* fragile/14 *

オレンジジュースのグラスを持って入ってきたショーンは、ぐったりとカウチに横たわったディヴィッドの顔色を見て、ぎょっとしたようだった。執事からディヴィッドの状態については聞かされていただろうに、それでも気遣わしげに近づいてきて、
「大丈夫ですか、旦那様?」
と眉を寄せた。
口を利くと頭が痛いので、ディヴィッドは黙ったままで頷き、彼の差し出すトレイからグラスを取り上げた。
搾りたての果汁はやや酸味のほうが勝っていた。胃が荒れるな、と思いながらも喉の渇きに任せて一息に飲み干し、そのままグラスをトレイへ戻した。
ショーンはまだ心配そうに、ディヴィッドを見つめていた。ディヴィッドもかすむ目を無理に開けて、その顔を見返した。
昨夜はほとんど眠らなかったに違いない。ショーンのいつもはクリアな目はすこし充血していたし、その下にはうっすらと隈も浮いていた。
「もう一杯、持ってきましょうか?」
「いや、いい」
ふうっと息を吐き、目を閉じると瞼の裏に火花が散った。
ショーンに何か言いたいことがあるのに、頭がはっきりしない。
しかたなく、頭に浮かんだことをそのまま口に出した。
「ショーン、気分が悪い」
「だ、大丈夫ですか?」
いきなり言われたショーンがびっくりして、カウチのそばに膝をついた。かわいた掌がそっと額に当てられる。ディヴィッドはそれで、自分が汗ばんでいたことに初めて気づいた。
「旦那様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。頭が痛い」
「冷やすものを持ってきます」
「要らん。ここにいろ」
これは二日酔いじゃない、とディヴィッドは苦笑した。まだ酔いが醒めていないのだ。
酔っぱらいは時々、馬鹿なことを口にする。言ってはならないことを。

「妹の具合はどうだった、ショーン?」
額に当てられていた手がさっと離れて、ディヴィッドは惜しいような気になった。薄く目を開けて見るとショーンがちょうど立ち上がるところだった。
「思ったより、元気でした。ありがとうございます」
そう言いながらもショーンは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
だが、ディヴィッドがその表情を見たことは、気づかれずにすんだらしい。ショーンはそのままバスルームのほうへ行き、しばらくして戻ったときには水で濡らした布を持っていた。
ひんやりと冷たい布が目の上に置かれる。いらないと言ったはずのことをされても、ディヴィッドは腹も立たなかった。
とても気持ちがよかった。
しばらく瞼の上を押さえていた布が、するりとすべって頬や顎を拭ってゆく。水滴が耳のほうへ垂れていったのだけは不快だったが、ショーンがすぐに気づいて指先で拭ってくれた。
「アイロンがかけられなかったので、ちょうどよかったです」
ショーンは呟くようにそう言ったが、そのときは言葉の意味がわからなかった。

やがてショーンはゆっくりとディヴィッドを抱え起こし、彼の意思も確かめずに寝室へ運んだ。
「もうすこし寝てください」
着たばかりのガウンを剥がれ、ベッドに押し込まれてぽんぽんと上掛けを叩かれた。ディヴィッドはもう目が開けられず、そのまま意識を失うように眠りの中へ引き込まれていった。


* * *


二日続けて呼ばれてきた医師は、ただの風邪だろう、と言った。
「いくら夏だといって、寝椅子なんぞで朝方まで過ごされたのでは風邪もひきます。まだ酒くさいですぞ。ほどほどになさることですな」
まだ口に体温計をくわえさせられたまま、ディヴィッドは不満げに鼻を鳴らした。

ショーンの判断は正しかった。
階下へ降りてすぐに、旦那様は熱があるらしい、と執事に訴えたということだ。
それを受けてすぐに主治医が呼ばれ、だるい眠りを貪っていたディヴィッドは自覚もないままに診察を受けさせられた。
その様子を、琺瑯びきのトレイを持ったショーンと執事が心配そうに見守っていた。
「そんなに心配することはないよ」
触診を終えた医師が、ショーンの持っている腎臓形のトレイの中へガラス棒を戻しながらニコニコと言ってやった。
「消化のいいものを食べて寝ていれば治る。いいかね?」
「・・・はい」
どんな病気でも、この医者の言うことは同じなのだろうか。
そう思っているうちに医者は一礼して執事と一緒に部屋を出てゆき、あとにはショーンとディヴィッドだけが残された。

ディヴィッドはまだ信じられない思いがしていた。
頭痛も吐き気も、ただの二日酔いのせいだと思っていたのだが。

やがてショーンがまたゆっくりとベッドの上に屈み込む気配がした。
「ただの風邪でよかったです、旦那様」
「・・・ああ」
「なにかほしいものはありますか?」
「いや、いい・・・」
もぞもぞと上掛けの下で手を動かすと、ショーンが気づいてその手を出してくれた。 冷たい手だった。ディヴィッドの手が熱すぎるのかも知れなかった。
「旦那様?」
手首を掴まれたまま、ショーンは静かに声をかけた。その手を離してもらえないことは、特に不思議とも思っていないような口振りだった。
「旦那様、果物でも持ってきます」
「いい」
ディヴィッドは寝返りを打ちながら反動をつけてショーンの手首を引き寄せ、頬と枕の間に挟んでしまった。ショーンが困ったような顔をしたが、ディヴィッドは取り合わなかった。
「・・・誰か来たら、どけていい」

病気のせいだろう、と思った。
なんとなく、寂しい気持ちがしていたのだ。






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はやく告っちまえよ!
っていうツッコミはない方向でお願いします。
えっちでなくてごめんなさい。
自分でもこっぱずかしくなるほどメロドラマ・・・。
旦那様ったらへたれすぎです。もう諦めた。

20030914