* fragile/58 *
ふたり、もつれあうようにして奥の部屋へ行った。
そこもやはりガランとした板張りの部屋で、手前の窓際に簡素な寝台が一台置かれてあるきりだった。彼に家族があった頃には、全員の寝室を兼ねていたのだろう。荒れた床面に、つい最近家具を運び出したような跡がたくさんついていた。
また、こちらへ入ってみてわかったのだが、この家には二間しかないようだった。この寝室と、それから大きなテーブルのあった台所だ。
ディヴィッドはなんとなく驚いて、思ったままを口にした。
「小さな家だな?」
「はい」
彼に肩を抱かれているショーンが、仕方なさそうにクスッと笑った。
「うちは貧乏ですから。でも、旦那様のお屋敷に比べれば、どこでも小さいです」
「そうか。・・・なにもないんだな」
「もう、片づけてしまいました」
ショーンはさらりと言って、肩越しにディヴィッドを振り返った。どことなく寂しそうな目をしたのは、他界した家族のことを思いだしたからだろう、とディヴィッドは思った。
だが、半裸の恋人を抱いている男には、そのことを深く考えてやれるだけの余裕などあるはずもなかった。
この部屋には明かりがなかったが、幸い窓の外に月が出ていた。まだ満月には数日足りないが、暗がりに慣れた目にはこれで十分だった。この部屋で、本を読もうというのではないのだ。
熱のない黄色い光が、空っぽの部屋とショーンの横顔を照らしていた。
ショーンはもともと、神話に出てくる青年神をかたどった彫刻のような、はっきりとして美しい顔立ちをしている。こうして月明かりのもとで眺めると、その美貌には謎めいた陰影が加わった。
鳩尾が落ち着かないほど、魅力的だった。
ディヴィッドがしばらく黙って見とれていると、その彫刻がふと口元に微笑を浮かべた。
「・・・そんなに見ないでください」
痛々しいほどはにかんで、彼は小鳥のように小首を傾げた。たったそれだけの仕草で彼を包んでいた憂いの影はたちまち拭い去られてしまい、後に残ったのはディヴィッドが愛してやまない、内気で言葉すくなな青年の姿だった。
ディヴィッドは思わず彼の頬に唇を寄せた。
ちゅっ、と音を立ててキスをすると、ショーンはくすぐったそうにまた微笑った。暗がりの中で、彼の瞳が緑の星のように瞬いた。
* * *
シーツはごわごわしていたが、清潔そうだった。昨日洗ったばかりなんです、とショーンは恥ずかしそうに言ったが、屋敷の、ディヴィッドの寝台のシーツは毎日取り替えられるのが当たり前なのだ。
やんわりとそう指摘してやると、ショーンは唇に拳を当てて、くすくす笑いをかみ殺した。
「はい。びっくりしました。お金持ちはなにもかも違うって」
「昔からそうだったんだ。私がそうしろと言ったわけじゃない」
「・・・お屋敷にいると、夢みたいでした」
そう言いながらショーンは、ディヴィッドの喉元に顔を埋めた。
ふたりが抱きあっている寝台の下には、彼らの着衣がばらばらに脱ぎ捨てられていた。二足の靴もだった。片方はショーンの重そうな野良靴、もう片方はわざわざディヴィッドの足型をとってつくられた、特注品の高価な靴だった。
だが、こうして裸になってしまえば、ふたりの間に隔たりはなかった。
あの楽園で、人々の始祖が生を受けたときと同じ姿のまま、これ以上はないほど相手の存在を感じていた。
卵色の月光を浴びた、荒野の中の一軒家。まるで廃屋のような、二間しかない小さな家だ。この夜更けにこんな家に近づくものは、近くの水たまりで鳴いているカエルくらいのものだろう。
全能の主さえ今だけは目こぼしをしてくれていると、ディヴィッドは感じていた。
それはショーンも同じだったに違いない。
彼はディヴィッドの愛撫を受け入れながら、ひっきりなしに甘い声を漏らした。最初のうちこそいつものように恥ずかしがってほとんど声を上げなかったが、いったん喘ぎはじめた唇は、ディヴィッドの口づけによってしかふさがれることがなかった。
「あ、あっ、あっ!!」
ディヴィッドの指が肌の上を滑るたび、ショーンは激しく頭を振った。しっとりと汗に濡れた髪の先から、透明な飛沫が飛び散った。ディヴィッドは下半身を灼くような衝動を抑えかねて、怒ったように眉間に皺を寄せた。
今夜のショーンは、まるで甘い蜜をたっぷりと溜めた壺のようだった。縁までぎりぎりに満たされているので、ほんのすこし揺り動かされただけでも中の蜜が溢れてしまう。
そう思わせるほど、彼の汗も、悲鳴に似た声も、甘かった。
ズキリと痛みにも似た強い欲望が、ディヴィッドの身体を熱くした。彼は猛り立った自分自身をショーンの手に握らせながら、薄い耳を食べた。ショーンはぼうっとした様子ながらも自分に求められていることを理解して、濡れた欲の塊に指先を絡めた。
ショーンの手淫は、あまり上手くはなかった。彼の長い指がそれを扱いている様子を眺めるのは非常に楽しかったが、それだけではディヴィッドには物足りなかった。
「・・・ショーン、すこし我慢してくれ」
切迫した声でそう囁かれると、ショーンは潤みきった目でディヴィッドを見上げた。たった今まで執拗に吸われていた唇がぷくりと腫れて、淫らというも愚かな風情に見えた。
ディヴィッドは彼の膝裏をすくって肩の上に抱え上げ、まるい尻の狭間に熱く濡れた先端をグッと押しつけた。先ほどからディヴィッドがさんざん舌と指で馴らしていた場所だ。あまりに熱心にされたので、ついにはショーンのほうが焦れて、物欲しそうに腰を振りさえしたほどだった。
小さな窄まりは、ほとんど無彩色のこの世界ではセピア色に見えた。ショーンがはあはあと荒い息をつくたびに、そこもかすかに収縮を繰り返す。何度も使ったことがあるというのに、この場所が自分を受け入れることができるというのが、ディヴィッドには不思議だった。
その縁にまた指を這わせると、ショーンの平らな下腹がさざ波が立つように動いた。次になにがくるのか彼ももうわかっていて、ディヴィッドに何度も教えられたように深い呼吸をして進入を助けようとしている。
彼は右の頬をシーツにつけてきつく目を閉じていたが、ディヴィッドがなかなか動かないでいるうちに、おそるおそる薄目を開けた。
(まだですか?)
と言わんばかりのその目つきに、ディヴィッドの身体は震えた。
ディヴィッドは彼の顔から目を逸らさず、手探りで狙いを定めて、ゆっくりと彼の中へ押し入っていった。
「ウッ・・・!」
強い圧迫感に、ショーンが呻いた。必死に唇を噛んで声を殺そうとするが、食いしばった歯の間から漏れる苦痛の呻きを完全に止めることはできない。粗い手触りのシーツを指の関節が白くなるほど強く握りしめたショーンの手に、ディヴィッドは自分の手をそっと重ねた。
「大丈夫か、ショーン?」
そう訊いてはみたが、もしもだめだと言われたところで止められるはずもなかった。ショーンに聞こえていたかどうかもわからないまま、返事を待たずにディヴィッドはさらに腰を進めた。ショーンの背がしなり、波打って、ピシャリと水を打つように鋭い悲鳴がほとばしった。
「アアッ!」
「ショーン・・・もうすこし・・・」
「アッ・・・アッ、いっ・・・! だ・・・」
ショーンの真っ白な内股がぶるぶる震えていた。その膝の内側に、ディヴィッドはついばむようなキスを繰り返した。互いの汗で、彼の足を抱えている手が滑る。
だが、ショーンは痛みだけを感じているのではなさそうだった。
彼のバラ色の茎はその両足の間でゆらゆらと揺れながら再び体積を増し、ディヴィッドの腹にぐいぐいと当たっていた。ディヴィッドは身体をすこし前へ倒して、ふたりの腹の間にそれを挟み、擦ってやった。独特の弾力のある塊はある種のキノコのようにとろりとした粘液をまとっており、ディヴィッドの腹を下から突き上げて暴れた。
「・・・っく、ううっ・・・」
ほとんど泣きじゃくりながら、ショーンはやるせなく首を振った。ディヴィッドにがっちりと押さえこまれているので、ほかに動かせるところがなかったのだ。
ディヴィッドは緩やかな抜き差しですこしずつ彼を侵略してゆきながら、ワインに浸したような胸元にいくつもキスを落とした。
鎖骨のくぼみにたまった汗を、舌先で舐めた。
そのたびにショーンの身体はびくびくと跳ねた。
まるで釣り上げられたばかりの魚のように濡れて光り、綺麗だった。
最後に何度か腰を揺すって奥まで楔を打ちこむと、ショーンは蒼白な顔でディヴィッドをぼんやりと眺めた。ディヴィッドは自分も余裕のない汗をかきながら、彼の眉間にキスをした。
「・・・すまない。苦しいか?」
すると、ショーンはこくりと頷いた。ディヴィッドは傷ついたが、思いやりのない答えだとは思わなかった。
ショーンが素直に、思ったままを口にしてくれればいいと、いつも思っていた。
彼の秘密主義のために、どれほど悩まされてきたか知れないのだ。
ディヴィッドは腹の間に手を差し入れて、彼のものをそっと掴んだ。ショーンの目がすうっと眇められて、甘やかな吐息がディヴィッドの鼻先に触れた。
だが。
明らかに努力して腕を上げ、緩慢な仕草でディヴィッドの背を抱きしめながら、ショーンは掠れ声で言った。
「・・・あんまり優しくしてくださることはないです、旦那様」
「なにを言ってるんだ・・・」
「あとが、つらいです。最後がこんなふうじゃ・・・思い出して」
そう囁いた彼の頬を、新しい涙が伝っていた。
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20040513