒もうとする唇を舌先で割って開かせ、ゆっくりと歯列をなぞった。ショーンの口内はあたたかで、彼が遅い昼食に食べたのだろう、動物性の脂肪の味がした。濡れた舌を追いかけて差し出させ、前歯の間で軽く噛んでやると、また嫌がって逃げようとした。
「ショーン」
咎めるように名を呼び、背中に腕を回して引き寄せたはずみに、ショーンの下腹部が膝に触れた。
ほんの一瞬だったが、疑いようもなかった。彼のものは明らかに体積を増して、興奮を訴えていた。
いまは安息日の昼間で、ディヴィッドは階下に謹厳な聖職者を待たせている。考えるだにおかしかった。
ベッドでは、あれほど揉んでやってもこうはならなかったというのに。
ディヴィッドは彼の耳元にごく近く唇を寄せた。
「・・・ドアに鍵をかけてこい、ショーン」
「だめです・・・」
「牧師には会う。その前に10分だけつきあえ」
「だめです」
ふるふると振られた金髪の頭に指を差し入れ、ディヴィッドはすこし語調を強めた。
「いいから、言うとおりにしろ」
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ここまでで切ってアップしたら、「生殺しです!」と
言われちゃいました。てへ。
だってここで切るしかなかったんだも〜ん。
書き直すかも知れない、とゆってましたが、やめました。(笑)
ちょっと細かいとこ修正して、それだけです。
20030830
20030831ちょこっと改稿