* 幸運のかけら *

一本だけ灯した淡い燭光が、金髪の上で揺らめいていた。
「・・・キスしてもいいだろうか、リチャード?」
そう問いながらも答えを待つでもなく、若い男の指が顎を掬いあげた。素直に顔を持ち上げられながら、シャープはゆっくりと目を閉じた。
あたたかい唇が重ねられる。まだすこし若かったワインの匂いが、お互いの口の中にまだ残っていた。それを一滴も逃したくないというように、角度を変え、深く深く舌を絡めあった。
キスはいつでも好きだった。呼吸が足りなくなるような感覚、ふわふわと頼りない快感が身体の芯を暖めてくれるからだ。
今夜の相手は年下の少佐だった。最近この大隊に配属されたばかりで、英国に残してきた恋人を懐かしがってばかりいた男だ。自分と同じくらい上背のある男の誘いにたやすく乗ってしまうまで、誘惑に弱くなっていた。あまりに簡単だったので、シャープは笑い出しそうになったほどだ。
彼の手はまだきれいだった。剣胼胝すらなかった。そのなめらかな指先がシャツの襟元に潜り込み、鎖骨の上をなぞってゆく。肩先を経て、二の腕を滑り降りる。とてもやさしく。

いい気分だった。久しぶりに町へ入って士官食堂にあてられた旅館で美味い料理を食べ、ふたりで一本ずつワインを空けた。
「今夜は私の部屋で飲み直さないか。ふたりだけで、な?」
秘密の話をするついでに耳元に口を寄せてささやいたら、相手の喉がごくりと鳴った。信じられないように見上げてくる瞳を、あわく微笑んで見つめ返した。
ややあって、相手はやはり頷いたのだった。

誘いをかけた手前、服は自分から脱いだ。本来同性の身体などに興味のないはずの男が、魅入られたように息をのむ。シャープの身体は傷痕だらけだったが、それを褒めなかった男も、女もいなかったから、本人はさほど気にしていなかった。
清潔なシーツが敷かれた寝台に仰向けに横たわると、すぐに覆い被さってきた男が、日焼けして艶をなくした髪をくしゃくしゃにかき回しながらまた唇を重ねてきた。
たっぷりと味わったあとで、シャープは相手の額に自分の額を押しつけ、笑いながら警告を発した。
「知らないんだろうが、私と寝た男は長生きできないという噂だぞ」
それでもいいのか、と目だけで訊ねたが、もうとっくに退路を断たれていた男は意に介さなかった。

* * *

翌週、その少佐は戦場で死んだ。よせばいいのに誰にも負けぬ勇気を示そうとして、高々とサーベルを掲げて隊列の中へ馬を進めたのだ。
将校は敵の銃弾に狙い撃たれる。それがわかっていたから、シャープは止めようとした。だが男は止まらなかった。
激しい砲撃の中で、彼を落馬させた銃撃の音は聞こえなかった。
おまえも去ってゆくのか、と心の中で叫びながら、ごぼごぼと血の泡を吐き出している男の頭を両腕に抱いて、・・・彼の生命が血と一緒に流れ出てゆくのを唇を噛んで見つめた。
自分のせいではないと、わかってはいた。相手に傾けた感情が恋や愛と呼ぶには熱の足りないものであることもわかっていた。
それでも、胸がつぶれるような思いがした。

日が暮れて、ようやく戦闘は終息した。奇襲攻撃をするのでもなければ、敵も味方も判別しがたいほどの闇の中で戦うことは互いにそれほどのメリットもない。
夜明けまでのいっときの休息の間に、シャープは死んだ少佐を後方へ運ばせて、兵卒たちとは別に掘られた穴に彼が葬られるのを見守った。
シャープの部下のライフル銃兵たちが硝煙と砂塵に汚れた顔を並べ、死者のために礼砲を鳴らした。彼らもへとへとに疲れ果ててはいたが、悲しくとも悲しいとは言わないシャープのためにそうしたのだった。
シャープは、彼らにねぎらいの言葉をかけなかった。
ただ、また天を呪うような罰当たりな言葉を吐き捨てて、大股にその場を歩み去った。

* * *

その背中を見送りながら、今度という今度はずいぶん参ってるんじゃないかな、と古参のライフル銃兵が口の中で呟いた。
「そりゃあそうだろ」
疲れた肩には重く感じる銃を下ろしながら、隣に立っていた兵が答える。
「これで何人目だと思うんだ。いくらあの人が運が強いったって、申し訳ない気持ちにもなるってもんだ」
「おいおい、言い過ぎじゃねえか?」
「なに言ってる。隊長にいいとこ見せたくて、少佐は飛び込んでったんだ。おまえも見てたろ・・・」
そのとき、唸るような声がふたりの背後で聞こえた。
「・・・おまえら、口がすぎるぞ」
ハーパー軍曹だった。平時は穏和なその顔が、闘犬じみて獰猛に見えたので、噂をしあっていたふたりはぐっと口をつぐんだ。
「どっちにしたって、誰のせいでもねえ。わかってるだろ」
「あ、ああハープス、そりゃわかってるんだ」
「そうとも、ただちょっと口が滑っただけよ。本気で思ってるんじゃない、気にするな」
「クソったれどもの言うことなんぞ気にするもんか」
仏頂面をしたまま、大男の軍曹は愛用の七連銃を担ぎ上げた。この連隊でもおそらく彼にしか扱えないだろう、反動の重い銃だ。いささか下世話な噂話が終息したと見て取ると彼は、シャープの後を追うように歩き出した。
若いほうの男が、どうしても黙っていられず、彼の広い背中へ向けて声を放った。
「けどよ、なんでかあんたは無事なんだな、ハーパー? いったいどんな神のご加護があるんだ?」
口のうまいほうではない軍曹は、一瞬ためらった後で振り返り、ニヤリと笑みを返した。
「あの人の幸運のお守りなのさ、俺はな!」


* FIN *





■INDEX■


隊長はモテモテってことでお願いします。(苦笑)
そろそろあたしを刺したくなった人もいることでしょうが、
そこはひとつ隊長の色気に免じてお許しください。
いやあどうにも抗えなくて。
20030714