* fragile/43 *

誰もが予想したとおり、翌日はからりとした晴天になった。
昨夜はあまり眠れなかったディヴィッドは太陽が高く上がってからようやく起きて、朝食も執事にベッドまで運ばせて摂った。
「お加減でもよろしくないのでしょうか?」
執事が気遣わしげに訊いてきたが、理由など答えようがなかった。
ショーンは昼食の時間まで一度も主人の部屋へは姿を現さず、ディヴィッドのほうでもわざわざ呼びはしなかった。
ただ風通しのいい窓辺に気に入りのカウチを置いて、ディヴィッドは午前中いっぱいをぼんやりとすごした。カタツムリが這うようにのろのろと過ぎる時間が、もどかしいのかありがたいのか、わからなかった。

やがて、昼食の時間を知らせる鐘が階下で鳴らされると、ディヴィッドはカウチの上に仰臥したまま、暇つぶしに読んでいた本を胸の上に伏せて、ショーンが彼を迎えにくるのを待った。
15秒。・・・20秒。
明るい光の斑点がちらちらしている天井を眺めていると、前触れもなく、ドアに遠慮がちなノックがあった。
「誰だ?」
わかっていながらそう言ったのは、なんとなく困らせたい気持ちがあったからだ。
ややあって、よく知った声が答えた。
「私です、旦那様。ビーンです・・・お昼の用意ができました」
「入れ」
カウチに寝転がったまま、顔だけを戸口のほうに向けて呼ぶと、両開きの大きなドアが片方だけ開いて、その隙間からショーンがひょっこり姿を見せた。
彼は今日も、きちんと糊のきいたシャツを着ていた。彼がもとからもっていた、白い綿のシャツだ。気温が高いためか、両袖は肘の上まで捲り上げてあった。
ディヴィッドが横目で見ていると、彼は部屋の入り口のあたりでいったん立ち止まって、落ちつかない様子で室内を見渡した。まるで、部屋の中にライオンか蛇でも隠れているとでも思っているような、おどおどとした目つきだった。
だがあいにく、この部屋にはディヴィッドがいるだけだ。
ディヴィッドは軽く舌打ちをし、身体を起こそうとして後ろに肘をついた。胸の上に載せたまま忘れていた本がバサリと音を立てて床に落ちると、ショーンが慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、旦那様?」
「大丈夫もなにもない。本が落ちただけだろう」
「お気をつけて・・・」
口癖のように言いながら、ショーンはディヴィッドの身体を助け起こした。
ギブスに包まれた重い片足を両腕で抱えるようにして床へ降ろし、カウチの端に立てかけてあった松葉杖を一本ずつ主人に手渡す。ディヴィッドの腕をそっとつかんで、立ち上がろうとする彼が万が一にもバランスを崩して倒れることのないよう、気をつけもした。
部屋着の布地越しに、あたたかい手が触れてくる。
ディヴィッドはショーンの腕に支えられて立ち上がりながら、その青白い顔を間近に見つめた。
瞼のあたりにやや腫れぼったさを残した寝不足顔に、なにかねぎらうような言葉でもかけてやりたい、と思った。彼はディヴィッドとは違う。今朝もおそらく他の使用人たちと同様に、朝早くから起きて屋敷のどこかで仕事をしていたに違いないのだ。
だが、言うべき言葉がどうしても見つからなかった。
あの手痛い拒絶の後では。


先に立って歩き出しながら、ディヴィッドは彼に声をかけた。
「・・・ショーン」
「はい、旦那様」
「午後から庭へ出る。用意をしておけ」
「わかりました」
ショーンは反射的に答えたものの、そのすぐ後で、あ、と小さく声を上げた。怪訝に思ったディヴィッドは、思わず訊いた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
ショーンは急いで首を横に振ったが、ディヴィッドは許さなかった。
「なんだ。言え」
「別に・・・すみません」
「言えというのがわからないのか?」
煮え切らない返答に苛立ったディヴィッドが、カツンと杖の石突を鳴らして振り返った。自分では気づかなかったが、よほど機嫌の悪い顔をしていたに違いない。ショーンはぎくりとして立ち止まり、緑の双眸にさっと怯えの色を走らせた。
こういう顔をさせたいのではなかった。
ディヴィッドはますますむかっ腹を立て、声を尖らせた。
「言え、ショーン」
「そ・・・その」
日ごろから口数の少ない青年は、彼も言葉を捜すように、しばらく言いよどんだ。
「・・・その、お昼から、台所のお手伝いがあったので。でもいいんです」
「台所だと?」
「いえ、でも旦那様のお世話がいちばん先ですから。そう言います」
「あたりまえだ。おまえは、なんのために雇われていると思っているんだ」
「はい、旦那様。すみません」
厳しく叱られて、ショーンはしょんぼりと肩を落とした。


* * *


昼食後、ディヴィッドはしばらく書斎で書き物をし、それがすむとショーンを呼んで、庭の散策につきあわせた。
この田舎屋敷の庭は広大で、夏の盛りの今はありとあらゆる色彩であふれかえっていた。なかでも豊富なのは、緑のバリエーションだった。
きちんと刈り込まれた芝生が、見渡す限り緑の絨毯を敷きつめたように広がっている。外縁のバラはもう花期を過ぎており、艶のある黒っぽい葉が午後の日差しに照り映えていた。屋敷からその芝生を超えて歩いてゆけば、ディヴィッドが気に入っているシナノキの木立がある。そのさわやかな色の枝葉を透かして、奥手に鬱蒼と茂った針葉樹の林があるのが見えていた。
そして、それらのどの緑よりも美しい、ふた粒のエメラルドのようなショーンの目。
夏の太陽の下、緑は光と影の狭間で揺れてきらめいた。

今日、ディヴィッドはいつもより少し奥まった場所に敷物を広げさせた。まばらな潅木と草花の茂みの間で、こちらからは母屋の様子が窺えるが、母屋のほうからは彼らがそこにいることくらいしかわからないだろう。
広葉樹の葉が降り積もった地面は踏めば沈むほどふかふかに柔らかく、ディヴィッドはその上にのんびりと腰を下ろして、ショーンに持ってこさせた冷たい飲み物を楽しんだ。すこしアルコールの入った、果物の香りのするお茶だった。
それから、隣の樹下に佇んで庭のほうを眺めていたショーンを呼んだ。
「ショーン、ここへこい」
ここへ、と傍らの地面を指されて、ショーンは一瞬たじろぐ様子を見せたが、もちろん嫌だとは言わなかった。

促されるままにショーンは敷物の傍らに膝をつき、目を伏せた。ディヴィッドは片腕を上げて彼の肩をつかまえ、ゆっくりと上体を前へ傾けさせていった。
しなやかな金髪に覆われた頭が、ディヴィッドの顔の前を通り過ぎて胸元へと下がってゆく。そしてさらにその下へ。
ショーンはディヴィッドの太腿の脇に両手をついて、ぎりぎりまで頭を下げた。
緊張のあまり荒くなった彼の呼吸が、ディヴィッドの股間にかかるまで。

それでどうしろ、とまでディヴィッドは口にしなかった。ただ彼の頭の後頭部を押さえつけていただけだ。
ショーンはおずおずと手を伸ばし、震える指でディヴィッドの前を開いた。これで間違いないかと確認するように、ちら、と見上げた目が悩ましげだった。ディヴィッドは彼の紅潮しかけた頬にするりと手を這わせ、背後の樹幹にゆったりと頭をもたせかけて目を閉じた。
ショーンのひんやりした指先が、下着越しに触れてくる感触。布地の上から手のひらで包むように撫でられると、すでに硬くなりかかっていたそこに大量の血が集まりだして、どくどくと熱く脈打ちはじめた。
ショーンは下着の前からディヴィッドのものをそろそろと引き出し、両手の間に挟んで、まだやわらかい先端にそっとキスをした。わざと唾液で濡らされた舌がそれの形をなぞるようにまるく動き、やがてすっぽりと口腔内に迎えいれられる。彼は主人の衣服が汚れないよう、片手でしっかりとズボンの前を押し下げていた。
余ったもう片方の手が、やさしく茎を扱く。
ディヴィッドは薄目を開けて、自分の股間に顔を埋めているショーンの後頭部を見下ろした。顔はあまり見えなかったが、大きくくぼんだ頬を撫でていると、彼が懸命に動かしている舌の動きが手からも伝わってきた。
すぐに大きな波がくるような気がした。ショーンには幸いだっただろう。

「ショーン・・・」
なんとなく名前を呼ぶと、くぐもった水音が答えた。
ディヴィッドはまた目を閉じて、彼の頭を撫でてやった。
「いいぞ、ショーン。・・・ずいぶんうまくなったな」
できるだけ皮肉をこめずに言ってやったつもりだった。思いがけずほめられたショーンがつい慰撫を止めてしまうと、ディヴィッドは苦笑して彼の頬を軽く叩いた。
「ぼんやりするな。続けろ」
ショーンはまたおずおずと、彼のものをしゃぶりはじめた。あたたかく濡れた舌が絡みついてくる快感は、たとえようもない。身体の芯があっという間に蕩けてゆくようだった。
だが、愉悦に支配されない頭の片隅では、こんな楽しみがあと何回味わえるだろうか、とも思っていた。







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旦那様ったら!
43はこんなことになるはずじゃなかったのに、途中から勝手に手が動きました。
困ったことです。
20040320