* fragile/54 *


家の周囲には、サンザシやイバラの茂みが天然の生け垣のように生い茂って、視界を遮っていた。そのどこからショーンがひょっこり姿を現すか、知れたものではない。ディヴィッドは100の目をもつ神話の怪物になったような気分で見張りを続けた。
時折、風がその茂みをざわざわと鳴らしてゆく。
そのたびにディヴィッドは、ショーンが帰ってきたのではないかと目を凝らした。
だが、何度風が吹いても、ショーンが戻ってくる様子はなかった。
ディヴィッドは待ち続けた。

三十分・・・一時間。

風が吹く。低地を走る、湿っぽく冷たい風だ。ディヴィッドの頬や髪をなぶり、ここにいてほしくないんだ、と小さな声でささやき続ける。

一時間・・・二時間。

夏の日はなかなか暮れないが、ふと気がつくと風見の影がずいぶん長くなっていた。ゆっくりと、だが着実に太陽は傾いてゆく。こんなことならあれほど急いで車を走らせる必要はなかったとディヴィッドは苦笑したが、それは今だから言えることだ。
そうしてしばらくすると車窓から射しこむ西日が眩しくなりすぎたので、いったん車を動かさなければならなかった。狭い道の縁にタイヤを片方乗り上げて車体の角度を変えたが、しばらく運転しなかったせいか目測を誤ってしまい、雑草の藪で後部を擦ってしまった。せっかくの美しい塗装に細かい傷がついただろうと思うと気が滅入った。

二時間・・・三時間。

「どこへ行ったんだ?」
ディヴィッドはついに呟き、さっきから何度も見ていた懐中時計をパチンと閉じて、ポケットにしまった。
考えてみれば、ショーンがここに住んでいるという保証もない。この家には生活感がなさすぎた。ここには荷物を置いてあるだけで、本人は村の宿屋か、でなければ知り合いの家にでも身を寄せているのではないだろうか。もしそうならいったん屋敷へ戻って、執事にでも村へ噂を聞きに行かせたほうがよかった。
迷いながらディヴィッドは車を降りて、もう一度家の前をぶらついてみた。ドアの前に立って、無駄と知りつつ、家の中の物音に耳を澄ましてもみた。
ショーンどころか、人の気配はどこにもなかった。金と青の夕暮れに浸った家は廃墟のように寂しく、ディヴィッドのかすかな期待などが入りこむ余地もなさそうだった。
やむなくディヴィッドは車に戻り、エンジンをかけた。手入れの行き届いた小型車は歓喜の声を上げて、冷え切った身体を震わせた。
ディヴィッドは暮れかけた道をゆっくりと走って、あの小さな標識のある分岐点まで戻った。
そしてそこに車を置いてあたりの様子を窺い、・・・今度は徒歩で、ショーンの家へと引き返していった。


* * *


車でならほんの十数分の距離だが、歩くとその何倍もの時間がかかった。金色の太陽はすでに地平線すれすれにまで落ちてきており、道ばたの雑草が落とす影のために足もとはおぼつかなかった。
ただでさえ、ディヴィッドの足はまだ完調とは言えない状態だった。折れた骨はついたが、まだ筋力が回復していない。ギブスが取れてからまだ数日にしかならないのだ。
ディヴィッドはゆっくりと、一歩ずつ足を前に運んだ。荒れた路面のくぼみに突っかからないよう、足の裏全体が地面に触れるまでは決して体重を移さないように気をつけた。
そうやって時間をかけて歩くうちに、頭上の空を覆っていた金色の光も徐々に薄れはじめた。かわりに降りてきた青い薄闇の中を、彼は黙々と歩き続けた。

ずいぶん長いこと歩いたような気がした。
やがてもつれあった灌木の向こうに、ショーンの家の低い屋根が見えてきた。錆びた風見鶏が群青色の空に突きだしている。ディヴィッドは言葉に言い尽くせないほどほっとして、やや歩調をゆるめた。
小さな灰色の家は夕闇に抱かれてひっそりとしていた。昼間の容赦のない日差しの下で見たときよりも、ずっと心の落ち着く眺めだった。
ドアの隙間からは、かすかな明かりが漏れていた。
人がいるのだ。

ディヴィッドはできるだけ足音をたてないように家に近づき、例の台所の小窓から中を覗いた。
まず見えたのは、例の大きすぎるテーブルだった。使ったままらしい皿やコップの間に、昼間は見かけなかった鉄の燭台がのっていた。
その端に、ショーンが座っていた。
彼はクロスもかかっていないテーブルに肘をつき、両手で顔を覆ってじっとしていた。倹約家らしく短く芯を切った蝋燭の光に照らされたその姿は、どうしようもなく疲れ果てて見えた。







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今回は短いですが、とりあえずここまで。
ここへきてスランプくさく、続きが読めません。
ほんとに出せるんだろうか、総集編・・・。

20040502