ちさと専用★

それは、ひどい雨の日だった。
大学帰りに突然振り出したスコールが、俺の体をびしょぬれにした。
「まいったな・・」
近くのコンビニで雨宿りをするか。この分じゃ傘を買っても役に立ちそうもない。
そう思って俺はコンビにまで足を走らせた。
ふと、閉店した古いタバコ屋の軒下に、女の子が立っているのが見えた。
見覚えのあるすらりとした女の子。
俺の脳裏に鮮やかによみがえる記憶。



「ちさと!早くおきなよ!」
キンキン声で俺をたたき起こす女の子の声。
小学生の俺は、毎日のようにこの女の子に起こされてたっけ。
5歳のときに引っ越してきた家の隣に住んでいたかわいい女の子。
名前は確か・・・
そう、「ゆりあ」だ。
ゆりあは中学校へ上がる直前に、父親の転勤で遠くに引っ越してしまった。
いつも気が強くて、俺を家来のようにつれまわしていた、かわいくて元気なゆりあ。
彼女がまた俺の前に現れた。


気配を感じたゆりあが顔を上げて俺を見た。
怪訝そうな顔で見つめるゆりあ。
「ゆり・・あ・・だよね?」
おそるおそる声をかける俺。
3秒ほどの考える表情のあと、ゆりあは顔を輝かせた。
「うそ・・!ちさとくん?!」


俺たちは近くの喫茶店まで走り、そこでゆっくりと再会を楽しむことにした。
「ほんとにもう・・びっくりしたー!まさかこんなところで会うなんて!」
ゆりあは息を弾ませて楽しそうに笑いかける。
子どもの頃と寸分も変わらない天使のような笑顔に、俺はどぎまぎしながら答えた。
「こっちにもどってきてたの?」
「うん、今年こっちの大学受けたからね。親戚がいるから住まわせてもらってるの」
それから俺とゆりあは小一時間ほどとりとめもない会話をした。
「ほんとに、ちさとくんってばいつもいつも泣いてばっかりで〜」
無邪気に話すゆりあ。
「ゆりあに泣かされてたんだよ」
「うそよぉ!いじめられてたちさとくんをかばってたのよ!」
「そういや、クラスの男子に負けなかったもんなぁ、ゆりあは」
苦笑する俺に照れ笑いを浮かべるゆりあ。
「負けん気だけは人一倍だからね」

その時、稲妻が空を明るくした。
「きゃぁ!」
ゆりあが頭を抱え机の下にもぐってしまった。
気の強いイメージしかない俺は 「ゆ、ゆりあ?!」驚くしかなかった。
「やだ・・もう・・・」涙ぐむゆりあ。
その表情があまりにも綺麗で、俺は思わずどきりとしてしまった。
俺はゆりあの両肩を優しく抱き寄せ立たせながら
「だ、だいじょうぶだよ、ただの雷だよ」
ゆりあの思った以上に軽い体と甘い香りに鼻をくすぐられ、思わず抱き寄せてしまった。
「雷嫌いなのよ・・」
体を一瞬こわばらせたものの、抵抗することなく俺の腕の中でゆりあは小さくつぶやいた。
俺のシャツの袖をしっかりと握りながら・・。
やがて恥ずかしげに俺から離れ、座りなおすゆりあ。
こんな一面があったなんてなぁ・・。

「で、大学はどこになったの?」
ゆりあを落ち着かせるように話題をふったが・・
「ん・・実は、こっちの大学全滅しちゃって・・。ちょっとハードル高すぎたみたい。」
「え、じゃあ・・?」
「地元の大学受けるわぁ。せっかくちさと君に再会できたのに、残念ね」
長い髪をさらりとなびかせ、悲しげな表情をするゆりあ。
「そう・・残念だな。でも、こっちには遊びにくるんだろ?」
「それが・・大学でたら強制的にお見合いなの・・。大学も花嫁修業のためよ。遊びにいく自由はないの・・」
思った以上の衝撃だった。
ゆりあが・・結婚・・・
何年も会っていなかったのに、新鮮によみがえる淡い恋心が音を立てて崩れるのが聞こえた。
俺は努めて平静を装い
「そうか、ゆりあはいい嫁さんになりそうだよな。がんばれよ」
それからあとは、目をあわせられなかった。
やがて雨が上がり、別れの時間が近づいた。


喫茶店の外に出ると、ゆりあは大きく伸びをして
「あぁ、すっきりした。ずっと心に引っかかってたものが取れた感じ」
「どういうこと?」
ゆりあは俺を見てニッコリと微笑んだ。
「あたしね・・気が強くて負けず嫌いでちさとくん泣かせたの認めるよ。
でも、それはね・・ちさとくんが好きだったからなんだ。」
生暖かい風がふたりの間を通り過ぎた。
「私の初恋だったんだよー。言えないまま引っ越しちゃって、ずっと心に引っかかってたの。
こっちの大学受ける気になったのも、そのせいかな。
でも、これがきっと運命なのねー。所詮私は別の場所で生きなきゃいけないのよ。
あ、はずかしいからおばさんたちには言わないでね!
なんか言えてよかったー。ほんとに会えてよかったよ」
照れくさいのか、饒舌になるゆりあ。

「あれ、髪の毛まだぬれてるよ・・」
ゆりあはカバンから取り出したハンカチで、俺の髪を優しく拭いた。
「ほんとに・・元気でね」
俺は・・俺も・・ゆりあのこと・・
見透かしたようにゆりあは俺の唇に指を当てた。
「何も言わないで・・。どっちを言われても結婚する気がなくなっちゃうから・・」
ゆりあは悲しげに笑って、「じゃあね!」
手をふって元気よく走り出した。
小学生の頃のゆりあそのままに。
俺が好きだったゆりあそのままに。



おちまい☆