* fragile/3 *
自分が飽きっぽい性格であることは承知していた。
財産目当てに群がってくる女などいくらでもいたし、その中から妻を選ぼうと考えたことも一度や二度ではない。
だが、どうしても夢中にはなれなかった。
知り合ったばかりのころには好もしいと思った美貌も、やさしい声も、ディヴィッドを喜ばせようとして口にされる言葉も、しばらく一緒に過ごすうちになにもかもひどくつまらないものに感じられてくるのだ。
そうなると、情熱が冷めるのは早い。
女にせがまれるままに唇を重ねながら、実はペンキが乾くのを見守っているほどにも興奮していないと思うことが何度もあった。
たぶん私のような人間を、情が薄いというのだろう。
そんなふうに自己分析していた。
* * *
まだ外は明るかった。
ショーンが拾い上げた銀の燭台に、夕暮れの光がちかりと反射した。彼はそれをどう扱っていいのかわからないような手つきで、ディヴィッドの指示の通りに暖炉の上へ戻した。
彼はまだ昼間と同じシャツを着ていた。ディヴィッドが投げ捨てた本を拾おうとしてショーンが身を屈めると、その借り着のシャツの中で痩躯が泳いだ。彼は肩幅のわりには腰が細く、すこし猫背だった。
「旦那様、この本はどこへ?」
「捨ててくれ」
「いいんですか?」
「ああ、もう飽きた」
捨てろ、とは言われたものの、あたりに屑籠も見あたらないので、ショーンはひとまずそれをテーブルの上に置いた。それからやっと、カウチにもたれている主人の目がじっと自分に注がれているのに気づいて、居心地悪そうに姿勢を正した。
意志に反して上げているような顔に、かすかな怯えの色が浮かんでいる。感情を隠すのが下手な男だった。今も、なにか悪いことでもしてしまっただろうかと焦っているのが、ありありとわかった。
それについてディヴィッドは、罪の意識など毛ほども感じなかった。
ただ、自分がもうすこし彼と話すことを望んでいるのか、それとも今すぐ彼を遠ざけてしまうべきなのかを考えていた。もっとも、今さら後者を選ぶくらいなら、最初から部屋に入れるべきではなかったのだ。
負けるとわかっている誘惑に身を晒すのは、愚か者のすることだ。
「なぜ出かけなかったんだ、ショーン?」
「知らなかったので、その・・・夜の休みのことは知らなかったので、なにも考えてなかったんです」
「今からでも遅くないだろう。家へ帰ってくればいい」
「家には誰もいないんです」
ショーンはひどく言いにくそうに言葉を継いだ。
「妹が病気で、・・・今、街の病院に入っているので」
「病院に? どこが悪いんだ?」
「その、首に腫れ物ができているとか。医者は難しいことを言ってますが、私にはよくわからないんです」
「そうか。気の毒だな」
そう言われて、ショーンは不器用に顔を伏せた。物欲しそうに聞こえたのではないかと怖れているのだ。裕福な主人の憐れみを乞うために話したのだと思われたくなくて、ただ質問に答えただけだということも忘れ、唇を噛んでいる。
そのときディヴィッドの頭の中で、カチリと音を立てて思考のリミッターが外れた。
今の今まで、まさか実現するとは思いもせず、意識の底に沈められていた欲望が浮かび上がった瞬間だった。
掌に、ショーンの肩や二の腕の、しなやかに張りつめた筋肉の感触がよみがえってきた。
あの邪魔なシャツを引き裂いてやったら、彼はどんな顔をするだろう?
シャツの下の肌も、腕や首筋と同じくらいに小麦色をしているのだろうか?
確かめる方法ならある。
やさしい声をつくってやるのは馬鹿らしいと思った。どうせ憎まれるのだ。
「そういった事情なら、金が要るだろうな?」
自分のつま先を見おろしていたショーンが、のろのろと視線を上げた。最初から諦めているような顔で、それでいて万が一慈悲の手がさしのべられたら、という期待を隠すこともできず、ディヴィッドのほうを曖昧に見た。
ディヴィッドはもう一度、繰り返した。
「金が必要だろう、ショーン?」
「・・・はい、旦那様」
「この仕事を辞めさせられたら困るだろうな?」
「はい」
戸惑ったように、ショーンは目をしばたたかせた。援助してもらえるかも知れないと思ったのはただの錯覚で、実はまったく逆のことを言われようとしているのかも知れないのだ。いつ銀器を盗んで逃げるかも知れないような雇い人を歓迎する屋敷はない。
だが、ディヴィッドは全く逆のことを口にした。
「おまえを辞めさせるつもりはない、今のところはな。むしろ給金を増やしてやってもいいと思っているくらいだ」
ショーンの顔がぱっと明るくなって、頬骨のあたりにかすかな赤みが差した。
「旦那様、私は」
「もちろん無条件に、というわけじゃない。当たり前だろう?」
ちくりと胸に刺さった感情の棘は無視してショーンの言葉を遮り、ことさら強い調子で口にした。
相手の心に深く刻み込んでやるために。
「おまえは私のものになるんだ、ショーン。・・・ああ、答える前によく考えろ。一度でも断ったら、せっかくの仕事を失くすことになる」
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悪い旦那だよう、しどいしとだよう。(涙)
彼のステータスはずばり「エロオヤジ」ですね。
あ、剃刀は「顔・眉用セーフティガードつき」でよろしく。
ワームならもういっぱいきてますので、お気遣いなく。
20030723