* fragile/19 *
そんなことがあってから、執事は奇妙な用心深さを見せるようになった。
ディヴィッドとショーンがふたりきりで部屋にいるときには、決してそのドアをノックすることがなくなったのだ。
もしも来客でもあれば、また話は違ってくるのかも知れない。だがディヴィッドがケガをした上に風邪まで引き込んで療養中だということはよくよく知られていたから、前触れもなく屋敷へ押しかけてくる客などいなかった。
食事の時間になると、食堂の古い鐘が鳴らされる。
ディヴィッドはまだ自室で食事を摂っており、それを運ぶのはショーンの役目だったからだ。
* * *
コーン、コーンとものやわらかな鐘の音が聞こえてくると、ショーンはディヴィッドの胸に手を突いて、ゆっくりと身を起こした。
ちょうど求められてキスをしていたところで、ずっと伏せたままだった瞳は黒と見まごうほど深い色になっていた。双方の唾液に濡れた唇を、ぐい、と拳で拭いて、シャツの皺を引っ張りながら立ち上がる。
「お食事を取ってきます、旦那様」
ディヴィッドにさんざん吸われた唇はほんのりと赤くなり、腫れていて、そこから吐かれる息さえ淡紅色に染まって見えるようだ。しばらく髪を刈っていないからという理由で、しなやかな金髪を今日は額から後ろへ撫でつけている。中途半端な長さの前髪が額に落ちてくるのが鬱陶しいようで、長い指でそれを掻き上げてばかりいた。癖なのか、そうするたびにショーンはひょいと首を傾げて瞬きをするのだが、そんな無意識の仕草にすらディヴィッドの目は惹きつけられた。
退出の許可を求めたつもりが、ディヴィッドが何も言わないのでショーンはちょっと眉を寄せた。
「それとも、今日は下へ降りられますか?」
「いや、いい。取ってこい」
ひらりと手を振って、ディヴィッドは彼を行かせた。
ショーンの造作にいちいち見とれていたのではきりがない。それがディヴィッドの目を引いたからこそ、彼はこの屋敷に雇われたのだ。だからどうしようと、最初から考えていたわけではないにせよ。
どうせ世話をさせるなら、男でも女でも、見目のいい者のほうが楽しいだろうと思ってはいた。誰だって考えるようなことだ。
それだけだったはずなのだ。
それなのに、こうしてショーンが出ていくと、頭の中でざわざわしていた思考が急におとなしくなる。胸の内の声がひっそりと黙り込んでしまう。
それは「つまらない」ということだ。
彼がそばにいないと、つまらないのだ。
そう思って先のことを考えると、幼い頃から我を通し慣れてきたディヴィッドですら頭痛がしそうだった。
このまま、ショーンをずっと手元に置くことはできない。たとえ本人がいいと言ったとしても。
そしてきっとショーンは、そうは言わない。
どうせ手放さなければならないなら、今のうちにせいぜい楽しむしかないじゃないか?
ディヴィッドは大きな枕にポスンと頭を落として、
「くそっ」
と呟いた。
最近の口癖になりかかっていた。
* * *
夕食は鶏肉と野菜のスープだった。ディヴィッドはベッドに起きあがり、小テーブルを膝の上に置かせてひとりで食べた。ショーンが傍らに立って、その給仕をした。
ここのところ、執事はこの役目をショーンに任せることが多くなった。屋敷の主人であるディヴィッドが寝込んだことで、執事の負担が増えたせいもあるだろう。だが、それだけの理由ではないだろうとディヴィッドは思っていた。
執事はこのことに気づいているに違いない。もう何十年もこの屋敷に仕えてきた彼が、知ったからといって主家に害になるようなことをするとも思えなかったので、ディヴィッドは気にも留めなかった。それはあの厳格な管財人も同様だ。
「もう少しお食べになりますか?」
空になった皿を見て、ショーンが訊いた。言われてみれば軽い食事だ。だが胃が縮んでしまったのか、それでたくさんだという気がした。
「いや、もういい」
「でも旦那様は痩せられましたから」
さらりと言っておきながら、次の瞬間にはもう頬を赤らめてしまう。ディヴィッドのグラスに軽いワインをつぎ足す、その手もかすかに震えているように見えた。
これだから、たまらない。ショーンの反応は素直すぎる。
「どうした?」
わざと訊いてやると、ひっそりと目を伏せた。
いえ、何でも、と呟きながら、その場を去ることもできずにいたたまれないような様子で棒立ちになっている。こらえきれず、ディヴィッドは笑った。
「まさか恥ずかしがっているんじゃないだろうな、ショーン? たかが男の裸を見たくらいで?」
そう言ってやると、効果はてきめんだった。ショーンは今度こそ顔を真っ赤にしてディヴィッドの意向も聞かず、空の皿をトレイに載せて、後も見ずに寝室を逃げ去ってしまった。
自分の足が動かないのを、このときほど不愉快に思ったことはなかった。
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あたし菩薩じゃなかったんですって。
おかしいなあ、こんなにピュアかつ優しい女なのに。
つか、もうみなさん飽きてますよね・・。
ごめんなさい。でも続いちゃいます。と思います。<予定は未定
20030928