* アンダー・ザ・ローズ *

私は幼い頃に両親をなくした。その当時のことは思い出すにはいささか辛い記憶だから、普段は胸の底深く沈めてある。
ほかに身寄りがなく、施設に収容された私は、たぶん普通よりは我慢強い子どもだったと思う。子ども心にもなぜ両親と別れなければならなかったか、そしてなぜ自分がこんな場所で暮らさなければならないのか、そのことをよく知っていたからだ。ほかの子どもたちのように戻らない家族を恋しがって泣いてばかりいたのでは、求めるものは決して手に入らないと思っていた。
そのためにできる努力ならなんでもした。勉強もしたし、身体も鍛えた。食べ物の好き嫌いさえ自分ひとりで克服した。他人から好意的な評価を得るための社交性も、意識して身につけた。本来の私は、かなり内向的な少年だったのだ。
私は人に好かれたかった。
だが、そのために相手を好きになる必要はない、と思っていた。
反吐が出るほど嫌いな相手にでも、そんな感情はおくびにも出さずに接する自信があったからだ。
そのことを、私は誰にも言わなかった。


* * *


「・・・そうだ。グリーンの拠点は今夜中に引き払え。あとに指紋ひとつ、髪の毛一本残すな」
ロンドン市内の、とある高層マンションの一室。クリスマス直前とあって華やかにデコレーションされた市街がずっと遠くまで見渡せるリビングで、しかしその眺めには目もくれずに、ひとりの男がノートパソコンのキイを叩いていた。
マッキントッシュのディスプレイには、カラフルな地図が表示されていた。国別に色分けされたヨーロッパの地図だ。その中にぽつんぽつんと、赤やオレンジ、そしてグリーンの光点がいくつか点在している。
「いや、殺すな。人目を引く。・・・こちらの痕跡を徹底的に消せ。跡を辿れなくするんだ。クリスマスシーズンだ、旅行客にまぎれろ」
そのひとつ、フランスとイタリアの国境地帯にあるグリーンの点を指先で軽くつつきながら、男は淡々と話していた。その手にあるのは小さな折り畳み式の携帯電話だ。ごく普通の、どこの量販店でも売られているようなプリペイド式の機種だが、中身はまったく違う。5桁の数字を打ち込むと電話会社を通さずに直接別の電話につながるよう、プログラムされているのだ。
現在では以前と比べものにならないほど弱体化したとはいえ、まだまだ死んではいない国際的犯罪組織・ヤヌスの特製品だった。

男の名は、アレック・トレヴェルヤン。
もともとは英国情報部きっての優秀なスパイだったが、とある事件をきっかけに世界経済の転覆をもくろみ、ヤヌスという組織をつくりあげた。そして強力な軍事衛星を盗んで各国の主要都市を破壊しようとしたものの、あと一歩というところでかつての同僚である英国のスパイに阻止され、組織はほぼ壊滅状態に追い込まれてしまった。
アレック自身も瀕死の重傷を負わされた。・・・だが、死にはしなかった。ヤヌスと同様に。

さらに簡単な指示をいくつか与えて、アレックは短い通話を終えた。暗号回線を使っているとはいえ、誰でも傍受できる携帯電話の電波など信頼できるはずもない。
それからまたパソコンの画面に向かい、マウスに手を伸ばしたとき、アレックの鋭敏な聴覚はかすかな金属音を捉えた。
考えるよりも早く、手が動いた。するりとマウスを滑らせ、クリックを二度。それだけでヨーロッパの地図はかき消え、液晶画面にはインターネットのニュースサイトが現れた。その間に左手は携帯電話を静かに閉じ、テーブルの上へさりげなく置いた。画面を見るときにはいつもかけている眼鏡も、同様に。
アレックが立ち上がったのと、玄関のドアが開く音がしたのとがほぼ同時だった。短い廊下からリビングへ通じるドアは開けたままにしてある。玄関を入ってきた男は5歩でその戸口にたどり着き、そこでいったん立ち止まって、かすかなため息とともに首を振った。
「アレック、不用心すぎると言っているだろう? 玄関からここまで、ほとんど遮蔽物がない」
「私は遮蔽物よりも、侵入者の姿を一秒でも早く確認できるほうがいいよ。好みの問題だ。・・・お帰り、ジェームズ」
「ただいま」
金髪のアレックとは対照的な黒髪の男は、手袋を脱ぎながらニコリと微笑った。曲げた肘にはモダンなバラの花束を抱えている。ゆるくウェーブした黒髪と真青に輝く瞳の取り合わせが、いかにもアイルランド系らしい。バランスよく鍛えられた身体を黒のロングコートに包んだまま、彼はゆったりとアレックのそばまで歩いてきて、花束を差し出した。アレックは受け取りはしたものの、怪訝そうに首を傾げた。
「私にかい?」
「もちろん! ほかに誰がいるんだ?」
「・・・まあ、ありがとうと言っておくよ」
「どういたしまして」
アレックのつれない返事に男は苦笑し、テーブルに載っている携帯をちらりと見やった。
「今、下から何度も電話したんだが」
「そうなのか? それはすまなかった」
さらりと答えたアレックは、花束の柄を片手で握ったまま携帯を取り上げた。すぐに着信履歴を確認しておかなかったのは不注意だった。暗号通話中に誰かから着信すると、相手側では通話中ではなくコール音が鳴る仕組みになっていたから、焦る必要はなかったが。
「さっき、ちょうどトイレに行っていたから」
「アレック」
次の瞬間、アレックは男の腕に正面からまともに抱きすくめられていた。
「・・・アレック、会いたかった」
誰にも聞かれる心配などないのに、わざと声を低めて囁かれる。反射的に身を捩ろうとしていたアレックは、それを聞いて渋々ながら腕を下ろした。君がそうしたいなら好きにさせておいてやろう、と言わぬばかりに。
その男のコートは上質のカシミヤで、肌触りも柔らかかった。アレックはその肩に頬を押しつけ、なじみ深い匂いを確かめるように吸いこんだ。
男は身なりにはとても気をつかうたちだが、コロンの類はめったにつけない。アフターシェーブローションと整髪料のかすかな香りは、彼がさっきまで抱えていたバラの芳香にすっかり負けてしまっていた。また、ごくうっすらとだが、硝煙と油の匂いもする。最後にシャワーを浴びてから、タバコは一度も吸わなかったようだ。
そして彼自身の体臭。それらが全部混じりあったものが、この男の匂いだ。
しばらく目を閉じて抱かれていると、頬やこめかみにチュッ、チュッと音を立ててキスをされた。
「どうした、アレック? 今日はなんだか優しいじゃないか」
「・・・そうかな」
「そうとも。先週の君は、まるで氷みたいに冷たかった。私が君の歓心を引こうとして必死に努めても、気にかけてもくれなかっただろう?」
本気かどうかわからない。余裕たっぷりの口調で言いながら、男はアレックの背にまわした腕でするりと彼の尻を撫でた。硬いデニムのジーンズ越しにも、いかにもセクシャルな仕草だった。アレックは思わず小さく息をのみ、男の胸に手を突いた。
「・・・そんなことはないよ、ジェームズ」
「ほら、そうしてすぐに私から逃げようとする。私は君に会いたい一心で、死神の鎌の下をやっとかいくぐってきたっていうのに。 ・・・ああ、ちょっと待ってくれ、アレック! わかった、わかったよ。冗談だから」
芝居がかった台詞は苦手なアレックが秀麗な眉をつり上げたので、男は慌てて彼の腕を掴み、声を上げて笑った。それから癖のないアレックの金髪に鼻先を埋めて、ほうっと息をつく。アレックは首筋から耳まで赤くしながら、やっとのことで文句を言った。
「まったく、昼間から君は・・・」
「すまない。でも誰も見ていないよ」
「そういう問題じゃないだろう? 悪いと思ったらもう放してくれ」
「夜ならいいのか?」
「・・・ジェームズ」
真夏の太陽さえ凍りつきそうな声で言われて、男はいかにも渋々といった様子で腕を広げた。その男らしいハンサムな顔におどけた笑みが浮かぶと、アレックはいつまでも彼に厳しくしていることができず、つい許さざるを得ないのだった。

この男こそ、アレックの野望を葬り去った張本人であり、なおかつアレックを”殺した”と報告した男でもあった。
だが同時に彼は、死んだはずのアレックを秘密裏に現場から運び出してとある個人病院に隠し、快復するまで治療を受けさせてくれた命の恩人でもあったのだ。
アレック・トレヴェルヤンという犯罪者は、公的な記録に関する限り死んでいた。その彼がこうしてロンドンのマンションの一室に隠れ住んでいるなどとは、誰も夢にも思わないだろう。
この部屋の主であるジェームズ・ボンドと、アレックが連絡を取ったかつての部下たちのほかには、誰も。


* * *


あれはいつのクリスマスだっただろう?
9才か10才、まだグラマースクールの話が出る前のことだったはずだ。
私はほかの子どもたちと一緒に、ホールのテーブルのまわりに集まっていた。クリスマスやイースターにはいつもドライフルーツがどっさり入ったバターケーキが出されて、皆がそれを一切れずつ分けてもらえるのが恒例だった。施設の食事は栄養は充分だったが変化に乏しかったから、私たちはいつもそれを楽しみにしていた。
プラムケーキとクリームが皆に一皿ずつ与えられ、与えられるそばから歓声を上げて、指先も唇もべたべたにしながら食べるのが楽しかった。年長の子は、取ってしまうぞ、と年下の子をからかい、本気にしたチビはマムのスカートの後ろに隠れて急いでケーキを口の中に詰め込もうとする。もちろん、からかったほうは本気じゃない。それほど意地悪なことをして、せっかくの楽しい日を台無しにするなんて考えられない。
その年にも同じようにケーキが配られ、私はたまたま列の最後の方に並んでいた。
ところが、どういった手違いか、用意されていたケーキが一皿足りなかったのだ。
(あら、ひとつ足りないわ)
分配役だった若いマムが途方に暮れたように言ったのを聞いて、まだ近くにいた私は驚いて振り返った。
列の最後に並んでいたのは、先週その施設に来たばかりの新入りだった。大人びた少年だったが、その彼にしてもケーキは楽しみにしていたはずだ。普段は明るい真っ青な目に、がっかりした色が浮かんでいた。
(どうしましょう・・・ちょっと待っててね、ジェームズ)
そう言って、マムは調理場のほうへ駆けて行った。今にして思えば、かわりに与えてやれるものがないか、探しに行ったのだろう。だがその時の私はそこまで考えが及ばなかった。丸いプラムケーキが残らず配られてしまった後では、取り返しのつかないことのように思われたのだ。
私は、数秒その場に立ち尽くしていた。
新入りの少年は、あーあ、と呟いて顔を上げ、そこでまだケーキの皿を持ったままの私と目をあわせた。
・・・私は、怯えた。
ほかの子どもたちはそんな事態には気づかなかったらしく、まだケーキに手をつけていないのは私だけのように見えた。もしマムが手ぶらで戻ってきて、この少年をかわいそうに思ったら、私は彼に半分分けてやらなければならないかも知れない。
分けたくなかった。たかがケーキでも、そのときにはとても惜しく思えたのだ。

そのとき、相手の少年がぎゅっと唇を歪めて、それから笑った。
(早く食べろよ。君のだよ)
まさにそう言ってもらいたかった私は、急いで食べはじめた。一切れのケーキは三口でなくなり、脇に載せたクリームだけがすこし残った。新入りの少年は真面目な顔をして、私が食べるのをじっと見ていた。やはり羨ましかったのだろう。後ろめたい気はしたが、彼の言うとおり、これは私の当然の権利なのだから、と自分に言い聞かせた。
残っていたクリームを、私は人差し指の先にすくってぺろりと舐めた。行儀は悪かったが、フォークは配られていなかった。
それからもう一度、これで最後とまた指先にクリームをすくったとき、あの少年がぽつりと言った。
(あのさ。・・・一口だけ、味見させてよ。ちょっとだけ)
彼は恥ずかしそうな顔をしていた。それはそうだろう。だが、私ももう心が萎えていて、断ることができなかった。
私が差しだした指に、彼はゆっくりと唇をつけて、軽く吸うように舐めた。落ち着きのない黒い前髪の下から、青い目が上目遣いに覗いていた。
ずいぶん後になって、思春期を迎えるまで、そのときなぜ膝が震えるように感じたのかわからなかった。


* * *


夕食は、時々そうするように下のロビー階にあるレストランから料理を取ってすませた。
大けがをして以来、アレックはほとんど酒を飲まない。それでも今夜は、ジェームスとふたりでワインを開けた。
ベッドルームへ移り、照明を落としてブラインドを上げると、眼下に広がっているのは宝石箱をぶちまけたようなロンドンの夜景だ。色とりどりのクリスマスイルミネーションに飾られた街は眺めただけでわくわくするような美しさだが、彼らがそこへ出かけてゆくことは決してない。例年ならカンヌかモナコでニューイヤーシーズンを楽しんでいたというジェームズも、今年ばかりはこの部屋で過ごすことしか考えていないようだ。
アレック・トレヴェルヤンは死んだ。
今こうして、かつての友人に組み敷かれてせつない声を上げている男は、彼の幽霊なのだ。


「・・・くっ・・・ん、ん・・・!」
「アレック、我慢しなくていい」
「い、嫌だ、もう放してくれ」
「アレック、・・・」
じっとして、と天鵞絨のような小声で囁かれ、薄い耳を甘噛みされると、アレックはビクリと身を竦ませた。すっかり裸にされてベッドに横たえられ、肩と膝をジェームズにがっちりと押さえられて、その腕が形づくる檻から抜け出せそうにもない。第一線を退いて何ヶ月にもなるアレックと違い、相手は現役の情報部員で、アレックよりはウェイトもある。そのジェームズに不利な体勢でのしかかられたのでは、殺すつもりで挑みでもしない限りは逃れられない。
エアコンは適温のはずだったが、アレックは身体が火照ってたまらなかった。久しぶりに飲んだ酒と、ジェームズの巧みな愛撫のせいだ。ジェームズは彼に呼吸さえさせまいとばかり、情熱的なキスを繰り返した。閉じた歯列を優しく割られ、口蓋の内側まで舐められる。執拗に求められ、諦めて舌を差し出すと、まるでそのまま飲みこまれるんじゃないかというほど情熱的にむしゃぶりつかれた。濡れた粘膜が擦れあって立てる音が別の連想を掻きたて、アレックの下半身に重い血液を集めてゆく。
「まったく強情だな、アレック? ・・・こんなに感じているのに」
耳元を舐めるように吹き込まれる囁きは、しっとりとした湿り気を帯びている。相手は小憎らしいほど冷静だ。アレックはようやく解放された唇を噛み、やるせなく頭を振った。
ジェームズの膝で両足を割られて、閉じることも許されない。その中心に震えながら立ち上がったものを、ジェームズは片手でやんわりと扱き続けていた。彼がいつも使う潤滑剤が掌の熱であたためられ、アレックの屹立にぬるぬるとまとわりつく。
「んんっ・・・!」
ぴったりと隙間なく重ねられた胸を、押し返してしまいたかった。圧迫感がひどい。ジェームスは体毛が濃く、それが敏感な胸の先に擦れるたびに声を上げてしまいそうになる。きつく瞑った目の上にキスされて、くすくすと笑われる気配がした。アレックは必死に腕を伸ばして、その頭をつかまえた。
「ジェ、ジェームズ、もういい・・・もういいよ」
「君がよくても、私にはまだ足りない」
「ジェームズ!」
閉じた目の縁に涙が滲むのは、生理的な反応だ。ジェームズはそこへ唇を寄せてちゅっと吸い、優しくあやすようにアレックの肩や二の腕を撫でさすった。
「愛しているよ、私のアレック。だから私の前ではもうすこし素直になってほしい。・・・私はおかしなことを言っているかい?」

アレックの身体はどこもかしこも傷痕だらけだ。肌が熱を帯びると、まだ新しいそれらの傷は生々しいほど鮮やかなバラ色に染まってゆく。セラミックで補強された大腿骨や肘の関節、腹から背中へかけてぐるりと伸びた縫合跡。そういったすべてを、ジェームズは舌と指先で丁寧になぞった。アレックは息も絶え絶えになりながら「悪趣味だ」と抗議するのだが、それが容れられることは決してなかった。
彼がなぜこんな醜い同性の身体など抱きたがるのか、アレックにはいつも不思議だった。ジェームズは誰が見ても水際だったハンサムで、昔から名うてのプレイボーイだった。彼に限って恋の相手に不自由することなどあるはずもない。
そう考えるたび、もしかしたらこの情熱的な態度は見せかけで、実際は地下へ潜ったヤヌスの残党をあぶり出して一網打尽にするためにアレックを「泳がせて」いるだけなのではないか、と疑ってしまう。現に今、互いの汗と薬剤に濡れたアレックの内股には、ジェームズの硬く膨れあがった欲望がごつごつとぶつかってきているというのに。

はあ、はあと汗ばんだ胸を喘がせ、こみ上げてくる衝動を必死にこらえて唇を噛んでいると、広げられた足の間からジェームズの手が後ろへと回され、ぬるつく指でするすると狭間を撫でられた。
「・・・どうされたいか言ってごらん。そのほうがずっと楽だよ」
甘くそそのかしながらごくゆっくりと、ジェームズは指を後ろに入りこませてくる。アレックはがくがくと首を振って頷き、悪魔のような彼の黒髪を指でめちゃめちゃに掻き回した。だが、ジェームズの指は入り口のあたりでぐずぐずしているばかりで、いっこうに奥を犯してくれる気配がない。もどかしさに泣きそうになりながらアレックは、彼の唇に噛みつくようなキスをした。
「ジェームズ、早く・・・!」
もうほとんど声にならない。アレックの薄い唇は互いの唾液にたっぷりと濡れているのに、喉や鼻の奥はツンと乾いてヒリヒリした。
「そう、そんなふうに」
ジェームズは薄く笑って、ついに彼の後ろをまともに馴らしにかかった。
男の太い指を埋められ、その指の腹でじかにポイントを擦られると、アレックの目尻にはまたじんわりと涙が滲みだす。こうされる快感は痛みにも似て、鋭い。だがアレックが求めているのは、そんなものではなかった。彼は男の項に顔を埋め、勝手に溢れてくる涙をこらえた。
「嫌だ、ジェームズ・・・」
「なにが嫌?」
「わ、私だけがいかされるのは、嫌だ・・・こんなのはフェアじゃない」
「・・・フェア、ね」
あきれ果てたようなため息をつきながら、ジェームズは彼の片足を胸につくほど折り曲げさせた。濡れた指を根元まで飲みこまされた箇所が暴かれ、夜目のきくジェームズの目に晒される。寒くもないのにアレックは震えて、ぎゅっと目を閉じた。

指は一本ずつ、じれったいほどゆっくりと増やされてゆく。奥まで差しこまれては引き抜かれ、時々潤滑剤を新たに足されて続けられる。そのときだけはひやりと骨の鳴るような冷たさを感じるが、だいたいにおいては熱い。熱いといえば、さっきから腿にひたひたと当たっているジェームズ自身もだ。彼はアレックの首筋や胸に舌を這わせながら、まるで犬のようにハッハッと浅い息を吐いている。その呼気も熱い。
やがて、とろとろにとろけたそこから指がすべて抜かれ、ジェームズがしっかりとアレックの腰をつかまえた。膝立ちになってアレックを見下ろしている彼の顔にも、もう余裕はなさそうだった。
次だ。
アレックは泣きたいような気分で顔を背けた。膝が押さえられて腰を上げさせられ、猛り立ったジェームズが侵入してくるのを待つ。
「あ、あ・・・! ジェームズ、ジェームズ!」
何度味わっても、この瞬間にだけは慣れることができない。アレックは軽いパニックに陥って、長い腕を男の首にからみつかせた。手を放したらどこかに流されてしまいそうな不安を覚えて、いてもたってもいられなくなる。
熱い肉塊に押しひろげられる痛みとショック、それを上回る快楽への期待と不安、そして満たされたことで感じるなんともいえない充足感。それらすべてがないまぜになって、結局はそれすらも快感の一種なのだと認めざるを得ない。彼のものがぐっと入ってきた瞬間、それに押し出されるようにしてアレックは果ててしまった。
アレックがぶるぶると身を震わせ、ふたりの腹の間に白濁を散らしたのを見てジェームズは嬉しそうに目を細め、それからゆるやかに腰を使いはじめた。


* * *


暗がりの中で、私はじっと目を見ひらいていた。もうすぐ午前二時になる。大きな壁掛け時計は文字盤が白く、窓から差しこむわずかな明かりだけでも時刻はじゅうぶん読みとれた。鈍い灰色の空には低く雪雲が垂れこめている。今年はホワイト・クリスマスになりそうだという予報が出ていたのを思い出した。
やがて分針が音もなく動いて、ちょうど二時になった。
私はそうっと身体を起こして、胸の上に置かれているジェームズの腕をわきへどけた。彼は普段眠りの浅いたちだが、今夜は目を覚ましそうな様子もない。困難なミッションを終えて帰宅したばかりで、疲れきっていたのだろう。
まるで子どものようにぐっすりと眠りこんでいるジェームズの顔にキスしたかったが、起こしてしまいそうでやめておいた。
彼のこういった無防備さに触れると、私はなんとなくほっとする。
目を覚ましている間の過剰な求愛の言葉など信じられない。だが、こうして心を許した様子のジェームズを見ると、それもあながち嘘ではないように思えてくるのだ。
足音を忍ばせてリビングへ行くと、ブラインドはジェームズが開けたままになっていた。私はまずそれを閉めてから、卓上のランプを灯した。
実は、子どもの頃から私には高所恐怖症の気がある。情報部員という職業柄、そんな贅沢は言っていられなかったが苦手なものは苦手、ということだ。私はタフな男でありたかったから、誰にも弱音は吐かなかった。もちろんジェームズにも話したことはない。これは私だけの、小さな秘密だ。
ノートパソコンの電源を入れると、あたりがしんと静まりかえっているだけに、ファンとドライブの唸る音がひどくうるさく聞こえた。私は眼鏡を指先にぶら下げ、頬杖をついて起動画面を見守った。

夜更けの思考はとめどもなく漂い流れてゆく。
私はいくつかの秘密を胸に抱えている。
ほんの些細なことから大きな計画まで、たとえジェームズにといえども話したくないことばかりだ。
だが、中には・・・。

マッキントッシュが立ち上がった。
私は眼鏡をかけてまずインターネットブラウザを起動しておき、それから直接コマンドを打ち込んで、ヤヌスの拠点地図を呼び出した。昼間、放棄の指令を出したグリーンの拠点は消えていた。計画は無事に遂行されたようだ。
私が確認したことを知らせるため、画面上の一点をクリックした。すぐに返信がきたので、私は静かにプログラムを終了した。
ふと見ると、ジェームズが持って帰った花束がテーブルの端に載っていた。バラはいい香りがして好きなので、捨てずにおいたのだ。私はそっと手を伸ばして、そのしっとりとした花びらに触れてみた。
いかにも彼の好みらしい深紅のブーケだった。どちらかといえば私自身は、黄色やコーラルといったような明るくて綺麗な色のほうが好きなのだが、それをわざわざジェームズに話そうとは思わない。
「そんなことを言ったら、大変だ・・・」
頭に浮かんだ考えに、私の唇は自然にほころんだ。
ジェームズがロンドン中の花屋を回って、黄色いバラを買い占めているところを想像してしまったからだ。


そう、中には、彼になら知られてもいいんじゃないかと思うような秘密もある。
私がうち明けてしまうのと、彼が自分で気づくのと、どちらが先になるだろうか?



* FIN *





■INDEX■


せっかくのクリスマスに、微妙なお話でスイマセン。
いちおう幸せな話なんですけど、気づいていただけますかね。

トップでも書きましたが、蒼瀬眠月大先生がこのアレックの
イメージイラストを描いてくださいました。しかもヌード。きゃあ。
「がけろま混沌」様内、「LotR」→「under the rose」をぜひ!
サイトはみなさんもうご存じでしょうが、いやあ大好きです。
隅々までご覧になると吉。あたしもちょっぴり企画参加とか、してます。

20031224
20040104誰が気づかなくても自分が(以下略)