* fragile/28 *

信頼を試されるのが昔から嫌いだった。
かつてディヴィッドが傍らに置いた女たちは、彼の腕をとって宝飾店やドレスメーカーのサロンを訪れることを例外なく好んだ。そして支配人たちが差し出すネックレスや絹地を慎重に吟味しては、それらがどれほど自分の容姿を引き立てるかについてディヴィッドの同意を熱心に求めたものだ。
(ねえ、私の目の色によく映ると思いません?)
(今年はこういうレースの袖が流行なんですって。素敵でしょう?)
(私、あなたのためにも魅力的な女でいたいの。だからお願い・・・)
黒く塗った睫をぱちぱちと瞬かせ、魅力的な上目遣いで彼女たちは囁いた。 そういった直截さは、ディヴィッドにとって気楽でもあった。
だが胸の底を侵すカビのような苦々しさが拭われることはなかった。

(愛しているわ、ディヴィッド)
肉感的な紅唇が、ふたりだけの秘密を語るように甘く呟く。
だから、同じ分だけ自分のことも愛してほしい、と。

金で買えるものなら買ってやってもいい。むろん限度というものはあるにせよ。
だが、それ以上のものを求められるのは苦痛だった。



* * *


ショーンは宝石もドレスも、愛の言葉さえもねだりはしないが、ディヴィッドに求めることは彼女たちと同じだ。

嘘はつきたくない。
だが、相手の名前は言えない。
半分だけの真実をディヴィッドに与えておいて、それで納得してくれとすがるような目をする確信犯。
たかが使用人のくせに、と思ったら腹が立った。

しかも、今のショーンは最初にディヴィッドの目を惹きつけた美貌すら失っている。ぶざまに腫れあがった唇で、媚びてさえも見せず、図々しくも主人の無条件の信頼を期待するような言葉を吐くのだ。
ガタン、と音をさせて椅子を立ち、テーブルを回ってショーンのそばへ行った。ショーンはその顔から目を逸らさなかった。
「・・・だめだ。言え」
きつい口調で命じたが、ショーンはただ首を横に振るばかりで、答えようとしない。苛立ったディヴィッドはいきなり片手を伸ばして、彼のシャツの胸ぐらを掴んだ。腕から離れた松葉杖が、軽やかに床を跳ねた。
ショーンは、例の大きすぎるシャツを着ていた。きちんと糊がきいて清潔そうな、白い薄手のコットンシャツだ。ディヴィッドはそれを着ているときのショーンを見るのが楽しかった。彼の痩躯がたっぷりした布地の下で泳ぐと、肩胛骨や肘の骨、なだらかな丸みを帯びた肩の線などがちらちらと浮いて見える。妙に少年じみた印象なのだが、それでいて、彼の身体のしなやかさや熱さを思い出させもした。

ふとディヴィッドの視線が一点に吸い寄せられたのと、不快な違和感を覚えたのと、どちらが先だっただろう。
淡い金色に日焼けした首筋の、襟が触れるか触れないかというぎりぎりのところに、ぽつんと赤い痣が浮いていた。最初は自分がつけたものだと思って、あやうく見過ごしてしまうところだった。
そんなはずはなかった。
人に見られるような場所に吸い痕をつけてしまうと、情事の後でそれを見つけたショーンはひどく狼狽し、悲しそうな顔になる。
彼は、「そうしないでほしい」と言葉に出して願いはしなかった。
それでもディヴィッドは、彼の胸から上には決して痕を残さないよう、気をつけてやることにしたのだ。

実際にはなにもわからないのに、すべてがわかったような高揚感が出し抜けに襲ってきた。耳の奥で、聞こえないベルがジーンと音を鳴らした。

ディヴィッドはもう片方の杖も投げ捨て、正面を向いたままのショーンの顎を鷲掴みにした。どこが痛んだのか反射的にショーンが顔を歪めたが、気にするどころではなかった。
「部屋に鏡がないわけじゃないだろう?」
唸るように言い、痣の上にグイと親指を押しつけてやると、視線が揺れた。
やはり身に覚えがあるのだ、と思ったら、頭にカッと血がのぼった。気がついたらほとんど鼻と鼻を接するようにして怒鳴りつけていた。
「誰と逢い引きしていた、女か・・・男か?! 答えろ!」
「ち、違います、そんなことじゃ・・・」
「なら、誰と会うために残ったんだ? 言え、ショーン!」
きつく掴まれた顎をぐいぐいと揺さぶられ、ショーンは苦しそうに呻いた。赤黒く腫れた唇を噛みしめ、ディヴィッドの激発に身を晒しながら、黙って耐えている。杖を両方とも手放してしまい、ほとんど片足だけで体重を支えているディヴィッドの腕など、その気になればいつでも振り払って逃げ出してしまえるだろうに。
そうやって彼は大切ななにかを胸のうちにしまい込み、嵐が過ぎ去るのを待つように、ディヴィッドの怒りが彼の上を通り過ぎてしまうのを待つつもりなのだ。
ディヴィッドはチッと舌打ちし、いきなり彼のシャツを胸元から下へと引き裂いた。ボタンがいくつか飛び、次いでざくりと布の裂ける音がして、ショーンのなめらかな胸から鳩尾のあたりまでが露わになった。
「あっ・・・!」
思わず声を上げながらショーンは反射的に腰を引き、反動でディヴィッドごと前へ倒れ込みそうになるのを傍らのテーブルに手を突いてなんとか踏みこたえた。卓上に置き去りにされたままの食器類がガタガタと音を立てたが、幸いにもグラスは倒れなかった。ショーンは荒れた呼吸を必死に抑えようとしつつ、まるで追いつめられた獣のような目でディヴィッドを見上げた。

鎖骨のすぐ下にひとつ、それから左の胸にひとつ。
青紫と黄色の混じりあったような打ち傷の合間に、それよりひときわ鮮やかに、赤い花弁のようなキスマークが見えていた。それもまた、ディヴィッドの記憶にはないものだ。昨夜までは確かになかったと断言できた。

「これは何だと訊いているんだ、ショーン・・・!」
唇にのせた名前が、今度ばかりはひどく苦く感じられた。指先でそろりと肌を撫でられると、ショーンは少しばかり目を細めたが、やはりなにも言おうとしなかった。
「相手は誰だ? 誰に、どうやってつけられた? なぜ言えない・・・! おまえは私の囲いものだ、それを忘れたわけじゃないだろうな?!」
いくら冷静に言おうとしても、いざ口に出し始めると語調が走って、止まらなくなってしまう。
身じろぎもせずに突っ立っているショーンは、すでに有罪の宣告が下されたことを知っているはずだ。それだというのに彼は逃げもせず、主人の慈悲さえ乞おうとせずに、長すぎる両腕をだらりと垂らしたまま沈黙を守っている。
言い訳くらい、すればいいものを。
焦れたディヴィッドはぐっと奥歯を噛みしめ、裂けたシャツの端をつかんで、彼の身体をテーブルの上に引き倒した。







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お、奥さん、落ち着いて!<誰よ
あなたの仰りたいことはよ〜〜っくわかります、わかりますが
なにとぞ今回はここまででご容赦いただきたく!(脱兎)

20031102