* fragile/47 *
思い起こせば、ディヴィッドが成人してからというもの、悪い知らせはいつも月曜日にやってきた。
たとえばそれは、前の週末につい負け越したカジノからの請求書だったり、とある人妻との情事についての紳士的な解決策の提示だったり、これは身に覚えのない赤ん坊の認知要求だったりもした。
そのどれもが当時のディヴィッドにはひどくこたえたものだが、その中でも最大のものは両親の訃報だった。
ちょうど首都のセカンドハウスに滞在していたディヴィッドは、二日酔いの朝にその知らせを受け取った。黄色い安手の電信用紙には、彼の両親を乗せた客船が南洋で沈んだ、と書かれていた。
ディヴィッドは、その短い電文を何度も何度も繰り返して読んだ。嘘だ、こんなことが現実であるはずがない、と幾度否定してみても、悪い夢はさめなかった。
やがて届けられた新聞の一面には、そのニュースが大きな活字で報じられていた。
故郷の屋敷では、新しい主人の帰着が待たれていた。父に代わって彼がサインしなければならない書類が、会わなければならない弔問客がディヴィッドを待っていた。
ディヴィッドは荷物をまとめるのもそこそこに、列車に乗りこんだ。
よく晴れた月曜の朝だった。明るい丘陵地帯の景色が流れてゆくのを車窓から眺めながら、彼は泣いた。
ガラスのように輝く風が、涙に濡れた頬を優しく拭ってくれた。
* * *
それにだいいち、月曜は客が多い。
近頃すっかり隠者めいた気分になり、静かな療養生活を楽しんでいたディヴィッドには、それが面倒で仕方がなかった。
たとえば管財人や、農地の管理者など、どうしても話す用件のある訪問者を断ることはできない。それについてはディヴィッドも、不平など言うつもりはない。ディヴィッドの生まれついての地位に伴う義務であり、父の死とともに彼が引き受けることになった大きなものの一部だからだ。
だが、慈善事業への寄付を求めるためにやってくる地元の婦人会の面々や、新しい干拓事業に参画させてもらいたいとこの屋敷にまで押しかけてくる厚顔な事業主、あるいはディヴィッドの気も知らずに世界一周の遊覧旅行などを売りこみにくる旅行業者などへは、顔を見せてやるつもりもなかった。そういう客たちは、階下の応接室で執事によって茶菓の饗応を受け、
「まことに残念ではございますが、ただいま主人は事故によるケガの療養のため、どなた様ともお会いいたしません。ご用件は手前がお預かりしてまいります」
と、うやうやしく差し出されたペンと用箋を受け取ることになった。ディヴィッドは、そうしてしたためられた書簡にさえ、ほとんど目を通すことがなかった。
この日も、そうやって体よく追い返された客は何人もいた。そのうちの一人、いささか気短な男が、ショーンに案内されてホールの階段を上がってゆく男を目ざとく見つけて、茶を運んできた執事にがみがみと言った。
「なんだね、私とは会えないが、ほかの客とは会うというのかね?」
「とんでもございません。皆様、ご面会はご遠慮願っております」
「いま現に、客が上がっていったじゃないか。あれはどういうことだね」
「あの方はお医者様でございますので」
落ち着き払って執事は言い、ぶっすりと黙りこんだ客の前に熱いお茶のポットを置いた。
「・・・まことに残念ではございますが・・・」
ディヴィッドの有能な執事は、本当に気の毒そうに例の口上を切り出した。
とてもとても、もう百ぺんも口にしてきた決まり文句のようには聞こえなかった。
* * *
「ああ、お元気そうですな」
わざわざ立ち上がって出迎えたディヴィッドを見るなり、彼の主治医はにっこりと顔をほころばせた。
「いい顔色をしておられる。すこし栄養がすぎるのではありませんかな?」
「先週より太った、と言いたいのか」
ディヴィッドは苦笑して、相手に椅子をすすめた。この医者はいつも遠慮のない物言いをするが、嫌味のない人物で、ディヴィッドは腹も立たなかった。
「・・・確かに、しばらく家にこもりきりだからな。食べては寝て、という生活だ」
「けっこうなことです。しかし、毎晩夜更かしなどしておられませんか」
「いや、よく眠れている」
「ますますけっこう!」
にこにこと言いながら、主治医は大きく頷いた。
「皆があなたのように聞き分けのよい患者であってくれれば、私たち医者の苦労も減るでしょうに」
「そのぶん、儲けも減るだろう」
「なあに、金だけが人生の楽しみじゃありません。私のやっていることなど、まるで慈善事業のようなものですよ」
磊落に笑う主治医の言葉に、彼の鞄を運んできていたショーンですら頬を緩めた。主治医はその鞄を受け取り、頑丈そうな留め金をはずして、中を覗きこんだ。
「・・・では、少々おみ足を拝見しますかな」
「ああ」
「失礼」
こんなギブスの上からでなにがわかるのか、とはディヴィッドは言わなかった。主治医はテーブルをぐるりと回っていってディヴィッドの足元に屈みこみ、ガウンの下からにょっきりと突き出した太い石膏の塊を持ち上げた。
鞄から取り出した小さな木槌で、コンコン、とギブスやら、ディヴィッドの足先やらを軽く叩いてみながら、彼はまた問診を始めた。
「痛みはありませんな?」
「ない。ただむず痒いばかりだ」
「早く外されたいでしょうな」
「町の医者は、今週末の予定だと言っていた。これをつけるときにな」
「でしょうな。日数的にはそんなものです」
「ああ。今日手紙で、日程を問い合わせるつもりだった」
「わざわざ町まで行かれることはないでしょう」
こともなげに主治医は言い、ディヴィッドの脛をギブスの上からぴしゃりと叩いて、腰を伸ばした。
「今日、取ってしまいましょう」
「なんだと?!」
ディヴィッドは耳を疑った。お茶の支度をしてこようと立ち去りかけていたショーンが、その声を聞いて足を止めた。
主治医は、そのショーンを振り返って、ふたりの反応を楽しむようにおどけて言った。
「ああ、君。私の車から鋸を取ってきてくれないかね。トランクの中にある。布で包んであるが、すぐわかるよ」
「鋸? ノコギリですか?」
「普通より小さなやつだ。それでこいつを切るんだよ」
コンコン、と自分のもののようにギブスを叩きながら、彼はまた笑った。
「大丈夫、君のご主人様の足を一緒に切ったりはしないよ。・・・いいですか、このあたりで足を折るのはあなただけじゃないんです。私はこう見えても優秀な医者でしてね。消化不良から骨折まで、私のところへはいろんな患者がくるんですよ」
「・・・知らなかったな。内科専門の医者だと思っていた」
「あなたが今まで足を折らなかっただけのことです」
主治医がそう言って上着を脱いだときには、もうショーンの姿は部屋になかった。ディヴィッドがなにも考えられずにいるうちに、そのショーンから知らせを受けたらしい執事が息せき切って駆けつけて、なにか必要なものはないか、と医者に訊ねていた。
「そう、屑が散るからなにか敷くものがあるといい。あとはお湯とタオルと。・・・消毒薬? そんなものはいらない、足を切るんじゃないんだからね!」
この醜悪な塊が取れて、膝が曲がるようになるのは嬉しかった。無数の小さな虫が這っているような、チリチリとしたむず痒さから開放されるのも嬉しかった。この不自由な足を運んで、わざわざ列車か車で何時間もかかる首都へ出向かずに済むのもありがたいし、主治医の腕を信用していないわけでもない。この田舎医者がどんな患者でも診るというのも頷ける。
だが、手放しで喜ぶには唐突すぎた。
ディヴィッドは呆然として、薄汚れた白いギブスを見下ろすばかりだった。
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ぜんぜん関係ないけど、四番松井いきなりホームランだよ。
あたしゃ関西在住だけどG党なんです。
別の書き方をして、自慰党でもいいんですけど。<待て
20040328