* fragile/15 *

熱のある間は、不安な夢ばかり見た。
たとえばネズミや、金や、身近な人物の健康にまつわる夢だ。
あとから思い出せば、なるほど自分にも気がかりなことはあったのだな、と思うような夢。

ショーンの夢も見た。
彼が帽子をかぶって、車でどこかへ行ってしまう夢。
ディヴィッドが部屋へ入ってゆくと、後ろめたそうに顔を上げる夢。
裸にされ、ディヴィッドの下に組み敷かれて、苦しい涙をこぼしている夢。

最後の夢は、前の二つほどは胸に堪えなかった。
どんなに楽観的になろうとしたところで、現実にあったことは変えられないからだ。


* * *


こんな眠りには、昼も夜もない。
ディヴィッドがふとその現実に漂い戻ってみると、真夜中だった。
まず考えたのは、なぜこんなに背中が痛いのだろう、ということだった。それから寝返りを打とうとして、自力では足が動かせないことに気がついた。足元を見ようとして頭を持ち上げたら、とたんに後頭部を殴られたかのような疼痛に襲われた。
やむなく暗い天井を眺めているうちに、どっと記憶が蘇ってくる。
重いギブスで片足が固められていること、酔って窓辺でうたた寝をしたために熱を出してしまったこと。
ショーンの手をつかまえたまま、とろとろと不安な眠りに落ち込んでいったことも。

医者が出してくれた熱冷ましが効いたのか、発熱による悪寒はほとんどおさまったようだった。ただ、背中と腰がひどく張って、痛い。一度起きあがって身体の向きを変えたかったが、熱で体力を消耗しているせいか、どうしても頭が上がらなかった。
いまは何時だろうと思ってあたりを見回すと、部屋の隅にごく薄いランプの明かりがあるのに気がついた。
そこに、ショーンがいた。
どこから持ち込んできたのか、粗末な白木の椅子に座り、似たようなテーブルの上に突っ伏して眠っている。熟睡しているわけでもないのか、膝の間にだらりと垂れた片腕がピクリ、ピクリと動いていた。
「ショーン」
何も考えず呼んでみたところが、自分の声に驚いた。ガサついて割れた、弱々しい声。ショーンには聞こえた様子もなかった。
「ショーン・・・ショーン?」
それでも何度か繰り返して呼ぶと、はっとショーンは顔を上げた。ディヴィッドが起きていることにすぐ気づいた彼は、両手で顔をごしごし擦りながら弾けるように立ち上がった。
「大丈夫ですか、旦那様?」
「ああ」
ガラガラした主人の声に、ショーンも驚いたらしい。ディヴィッドの額に手を当ててみながら、
「すぐによくなられますよ」
と慰めるように言った。そういう彼の声にも、隠しきれない疲労がにじんでいた。
「・・・でも、熱はだいぶ下がりましたね。よかったです」
彼の手が離れてゆくと、ディヴィッドは上掛けの下でごそごそと身を捩った。姿勢を変えたかったのだが、いつもと同じはずの上掛けがひどく重くて、やはりうまくいかなかった。
「ショーン、横を向きたい・・・」
「はい、旦那様」
荒れた声で言うと、ショーンはすぐに上掛けの中に腕を差し入れて、ディヴィッドが身体を捻るのを手伝ってくれた。汗でじっとりと湿った夜着が肌にまつわりついて、ひどく不快だった。ショーンはそれに気づいて、顔をしかめた。
「ずいぶん汗をかいてますね。着替えたほうがいいです」
そう言うとディヴィッドの返事も待たずに彼は部屋を出ていき、すぐに新しい夜着を持って戻ってきた。ショーンが寝ていたテーブルには大きな水差しとボウル、それにタオルも用意されている。ショーンはそれらもベッドサイドに持ってきて、タオルを濡らし、固く絞った。
「失礼します」
さすがに恥ずかしそうに呟いて、ディヴィッドの上掛けを半分剥ぎ、夜着の前ボタンをはずしにかかる。だるくて上がらない腕を持ち上げられて袖が引き抜かれると、ひんやりした空気に触れた皮膚が粟だった。
ショーンは広げた布で、汗ばんだ肌を手早く清めていった。首筋から始めて胸や肩、腕から手指の一本一本まで丁寧に拭った。背中もそうした。そして、ゆっくりとディヴィッドの下着に手を掛けた。
「ショーン、もういい」
そう言ったつもりが、うまく声が出せなかった。ショーンは新しい夜着をディヴィッドの上半身にかぶせて保温すると、あっさりと彼の下着を剥いでしまった。ギブスに引っかかりはしたが、ディヴィッドが自分でやるよりもよほど簡単だった。
絞りなおしたタオルが、遠慮がちにディヴィッドの腿や膝の裏側を撫でてゆく。そうされることは確かに心地よかった。べたついた汗が拭われると同時に、気化熱が肌に爽快感を与えてくれる。ディヴィッドは軽く目を閉じて、その感覚を追った。
やがて足の指の間までごしごしと擦ってから、ショーンはもう一度タオルを水に浸けてゆすいだ。

次にどこを拭うつもりなのか、ディヴィッドにはもうわかっていた。

薄く目を開けて眺めていると、ショーンは絞ったタオルをいったん広げて掌に挟み、ゆっくりとディヴィッドのものに手を伸ばした。
それでも、ひやり、と触れてきた水気に、ディヴィッドは思わず身を震わせずにいられなかった。
「すみません、冷たかったですか? ・・・すぐ終わりますから」
ショーンの声はごく低く、ほとんど聞き取れないほどだった。
彼のものだとわかっている手が、濡れたタオル越しにそれを軽く扱く感触はたまらなかった。ざり、と体毛が擦られて、足の付け根の薄い皮膚を刺激するのもよかった。腿に触れたショーンの手首のぬくみは水の冷たさとは対照的だ。
ディヴィッドは思わず自分が反応するのを感じて、ふうっと深い息を吐いた。その気配はショーンにもわかったはずだが、彼は黙々と自分の仕事を続けた。相変わらず俯いたままで、ディヴィッドの顔を見ようともしない。
ここがもう少し明るければ、その頬が羞恥に染まっているのが見られたかも知れない。腕をかけて引き寄せ、間近に観察してやりたかったが、いまのディヴィッドは指を一本上げるのも億劫だった。

それでも、もう少し楽しみたかった。
薬のせいか頭の芯はぼうっとしていたが、ゆるやかに腰に集まってくる熱はそれとはなんの関係もないようだった。

「ショーン」
嗄れた声で呼ばれても、彼はすぐには顔を上げなかった。何を求められようとしているのか、おおかた見当がついていたのだろう。言われてしまえば拒めないが、聞かずに済ませることもできない。全身を耳にしたように、ディヴィッドの言葉を待っている。
ディヴィッドに言わせれば、それこそ自業自得というものだった。
「口でしろ。しゃぶるんだ」

ショーンはすぐには動かなかった。だがディヴィッドが待っているうちにのろのろと顔を上げ、ごくりとひとつ息を呑んで、まるく口を開けた。
決して上手いとは言えない口淫を、ディヴィッドはゆるく微笑みながら受け入れた。
果てないうちに眠くなってしまうような予感はしていたのだが。






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ああ、麻婆豆腐という手はあったなあ。<私信(苦笑)
介抱豆の麻婆豆腐。赤く染まって美味しそうです。

あ、あと阪神セ優勝おめでとうございます。
あたしゃ関西在住のG党ですが、あんまりいじめないでおくれよ。
強いチームが勝つのは当たり前だから、今年はこれでいいんです。

20030915