* fragile/4 *

「なに・・・なにを馬鹿なことを」
ややあって、ようやくショーンが声を絞り出した。
「私は男です、旦那様」
「それくらい、見ればわかる」
「だったら!」
「うるさいぞ」
ディヴィッドはつとめて冷静な声を出そうとしたが、成功したとは言いがたかった。
「言っただろう。一度でも断ったら、この話はおしまいだ。もちろん冗談なんかじゃない」
口に出しかけた激しい言葉をやっとのことで飲み込み、大きく胸を波打たせつつショーンはディヴィッドを見つめた。身体の横に下ろしたままの手がきつく握りしめられる。ディヴィッドは一瞬、彼が殴りかかってくるのではないかとさえ思ったが、杞憂にすぎなかった。
ショーンはしばらく黙ったままで、その場に立ちつくしていた。淡い夕暮れの光が彼の表情に謎めいた陰影を与えていた。美しかった。
「・・・ショーン?」
静かに呼ぶと、渋々ながら顔を上げる。言い聞かせる口調で、ディヴィッドは続けた。
「いいか、これは気前のいい申し出のつもりなんだ。ほかにできる仕事があるなら、それをしに行くといい。簡単なことだ」
できるものなら、とは付け加えなかった。
ノーと言えるはずはないのだ。
ショーン自身は迷っているつもりでいるのだろうが、答えならとっくに出ているとディヴィッドは思っていた。彼がまだこの場を立ち去らずにいることが、なによりの証拠ではないか?
ディヴィッドにとってショーンはもう、羽根をもがれた鳥にも等しかった。
もう高くは飛べない。遠くへは行けない。
餌をくれる主人を楽しませるために、歌うことしかできない。

やがて。
苦々しげに、ショーンが吐き捨てた。
「あなたにはわかってるんだ」
つかつかとディヴィッドのカウチに歩み寄り、そこにゆったりと身体を横たえたままでいた主人を真上から見下ろした。彼の声にはやりきれないような響きがあった。
「断れないってことがわかってて、私を追いつめようとしてるんでしょう?」
ディヴィッドは否定しなかった。
ただショーンの顔を見上げて薄く微笑み、片腕をさしのべた。
「起こしてくれ」


* * *


ディヴィッドの寝台は、天蓋つきの豪奢なものだ。
松葉杖にすがったままディヴィッドは、ビロードと絹糸の刺繍に彩られたカバーを剥ぐように、ショーンに命じた。
それから、渋るショーンの手を引いて、寝台の端に並んで腰を下ろす。
たったそれだけのことをするのにでさえ、ギブスに覆われた足ではひどく不自由だった。こんなものをつけていて楽しめるのだろうかと疑問が浮かびもしたが、そもそもこの不自由さがなければ彼を雇うこともなかったのだから、恨みごとを言う筋合いだけはないはずだった。

ショーンはあれからずっと口を利かない。表情すら消したまま、身を固くしている。
ディヴィッドがなにか言うか、でなければ手を伸ばしてくるのを待っている。

頬に手をかけてこちらを向かせると、途方に暮れたように視線を泳がせた。当たり前だ、女が初めて男を知るとき以上の葛藤があるに違いない。
「自分で脱ぐか? それとも脱がせてもらいたいか?」
冷たい口調で言ってやると、ショーンはぐっと唇を噛み、自分でサスペンダーを肩からはずした。もしも時間がかかるようならほんとうにシャツを引き裂いてやろうかとさえ思っていたディヴィッドは、彼の長い指が安っぽいボタンをはずしてゆくのを楽しんで眺めた。
やがて露わにされた肩も胸も、やはり日に灼けていた。この屋敷に来るまでは野外で働いていたのだろう。彼の肌はなめらかで、髪の色に似て褐色と言うよりは金色に近かった。
言葉が、自然に唇をついて出た。
「綺麗だな」
「えっ?」
ショーンの視線が意外そうに跳ね上がった。どこまでも自覚のない青年だと、ディヴィッドは呆れる思いがした。
これほど、まるで彫刻のように均整のとれた造作をしているというのに。
「誰にも言われたことがないのか、ショーン?」
肩先に指を這わせながら訊くと、彼はようやく重い口を開いた。
「・・・あなたが物好きなだけです。こんな身体に金を払おうなんてやつはいません」
「それは私が決めることだ」
「ええ、どうぞ」
シニカルな微笑が、ふとショーンの口許に刷かれた。そんな表情にすら、ディヴィッドの目は惹きつけられた。
「せいぜい高い値をつけてください、旦那様。あなたがなにを考えていたってかまわない。おっしゃるとおり、金が要るんです。ここを追い出されたら、次の勤め口なんて見つかりっこない・・・」
言いながらショーンは、緩慢な仕草で頭を振った。赤みがかった名残の夕日が、彼の金髪の上にやさしくはぜた。
「・・・でも、私は・・・こんなことは」
「もういい。黙れ」
ぴしりと遮って、ディヴィッドは触れていた肩を強くつかんだ。
否定の言葉を聞かされたくなかったのだ。
そのまま、体重をかけてゆっくりとショーンの体を後ろへ倒してゆく。彼は抗わなかった。翡翠の色をしたふたつの目が諦めたようにすうっと閉じられると、もう一秒も待てないような気分になった。ずいぶん長く忘れていた感覚だ。
ショーンの背中で、ベッドのスプリングがぎしりと軋む。
思うように動かせない片足に苛立ちながら、ディヴィッドも部屋着の派手なガウンを脱ぎ捨てた。
額にこぼれている前髪を後ろへ掻きやり、眉間に軽いキスを落としてやると、ショーンはくすぐったそうに顔をしかめた。
重ねた身体の下で、彼の心臓が激しく拍っているのがわかった。






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進展しませんな。
笑えるくらい先が見えません。
仕事中もこれの濡れ場をどう書こうかと、そればっかり考えています。
おかげで、テレオペにあるまじき噛み噛みになったりします。
「お待らせいらりらり〜」とかって。
ああもうあたしをクビにして、いっそ。

20030727