* fragile/44 *

青白い夏の太陽が西へ大きく傾いてくるころ、ディヴィッドは心地よいうたた寝から目覚めて、自分がまだ庭の木立の下にいるのに気がついた。
ショーンに持たせてきた大きな敷物の上に寝転がり、さわやかな夏風が顔の上を吹き抜けてゆくのを感じながら、いつのまにかうとうとと眠り込んでしまっていたのだ。
枕もクッションもないところで腕枕をして寝ていたせいで、腰や背中がこわばっていた。それで無意識に寝返りをうとうとしたら、足が動かないのに気がついた。
「・・・ちッ」
品悪く舌打ちをして、彼は無理に身体を起こし、自分の足をいまいましげに見やった。 重いギブスに包まれた片足が、刺し子の敷物の上にごろりと横たわっていた。
そのとき、すこし離れた場所から声がかかった。
「旦那様?」
ショーンの声だった。
ディヴィッドは頭をめぐらして、その声のしたほうを見た。隣の木の枝下にじかに座り込んでいた青年が、膝に広げていた大きな麻袋を片づけて立ち上がろうとしているところだった。
その袋の口から、ぽろぽろとこぼれて落ちたものがあった。
ソラマメの莢だった。
ディヴィッドが起きるのを助けようと、ショーンは慌てて彼のそばに膝をつき、腕を伸ばした。その肘につかまったディヴィッドは、彼の手からかすかに青い野菜の匂いがするのを感じた。
つい一時間ほど前まではディヴィッドのものを慰めていた繊細な指が、そんな雑用をするのが不思議だった。彼はちゃんと手を洗ったのだろうか、と思いかけたディヴィッドは、その連想のばかばかしさに我ながら呆れる思いがした。
「私が昼寝している間に、豆を剥いていたのか?」
苦笑しながらそう訊くと、ショーンは素直にはい、と答えた。
「今日はソラマメがどっさりあって・・・その、今夜スープにしてくれるので」
「スープ?」
ソラマメ、といえば塩茹でにされて肉料理の皿に添えられてくる程度にしか思っていなかったディヴィッドは、怪訝そうに目を細めた。屋敷の料理番はもちろん地元の女で、料理の腕はよかったが、彼女が昔から作りなれた献立以外にはあまり目新しいものを出すことがなかった。
それをよく知っているディヴィッドは、思わず興味を引かれた。
「珍しいな。料理番が病気でもしたか?」
「いいえ。今日は特別に作ってくれるんです」
「どうした風の吹き回しだ?」
「たくさんありすぎて余るって言うので、私が頼んで・・・」
「おまえが?」
怪訝そうに問われると、ショーンの頬にぱっと朱が散った。
「はい。好きなんです」
「ソラマメのスープがか」
「・・・変でしょうか」
ショーンは、急に不安になったように声を低めた。ディヴィッドはなんと言ってやっていいかわからず、とりあえず首を振った。
「さあ。だいいち、そんな話は初めて聞いた」
「はい。訊かれませんでしたから」
ごくあたりまえに、ショーンは答えた。その声には皮肉な調子など微塵もなかったが、ディヴィッドは多少気を悪くした。
「ショーン、おまえの主義か? それは」
「えっ?」
「訊かれなければ言わない、というやつだ。そのくせ、肝腎なことはわざわざこっちが訊いてやっても答えない」
「そ・・・そうでしょうか」
ショーンはどぎまぎとして、不安そうな目でディヴィッドの顔を見下ろした。ディヴィッドは深く頷いた。
「この前の日曜日のこともだ。・・・ああ、どうしても言いたくないのはわかった。もういい。どうせもうすぐ出ていく人間のことはな」
そう言いながら、ディヴィッドは軽く握った拳でゴンゴンとギブスを叩いた。
「この後の、金のあてはあるのか?」
「・・・はい。なんとか」
ショーンはぎこちなく俯き、呟くようにそう答えて、立ち上がろうとするディヴィッドに手を差し出した。やはり青もののにおいのする、黒っぽく汚れた指だ。
ディヴィッドはその手をつかんで、立ち上がった。
午後の風が、ふたりの間をふわりと吹き抜けていった。


* * *


週の残りはずっと晴れるだろう、と自信たっぷりに庭師が言った。
「ずいぶん空気がカラッとしてますわ。そりゃ夕立くらいはあるかも知れませんがね。前の冬にバラの植え込みを増やしたもんで、朝晩の水遣りが大変で・・・」
ほかにも、乾燥に弱い草花が、この屋敷の庭にはたくさんあるという。
台所の脇に植えてあるハーブは女中たちが余り水をやるので気にしなくていいが、芝生の手入れやら潅木の刈込やら、やるべきことはたくさんある。その忙しいところへもってきて、今週は天気がよすぎてかえって困る、と。
「先週の冷え込みのあとだって、手入れができちゃいませんしな。それに加えて、モナハンの息子が熱を出して今週は手伝いにこられないもんで・・・」

要するに、仕事は多く、人手は足りない、というわけだ。

屋敷への戻り道で庭師の親方に呼び止められたディヴィッドは、この男と話すときにいつもそう思うように、「要件を箇条書きにして持ってこい」と言ってやりたい気持ちをぐっと抑えていた。
庭師は、騒々しくしゃべる大男だった。赤銅色に日焼けした首筋を大きなハンカチでしきりに拭いながら、彼の置かれた窮状をどんどんしゃべり続けた。ディヴィッドのうんざりとした目つきになど、まったく頓着しなかった。話すのに忙しすぎるのだろう。
「・・・それに、あの裏手の池の周りですがね。あそこもこの夏は綺麗にしておけって、執事さんに言われてましてね。去年ほったらかしにしたもんで、すっかり荒れちまって。あっちに割く人手もいるんですわ」
ディヴィッドは公平な主人らしく親方の長広舌をしばらく我慢して聞いてやっていたが、それにも限界はあった。もともと、そう気の長いほうではないのだ。
「それで、どうした?」
「ええ、そろそろ冬咲きの花の準備もしなきゃなりませんで・・・」
これではきりがない。
「だから、人手が足りないと?」
「まあ、そうです。執事さんはモナハンの坊主の分を雇っていいって言ってくれてるんですが、急にはなかなか・・・」
「それで?」
ディヴィッドはついに痺れを切らして、庭師の話を途中でさえぎった。
だいいち、こういう話ならお門違いだ。屋敷の主人であるディヴィッドには、親方の求めに応じて金を出してやることはできる。だが、雇い人を探してくるのは親方自身か、でなければ屋敷の差配を任されている執事の役目であるはずだ。
「それで、私にどうしろと言うんだ?」
いらいらと言われると、訊かれた親方はどんぐり眼をパチクリと見開いた。
「ご用のないときだけでいいんで、その若いのを貸していただけるとありがたいんですわ」
彼はそのがっしりとした手をひらりと振って、ディヴィッドの後ろに黙って立っていたショーンを指差し、無造作に答えたものだった。

ショーンはディヴィッドの用事がないときは台所の雑用をし、豆の莢も剥く。
そのうえ、庭師の手伝いもする。
彼のほっそりとして器用な指は、どこででも役に立つのだ。

ディヴィッドは、大きな豆の袋と丸めた敷物を両腕いっぱいに抱えているショーンを振り返って、言った。
「・・・執事と話すんだな。台所で人手が足りているなら、私はかまわない」
「ああ、すみませんな。助かります」
「ただし、私の部屋の窓から見えないところでは働かせるな。いざというときに不便だ」
「はい、旦那様」
そう答えたのは、ショーンだった。彼は冷静な顔をしていた。
涼しい屋敷内で主人の手もとに置かれているのと、炎天下の庭で汗を流して働くのと、彼にとってはどちらが楽なのだろうか?
ディヴィッドは彼に訊ねてみたかったが、やめておいた。
どうせ答えないような気がしたのだ。







■INDEX■ ■BACK■ ■NEXT■

シャープの写真が表紙になってる洋雑誌が発売されまして、
大喜びでゲットしましたv
書店の棚に並んでいるのを見たときには、興奮のあまり
ぶっ倒れそうに・・・。
「かっこいいと感じるボタン」を、勝手に押された気分です。
20040321