* 酸っぱい葡萄 *

砂丘の向こうに、赤い炎のきらめきがいくつも連なっていた。
あれは死体を焼く火だ。
白い砂浜の戦場に倒れた、兵士たちの死体を焼く火。

月のない夜だった。昼間とは風向きが変わって、海から吹く湿った風は生ぬるく、不快だった。
そんな夜の考えごとは、たんなる謀略や理論的な思考の域を超えて、憂鬱な妄想の範疇へと容易に踏みこんでしまう。
いったい何年あれば、あのトロイを落とせるだろうか。

エーゲ海の輝く宝石のようなトロイ。
白く高い城壁にぐるりを囲まれたトロイ。
アテナとアポロンに守護されたトロイ。
勇猛な数万の兵士たちを抱えたトロイ。
プリアモスの息子ヘクトルの指揮下にあるトロイ。

あの強固な城塞都市を侵略する手だてはあるだろうか?


* * *


そんなことを考えていたらまた眠れなくなってしまった。
私は首筋の汗を拭い、思い切って起き出して、天幕の外へ出た。護衛の兵士が気づいてついてこようとするのを片手を振って戻らせたのは、知らないものにはイタケの王がずっと天幕にいるように見せかけたかったからだ。
味方にまで監視されるのは、もううんざりだった。
私はぶらぶらと歩いてイタケの野営地を抜け、広い浜辺へ出ていった。
時折、同じように眠れないらしい兵士たちと行き会ったが、この暗い中では私だと気づくものもいないようだった。どうやら仲間の兵士だと思ったらしく、よう、と軽い挨拶をする男もいた。
昼間と違って、今の私は紋章のついた甲冑を着ているわけでもない。寝るときにいつも被っている麻布を身体に巻きつけ、供も連れずに歩いている男を見れば誰でもそう思うに違いなかった。
誰にも見とがめられずに、私はそうやって波打ち際まで来た。
上陸用の小舟がずらりと舳先を並べている。私はざくざくと砂を踏んでそのうちの一艘に近づき、太いもやい綱を手でつかんでみた。ピンと張った手応えが頼もしかった。

ちょうどそのとき、私は、小舟の向こう側の暗がりに一人の男が立っているのに気がついた。
「誰だ」
と反射的に問うと、
「おまえこそ」
という答えが返ってきた。
それもそのはずだ、今の私は普通の兵士なみの格好しかしていない。
また、名を得たばかりの若者のように、相手を威圧するためだけに名乗るのも気が引けた。
私は頭を振り、笑いながら小舟の舳先をめぐって相手の男のほうへ近づいていった。
「すまない、おまえの名前など、実はどうでもいい。・・・蒸し暑い夜だな?」
そう言いながら、私はつくづく相手の姿を眺めて感嘆した。
あたりが暗いので初見ではよくわからなかったが、相手の男はかなりの大男だった。私も決して小柄なほうではないが、その私よりもまだ頭一つ分は背が高かった。私と同じような晒していない麻布で半身を覆っているが、剥きだしの腕や足がみごとに鍛え上げられているのはちょっと見ただけでも明らかだった。
私は思わず賞賛のため息をつき、男の顔をまじまじと見上げた。
どこの誰の指揮下にいる兵だろう?
私も、こんな兵士がほしかった。
「・・・素晴らしい身体だな。どこの出身だ?」
「答えなければならないか?」
「そんなことはないが・・・」
意外な返答だった。私は、おや、という気分で改めて相手の顔を見た。

まさかトロイ側の間諜ではないか、と思ったのだ。

だが目の前の男は体躯こそ堂々としているが、その身には寸鉄すら帯びておらず、足元も裸足だ。黒っぽい巻き毛の頭をわずかに傾げ、穏やかな目でこちらを見ている。
その様子はいかにも自然だった。彼の言葉にはすこしばかり東の訛があったが、それもこの軍では珍しいことではなかった。我々は雑多な氏族の同盟軍だからだ。
それに、もし私が敵国の陣地に間諜を送るならば、ネズミのように小回りの利く小男を差し向けるだろう。こんなに立派な体格の男は送らない。こういった見栄えのする勇士は、昼間の戦場で働かせるべきなのだ。

私がじっと見ていると、相手は居心地が悪そうに身体を揺らし、裸足のつま先で軽く砂を蹴った。その足も大きく、まるで石臼のようだった。
そして相変わらず訛のある口調で、言った。
「用がないなら、私は向こうへ行くが・・・」
「ああ、待ってくれ」
なぜ自分がそう言ったのか、わからなかった。
ただ、なにかが、・・・相手の男の声か態度に含まれたかすかななにかが、私に彼を引き留めさせたのだ。
「待ってくれ。どうせ眠れないんだろう。すこし話でもしないか」
「いや・・・」
「なんなら私の天幕へ来るか? 酒もある」
そう言ったのは、ハッタリだった。相手が自分の素性を明かしたくないのはわかっていたし、私のほうもその気はなかった。「酒」という言葉に反応してくれればいいと思っただけのことだ。そうすればもうひとこと、ふたことは話ができる。
相手がどこの兵士か、聞き出すチャンスも生まれるというものだ。
ところが、相手はしばらく逡巡した後、
「いや、酒はいい」
と答えて、そのまますたすた歩き出した。私は呆気にとられてその背を追った。相手は私が追ってくるのを予期していたらしい。肩越しに振り返って軽く頷き、だからといって歩調を緩めもせずにどんどん歩いてゆく。その速度についてゆくためには、ほとんど小走りになる必要があった。あたりには船やら大樽やらの障害物が多く、距離があくとすぐに相手を見失ってしまう可能性があった。
「おい、どこまで行くんだ・・・」
私が不審がって声をかけると、背の高い男は首だけでくるりと振り返って
「すぐそこだ」
と言った。

確かに、男が足を止めたのはそれからすぐだった。
何艘かの小舟がまとまって引き上げられ、小さな岩礁のように黒々と見えていて、そのあたりには人気がなかった。数日前に引き上げていった小国の陣営跡だなと、すぐに思い当たった。
男は一艘の小舟に手をかけ、ぐらぐらしないか確かめてから、そのそばにおもむろに腰を下ろした。そうすると彼の黒っぽい頭は周囲の闇にとけ込んで、顔を伏せていればそこに人がいることはほとんどわからないほどになった。
「座らないのか?」
そう言われて、私は苦笑した。いつの間にか、立場が逆だ。
相手から一歩離れたところに、私も腰を下ろした。すぐ目の前は別の小舟の船腹だ。狭苦しい場所だったが、静かではあった。
ばさばさと、身体にまとった布を捌く私の横顔を、男が凝視しているのを感じた。妙に不安をかき立てられる視線だった。

そうだ、きっと相手も、「こいつは誰だろう」と思っているに違いないのだ。

私は苦笑して、暗い中で相手の顔を見つめ返した。
「すまない、ひとりになりたいなら邪魔をした。・・・ただ、どこの国の精鋭だろうと思っただけなんだ。きっと名のある勇士に違いないとね」
「・・・戦場で見たことがないか?」
男は呟くように言い、顔を伏せてしまった。あまり世辞には興味のない男らしいと見て、私は作戦を変えた。
「酒はあまり飲まないのか?」
「いいや」
「だろうな。こんな場所で、憂さを晴らすのには酒が要る」
「・・・そうだな。どこから来ている?」
「イタケだ」
軽く答えてやると、男がちらりと目を上げた。その目を見た瞬間、私は自分が誤っていたのかも知れない、と思った。
私の故国イタケがどこにあるか、また私の父や祖父の名まで知っているように、その男の目には理解の光が閃いたように見えた。なみの兵士ではあり得ないことだ。
だが、それも私の思い過ごしかも知れなかった。
男はすぐにまた目を伏せてしまい、寄せては返す波の反射光がその表情を曖昧なものにしてしまったからだ。
「・・・それでは、故郷が恋しいだろうな」
男は呟き、それが癖なのか、ひどく内気そうな素振りで深く顔を伏せた。
「この戦争は長くなりそうだ。トロイの城壁は頑丈そうだし、敵は強い」
「そうだな」
私は微笑みながらそう答えたが、相手に対する内心の疑惑は深まるばかりだった。
「・・・だが、これだけの軍勢で脅せば、トロイからは脱走兵がたくさん出るぞ」
私はわざと明るい口ぶりで、もっとも楽観的な考えを口にした。実はそれこそが、兵士たちの志気を保つために私たちが言い広めている言葉だった。
「それに水や食料もだ。回りを取り囲んでしまえばこちらの勝ちだ。向こうはすぐに兵糧がつきてしまう」
「そうだろうか?」
憂鬱そうに、男は首を傾げた。
「このあたりの漁師や農民は昔からトロイの味方だ。今も夜の闇に紛れて、食料が運び込まれているかも知れない」
「水は? こんなに海が近くては、井戸を掘っても塩水しか出ないだろう」
「・・・さあ、それはどうだろうな。ともかく、包囲されてもう何日も経つというのに、そんな気配が見えない」
「おいおい、おまえはどちらの味方だ?」
私はさらに笑いながら、隣に座っている男の肩を叩いた。親しみをこめた仕草のつもりだったが、相手は頑丈そうな肩をビクリと揺らした。
「おまえは図体はデカいのに、とんだ臆病野郎だな。私の王に話して取り立ててもらおうと思ったが、・・・そんな値打ちはないのか?」
「イタケの王? あのオデッセウスか?」
「そうとも。あの英雄オデッセウスだ。悪い話じゃないだろう?」
しゃあしゃあと私は答えた。男の目を染めた関心がおかしかった。

実を言えば、そのときにはもう確信していたのだ。
この男はただの兵士じゃない。

「もしおまえが見た目のとおりの勇士なら、すぐにも王に引きあわせてやろう。オデッセウスのために戦わないか?」
「・・・」
男は、明らかに興味を引かれたらしい。私の顔をじっと眺め、そこに嘘がないかと探しているようだった。私はせいぜい邪気のない笑みを浮かべて、相手の顔を見つめ返していた。
もしこの男が頷けば、約束どおりイタケ王の天幕へ連れてゆくつもりだった。この時間でも、天幕にはまだ多くの衛兵たちが詰めているはずだ。
その場で改めて素性を問いただし、場合によっては捕縛する。
どんな素晴らしい戦士でも、・・・たとえばあのアキレスや、トロイのヘクトルのような勇者でも、丸腰で20人の精鋭に取り囲まれたのでは逃げ出せないだろう。
そう、たとえこれがヘクトルでも。

だが、相手はやはり
「・・・遠慮しよう」
と言った。
私は無念さをため息で隠しながら、暗い空を見上げた。
「功名心がないのか?」
「いや。いずれ時期が至れば、とは思っている」
「せめて名前を教えてくれ。どこの国の兵だ?」
「・・・おまえこそ」
そう言いながら、男はおもむろにこちらへ向き直って、私の顔をじいっと見つめた。
「おまえこそ、先に名乗るがいい。これはどういった種類の誘惑だ?」
「どういった種類、とは?」
「そういう目で見るのをやめろ」
男は舌打ちしながら言って、ひとつかみの砂を宙に撒いた。
「気づいていないのか? ひどく物欲しそうな顔をしている」
「私がか?」
私はびっくりして、自分の髭面を撫でた。
言われてみればそのとおりかも知れなかった。私はこの男を自分の陣営に欲しかった。それこそ喉から手が出そうなほど。
だが、性的な意味ではない。トロイは強固で、女を奪うのも容易ではなかったが、私はそれほど不自由しているわけではなかった。
相手の男は私の顔つきを見て、自分の間違いに気づいたらしい。眉間にグッと険しい皺を寄せたかと思うと、不意に海のほうへ視線を逸らした。
「・・・勘違いをしたのなら、すまなかった。だがこんなところまでノコノコついてくるものだから、てっきり飢えているのかと思ったんだ。国を離れて、寂しい思いをしているのかと」
「それはお互い様じゃないのか」
私はそう言うべきだった。男は曖昧に頷いた。
「そうだ。だから、誘いにのってもいいと思った。・・・もう行け。私はもうしばらく、ここにいる」
「その気がないとなったら、簡単に追い払うのか」
「イタケの王に仕えろという話なら、もう聞いた。断る」
男の口調はそっけなかったが、私はまだ彼を放免するつもりはなかった。

私は、男の腕にそっと手をかけてみた。がっちりとした筋肉はまるで岩のようで、私は彼に対する賛嘆の念をますます強くした。
「・・・気が変わったと言ったら?」
微笑みながら、私は続けた。
「寂しいというのはほんとうだ。故国には妻も子もいるが、離れて久しい。早くトロイを落として、妻子の元へ帰りたいものだ」
嫌がらせのつもりでそう言ってやった。この男がトロイの間諜であれば、さぞかし気を悪くしたことだろう。
案の定、男は私の言葉を否定も肯定しなかった。
黙ったまま視線を巡らして、磨いた木の実のような黒い目で私を見た。

そして、ゆっくりと私に向かって手を伸ばした。
大きな手が、私の喉元にかかる。そのまま首を絞められたら、と思うと身体が緊張するのを覚えたが、相手は私がイタケ王であるのを知らないはずだった。
知られればおそらく命がない。
私も丸腰だ。この堂々たる体躯の男と、一対一で戦って勝つ自信は、私にはなかった。
男は私の肩を覆っている布を後ろへおしやり、剥きだしになった胸に手を這わせた。いきなり夜風にさらされた肌がぞわりと粟立ち、剣胼胝のある指先で撫でられた乳首がすこし硬くなるのを感じた。
たくましい腕で支えられながら砂浜に横たえられると、背中がほんのり温かかった。
男の、熱い身体がのしかかってくる。舟の間の、狭い夜空が見えなくなった。
「乱暴にするな・・・」
「大丈夫だ」
「尻には突っ込まれたくない。なんの準備もしていない」
「ああ、わかった」
男はぞんざいに答えて、私の膝を開かせた。ぐっ、と腰を押しつけられると、もう彼が興奮しているのがわかった。太股の内側に、ごつごつとした塊がぶつかってくる。その勢いに、私は息を呑んだ。布越しに当たった感触だけでも、男が並はずれたものの持ち主であるのは明らかだった。
すると、男がクククと喉の奥で笑った。
「たいていの女は、最初は怖がるんだ」
いくぶん自慢げな調子に聞こえた。同じ男としていい気はしなかったが、そう言いたくなるのも当然と納得できるだけの大きさではあった。
ふたりとも簡易な服を身につけているだけで、わざわざ脱ぐほどのこともなかった。キトンをすこし捲り上げれば、それで用は足りる。
男は私の手を取って、自分の着衣の下へ入れさせた。促されるままに私は彼のものを握り、軽く上下に扱いてやった。ふう、と男が低い息を吐きながら、私の腿や腹を手のひらでするすると撫でさすった。
「綺麗な肌だ」
男はぎこちなく褒めたが、社交辞令のようには聞こえなかった。私は気分よさげに薄く笑ってみせて、彼の耳元に唇を寄せた。
「その気にさせるのがうまいな」
「私は口下手だ、おまえと違って」
「その分、”これ”があるじゃないか」
「だが、使わせないんだろう?」
「ああ。今夜はだめだ」
私は男の肩に顔を埋めて、相手にもわかるように大きくニヤリと笑った。手の中で、大きなものがまたむくむくと膨れあがった。

素性の知れない大男は、私の身体を丁寧に愛撫した。
短い着衣を腹まで捲り上げられ、
「しゃぶってくれ」
とねだったら、その通りにしてくれた。
あまりうまくはなかったが、大きなイヌのようにハッ、ハッと熱い息を内股に吹きかけられ、茎と言わず袋と言わず手のひらで揉みしだかれると、食いしばった歯の間から自然にうめき声が漏れた。
「くっ、うう・・・あっ!」
強い刺激を受けるたびに私は何度も腰を跳ねさせ、そのつど、男の腕で腿を押さえつけられた。体格の割に小さな頭を両側から膝で挟みこんだ私は、ともすれば流されてしまいそうな意識の端で、この男に怪しまれずにどれだけのことを聞き出せるだろうかと考えていた。
「う・・・は、早く帰りたい・・・帰りたいんだ、イタケに」
「ああ・・・」
「トロイにはどれく・・・うっ、どれくらいの兵がいるんだろうな?」
「さあ。一万か、二万か・・・」
「二万、もいるんじゃ・・・」
「わからん。そんなにはいないだろう。だがまだ増える」
男は口早に言って、私のものから舌を離した。そして抱え上げた両足の間から探るような視線をじっと私の顔にあてたが、私がとろんとした目で見つめ返してやると、濡れた唇をぺろりと舐めて、呟いた。
「つまらん話は、やめよう。・・・身体を」
そのときばかりは乱暴に促され、ぐるんと身体をひっくり返されて、砂の上に俯せにされた。顔の横に手をつかれ、背中に胸を重ねられてゾッとした。もし相手に敵意があれば、鳥の首を絞めるように縊られて、私はそれでおしまいだ。
だが、もちろんそうはならなかった。
男は寝台に横たわるように私の上に横たわり、私の尻の肉を両手でひとつずつつかんで、ゆっくりと揉みしだいた。
その尻の間に、男の長大なものが当たっている。まさかとは思うが、このまま犯されるのではないかとふと不安になり、私は肩越しに男の顔を振り返った。男は私が心配そうにしているのを見てとって、なだめるようにすこし笑った。
「大丈夫だ、今夜は挿れない」
「・・・だが、次はないだろう、たぶん」
「なぜだ?」
男は不思議そうに呟き、私の太股をぴったりと閉じさせて、その間に自分のものを挟みこんだ。私は足を閉じたまま、すこし膝を折って腰を持ち上げてやった。満足そうに頷いた男がゆっくりと腰を前後に振りはじめたが、すぐにやめてしまった。
最初からこうするつもりだったのだろう。彼は唾液と自分の先走りでたっぷりと私の股間を濡らしてあったのだが、それに下の砂が付着してしまい、擦れると痛いらしかった。
彼は自分の着衣を犠牲にして、私の足の間と自分の前を丁寧に拭った。私は彼のなすがままに任せていたが、突然目の前に手指を突き出されてギョッとした。
「舐めてくれ」
焦った口調で言われ、私はそうした。
彼の手は大きく、樫の木を削って作ったようにごつごつとしていた。だが、農夫の手ではない。重い剣をふるう右手には大きな胼胝があったが、盾を持つ左手のほうはさほどでもなかった。農夫ならば、両方の手に同じように胼胝ができるはずだ。
この男はやはり、生まれながらの戦士なのだ。
そんなことを考えながら彼の指を唾液まみれにし、はあっと息を吐くと、その手が後ろへもっていかれた。
てっきりそれで自分のものを扱くのだろうと思っていたら、違っていた。
男はなにも言わずに、その指を私の尻に突き立てようとしたのだ。私は恐慌に襲われ、弾けるように肩を跳ね上げたが、相手の男に押さえつけられてしまった。
「よ、よせ・・・」
「次がないなら、今夜しかないな」
男は脅しつけるように低く言って、私の後ろに太い指を一本、ねじ込んだ。私は激しく頭を振って、悲鳴を上げた。
「な、ないかも知れない、と言ったんだ!」
「もう会う気がないんだろう?」
「そんな・・・そうじゃない、違、あっ!」
やめろ、と私は掠れた声で叫んだ。もう中へ入りこんでいる濡れた指のほかに、もう一本が入り口のあたりをまさぐっているのがありありとわかった。
「違う、も、もしトロイに・・・」
「・・・なんだ?」
「トロイに、2万も兵がいるんじゃ・・・あ、明日の戦でどちらか死ぬかも・・・」
私は苦しい息を吐きながら、肩越しに私を嬲っている男を振り返った。両眼に涙がにじんでいるのは演技ではなかった。
男はしばらく黙っていたが、やがてほとんど聞き取れないほど低く、囁いた。
「そんなには、いないだろう。トロイは兵の補充をする。・・・たぶん。明日は大きな合戦にはならない」
「ほ、ほんとうか?」
「わからん。噂だ」
ぶっきらぼうに言って、男はもう一度未練がましく私の中を指で掻き回した。長く太い指が奥のいいところをかすめたので、私もそれこそ物欲しそうな声を上げてしまうところだった。
だが、今日はとても無理だ。いきなりそんな無茶を強いられるのは、あの傲慢な男に強制されるときだけでたくさんだった。

男は、私の後ろに指を突っ込んだまま、もう片方の手でさっきと同じように私の腿を開かせ、自分のものをそこへ挟みこんで、ぐっと閉じた。彼が腰を突き出すと、その先端は私の膝より前へ出て、それこそ砂まみれになった私のものに重なった。男の熱い手がそれらを二本まとめてつかみ、前後にきつく扱きぬいた。
硬く張りきった袋や茎を、下から擦り上げられる感触もなかなか悪くはなかった。
だが、それよりもよかったのは、太い指でこじられている後ろの穴だ。男の指は長く、びりりときつい刺激を感じる箇所に楽々と届いた。
「う、ううっ、あ・・・」
私は腰をくねらせて喘ぎ、砂に頬を擦りつけ続けた。じっとしていられず暴れる足を、男ががっちりと押さえつけていた。

私たちはまもなく互いの手の中に埒をあけた。着衣も肌も、べとつく体液と砂でどろどろになってしまったが、波打ち際で洗い流した。
別れ際には月が出ていた。
海から上がった私たちはぎこちなく笑いあって、遠い砂丘の彼方に連なる火葬の火をしばらく眺め、
「では、また」
「またこのあたりで」
と簡単な約束を交わした。
男は長い影を砂浜に引きずりながら、どこへともなく去っていった。私は追わなかった。
その影の向こうに、トロイの城壁が月光を浴びて白く輝いていた。


* * *


翌日、私は自分の戦車にもたれかかって、高くそびえるトロイの城壁を遠くから眺めていた。
先ほどから諦めの悪い連中が、城市の正門前で陽動を繰り返しているが、トロイ側にはまったく動きが見えない。城壁の上には長弓を構えた弓隊がずらりと居並び、彼らの射程に入ってこられるものなら入ってみろと、威嚇するように鏃をきらめかせている。
そして、城門の上には指揮官たちの一団がいた。男ばかりの数人だ。いずれも、この距離から見てもはっきりとわかる見事な甲冑に身を固め、こちらの陣容を眺めてはなにごとか話し合っていた。
その中にひとり、ひときわ背の高い偉丈夫がいた。
トロイの王子、ヘクトルだ。
戦場へ出てくるときはいつも兜を被っているので、彼の顔をはっきりと見たことは一度もない。声も、兵士たちに号令をかける怒声のほかは耳にしたことがない。
ほんとうに彼だろうか?
あの兜の庇の下には、熟したブドウの実のような、艶やかな瞳が隠れているのだろうか?

そんなことを考えながらぼんやりしていると、脇から副官が声をかけてきた。
「我が君、大王の軍勢が・・・」
指さされたほうを横目で見ると、我が軍の盟主が陣を動かそうとしていた。私はそっけなく答えた。
「こちらは動くな」
「しかし、戦に出遅れますが」
「今日、トロイは討って出ないだろう。城門が開かなければ、これだけの人数では攻めきれん。援軍が到着するのを待つしかない」
「トロイ軍は出ませんか」
「ああ、たぶんな。・・・あちらも今日、兵の補充をするそうだ」
私はニヤリと笑って、副官を振り返った。副官はきょとんとして首を傾げた。
「どうしてご存じなので?」
それには、さすがに答えられなかった。



* FIN *





■INDEX■



どう考えても「アガオデ!」(<好み丸出し)だと思ったんですが、
あ○せ先生とメッセでこの件を話しているうち、萌えが止まらなく
なってしまいました。
先生へ捧げます。いらんと言わないで。

20040521
20040529トロイの地理がよくわかってなくてですね。